● 身を守るために必要であったのは外敵を退ける為の力であった。剣を手に、我武者羅に敵を斬る。其れに対する感傷等何も無かった。己を守るためには致し方なし――孤独を恐怖だと認識した事が無かった少女にとっては微温湯の世界であったのかもしれない。 「誰かに負けるならいっそこの命を絶ち、後世にも何も残さず、ただ、無へと消え去りたい」 伝え聞かされる功績も無ければ、憐れと笑われる事も無く。只、欲しいのは身の丈にあった死に様であった筈なのに、今は其れさえも欲しくは無い。 少女が剣を握りしめたのは身を守る為であった。 少女が剣を振るったのは己の力を過信した結果――勝利を確信したからであった。 少女が死に場所を求めなくなったのは己の負けを知らず、己を殺す者も無く、己が証明となる『力』が其処にあったからであった。 その力の源が何処からくるのか、彼女は知っていた。 己の変化をハッキリと彼女は判っていた。手にした刃の力が己の力で無いと知って居ても。 「きっかさん、誰かと戦いたいの?」 頷く彼女は辻斬りでは飽き足らぬ。ただ、現れる革醒者を襲いながら己の実力を試す場所を探して居た。首を傾げた幼さの残る少女は唇を尖らせて、じゃあ、と笑う。 「悪い事をしたら、きっとアークがきてくれるよ? せーぎのミカタだもん」 「力こそ全て。私が誰かに負ける等有り得はせず――」 ● 鋭い棘で外敵から守るためにと垣根によく使われていた枳殻(からたち)の写真を見詰めて居た『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は「この植物はご存じ?」と見て居た写真を差し出す。 「短命な植物だけど、鋭い棘を持っている。そういうのって何だか格好いいわよね? この名前を持ったアーティファクトの確保をお願いしたいの。所有者は剣林のフィクサード。己の力を確かめるべく革醒者狩りをしてるから――止めて頂きたい」 久しぶりに食中りじゃありませんでした、と気色悪い話から逃れられた安堵に胸を撫で下ろす世恋はモニターに画像を映し出す。 切り揃えられた紺色の髪、緑の瞳が何とも印象的な少女は袴を纏い、なんとも『剣士』と言った風貌で河川敷に立っていた。その背後に居る少女などは学生服にサルのぬいぐるみの形をしたリュックサックを背負っているという『不思議』な状況なのだが。 「サルじゃない方、この袴の子が芳村橘花。アーティファクト枳殻の所有者よ。この枳殻――日本刀はどうやら所有者の橘花と同調してしまってるの。 先ずは彼女へと力を与えるわ。デュランダルである彼女はダメージディーラー。要するに当たると痛いタイプなんだけどアーティファクトの効果でさらに厄介になっているわ」 強い敵ではないか、とリベリスタが告げる声に困った様に小さく頷いて、その通りと世恋は返す。 「けれど、この枳殻はもう一つの能力を持っているわ。それが『分裂』よ。 この『分裂』は橘花のコピーを作り出す事ができる。その時に、この能力も其々に分けられるわ。2人になれば2分の1。3人になれば3分の1……詰まる所増えれば増えるほど彼女に与えられる能力補正は低くなる、けれど橘花自身の能力が変わる訳ではない事を注意してね」 コピーが増えればその回避命中のプラスされる部位が低くなる。その分、芳村橘花という『フィクサード』が増え続ける事になるのだ。 「戦い方は沢山あると思う。枳殻でコピーを作り、デュランダルの少女と戦い続ける。それか、補正の聞いたままの彼女と戦う。……彼女を支援するフィクサードも『剣林』である以上、腕には自信がある面々ばかりだから、気を付けてね」 面倒だと思うけれど、と世恋は小さく呟いて、お願いするわねと手を振った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月19日(水)23:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 河川敷は日中と言う事もあり、明るい太陽に晒されていた。額を伝う汗を拭いながら『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が周囲に展開した強結界は『一種』の憐れみから来ているものであった。 「……阿呆に巻き込まれても憐れだろう」 この先、何が存在しているのかを彼女は知っていた。その中でも、何処か紅潮した頬を抑えて流行る気持ちのままに向かう『残念な』山田・珍粘(BNE002078)――那由多・エカテリーナは鮮やかな緑色の瞳を細めて笑う。 「ふふ、可愛い子と斬り合うだなんて久しぶりですね」 「……か、可愛い子ですか?」 首を傾げる『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)にその通り名の通り『残念な』珍粘がくすりと微笑む。闘争を楽しみにする珍粘と対照的に戦闘介入が少なければいいのにと願うミリィは果て無き理想に――夜に満天の星から一つを掴みとろうとするその強き意志を手に目を伏せる。 「……剣林、お前が芳村橘花に相違無いな。俺はリベリスタ、新城拓真」 「正しく。剣林。芳村橘花。我こそ闘争に生きし者なり」 告げられた言葉に『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)はBroken Justiceへと視線を落とす。誰が為の正義か。そう名付けられたガンブレードが初夏の太陽に照らされて鈍く光った。 「一度も負けを知らない人が『絶対的強者』では無い事をお忘れなく」 ぬるい風に髪を弄ばれる『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)の色違いの瞳がじ、と橘花を見据えた。彼女の背後、猿のぬいぐるみを背負った少女が橘花の名を呼んだ。 「……雨宮宙と、その友人ですか……。 さぁ、とくご覧じろ。此度の剣劇。此度の挑戦者共は、恐れも運命をも知らぬアークの兵共!」 声を張り上げ、三/三/三を抜き放った『痛みを分かち合う者』街多米 生佐目(BNE004013)へと宙が身構える。剣林の少女は橘花の戦いを観戦に来ていた。ソレを見越し、彼女たちが『戦闘に参加しない』事を望むミリィが指揮棒の先で指し示す。じ、と見据える黄金色に宙の手首ではれのちが揺れた。 「御機嫌よう。悪い事も程々にして下さいね? 正義の味方も楽ではないのですから」 「それは、きっかさんに1対1を申し込むと言うこと?」 悪い事は程々に、年の頃にしてミリィよりも少し上。その少女から発される言葉に『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)がハイ・グリモアールを握りしめる。ある意味で、この場で一番の『平和主義者』は彼女であろう。 ――任務の為の犠牲は厭わない。決して殺しを望んでいる訳ではない……。 その想いを胸に恵梨香は宙を見据えるが少女は取り合おうとはしない。友人がアーティファクトに魅入られ死へと向かう事を是とするか否か。正義を尊ぶリベリスタとの違いはその性質だ。橘花が強者として存在し続ける事こそが生の証だと言うならばソレを『剣林』の雨宮宙は何も言わない。 「橘花が死ねば、それで彼女と築いた関係は無になってしまう様な物なの?」 「強さを覚えれば良い。きっかさんがそれが『正しい』というなら、それでいいの」 踏み留め、一線を越えるという事が出来ないならば、フィクサードとリベリスタの違いがその心の持ちようだと言うならば。 殲滅式自動砲が持ちあげられる。白い『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)の細腕が持ちあげたソレが橘花と宙へと向けられた。 「なんだか面倒臭そうと言いますか、えらく燃費の悪そうな人生送ってますね? 理解する気もないですが。 今回はぶっちゃけ、この私の技を試したいだけでして。実験台に丁度良い――」 がしゃん、と音を立てて向けられたソレに枳殻の切っ先を向けた橘花がにたりと笑った。 ● 真っ先に動きだした生佐目が三/三/三を振るい作り出した極しょうのディメンションホールは異界の疫病を読み込んだ。巻き込まれながら、宙の足が滑る。リュックサックの肩紐を握りしめ、少女が見据えたのは後衛に立つ恵梨香だ。 「1対多数を見詰めとく方がお友達として薄情でしょ? それに、このお姉さん、『何処』に打ち込む心算だったんでろね」 「ッ斬るか斬られるか、その血が此度のチケット替わり。この剣が望む獲物は芳村橘花、只一人!」 戦闘に参加する宙達への対処として放たれる黒死病。避ける様に走り込んだソードミラージュのナイフが生佐目の頬を掠める――が、行動を始めるフィクサードをユーヌは野放しにはしない。 「やれやれ、また家でか? 親から拝借した『あめのち』では無いようだが。支援に参加するのもご自由にだ。それで拮抗する戦力で有れば橘花の価値を下げるだろう」 「『普通の少女』や『デストロイド・メイド』が居る戦場で橘花さん対リベリスタを見捨てた方が剣林の名がすたるじゃん!」 拗ねたように少女が銃を握りしめる。背後から撃ちだされる弾丸がユーヌを含めたリベリスタ達を撃ちこんだ。弾丸を腕に受け、小さく舌打ちを零すミリィが投擲する閃光弾がユーヌ周囲に集まるフィクサードを撒きこんでいく。その動きを阻害するミリィの金色の瞳が開かれその足が一歩下がる。 「新城さん――!」 「ああ、『視』えてる」 吟、と。glorious painとぶつかる枳殻。史実に語られぬ英雄が栄光の裏側に存在する業を嘆く呪いに重なり合う激しき棘の意志。鮮やかな緑の瞳が拓真に重ねられ、嗤った。 「今度は此方の番ですよ? 見出せないのではなく考えたくない、想像したくないのではないですか?」 這い上がりその力をより鍛え上げ、敗者から勝者へと昇り詰めるソレこそが高みへと辿りつける事実を作り出すのではないか――怖いのでしょう、と笑う慧架が双鉄扇を握りしめ、足へと気を集中させた。地面を縮める様に動く事ができる。その技こそが『マスタークラス』とまで呼ばれるほどの達人である証だ。 「御機嫌よう、可愛い子が大好き。那由多です。なゆなゆと呼んで下さいね? 貴女が満足できるのかは判りませんけど私は確実に楽しいので、えーと……お手合わせお願いします?」 「『なゆなゆ』か……なら、お前が勝ったらそう呼ぼう。那由多」 嬉しい、とドレスの裾を翻し全身から闇の瘴気を生み出す那由多は無数無形の武具をその身に纏い続ける。彼女の隣、唇を噛みながら、重ねる四色を放つ恵梨香が宙をじ、と見詰めている。 「橘花は死や戦いへの妄執に取り憑かれている様だけれど、宙、貴女は――ッ!」 「戦いで齎される破滅を人は破滅と呼ばないの! それは『敗者』と言うんだよ?」 傷つけ合わずに済むなら其れに越した事はなかった。恵梨香の云う通り『妄執』に取り憑かれているのであれば観戦する宙達も止める隙も無いのであろう。上手い言葉で彼女を説得するには『少女の善意』に頼りすぎた部位が大きかったのであろう。 「全員で殴り殺して剣を奪いに来た人を、誰が信じられるの!?」 「だから、言っているではないですか。信じなくて良い、と。 申し訳ないですが、私は貴女方のアイデンティティの確立に付き合う気はありませんので悪しからず。 ですが、『何も残さず無に返れ』るでしょうね、私は火力には自信がありますから」 持ちあげられる殲滅式自動砲。光景がコマ送りにさえも見える動体視力はモニカの完全なる狙撃を可能にしていた。 「試してみましょうか?」 小さく笑った後にモニカが繰り出すハニーコムガトリング。 ――彼女の眼は全てを捉える。その対象を逃す事無く圧倒的な火力を与え続ける弾丸を橘花が枳殻で受け止めた。継いで分身を行う対象に『的』が増えたとモニカは笑う。 隣をすり抜ける那由多の魔弓。瘴気を生み出し闇を孕ませた弓を放つ那由多へと降り注ぐのは宙による空からの炎。赤々と照らすソレにユーヌは小鬼を生み出した。無表情な少女の口角が一度上がる。小鬼は苑で番を待つようにユーヌと同じ様に小さく微笑んだ。 「さて、遊ぼうか。烏が鳴いて帰れると良いな?」 「お生憎様、お家にはまだ帰らないの……!」 「申し訳ありませんけれど、黙って見ていて下さい。観戦しに来た、そうでしょう?」 行われる加勢を足止めする様に重ねられ続ける閃光に辛うじて避ける事が叶ったレイザータクトが与えたのは仲間達への攻撃への効率動作だ。 守りは要らぬ、只、必要よするのは力のみ。橘花の刀を受け止めた拓真が目を開き放つデッドオアアライブ。死と生を分かつ渾身の一撃に橘花本体の足が小さく背後へと逸れた。 「誰かに負けるならいっそこの命を絶ち、後世にも何も残さず、ただ、無へと消え去りたい……だ、そうだな」 「無へと消え去る、ソレこそが私の望みだ。新城拓真!」 その言葉に青年が笑みを浮かべたのは致し方ないのかもしれない。彼がこの戦闘に持ちこんでいたのは橘花にとってはある意味での天敵だ。その瞬間瞬間を切り取り記憶を鮮明にまで映し出す。 嗤う男の意図に未だ気付かぬ橘花の剣をすり抜け彼女の体を貫き通す恵梨香のマジックブラスト。 「その刀こそが持ち主を破滅に導く死神ではないかしら? ねえ、一度それを手放し、傍に居る人たちの事を考えてみるのはどう?」 「平凡というのも良いと、私は想いますけれど」 体を滑り込ませ、橘花の体を地面へと打ちつける。慧架の長い髪が広がり、橘花の体を吹っ飛ばすと同時、刃が其の侭彼女の腹を切り裂いた。バトルドレスの裾を揺らし、慧架がくすりと笑う。 「一度も負けを知らない人が絶対的強者では無い事をお忘れなく」 援護する様に放たれるマグメイガスの雷がユーヌを含め、慧架の体を引き裂く様に痛めつける、だが、彼女はくすくすと微笑みながら双鉄扇を握りしめた。 「ふふ、楽しいですね? 私の武器は弓ですけど、接近戦が出来ない訳ではないんですよ?」 分裂した対象を目の前に、近距離に存在する橘花のコピーを抱きしめる様に作り出す痛みの箱。内包する悪意が彼女の体を苛んだ。長い紫の髪を揺らし、唇を尖らす那由多はソレこそ称号に似合う『残念な』様子を小さく告げる。 「どれだけ数が居ても相手出来るなんて、羨ましい、私も、身体が二つあれば橘花さんも宙さんも抱き締められるのに!」 「なゆなゆ、こわーい」 くすくすと笑う宙はその様子だけを見れば普通の中学生だ。だが、攻撃の手を緩める気が無い彼女が降り注がせる弾丸が前線で増える分身を相手にする生佐目の腹を掠める。 「しかしね、実に面倒なんですよ。痛みを分かち合う――それにしたって、自分の価値観を押し売りしてる人とは『ソレ』さえもできませんからね」 三/三/三の切っ先が分身へ突きたてられ痛みを告げる。胸に刺さる其れに抗う様に放たれる渾身の一撃の威力に生佐目の意識がくらり、と揺らいだ。 戦闘を楽しめばいい。どちらが勝つか、どちらが斬るか斬られるか。それを賭けると言うならば無論、此方が勝利に賭ければ良い。 けれど、その価値観はあえて己の中へと秘匿しよう。自分は凡人であり、自分は『普通』の女の子であったのだから。 「私みたいな凡人には、その生きる意義は面倒です」 大きく啖呵を切った生佐目を狙う攻撃に彼女が少々の辟易をしていると同時、後衛で闘っていたとしても認識されている恵梨香が全てを避けきるには拙かった。傷だらけ、運命を代償に任務を忠実にこなす横顔には焦りは最早無い。 支援する剣林から放たれるフラッシュバンがモニカの足を止める。面倒だと全てを打ち抜く意志を固めたメイドは唇を噛み、その時を待っていた。そう、その弾丸が全てへと穴を開け、文字通り『蜂の巣』になってしまう光景を。威力を持つその弾丸が次に一度でも敵へと当たれば―― 「メインディッシュの弾丸を差し上げましょうか。灰に返してやりますよ」 ● 繰り返される戦闘動作に恵梨香がハイ・グリモアールを握りしめる手を震わせた。滴る血さえも気に留めず、河川敷で練り上げる魔力は敵を貫き通す。 「……どうしても、というの……」 切なげな少女の声音を聞きながら、拓真は何度も何度も渾身の一撃を放ち続ける。その刃が橘花の胸を切り裂き、溢れさせる血に女が表情を変えずに同じ動作を繰り返す。斬り合いは幾度も行ってきた――嗚呼、だが、この違和感は何であろうか。 「瞬間記憶、と言う物を知っているか? 例え、お前が自決しても俺はこの戦いを忘れない。俺の中でずっと忘れられずに残り続ける」 「ッ――お前!」 「お前は如何するべきか……答えは、俺を殺すしかない。だが、生憎と死ぬ心算はまだないのでね」 まるで猛獣の様だと感じた。その目つきをするフィクサードは幾度も居た。『誰が為の力』と呼ばれる事もあった。 拓真は未だ己の『到達点』へとは至らない。至らぬうちに一つの『結果』を欲しがる女が目の前に居たのだ。虚無を望み、何よりも敗者になる事を恐れる。 「……それを人は弱者と呼ぶのでしょう」 周辺へと広がる神秘の光りは苛烈に周囲を焼き払う。指揮棒が如く振り仰ぐ理想は戦場を奏で続ける。 ミリィの金の瞳に浮かべられた戸惑いは橘花の思想そのものだろう。前線で戦うリベリスタを支援する癒しはない。宙が隙を見ては使用する癒しがその戦闘を長引かせ続けてたと言っても過言では無かった。 足止めを抜けて攻撃を続ける宙の友人達も『剣林』のフィクサードだ。運命を代償に立ちあがり、攻撃するリベリスタ達を見詰めながら、減り始める分身にミリィがもう少しと言う様に唇を噛む。 「後世に何も残さず無へと返りたい……でしたか? それは些か無理と言うものです」 何、と向けられる瞳。傷つき肩で息をする宙へとユーヌが呼び掛ける様に手招いた。子供染みた鬼ごっこを行う様にも見れるが、生憎と彼女は笑わない。 「お遊戯だな。傲慢な阿呆は放置して鬼さんは此方へ来るがいい。さあ、手のなる方へ」 誘うユーヌの前へと現れぬ橘花の眼が笑わない事に拓真は気付く。今まで相対した剣林はどれも戦いを楽しんでいた者ばかりではないか。この枳殻を手にした女は全てを外敵だと認識し拒絶し続けるのか。 「戦いをもっと楽しめ、芳村橘花! 之まで闘ってきた剣林は、もっと充足感を得た顔つきをしていたぞ!」 「覚えると、そう宣言するお前たちとの戦いを楽しめるものか」 忘れて何かやらないと宣言するミリィと拓真に吼える様に橘花が剣を振るう。その切っ先が頬を裂き、拓真の運命を削り取ろうとリベリスタの猛攻は止まらない。 「何故なら私は貴女を知ったから。忘れてと言っても絶対忘れません。忘れてやるものかっ!」 ミリィは鋭き眼光が橘花を捉える。ぎ、と睨みつけるミリィによってその行動を阻害される橘花の隙をつく様に拓真が剣を振るった。 「私は死んだら直ぐに忘れてやりますけどね、もとより覚える義理も無い」 繰り出されるモニカの弾丸がフィクサードのその身を横たえる。火力に自信があるというモニカが打ち出す弾丸に抗う力を残さぬ宙が目を見開き「きっかさん」と名を呼んだ。 幼く甲高い声に一瞬気を取られた那由多が弓を向ける。撃ちだされる瘴気が橘花の手首に絡みついた時、前線で最後の一撃だと慧架が蹴り上げる。 放たれる攻撃が橘花の手首を打つ。衝撃で開いた掌から滑り落ちる日本刀こそがアーティファクト『枳殻』であった。あ、と目を見開く宙が癒しを呼ぶが、周囲から消え去る『分身』に意欲を失くした様に橘花の爪先が砂利を蹴った。 咄嗟に走り込みその剣を確保したのはミリィだ。前線で戦い息をつく慧架の足から力が抜ける。興味も無さそうに殲滅式自動砲を向けたモニカによる撤退指示に頷く仲間達。 橘花と応戦し続けた拓真とて油断を怠らず剣を下ろしはしない。彼女の頬に向けた切っ先が鈍く黄金色に光りを放つ。 「……言っただろう。俺は覚えている、と。 忘れて欲しければ、殺しに来い。決着を望むなら、何時でも相手になろう」 ぎ、とそのかんばせに似合わぬ程の殺意を漲らせた橘花の表情に満足した様に拓真は背を向ける。枳殻を確保したユーヌが小型護身用拳銃を橘花の額に向けて表情を映さぬ黒き瞳を虚ろに向ける。 無になりたいと願うなら、殺してやればいい。傲慢な、餌を欲しがる鳥など雛鳥の方が十分に愛らしい。 弾丸を含まぬソレの引き金を一度引き、ぼんやりとしたかんばせに何処か嘲笑染みた笑みを浮かべた。 「死にたいか? 無為なら無縁仏がお似合いか。……ああ、観客に何か残してしまうか。残念だ。」 「命ある限り人は強くなる。私は弓を使いますけれど、接近戦でも遠距離での応戦できます。次こそ楽しませられる。 『次』の為、貴女に生きて欲しい――次にお会いしたら抱き締めて差し上げましょう、ね?」 楽しかったですよ、と微笑む那由多は実の所、最後まで本名を名乗らない。珍粘と呼ぶ声が何処から聞こえた気がして、彼女の翠の瞳がキッ、とつり上がる。 ゆっくりと後退し、枳殻を抱えて居たミリィが目を伏せ、剣の代わりに杖の先を向けた。指揮棒は曲の終止符を告げる様にピンと向けられ、下ろされて行く。 「負けたってこの世界には沢山の事がある。だから、生きる意志を捨てないでください。 いいえ……違いますね。捨てる等、私が許しません。其れが私、『戦奏者』ミリィ・トムソンです」 河原に膝をついた女の殺意を背に受けながら歩き出す拓真は痛む左手を眺めてぎゅ、と拳を固める。 彼女の心に残るのは鋭く尖り切った枳殻の棘のみ―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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