●しんしんと降る雨。そこにいるのは五月雨の侍 エリューションは雨に濡れた刃を翻す。それが開戦の合図となった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月26日(水)23:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 神社に降る雨は外の喧騒をかき消すように。それは外界の穢れを洗い流すように外の世界を拒絶しているようだった。 その雨の中に、侍一人。その来歴を知る由はない。ただ静かに二刀を構えて立っていた。 「雨の中たたずむエリューションか」 コンバットナイフを手に 『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)が侍の前に立つ。その役割は盾。故に彼の立場は刃の真正面。防御の構えを取りながら、皆の準備が整うまで静かに待つ。 「五月雨の中、刃を交える、か。風情があって良いんじゃないかしら」 『妖刀・櫻嵐』を抜き放ち、『禍を斬る緋き剣』衣通姫・霧音(BNE004298)が雨の中呟く。刀身も霧音の黒髪も五月雨に濡れ、しかしその美しさを損なわない。刃を翻せば、宿った風の力が音もなく雨を跳ね除ける。 「…………」 レディ ヘル(BNE004562)が言葉なく羽を広げる。目の前にいるのは運命を持たぬ命なき存在。それは世界の敵。ならば自分がやることは唯一つ。運命の導きに従いこの世に彷徨う霊を討ち滅ぼすのみ。 「こいつは龍治が戦いたがってた奴でもあるんだ。代わりに俺様と手合わせ願うぜ!」 ハードガンケースから愛用の銃を取り出し、『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)が侍を見ながら射手の術法で動体視力を強めていく。ここに来れなかった愛する人の姿を思い出しながら、銃を握り締める。 「純粋に武芸者との戦い、ってあんまりないですね」 『荊棘鋼鉄』三島・五月(BNE002662)は手甲を両手にはめながら侍を見る。アークは剣林などの武闘派革醒者との戦いもあるが、多少組織間の思惑も混じっている。それを思えばこの侍との戦いは珍しいものだ。 「武道の類には余り縁が無いのよね」 腕を組んで『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)はため息をつく。好き好んできったはったの鉄火場に飛び込むなど怖くてできやしない。周囲を神秘の光で照らしながら、体内のマナを活性化させる。そんなアンナが何故こんな場所にいるかというと友人のためである。 「ありがとうございますデ娘さん」 「誰がデ娘か」 その友人である『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)はアンナに一礼した後で侍に向き直る。ゆっくり歩いて侍の背面に回る。視線を感じないのに、雨の空気を通じて伝わる刺すような殺気。やばい、と思いながら足はけして退こうとしない。うさぎは飛行の加護を使い、仲間を重力の枷から解き放つ。 「貴方が何から生まれた存在なのか、それは分からない」 『百叢薙を志す者』桃村 雪佳(BNE004233)は自分の刀を抜きながら侍に足を向ける。ざあざあと降る雨の中、その視線は侍にだけ注がれていた。真実を知ったところで刃が止まるわけではない。ならば言葉は不要。 「桃村雪佳、未だ道の途上の若輩者だが、手合わせ願おう……行くぞ」 その言葉を合図と受け取ったか、五月雨の侍は腰を低く落し、呼気を吐く。 エリューションは雨に濡れた刃を翻す。それが開戦の合図となった。 ● 雨の音に刃金の交差する音が響く。 「ウラジミール・ヴォロシロフ。推して参る」 侍の真正面に経つウラジミールのコンバットナイフと侍の刀が激しく音を立てていた。侍が長さの違う刀を交互に繰り出すのを、ウラジミールのナイフがそれを裁いている。ナイフは主にカラダの正中線を守るように構えられ致命傷を防いでいる。 「やるではないか」 刀傷を増やしながら、ウラジミールは侍の真正面から身を引こうとしない。それは仲間を守るため。そして相手の太刀筋を見切ろうとするため。同じ武器である以上、派生する技の動きには共通点がある。それが精錬された格闘技ならなおのことだ。それを見切れば、対応も不可能ではない。 「はああああ!」 雪佳は雨の中一気に距離をつめて侍に踊りかかる。ぬかるんだ大地の硬い部分を見分け、そこを足場に大地をける。飛行の加護を利用して重力の束縛を振り切り大上段から刀を叩きつける。その一撃を受け止める侍の刀。 「言葉は無用。この白刃をもって語り合うとしよう」 そのまま雪佳は侍の側に降り立ち側面から切りかかる。侍は体の向きを変えるなどで即座に動きに対応し、二刀を振るう。刃を受け流し一閃を鞘で逸らしながら、雪佳は攻撃の手を止めることはない。この動きこそ我が剣術の基礎にして奥義也。 「ふうぅぅ……!」 五月は自らを落ち着かせるように息を吸う。体内に満ちていく冷たい空気。それが高揚する体を程よく冷やしてくれた。自然と一体化し、その技を使う。侍の刀の間合の中にありながら、五月の心は凪の湖面の如く静かだった。 「やああああああ!」 拳を握る。小指から人差し指まで順番に。親指まで握った後で足を踏み出す。大地をしっかり踏みしめて拳をあて、大地を踏みしめる力をそのまま相手に伝達させる。自分だけが殴るのではない。自分と、技を教えてもらった人と、そして大地。その一撃。大地の前に鎧など意味はなさない。 「もし『名』があるなら、決闘の倣いだ。お教え下さい」 うさぎが背面から侍に切りかかりながら問いかける。答えはない。世界の敵に堕ちた者に名などないのか。この剣技こそが名前だとばかりに、半身横を向いた侍の刃がうさぎにも迫る。その刃の味を感じながら、うさぎは笑みを浮かべた。 「さあ血戦だ、存分にやりあいましょうや!」 複数の刃を持つ暗器を手にうさぎが雨の大地をける。常に相手の視界の外から攻める。それを卑怯と罵るものはこの場にはいない。武術とは弱きものが強きものに抗うための術。勝つため、生きるために策を練って戦うことを罵る者はよほどの運がないかぎり骸となるのだ。 「…………」 レディは侍の思考を読むべく精神を集中させる。精神的に繋がった瞬間、侍がレディのほうを見て笑みを浮かべた。殺意に似た凄惨な笑み。『相手を刺激せず』心を読む術はレディにはない。 読み取れた思考は、戦いのことばかり。いかにして眼前の敵を葬るか。めまぐるしく切り替わる戦場の状況に合わせてその方法は変わる。『今』の思考をみなに伝えたところで『十秒後』には違う思考になっているだろう。レディは情報収集を諦め、回復の歌を奏で始める。 「銃使いだからって遠くから撃ってるだけだと思うなよ!」 本来後衛の木蓮だが、雨による視界の悪さもあって刃の届く至近距離までやってくる。目の前を刃が通過する。相手が背を向けていても安心できない。その危険性にむしろ体中の血が疼く。 「なあ侍! 毎回こんな厄介な雨じゃ鉛玉食らう経験なんてそうないんだろ。今日は嫌ってほど浴びてけよ!」 木蓮の銃が侍の目の前で火を噴く。その弾丸は木蓮と侍の間で刀に弾き飛ばされた。木蓮は楽しそうな表情を浮かべると立て続けに引き金を引く。二発、三発四発。五発! 火花は三つ咲き、侍の肩口から血の花が一つ咲いた。 霧音が風の刃を手に侍に迫る。三尺(約90センチ)の刃に宿る風の力。雨の中荒れ狂う風を一点に圧縮し、矢のようにして飛ばす。突き出されるような一撃と共に風の矢が放たれる。雨の中、風の動きを読んだのか侍はそれを避け―― 「衣通姫の霧音、櫻嵐の銘(な)を以てこの剣戟に望む」 紅の着物をひらひらと舞う用に接近し、霧音が侍の顔を覗き込める距離まで迫る。血を思わせる鮮やかな紅と晴天の空を思わせる澄んだ蒼の異眼。そして翻る風の刃。ここまで迫れば雨の影響など無きに等しい。風は侍の方を薙ぎ、五月雨に血が混じる。 「まったく。みんな変なスイッチ入ってない!?」 アンナは声に怒りを混ぜながら、癒しの術を行使する。神秘の眼鏡が味方すべてを捕らえる。体内に蓄えたマナを胸に集める。心臓の鼓動一つ。生命を想起させるそのリズムが人を癒すイメージを高めていく。 「アンタが剣を見せつけるなら、私は私のやり方で付き合ってあげる」 剣士には剣士の。格闘家に格闘家の。魔術師には魔術師の。そして癒し手には癒し手の戦い方がある。怪我人を出さないこと。そのために自分はここにいるのだ。武器を持たないからこそできる戦い方。 一対八。実際に刃を交わしているのは六人。包囲陣形を敷き、回復も十分。安定した布陣といえよう。 逆に言えば、この侍は八人を必要と判断された相手なのだ。 雨の中、刃金の音は加速する。 ● 降り注ぐ雨すら緩やかに見える侍の剣筋。飛燕が舞うが如く二刀が振るわれる。斬り裂くような力強い一閃が来たかと思えば、骨ごと砕く鋭い突きが放たれる。 リベリスタたちは常時立ち位置を変えてその武技に対応していた。ウラジミールを真正面におき、回転するように足を運んで。 「単騎といえども強敵だ。油断するな」 ウラジミールはコンバッドナイフで刃をさばきながら、仲間に檄を飛ばしていた。鋭い刃がリベリスタに深手を負わせ、流血を促す。言葉に嘘はない。ウラジミール自身が無事なのは、そのナイフ術による防御のためか。 「くっ……これしきで、倒れてはいられん。未だ達していない高みの為、まだ負けられないんだ……!」 最初に力尽きたのは雪佳だった。鋭い突きにより腹部から血を流し、一歩引いたところに降り注ぐ雨の刃。その痛みに耐えかねて膝を突く。運命を燃やして立ち上がり、正眼に刀を構えた。まだやれる。この足が動く限り、この手が刀を持てる限り、心が折れぬ限り、高みに進むことができる。 「私の戦い方は射手のそれに近いのよ」 同じく体力の低下で一歩引いていた霧音も降り注ぐ雨の刃をうけて、運命を燃やす。唇から流れる紅の筋。それを拭うことなく『妖刀・櫻嵐』を向けた。接近戦に近い戦い方は霧音の領分ではない。だがそれを言い訳にするつもりはなかった。 「けれど本当はこうして刃を交えたいのよ」 霧音の笑みは剣豪の笑み。戦いに喜びを感じるモノの笑み。 「私は貴方より弱いでしょう」 うさぎは侍の背面を取るように足を運びながら攻撃を繰り返す。実に恐ろしきは背面をとってもこちらの攻撃に対応する侍の動き。こちらの攻撃にあわせて身をひねり、時には刀で受け止める。そしてその刃がうさぎの胸を裂いているのだ。 「ひょっとしたら貴方を楽しませる事も出来ないかもしれない。けれど、その代わり……必ずそっ首掻っ捌いてさしあげる!」 振るわれる破界器は防御の間隙をついて侍の皮膚を裂く。傷口からじわじわと回る猛毒。それら全て含めてうさぎの『武』なのだ。 (神社に出てきたってことはここで修行でもしてたのか、それとも願い事でもあったのか……) 木蓮は刃と弾丸で侍とコミュニケーションをとりながら、その来歴を探ろうとしていた。木蓮の体も傷だらけだが、持ち前の体力で何とか耐えていた。 「おっと、難しいことは考えるんじゃなかったな!」 詮索は唐突に止まる。この侍の過去よりも『今』ここにいる侍が重要だ。この太刀筋、この動き、この雨。今目の前にいるこいつが大事なのだ。 「…………」 レディは侍から距離を離し、回復の吐息で仲間を癒していた。時折交差する侍の視線を無言で見返す。視線で射殺すことができぬ以上、その交差に意味はない。共に交わすべきことは何一つない。 (互いに語る言の葉はあるまい。英霊とは呼べぬ者。喜びの野へ送ってやろう) 眼前にあるのはただのエリューション。世界の敵と交わすべき言葉はレディにはない。 「まだ、です!」 五月が侍の刀で膝を突く。カウンターで拳を入れたのは身に染み付いた武術ゆえか。運命を燃やして立ち上がり、拳を振るう。余分な力の抜けたもっとも自然な体術。長年体に覚えさせた鍛練が自然と体を動かす。その一撃が、侍の正中線に決まる。 侍の顔に戦いを楽しむ以外の表情が浮かぶ。彼等を強者と認めた戦士の顔。ただ無機質に目の前のものを葬る悪鬼の顔。 「気をつけて! 雨が全く切れてないわ!」 異変に気づいたのは侍の動きではなく雨の飛沫を注視していたアンナ。侍の刀が振るわれるたびに雨が軌跡に沿って途切れていたのだが、今はそれがない。だが刀は確かに振るわれていた。 「……は……?」 うさぎが呆けたような声を出して脱力する。原因はわかる。侍の刀に切られたからだ。だが過程がわからない。いつ抜いて、どんな太刀筋だったのかが。フェイトを削って膝を突くのをこらえるが、 「はっは! やっべえ達人の剣超痛ぇ、そんで超怖ぇ!」 基本的に無表情無感情に言葉を出すうさぎからは想像のできないセリフであった。それだけの衝撃だったということだろうか。 アンナとレディが回復に回るが、それでもリベリスタの顔から恐怖が消えなかった。だが、 「まだまだこれからだよ」 「刀が折れない限り負けるつもりはない」 ウラジミールと雪佳が闘士を燃やす。 「ええ。下がりませんよ。それ以外に貴方の業に報いる方法を知らねーもんですからね!」 「負けるのは嫌いです」 うさぎと五月が破界器を構えて前に進む。 「俺様はまだやれるぜ!」 「さあ、刃を交わしましょう。五月雨の侍よ」 本来射手である木蓮と霧音も安全圏に引くつもりはないとばかりに侍を睨む。 「はぁ……。いいわ、皆纏めて鼻血出るまで癒してあげる」 「…………」 アンナとレディは癒し手として彼等の背中を押す。 その気迫を受けてなお、五月雨の侍は変わらず雨の中に立っていた。 その刃が翻る。雨すら触れること敵わぬ刃がリベリスタを襲う。 ● 「くそっ! まだまだ負けないぜ!」 木蓮が侍の刃を避けきれずに膝を突く。生来の負けん気を燃やしながら運命を削り、銃を構えた。黒の弾丸が侍の動きを捉える。 「この刃は百と叢がる敵兵を薙いだ業物……それを継ぐ者として、この程度では負けてられん!」 雪佳が飛行の加護を使って立体的に攻める。侍に受け止められた反動を利用して宙に舞い、そのままスピードを殺さず回転しながら自分が継いだ刀を叩きつける。 「堅実に、確実に」 変わらぬ所作で拳を振るう五月。武術とは鍛練の果てのもの。長年染み付いた格闘動作の一撃が、確実に侍の体力を削っていく。 「いいですね、この泥仕合」 もはや体力の限り切り刻みあう。うさぎは暗器と布を振るい、侍と攻防を繰り広げる。視界を布が妨害してわずかな切っ先の迷いを生み、その迷いをつくように暗器をふるう。 「ああもう! こうなったら手早く終わらせなさい!」 血まみれ、傷だらけ。そんなリベリスタの戦線を支えるのはアンナの回復である。アンナ自身のエネルギーを回復しながら、仲間の回復にひっきりなしである。 「…………」 「レディ!?」 レディはけして相手の間合内に入ろうとしなかった。回復役として当然の判断だ。だが漆黒の天使は木蓮を襲う刃の間にわって入るように動いた。運命を削り意識を保ち、羽根を広げる。 「……ぐっ!」 雨よりも早い太刀。それがウラジミールの肩を貫く。引き抜こうとする刀を『サルダート・ラドーニ』と呼ばれるグローブが掴み、カウンター気味にコンバットナイフが侍の腕に突き刺さる。 「行け」 運命を燃やしながらウラジミールは仲間に短く告げる。これが自分の戦い方。自らを盾にして好機を生む。 「雨すら触れる事叶わぬ一閃に対するなら、雨すら断ち斬る居合の一閃を」 霧音が雨の中ふわりと舞うように刃を構える。距離も硬度も関係ない。ただそこにあるものを断ち切る刀術。 弧月が二つ、交差する。一つは霧音。もう一つは五月雨の侍。 「全身全霊、全てを籠めたこの一太刀」 五月雨の侍は静かに笑みを浮かべた。戦場によく似合う、凄惨な笑み。 「その目にしかと灼き付けなさい」 霧音が納刀する。チン、と雨の中小さく響く音。 それが決着の音。 五月雨の侍は戦場に似合う笑みを浮かべたまま、うっすらと姿が消えていく。 ――いつしか、雨はあがっていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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