●小島雄介と吉田夕希 きっかけは、高校入学を機にもっと本格的に頑張ろうと思って、道場を変えたことだ。不安だったけど、思い切ってここの会を選んで良かった。下校途中の帰り道だから時間かけて通わなくて済むし、家からも近い。でも、何より良かったのは、小島くんに会えたことだ。入学後の4月には一緒に練習していたから、もう1年とちょっと経つんだ。 「──うん、だからね──」 つまんない冗談を言ってみた。小島くんはちょっと大げさに笑ってくれた。小島くんは何を言っても笑ってくれる。何かあるとすごく心配してくれるし。剣道なんかほんとにすごくて、大人にも結構勝ったりする。一緒にいると楽しい。 「おい、なんだよ」 「え?」 私に言われたのかと思って、慌てて顔を上げた。何かやっちゃったかな、と思ったけど、小島くんはこっちを見てなかった。厳しい視線を目で追うと、誰かが立っていた。男の人だった。年上っぽかったけど、そんなに離れてもいなそうだった。 「何か用ですか」 なんとなく、敬語使わなくても良いんじゃ、と思ったけど、わたしは黙ってた。 その人は、小島くんを無視してわたしの方をずっと見ていた。にやにやしながら。視線が合わなかった。気持ち悪いし、怖くなった。 「──」 その人が小島くんに何かを言った。よく聞き取れなかった。小島くんはすごく怒って、その人に食って掛かろうとした。びっくりしたけど、なんとなく、わたしを守ろうとしてくれてるんだと思って、黙ってた。 その人の襟を掴もうとした小島くんがいきなり反転して、こっちに駆け寄ってきた。小島くんは、目を丸くしていた。何かにすごく驚いているような、普通じゃない顔だった。ちょっとひょうきんだな、と思った。 「どうしたの?」 聞いたけど、答えはなかった。小島くんがわたしの手を強く引いた。わたしはバランスを崩してつんのめった。肩が外れるかと思った。痛かった。小島くんがわたしの後ろに回った。 羽交い絞めにされた。 「どうしたの?何やってんの?ねえ、どうしたの?」 わたしはパニックになって、何度も尋ねた。答えはなかった。 男の人が、近づいてきた。 「やっちゃって下さい!!!!!」 小島くんが、狂ったみたいに絶叫した。何度も、何度も、絶叫した。頭が真っ白になった。何言ってるんだろう。どうかしてるよ。ふざけてるのかな。バカみたい。夜中なのに。近所迷惑だよ? そいつはわたしの夏服のリボンを解いて、Yシャツのボタンを上から外していった。全部終わると、手を滑り込ませてきた。 わたしはその後、その人がやることをずっと眺めていた。悲鳴を上げたような気もするけど、覚えてない。小島くんはその間も、円周率とか、修学旅行はどこが良いとか、国語の塚田を××してやるとか、色々わめいていた。 何が何だか意味がわからなかった。でも、もう、どうでもいいや。 ●状況説明 「討伐要請です」 天原和泉が通告した。 「目標はアザーバイド。戦闘形態の形状から『蜘蛛聖母』と呼称します」 和泉は報告を続ける。 「時刻は11時30分前後、場所はとある公園。被害者は、放課後この公園近くの武道場で剣道を習っている高校生、小島雄介と吉田夕希の2名です」 和泉は討伐対象について説明し始めた。 「アザーバイドの能力は精神操作。無防備な人間の精神を操り、破壊し、虫食いのように食らいます。結果として、犠牲者は廃人以下の存在として予測不能な活動を続け、やがては原因不明のまま、社会から排斥されてしまいます」 戦闘形態の説明に移る。 「戦闘時は神話のアラクネに似た姿を取ります。最も強力な攻撃は踏みつけです。また、胴体上面前方に女性の上半身を模した「人型」が生え、その口から粘性の強い糸を吐き、真っ白な武器を出現させて神秘属性の攻撃を行うようです。動き回る上、高い位置にあるので狙い難いですが、それは末端部位──口吻や手足のようなもので、下の胴体が本体ですので、無理に狙わなくても構いません」 補足が続く。 「現在、アザーバイドは宿主の背に寄生しており、普段は宿主の知覚と知識を参照して外界を認識しているようですが、危険が迫ると実体化します」 プリントをめくり、宿主のデータを探す。 「宿主の名前は矢崎秋人、大学1年生。アザーバイドに憑かれた経緯は不明です。元々アザーバイドに都合の良い性質を備えているせいか、自我を保っています。つまり今回の件は、矢崎本人の自由意志によるものです」 宿主の補足が続く。 「革醒現象の兆候は見られませんが、背中に寄生しているアザーバイドが実体化すれば、その過程で生命力と精神力を吸い上げられて抜け殻になってしまいます。弾除けにならない宿主に価値はない、ということなのでしょう。矢崎の体は放置で構いません」 行動パターンの説明が付け加えられた。 「矢崎はアザーバイドの力を得て気が大きくなっていますが、本来陰湿で臆病な性格です。なので、独り歩きの女性などがいれば、男女二人の高校生よりもそちらを狙うでしょう。アザーバイド自体にも作戦を読むような知能はありません」 「今回の任務は2つ。1つめは、アザーバイド『蜘蛛聖母』を討伐すること。2つめは、小島雄介・吉田夕希、両名の被害を防ぐこと。後者については、真面目な子達ですから、誰かに注意されれば素直に聞くでしょう。そちらについては任せます」 「では、行動を開始して下さい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月15日(土)22:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ぼんやりと照らす街灯は『夜』の姿全てを見せやしない。公園にある背の高い時計は『11時30分』を指し示そうとゆっくりとその針を進めていた。 普段通り天使の翼を隠し、耳を澄ませる『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は長い黒髪を揺らし、携帯電話へと視線を下ろして居る。 背の低い彼女は傍から見れば子供の独り歩きに見えるのだが、彼女は生憎一人では無い。 「やれやれ、暗いのは面倒ですが――夜で良かったですね」 自身の姉が囮を行っていると言うのに悠長な一言を漏らした『一般的な少年』テュルク・プロメース(BNE004356)に彼と共に行動を行っていた『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)が首を傾げる。今は音を潜めるゆめもりのすずをきゅ、と握りしめて少女の視線が最早車通りすらない二車線の道路を見詰めている。 「……暗いとめんどう、でしょ?」 「朝蜘蛛は殺すな、でしたっけ。迷信的なものでしょうけど、敢えて反発するほどの物でもないですし」 丁度、こんな夜であるのだから神秘の秘匿だってし易いだろう。幾ら人通りが無いとしても『市街地』であることには変わりない。何処となく緊張感を孕んだ瞳でひよりはセニーフラウの裾をきゅ、と握りしめた。 暗視ゴーグルで確保した視界には今のところ怪し場面は見られない。戦場の支配者で足場を確認する様に一度、土を踏みしめた『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は常ならば隣に居り、自身を支援する『フリアエ』二階堂 櫻子(BNE000438)の姿が無い事に落ち着きなく色違いの瞳を揺れ動かせる。 「……精神操作のアザーバイドか。真っ当に戦うならば厄介に極まりないが、宿主が油断知れる分此方が有利か」 「精神操作……手術中、脳にガーゼがかかっただけでも性格が変わると言う話しを聞いた事があるけれど……」 それと同じ事を起こすアザーバイドなのね、と小さく囁いた。目標たるアザーバイドは精神を操作し、破壊しながら蝕む事を得てとしている生物だ。表現を面白おかしく例えるならば寄生型と言っても良いだろう。テュルクを始めとして、櫻霞、ひより、そして『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)が身を潜める植木ががさり、と音を鳴らす。 「精神操作、と言うよりも『人に巣食う』アザーバイドね……。人間の『何』を食べてるのか――」 絶対に碌なものじゃないよね、とぽそりと呟き、サングラスの向こうで蒼い瞳を細めて凝らす。熱感知を使用して、周辺の様子を探る彩歌が静かにと仲間達へとジェスチャーを送った。 長引いた稽古を終えたばかりの少年少女の話し声が聞こえてくる。結いあげた髪が印象的な少女だ。明るく冗談などを言う少女――吉田夕希の事はブリーフィングルームで聞き及んだ通りだと『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は認識した。 「こんな時間に出歩いてると危ないよ。最近変質者が出ると聞くし早く帰った方が良い」 「え、ええと」 困った様に笑った『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)の言葉に何処か警戒した様な顔をした少年、小島雄介であるが、ソレに助け船を出したのは義衛郎である。 如何にも仕事帰りと言った風貌に見せかける彼が「こんばんは」と疾風へと挨拶を送る。煉瓦敷きの歩道から公園へと差し掛かった少年少女の姿に目を丸くする。 「最近は不審な男が出るらしいんだよ。彼氏、ちゃんと彼女の事、守ってあげなよ」 「か、彼女っ」 高校生の真面目な少年少女には義衛郎の言葉に戸惑いを隠せない。頬を赤くして俯いた夕希に手をひらひらと振り義衛郎が振り仰ぐ。公園の中をゆっくりと携帯を入り時ながら歩くユーヌへと傘ぶる影一つ。 「それじゃあ、気を付けて」 「あ、はい。さようならっ!」 これで彼らへの被害は防げたと言えよう。真面目そうな二人は二車線道路に沿って、照らされた道を往く事を提案され、小さく頷いた。 「……さて、本番に行こうとしようか?」 電灯のある道を通ろうと現場から遠ざかる高校生を見送った後、ゆっくりと刃を抜いた。 ● 「ふむ――同じ顔でも何の感慨が浮かばないが人型が弱点の方が面白かったか?」 くつくつと笑うユーヌが現れた『蜘蛛聖母』の姿を見詰め、一歩引く。ひひ、と小さく笑う声が己の声帯が発する者と同じと気付いた時にユーヌは面白い、と笑った。 「自分の顔が爆ぜる所など早々と見られない。実に興味深い――が、テュルクが多少気にするか?」 ちらり、と蜘蛛の後ろを覗いた所に居た弟に視線を送る。だが、彼は姉と同じようなぼんやりとした表情を『蜘蛛』から生えた姉へと向けて居た。 近寄る蜘蛛から離れたユーヌの前へと櫻子が飛びだした。彼女を庇う『盾』たる櫻子は緊張した面立ちで蜘蛛を見詰めている。周囲を警戒し、耳を澄ませていた以上、ユーヌは不意打ちを受ける事が無い。直ぐ様に庇い手を手に入れる事ができたユーヌが誘いをかける様に手招いた。 「ふむ、見てみろ。DTを拗らせたような、間抜け面だな? ロリコンめ」 「……力を得れば気を大きくなんて、随分と器の狭い……」 嘆息し、ユーヌの前で己の体内へと魔力を取り込む櫻子目掛けて撒き散らされる糸。彼女の色違いの瞳が細められる――が、その彼女を補佐する様にひよりが施したのは彼女が背に持つ翼をより小型化した加護だ。 「こころを食べたい蜘蛛と、食べられるこころが落ちてく様を喜ぶ宿主――ふたりだけにとって優しい関係」 独り善がりではなく、『ふたりよがり』とでも喩えようか。蜘蛛聖母と寄生されている矢崎秋人にとっては『確かに良い』状況なのであろう。そもそも、寄生されながらにしてアザーバイドが行う凶行に抗う訳では無く同意したかの如く自らが『行動』を起こして居るのだから――しかし、ユーヌを象ったアザーバイドがその姿を男の背から現した時、矢崎の意識はぷつり、と切れる。 『救うべきを救う』――その大義名分は一を捨てても多を救うと言ったリベリスタの状況に正しく当てはまる。つまりは矢崎は『今』、救うべきでは無かったと言う事だ。 「ふたりよがりは、食べられる方にはとっても迷惑なの」 「ホント碌でもない。しかも知り合いの顔を象るなんて――ホント、碌でもない」 呟き、論理演算機甲χ式「オルガノン Ver2.0」へと手を添えた彩歌が真っ直ぐと飛ばす気糸は『ユーヌ』をい象った少女像を狙い撃つ。背を向けて居た蜘蛛聖母の背骨へと走る衝撃に蜘蛛が叫び声をあげる。 「碌でもない、か。思いあがった輩に、狩られる側の恐怖を教えてやるとしよう」 クリムゾンイーグルの銃口が蜘蛛聖母を狙う。狩人の眼を得、その景色をコマ送りで見据える櫻霞は宵闇ノ黒翼をはためかせ彩歌同じく敵への行動阻害を担当していた。 一方、ユーヌが息を吸い、手招くと同時、ソレに誘われる蜘蛛の足が揺れる。その動きによる衝撃に義衛郎は耐える様に砂利を踏みしめる。鮪斬が蜘蛛の足を受け止め、もう片方の手に持っていた鎌形を持ち直す様に指先で弄び時を切り刻む様に剣を振るう。ベルトに通したベレヌスが揺れる。光源が存在して居る戦場であれど、戦場を良く見渡せるようにとした義衛郎の配慮だ。 「全く以って趣味が悪い。蜘蛛退治を始めさせて頂こう! 変身!」 アークフォンⅢへと手を添えて疾風が叫んだのは常の言葉だ。普段はヒーロー番組のスーツアクターである彼であるが戦闘時は本物の『ヒーロー』へと変化する。装備を纏い、蜘蛛聖母の下へと駆け付けた彼はその往く手を遮る様に前線へと立ち、気を制御する。 『クスクス――』 ユーヌと同じ声を漏らしながら笑うアザーバイドに気が立ったように櫻霞が気糸を作り出す。その動きを阻害する事を狙ったソレは上位チャンネルから現れた対象であれど逃す事はない。 「その図体で動かれても厄介だ、縛らせて貰うぞ」 重ねられる気糸はまるで『蜘蛛』だ。一体どちらが蜘蛛なのか、小さく笑みを漏らしながら、櫻霞が捉えた蜘蛛聖母へ対して、真っ直ぐと飛ばす気糸。多目的戦術補助デバイス「エンネアデス」を纏う彩歌ならではの闘い方を展開させながら、知り合いの顔を未だに象る上位存在をサングラスの向こうの瞳は戸惑う様に見据えて居る。 「人型は擬態、というか疑似餌みたいなものなのかしら……? いや、蜘蛛の部分で全部台無しになってるけど!」 「台無しも台無しだ。精神操作で廃人にしてしまうとは恐ろしい――!」 一つの目的を果たせど、もう一つの目的を果たさねばならぬ。疾風は流れる様な攻撃で蜘蛛聖母の体を砂利へと叩きつけた。間合いさえ越えてその攻撃を放った疾風により蜘蛛の体が拉げる様に見える。 怒りを得た蜘蛛の攻撃を受け止める前線の義衛郎や疾風はやはり誓い攻撃に痛みを堪えるしかない。普通のエリューションとは違った存在である。ソレこそが上位存在の住民たちであるのだから。 精神を蝕むものであれば櫻子は全て受け止めると気を強く持ち緩やかに笑う。蝕むもの等は何もない。恋人が同じ戦場に居る、ソレだけで何と強い想いになるのであろうか! 「私は全てを受け止め、そして返して差し上げましょう」 『――!』 攻撃を喰らいながら身悶える蜘蛛が喰らいつく様に放つ白の槍。投擲される其れがユーヌを庇う櫻子へと突き刺さった様に見え――反転し、蜘蛛の体を貫いた。舌なめずりをした少女像は腹が空いたと言わんばかりに獲物を求めて攻撃を続けている。 「大切なことも、想うこころも、そうやって――全部食べて、踏みにじってきたのね」 仲間達を癒しながら、周囲を見回すひよりは庇い手を担う櫻子や前線で戦う仲間達へと癒しを与え続ける。周囲の魔力を取り込みながら、祈る様に両手をすり合わせた。 「あなたの意図はわたしが払う――それも今日で終わりだよ?」 ● 正面と後方と挟撃体制をとっていたリベリスタ達の中でもアッパーユアハートを使用するユーヌ――囮陣営の被害は大きかったと言えよう。庇い役である櫻子はその回復能力全てを顕す事は叶わない。ユーヌを庇う事に一生懸命にならざるを得なかったのだ。 「成程ね、本当に性悪い蜘蛛だ。けど、倒して遣ろう。不意打ちや騙し打ちはお嫌いかい?」 その往く手を遮る義衛郎の傷を後方サイドから癒すひより。その傷と回復は上手く均衡していた。時折、後方からの攻撃に怒りが解けた蜘蛛が襲いかかることもあった事だろう。 その場合、その攻撃を受け続けるテュルクが痛みを簿得るのは仕方がない。後方火力である櫻霞や彩歌の支援を受けながら蜘蛛はじわじわと甚振られて行った。 「おっと……逃がす訳がないでしょう?」 義衛郎の言葉に咄嗟に反応したのはテュルク、疾風だ。ぐるりと三方向から囲まれ、逃げられない様に逃走阻止を行うリベリスタに蜘蛛が笑みを漏らす。其の侭、真っ直ぐに放たれる『白き攻撃』に咄嗟に反応した義衛郎が疾風さんと呼んだ。反射を行った義衛郎が体勢を立て直す少し前、入れ替わる様に前線に飛び出した疾風は蜘蛛の体を投げつける。 繰り返し『白い武器』と名付けられたソレがユーヌを庇う櫻子へと降り注ぐ。普段ならば護られる立場に居る彼女はその武器が振るわれて緩やかに微笑むのみ。 「それは私には通用しませんわ、そのままそっくりお返し致します。味わって下さいね?」 ね、と微笑む櫻子の首で白月が揺れる。蜘蛛聖母の『白い武器』の攻撃が全くそのままの威力を保って跳ね返された。それは櫻子自身が神秘に精通し、己の能力を確りと知っているからである。 「櫻子がメイン盾とは珍しい状況。まぁ、使える者は使うまで、だが」 「ふふ、この身が盾になるとは珍しい――けれど、私はソレで終わりではありません」 近寄る蜘蛛に「虫は苦手なのです」と耳をへにゃりとさせた彼女は魔弓を握りしめて、気糸を展開させる。アザーバイドである以上その個体の性質はボトムの蜘蛛より強いのだが――皮肉ではないだろうか。展開させる罠は恋人の櫻霞と同じく、まるで『蜘蛛の巣』だ。獲物を捉え、動きを阻害するトラップネストに『蜘蛛のユーヌ』の表情が歪んだ。 無表情である少女のかんばせが悲痛に歪められ、嫌だと言う風に涙を湛え始めたではないか。己が見る事の出来ない表情に興味深そうに息を吐き、簡易護符手袋を纏った指先が符を投げ入れる。鳥の形へと変化したソレが真っ直ぐと飛び、蜘蛛の体を啄ばんだ。 「ふむ、しかし中々面白いな? 私には出来ない表情だ。内面の違いか。 ――まあ、如何したって小物臭くて嗤えて来る」 如何だろうな、と視線を移されたテュルクが双鉄扇を振るう。足や胴を狙う様に低く狙いを定めながら攻撃を続けて行く。 くすりと笑った少女像――『ユーヌ』から吐き出される糸にテュルクの眉間に皺がよる。象る者が姉の姿だとは思っていた。声が同じであれど、隣に居る本人が『面白がっている』以上、姉だからと間違える事はない。 「何と言うか、品の無いコラ画像みたいですね」 成程、ソレは確かに『品の無いコラージュ写真』が如き様子である。ユーヌの姿をしている事に何処か困った様にひよりは笑い、りん、と鈴を鳴らす。 双方向からの挟み撃ちに対応しきれなかった蜘蛛を両方から叩く事が出来たのは定石と言えようか。しかしながら、蜘蛛とて『考える力』を持っている。ユーヌからの怒りを払い、白い武器は櫻子を狙い続ける事はしない。全域を包むソレから、義衛郎が疾風を庇い、櫻子がユーヌを守る。警戒していたテュルクの体を蝕む白の刃。全方位に放たれる硝子片が体を切り裂いていく事に唇を噛み締める。難を逃れ、その気を強く持った彼は再度踏み込み、下方から鉄扇を振り仰ぎ、蹴りを放つ。蹴撃が蜘蛛の身を切り裂き、表情を歪める為に『姉の珍しい顔だ』と小さく瞬いた。 「その男はお前にとって単なるおやつか? すかすかのスポンジの様な精神だ。食いしん坊には足りないか――?」 だが、餌を遣る筈も無い。ユーヌが瞳を細めたと同時、櫻子が両手を合わせ、祈る様に仲間達を支援した。庇い手であれば、普段通りの癒しての動きはできなかった。だが、本領発揮と言う様に、仲間達を苛むものを打払いゆっくりと笑みを浮かべる。 「何度遣ろうと私は全てを打ち払う、そして、その白き武器の攻撃全てを打ち払って差し上げますわ」 ポジティブな態度に頷いた義衛郎が潜り込む様に蜘蛛に接近し、その体を切り裂いた。全てを切り裂く様に振るわれる鮪斬の切っ先が、蜘蛛の体を痛めつける。未だ、その体を凍てつかせる事は叶わぬとも彼の攻撃は、彼の存在は確かに仲間達を補佐し続けて居た。 「不思議な力を手に入れたらか弱い女性に不埒な行いを働いてみたかった? そういう駄目な方面なポジティブは要らんよ。さっさと悔い改めて貰おうか」 重ねられる攻撃に、義衛郎が下がった一歩を交代する様に疾風が切り裂いた。アザーバイドが何処か焦った様に攻撃を重ね続ける。其れが、『彼女』の最期が近いのだと示しだす様であり、無様だと彩歌は心の底で思った。 彼女の気糸が貫く『知り合いの顔』は全く見た事の無い様な表情を浮かべて居る。涙を浮かべ嫌だ嫌だと叫ぶように声を上げる『ユーヌ・プロメース』の姿。当の本人は面白がりながら見詰め、符を放つ。 「悪食の蜘蛛さん、あなたの糸は此処で途切れるの。さようなら――」 響くゆめもりのすず。彼女の声に合わせる様に、時を切り刻む鮪斬がきらりと光る。切っ先が狂うことなく、蜘蛛聖母の腹を切り裂き金切り声を上げた。己の手に残る斬った感覚が青少年を守ったヒーローと言う『正義』の感覚を打ち消した。直ぐ様に切っ先をしまい込み、倒れて行く蜘蛛聖母の体が砂利へと擦れる様子を見詰めながら能面の様なユーヌの表情が小さく歪む。 「無様だな。肥え太った立派な絵坂。顔を歪めて情けない」 だが、面白くはあった、と唇を歪めて何処か楽しげに発された言葉は蜘蛛には届いてはいないだろう。 倒れた蜘蛛を見詰め、慌てた様に矢崎さんは、と発した声に小さく首を振る櫻子は「仕方がないですわ」とひよりへと囁いた。蜘蛛聖母が実体化した際に生じたエネルギーは矢崎で賄われていたのだろう。少女像――ユーヌの姿を模したアザーバイドの腰のあたりに矢崎の――蜘蛛の抜け殻が張り付いているではないか。 「……宿主になるとは、運が悪かったな」 腰のあたりに張り付いた矢崎の生死がどちらに傾くか――もしも助かったとしても彼は死んでいると同等であるだろう。手配された救急車に、少しばかりの支援だと言う様に回復を施すひより。 息をつき、目尻に涙をためた櫻子が愛しい恋人に抱きつき「終わりましたですぅ」と小さく甘えた声を上げた。頭を撫で溜め息をつく櫻霞は色違いの瞳を伏せる。 ふと、点滅し続ける電灯を見据えて、ぼんやりとしていたテュルクが顔を上げる。 「……高校生のお二人は無事に帰れましたかね」 其処まで紡ぎ、自信が中学生である事を想いだし頭を振る。高校生の心配などできる年齢では無いのですが、と呟く声に長い髪を揺らしたユーヌが振り仰ぎ、埃を払いながらテュルクと名を呼んだ。 姉の意図に気付いたのかテュルクは小さく息を吐き呟いた。 「あ、宿題は済んでますのでご心配なく」 そうか、と返された言葉はやけに人通りの少ない生温い公園の空気の中に溶け込む様に消えて行った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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