●虎の威を被せられた狐 「ぎゃあああああああああああ!!!」 道場に、痛みにのたうつ叫びが響く。 木張りの床には血の池が出来上がり、倒れた男から尚も赤い雫を注ぎ込まれている。 「はぁー、はー……」 荒い呼吸を繰り返しながら、それを見下ろすもう一人の男。その手には、一振りの木刀。 「へ、へへ。どーだ。俺の方が強い。これでよく分かっただろう。なあ?」 木刀にベッタリと張り付いた血を鬱陶しそうに振りながら、男は道場の一角に視線を送った。 そこには怯えた目で震えあがっている多くの門下生達と、師範を務める初老の人。 老人は狂気に燃える男の目を見て、唾棄する様に吐き捨てた。 「この、馬鹿者が……!」 平素であれば誰しもを射すくめる彼の眼光も、目の前の惨状に動揺は隠せないのか揺らいでいた。 「バカは、どっちだってんだよ!」 激昂して、男が腕を振る。手に持った木刀が煌めくと、あろうことかその切っ先が床を切り裂いていた。 「強いってのが正しいんだろ? だからお前も試合させて代表を決めたんだ。そうだろうが!」 そう叫ぶ男の表情は、怒りとも悲しみともつかない顔をしていた。 男。――狩谷順平は先週までこの剣術道場で研鑽を積む一人であった。 やや自信家の気配はあったが、その自信に見合う実力を持つ次代を担う師範代候補だった。 彼は己の実力を信じ抜き、先週、師範代を決める試合を行い……敗北した。 それは彼自身の驕りが生んだ物なのだが、彼はその結果に納得できず道場を去った。 そして今、どこで手に入れたのか分からないただ禍々しさを放つ木刀を手に、この惨劇を起こしている。 「あの時は本調子じゃなかったんだよ。だからほんの少し気が緩んで、だから、するはずがない失敗をしちまったんだ」 うわ言の様に順平は言い訳を重ねていく。件の敗北は、彼の自尊心を深く傷つけていた。 「今度はもう大丈夫だ。俺にはこれがある」 そんな彼が、まるで愛おしい者を見るかの様な視線を手にした木刀に向ける。 「これを持ってると、体の内側から力が溢れてくるんだ」 そう語る順平は先程とは打って変わって恍惚とした表情を浮かべており、ますます正気であるとは思えない。 だが彼は、そこまで心が弱い人物だっただろうか? 「ああ、なんだ。そうだな、もう俺にはお前がいてくれるんだ。だったら……」 思考を巡らせていた師範は、いつの間にか傍に歩み寄っていた順平に今の今まで気付けなかった。 否、意識を向けていたとしても、常人では考えられない体捌きに対応出来たとは思えない。 「俺を選ばなかった場所なんて、跡形もなくぶち壊せばいいよなあ!!」 狂気の言葉と共に振り下ろされる木刀を、師範はただ目で追う事しか出来なかった。 ●コード:ブレイク 「おイタしているウッドナイフが居るのさ」 リベリスタ達を集めたフォーチュナ、将門伸暁は開口一番にそう言った。 「名前は『卯角』。何でも昔に弓矢から刃物、鈍器に至るまで色々な武器を作ったっていう名工、佐支ェ門とやらの作らしい。そいつが一般人の狩谷順平を取り込み操っている訳だ」 順平が何処でこれを手に入れたのかは知る由もないが、失意か怒りか、心を痛めていた彼はエリューション化し破界器(アーティファクト)となった木刀、卯角に半ば意識を乗っ取られてしまっているのだ。 「頼みたいのはこのアーティファクトの回収、あるいは破壊になるんだが……どっちも一筋縄じゃ行かないな」 視線を外し、伸暁が唇を親指で軽く撫でる。そんな動作一つが絵になる男である。 「今回の件じゃ単純にボコッとやって終わりって訳にはいかない。戦闘技術やらは確かに飛び抜けてる状態だが、順平はあくまで一般人だ」 その上厄介な事に、だからと言って気絶させれば済むという訳でもないらしい。 「気絶させたとして、意識がそっくり乗っ取られるだけだ。変わらず卯角は順平の体を使って襲い掛かってくる。しかも意識が完全に乗っ取られてしまえば、ただでさえ強力な卯角が完全な力を発揮してしまう恐れもある。……ああ、武器落としも効果は薄いな。気が付きゃ順平の手元に収まっちまうだろう」 じゃあどうすればいいのか、当然沸いた疑問に伸暁は一つ頷いてから回答を差し出した。 「順平の自意識に働きかけて、自分の意志で『手放して』貰う。所謂、説得って奴だな」 卯角の、延いては神秘の危険性を自覚させるか、あるいは他の切り口から攻めるかして順平が自分から武器を捨てればミッションコンプリートという訳だ。 だが、と伸暁が続ける。 「言っちまえば順平は強力な魅了状態みたいなもんさ。それを解くのは中々骨が折れるだろう。単純な成功を目指すなら、まだ破壊に拘った方が楽かも知れないな」 破壊する場合は、直接卯角を狙いダメージを重ねていけばいい。それも安易に順平を傷つけられない点で、容易な事ではないが。 「後は、守るべき人間多数って所だな」 そこまで言うと、伸暁は改めてリベリスタ達を正面から見据える。 「折れた心に添え木は必要だと思うが、寄りかかって自分の意志すら放り投げちまう状態にするなんてのはナンセンスだろう?」 説得して手放させるにしろ、破壊するにしろ。 「ここらで一つ、悪戯な道具にガツンと決めてやろうや」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:みちびきいなり | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月23日(日)23:07 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●尋常破りへの相対者 「俺を選ばなかった場所なんて、跡形もなくぶち壊せばいいよなあ!!」 狂気の言葉と共に振り下ろされた順平の刃は、しかし狙い通りの相手を切り裂く事は出来なかった。 己と師範の間にいつの間にやら割り込んでいた、ゴーグルを付けた女の腕が刃を代わりに受けていたのだ。 「っ。悪いが、そこまでにしてくれないか」 痛みに顔を歪めながらも『臓物喰い』グレイス・グリーン(BNE004535)は八重歯を見せて笑った。 「な、……っ!?」 突然の登場に驚く間もなく、順平――あるいは破界器『卯角』の意志がその場から跳び退らせる。 弾ける音、一瞬の白視。閃光が奔ったのを理解する。 「ぐっ」 続けてもう一度弾けた閃光弾から失った視覚を取り戻した時、彼らの前には見慣れぬ風体の者達が立ちはだかっていた。 「狩谷順平、だな?」 そう問う金髪碧眼の青年『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)を正面に、長い金髪の小柄な少女や褐色の肌に人ならざる耳をした女性、ここ最近ではある意味見慣れた迷彩柄の服を纏った青年等、その面々の統一感の無さは殊更に目を引いた。 「落ち着いて、動けるのでしたら隣の方に手を貸して外へ」 「説明は後って事で納得しとくれ。今は人命優先な」 その後ろに庇われる様になった門下生達は皆一様にぼんやりとしながら、『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)ら和装の者達に誘導され既にこの場から離れ始めている。 直前に重傷を負い瀕死となっていた師範代の傍には、古めかしい鎧を着こんだツァイン・ウォーレス(BNE001520)が屈み、何かの意志を借りて介抱していた。 「私達は故あって貴方の前に立っています」 小柄な少女、『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)がその年恰好に似合わぬ落ち着いた所作で前に出る。 「その手に持っている木刀は、どうやって手に入れた物なのですか?」 「………」 彼らは問いには答えない。答える必要も無い。彼らにとって理解するに十分なのは、目の前に現れた者達は『敵』であるという事。 直後、敵意を見せんとした卯角が何かを弾く。 「それは破界器。人の身で持っていては危険すぎる代物なんです」 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)がその眼鏡の奥の赤い瞳に、強い意志を宿して銃を構えていた。 「足止め、時間稼ぎ。まぁ、こんなもんで充分かい?」 不意に口を開いた『遊び人』鹿島 剛(BNE004534)の言葉に、順平は彼らの真の意図を悟る。 見れば、元々逃げたがっていた門下生達は元より、傷を負わせた師範代の姿もなかった。 「!」 裏口に立ち今まさに避難しようとしていた師範が、静かに、どこか悲しげな瞳で順平を見ていた。 卯角を握りしめ、順平が吼える。 「待てええええええ!!」 半身引いて、腰を落とし刺突の構えを取る。卯角に気が溜まり、それは空を打つと同時に鋭い螺旋状の気を放った。 それは真っ直ぐに師範へと向かい。そしてまた、届く事は無かった。 「――笑止! 迷ったままに打つ必殺技など必殺技に非ずだ」 庇い、攻撃を受けた『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)の払う左手から、血と、数枚の鴉羽が舞った。 そして再び眼前へと立つオーウェンの次の言葉が、彼ら尋常外の者達の戦いの合図となる。 「俺達はアークのリベリスタ。お前さんの持ってるその破界器。貰い受けるぞ」 彼の構えはどこか大仰で、しかしそれ故に道場という場に映えていた。 ●戦いを通して通じる言葉 それはさながら兎の様な跳躍力だった。 「くっ」 あの言葉の直後に初撃を放ったオーウェンだったが、その身から放った気糸は卯角を掠るに留まっていた。 跳ね上がった順平は天井を蹴り、壁を蹴り、人とは到底思えぬ動きで道場を駆けまわる。 「まずはある程度弱らせなければそもそも話になりません! それに……それに、あんな無茶な動きをしては順平さんの体が持たないです!」 後衛に下がり直接の被害を被らない様にしているミリィの言葉。卯角の影響が強い今、何よりも優先するべきはその力を削ぐ事だった。 一般人の退避をより盤石にするべく再び剛が閃光弾を放る。一度効いたのが堪えたか、順平はその攻撃範囲から過敏なまでに反応し回避した。 「その隙、逃しません!」 距離を取った順平が地に足を付けた、その瞬間を狙うのはレイチェルだ。彼女の精密射撃は敵の見せた一瞬の無防備へ的確な一撃を穿つ。 弾かれた卯角が大きく跳ねた。 「ぐっ、この女!」 卯角の柄を音がする程に力強く握って、順平は怒りの目を彼女へと向ける。対する彼女は、真剣な眼差しを向けたまま口を開いた。 「前回の戦い、貴方はどうして負けたんだと思います?」 始めはその言葉の意味がよく理解出来なかった。 「どんな理由でも、結局原因は貴方の弱さでしょう」 次いで紡がれた言葉に、順平は胸元を一突きされたような錯覚を覚える。 「違う!」 横一文字に卯角を振るい、猛然とレイチェルに向かって走り出す。その隣に、八重歯を見せたグレイスが並走していた。 「!?」 「おっとっと、そらっ!」 気付いた順平が慌てて横薙ぎに放った斬撃を屈んで躱し、振り抜いた彼女の手甲が鈍い金属音と共に卯角の刃を剃った。 今の今まで集中に集中を重ねた一撃は、幾重にもその刃に傷を付ける。 「棒切れで人斬りとは恐れ入るがね、その程度この手でも同じ真似が出来るぞ?」 振り抜いた姿勢のまま順平を見上げるグレイスは、その場で大げさにため息をついてみせた。 見るに堪えない。そんな意識を匂わせて。 「き、貴様らぁー!」 こう続け様に煽られてしまっては、順平の激昂も致し方ない物だったろう。 「負けたのは俺のせいじゃない! 俺は負けてないんだ!」 「や、ばっ」 姿勢を崩したままのグレイスに、その突きは避け様が無かった。突端に触れられた直後、発生した気刃に貫かれてしまう。直撃に鮮血が舞った。 「俺が本気を出せる状態なら、負けるはずは無かったんだよ!」 「ただ勝てれば、それで良かったのか?」 「あ゛あ゛!?」 吐き捨てる様に叫ぶ声に放り込まれた冷めた言葉。見れば、佇むオーウェンがその双眸を順平へと向けていた。 片目を閉じて、彼は淡々と語り出す。 「……本当に強さのみ、勝利する事のみを求めるのならば、他に手段がある。例えば鹿島氏やレイチェル嬢の持つ銃がそれだ」 語る口調は穏やかに、しかし有無を言わせず聞きに回らせるその手段は、彼の真骨頂だ。 「銃を以てすればもっと迅速かつ有効的に人は殺せる。毒を以てすれば自らの正体を知らせすらしないまま、殺害が可能だ」 だが、と彼は続ける。 「お前さんはそれをしていない。では何故、そうしなかったのか……」 それはさながら事件の真相を詳らかにする探偵の様な、クライマックスに見栄を張る千両役者の様な魅せる業。 「それは、己の『剣技』による勝利にこそ価値を見出していたから。そうじゃないのか?」 順平が此度の件で殺意を身の内に持っていたとして、しかし彼が選んだ物は世に蔓延る凶器達ではなく、木刀だった。 オーウェンは、目を丸くしている順平の反応に、自身の考えが的中していた事を確信する。 「だったら、だ。お前さんに教えてやる」 彼の両の目が再び開かれる。その青い瞳は、真っ直ぐに彼を見据えていた。 「今の剣技は、お前さん自身の物ではない。その剣の物である」 「そんな訳が! あるはずがあるかああああーーーーーーーーーーー!!」 順平の絶叫に伴い、彼の身に怪しげな光が纏われたのはその時だった。 ●兎憑きの卯角 不穏な気配を纏った順平は、先程よりも尚早く動きリベリスタ達を攪乱する。 蹴り出す足は軽やかに、乱暴だった動きはよりスムーズに、まさに剣術の体現の一つとも言っていいしなやかな動作だった。 (こう動き回られたら、間違いが怖くてなかなか撃ち込めないな) 剛の放った牽制の弾丸は悉く躱されているが、それも一般人である順平の保護が目的である事を考えれば仕方のない事だった。 武器を狙うというそもそも部位狙いを要求されている環境で、更にそれを持つ人物は守られなければならないというのは、その狙いの付けにくさに懸けては正しく至難と呼ぶべき物である。 現に他のリベリスタ達も、部位を狙った事よりも順平を傷つけたくないがためにその攻撃を外す事が多かった。 (だからと言ってフラッシュバンを投擲しても、それこそ過剰な動きで回避され距離を取られてしまう……本当に厄介だね。なんとも) 適度に動いてさっさと仕事を終える事を信条とする剛にとって、このじりじりとした空気は実に面倒くささを感じる物だった。 そこに隙が生じたのか、次の刹那に順平が肉薄する。振り上げた卯角は迷わず剛の脳天から叩き切ろうと即座に振り下ろされていた。 小銃で辛うじて受ける。だが卯角から放たれた気が、剛の体を突き抜け切り裂いていた。 「なぁ、戦国時代なら兎も角、今の剣道ってのはルールの上で勝負に勝つ、いわば一種の技術だろ?」 追い込まれながら、それでも剛は言葉を投げかける。 「相手を傷つけるなんてルールにはないんだから、それが出来てないその木刀じゃ、強くなれないって事じゃないのか?」 「うるさい! 俺の力で傷付くのなら、それは相手が弱いだけだ!」 続け様に斬撃が浴びせられる。遂には捌き切れなくなって、剛の肩に大きな切り傷を刻んだ。 「決められたルールの中であっても勝てる力こそ、本当の強さじゃないのかい!」 痛みに歯を食いしばりながらも絞り出した言葉は、順平の耳に届いていただろうか。 直後に鳴り響く砲撃音。飛び退く順平にさらに浴びせかけられる砲弾は、ようやく避難を終えて戻ってきた諭の重火器による物だった。 「暴れて楽しいですか? 自信がへし折られて、更に折られたいとはマゾですね」 彼の悪辣な言葉と共に、集中を込めた砲撃が繰り返し撃ち込まれていく。 諭の言葉が聞こえたのか、順平は砲弾を交わしながら、次第に悪くなる足場も物ともせずに諭の前へと斬り込んでいく。 「木刀程度で変わる精神など……積み上げた年月は棒きれ以下ですか? 豆腐細工ですか?」 「黙れぇ!」 渾身の力を以て振り下ろす一撃。だがむべなるかな。彼の怒りと共に放たれたそれは、遂に三度に渡って阻まれる事となる。 響いたのは金属音。どこかで鈍くフレームの軋む音がした。 「――もう一度だ」 卯角を受け止めていた盾で順平を打ち払う。その流れに逆らわずに跳び退った順平は、現れた者に見覚えがあった。 「お前、あいつを助けていた……!」 「今の攻撃は重心が剣に寄り過ぎていた。気持ちが乗っているのは分かるが、教わっただろう? 全身のバランスを感じろと」 粛々とした気配を漂わせ、そこにはギガントフレームのツァインが立っていた。 「………」 来い。と、目で順平に伝える。それは彼にとって、心の底から思い出したくない物を想起させた。 あの日、己を正面に見据えて、真っ直ぐな瞳を向けていた男の姿を。 「久寿川ぁあああああああああ!!」 それは誰あろう、彼と師範代を賭けて戦った相手の名であった。 がむしゃらに卯角を振るう。だがその攻撃の荒々しさとは別に、彼の洗練された身のこなしが的確にツァインの体を傷つけていく。 「剣に振られてはないか? 腕が隙だらけだぞ!」 「黙れ!」 「今度は足運びだ! 躊躇いは命取りだと知れ!」 「黙れ! 黙れ! 久寿川ぁぁぁ!!」 「――もう一度だ!」 打ち合いとは呼べぬ一方的な試合運びだったが、しかしツァインは一度としてその身を後ろへ引く事はしなかった。 「それがお前の血と汗が染み込むまで振るい続けた剣か! 狩谷順平ッ!」 「うおああああああ!!」 そこが、その時の最も鋭い太刀筋だったろう。ツァインの防御を抜いて、卯角は深々とその体を切り裂いていた。 片膝をつき、辛うじて……否。一旦は手放した意識を無理やりに引き戻してツァインが踏み止まる。 彼は、倒れなかった。 「………」 ツァインが顔を上げる。その瞳は、ここ数分の間に何度も何度も順平を見つめていた、真っ直ぐな目をしていた。 不意に、場を律するたおやかな声がした。 「強さが正しい。ええ、確かにそれも正しさの一つでしょう。師範代となれば、尚更に」 頃合いだ。口を開いたのは戦局を見守り支配する力に長けた少女。 「でも、だからこそ貴方は間違えた」 「………」 ただ立ち尽くし声に反応して視線を向けてきた順平に、彼女――ミリィもまた真っ直ぐに相手を見上げて言葉を紡ぐ。 「強さは必要でしょう。では、上に立つ者としての精神は?」 順平が驚きに顔を染め、目を見開く。それは初めて、彼の中の冷静な部分が姿を現した瞬間だった。 「師範代とは、師範の次席にて皆に指導をする立場」 ミリィの言葉に重ねる様に、別の所からも声が上がる。その声の主は、今の今まで傷ついた仲間を助け続けていた小烏だ。 「力と得物に頼る者に師範代なぞ務まるか。師範も心配したろうさ。それを分かっているのか? 馬鹿者め」 責めるよりも諌める心の強い、厳しくも優しい声音が響く。 「木刀に力を貰ったとして、それを誇っても意味は無い。認めて欲しかった人々をただ遠ざけるのみ。そして木刀を失えば力も失い、人に至っては二度と戻らん」 「順平さん。貴方に足りなかった物はきっと、人の上に立ち導いていく為の強さ。心の器です。驕り、言い訳を続ける今の貴方にはそれが足りなかったのでしょう」 彼女達の真摯な言葉は、リベリスタ達の伝えた思いは、今確かに彼の中に積み重なっている。 なぜ剣に拘ったのか。それはオーウェンの言った通りそれによる勝利こそ彼が望んだ物だったから。 人の上に立つ者の精神とは何か。それは相手へ向ける敬意と、積み重ね培った、人を導くに値する自信と経験に裏打ちされた確かな意志。 「……あ」 自らの強さを過信した驕りがあった。それが敗北に繋がった。それは紛れもなく、自分の弱さが招いた敗北。 「う、あ……」 武器に頼り、与えられた力に頼り、誰かが出来る程度の事をさも最上の力であると、また驕っていた。 手にした武器を見下ろす。それは誰かを必要以上に傷つけて、血を張りつかせていた。 「剣士よ、その木刀は本当に必要な物かい?」 「私達の声が届いているのなら、偽りの力を手放してください。――順平さん!」 「俺は、俺、は……!」 カラン、と。床を叩く音がした。 ●示されたのは道標 順平の手を離れた卯角は、リベリスタ達の手で厳重に箱詰めされ封を打たれた。壊さずに回収出来た事は、アークにとって有意義な事である。 致死級の傷を負っていた師範代も、ツァインの早くに施した聖骸凱歌による治療で一命を取り留めていた。 順平もまた度重なる負荷が心身に影響を与えており、しばらくは入院生活となるらしい。 「叱ってくれる相手が居るなら幸せですね?」 帰り道、そう諭が語ったのは訳がある。どういう訳かこの事件、加害者と被害者が病院で同じ部屋になったらしい。それも被害者側のたっての頼みで。 「説教は師範に頼むとして、あたしは感心したよ」 過ぎた事を笑いながら、グレイスが言う。 「ウォーレス君とやりあってた時のカリヤの太刀筋。『そんな棒切れに頼らなくても強いじゃないか』って心底思ったね」 「例え木刀がなくとも狩谷の剣の腕は本物だったという事さ。罪を償いもう一度鍛錬を積めば、次はきっと認めて貰えるだろう」 「その時は、また正面から立ち会ってみたい物だ」 応える小烏に続けたツァインの言葉は、とても戦闘不能まで追い込まれたとは思えない程に爽やかで。 「それ本気で? 物好きなもんですね」 呆れにも似た声を、諭から引き出していた。 その一方で。オーウェン達は手に持った箱詰めの破界器を見つめ、考察を巡らせていた。 「何よりも、この道具の入手経路が不可解すぎる」 「ふらふらっと彷徨ってる時に偶然手に入れた……のでしょうか?」 「彼を魅了したこの卯角が武器職人の作品の一つなら、勿論その他の物も存在する……と、言う事ですよね」 「どんだけ古いのか。本当に戦国時代辺りからの遺品だというのなら、厄介な事になりそうだ」 それぞれに浮かぶ疑問に、今はまだ答えは出ない。 回収出来たという事は、これから調べる事が出来るという事でもある。 今は早く持ち帰り、事の仔細を報告するべきだと四人は頷き合う。 何も無ければそれでいい。だが、ここに示された道標に、彼らは不安を受けずにはいられなかった。 その不安を解消する答えは今。ここには無い。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|