●19日目・夜 調理場を出て、暗い窓の外、雨が降っているのに気がついた。 事務所兼休憩室に入ると、店長の花邑くんがノートPCから目を上げる。 「ゆかりさん、お疲れ様です。休憩ですか?」 「ちょっとね。ヘルプに来てくれてる人たちがベテランばかりでホント助かってるんだけど……今日は皆泊まり込みだわね、こりゃ」 働いているカフェが百貨店に催事出店をすることになって、はや19日が過ぎた。いよいよ明日が最終日。最終日は売り上げもぐんと増えるのがお定まりなわけで、ケーキや焼き菓子をいつもよりたくさん用意すべく、調理場はてんやわんやなのである。 「うちの店は知る人ぞ知るってとこが売りだったのに……オーナーが変わると経営方針もこんなにも変わっちゃうもんなのね」 「……たぶん、オーナーも今、がむしゃらなんだと思います。色々、悲しいことがあったから」 「……そうだね」 花邑くんが淹れてくれたハーブか何かの香りのいいお茶を飲みながら、臨時店舗の売れ筋について話していたとき――ふいにドアが開いた。ひんやりと、湿った空気が流れ込んでくる。 入ってきたのは、帰宅したはずの、ホールスタッフ2人。ホールリーダーの沙藤くんに腕を支えられるようにして歩く少女の顔は、血の気を失って蒼白だ。 「……一葉ちゃん、帰り道で具合が悪くなっちゃって」 「顔色真っ青じゃない……大丈夫? ほら、こっち来て、横になって」 「すみません、ゆかりさん……」 今にも倒れそうな一葉ちゃんを、ソファに横にならせる。いつも無駄に元気で明るい沙藤くんも、どこか表情が曇っている。 「帰り道で、何か、あった?」 花邑くんが静かな声で聞くと、少しためらいながら、沙藤くんは口を開いた。 「駅に行く途中に、地下道があるじゃないですか。あそこに警察がたくさん来てて、通行止めになってたんです」 一葉ちゃんが怯えたように、体を強ばらせる。 「……野次馬のひとたちが話すには、死体が見つかったって。――ミイラ化した、8人の死体」 「な……」 「なによそれ、まるで、椿ちゃんと藤次郎さんの――」 雨音が、急に大きくなった気がした。 「先に上がったホールの子たちは、もう家に着いている頃かと思うけど……念のため連絡を取ってみようか」 動揺を滲ませた花邑くんの声に、気がついた。そうだ……8人。 それは、普段いるスタッフが臨時店舗のほうへ借り出されてしまう催事の期間、ここの店で働いてもらっている短期バイトの子たちと同じ人数だ。夜間、あの地下道を利用する人は少なく、普段は自分たちの他に殆ど誰も歩いていないような場所だが。でも、そんな……まさか。 「……僕も念のためと思って電話とかメールとか、してみたんですけど。誰とも繋がらないし、未だに返事も無くて」 雨音が響く。空気が重く、のしかかる。 「や……いや……いやぁ……!」 一葉ちゃんが頭を抱え、うずくまった。 ●緊急招集 「E・ビーストによって、一般人に8人もの犠牲者が出る未来が予見されました。8人は短期アルバイトとして働く『Secret Garden』というカフェからの帰宅途中、ヴァンパイアの吸血に似た能力を持つE・ビーストに襲われるのですが……いくつか、不審な点があります」 アーク本部、ブリーフィングルーム。 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は、集まったリベリスタにそう告げた。 「今年の4月、『Secret Garden』のオーナーとそのお孫さんは、今回と全く同じE・ビーストに襲われて死亡しています。短期間に、同じ店に関わる人たちがエリューション事件に巻き込まれているんです。不自然、ですよね」 和泉がコンソールを操作すると、モニターに映し出されたのは、目を閉じた高校生くらいの少女の顔。刃物で深く傷つけられており――傷は、どちらの向きから見るのが正しいか定かでないが、額側を上、顎側を下とするならば、直線を組み合わせた記号……『甘』という字の、3本並んだ横線のうち、真ん中の1本を消したような形に刻まれている。 「彼女は4月の事件の際亡くなった、オーナーのお孫さん……咲宮 椿(さきみや・つばき)さんです。事件を担当したアークのリベリスタが回収したデジタルカメラに、この画像が収められていたのですが、撮影した人物のことも、この“記号”が意味するものも、未だわかっていません」 残虐な何者かの存在を感じ、リベリスタたちは少女の眠っているかのような死に顔を見据える。 「そこで、皆さんにお願いしたい任務は2つです。一つ、一般人の代わりにアルバイトとして『Secret Garden』に潜入しての、情報収集。一つ、E・ビーストの殲滅」 一人のリベリスタが和泉に訊ねる。 「E・ビーストの殲滅はわかるけど……調査って、具体的にはどういうことをするんだ?」 フォーチュナは厳しくしていた表情を崩し、モニターの画像を切り替えた。 「難しく考える必要はありません。潜入するだけでも、お店のことや、従業員の人柄・人間関係は見えてくると思いますし――E・ビースト発生の原因を解明する手がかりがないか調べたり、従業員から変わったことや心当たりがないか、聞き出したりしてほしいんです」 新たにモニターに映し出されたのは、どこにでもあるような日常風景だ。 バレンタインのチョコレートを製作中の写真。満開の桜の下、弁当を広げた花見の写真。眺めていると、同じメンバーが頻繁に写っていることに気付く。 「これらの写真は、同じデジタルカメラに残されていた、おそらく咲宮さん自身が撮った写真です。ホールスタッフの桜坂一葉、沙藤リクト、パティシエールの紫﨑ゆかり、店長の花邑ヨウジ……彼らが特に、咲宮さんたちと親しかったと推測されます。どんな方法を取るかは皆さんにお任せします、彼らから情報を引き出してください」 一般人には多くのスキルも有効だろうが、相手の精神力に効き目が左右されるため、万能というわけではない。また、謎の怪死を遂げた故人のことを聞き、興味本位と思われて口を閉ざされたり、警戒されたりすることも考えられる。 まずはカフェ店員として働き、仕事ぶりやコミュニケーションから信頼・友好関係を築いていけば、知っていることも聞き出しやすくなるだろうと、和泉は続けた。 「アルバイトの期間は、催事出店で従業員の数が足りなくなる20日間。募集は高校生以上~となりますので、該当しない方は年齢詐称してください。アークが誇るリベリスタの皆さんなら、カフェ店員としても活躍出来ると、信じています」 面接に備えて履歴書を用意するか、と席を立つリベリスタたちに、和泉は付け加えるように話した。 「……最後に。アークには、最初にお見せした咲宮さんの遺体の写真がありますが、今回は持ち出し禁止とさせてください。どうして皆さんがそんな画像を所持しているのか、一般人に説明のしようがありませんから。――それと、彼女の遺体に刻まれていた“記号”について。現時点で“記号”のことを知るのは、アークのリベリスタのみです。一般人に“記号”に関する話をするかどうか、判断は皆さんに委ねます」 色々と複雑な任務ですが、どうか、よろしくお願いします。 そう言って和泉は頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:鳥栖 京子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月28日(金)23:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●2日目・朝 梅雨の晴れ間の眩しい陽差しが、テラスから射し込む。 バイトが始まって2日目の朝。新人スタッフが早く仕事を覚えるために集まって、開店前の店内も賑やかだ。 「(にしても、恋人のカフェ制服姿を見られるなんて至福の時だなぁ! 仕事じゃなければじっくり堪能したいところなのに……!)」 長身と長い手足を活かして窓ガラスを磨きながら、『ストレンジ』八文字・スケキヨ(BNE001515)は思う。 「リクト君って甘いもの好き?」 「まあ、名前もサトウだし、結構好きだよ~」 当の恋人、『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)は、先輩男性スタッフと談笑しながらモップがけをしているのだが……潜入捜査なので致し方ない。 「ここのお仕事は長いの?」 「長いさ、高校の時バイトで入って6年かな? んで、今は社員」 「じゃあ、ここの猛者だね! おさ?」 楽しそうな笑い声。彼女に過剰なちょっかいをかけたらただじゃおかないと、幻視で黒く見せた長い前髪の奥から目を光らせるスケキヨだった。 客席と同じフロアにある小さなキッチンからは、紅茶のいい香りが立ちのぼる。 制服は男女共に、白いシャツと黒いパンツ、膝下丈のギャルソンエプロン。体のラインを露わにするシンプルな制服は、『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)と 『虚実之車輪(おっぱいてんし)』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)の抜群なスタイルを一層引き立てていた。 「淹れるのも飲むのも好きなのですが、人に振る舞う機会が無かったので上達しないんですよねえ」 彼女たちは店長に、店で扱う紅茶の種類や淹れ方の説明を受けている所だ。 「大切なのは湯の鮮度と温度……後は、ポットとカップを温めることかな。少しのコツで、茶葉の持っている旨みと香りを最大限に引き出せるんだよ」 蒸らし時間は葉の等級によって変えているそうで、キッチンには大きさの違う砂時計が幾つも並んでいる。 「花邑さんって紅茶に詳しいんですね。私も実家に居た頃は毎日飲んでたけれど、こっちだと葉を扱っている店が少なくて」 留学生という設定のシルフィアが青い双眸を向けてそう言うと、ヨウジは嬉しそうに茶葉の話をした。系列店で使う紅茶は懇意の茶園から直接買い付けたものも多く、品質にはかなり自信があるらしい(ちなみにスタッフは3割引だそうだ)。 黎子が教わったとおりに紅茶を注ぐと、カップの縁には綺麗なゴールデンリングができた。 ●9日目・昼 「おーきに! またよろしくお願いしますー!」 ランチタイムを過ぎた昼下がり。レジから『ビートキャスター』桜咲・珠緒(BNE002928)の、よく通る声が響く。 「たっまおちゃん♪ 今のうちに休憩入っちゃってくれるかな?」 「あ、ほな、お先行ってきますー」 休憩室に向かって、木の階段を降りる。 情報収集よりも心底から馴染むことを目指した珠緒は、リクトにずっと前から居たみたいだと言われるほどに、店に溶け込んでいた。 珠緒がバンド少女と知るや、新人しかも短期バイトの彼女に店内BGMの選曲を任せてくれたりと、店は自由な雰囲気で、スタッフ間の風通しも良い。幻視で黒く見せた髪と瞳の色以外、素の自分で居るから余計にだろうか――従業員たちに感じる仲間意識は本物だ。 「(うちら、モノやないし。んな器用に割り切れんわ)」 休憩室では、白衣を着た虚木 蓮司(BNE004489)と『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が、試食責めに遭っていた。紫陽花を模したゼリーは目にも涼しいが、色や容器の違う数十個に囲まれた様は気の毒でもある。 「桜咲さんも食う? これ、あとでレポート出せって言われてるんだけどさ」 「美味しいよー☆」 彼らはそれぞれ柊・終、池見 蓮司と名乗り、ほぼ調理場に籠もる日々を送っている。調理の手際の良さを買われ、また若くて綺麗な男子の存在が調理場女性スタッフたちの意欲向上にも寄与しているとかで、評判は上々らしい。 「今日ゆかりさんから聞いたんだけど、ここ数ヶ月、誰かに見られてる気がする時があるって。何か手がかりになるかも☆」 「まあ、本人は気のせいだろうと言ってたけどな」 一般人が破界器を使っている可能性もある。一見平和なこの店で、一体何が起きているのか。 『魔道士』シェリー・D・モーガン(BNE003862)は、一人庭の手入れをする店長に近付く。 「ここは俺一人で大丈夫だから、シェリーちゃんもごはん食べておいで」 「いえ、二人でやれば早く終わります」 てきぱきと手を動かしながら――情報を引き出すためにシェリーが先輩の一葉を褒めると、逆にヨウジから褒め返された。いつもの口調も封じ、常に前向きで仕事熱心な彼女は勿論のこと、仲間たちの働きぶりも高く評価されているようだ。 この数日で築かれた信頼関係を頼りにして、4月の事件に軽く触れ、椿はどんな子だったか聞けば、 「強くて、とても優しい子だったよ」 そう言ってヨウジは寂しそうに笑った。 「一葉ちゃんも一時期、バイトを辞めようか悩んでたみたいだけど……藤次郎さんと椿ちゃんが好きだったこの店を守りたいって、残ってくれたんだ。今残っているスタッフは、たぶん皆、同じような気持ちなんじゃないかな」 従業員がこの店や互いを大切に思っているのは、様子を注意深く観察しているシェリーにも、確かに伝わっていた。 ●13日目・夜 店の近くの大きな公園に、複数の人影。 スケキヨとシェリーの提案で、得られた情報を共有しに集まったリベリスタたちである。 「ボクが聞いたのは勤続年数だね。リクトくん・ゆかりくんが6年、一葉くん・ヨウジくんが2年位らしい。今臨時店舗に行ってるスタッフも居る訳だけど、亡くなった椿くんも含め、2年近くはこのメンバーだったみたいだよ」 4月の事件にショックを受けたり気味悪がったりして辞めたスタッフも何人かいたようだ、とスケキヨが続ければ、蓮司も頷く。 「今回の事件の時期を考慮すれば、辞めたスタッフは事件に関係ないんだろうけどさ。ミイラ化した死体がどうこうって週刊誌に書かれて、一部の客に興味本位の質問されたり……結構嫌な思いもしたみたいだな。4月の事件について、道理で口が重い筈だよ」 客やオーナーについて聞き出してきたのは黎子。だがこれといって事件や神秘に関する情報は得られなかったと、肩をすくめる。 「常連客を桜坂さんから教えて貰ったんですが、見た限り、覚醒者は居ませんねえ。私のようにステルスを使っている可能性もゼロではないでしょうが。経営状況も、新旧オーナーの評判も、悪くないようです」 「オレも手口的に現オーナーへの怨恨の線もあるかと思ってたんだけど、可能性は薄そうかも。そうそう、あと全員の電話番号とメアドゲットしたよー☆」 終の言葉に、おおっ、とどよめく仲間たち。 「後は、家族のことも聞いた☆ 一葉ちゃんは両親と弟。リクトさんは両親・兄・姉・妹二人の大家族で、ゆかりさんは旦那さんと息子。ヨウジさんは一人暮らしだってさ。全部本人からの情報☆」 交換した情報を書き留め、この場に不在の仲間にメールを送ると、各々帰路につく。蓮司は溜め息交じりに髪をかき上げた。 「推理なんて柄じゃ無いけど、どーも俺は関係者が怪しく思えちまうなー……ったく、探偵ゴッコで人死にに遭うなんて、名探偵アニメで十分だぜ」 ●16日目・夜 閉店後、シルフィアが休憩室に入ると、一般人スタッフ4人が集まっていた。 「おっ、シルフィアさん、いいところに! 夏のシーズナルブレンドが届いたんだってさ」 リクトに促され、椅子に腰掛ける。 シフトや休憩がずれているため、4人が揃う機会は中々無い。“記号”に対する全員の反応を見るには、今しかない。瑞々しい青葡萄の香りの紅茶を味わいながら……シルフィアは、話題を自分の大学の話に向けた。専攻している古文の話に見せかけて、メモを取り出し、例の “記号”を4人に書き示す。 「古文と現代語って、表記が異なるのよね。現代語で『10』は『十』と書くけど、『20』は『廿』じゃなくて『二十』って書くから戸惑うわ」 超直観を使い、様子を覗う。ゆかりが頬杖をついたまま、片手でメモを突いた。 「ああ、この『廿』は地名とかで今も使うわよね~。それにしてもシルフィアちゃんは日本語に詳しいのね、話すのもものすごく上手だし」 「本当ですね、わたし、こんな漢字初めて知りました……」 と、一葉。 「他にも『30』は『卅』とか『40』は『卌』とか。あ、それと大和言葉繋がりで、ホツマ文字っていうのに『廿』を逆さにした文字があるのよ。現代だと『し』って文字に該当するわね」 他の2人は、じっとメモを見ている。『十・卅・卌』等、他の記号の中に自然に織り交ぜたことで、『廿』が良くも悪くも目立たなくなったことは否めない。 「店長は知ってました? こういうの」 「ホツマ文字っていうのは初めて聞いたけど……漢数字は子供の頃、曾祖母に教わったことがあるよ」 「僕は学生の頃、古文漢文は赤点だったからな~。 シルフィアさんみたいな美人の先生だったら、勉強も頑張ったのになあ~♪」 シルフィアの驚異的な観察眼でも、心の中まで見通せる訳では無い。特に目に見えて動揺を示したような者は居なかったが――さて、これをどう判断したものか。 ●18日目・夜 トンネルの中の薄闇は、じっとりと冷たい。店からの帰り道、シェリーはここ数週間そうしてきたように、一葉と肩を並べて駅へと歩いていた。 この場所へは何度か下見にも来ている。しかし地下道にも店の内外にも、神秘に関わるものは未だ見つかっていない。 犯人が特定の人物を避けている可能性も考え、全スタッフの出退勤時間を調べたところ、一葉ら高校生がパターン化した勤務の一方で、他は見事にバラバラだった。ただ、社員のリクト・ゆかり・ヨウジは勤務時間が長く、明日の事件が起きる時間に帰宅することはほぼ無い、ということは判明している。 シェリーは、先の事件で椿の顔に残された“記号”を、犯人から誰かへのメッセージではないかと考えていた。知れば最もショックを受けるであろう親友の一葉とシフトや帰宅時間を合わせ、仕事を教わり、今日まで信頼関係を築いて来たのである。 他に誰も居ないのを確認すると、シェリーは一葉に、4月の事件に関して何か心当たりは無いか、と切り出した。一葉は顔を青白めさせ、首を振る。 「何か知ってたら、警察に話してるわ。わたしだって、もし犯人がいるなら、絶対に許せない……椿はいつも、やりたいことが山ほどあるって話してた。そんな彼女の未来も夢も、全て断ち切られたんだもの」 咲宮椿の夢は、祖父の跡を継ぎ店を守ること、それとドラマチックな大恋愛……だったという。誰か慕っていた相手がいたのかとシェリーが聞けば、以前からのスタッフなら誰でも知っていることだと、一葉は片眉を下げて笑った。 「沙藤さんとも長い付き合いみたいですごく仲が良かったし、華があったから学校でもモテたんだけど……椿はうちの店長がお気に入りで、よくくっついて回ってたの。店長は困った顔してるだけだったけどね」 くすくすと笑った後――親友が存命だった頃のことを思い出したのか、一葉は声も出さずに泣いた。震える肩に、シェリーはそっと手を添える。 ●19日目・夜 フォーチュナの未来視どおり、その日は夕方から雨が降り出した。 一般人スタッフより先に帰されたリベリスタたちは、その日バイトが入っていなかったメンバーも含め、地下道の近くで集合する。 珠緒が結界を張り、スケキヨは『工事中・通行止め』の紙を貼り付けた赤いコーンを置く。 「んじゃ、逆挟み撃ち戦法ってコトで、いっちょ行きますか!」 蓮司の手には『工事中』の看板。出口側にも、これを設置し人払いをする予定だ。 蓮司と終が先行し、地下道を抜けた先で隠れて待機。スケキヨとルアが入り口側で同じく待機し、残りのメンバーがトンネル内に入る。敵が現れたら前後から挟み撃ちにするというのが、彼らの作戦だった。 先行する仲間が地下道に姿を消すと、黎子の超幻影に隠れたルアは恋人の手をぎゅっと握った。思い出すのは、交際のきっかけになった依頼のこと。あれから2年も経ったけれど。 「スケキヨさんが居てくれたから今まで頑張ってこれたの。ありがとう」 敵が現れたのはその時だった。地下道の上を通る国道脇の薮から、ぼとぼとと落ちてくる白い蟲。 「背後は僕に任せて、ルアくんは存分に戦っておいで」 スケキヨの言葉に頷くと、ルアは蟲がトンネルに向かうのを確かめ、後を追って駆けだした。 出口側から現れた蟲10匹を、シェリーの召喚した魔炎が焼き尽くす。シルフィアの放った雷光がトンネル内に轟き渡れば、しゅうしゅうと嫌な音を立てて燃えている蟲の体を、黎子が双頭鎌で切り刻む。 薄暗いトンネルの中で戦闘が開始されてから数分。蟲の大半は、既に白い体液をアスファルトにまき散らし、息絶えた。ひくひくと蠢く1体に、蓮司の銃撃が止めを刺す。 「あっけなくて、逆に不気味なくらいですねえ」 蟲に吸血された黎子の傷を、珠緒の天使の歌が優しく癒やした。流星雨の如き光弾が残った蟲の息の根を止めると、スケキヨとルアも死骸を跨ぎ、合流する。 「これでひとまず一件落着☆ なのかな?」 「いや……そうもいかないみたいやで」 それに真っ先に気付いたのは、集音装置を持つ珠緒だった。 カツン、カツン、とトンネル内に反響する足音。……何者かが、入り口側からこちらに向かって歩いてくる。リベリスタたちは、武器を手に身構えた。 未来視で見えた、今日起こるはずだった事件では――8人の一般人が犠牲になった後、『蟲』の姿は忽然と消えていた。蟲自身がSecret Gardenの従業員を判別し、襲撃後に引き上げたので無いならば。第3者が蟲の出現するタイミングを計り、襲撃後に回収したと考えるのが妥当だろう。 そして、地下道の出入り口にコーンや看板があれば……その第3者にリベリスタの介入は露見している。 「あのこたちをころしたのは、あなた?」 薄闇の中から現れたのは、時代錯誤な服装の少女だった。 声からして、16~7歳だろうか。雨に重く濡れた黒いドレス、黒いフード付きマント。目深にかぶったフードからは、蜜を流したような金髪が零れる。片手には銀と黒の禍々しいスピア――彼らには一目で判る。覚醒者だ。 「なにかおかしいとはおもったのだけど……どうしてななみのじゃまをするの? ななみはハニーのためにがんばっているだけなのに」 「――あんたには、色々と聞きたいことがあるんだよね」 E・ビーストを操り一般人を殺害しようとしたフィクサードならば、手加減無用。強力な覚醒者だということは何となく判るが、1対8ならば勝てる相手だ。終は転移のような加速で少女の目前に現れると、ダブルアクションで連続して切りつけた。ルアも少女を逃がすまいと、背後に回り込む。 「4月の事件の犯人もあなた? どうしてあんなひどいことするの?」 ななみと名乗った少女は、話を聞いているのかいないのか……終の短剣に切り裂かれた傷から手に伝う血を舐めると、巨大なスピアを構えた。 「そう……あなたたちなのね? ハニーへのメッセージ、だいなしにしたのは」 スピアが少女の血を吸うかのように、赤黒く輝く。足下に生じた血溜まりのような魔方陣から、わらわらと沸いて出たのは――先刻倒したのと同じ蟲だ。そのまま黒光を帯びたスピアを振りかぶると、背後にいたルアの体に刃を深々と突き刺す。 「かは……っ」 「ルアくん!」 アスファルトが血で染まる。新たに出現した蟲20匹が、血の臭いに蠢き出す。 「召喚系破界器か……!」 シェリーが詠唱を開始し、蓮司がまさにトリガーを引こうとした時だった。 「いい加減にせんか、ななみ!」 もう一人の覚醒者が、音も無く現れたのは。 似たような黒尽くめのドレスとマント、蜜色の髪。鏡像のような二人の少女が対峙する。 「クイーン……! だって、このこたちが、ななみのじゃまをするから!」 「勝手な行動ばかりか、余計なことまでぺらぺらと喋りおって。――ここは一旦退くぞ、そろそろハニーが帰る時間であろう?」 「! いけない、ななみも早く帰らなくちゃ!」 足早に立ち去ろうとする二人の背に魔炎と銃撃、荒れ狂う雷が襲いかかるが、それを蟲たちが身を挺して庇った。 「こっちの話は終わってねェっての!」 「待ちなさい!!」 黎子と珠緒に回復を受けたルアがブロックを試みるも、数に勝る蟲に逆にブロックを受け、突破できない。蟲の相手を余儀なくされているうちに――二人の少女の姿は見えなくなった。 再び、静寂を取り戻したトンネルの中。恋人の肩を支えながら、スケキヨが呟く。 「『ななみ』に『ハニー』に『クイーン』? ……あのフィクサードたち、何を目的にこんなことをするんだろう」 「まだわからん事ばっかやけど……優しい人らが亡くなるようなんは防がんと。うちら、そういうことするためにいるんやもんな」 これで終わりとは思えない。彼女たちは、また違う手段でE事件を起こそうとするに違いない。珠緒の言葉に、仲間たちはそれぞれの思いを込めて頷いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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