● 晴天。 開園時間が過ぎて賑わう休日の遊園地の中、ノイズが一つ鳴り始めた。 「笑顔、笑顔、笑顔――糞みたいにウッゼーな!」 男は笑っていた。手にはあの笑顔を歪ませる方法を握りしめて。 「鬼ごっこの始まりだ」 さあ、リベリスタは一体何人救えるのかな? そうしてノイズは、雑踏の中へと消えていった――。 ● 「急ぎの依頼です。皆さんすぐにとある遊園地へと向かって下さい」 開口一番。『未来日記』牧野 杏里(nBNE000211)は険しい顔をしながらリベリスタ達へとそう言った。 「待った、今日って」 「はい、日曜日ですね。残念ながら行楽日和なお天気です」 「一般人は……もちろん、居るかと」 場所は最悪。一般人が笑顔で跋扈する場所が戦場と成る。 「下手に避難活動をして……敵の機嫌を損ねたくないのです。遊園地に居る一般人、全てが人質だと思って下さい」 それでは依頼の内容だ。 「敵はフィクサード二人とアーティファクトです。そして彼等から一人のリベリスタが逃げています。 目標はフィクサードの討伐と、そのリベリスタの『捕獲』」 「捕獲……?」 「はい。そのリベリスタが、多くの一般人を殺すための起動装置なのです」 リベリスタの名前は『柊 美嘉(ひいらぎ みか)』。かなり前の話になるが、カルト集団に捕まって殺されそうになっていた所をアークが救ったフリーのリベリスタだ。 「彼女の背中に『灼炎の魔女』という術式が彫られています。それは、一定の行動で発動するのですが……遊園地を半分、吹き飛ばすくらいの爆発が起きるものでして……」 そんな大惨事が起きるのに一般人は避難不可能。というもの、 「発動方法は色々ありますが、そのひとつ、柊美嘉の死亡で術式は発動します。敵フィクサードは彼女をあえて人塗れの遊園地に放し、『鬼ごっこ』という形でゲームをしているのです。なので一般人には『まだ』被害は出ていませんが……鬼ごっこを邪魔する存在が来た事が知れたら、彼等の行動が読めないので此方は貴方達八人を送り込む事以外に、下手に……動く事はできないのです」 静かになったブリーフィングルーム。そして杏里の空気を吸う音が聞こえた。 「で、でも! 一応、遊園地でも、人気の無い場所、探したので!! 屋内プールに、屋外広場。あとヒーローショーとかやる舞台会場があったんです! そこは今の時期使っていない様なので、一般人は皆無です! でも……この事を柊美嘉さんは知らない……きっと人気の無い場所を探して走り回っているに違い無いのですが……。それに術式の発動方法が色々ある事も知らないと思うのです……」 「それではフィクサードについてです。 敵は二人、『魂之江 魅風(たまのえ みかぜ)』と『琴宮 霞(ことみや かすみ)』。後者の女性は先日のアークの依頼で夫を亡くされた歌姫さんですが、前者の方は六道では無い研究者としか情報が無いのです……」 二人は活性化させた非戦を使って、柊美嘉の命を止めるために動いている。鬼ごっこをしている訳であり、二人は別行動。だが、何処に居るのかは定かでは無い。 「待った、殺して爆発させるって……フィクサードも爆発に巻き込まれるんじゃ?」 「文字通り、死んでも良いというやつです。杏里には、理解不能です」 狂った二人による、命がけの鬼ごっこ。多くを道連れに神への反逆、幸福への反抗……というのが適当か。巻き込まれた柊美嘉も堪ったもんじゃないと思える。 「霞さんはともかく、魅風は討伐してください。彼の右腕には『灼炎の魔女を発動させるための文字』が刻まれています。それは傷つけても、腕を切っても壊れませんが、たったひとつ、彼の命と共に消える事は解っています。それだけが、術式を止めるための鍵です。 また、魅風は跡形というアーティファクトを使役しています。烏の形をしているのですが、その通りに空を飛ばして美嘉さんを探しているものと思います」 少し時間をかけ過ぎたか、杏里は手元の時計を見て驚いた。 「では、急いでください! 宜しくお願いします」 ● 善が嫌いだ。温かさが嫌いだ。平和が嫌いだ。優しさが嫌いだ。 幸せが大嫌いだ。 嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ。 「解る!? この世界、糞みたいにツマラナイ」 「ん゛-ッ!!」 男は溜息を吐く。 彼の目の前には、両手の親指を細い紐で結ばれて、天井から吊るされている女が居た。可哀想に、その足は地面に着く事を許されず、口は縫われて反論を拒絶され、目は布に隠されて光を無くした。ただ、彼の言葉を聞くために、耳だけはいつも通りに存在する事を許されいてる。 「だから俺は自分で楽しい事を造ってみた。例えば箱、例えば鏡、例えば烏、例えば髑髏、例えば宝石。どれもこれも試作品のできたてホヤホヤなのにさ、全部全部ぜえんぶあの今をトキメクアーク様に壊されたりお持ち帰りされたり……それ俺のだからァ!! どぁぁああれの許可を得て好きにして良いいいいと!!!」 「ん゛、んん゛!!」 男のナイフに破かれ露出した女の素肌。なぞる舌は上から下へと丁寧に。 「だからちょっと腹いせに、遊園地ひとつぶっ飛ばしてみようかと思ってよ。でもただそれだけじゃ楽しくねェ。そこでだ、お前、リベリスタが抗うチャンスをやるよ。偉いだろ?」 「ん、んっ、んんんんんんーー!!!?」 ザクリ、ザクリ、彼の手にあるナイフは文字を刻む。 「なぁ、最高にイっちまう展開だと思わねえ?」 「んぅぅぅうう!! んんんんん!!!? んん!!? ん゛ん!!?」 そして男は女の身体に術式を一つ書き上げる――。 「汚れ無き翼に安寧は無ェ。さぁ、一緒にデートだ。死ぬ気でヤらねぇと神には喧嘩は売れねェんだ。行くぜ、声無き歌姫も、世の中に裏切られて仕返しがしてーとよ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月27日(木)22:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●魂之江魅風 『三高平からお越しの琴宮霞様、お連れの御厨夏栖斗様、焦燥院フツ様が広場でお待ちでございます。繰り返します三高平から――』 よくある迷子を探す時の放送が耳に入ってきた。 (三高平っつっとあのアークの拠点で、御厨に焦燥院だァ? なんかの罠か? いや待て、『歌姫も魔女も口が利けないから放送なんて頼む事は絶対に無い』。……っつー事は、ハハァ?) 「箱舟がわざわざやってきたってかァ? 無駄死には良くねえ」 ● 一般的に言えば、休日の行楽日和。余暇潰しに遊びに来た人ならば最高の日ではあるが、お仕事中のリベリスタにとっては最悪の雑踏跋扈であろう。 「あっちー」 『童貞ネバーギブアップ!』御厨・夏栖斗(BNE000004)は、汗でへばりつく服を摘まんで振って、大して効果の無い僅かな風を起こして涼んでいた。 「あ、こっちこっち!」 「オウ! 放送してくれるらしいぜ、快く引き受けてくれた」 「うっし! まずは一つ目のお仕事終了って感じかな」 手をあげて朗らかに言う『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054) 。足早に建物から出てきた所で夏栖斗たちと合流したところだ。 フツは今、『迷子』の放送を頼んできた所だ。その放送が流れれば状況は大きく動き出す事だろう。 「じゃあ広場へ行くとしますか。ほい、相棒のぶん!」 「サンキュー」 『合縁奇縁』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)が投げたのは冷たいジュースの入ったペットボトル。空中で一回転したそれを受け取ったフツは蓋をくるりと回して開けた。 「少し急いで行ったほうがいいな、もう柊美嘉とかが向かっているかもしれない」 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は竜一の硬い腕を引っ張りながら言う。 その放送とやらが示すのはアークの存在と、とある場所への誘導。敵も、保護対象も、一つの場所へと集めるための言わば、鍵(キー)である。 「わかってるよユーヌたん! 依頼じゃなきゃデートしたんだけどな」 「また今度来れば良い」 傍から見れば、仲睦まじい黒髪のカップルだ。周りにもそういうカップルが多いだけに、竜一のなんとも言えない悔やみが胸をぐるぐるかき回した。 「行くぞ、伊吹」 少し振り返ってユーヌは『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)を見た。彼は周囲をきょろきょろ見回している。 彼が探しているのは柊美嘉だ。他のフィクサードの目に見つかる前に、見つける様に、との配慮だ。特に霞になんて出くわしたらその場で戦闘が起きかねない。 「此処には……いないようだ。冷だッ!!」 「きっと見つかる。だから早く行こうぜ!」 シリアスな雰囲気の伊吹一変。夏栖斗は持っていた冷たいジュースを伊吹の首筋へと当てて意地悪く笑った。 「うむ。えーと……広場はあっちっぽいな」 遊園地のパンフレットを回しながら進むフツを先頭に、彼等は足早にその場を後にした。 所変わって。 「血の臭いはするんだよな」 「あっち方向っぽいよな! ちょっと探ってみる」 『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)と鷲峰 クロト(BNE004319)は己の嗅覚の感度を引き上げて探索を行っていた。 探しているのは柊美嘉だ。確かに彼女が受けた背中の傷は真新しい。もう血は流れていなくとも、その臭いは彼等の鼻ならば見つける事が可能なのだ。 「そっちは、なんか見つけたか?」 「うーん……それがねぇ……?」 葛葉が『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)へと声をかけた。だが彼女は頭を片手で抑えながら首を斜めにして不服そうな表情。 「ちょっと……人が多すぎて上手く感情が読み込めてないかもなんだよね」 「成程な……」 今日は日曜日の遊園地。雑踏のこの中で感情探査を展開するのは不得手だった。伝わってくる想い想い――だがノイズが凄い。 「んー……駄目だ」 感情探査を切って、ルナは自分の頭をぽかぽか叩いた。ともあれ仕方ない事もある。気を取り直して肉眼で美嘉の存在を探しだそう、としたその時。 「……ん、お!? なんかそれっぽいの発見!!」 クロトの瞳は遠くを視る事が可能だ。そしてその遠くを見ながら広場の方へ掛けて行く美嘉らしき後ろ姿を捉えた。葛葉がルナの腕を掴んで走り出す。ルナは勢いでそのままクロトの腕を掴んで引っ張った。 「行くぞ、見失う訳にはいかん!」 三人は、クロトが指を指す方向へ従って人の群の中へと消えていった。 ● 周囲は人だかり、あちらもこちらも笑顔だらけ。 伸ばしたのはルナの腕。とん、と手が女の肩を捉えた瞬間、その肩がびくりと大きく揺れて些か怯えた目がこちらを向いた。 「美嘉ちゃんかな?」 場所は広場へ通じる道の手前。ルナ、クロト、葛葉は美嘉へとたどり着いた。 しかしだ、ルナの手は払われて肩から離れる。どうして、拒絶するのだろうか? 葛葉は少し考えてから、ああ、と声を出す。おそらく彼女の行動の最大の理由は――警戒の意。 例えばアークと名乗って油断させに来た敵であったら? 「違うんだ、俺らはアークだ。君を助けに来た」 本当に? と言いたそうな目をした美嘉。葛葉はどうすれば伝わるか更に頭を捻ったが、隣に居たクロトがルナを前に出して笑った。 「そっかそっか。ほら、俺らきちんと三人居るから、怪盗しているあいつじゃないからな!」 そうなのだ、怪盗を持っている敵は魅風一人。 だからこそアークを名乗る三人を目の前にしているこの状況――革醒者が言う『私達はアークです』という言葉は本物なのだ。 これで疑惑は晴れただろう。 美嘉は疑って申し訳無いと頭を一度、大きく下げた。それから笑顔を作って見せてくれた。 「ま、不安になるのは当たり前だよな。気にすんな!」 クロトはその笑顔に合わせて笑顔を向けた。とりあえずは出会えて良かったと、まだ捕まっていなくて良かったと、彼女を労った。 その間にルナはもう一つの班へ連絡をする。 『美嘉ちゃん見つかった? それはよかった。でもこっちは霞が来てて戦闘中なんだ』 「了解です。それじゃあ……何処か安全な場所に美嘉ちゃんを連れていきます」 『あっれ、こっち来ない系? とりあえず気を付けて、な!』 ――どうやら彼方は交戦中。ならば広場から遠くへ行かなければと考えたルナは、美嘉の腕を掴んでこっちだよと言う。 目指すのは舞台場か、プールか……だが。ルナの動向を葛葉の物言わぬ右手が止める。クロトはルナの前へ出て、美嘉を隠すように位置を取った。 AFを介して、葛葉は彼方の班へ言う。 「悪い。厄介なものを見つけた」 「あーこっから先は行かせられないんだよー?」 彼等の目の前、もう一人のルナが立っていた。その後方、奥! 「跡形だ!!」 クロトが見上げた目線の先に舞う黒いそれ。再びスライムを生み出さんと口から銀色の液体を吐き出していた。 「とりあえず行くぞ。此処で交戦する訳にはいかないだろ」 葛葉が声をかけ、人気が無い場所を探して四人は走っていく。その後ろを。 「お姉ちゃん、逃がさないんだよ……? どこ行くのかな、鬼ごっこなのかな?」 偽ルナが追っていく。 ● 逢瀬とはいつも突然で、逢瀬が終わるのも突然で。 『彼女』が足を踏み込んでから静まり返った広場内。夏栖斗が暑い空気を吸った。 「ご機嫌麗しゅう、お誘いに気づいてもらったんなら重畳。折角だから楽しんでいってよ」 広場へ最初に来たのは運良くも?運悪くも?霞であった。夏栖斗が手を振りながら言った直後には、フツが陣地の詠唱を始めている。 「ちょっと、時間稼ぎ頼んだぜ」 「了解、了解!」 フツが魔槍を床地面につけ、その姿を隠すように竜一は立った。信頼しているからこそ、フツは目を閉じて集中した。流れるフツの声、詠唱、そして刻まれる時間。 目の前――霞は己の血液を鎖と変え、それが高速で宙を駆け抜いて来た。 「遅いな、新人なら仕方ないか?」 ユーヌは鎖の間を縫うようにして足を動かす。霞の攻撃の直前に放った星義が効いているのだろうか、鎖は霞が思ったように上手にリベリスタを貫いてはくれない。夏栖斗にいたってはAFで『彼方の班』からの連絡に対応してしまう程度には余裕が見える。 ユーヌの多重の影に隠されて、辺りを焦った目つきで見回す霞。次の瞬間霞の右胸に風穴が空く――! 伊吹の早業。その動きは誰も捉える事ができないまでの早打ち。回転する彼の腕輪は、霞の血を振りまきながら大きく旋回。持ち主の手へと戻っていく。 「今回の犯人は例の宝石を作った男だ」 その腕輪をキャッチし、伊吹は霞へ言う。 「あの時の事は気の毒に思うが、止むを得なかったのだ。恨みを捨てろとは言わん。今だけ忘れてくれまいか?」 ――追憶の日。崩れゆく歌姫の舞台の会場。夫を亡くした悲劇のあの日―― 伊吹はそれを知っているという。だからこそ、悲劇を起こしてしまった彼らに代わって彼女に頭を下げるのだ。そんな彼を見た霞はごくりと唾を飲む。 (なんで。どうしてですか……?) 伊吹に目線が行く、霞。何故だろう、何故この人はこんなにも優しいものか。 「我らが争えば、ここにいる人々がそなたの夫と同じ目に合う。またあの様な悪夢を見たいのか?」 (……) ずきん、心が痛む。伊吹の言葉が、ひとつひとつが霞の心に刺さっていく。 だが誓ったのだ。夫を助けてくれなかったアークを恨むと!! ……それしか生きる道が見えなくて。 聞こえないフリをして、歌姫の心は大きく揺らいでいた。 何故助けてくれなかったの何故助けてくれなかったの何故助けてくれなかったのと!! 同時に。 ――どう生きればいいのだと。問いかけながら。伊吹、君にその声は聞こえるのだろうか? 「女の子にこんな事するのは気が引けるんだけどね」 AF連絡を断った夏栖斗。彼の右腕が霞の胴の中心へとめり込んでいく。体の奥底、骨が軋む音、攻撃は止まらない!! 右腕が離れた直後には左足が背骨を大きく反らす。 霞が堪らず口から血を吐き出した。望むはその血が鎖となってリベリスタを射抜く事――だが、ユーヌの口が三日月の様に裂けた。無駄、と言いたげに霞を取り巻く影は詠唱を妨害するのだ。 「時間だ」 フツの声が聞こえた。その声を待っていたと竜一は拳に親指をたてて笑う。 取り囲む神秘の異世界、フツの陣地は完成したのだ。鳥籠の中心、雰囲気が変わった世界に、霞はフツへ何をしたのだと睨んだ。 「悪いな、ここからは出してやれねえんだ」 魔槍を持ち直して、その先端を霞へと向けたフツ。 「大丈夫だ、安心しろ。出る頃にはフィクサードなんてやめている」 再びユーヌの星儀が霞を射抜く中、フツは札を投げて、それに力を込めた。 「ちょいと、大人しくしててくれ」 空中で霞を囲うようにして止まった札は、光帯びて線で繋がれ、霞の自由を完全に奪った。そこに飛び込んでくるのは夏栖斗。右腕を振り上げ――。 「――待った待った」 だが夏栖斗の腕は竜一が掴んで攻撃を止めさせた。 「竜ちゃん?」 きょとん、とした夏栖斗に竜一がちょっと時間をくれと言う。素直にそれを聞いた夏栖斗は拳を下げた。 「……霞たん。一つ聞かせてくれ。君を絶望に追い込んだ宝石。あれはどこで手に入れた?」 答えられるものか。この喉は音を失くした。 「それは、魅風の作ったものじゃないのか? あの男が生み出したものだとしたら……君は、それでも俺たちとやり合うというのかい?」 そんなの知っている。それでもアークに復讐がしたいとあの男の下に居た。 『声』という『人生』を失った歌姫。もはやこの身体、あの魅風とかいう悪魔に弄ばれようが――。 「無辜の人々を巻き込んで何も感じないのなら、そなたもあの男と同類ということだ。それで良いのか?」 伊吹は竜一に続いた。俯く、霞。答えを求めるリベリスタ――彼らはフィクサードは見つけたらすぐに殺すぜ☆という程に鬼では無い。 願わくば悲劇に塗れた過去から脱却し、光ある世界を望んで欲しい。 「答えてくれ、霞たん!!」 竜一は再度促した。力の入った竜一の言葉に霞はびくりと身体を揺らす。 魅風の様な理解できぬ殺人鬼ならまだしも――霞は無情な狂人では無いのだと信じているから。 (……何も、思わない訳ないじゃないですか。人殺しは嫌です、でも、この怨みと悲しみを何処にぶつければよかったというのです!!?) それが声として伝えられるのなら、苦労なんてしなかった。声を出そうとしても空気しか出ないこの喉をこれ程恨んだ事は無かった。 「そうか……解った」 (違うわ!? 声が、声が出ないの!!) 大きく横に首を振る霞に、竜一は剣を振り上げた――殺される、そう霞は悟った。 ● 迎え撃つ広場は既に陣地が置かれているのか一人もいない。だが美嘉がいる限り跡形の前で陣地に入る事はできない。 「つーかまえった!」 偽ルナがキャハハと笑い、手を前に攻撃を仕掛けようとする寸前で葛葉が偽ルナの背後へ跳躍、その踵が彼女の肩を抉る。 その間にも跡形はクロトの偽物を生み出した。銀の液体が徐々に形を成していく様を見届けながら、クロトは偽ルナへフェザーナイフを投げた。 本物を同じ能力値――正直、呪いは期待できない。 ただ、ルナの回避は少々劣っていたため、彼女の偽物はクロトが繰り出した幻影に魅入られて混乱を強いらた。 攻撃は容赦無く降り注いだ。偽物のルナに出せないものがあるとすればフィアキィの存在だ。その攻撃が何処から介して力が得ているかはさておき、偽ルナのバーストブレイクがルナの背を轟と燃やす。 「あ、あのあの、大丈夫ですか!?」 「お姉ちゃんに……任せて、ね」 目の前で燃えるルナに美嘉は慌てた。己もできる事があるとすれば、練り上げた魔力で気糸を成して撃つ事。 「……く、今お前らの相手してる場合じゃねーし!」 クロトのフェザーナイフに偽クロトのフェザーナイフが交差した。お互いにお互いのナイフが身体に刺さり、それでも撃破せんとクロトは奥の烏を瞳で捉えていた。 「我が拳、止められる物なら止めて見せよ!」 葛葉同じく、幻影を乗せた拳を振り落した。殴ったのは偽物のクロト。 その後方、ナイフが刺さったままのルナがついに混乱する。敵味方容赦無く氷漬けにせんとフィアキィに命令を下し、フィアキィは本物のルナと偽物のルナを交互に見た後、氷結の陣をくみ上げる。 美嘉の身体が傷つく――些細な爆発へのカウントダウンが始まったか? 『――フツ、陣地を消してくれ』 『オウ、いいぜ!』 空間の裂け目から刃がひとつ飛び出して来たのを葛葉が見た。 「おおおぉおりゃああああ!!!」 「え?」 竜一が剣を振り上げ、それは偽物のルナを頭から足先まで縦一文字に叩き斬る。瞬間的に銀色の液体になった彼女はそのまま蒸発して消えた。 「遅くなって悪かったな!」 「僕らも手伝うぜ、百人力!!」 それに続いてフツ、夏栖斗……五人のリベリスタが一斉に偽物のクロトへと攻撃を開始した。 「便利なものだな。影人より使い勝手が良さそうだ。いや、変人を量産されても困るがな?」 ユーヌは影人を一体生成。それは本体でもある烏の近くへと走っていき、小さな翼を広げて烏の行く手を遮った。 一長一短で消耗していた葛葉とクロトも、仲間の到来に鼓舞されて幻影の刃を加速させる――続く夏栖斗、フツ。 『殺す? フツ、あれ殺す??』 「ウム、女の子があんまり物騒な言葉使っちゃ駄目だぜ」 魔槍をその手に、フツは頭に響く声に苦笑した。投槍した赤色の弾丸は偽クロトの心臓部を食い破って貫通。 「僕の仲間に何してくれてんの」 血を吐いた偽クロトに箱舟最精鋭の拳が右頬を穿つ。ぐるりぼきぼき、一回転した偽クロトの頭。そのまま元のスライムとなって消えた。 騒ぎの隣で獲物を目に移して集中するのは伊吹だ。 「終わらせる、こんな馬鹿げた玩具なんぞ」 伊吹の早打ちが再度唸った。彼の瞳が捕まえているのは烏では無く、その体内に健在する不穏の波紋。 ――跡形たる宝石。 影人が跡形の行く手を止め、伊吹がリングに力を乗せて振る。 弾けて消えるのは哀れな烏。クランベリー色した体内からキラリと光る緋色は砕けて壊れた。 「霞たん、来るよな三高平!」 殺されると身を強張らせて居た霞は顔を上げた。竜一の言葉に涙を流す女は静かに俯いて「はい」と答えた。 ● 「あ~?」 だが、リベリスタ達が跡形、霞、美嘉を抑えた頃は遅かった。広場から一番遠く離れた場所では悲劇が起こっていた。 笑う魅風。彼を中心に子供、大人、老若男女が倒れていた。燃えていた。 上がる断末魔、逃げ出す観衆。 「憂さ晴らしは楽しいねぇ~それもアークの御前ってのがたまんねーわ!」 わざわざ鬼ごっこなんて回りくどいやり方をしなくても虐殺はできるのだ。そう、この遊園地全ての人間が人質であった。なにより。 「俺にアークの存在バラしたのはーよくねーよなぁー! 俺は超有利なゲームしてたのに、あーあー、俺生きちゃったじゃーん」 ナイフを投げれば炎がそれに付き纏って対象を燃やした。燃えれば燃える程魅風の笑いは止まらない。 「女どもはくれてやる。だが、まあ、命は沢山たーくさん貰っちゃったぜー」 逃げ惑う雑踏に混ざるノイズ。今度は誰の姿をしたのだろうか、魅風の姿は消息を断つ。 ――真っ赤に染まる広場からの対角線。その悲劇に、彼等はまだ、気づかない。 灼炎の魔女は、鳥籠の中から出られないまま。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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