●たったひとつの最悪の方法 あの瞬間を永遠に忘れない。 『親衛隊』の弾丸が兄貴の胸を赤く染めた瞬間を。 容赦なく鉛の弾丸が降り注ぐ中、私の意識はただ喪失感だけに支配されていた。 それでも戦うために体は動いた。怒りに身を任せなければ、私も兄貴と同じ骸になっていただろう。 『親衛隊』を撃退し、仲間の無事を確認し――生き延びたものは無事アークに帰還した。それがつい先日の話だ。 私は無数の弾丸を受け、人としての形をかろうじて留めている兄貴の前に立つ。 兄貴は死んだ。もういない。 私はこれからどうすればいいのだろうか? 例えば兄貴が断末魔をあげて『親衛隊』を憎んでくれれば、復讐に走ることができただろう。 例えば兄貴に目標があれば、それを継ぐことで生きる目標になっただろう。 遺言すらなく、突然訪れた別れ。今まで手を引いてくれた人を失い、どこに向かえばいいのか分からない。 誰かは言った。今は俯いてもいい。時間が解決してくれる。 誰かは言った。死んだ兄貴の分まで生きないといけない。 分かっている。それが正しいことだということは。 だが私は知ってしまった。 その手にあるのは一本のナイフ。心に響くフィクサードの声。 『このナイフには<ネクロマンサー>の力が込められている』 『君の想いがその人に届けば、あるいは蘇るかも知れないよ』 「兄貴、おきてよ。兄貴おきてよ。兄貴起きてよおきてよおきてよ」 ザクザクザク。 「おきておきておきておきておきておきておきておきておきておきておきておきておきておきておきてあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにきあにき――!」 ザクザクザクザクザクザクザク。 ●アーク 「結果として彼女の願いは叶う」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタたちに向けて淡々と説明を開始する。 「鏑木洋――彼女の兄はEアンデッドとなって、そのままかなめに襲い掛かる。彼女は抵抗することなく殺される」 「……切ないな」 「アーティファクト『人形遣いの心臓(マリオネットハート)』。強い思いを込めて突き刺せば『革醒』を促すアーティファクト」 ざわり、とリベリスタたちがざわめく。革醒を誘発できるということは、神秘の兵隊を大量生産できることと同意である。だがそのざわめきを、イヴは否定した。 「もちろんそんな都合のいいアーティファクトじゃない。代償は使用者のフェイト。そして革醒する確率も低い。革醒した者がフェイトを得るわけでもない。そうやって生まれた存在も、精々三十秒もすれば命を失う。そんな粗悪なアーティファクト」 「じゃあそれを教えれば――」 「彼女は効果を理解してナイフを兄の死体に突き立ててる。運命を失っていることも、それが死者を蘇らせるわけでもないことも、全て知らされている。その後の破滅も、全て。 幸か不幸か、運命を使い果たす前にEアンデッドになった兄に殺される」 モニターに写る鏑木かなめの表情は無表情だ。だがその表情の中に、どれだけの感情が含まれているのだろうか? 余人には知る由などない。だがこのまま凶行を続けさせていいはずがない。 「任務内容はアーティファクト回収。恐山のフィクサードが邪魔をすることが予測される」 「恐山?」 「このナイフを鏑木かなめに渡したのは、恐山のフィクサード。 高レベルのフィクサードが邪魔しないように護衛している。戦って突破してもいいし、無視してアーティファクトだけ回収してもいい」 「当然だけど、彼女は簡単に渡してくれないよな」 「……分からない。でも皆ならできると信じてる」 イヴはリベリスタを見る。危険な目にあわせることは承知の上だが、彼等はそれを乗り越えてきたのだ。そんな信頼に満ちた瞳。 その瞳に応じるように頷き、ブリーフィングルームを出た。 ●恐山 「お姉さま、私お仕事だから言われたことはきちんとやります。でも、その……あの人、可哀相です。あんなに必死になって、その結果が……」 「そうですぜ、お嬢。ノーフェイスになるか自分の兄に殺されるか。その二択なんてあんまりです。いくらなんでも報われなさ過ぎる」 「私もそう思うわ。でも彼女はそれを知った上でナイフを受け取ったのよ」 「……で、ナイフを渡した奴は?」 「どこかで観察してるわ。私たちの働きぶりも」 「やっぱりアークは来るんですね」 「そうよ。来る面子は分かってるんだから、こっちも準備しなさい。 今回は『盾』なしでやりあうから、気合入れないと大怪我するわよ」 言って『善意の盾』と呼ばれるフィクサードは、ナイフを突きたてている少女を見てため息をつく。 (擬似的な革醒現象。確かにすごいけど……費用対効果が割に合わない。このナイフは精々『こんな悲劇』にしか役に立たない。 なのに何故『黒幕』はこのナイフにここまで力を入れる?) |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月21日(金)22:35 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 各々付与をつけ、扉を開ける。中にいるフィクサードはこちらの襲撃を察知しているのだ。準備が万端であるに越したことはない。 「振リ切ルゼ、速度ニ狂エ」 真っ先に飛び出したのは『黒耀瞬神光九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)だ。二本の短剣を手に、一直線に波佐見の元に切り込んでいく。刃の軌跡が光を生み、激しい金属音がマンション内に響く。 激しく切り刻むソードミラージュ同士の横を通り抜けようとする『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)の行く手を七瀬が塞ぐ。敵四人に味方一人。オーウェンは片目をつぶり、リュミエールに告げた。 「今なら被害は最小限だ。吹き飛ばすから避けろ」 「イキナリカヨ」 オーウェンの放つ意識の本流が七瀬と石垣を吹き飛ばす。何とか避けたミリュエールは冷や汗を流し、戦いを再開する。その背中を、 「ごめん!」 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)が踏み台にして波佐見と神尾のブロックを飛び越えた。高さにすればギリギリ一杯。上手くバランスをとり、奥の部屋に着地する悠里。その前に石垣が立ちふさがった。 「……貴女の仰る善意とは、こう言う事であると」 神尾に接近戦を仕掛けて動きを押さえながら、『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)が七瀬に問いかけた。 「利益があれば恐山は動く。そういうことよ」 帰ってくる答えは冷たかった。これで会話は終わりとばかりに雷慈慟は鏑木に向けて糸を―― 「そっちがドア前で準備してる間に、こちらも少し手を打たせてもらったわ」 鏑木が持つ『人形遣いの心臓』。それを手のひらに固定するようにテーピングを巻いている。あれではテープを剥がさない限り、アーティファクトを狙い撃ちして落とすことはできないだろう。雷慈慟は舌打ちしてテープを掠めるように糸を放つ。神秘強化(アクセサリー化)してあるのか、一発でははずせそうにない。 「初めまして、クズゴミ諸君。早速だけど、懺悔して貰うよ」 『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)は鋼の糸を手に部屋の中を駆ける。フリーの七瀬に邪魔させないように動きながら、その動きを拘束しようと糸を放つ。戦闘には不慣れな支援系の七瀬は、その糸に足を取られてしまう。 「ビスハ蜘蛛の女性フィクサード……ああそうじゃない、そっちじゃない」 そんな七瀬を見ながら『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)が頭を振る。彼女とは違うと意識を切り替え、弓を手にする。ミミズクの瞳がフィクサードたちの動きを捉える。一秒先の相手の居場所を読みきり、矢を放つ。 「……ったく。仕事しに来たって顔ね、あれ」 七瀬率いる恐山のフィクサードを見ながら『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は怒りに拳を握る。彼等を倒せば解決というわけではないのだろう。それが余計に腹が立つ。魔力を手のひらに込め、相手の動きを注視する。回復役のアンナは戦闘における狙いがそれほど鋭くない。それが分かっているから、アンナは額にを寄せて戦場に集中する。 「切ないもんだぜ」 兄を思う妹。それゆえの暴走。それを思って『DOOD ZOMER』夏郷 睡蓮(BNE003628)が小さく呟く。鏑木を見ていると、もう顔も思い出せない睡蓮の妹を思い出す。破界器に稲妻を宿らせ、神尾に叩きつける。 「こう、他人を放棄しても構わないヤツとかが苦労するんだよなぁ」 「否定はしない。切ないものだな」 返事を返したのは先ほど稲妻で殴りかかった神尾からだ。睡蓮は神尾と視線が交錯する。嘘を言っているわけではなさそうだ。純粋に鏑木かなめの復帰を願っている。 部屋の中、リベリスタとフィクサードの意思がぶつかりあう。 ● 「邪魔をするなら容赦はしないよ」 「……」 悠里と相対する石垣は無言で悠里を威圧し、拳を構える。通すつもりはないと腰を下ろし、ひねるような突きを繰り出してくる。空手入門者が最初に習う中段突き。基礎にして、もっとも真っ直ぐな拳。 その一撃を悠里は間合を計って左手で受け流して懐に入る。空気の動きすら感知するほど深く集中し、体中の力の流れを意識する。詰め将棋のように石垣と悠里の拳が交錯し、王手をかける。 氷の拳が石垣を打つ。氷は悠里の拳から蔦のように広が―― 「……聖衣か!」 広がらなかった。石垣の『気』に阻まれ、氷は砕けて消える。凍らせて封じようとする案は通じない。 「悪いが僕の相手をしてもらうよ」 睡蓮が二丁の銃を構えて神尾に近づく。クローを交差するような神尾の構え。隙はない。ないなら作るまでだ。爪が動く、それを右の銃で払い、左の銃で足元を撃つ。それ自体は相手の動きを誘導する布石。案の定打った場所を避けるように神尾が足を運ぶ。 払うような動きを身をひねって避ける睡蓮。不安定な動きをしながら引き金を引く。あてずっぽうだが目をつぶってるわけではない。銃弾はガードされる。だがそこに隙が生まれた。それを逃さず弾丸を撃つ。右、左、右、左! 「やってくれるなリベリスタ!」 苦痛を含んだ神尾の声に笑みを浮かべる睡蓮。その額には避け切れなかったクローの傷跡が残っていた。 「……さすがに無傷ではないか」 神尾をブロックしていた雷慈慟も傷を負っていた。もとより雷慈慟は前衛向け。この程度では倒れはしない。それよりも意識は七瀬のほうに向いている。 「利があれば動くといったな。死者を汚す行為に利があるとでも言うのか」 「需要があれば利益が生まれる。他人には理解できなくとも、本人にとっては利があるのよ」 平行線か。雷慈慟は糸を放ち七瀬の足を捕らえる。 「非常に残念だ。どうやら見誤ったらしい」 「期待しすぎね。恐山と箱舟の同盟があるとすれば、双方にとっての利があるときのみよ」 「ええ、分かりやすいほどにフィクサードですね。あなたは」 ロアンがそんな七瀬を冷たい視線で見下ろす。悪人に容赦をするつもりはない。悪人には冷徹に残忍に。 ロアンは波佐見に向かって影を放つ。蛇のように伸びた影が鋏ではじかれる。その反動をしなりに変えて、鞭を振るうように波佐見に影を振るった。影蛇と鋏が何度も交錯する。 波佐見との攻防の隙を縫って、ちらりと倒れている鏑木洋を見た。 (守るべき妹を残して先に逝くとか、だらしない兄貴だよね) ロアンにも妹がいる。その妹のためにも自分は死ぬわけにはいかない。一歩間違えれば、この兄妹は自分達だったかもしれない……そう思うと生への執着がさらに増す。 「鋏と髪伐の戦いッテカ?」 「綺麗な尻尾を切るのは気が乗らないけどね」 リュミエールは九つの尻尾を動かし、多元自在な攻めを繰り広げる。地面に転がるような動きから跳ね上がるように飛び上がり、回転しながら尻尾にくくりつけたナイフで斬りかかる。 対し波佐見の動きは鋏一本。指環に指を引っ掛けて回転させながら、鋏を開いて切りかかり閉じたりしてリュミエールの攻撃を凌ぎ、傷を入れていく。 「今回も同性恋愛の会話に花を咲かせるカ」 「聞いてよー。お姉さま最近忙しいから構ってくれないの。もー、大変で」 「難儀ダナー。アーク来るカ? 同性愛者多イゾ」 「本当? ちょっと揺らぐわ」 「「揺らぐな!」」 恐山、箱舟の両方からツッコミが入った。まぁ、こんな会話しながら二人は斬りあっているわけですが。 「まったく……!」 アンナはフィクサードに友好的に話しかけている連中に怒りを感じながら、集中する。恐山の攻撃が思ったより強い。この一撃を放てば次は回復に入らなければ。そんなことを考えながら神秘を攻勢的に練り上げる。 「何もかも投げ捨てて死んで終わりなんて、そんな哀しい結末を許してなるものか!」 それは鏑木に対する怒り。自分の兄に殺されたいだなんて、そんなことは許さない。彼女が死ねば悲しむ人だっているのに。 アンナの天罰の光はフィクサード陣営の纏っていた神秘の加護を全て吹き飛ばす。 「……くっ!」 「『蜘蛛の指揮』が動いた……支援の建て直しが来るわ、それまでに!」 「簡単に倒れてはくれないでしょうけどね」 七海が弓に自分の羽根を遣って作った矢を番える。いざとなれば前に出るつもりだったが、この流れなら何とかなりそうだ。どうやら恐山のほうも手を抜いている節がある。それでもこちらを撃退するつもりなのは間違いないだろうが。 弓につけられた飾りを目安に相手との標準をあわせる。息を吸う。その空気が肺から全身に周り、指先から手にしている弓にまで行き届くイメージ。もはや手足の一部といってもいい破界器。視線でフィクサードを追えば意識せずに弓の標準も動き、 「もらいます」 吸い込まれるように七瀬の胸に矢が突き刺さる。思わず膝を突く七瀬。まだ倒れはしないが、息が荒い。限界は近いようだ。 「今なら奪いにいけるな」 場の状況を鑑みてオーウェンが動く。狙いは鏑木が持っているナイフ。テーピングで固定してあるが、それなら凍らせて動きを止めればいい。『光刃「RuleFaker」』を手に鏑木に迫る。光の刃がZの軌跡を描きその動きを鈍くする。今のうちとオーウェンがナイフに手をかけようとしたが、 「……抵抗するか、鏑木かなめ」 鏑木の強い意志が神秘の氷を跳ね除ける。意地でも兄を蘇らせたい意思がそうさせたのか。テーピングさえなければすぐに奪えたのだが。 「きついわね、まったく……!」 七瀬が支援と回復を行いながら、立ち上がる。他のフィクサードもそれぞれの付与をかけ直した。 純粋な実力差を比べればリベリスタは押し切れる。時間さえかければフィクサードには勝てるだろう。 だが、その時間が問題なのだ。 戦闘を行っている間にEアンデッドが蘇れば、事態は一気に悪化する。 「兄貴、おきて!」 鏑木洋の傷は、少しずつ増えていた。 ● リベリスタは人数差の優位を利用して一気に鏑木に迫っている。逆に言えば恐山には行く手を遮るための最低限度の人数しか裂いていない。 波佐見にはリュミエールが、石垣には悠里が、神尾には睡蓮と雷慈慟が。 「さすがに楽ではありませんか」 最初に膝を突いたのは睡蓮だ。神尾の爪に腹を割かれ、膝を突く。 (もう彼女は十分苦しんだ) 胸に秘めるは悲劇を塞ごうとする思い。それを胸に睡蓮は運命を燃やし立ち上がった。 「ヤベーカ」 リュミエールも波佐見の刃に肩口を傷つけられ、マンションの床に転がった。両者の差を分けたものがあるならば、 「お姉さまからの愛です!」 「イヤ、タダの支援ダロウガ」 ツッコミを入れながら運命を燃やすリュミエール。両足を回転させ、その勢いを利用して立ち上がる。 「がはっ!」 「『ガントレッド』……お前の本気を見せてみろ」 そして悠里も石垣に壁に叩きつけられ、脱力する。運命を燃やす悠里が見たのは、まだ構えを解かない石垣の姿。知っているのだ。ここからが悠里の本領だということを。死に近くなった肉体が鋭く動く。悠里は自分が持つ恐怖心を克服し拳に乗せた。死にたくない。その精神が肉体を加速する。 リベリスタもフィクサードも実力は拮抗していた。だが七瀬の十分な支援が僅かな差を生み出していた。とはいえその七瀬は、 「これで終わりです。お休みを」 七海の放った矢によってマンションの床に転がった。集中砲火を受ければ長くは持たない。 「問題ないわ。私の役目は終わってる。作戦続行よ」 「確かに、厄介なことをしてくれましたね。このクズが」 ロアンは舌打ちして鏑木かなめを見る。七瀬の支援は恐山のフィクサードだけではなく、鏑木にもかけていたのだ。若干回避力の増した鏑木がナイフをはずせと迫るオーウェンとロアンの動きに抵抗する。テーピングはすでに外れ、床に落ちている。後もう少しか。 「鏑木かなめ、忘れたか。『楽団」を……死者を、汚すんじゃあない」 「忘れてない。分かってる。でも、でも……!」 雷慈慟の言葉に涙を流しながら鏑木が答える。 「アンタには兄貴しか居なかったのか。……起き上がった兄貴に殺されて、それで満足なのか」 「自分が死んだせいで妹が死のうとしたら、きっと君のお兄さんはすごく苦しむよ」 「それでもいい! 兄貴が手を引いてくれないと、私どこに行っていいのか分からない!」 アンナと悠里が言葉を重ねる。安定した精神状態なら納得しただろう。だが、今の鏑木に言葉は届かない。前を見るには彼女の心は疲弊しすぎている。 そんな鏑木の目の前に、 (精神が正常ならばこのようなトリックで騙せはしないだろうが……!) オーウェンが神秘の力で鏑木洋の姿に変化して立ちふさがる。その姿に忘我する鏑木。こんなところにいるはすがない。だってあの時兄貴は死んだんだよ。じゃあここにいるのはだぁれ? あにき? あにき、どこ? 生まれた隙は大きい。その隙を逃すリベリスタではなかった。雷慈慟がナイフを弾き飛ばし、それを悠里が回収した。 鏑木は――そのまま膝を突く。その表情に戦意はまるで見られなかった。 ● 鏑木が手を止めたことで、アークも恐山も戦う理由がなくなる。 「悲劇は防がれたんだ。今日は帰ってくれないかな」 悠里の言葉を恐山のフィクサードが断る理由はなかった。石垣と波佐見に肩を借りる形で七瀬が起き上がる。 「善意、正義、信念、どれも盾にするモノじゃあない……胸に秘めておくモノだ」 「口にすることで伝わることもあるわ」 雷慈慟の言葉に七瀬が答える。 (……? 口にすることで伝わる?) 僅かな会話の齟齬。遠まわしだが七瀬は伝えているのだ。会話の中で何かを。 (恐山は利で動く。彼女はずっと言っていた。つまり誰かに何かの利があるのか?) 「……ところで、彼女はどうします?」 ロアンが鏑木を見ながら、全員に問いかける。 「あにき、どこにいるの? かくれてないで、でてきてよ」 鏑木かなめは『兄の幻影』を見たことで兄が生きていると思い込んでいた。リベリスタが真実を告げても、頑なに信じようとしない。 「あにきはしんでないよ。さっきそこにいたんだから。ねぇ、わたしをひとりにしないで」 目の前にある兄の死体も、彼女に真実を告げる役には立ちそうにない。完全に現実から逃避していた。 その助舟は意外なところから来た。 「彼女は恐山で引き取るわ」 七瀬の言葉に動揺するリベリスタ。矢次に言葉を続けていく。 「アークに戻ればこの子の兄の思い出や知り合いに触れる。そうすれば兄を探そうと彼女の心の病は加速するわ。彼女に必要なのはゆっくり過ごす時間よ」 「でも……」 「じゃあ彼女の兄を蘇らせる? それともずっと幻覚で騙す?」 それは両方とも非現実的なことだった。いずれ真実を告げるにせよ、大事なのは療養だ。 「任せなさい。人を騙すのは慣れているわ」 人の善意を盾にするフィクサードは、その二つ名に恥じぬ笑みを浮かべた。釈然としないが、命の危険はないだろうしアークでの療養が彼女のためにならない以上、他に案がなかった。 こうしてリベリスタは『人形遣いの心臓』を。フィクサードは鏑木かなめを引き取りこの戦いは終結した。 アンナはアーク本部に戻った後、『人形遣いの心臓』を検査する。浮かび上がるのは鏑木かなめの強い念。そして、 「霧崎真人?」 聞き覚えのない男性名。アンナはアークの資料を調べ、その名前を持つ革醒者を見つけ出した。 「お嬢、マンションの手続き終わりました」 「じゃあそっちに鏑木かなめを移して。しばらくは療養よ」 「お姉さま、傷の具合はどうですか?」 「最悪。しばらく仕事に支障が出るわ」 「……でしたらお休みすればいいのに」 「仕事してないと書類が溜まって精神的にストレスなのよ! ……はい、これ」 「『霧崎真人』……こいつが今回の『黒幕』で?」 「そうよ。七十歳にして野心衰えず。そんな団塊世代の恐山フィクサード。ナイフの研究は『不老不死のビジネス』ってことになってるわ。ナイフの効力を見る限り、表向きの理由は、ってことでしょうけど」 「はー。大先輩なんですね。ところでここに書かれてる『だぶるすらっしゅ……』ってなんです?」 「『W/END(ワールドエンド)』ね。霧崎がご執着のアーティファクトよ。曰く願望器。あなたの願いをかなえます、って奴。効果は当人が実証済み。子供のころ病気で動けなかった霧崎はそれで健康体になってるの」 「……この願望器を使ってナイフを完全なものにするって事では?」 「無理よ。その願望器は『願った者の魂』を代償に願いをかなえるの。霧崎本人がそれを使って願いをかなえるつもりはないみたい」 「……? おかしくないですか、お姉さま。願いをかなえるつもりがないのに、何で『W/END』に執着してるんです?」 「そこなのよね、分からないのは。あの役立たずナイフもこれ以上改良するつもりはないみたいだし。……もうすこし、調べないといけないみたいね」 「報告は以上です。七瀬は任務に失敗しました」 「よい。『万華鏡』が察知し、リベリスタが来た時点でEアンデッド発生は確定だ。その事実がしれればいい」 「その七瀬が色々かぎまわってるようですが」 「無能で従順な犬よりは、有能で危険を察する犬のほうが飼うにはいい」 「ではもう少し泳がせておきます」 「『W/END』……もうすぐだ。もうすぐ私の願いがかなう」 その声は暗く、鋭い野望に満ち溢れていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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