● ぷぅ~ん。 「……るっせえなぁ」 深夜。マンションの十二階の、とある部屋にて。 蚊が飛んでいる音にぼやきつつ、香取ヨシヤスは布団の中で寝返りを打った。 ぷぅぅぅ~ん。ガタガタガタ……。 強い風を受けて、窓ガラスが揺れ始める。 何かがおかしい。 香取は布団から飛び起き、辺りを見渡した。蚊が飛んでいる音にしては、大きすぎる。 「うげげっ」 窓の外を見て、香取は悲鳴を上げた。 月明かりに浮かぶのは、象ほどの大きさの、蚊である。 その、注射針のように長い口が、部屋の窓ガラスをバギャーンと突き破り、香取の心臓に突き刺さった。 ちゅっ。 たったひと吸いで、香取はミイラのように干からびてしまった。 ● 「エリューション・ビーストを退治して」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が、単刀直入に説明を始めた。 エリューション化した蚊が、深夜の住宅街に現われる。フェーズは2。 接敵の方法としては、最初の犠牲者である香取ヨシヤスのマンションの屋上で待ち伏せしつつ、現われた蚊をおびき寄せて屋上で戦うのがベスト。これなら一般人に被害は出ない。 エリューションは注射針のような口と羽ばたきによる衝撃波で攻撃してくる。マンションは十二階建てだから、吹っ飛ばされて屋上から落ちると、戦線復帰には多少時間がかかる。あと、相手は蚊のくせに機敏な動きを見せる事もある。 油断しなければ勝てる相手だけど、おびき寄せに失敗したら面倒な事になる。 くれぐれも気をつけて。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:本山創助 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月24日(月)23:01 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 深夜。 リベリスタたちは、マンションの屋上に集まっていた。マンションは住宅街の最北に位置している。北側に大きな川が流れており、その川の向こうには市街地が広がっていた。 「血を吸う蚊って基本的に雌だけらしいですね。なんでも産卵期に必要な栄養を補給する時だけ人の血を摂取するとか」 『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)が、紙コップに注がれた紅茶を行儀よく飲みながら言った。 「メスで卵ありとなると、これはうっかり逃がすわけにもいきませんね。毎晩蚊退治に駆け回るなんてぞっとしない」 厚手のジャージを着た『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)が、柔軟体操をしながら言った。 「モニカ、後で虫除けすぷれーしましょうね」 『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)がモニカに微笑みつつ、紙コップの紅茶に口をつけた。この紅茶は慧架が水筒に用意したものだ。 モニカはこくりと頷くと、汗をぬぐった。今夜は蒸し暑い。そこへ温かい紅茶を飲んでいるのだから、汗をかくのも無理はない。 モニカの後ろでは、『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)が、双鉄扇を素振りしていた。『百叢薙を志す者』桃村 雪佳(BNE004233)は屋上の周りをジョギングしている。体温が高い方が蚊を引き寄せやすいらしいので、一生懸命運動しているのだ。 しばらくすると、川の方から、ぷぅ~ん、という音が聞こえてきた。 「視認OKです、後はタイミングまで待機。先走っての行動は無しですよ」 給水タンクの上で周囲を警戒していた『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)が言った。 暗視と千里眼によって、紫月の目には蚊の姿がありありと見えた。川の向こう岸から、ゆっくりと上昇しながらマンションに向かってくる。 「おびき寄せは成功しているのでしょうか」 慧架が紅茶の用意を片付けながら蚊を見た。リベリスタたちはマンションの東側に居る。香取ヨシヤスの部屋は西側で、蚊はちょうど真ん中辺りを飛んでいた。 「モスキート様、こちらへいらしてくださいませ」 リコルは双鉄扇で切った手の甲を蚊に向けた。つ、と血がしたたり落ちる。 「和解は難しい。戦うしかないのか……」 『アカイエカ』鰻川 萵苣(BNE004539)が、こちらに向かってくる蚊を眺めながら呟いた。本物の蚊を前に『アカイエカ』を名乗ることに多少の引け目を感じつつも、タブレットの魔導書アプリを起動する。 「においを送ってみましょう」 口にくわえたストローをピコピコさせながら、萵苣が言った。萵苣は翼の加護を発動し、皆に小さな翼を与えた。自身は翼をはためかせて、屋上の血と汗の臭いを蚊に送る。 慧架も拳に炎を纏わせて蚊の注意をひいた。 これらの誘導が功を奏したのか、蚊は明らかにリベリスタたちの方へと向かってきた。 「まだですよ。皆さん、手すりから離れて、下がってください」 紫月の言葉を受けて、リベリスタたちは屋上の中央付近まで下がった。象サイズの蚊が、手すりを超えてゆっくりと近づいてくる。 「ある意味、夏の風物詩と言えるかも知れんが……これほど大きいと、ただの蚊も完全に異形の怪物にしか見えんな」 雪佳が頭上に迫る蚊を睨みながら呟いた。普段見慣れている蚊とはまるで印象が違う。黒い体の所々に白い縞模様があり、胸には太い毛がまばらに生えている。口の針は鉄パイプのような太さだ。まだ血は吸っていないらしく、腹は黒くて細い。なんといっても、インパクトがあるのはその目だった。 「キモいですが、複眼も悪くないですね」 モニカが冷静に言った。リンゴ大の無数の複眼が、蚊の頭部で二つの半球を形作っていた。その目は、まばたきもせずに全方位をカバーしている。死角がない、というのは戦闘で大いに役立つだろう。 「結界でも展開しておきますか」 諭が両手で印を結ぶと、皆が防御結界に包まれた。 『痛みを分かち合う者』街多米 生佐目(BNE004013)は、萵苣から与えられた翼をはためかせながら、蚊の後ろに回り込んだ。 「いくら巨大だろうと、蚊は蚊。潰さぬことは人間としての正義に反します、ええきっと」 生佐目は完璧に気配を消していた。だが、蚊は、プン、と高速で羽ばたくと、瞬時に百八十度旋回し、生佐目を正面にとらえた。 「なっ……」 驚愕する生佐目の左腕に、蚊の針が突き刺さった。 ● 「攻撃開始!」 紫月の号令が屋上に響き渡った。 蚊は屋上の中央、上空二メートルでホバリングしながら生佐目の血を吸っている。生佐目の顔からみるみるうちに血の気が引いていった。 「害虫駆除だ……悪く思うな」 仕込み杖を抜いた雪佳が、蚊の胸に斬りかかる。 同時に、リコルが双鉄扇を振りかぶって蚊の腹に飛びかかった。 プン! 蚊は高速で羽ばたくと、二メートルほど水平移動した。まるでテレポートしたかのような速さだ。 雪佳とリコルの攻撃は空を切った。 「なに?!」 雪佳が目を見開いた。スピードには自信があっただけに、まさか避けられるとは思っていなかったのだ。 「これならどうです」 蚊に駆け寄ったモニカが、『殲滅式自動砲』を構えて死神の魔弾を放つ。が、その魔弾が放たれる一瞬前に、蚊は瞬時に高度をとっていた。魔弾は蚊の腹の脇すれすれをすり抜けた。 「これをよけるのですか」 モニカがわずかに眉をひそめた。 「だいぶ吸われましたね」 生佐目に向けて、萵苣が天使の息を吹きかけた。げっそりしていた生佐目の瞳に、いく らか生気が戻る。左腕に空けられた大穴はあっという間にふさがった。 「うわあ、か、かゆいーっ!」 生佐目が左腕を抱えて悶絶した。刺された痕が、真っ赤にふくれあがっている。 「掻いちゃだめですよ」 萵苣が言うと、生佐目は涙目になって歯を食いしばった。 「思ったよりも速いですね……」 給水塔の上からカムロミの弓で蚊を狙っていた紫月が、引き絞っていた弦をいったん緩 めた。こうあちこちに動かれては狙いがつけにくい。 蚊は屋上から五メートルほど上空をホバリングしながらリベリスタたちを見下ろしている。 紫月はもう一度弓を引くと、風を読みながら弦を放った。 ピシュンッ! 空気を切り裂く音とともに、蚊の胸を矢が貫いた。蚊は空中でぐらりとよろめくと、さらに上昇した。 「あれは当たるのですか」 モニカは蚊を見つめながら、蚊の回避能力について思いを巡らせた。 蚊が急降下した。狙いはリコルだ。手の甲の血が、蚊の興味を惹いているらしい。 もの凄い衝撃とともに、鋭い針がリコルの胸に突き刺さった。かと思われたが、リコルはニッコリと微笑んでいる。 「モスキート様、その程度の物理攻撃では、私を傷つけることはできません」 蚊の針が、リコルの胸でひしゃげていた。 動きを止めた蚊に向かって、慧架が飛びかかった。が、蚊はプン、と羽ばたくと、瞬時 に高度をとって慧架を躱した。 そこに、符術で作られた式神の鴉が蚊の腹に突き刺さる。遠くから狙いを定めていた諭の式符・鴉だ。 「おおっと、当たりましたね」 諭が歓声を上げた。諭は自分がリベリスタとして駆け出しであることを自覚している。ベテランたちの鋭い攻撃がことごとく躱されているのを見ていたので、まさか自分の攻撃が当たるとは思っていなかったのだ。 「なるほど」 諭の攻撃を見て、モニカが呟いた。 「蚊には遠距離からの攻撃の方が有効かもしれません」 「どうして?」 慧架が首をかしげる。 「複眼は望遠に適した構造ではありませんから、あの蚊はド近眼なのかもしれません。それに、蚊はにおいに敏感らしいので、においの発生源が急な動きを見せれば蚊もびっくりするでしょう。そのため、接近してからの攻撃にはとんでもない回避力を発揮する……のではないかと」 モニカが仮説を述べている間に、生佐目のスケフィントンの娘が炸裂した。漆黒の霧が黒い箱を形作る。が、その中に蚊は居ない。蚊は生佐目の背後に回り込んでいた。 「させるか……」 姿勢を低くした雪佳が、一陣の風となって蚊に突進した。蚊は雪佳の気配を察知して、プン、と高速移動して雪佳の真横へ逃げた。とはいえ、雪佳もその動きは織り込み済みだ。地を蹴って直角に折れると、勢いそのままに蚊に突っ込んでいく。蚊は二度三度と高速移動を見せたが、雪佳はその動きに食らいついていった。 「もらった!」 雪佳の仕込み刀が一閃し、蚊の胸が横にぱっくりと切り裂かれた。 「何度も逃げられると思うな……速さなら俺の方が上だ」 雪佳が言うと同時に、蚊が思いっきり羽ばたいた。 突風と衝撃波に襲われ、雪佳はマンションの外へと吹き飛ばされた。 ● 「大丈夫ですか」 雪佳は萵苣に背中を支えられていた。足下みると、遙か下に川が流れている。雪佳は慌てて背中の羽を動かした。 萵苣が雪佳に天使の息を吹きかけると、衝撃波によるダメージが癒えていった。 マンションの屋上に目を向けると、リベリスタたちの攻撃で蚊がボロボロになっている。 雪佳と萵苣は、すぐに戦列に戻った。 モニカの予想した通り、蚊は遠距離からの攻撃を避けることはできなかった。 近接攻撃は高速移動で避けようとするが、雪佳、生佐目、それに縮地法を発動した慧架のスピードなら高速移動に食らいついて攻撃を当てることは可能だった。 後ろに下がったモニカの魔弾が、蚊を貫いた。蚊はその腹に大穴を空けて地に這いつくばる。そこへ、紫月の矢と諭の鴉が突き刺さった。 蚊は仰向けになり、羽ばたきながら独楽のように回転した。 「ああ、鴉に囓られるのは嫌いですか? 蚊食い鳥ではないですが、よかったですね? 食い出が出来て。逆に天敵が増えたんじゃないですか?」 鴉を放った諭が愉快そうに言った。 「大きい昆虫というのはグロテスクなものですね……」 のたうち回る蚊に突進しながら、慧架が呟いた。蚊はバッと体を起こすと、垂直に飛び上がった。 「逃がしません」 慧架はジャンプして羽ばたくと、蚊の背中に飛び乗った。蚊が高速移動をするよりも速く羽の付け根をぎゅっと握りしめ、一回転しながら蚊を地面に向けてぶん投げた。 バガァンッ! 破砕音とともに、蚊が屋上のコンクリートにめり込んだ。 慧架の手には千切れた蚊の片羽が握られている。 「今度こそ!」 生佐目が腕をかざすと、蚊の周囲に漆黒の霧が立ちこめた。蚊は一枚になってしまった羽を羽ばたかせたが、手遅れだった。漆黒の霧は黒い箱となって蚊を閉じ込めた。蚊は箱の中で炎に焼かれ、血を流し、その身を痙攣させている。 「モスキート様、まさに虫の息でございますね」 リコルが双鉄扇を構えつつ、にこやかに言った。 「今、楽にして差し上げます!」 リコルは双鉄扇を高く振りかぶると、蚊の頭めがけて振り下ろした。 ベシャッ! 頭を潰された蚊は、足をぴくぴくと痙攣させた後、活動を停止した。 「見事に潰れましたね。やはり、蚊は潰すに限りますね。これこそ人間としての正義というものです、ええきっと」 生佐目が満足げに言った。ちなみに、蚊に刺された左腕の痒みはいつの間にか引いていた。 「無事、倒せましたね」 紫月は弓を下ろすと、アークへ任務完了の報告を済ませた。 「はっ、何これ」 慧架は手に握ったままの羽を見て、慌てて放り投げた。 「うう、気持ち悪い」 慧架は虫除けスプレーを体に振りまいた。 「皆様お疲れ様でござます!」 リコルが皆にタオルと水を配って回った。 「ありがとう、リコル」 慧架はタオルで手をぬぐった。そして、淡々と後片付けをしているモニカに駆け寄って、虫除けスプレーを吹き付けた。モニカはされるがままにスプレーを浴びた。 「制汗スプレーを持ってくるべきだったか……」 雪佳はリコルのタオルで汗をぬぐいながら、自分の汗の臭いをかいだ。 「別に、臭くありませんよー」 萵苣が雪佳に微笑んだ。 諭が階段に設置しておいた工事看板を片付けていると、リコルがやってきた。 「このまま帰りますと本物のモスキート様のいい的でございますので虫よけスプレーをよろしければどうぞ」 「これはどうも、ありがとうございます」 諭がリコルに微笑んだ。 紫月は皆と合流すると、撤収を呼びかけた。事後処理はアークの処理部隊がやってくれる。 「これからの季節、あぁいった手合いがまた出て来ないのを祈るばかりですが……」 紫月は、蚊が飛んできた川を見ながら呟いた。 こうして、エリューション・モスキートの脅威は、リベリスタたちの活躍によって取り除かれたのであった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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