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<絶望的な>紅は赤よりも鮮烈に

●艶なる舞台
 その日、三尋木凛子はとてもとても機嫌がよかった。そしてその理由は明快だった。谷中篝火(やなか・かがりび)という長命の娘の出自が判明し、彼女の血族達が隠れ住む里から多くの人々の移送が完了したのだ。永遠の若さと美貌……女ならば、いや男であっても限りある時間しか持たない人間ならば誰しもが欲しいと願い『至宝』へと至る路を手にいれたのだ。
 実際、このプロジェクトは谷中の里からの来訪者、その1人……久蔵の身柄を拘束したことにより具体的な行程が開始された。あらゆる手段を講じて情報を引き出すと、さほど破壊的ではないにしても充分に非合法な手段を駆使して里人は連行された。そのほとんどは三尋木の研究施設で医学の進歩に貢献する仕事に従事させられている。今も里に残るのはほんの20人ほどだろう。
「エステのお陰か肌の調子も良さそうだしね……これだけ成果があがったとすりゃあ披露したくなるのが人情ってもんじゃないか? ね、配島。お前ちょいと頼まれてくれないかい?」
 凛子は最前線の汚れ仕事から呼び戻した子飼いの部下の名前を呼ぶ。脱色して艶のない放埒な髪を伸ばした痩せすぎの男は嬉しそうな笑顔を張り付かせて凛子を見上げた。研究成果の賜物なのか、たしかに凛子の外見は半年前と比べても格段に良い。見事なアンチエイジング効果が発揮されている。
「三尋木さんのお願いですか? 嬉しいなぁ。えっとアークの誰かを浚って……いえスカウトしてくるって話でしたっけ?」
 わざとらしいほど恍惚とし表情を浮かべて言う配島に、凛子は張りと潤いのある頬に僅かな笑みを浮かべる。
「どうせ消すあの里でちょっとしたお遊びをしようと思ってね。お前、まだあの時の道具を持っているんだろう?」
 凛子が言うのはアーティファクト『孤独』の事だ。随分と前に時村邸を包囲する際、配島に託したままになっている。
「三尋木さんが手渡してくれた指輪ですよ。返せって言われるまでは肌身離さず持っているにきまっているじゃないですか」
 ほらっと配島は胸元をはだけさせて銀のチェーンに通した無骨な指輪を露わにする。小さな里ひとつぐらい、余裕で範囲内に納めるその指輪の力は全ての通信手段の遮断である。携帯電話も無線、有線での交信、ラジオ、テレビの電波、役場も放送さえも全てが発信されなくなり受信できなくなる。人間に出来るのは大声で叫ぶぐらいのことだろうか。
「じゃ後生大事にその指輪を持ってついておいで。残る20人で派手な狐狩りとしゃれ込もうじゃないか」
「え? 三尋木さんも行くんですか?」
 本当に意外そうに配島は言い、壁際に立つ黒服の浅場を見る。表情のないままにうなずく様子を見ると浅場も不承不承了解しているのだろう。
「でもあまり派手に動くと招かれざる敵も招聘されることでしょう」
 浅場は凛子が思いとどまるようにと思ったのか、アークの介入を言外に示唆する。けれどそれは逆効果であったようだ。凛子は朗らかな笑みを浮かべる。
「いいじゃないか。あたしに会いに『孤独』の中に飛び込んで来るって言うんなら可愛いものさ」
 凛子はあつらえたばかりの服を取る。赤に映えそうな鴇色のドレスだ。
「それにね。女は綺麗になったら沢山の誰かに披露したくなるものさ。このあたしでもね、たまには舞台にあがらないと……そうさ、あれはたまらない刺激的な快楽だからねぇ」
 そのどこにも穏健な印象はなく、凛子は銀色のかんさしを髪に挿し直し、不意にクスッと笑った。
「配島、お前も『孤独』の番だけじゃなく成果をお見せよ。そうさね、一番戦果の低かった奴には何かとびきりの罰ゲームを考えておこうかね」
「……わかりました」
 配島は何時になく真剣そうな顔で答えた。

●燎原の里
 ブリーフィングルームに現れた『ディディウスモルフォ』シビル・ジンデル(nBNE000265)は極めて不機嫌そうで深刻そうな暗い表情をしていた。
「危険な任務だよ。えっとね、極めて危険……だから言いたくない。けど、言わないと村が消えちゃうから言うね」
 逡巡の後シビルは語り始める。
「谷中の里っていう小さな村が三尋木凛子に潰される」
 それは長命種を疑われる人々が隠れ住む村だ。アークにもひとり、ミサキと名乗る若い女性が身を寄せている。
「場所は四国の……すっごい山奥。詳しい生き方はミサキに聞いて」
 最後は車も使えず道なき道を越える難所の奥に村はある。そして、その村に七派のフィクサード三尋木の首魁自らが殲滅せんとやってきる。
「燃える村が見えたんだ。あっちこっちが燃えていて夜なのに影がないくらい明るくて熱い風が吹いてる。その中でフィクサード達が笑っていた。血の赤があっちこっちで流れて悲鳴がすぐに消えちゃって……人も燃えてる匂いがした」
 手をこまねいていれば、シビルが見た光景は現実になる。

「三尋木凛子も、連れてくるフィクサードも強いし、村には20人ぐらいしか残ってないからすぐに殺されちゃう。だから急いで欲しいけど……無策ではダメ。みんなは死んじゃダメだから」
 詳しい情報はこれに書いてあると言ってシビルはまたも分厚い書類の束を置き、そそくさとブリーフィングルームを出てゆこうとする。そこで立ち止まって僅かに振り向いた。
「帰ってきたら……螢を見に連れてって」
 まだ見た事がないから、とシビルは言った。

事件発生場所:谷中の里(四国の山間部)
発生時刻:夜、だいたい21時ぐらいから。ひとつしかない街道へと続く村の入り口から侵攻開始。
首謀者:三尋木凛子。三尋木の首魁で長く末端構成員には性別不明の老人だと思われていた。アーティファクト『七夜星』を所持している。形状は銀色のかんざしだが、能力の詳細は不明。他に銀色の銃『竜胆』所有。
敵詳細:配島。クリミナルスタァ。アーティファクト『孤独』を所持。効果範囲内の敵味方、全ての通信を遮断する。他に銃やナイフを持ち、トリッキーに動く。
檜原(ひのはら)、新田(にった)、小金井(こがねい)ら浅場の男性部下が参戦。3人は同じ仕事に就く事が多く意志の疎通が図れている。前2人が前衛的、後1人が後衛的に動く事が多く、3人は常に行動を共にしている。
 他、1名が火を放つ、村周囲にトラップを仕掛けるなどの裏方に従事。便宜上浅黄と呼称され女性の可能性あり。身軽で忍者の様な挙動があるがホーリーメイガスの可能性大。
首謀者の意図:利用価値のなくなった谷中の里の消去。同時に遊興と配下へのなんらかの効果か?
現地の状況:周囲は深い山。徒歩以外の陸路からの侵入ルート無し。空からのアプローチは可能だが罠の可能性もあり。村人は三尋木に拉致され10人の若い若干のゲリラ的戦闘能力を持つ男性が残っている。その中にミサキと旧知のハヤトもいる。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:深紅蒼  
■難易度:VERY HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年07月03日(水)23:30
 STの深紅蒼です。
 今回はとうとう三尋木の女ボス凛子さんの登場です。気っ風のよい鉄火で姉御肌の凛子さんは穏健派で知られていますが、あくまでも他派と比べてのイメージなのでお気を付け下さい。

 今回の戦場は四国の山深い場所にある長命種の隠れ里です。すでにほとんどの人はいませんが、最後まで三尋木に抵抗したとみられる10人が村もろとも消去されようとしています。凛子の用意した戦力は村人たちと比べるとあまりにも過剰でオーバーキルなのですが、削減するつもりはなく楽しんで事にあたるつもりのようです。

 戦場では全ての通信が遮断されています。三尋木達はほぼ固まって行動する事で各人の孤立を防ぐつもりのようです。それぞれ敵の戦闘能力は非常に高く武器防具も優秀です。
 最低でも20人のうち10人の生存、あるいは敵3人以上の捕獲(生死不明)をもって成功とします。

●重要な備考
『<絶望的な>』の冠を持つシナリオは同時参加を行う事が出来ません。
 同時予約、同時参加が行われた場合は参加の除外等の措置を行う可能性があります。
 また、除外措置が取られた場合、LPの返還等は行われませんのでくれぐれもご注意下さい。

●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
 予め御了承下さい。

参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
ナイトクリーク
神城・涼(BNE001343)
ホーリーメイガス
リサリサ・J・丸田(BNE002558)
クリミナルスタア
烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)
ホーリーメイガス
氷河・凛子(BNE003330)
ダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
デュランダル
水無瀬・佳恋(BNE003740)
マグメイガス
シェリー・D・モーガン(BNE003862)
クリミナルスタア
藤倉 隆明(BNE003933)
プロアデプト
鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)

●未だ炎は燃え上がらず
 辺りはまだ暗かった。燃え上がる炎のゆらゆらと揺れる美しくも残酷な火柱も、満天の星空を覆う不吉な黒煙も、吹き付ける息も出来ないような熱気もない。けれど、真っ暗な森は針の落ちる音さえ聞こえてきそうな程不自然に音がなかった。普段ならばあちこちから聞こえる虫の音や高く低く鳴く鳥の声もない。肌がチリチリと焼けるような焦燥感……それはこのまま進むことなく引き返せと理性を越えて訴える。そんな静けさの中、それでもリベリスタ達は前進を止めない。
 彼等は黙々と移動する。アクセス・ファンタズムの通信機能は滞りなく機能していて『孤独』の範囲外なのか、あるいは『孤独』の効果が発動していないのか。しかし、未だ目的地にはまだたどり着いていなくても、彼等の『ミッション』はもう始まっている。狙いは、この近くで単独行動しているだろうフィクサード浅黄だ。
「面妖かるかそれとも妥当な処置か。ここまでの道すがら、罠やトラップに類する業はついぞ発見することが出来なんだ。これも妾達をこの道から来させる為の手管というやつだろうか?」
 血色の瞳に淡い疑念をこめつつ『大魔道』シェリー・D・モーガン(BNE003862)が低く言う。確かに、ここまでの道中はあっけないほど順調だった。行く手を阻む妨害も罠もなく、村から脱出してくる者と行き会うこともない。
「浅黄の無力が最優先事項なのはブリーフィングの通りです。速やかに遂行しないと後が辛くなりますよ。後悔の苦い味はもうごめんだね」
 言葉の最後は口ごもるように小さくなる。プロアデプトである『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)がこんな風に感情の一端でさえ見せるのは珍しい。少なからず、過去のいきさつ……完璧に排除することが叶わなかったフィクサード、その悔恨が彼の胸を焦がし続けているのだろう。

「くそっ、わかんねーな」
 業を煮やした『悪童』藤倉 隆明(BNE003933)は夜目の利く黒い瞳をあえて封じて潮力だけに全神経を集中させる。とにかく、敵の遊撃である浅黄を確保しなくては作戦は始まらない。何一つ戦果をあげることなく不名誉な不戦敗だけはどうしても耐えられない。その時、微かな音が聞こえてくる。
「あっちだな。木々のこすれる軽い音、風じゃねぇ不自然な葉擦れが聞こえてくるぜ」
 ぶっきらぼうにそう言うと隆明は暗い森の一角を指さした。それは谷中の里をとりまく東側で、ここからそう遠くはない。
「いたっ」
 幾度となく千里眼を使って捜索を続けてきた『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)はようやく愁眉を開く。探して探して探しまくっていたフィクサードの姿をこの深い闇に沈む森の中で発見したのだ。
「隆ちゃん、葬ちゃん、ぐっじょぶ!」
 思わず声が大きくなり、あわてて自分の手で口元を隠した『殴りホリメ』霧島 俊介(BNE000082)は無言でペコリと頭を下げる。だが、心のどこかでホッとしていることは否めない。浅黄を見つけなくては今夜の作戦は頓挫してしまうかもしれなかったのだ。
「どこだ?」
 暗視ゴーグルをつけた『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)の姿はいささか大仰に見え、漆黒のロングコートと相まって何かのコスプレでもしているようにさえ見える。だが、比喩ではなく死地に赴く今夜においては過剰な装備などひとつもない。
「……っ、速いな」
 人工的な視野の中で動く華奢なフィクサードの姿を追うのは難しい。
「行きましょう」
 森の葉陰の闇から生まれたかのように、音もなく身を起こした『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)は暗闇を苦ともせずしなやかに歩を踏み出す。実際、彼女には行動するに不自由ない程度に見えている。
「いつまでも自由にさせておくとそれだけこちらの分が悪くなります」
「やばっ、見失いそう」
 葬識の視線を感じているわけでもないのだろうが、無駄に動き回る浅黄の姿は視界を遮る大木を上手く使い追跡は困難を極めている。
「これだけの闇や影があるんですから、どこかに身を潜めるかも知れません。姿を追えなくなったら面倒ですよ」
 やはり完璧に夜目の利く『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)が警鐘を鳴らす。敵のフィクサードがどのような能力を持っているのか、その詳細まではわかっていない。場合によっては『影潜み』による不意打ちを警戒しなくてはならないだろう。
「待って下さい」
 今にも弾丸の様に走り出していきそうな面々を止めたのは『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)の穏やかで深いアルトの女声だった。数々の戦場を渡り歩いてきた凛子はこの期に及んでも普段と変わらず感情の高ぶりを見せず、風にも揺るがぬ湖面の様に波立たない。
「もう一度『翼の加護』をしておきましょう。浅黄の側に向かうならどんな罠があってもおかしくありません」
「ありがとうございます」
 背にはえた小さな羽にふわりと身体が浮く感覚を覚えた『青い目のヤマトナデシコ』リサリサ・J・丸田(BNE002558)は礼を言う。皆を守りたい、最善の行動を取りたいという強い思いがリサリサをこの危険な場所に誘ったのだが、今はまだ気持ちのみ先行し具体的な行動が伴っていない。
「あっ……」
 不意に村の方角から轟音が響きリサリサの唇から驚きの声が高く漏れる。続いて空気と地面が伝える激しい振動が身体を震わせ衝撃の甚大さを伝えてくる。あれほどの静けさはあっさりと引き裂かれ、村の破壊……完膚無きまでの徹底的な破壊の音が否応なく響いてくる。既に事は始まっている。この先の1分1秒が村人達の生死を分けるかもしれない。
「GPSが効きません」
 短い凛子の声に皆は一様にアクセス・ファンタズムを繰るが、誰もものも外界とのコンタクトが取れなくなっている。三尋木のフィクサード配島が持つアーティファクが発動したのだろう。
「あっちも始まったみたいです。急ぎましょう」
 あばたの言に今度こそ彼等は動き始めた。

●業火を望む者
 当然ながら長命の者達がひっそりと生きる谷中の里にリベリスタ達よりも先乗りしていた三尋木のフィクサード達は行動を開始していた。首魁の三尋木凛子はわざと時間をかけて楽しむかのように人の気配がない村の南の端から散歩でもするかのように北側へと進んでいた。勿論、造形物は有機無機の区別なく破壊してゆく殺伐としたものであっったが。
「ちょっと暗いんじゃないかい。これじゃあせっかくの遊山が台無しじゃないか」
 不意に彼女が不満を告げる。この夜のためにと選んだ鴇色の清楚でシンプルな衣装は暗闇にそれなりに映えてはいたがなんとも淋しい。そのための演出でもある葬送の炎はいまだ村を彩ってはいない。
「そうだ。たしか納屋に押し込めている娘がちょっとした火をつけられるんじゃなかったかい? 新田、お前ひとっ走り行って連れておいでよ」
「はっ」
 生真面目な浅場と放任な配島の間を行き交う新田は着崩したスーツ姿で一礼すると、多少は夜目が利くのであろうか納屋のある北へと走ってゆく。
「……もう来ているのかねぇ?」
 その背が夜陰に消えてしまうと誰に言う出もなくつぶやいた。しかし、その声が森の静寂に消えてしまわぬうちに彼女の信奉者が言葉を返す。
「たぶん。もしかしたらもう何かしているかもしれませんよ」
 あまり上品ではない笑みを浮かべて配島が言う。
「楽しみだねぇ」
 白真珠の長い首飾りを弄びながら三尋木の首魁は溜息の様な息を吐きながら言った。

●熾火
 暗い森で音もなく戦いが繰り広げられる。リベリスタ達は三尋木の本体である村のフィクサード達に察知されることなく浅黄を仕留めたいと願い、大声で応援を呼ぶかと思われた浅黄も何故か静寂のままに戦っている。辺りに響くのは葉擦れの音、土を踏む音、木々のこすれる音、微かに響く得物の打ち鳴らされる音……そして耳に伝わる空を切る音と呼吸音、身体を伝ってダイレクトに響くクラクラするほどの鼓動だけだ。
「……」
 めまぐるしく入れ替わる敵味方の動きを目で追いながら、一瞬だけ凛子は手の中のGPSを見る。方位磁石は正しく方角を示すのにGPSは先ほどから無効化されたまま回復しない。
「必ず生きて捕らえてみせるわ。大事な切り札になるかもしれないのですもの」
 エーデルワイスは何者にも屈することなく自己を、己の願いを主張する。強く強く激しい自負から生じた願いは世界の因果律さえもこじ開け、全てが彼女の力となる。
「いい女をいぢめるのは不本意だが、世界が俺にそれを求めるなら致し方ない!」
 涼のいささか陶酔気味の台詞とともに辺りを漂う幾つもの魔力のダイスが浅黄を取り巻き爆裂の花を咲かせてゆく。そのどれもを鮮やかに回避してゆく俊敏なフィクサード。だが、一連の攻撃が再度展開し浅黄の周囲を埋め尽くしてゆくと、さすがに冷静を保てなくなり悲鳴をあげて大輪の花に飲み込まれて落下する。
「一度しか攻撃が来ないと思ったか?」
 金髪を掻き揚げ涼は嗤う。
「くそっ」
 地面に激突した浅黄はすぐに大木の幹を足場に駆け上がるが、先ほどまでとは違い精彩を欠いている。
「三尋木が七派の中でも最も弱腰なのは人材不足ゆえ……というのは真のようだな」
 複数の魔方陣を展開しつつあえて侮蔑を隠さずシェリーは言う。出来るだけ浅黄の反応を引き出す必要がある。それは声でも態度にあらわれる正確の一端でも、なんでもいい。
「シェリーさん、だめです!」
 佳恋の警告はだが間に合わない。
「正義気取りのアーク如きが!」
 破れた手足の防具越しに猛獣の美しい黄金の紋様が微かに覗き、鋭い牙を剥きだしにした浅黄がシェリーに飛びかかる。暗がりにスコールの様な水音がいきなり響き渡り、続いて喉から空気の漏れる音、泡が生まれては消える音が次々にゴロゴロと低く響く。
「離れろぉ!」
 攻撃態勢に入っていた俊介はとっさに切り替えられず、妖しく突き刺すような指を浅黄に向け彼女から力を奪う。
「うっ」
 浅黄の身体がシェリーから僅かに離れた。
「烈風陣が無理ならテラクラです!」
 直前まで使おうと決めていた味方をも巻き込む技を止め、佳恋は白鳥の羽の如き巨大で白い長剣に己の力を集中させる。その強い強い殲滅の闘気が動きの鈍い浅黄の身体を捉えて吹き飛ばす。
「きたきたきたきた! 俺様ちゃんのターンに浅黄ちゃんがきたぁ!」
 葬識の禍々しささえ放つ得物は暗黒の力を宿し、吹き飛ばされて接近した浅黄をその心ごと思いっきり切り裂いてゆく。
「きゃああぁぁぁ!」
 甲高い悲鳴があがる。
「あんたに恨みはないけどな。俺はいつも通り真っすぐ往ってぶん殴るだけだぜ」
 苦しむ浅黄の姿に無意識に手加減をしてしまったのかもしれない。殺してはならない枷の中で隆明の拳は浅黄の身体を浅くかすめて過ぎる。バランスを激しく欠いて転がる浅黄の身体は、だが途中から不自然なほど唐突に動かなくなる。
「無意識の回避運動というのにも癖が出るの。だから、浅黄……あなたの行動は読み切っていました」
 しれっとした表情と口調であばたが言う。張り巡らせた気糸の罠に浅黄がかかるのは時間の問題だったのだ。
「モーガン様はワタシが絶対にお助けします」
 リサリサの詠唱が清らかな存在へと呼びかけの言葉を紡ぎ慈しみの微風を喚び、同時に力の行使をあえて遅らせた凛子が編み上げる聖なる言霊は詠唱となって偉大なる軌跡の福音をシェリーの身体にもたらしてゆく。2人の力は合わさって、息も出来ないくらい大ダメージを負っていたシェリーののど元の傷が塞がってゆく。
「あ、ありがとう」
 べっとりと己の鮮血が服と地面を濡らしているが、シェリーはゆっくりと身を起こす。
「もう少しあがいてくれたのなら、わたしの鎖でもっと強く縛ってあげたのに残念です」
 エーデルワイスは動けない浅黄の首をさらに縛り俊介の前に引きずってゆく。
「罠の事、教えて貰うよ」
「貴様、一体何処まで……」
 言葉によりより鮮明になる記憶。それを他者によってなぞられる不気味な感触に目を閉じて顔を背けるがそれで防げるものではない。
「うっ……」
 ただ、膨大な記憶全てを読破するのは難しい。なにより今は時間がない。俊介は村を焼くものや脱出の妨げとなるものだけを素早く読み解くと、浅黄を離して立ち上がる。
「済んだのなら次はワタシだ」
 素早くエーデルワイスが回り込み、たった今まで俊介が居た場所に座り込む。どうしても今、しておかなければならないことがある。
「ハヤトを探しましょう。まだ運がよければ三尋木と遭遇せず生きているかもしれませんから……あ、お先にどうぞ」
 あばたが先に立つが、すぐに夜目の利く隆明や佳恋を先に行かせる。
「急いでるんだか、いないんだかわかりにくい奴だなぁ」
「私が先導します。不意打ちは回避出来るかも知れませんから」
 こわもての隆明をするりとすりぬけ、夜明け前の藍の髪がふわりと流れる。
「俺も行こう。強襲されない自信ならある。俺は世界に愛されてるからな」
 涼が続き、肩をすくめた隆明が続く。
「もう歩いて平気ですか?」
「大事ない。今は火急の時ゆえおぬし等の治癒の業だけで充分すぎよう」
 リサリサに付き添われてシェリーも進む。
「烏頭森さん、もうよろしいですか?」
「……なんとかなるでしょう」
 凛子とエーデルワイスも立ち去り始め、同時に近づく葬識に浅黄が問う。、
「殺すのか?」
 ニヤニヤと性根の見えない笑顔で葬識は浅黄の身体に手を伸ばす。
「浅黄ちゃんの命は大きな賭け事のベットになるかもしれないからね。俺様ちゃんが大事に担いで行くよ」
 その言葉通り、ごく普通の体格の浅黄を担ぎ上げ皆の後に続いて走りした。

●燃ゆる思いを
 それは不幸な遭遇か、それとも神の配剤による邂逅なのか。この世界に神がいるとしても、それはただ祈るだけで全てを叶えてくれる万能の、そしてゲロ甘の存在ではないのだから手放しで喜んでもいられないが、ここに村の存亡を左右する3者が鉢合わせした。
「貴様! 三尋木の仲間だな! ソノちゃんをどこに連れていくつもりだ!」
 リベリスタ達の行く手、左方向から駆け寄ってきた一団の先頭にいた若者が右方向の2人連れへと糾弾の声をあげる。
「た、助けてぇハヤトちゃん!」
 スーツ姿ながらもネクタイを外し胸元をゆるめたラフな格好をした、いかにもよそ者然とした男は腕を引いて連れ歩いていた少女が腕を振りきって逃げようとするのを面倒臭そうに捉え直す。だが、その視界にリベリスタ達が映ると少女を羽交い締めにして盾にした。
「ハヤト?!」
「間違えありません。ハヤト様ですね」
 俊介とあばたの声にハヤトは意外そうな顔をする。
「あんた達は、確か東京で……」
 この村に居るはずのない者達の顔をどう判断して良いのか、あの時東京に出向いた3人の中では比較的冷静だったハヤトであったが、緊迫した状況にとっさに判断しかねるようすで言いかけた。だが、ハヤトの思考を遮るように甲高い悲鳴が辺りに響く。
「痛い!! 助けてぇぇえ」
 よそ者の男がソノちゃんの腕をきつく締め上げたのだ。
「ソノちゃんに何をする」
 ハヤトの声にかぶせるように数人の男達が異口同音の声をあげ、スーツの男は不快そうにぶつぶつと何事か呟やき……いきなり娘の身体を思いっきりハヤト達の方へと突き飛ばした。悲鳴をあげて転げる少女と彼女を囲み歓喜の声をあげる人々。だが、その混乱が男を追おうとした涼や凛子の行く手を阻む。
「逃しては相手にこちらの居場所が知られてしまします」
「全能の神であろうと俺を遮るならば切って捨て……って聞いてないのかよ!」
 凛子と涼がやや乱暴にかき分けようとしても、右方向を全力で逃げてゆく男に追いつけそうにない。
「やっぱりハヤトと三尋木の下っ端だったろう? 俺様ちゃんの眼力、おさすがじゃん?」
 ぐったりとした浅黄を背負った葬識が一番最後に到着すると、どさりと浅黄を地面に転がし肩や手をほぐしてゆく。
「ここからはわたしも浅黄から元に戻ります。紛らわしくなりますからね」
 浅黄の声音、浅黄の立ち居振る舞いを解くとエーデルワイスはたった今までと同じ姿で地面に倒れる女の姿に視線を落とし、そのすぐ側にいる隆明に視線を移す。
「……しょうがねぇなぁ」
 それもこれも三尋木凛子と正面切って戦う事を回避するためと思えば仕方がない。隆明はしぶしぶと本物の浅黄のよっこらしょっと背に担ぐ。
 当面の敵は逃げたがきっとすぐに戻ってくる。佳恋は仲間達へと振り返った。
「ここは私が見張ります。皆さんはハヤトさん達に説明をお願いします」
 佳恋の言葉にあばたと俊介が小さくうなずく。
「分が悪いと踏んで逃げたのでしょう。どうせすぐに舞い戻ります。時間がありません、私達の言う事をよく聞いてください」
 村人達の機先を制するつもりなのか、あばたは一気に言う。
「ハヤト、頼む! 何にも言わずに逃げてくれ! この通り!」
 いきなり俊介は地べたに這いずり土下座した。だが、ハヤト達は迷っているのか言葉もない。
「ミサキからの伝言だ。頼む、今は火急の時ゆえ言葉を重ねる時間も惜しまねば生き残れぬ。妾達を信じて退いてくれ」
 シェリーはおみくじを木に結ぶ様に細く折り畳まれた紙をハヤトに向かって差し出した。それは、この里の位置を聞くためにミサキに会った折りにどうしてもと願って書いてもらったハヤトへの伝言だ。ハヤトは素早く解いて文面に目を通すと、すぐソノちゃんと呼ばれた少女に見せる。
「ミサキちゃんの字に間違いない。あの子、本当にくせ字なんだから」
 泣き笑いの様な顔で言う。紙切れにはアークの言うとおりにして欲しいとごく短い文章が右上がりのくせ字でしたためられている。
「再起を図るならアークが助力します。だから今は引いて貰えませんか?」
 だめ押しとばかりに凛子が言う。けれどハヤトは首を横に振った。
「今すぐには無理だ。納屋にはまだソノちゃんの他に9人の仲間が閉じこめられている」
「ではその方達と一緒に逃げてください」
 リサリサは優しい笑顔を浮かべて言う。
「……わかった。行こう」
「迂回していこう」
 ハヤトは決断し、ソノちゃんが先導して走り出そうとした……その時だった。

●戦渦の始まり
 爆音が響く。何もない地面……そこがまるで地雷でも埋まっていたかの様に大きく爆ぜ、土塊のつぶてが全周囲に飛び散ってゆく。不意打ちにバランスを崩すリベリスタ達、そして大きく吹き飛ばされた村人達。
「何をしている。行け! 行って納屋からみんなを逃がせ!」
 シェリーは強引にハヤトを引き起こして突き飛ばす。
「なんだい、ここにみんないるじゃないか」
 場違いな程軽やかで心地よいアルトが伝搬した衝撃波にまだ聞こえにくい耳に響く。けれど、5感ではない何かが恐ろしい危険を伝えてくる。最も近い場所にいた佳恋が宙を飛んで仲間達の元まで後退する。部下達が持つ頼りないたいまつの炎に照らされて、ベージュ色のショートブーツが現れ、細いけれどか弱さのない脚を鴇色のドレスの裾がヒラヒラと揺れる。
「まァ、初見になるがいい女だな」
 口の中の土を顔を背けて吐き出しながら、涼は小さく呟いた。自慢の肌もそうだが、闇に映える鴇色のドレスはなかなか良いチョイスだと思わざるを得ない。そう思いつつも涼はさりげなくハヤト達が消えた方を塞ぐようにして立ち上がった。濃密な死の予感を漢字ながらもこれだけは譲れない。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「加護を与え賜え」
 リサリサと凛子は即座に治癒のための詠唱を紡ぐ。いと高き場所に確かにいるモノの意思を読み、力を癒しの息吹として顕在化させる。癒しの力は柔らかな風となってリベリスタ達に吹き渡り、何もかもを癒してゆく。
「配島、お前が時々遊んでもらっているアークの皆さんかい?」
 緩く髪を結い上げた女は世間話でもするかのように唯一たいまつを持たない部下、配島に声を掛ける。
「そう……みたいですね。やっほー俊ちゃん、生きてる? 涼ちゃんとあばた君も」
 一瞬で土まみれになったリベリスタ達の顔をのぞき込み、特によく知る相手を見つけると配島は嬉しそうに手を振った。
「うちの者達が色々お世話になっているそうだね。ここで会ったが何かの縁、まとめて借りを返そうじゃないか」
 ハヤト達を追いかけて行こうとする檜原や小金井を目で制し、三尋木凛子は体勢と陣形を立て直そうとするリベリスタ達へ物騒な光をはらんだ視線を投げる。
「おかまいなくって、ホントだ! お肌トゥルントゥルン! その簪も綺麗だね」
 ダメージを負っているはずなのに何事もなかったかのように立ち上がった葬識は不気味なほど愛想良く言う。
「世辞かいいいさ。三尋木はね、六道ほど四角四面の朴念仁じゃないし、剣林ほど自分の力に陶酔してもいないし、裏野部ほど血に飢えた阿呆でもない。恐山の隠居爺や黄泉ヶ辻じゃそもそも交渉にはなりえないが、逆凪ほど小賢しい策士気取りでない」
 だからあんた達は運がいい……と、言外に交渉の余地があると伝えつつ三尋木の首魁は優しげな微笑みを浮かべる。
「覚悟を決めて交渉するしかないみたいだねぇ」
 他人事の様に葬識が言う。ここまで全面的に遭遇してしまえば『千里眼』も必要ない。
「初めまして、霧島俊介だ。配島の親友かな。凛子ちゃんって呼んでいい?」
 俊介は配島に手を振り返しフィクサードの主要七派、そのひとつを束ねる化け物もどきに気安げに話しかける。
「殺さずに返すから村の住人に手を出さないでくれないかな?」
 後方にいた隆明は俊介に手招きされ、浅黄を担いだまま近寄った。ぐったりとした浅黄の首に得物を突き付ける。
「部下の身柄と引き換えに手をうってはいかがかしら?」
 エーデルワイスも言葉を添える。見たところ浅黄の装備はかなり調えられていて、1度きりで使い捨てているたぐいとも思えない。
「気だてが良くてよく働くから重宝していたけど、それだけじゃあ安くはないかい?」
 緩く腕を組んだ三尋木の首魁はとんでもなく上からの物言いで薄笑いを浮かべる。
「その代わり俺らを好きにしていいよ」
 キラリとたいまつの揺れる炎に三尋木の薄い茶の瞳が輝く。
「そうさね、あんた達の力量によっちゃあ時間をくれてやってもいい。あたしにゃあ要らないモノでも、あんた達には要るんだろう? それを高く売るのがビジネスだからね」
「それは先に拉致していったここの村人が役に立っているからもう要らない……と、言う事ですか?」
 出来る限り時間を稼ぐ、あばたの言葉はそれだけのためだった。一瞬でも長く三尋木のフィクサード達を足止めすれば、それだけハヤト達の生存確率が上昇してゆく。
「そんなことより契約だ。檜原、新田、小金井……リベリスタさん達に遊んでおもらいよ」
 名を呼ばれた3人はたいまつを配島に渡し、スーツの上着を脱ぎながら前に出た。

 そして何の合図もなしにいきなり彼等は仕掛けてきた。ホルダーから素早く両手に収まった2丁の銃は狙い定める挙動もなく、次々に発砲してくる。檜原、新田、小金井のたった3人の攻撃が雨あられと降り注ぐのは、その全てがダブルアクション……二度ずつ発砲しているからだ。一撃で致命傷というほどの威力はないが、それでもたちまち硝煙と血の臭いが辺りに漂う。
「後手に回るわけにはいきませんね」
 通常ならば味方のダメージが蓄積されてから回復行動に移る凛子だが、今はその余裕がない。高位の存在へと働きかけて吹く癒しの息吹が仲間達を穿つ銃創の痛みを軽減させてゆく。
「敵に自由を許したのは私の咎です」
 けれど今からは決して許さない。エーデルワイスは新田をマークしつつ最も実力の低そうな小金井の首へと憎悪の鎖を放ってゆく。
「ぐがぁっ」
 鈍い音がして小金井の首が絞まる。
「悪いな。掛け値なしの実力か世界に愛されるリアルラックのない奴は……死ぬぜ」
 涼の力はフィクサード達の周囲に爆裂の大輪を咲かせ、小金井を飲み込んで破裂してゆく。
「おぬしの命運、うっかり尽きても妾達を恨むではないぞ」
 シェリーはすかさず早口で詠唱し一瞬で自らの周囲に高位魔方陣を展開する。そこから繰り出される魔的な弾丸が小金井の腹に命中する。
「命賭けるよ、凛子ちゃんとの逢瀬にさ」
 首魁と同じ凛子の名を持つ仲間からの援護を受けて立ち上がった俊介の指先が無傷の檜原へと向けられ、佳恋の美しい羽の如き長剣は集約する力の奔流を受け止め、一気に小金井へと襲いかかる。
「折角遊びに来たんだから、あそぼーよ! でもちょっと待ってよね」
 葬識の全身から湧き出る漆黒の闇は数多の武具となってその身を守る。
「やっと暴れられるターンになったか。丁度良い、四の五の抜かさずこれでもくらえ!」
 吠えるように嗤うと隆明は実直なほど真っ直ぐにまだ誰もマークしていない新田へと拳を放つ。
「凛子様の凛は右下が示す、でしたっけ、ノ木って書く方でしたっけ?」
 何気ない世間話の様に抑揚をコントロールしながらもあばたは小金井をの指先を狙い撃つ。骨の砕ける音がして、むしり取られた指先が回転しながら飛んでゆく。
「ワタシ達は皆、笑顔で帰るのです……帰りを待つ人のいる所へ」
 リサリサの身体の中で潤沢な魔力が活発に体中を駆け巡る。

●炎花
 リベリスタ達の集中攻撃を2度3度と重ねられ、とうとう小金井が脱落する。千切れて欠けた指からの出血に真っ赤になった拳を抱えてのたうち悶絶する。
「あとふた~り」
 楽しげに言って葬識は小金井を思いっきり蹴り上げて戦場の外に退場させる。
「配島、お前も混ぜてもらっておいでよ。『孤独』の発動だけじゃ退屈だろう?」
 戦況を楽しそうに眺めていた三尋木凛子は傍らに控えている配島を促す。
「三尋木さんは遊ばないですか?」
「あたしはやり残したお遊びを再開するよ。まだ5人しか殺していないからね。『七夜星』も『竜胆』ももう少し使い込まないといざって時に困るじゃないか」
 三尋木の首魁は髪に挿した銀色のかんざしとちょいと直し、左手の小さな銀色の銃を握り直す。
「……そうでしたね。それじゃあ」
 配島は3つのたいまつを無造作に崩れかけの民家に放る。あっと言う間に炎は建物の残骸を舐め、火柱へと変わってゆく。その火柱の向こう側へと三尋木凛子が歩いてゆく。
「何をするんですか? そうじゃなくて……何処へ行くんです!」
 あばたが強い口調で放火犯となった配島を糾弾し、更に歩き去ろうとする三尋木凛子の背へと声を張る。
「どうせこの村は燃えるんだし、全焼が少し早まっただけだよ。ほら……」
 ごく気軽に配島が示すように、村の南側が異様に明るかった。
「燃えてるな」
 木の爆ぜる音、家屋の倒壊してゆく音が隆明の耳に届く。それは、ハヤト達が向かった納屋の方であり、また彼等の脱出口でもあるはずだった。
「まさか、まだ罠が?」
 そんな筈はないとわかっていながら俊介は背筋が凍る。浅黄の意識そのものにフェイクが仕込まれていたというのか。
「この村の結末を変えに来たのかな? それなら残念だったねぇ~」
「あなたの元気そうな姿を見ると、プロアデプトで運命論者のこのわたしが、久しぶりに後悔をしてしまいますよ。何故あの時無理をしてでもその頭をぶち抜かなかったのかとね」
 普段、感情をみせることのないあばたの口調が焦燥と悔恨、慚愧の混じる怒りにに揺れてへらへらと笑う配島を睨め付ける。
「霧島、気を抜くな。お前の落ち度の筈がない」
「動揺を誘うつもりですか? 姑息ですよ、配島さん」
 檜原をブロックしつつ涼と新田を押さえるエーデルワイスが言う。三尋木凛子を追跡したいが、その前に檜原と新田、そして配島をなんとかしないとそれも出来ない。
「酷いなぁ。悪い事は全部フィクサードのせい? 僕達、こんなに正々堂々、律儀に契約を取り交わして戦っているって言うのに。くすん」
 バレバレの嘘泣きの振りをする配島。
「……まさか村の人達が放ったとでも言うのですか?」
 彼等の故郷を彼等がその手で葬る、そんなことがあるのだろうか。それともリベリスタもろとも三尋木のフィクサードを村と一緒に葬ろうと考えたのか。佳恋にはハヤト達の意図がわからず動きが鈍る。
「三尋木さんが契約を破棄したって言うのかな? あの人を侮辱するなら容赦しないよ?」
 瞬間、がらりと配島の雰囲気が変わった。
「危ない!」
 射線から外そうとリサリサは佳恋に抱きつき、ゴロゴロと転がった。
「リサリサさん!」
 抱きしめた佳恋の手に暖かくぬるりとした感触が残る。
「私が傷つけ、私が癒やす」
 即座に凛子は最大限の癒しを行使すべく短い詠唱に思いを乗せ魔力を紡ぐ。けれど、それでもリサリサの傷は全て塞がるというわけにはいかない。

「三尋木の姉御、ではないけれど本気の配島の相手ならばわたしも腹を括りましょう……いえ首かしらね?」
 物騒すぎる戯れ言を言いながら、エーデルワイスは新田の腹を踏み台代わりに蹴りつけると、逆側にいる配島目がけて飛びかかる。
「憎悪よ,怨嗟よ,鎖となりて咎人の自由を呪縛せよ」
 絶対的な咎人へと向けられる断罪の鎖。それは配島の首をくびり、心も身体も食らいつく筈であった。だが、ごくあっさりと配島は自ら身体のバランスを崩して転がり、鎖の波を這いまわってくぐり抜ける。無様だけれど回避は回避だ。
「何を捨てても実を取る……と、いうことですかっ」
 悔しさが語尾ににじみ出る。
「ならば俺の爆炎の花に抱かれて逝け!」
 白っ茶けた土まみれの配島の周囲でダイスの群れが次々と爆裂し、危険極まりない大輪の花を次々と咲かせてゆくが、その花々に飲み込まれたのは配島ではなく檜原だった。
「あれぇ?」
「うおっ、ぐあああぁ」
 きょとんとした配島の側で檜原が血潮の花を咲かせて倒れ、更に同じくダイスの群れが爆炎の花と化して再度配島に肉薄する。
「しつこいな、涼ちゃんは」
「お前が涼ちゃんっていうな!」
 馴れ馴れしすぎる敵は涼しい顔のまま駆け抜けていくが、さすがに無傷とまではいかずあちこちが火傷の赤い傷を作る。
「妾達の攻撃は止まらぬぞ」
 片膝をついた檜原とその背後に立つ新田を見越してシェリーは魔術師の弾丸を放つ。
「がはぁっ」
 肺を貫通したのか炎に照り映える鮮血を吐く檜原と、腕を貫かれた新田がうめく。
「配島メアドください! 凛子ちゃんもよければ……」
 倒れたままのリサリサを庇うように前に出た俊介の差し出す手の指が妖しくうごめく。そこから敵の力を吸いとり我が物と成すのだ。
「私は戦う事しか知りません。だから戦う事で救えるもののために戦うのです。絶対に諦めません」
 例え配島達を倒しても、三尋木凛子が引き返してきて参戦すれば勝ち目はないのかもしれない。けれど、佳恋は戦う事を諦めたくなかった。この一振りの長剣に込めた力は私を裏切らない。
「はぁああああ!」
 気合いとともに放つ攻撃がとうとう配島の横腹をかすめ、ぐるっと一回転して尻餅をつかせる。
「やるじゃん、水無瀬ちゃん。俺様ちゃんもちょっとだけ頑張るかな?」
 冥き闇の魔力をまとった葬識の一撃が配島を狙い、左の袖から肩へと腕の皮膚ごと引き裂いて血飛沫が舞う。
「浅黄には手加減したが貴様等おっさんは割引なしのパンチをお見舞いしてやるぜ」
 隆明の狙いは咳き込む事に血を吐く檜原だ。まっすぐに繰り出された隆明の拳、だが檜原も鮮血に濡れる拳で応戦し決定打にならない。
「では多少なりとも武装解除してもらいますよ、えぇ強制です」
 あばたは傷に気を取られる新田の手から銃を弾く。
「大丈夫です」
 力尽きたかに見えたリサリサが立ち上がる。
「まだ、まだです。ワタシは回復手としての努め、全うさせて頂きます……」
 リサリサを受け入れ愛する世界の力がもう一度彼女に立ち上がる力をもたらす。
「俊ちゃんや涼ちゃん、あばた君と戦えるなんて、ゾクゾクするよ。それにシェリーちゃんとエーデルワイス君もいる」
 似合わないほど生き生きと笑う配島は、次の瞬間狂人の様に殺意をまき散らし見境なく暴れ回る。敵近くで戦っていたリベリスタ達……リサリサと涼子、あばた以外の仲間達が獰猛な大蛇の如き攻撃に大ダメージを負い地面に伏す。同時に反動に身をえぐられた配島も足下がおぼつかない。血を流しながらフラフラと数歩下がる。
「ワタシの鉄壁の防御力、そうやすやすと崩せるものではありませんっ」
 崩れかけた前衛達が体勢を立て直す為の時間稼ぎが出来るのは自分しかいない……再びリサリサは思い切って前に出た。
「2人とも死んでないなら黒髪の子をシュート!」
「き、貴様のせいだろ!」
「おぼえてろよ、配島」
 配島に負わされた新しい傷を庇いながらもボロボロの檜原と新田が命に従う。
「きゃ……」
 素早く繰り出される檜原と新田の連続攻撃はリサリサに悲鳴をあげる事すらさせず、意識を失った彼女の身体は頼りなく地面に崩れる。そこから赤い血の染みが広がってゆく。

 体中が悲鳴をあげている。けれど、互いを巻き込む事を恐れず繰り出す三尋木のフィクサード3人の攻撃は傷ついていても威力が衰えない。ダブルアクションでの範囲攻撃が続くと、リサリサを欠いたリベリスタ達は俊介が回復手としての任についたが、攻撃の総ダメージが減り結果として互いに消耗しながらの激戦がいつ果てるかもわからず続いてゆく。村を焼く炎は更に激しく燃え広がりつつ高く火柱をあげ、吹き付ける熱すぎる風が肌に痛い。ゴォオオオと勢いよく立ち上る炎を背に満身創痍となったリベリスタ達とフィクサード等の戦いが続く。
「蛇も敵も頭から潰すのがセオリーだよな」
 新田の銃が攻撃を放ったばかりのあばたを襲う。何気なく撃った弾はあばたの首の右かすめ、激しい血飛沫が弧を描いて辺り一面を血に染める。
「……っはぁっ」
 すっと目の前が真っ暗になりそのままあばたの意識は闇に飲まれる。トサッと軽い音がして小柄な身体が地面に倒れる。
「仲間を思う気持ちでフィクサードなんかに負けない!!」
 世界に満ちる愛を糧に立ち上がった俊介が仲間達全員へと癒しの息吹を喚び、転がった涼とエーデルワイス、葬識とシェリーが身を起こす。
「まだまだぁ! これで終わりだなんて認めるか!」
 もはや戦い続けられない程の深手を負った隆明も今一度、この場に溢れる慈愛を受けて復活してゆく。
「もっと楽しもうよ。もっともっと!」
 奇声をあげて笑う配島がまたしてもあふれ出る殺意に見境なく狂乱し、荒れ狂う大蛇の如き攻撃を放つ。
「おっと」
「二度も喰うか」
 檜原と新田はかろうじて後退するが、立ち上がったばかりの涼とエーデルワイス、葬識、シェリーが戦闘不能に追い込まれてゆく。

 絶望が胸の奥深くからゆっくりと染み出そうとした時、意外な言葉がリベリスタ達の耳に響いた。
「まだ終わっていなかったのかい? 随分じらしながら楽しむじゃないか」
 先ほど炎に消えた三尋木凛子が戻ってきていた。腕を組み呆れたような顔をして部下達を見下ろしている。炎を連れてきたかのように村を焼く炎は勢いを増しジリジリと肌が焦げる様な気がする。
「最高ですよ。もう、ずっとこうしていたいくらいに……」
「三尋木さん、勘弁して下さい」
「配島のバカといると命が幾つあってもやってられませんよ」
 中毒症状の患者の様な配島とは異なり、スーツの残骸を身体に張り付かせた檜原と新田が三尋木の首魁にぼやく。
「配島をお前達に押しつけて悪かったねぇ。あたしが4人も見失うなんてさ、やっぱり夜の森で鬼ごっとは分が悪かったかねぇ」
 ふぅと小さな溜息をついて三尋木凛子は頬に手をあてる。その指先にもオフホワイトの靴の爪先にも小さな血の飛沫がドット柄の様に描かれている。たった今、何人もの罪もない人をゲームのように殺してきたのだ。
「さっさと始末を……って、今すぐ帰るよ! これ以上こんな場所にいたらお肌に悪いじゃないか」
 三尋木の首魁は頬にあてた手の感触に慌てて部下達に撤収を告げる。村の存亡より村人達の行方よりリベリスタ達の生死より、なにより大事なのは己の肌の状態なのだろう。
「貴方とならこのまま一緒に果ててもいいと思ったのに……」
 愛の告白の様な台詞とともに、エーデルワイスは自由の利かない身体を押して手を伸ばす。
「お嬢ちゃん、そちらさん達も今度会う時までにもうちょっと強くおなり。この凛子様が手ずから引導を渡してやってもいいと思えるほどに……さ、適当に覚えておくから再会を楽しみにしておくよ」
 それだけ言うと敵であるアークのリベリスタ達になんの懸念もなく背を向け、まだ炎に抗う村の西側へと足早に去ってゆく。いつの間にか小金井と浅黄も加わり未練がましく後を振り返る配島を小突いている。
「屈辱的ですが、今は仕方ありませんね」
 あばたはギュッと拳を握った。苦い思いが胸を焦がす。きっと配島にトドメを刺さなかったあの時を思い出すように、これからしばらくの間、この時を苦々しく思い返すのだろう。
「ふー……終わったのか?」
 濃密な死の匂いがふっと消え、ようやく涼は息を深く吸えるようになった気がする。恐ろしげな姿をしているわけではないのに、三尋木凛子を前にすると背筋がゾッとする。
「リサリサさん、しっかりしてください、リサリサさん」
 凛子は必死に治癒の力を喚びながら意識のないリベリスタの名を呼ぶ。
「とにかくここは危険です。風上を目指しながら撤収しましょう」
「俺が背負う。どうせ行きも浅黄を背負ったんだ。慣れている」
「わかりました。お願いします」
 凛子と佳恋とがぐったりとしたリサリサの身体を助け起こし、隆明の背に乗せる。
「村人達は無事に逃れたであろうか?」
 シェリーはもはや半分ほどが炎に包まれた村を見た。

 谷中篝火の故郷であり、長命種の隠れ里と目された谷中の里は、業火に焼かれ地上から跡形もなく消し去られていった。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
 谷中の里での死闘、大変お疲れさまでした。

 残念ながら村は炎に消え、村人達も多くが落命してしまいました。理由を挙げるとすれば以下の通りです。
・村人の行動が『孤独』効果中でも三尋木側にわかりやすかった
・三尋木凛子が部下とリベリスタとの戦いにそれほど関心を寄せなかった
・三尋木凛子が中断していた村人殲滅に戻ってしまった。

 何かもう少しリベリスタの強さを見せる事が出来たら――それは戦闘能力だけではなく、頭脳戦でも良いのですが――好意であれ悪意であれ、三尋木凛子の関心をつなぎ止める事が出来たと思います。それはそれで絶望的な戦いに身を投じる事になりますので部下3人を戦闘不能に追い込めるかはわかりませんが、戦闘形のプレイングの出来によっては上手くいったかもしれません。

 ですが、20人全ての命が失われたわけではありません。ハヤトやソノちゃんの生死は不明のままです。三尋木凛子の手を逃れた4人はきっと脱出していてくれると思います。
 ちなみに三尋木のフィクサードは2名が戦闘不能でしたが全員が存命です。

 今後も危険で辛い時ほど皆さんの皆様の手をお借りしたいとお願いにあがると思います。その時もどうかよろしくお願いします。