●事例1:パーキングエリアにて 2ヶ月前。 高速道路に点在する休憩所、パーキングエリア。人里離れた山地にある、とある一箇所。 車を停め休憩していたと1人のサラリーマンが、何者かに襲撃・誘拐される猟奇事件が発生した。 朝一番の商談を翌日に控え、前泊するため、宿泊地へと移動している最中だった。 男性を襲撃した存在は、未だに「不明」。 運転席のドアは、余程の力によってもぎ取られていた。 フロントガラスには、運転席から飛び散ったと見られる血飛沫がびっしりとこびり付いていた。 運転席のシートは、背もたれが巨大な4本の刃物のようなもので大きく切り裂かれ、ズタズタになっていた。 車から点々と血痕が続いており、地元の警察がこれを追跡したが、奇妙なことに血痕は徐々に小さくなり、途中で完全に無くなってしまった。 灰色の、獣の体毛が、現場に残されていた。 事件が起きたのは、柔らかに月明照らす、満月の夜であった。 ●事例2:山中のキャンプ場にて 1ヶ月前。 父親と母親、小学生の息子娘の兄妹の4人家族が消息を断った。 場所は、ゴールデンウィークで賑わいを見せていたキャンプ場。 その一家は、テントスペースから離れたバンガローを使用していた。 このキャンプ場にはバンガローは1棟しかなく、たとえ混雑期でも静かな時間を過ごせるということで、大型連休の際にはいつも予約が殺到していた。 一家はここの常連で、毎年のGWを過ごしていたが、今回初めて予約抽選に当選。子どもたちは、大喜びだったと周囲の人々は話していた。 一家を襲撃した存在は、未だに「不明」。 入り口の木製ドアは、外からの強い力によって、粉砕されていた。4本の、大きな刃物で斬られたような形跡だった。 窓は、ガラスだけでなく、枠ごと叩き壊されていた。 小屋の中の道具の散乱ぶり、壁を一面に染め上げるほどの血痕が、起きた事件の凄惨さを物語っていた。灰色の体毛が、至る所から検出された。 4人の姿は無く、バンガローから血痕が点々と続いているのみ。その血痕も、途中で完全に途切れていた。 事件が起きたのは、柔らかに月明照らす、満月の夜であった。 先に挙げた事件が発生した同じ山地内。もっとも近い街からも、車で30分ほど走らなければ辿り着けない場所であった。 「あの夜、大型犬が唸るような不気味な声が聞こえたような気がする」 発見者となった他のキャンプ客が、そう証言した。 ●今夜 「この2件をよく見ようとしても……どうしても相手の実像がはっきりしないの」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、僅かに表情を曇らせながら、事態をリベリスタたちへ伝えていた。 2度の猟奇事件の目立った共通点は「満月の夜に発生したこと」「被害者が全員行方不明となっていること」及び「灰色の体毛が残されていること」である。 「これよりも前に、似たような事件は?」 リベリスタの問に、イヴは首を横に振った。 不明な点は多いが、はっきりしていることは、この「敵」が、高い隠密性と戦闘力、それに残忍さを併せ持った存在だということ。 イヴは言う。まずは「敵」を見極めなければならない。姿の見えない「敵」を、見えるようにしなければならない。 2件の事例から、「敵」は、おそらくは「人を襲う」ことを目的に行動していると考えられる。 「この場所に、今夜、また現れるみたい」 キャンプ場とパーキングエリアは既に閉鎖されているが、この2箇所を地図上にて線で結ぶと、この近くにもう一箇所、施設があるのが分かる。 冬は唯一のスキー場付きホテルとして、夏はゴルフ場やテニスコート付きホテルとして使用される、5階建てのリゾートホテルである。 まだこれといった異変は起きていなかったが、この場所で暴虐を尽くさんとする「敵」の影を、イヴは見たのである。 しかし、その実態や数など、多くは不明。数については「一体ではない」ということしか判らない。 今回の目的は「謎の敵と戦闘を行い、可能ならば撃破すること」「ホテルへの侵入を防ぐこと」の2点と定められた。 「無理に、全部を倒そうとは考えないで。……気をつけて」 打ち合わせを終えたリベリスタたちは、現場へと歩を進めた。 見上げると、梅雨時であるにもかかわらず、今日の空には雲ひとつない。 今宵は柔らかに月明照らす、満月の夜になるだろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:クロミツ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月28日(金)23:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●「夜」現れる「獣」 山中に立地する、リゾートホテル。 この宿泊施設は、宿自体がこの地域にあまりないこともあり、ビジネスホテルとして利用されることも少なくない。 今夜もそうした宿泊客が多いようだ。ホテルと道路一本を隔てた駐車場には、営業に使われているとみられる、企業のロゴが入った車が何台か停められている。 時刻はすでに深夜。宿泊室の電灯もほぼすべて消えた今、フロントの明かりと、道路灯のほか、空にぽっかりと浮かんだ満月が、周囲をうっすらと照らしていた。 今宵の満月は妙に大きく、どことなくオレンジ色の光を発しているかのようにも見えた。 駐車場。 ここには照明がなく、ひときわ薄暗い。 闇に潜むものが何者であれ、こんな所に人が……それも女性が一人で訪れれば、格好の的に見えるだろう。紫色の長い髪を揺らし、駐車場の奥へと歩を進めるその女性の背後。停められていた車の影から、2つの影が現れた。 はっ、はっ、と口から極々小さく息を吐きつつ、徐々に間合いを詰める。 標的となったこの女性……アークのリベリスタ『祈りに応じるもの』 アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024) にとって、その殺気は十二分。 彼女はこの時点ではまだ、無力な一般人を装いながら、そっとアクセス・ファンタズムを利用し、情報を発信した。 ホテル側面、テニスコート近辺。 「現れました。駐車場、2体」 アラストールの連絡が、他の全員に届いた。彼女は囮として単独で行動。敵がこれにかかった際には、2人組2班の巡回班のどちらか近くにいる方が、すぐに援護へと向かう手はずとなっている。 「俺と木蓮が近い。早急に向かう」 「おお、今行くからな。待ってろ!」 周囲を時計回りに巡回していた2班のうち、『八咫烏』 雑賀 龍治(BNE002797)と『銀狼のオクルス』 草臥 木蓮(BNE002229)の組が、直ちに駐車場へと駈け出した。 「龍治。一緒に敵を、奴らを噛み殺そう」 「ああ、そうだな。お前とならば、きっとやれる。」 馳せながら2人が互いに交わした言葉は短いながらも、婚約者同士の、何より強い信頼と絆がそこにあった。 ホテル側面逆サイド、森林側。 「わらわの方にも来ておるようじゃのぅ。影が2つ。人の姿形には見えぬ」 すぐに、新たな連絡が入った。敵の侵入経路となりうるホテル裏口そばの植え込みに身を隠しつつ張り込んでいた『陰陽狂』 宵咲 瑠琵(BNE000129)からだった。 「まだ相手は林の中におる。距離は近くないが……目的地はここのようじゃな」 「わかった、今向かうのだわ」 「ああ、頼むぞ。代わりに影人を巡回させよう。まあ……回す余裕があれば、のぅ」 ホテルの周囲を巡回していたもう一方の班は、『尽きせぬ祈り』 シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)と、『フレアドライブ』 ミリー・ゴールド(BNE003737)の2名。AFでの連絡を受け、彼女たちもすぐに移動を開始した。 「これで4体ね。ほぼ同時に、違う方角から……嫌な感じ」 アンフェアな状況にシュスタイナは一抹の不安も覚えるが、大至急、瑠琵と合流し相手を迎え撃つことが優先事項である。 「人の姿じゃない、か……どんなヤツなのかしらねー」 「まだなんとも言いようが無いけれど、まあ、ロクなモノじゃないわね」 2人は、駆けた。 ホテル正面。 フロントには従業員の姿がない。呼び鈴を押された時にのみ、奥のスタッフルームから出てくるようだ。 それでも念を入れるに越したことはない。『レディースメイド』 リコル・ツァーネ(BNE004260)は、フロントからは見えない位置で姿勢を低くし張り込みを行なっていた。 2ヶ所で4体の敵が現れた。 深夜のチェックインとなった場合、このホテルに来るには自動車を用いるしかないため、駐車場を利用するのは必然である。アラストールは車を持参したわけではなかったが、結果として「駐車場に現れた人間」であったため、相手が姿を現したのだろう。 裏口は当然ながら、侵入経路の一つとなる。宿泊客を襲うつもりならば、こちらに現れるのも当然だろう。 「こちらにも、おいでになりました。御二方、です」 簡潔に告げた。 ホテルの看板の電灯と、空に浮かびあがった大きな月の光によって、この場所は他よりも視界が良かった。ましてや、専用の暗視ヘッドギア「Dark Steal」身に着けている彼女にとって、ホテル正面、数十メートル先の林の中で、4つの目玉がギラギラ光っているのを見つけるのは難しくなかった。 相手もリコルに気づいたとみられる。林の中にかがめていたと思われるその身が、ぬっ、と立ち上がった。 「まるで……とは感じておりましたが、そのものですね」 灰色の体毛に覆われた、2足歩行の全裸の怪人。全身の筋肉は発達し、全身から獰猛な殺気を漲らせている。ピンと空に向かって立っている2つの耳、突き出た鼻に、大きく裂けたような口、その中にひしめく牙。 「人狼、というやつでござるな。まさに」 リコルの隣にいつの間にか立っていた忍装束の男が、彼女の言葉に応える。影に潜みながら単独で周囲の警戒を行なっていた『影なる刃』 黒部 幸成(BNE002032)だった。 並んだ2体のうち、向かって右側にいる個体のほうが、一回り大きいようで、その体長は2mをゆうに超える巨体だ。ホテルへ押し入ろうとするのを阻むものがいることに苛立ったのか、それとも、阻むものを標的に切り替えたという意思表示か、2体の人狼は、牙をむき、ぐるる、と低く唸る。 薄明かりの下、幸成の影が、本人とは関係なく動き始める。全身からエネルギーを発し、リコルがホテルのドア前に、自身が壁になったかのように立ちはだかる。 2体のうち1体が飛び出し、一直線に向かってきた。まだ数十メートルの距離が開いていたにも関わらず、あっという間に間合いが詰まる。速度は常人の比ではない。しかし、単純な突撃は、それだけに良い的でもあった。 「……参る!」 幸成が、気糸を放った。 ●「野」生の獰猛な「獣」 駐車場。 龍治と木蓮はまだ到着していなかったが、2体から同時に襲い掛かられては、さすがに応戦しなければ対処し切れない。背後から左右それぞれ肩口に噛み付こうとでもするように飛びかかった2体の人狼に向け、アラストールは振り向きざま、手に取ったブロードソードを横薙ぎに払った。 きゃんっ、とでも表記できるだろうか。首元を斬りつけられた1体は反射的に後方へ跳んで地面を転がり、もう1体も驚いたように飛び退いた。 「密室でなくとも、近くに人間がいなければ良いということか。人狼」 斬られた方の人狼が、赤い血が吹き出す首元を片手で抑えながら、もう片方の手を地に着け、体勢を立て直す。もう1体が、そのすぐ隣でやや前に進み出、守ろうとでも言うように牙をむき出し、アラストールを威嚇する。体長は、どちらも150cm程だった。 しかし、威嚇のみにとどまり、再攻撃をかけてはこなかった。隣の同族を気遣っているのだろうか。いずれにせよ、その隙はアラストールにとって、聖骸闘衣をまとうのに十分な時間だった。 首を押さえていた人狼が不意に首から手を放し、立ち上がる。出血が、既に止まっていた。そし即座に2体が踵を返す。彼女に背を向け、離脱を図ろうとでも言うように。アラストールは即座にリーガルブレードを発動するが、人狼たちの瞬発力はそれよりも速く、一瞬で間合いの外へと離脱してしまった。 しかし、逃亡の目論見は叶わない。首を斬られていた個体の右脚の腱を、針穴を通すかのような正確さで、鉛弾が貫いた。 「襲い掛かっといて、失敗したからハイさよなら、なんて通ると思うかよ?」 銃口から立ち上る発射煙をふっと吹き、木蓮が言い放つ。アラストールに2体が気を取られている間に、巡回の2人も到着していたのだった。 「ありがとうございます。助かりました、木蓮殿」 「粘ってくれたおかげだぜ。これでもう逃がさねえ!」 バランスを崩して倒れた同胞に、無傷の個体が再度駆け寄る。牙をむき、怒りもあらわに唸る人狼達に、龍治が冷静に火縄銃の銃口を向ける。2人の流れるような連携は、さすがと言わざるを得ない。 「しかし、予想していたよりも小さいな。もっと大きな体格を思い浮かべていたが。これではまるで……」 銃口を見、先ほどの木蓮の針穴通しを連想したのだろう。無傷の個体が倒れた方の前に立ちはだかるように進み出た。龍治がその場で引き金を引いていれば、うまく盾となれたはずだが、そうはならない。 「子供のようだな。動きも随分と単純だ」 この人狼達に引けをとらない凄まじい瞬発力で側面へ回り込む龍治の火縄銃から、まばゆい光弾が連続発射された。 倒れていた方はもちろん、盾になろうとしていた個体も、この攻撃に対してはまったく対処できなかった。2体まとめて光弾にその身を焼かれた。 倒れていた個体は全身から煙を出して倒れ、ぴくりとも動かない。もう一匹は、よろめきながらも立ち上がったが、明らかに弱っていた。 アラストールが、一気に間合いを詰める。人狼はなおも牙をむき、強靭な爪をもった腕を振るう。 噛み付きを紙一重で回避し、繰り出された左腕の爪を、左手に持った鞘で弾く。次の瞬間、アラストールの左腕を、人狼の右手が掴んだ。小柄な体躯からは想像もできない怪力で一気に力が加わる。腕を骨ごと握り潰すつもりだ。 「君は、加害者か? それとも被害者か?」 しかし、それは同時に、彼女の間合いから逃れられないことをも意味していた。 「すまない、私には救えない。救うための時間もない」 腕が裂けて血が吹き出すが構わずに、アラストールは、鮮烈に輝くブロードソードを、殆ど密着した状態から叩き込んだ。 「だから……私を恨め」 突き出された剣によって、人狼の体は、上下に切断され宙を舞った。 裏口。 シュスタイナとミリーが到着したその時は、瑠琵に使役されていた式神『影人』が、2体の人狼の鋭利な爪によって引き裂かれ、強靭な牙と顎で一気に頭部を食いちぎられてしまった瞬間であった。 「何よ、あの頭の悪そうな襲い方?」 爛々と目を光らせながら、ほぼ力任せに獲物を狩るその様は、呆れたようにシュスタイナが漏らした言葉の通り、人の知性を感じさせるものではなく、しかしまた、肉を食らう野獣らしい様かといえば、それにも決して頷く気になれないものだった。 「ふむ。人を襲った時に使ったのはあの爪か。まともに受けては、ひとたまりもないのぅ」 2人が合流したことで、ブロックから攻撃へと行動を切り替える。影人の消滅を見届け、瑠琵は愛銃「天元・七星公主」を構えた。自ら召喚した式神をいともたやすく八つ裂きにした、邪悪な存在を前にしても、それらが今度は自分たちへと狙いを変更しても、彼女は一切動じない。 先に動いたのは、2体のうち、比較的小柄な体格の人狼だ。銃を警戒してか、距離の近いミリーに構わず、回りこむように瑠琵との間合いを詰める。そのスピードは極めて速い。そのまま勢いに乗って、瑠琵に体ごとぶち当たろうという算段か。 「そんなにじっとわらわを見ていては、いくら速くとも、狙いが見え見えぞ?」 銃口の向きに気を取られていたのだろう。瑠琵のエナジースティールに人狼は全く反応できず、無防備に術中に嵌った。決定打には程遠いが、精神力を唐突に吸い取られては、さしもの怪物もぎゃんっと悲鳴をあげて飛び退るほかなかった。 「ねえ、あんた達は何なの? まあ、なんとなく見たら判るけど」 もう一方のやや体格の大きい……180cm程だろうか……人狼の前に進み出ながら、ミリーが簡単にコミュニケーションを試みるも、返事はない。代わりに、唸り声を上げて勢い良く馳せた。先ほどの影人と同じように、ミリーも八つ裂きにしようというのだろう。 果たして、繰り出した爪が届くよりも先に、下顎に業炎を纏ったアッパーカットで突き上げられた人狼が、1m程も宙に浮き上がった。 「こうなるのも、なんとなく解ってたのだわっ! 覚悟しろってのよ!」 浮き上がったところへ追撃とばかりに繰り出されたもう一撃を、くるり、と後ろ向きに宙返りして回避し、人狼は着地した。下顎から首にかけての体毛が燃え、皮膚が焼け爛れているのも構わず、ミリーに逆襲せんと腕を暴力的に伸ばした。 意趣返しとでもいうつもりか、爪を使わず、握りしめた拳を下から突き上げる。反射的に腕でガードを試みたミリーだったが、小柄な彼女にとって、圧倒的な体格差から繰り出される一撃は強力だった。衝撃を吸収しきれず、今度はミリーの身体が宙に浮く。 中空でまともに回避運動をできないミリーに対し、今こそはと言わんばかりに大口を開き、腕を広げて掴みかかろうとする。噛み付くつもりなのだ。 「目の前しか見えないの? あなた」 人狼のその姿は、自らの血液を黒鎖として実体化させたシュスタイナにとって、無様なほど隙だらけだった。放たれた黒鎖が、次々と襲いかかる。濁流のような大量の鎖は、手始めに大柄な人狼を押しのけ飲み込み、勢いもそのままに、もう1体も巻き込んで吹き飛ばした。 瑠琵がミリーを助け起こし、3人は体勢を整える。 すぐに人狼2体も立ち上がった。3人の攻撃をそれぞれまともに受けたが、まだ撃破には至らない。 再び攻防が始まろうとしたところに、思わぬ横槍が入った。 声。 ここで、戦闘は中断されることになる。 ホテル正面。 カ、ハァ。 ぎりぎりぎり。締め上げる気糸に苦しそうに息を吐き出す。 やや体格の小さい方の……それでも2m近い巨体であるが……人狼は、呆気無いほど簡単に、幸成のデッドリーギャロップにかかっていた。 こちらの反撃を考慮せずに突っ込んでくる、という、野生の勘も戦闘経験も感じさせないその脆さが引っかかるとともに、幸成の意識は、離れた間合いから近寄ってこようとしない大柄な個体へと向いた。 「……お主は、来ないのでござるか?」 片割れを締め上げる力は緩めずに、声をかけるが反応はない。重心を下げ前のめりの体勢をとり、衝動のままに襲いかかってきたかのような片割れとは対照的に、背筋をすっと伸ばして立ち、こちらをじっと見やるその姿には、知性が感じられた。まるでこちらの一挙一動を観察するかのような……。 「幸成様、お気をつけ下さい!」 「む。かたじけない」 声に応え、素早く飛び退いた。次の瞬間、それまで幸成が立っていた空間を鋭い爪が斬った。生糸の束縛を破り、片割れが攻撃を仕掛けてきたのであった。 リコルが間合いを詰める。全身のバネを使ったのであろう片割れの攻撃は、速度そのものは異常な速さだった。しかし後先考えずに繰り出されたその一撃は、空振ったことで勢いを止められずに体ごと半回転させ、彼女の前に横腹を晒すこととなった。 「失礼、致します」 ヴィクトリアンメイドに身を包んだその容姿からはにわかに想像しがたい、全身の意志と膂力を爆発させた、会心の一撃。相手の骨が砕ける感覚が伝わった。こちらは、しっかりと対象の真芯を捉えていたのである。 堪らず跳ね飛ばされ、片割れが地面をゴロゴロと転がる。 絶好の隙だ。畳み掛ければ、まずは1体を潰せる。幸成とリコルの意志は一致していた。 しかし。 声。 後方から戦闘を見ているだけだった大柄な人狼が、突如遠吠えのような声を張り上げたのである。宿泊客を起こそうとか、リベリスタ達を威嚇しようといった意図のものではない。 その声が闇夜を貫くと同時に、人狼は踵を返した。倒れていた片割れも、弾かれたように起き上がるとリコル達に背を向ける。 「伝令でござるか!」 意図を察した幸成達が、逃走を阻止せんと片割れに飛びかかった。しかし相手の方が、一瞬早かった。数十秒前に重い一撃を受けたとは思えないスピードだった。 こうして2体の人狼は、あっという間に戦場から姿を消した。 ●正体見たり 「やはり血痕は、途中で途切れていたでござる」 「大した逃げ足じゃ。そのうえ、傷もすぐ癒えてしまうとみられるのぅ」 「数は全部で6体だったわね……あと4体」 「ひとまず、被害を出さずに済んで、良かったわ」 戦闘を終えたリベリスタ達は、駐車場に集まっていた。フロントからも、宿泊客からも、気づかれずに済んだようだ。ホテルの周囲には、再び静寂が戻ってきていた。 大柄な人狼の一声で、裏口で瑠琵達と戦闘していた2体の人狼もピタリと戦闘を中断し、風のように林の中へと姿を消していた。 他の個体と比べて明らかに知性のある立ち振舞に、仲間たちへの伝令。恐らくあれがリーダー格と見て間違いない。 そしてリベリスタ達は、足元に転がる、2体の人狼の死体を見やる。 「しかし、聞いたところだとこいつらは、他のところに出た奴らよりも小さいようだな」 「龍治がさっき、子供みたいだって言ってたけど……その通りなのかもしれねーな」 龍治と木蓮の言葉で、一同の脳裏にブリーフィングの事例が浮かぶ。襲われ、姿を消した人間の中には、子供が2人いた。 「噛み付かれた方が、覚醒させられてしまうと致しましたら……」 「犠牲者が犠牲者に。……嫌に為る」 死体の処理はアークに任せ、リベリスタ達はその場を静かに去った。 大きな満月が、雲ひとつない空に、変わらずぽっかりと浮かんでいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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