●雨花 その日は、朝からしとしとと雨が降る日だった。 見上げる空は曇天。天から降り注ぐ雫は静かに大地を打ち、空気の色を塗りかえてゆく。 薄青に紫、淡い紅。 庭園に咲く紫陽花はそれぞれの色を宿らせ、雫を受けながら揺れた。 ●庭園への誘い ――雨のアジサイ園へ行こう。 今日は一日中、小雨が降り続けると云う予報が出た日。 『ジュニアサジタリー』犬塚 耕太郎(nBNE000012)や、『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)は仲間達を誘った。 「よーし、準備完了! 皆も早く行こうぜっ!」 橙色のレインコートを見に纏った耕太郎は、ぱたぱたと尻尾を振る。 とはいっても尻尾はコートの中に隠れているので、ただ中で動いているのが確認できるという程度だが、少年は元気いっぱいに仲間達に笑みを向けた。 「ちょっと、待ちなさいよ耕太郎ったら。そんなに紫陽花を観るのが楽しみなの?」 少しばかり頬を膨らませた後、『ブライアローズ』ロザリンド・キャロル (nBNE000261)は少年の様子を見てくすくすと笑んだ。 そんな少女は花飾りのついたレインブーツを履いており、手には可愛らしい傘を持っている。 「急がなくても花は逃げないよ。それに、雨もずっと降っているらしいからさ」 二人の様子を眺めていたタスクはシンプルな透明傘を手にしており、彼もまた今から外に出掛けられる格好をしていた。 梅雨入りも宣言されたこの頃。 雨は憂鬱なものという相場もあるが、花を見に行くとなれば気分も少し変わる。 今から向かう郊外の庭園には、色とりどりの紫陽花が植えられており、今がちょうど満開だ。 「普段の雨は嫌だけど、目的があると素敵よね」 ロザリンドは手にした新品の傘を示し、これを早く使ってみたいのだと語る。どうやらそれは水に濡れると花弁の模様が浮き上がる代物らしく、少女はそれが楽しみらしい。 また、雨の中で咲く花々もきっと美しい。 散歩道に咲き誇る花は様々な顔を見せてくれる。雫を湛える紫の紫陽花。雨に打たれて小さく揺れる薄青の紫陽花。曇天の下でも明るく咲く淡紅の紫陽花。 どれもが其々に散策を楽しませてくれるだろう。 「良いから早く出発しようぜ。雨降りの散歩、楽しみにしてたんだ!」 耕太郎は出掛けるのが待ち切れないらしいが、その手には何も持たれていない。まさかそれだけで出るのかと気付き、ロザリンドは予備の折りたたみ傘を渡そうとする。 「ちょっと待って、耕太郎。レインコートも良いけれど、それだけじゃ濡れちゃうわ」 だが、少年はふるふると首を振った。 「別に良いって! 困ったときは誰かの傘に入れて貰うんだぜっ!」 「……相合傘、か。大胆だね」 タスクがぽつりと呟いたが、耕太郎は然程気にしていないようだった。 とにかく駆け回りたい。雨と花の一日を楽しみたい。そんな様子がありありと見て取れ、タスクとロザリンドは溜息交じりの笑みを零した。 雨が降り続ける六月の或る一日。 楽しみ方は人それぞれ。雫と花の散歩道で過ごすひとときは、どんなものになるだろうか。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月18日(火)23:14 |
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■メイン参加者 32人■ | |||||
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● 偶には、ゆっくりと花を眺めるのも悪くは無い。 降り続く雨の中。和傘を差した拓真は、雨の中を一人で歩きながら紫陽花の花を楽しむ。 「見事な紫陽花だな、何時か暇でもあれば中庭にでも植えてみたい物だが……」 そう呟き、周囲を見渡した拓真は花の傍に蛙を見つける。思えば、昔は見る蛙すべてがアマガエルだと思っていたこともある。懐かしさに目を細め、拓真は蛙を暫し観察してみた。 たった一匹だけで雨粒を受ける、その姿は不思議と今の自分に似ている気がした。 こうして一人、何も考えずにいる時間もきっと良い。 「気分転換、だな。お前もか?」 笑みを浮かべた拓真は蛙に語り掛け、傘の合間から見える雨雫に視線を遣った。 辺りには色とりどりの紫陽花。 レインコートを着込んだ虎鐵は散歩道を進みながら、ふと感嘆を零す。 「ああ、こんな場所もあったのでござるのな」 蒼、紫、赤。様々な色彩が奏でられる景色は、少しばかり切なくも感じた。 雨や雨音は好きだ。だが、こうして雨の中にいると昔の事を思い出してしまいそうだった。あの頃もこうやって歩いていた。やったことは取り返しのつかぬ事だったが――。 「ま、いいでござる……。少し目を瞑って雨音に集中するでござる」 雨は落ちつく。時には涙を洗い流し、時には血の穢れを洗い流してくれる。 罪や咎までは落としてはくれなくとも、それでも雨とは良いものだ。そう、実感できた。 小雨くらいなら傘はいらない。 濡れたりも楽しいし、と出掛けて来た黎明は楽しげに下駄を鳴らして歩く。 からからころころ。 「うふふたのしい! あ。そだそだカエルさがそう! 黎明ちゃん動物すきよ!」 黎明が紫陽花の傍に屈み、花や根を傷付けないように優しく眺める。そこで見つけた蛙が、けろけろと鳴いた様に笑みを湛え、黎明は楽しさを感じた。 しかし、そのとき。 「……へくち」 小さなくしゃみが起こり、やっぱり傘なしは駄目だったかも、と黎明は首を振る。 そして、彼女は決めた。次に通り掛かった人の傘に入れて貰おう。そうすれば、雨の時間がもっともっと楽しくなるはずだから。 藍染の作務衣に番傘風の白傘。 和の装いに身を包んだ快は、紫陽花の咲く庭園をぐるりと散歩している。そろそろ時期的には花菖蒲なども綺麗だろうか。そんな事を考えながら快は濃緑の葉と青の花を思い、心を落ち着かせる。 そんなとき、快の背後から声が掛かった。 「あら、快じゃない。こんにちは」 「やあ、ロザリンドさん。丁度探そうと思っていたんだ」 新しい傘のお披露目だと少女が言っていたことが気になっていたので、実に良いタイミングだ。そして、青年は雨粒が滴る花柄の傘を眺めて双眸を緩める。 「可愛い傘だね。君によく似あってる」 まるで絵本の一コマを切り取ったみたいだと告げれば、ロザリンドは嬉しげに微笑んだ。 「ありがとう。快の白い傘も服装も景色に映えて素敵だわ」 「光栄だよ。そうだ、歩きまわって疲れてるなら、そこの東屋で休んで行かない?」 「ええ、そうしましょうか!」 二人の笑みが重なり、傘が揺れる。 穏やかな雨の日の時間は、まだ暫し続いてゆく。 雨降りの庭にて、見知った後ろ姿を見掛けた亘は頬を緩め、友人の元に歩み寄る。 「や、こんにちはタスク」 「あれ、亘。遊びに来るなら、いつもみたいにメールしてくれれば良かったのに」 タスクは少し驚いた様子だったが、亘は首を振った。メールで約束するより自分で探して会いたい。今日はそんな気持ちだった。実は必死に探していたということは胸に秘め、亘は笑みを湛える。 「流石に羽根はちょっと濡れちゃいますね」 「俺も。こんな天気だと機械部位が湿って仕方ないね」 青い傘を差しつつ、亘は背の翼をちらと見遣った。タスクも耳元の機器に触れ、互いによく似た悩みを共有していることを実感する。 「ですが、雨は空からの恵み。これもまた一興です」 亘の言葉にタスクも、そうだね、と頷く。 降り続く雨は止みそうにない。それでも、こんな日も悪くはない。そう思える日だった。 ● 雨降る道を、歩く。 揺れる傘は色違い。雷音は傘の合間から空を見上げ、優しく大地に沁む天からの贈り物を瞳に映す。 夏栖斗は妹が雨を見つめる姿を横目で見遣り、小さな笑みを浮かべた。自分は梅雨はあまり好きではない。けれど、雷音が雨音をきくのが好きだといったものだから、こうして付き合っているわけだ。 「お、夏栖斗と雷音じゃん!」 そのとき、二人の近くに耕太郎が通り掛かる。 「お正月ぶりかな、耕太郎。いつもうちの兄がおせわになっているのだ」 「可愛いだろ? 僕の妹、雷音っていうんだ。今日は妹とデート、いいだろ?」 そんな他愛ない会話を交わし、兄妹は少年と別れて紫陽花の散歩道を行く。しとしと、雨が降り続く小路からはいつからか雨蛙の声が聞こえはじめた。 「ほら、そこにアマガエル。かたつむりもいるぜ」 「こんにちは、いい雨の日だな」 夏栖斗が花の傍を指し示すと雷音が屈み込んで頭を下げる。嬉しそうな妹の様子に、兄は思わずにやけてしまった。それに気付いたらしく、少女はジト目で兄を睨む。 「何をにやけている、挨拶は大事なのだぞ!」 けれど、年甲斐もなくはしゃいでしまった。恥ずかしがりながらも、嬉しそうに雨蛙と遊ぶ少女の姿はとても愛らしい。こんな妹を視ることができるなら、雨の日も悪くない。 そして、二人は購入したアイスを食べながら帰路に付く。 「そっちの味どう? 交換しようぜ」 「ん、交換だな」 何があるわけでもない普通の日。そんな一日が唯々、愛おしく感じられた。 東屋の中、櫻子と櫻霞はのんびりと紫陽花を眺める。 普段ならば雨は鬱陶しいだけだが、たまにはこういった形で過ごすのも良い。ゆっくりと時間が過ぎてゆく最中、櫻子はふとかの花が抱く言葉を思い出す。 「そういえば……紫陽花の花言葉は色々ありますけれど“移り気”とも言うみたいですわ」 櫻霞の顔を覗き込めば、彼の手が櫻子の頭にそっと置かれた。その髪をやさしく撫でた櫻霞は、花が持つ言葉の意味を真剣に考えてみる。 「移り気か、それは困ったな。きちんと捕まえておかないと逃げられる」 返ってきた言葉に慌て、櫻子は彼の手をしかと握った。 「あぅぅ、櫻子は櫻霞様のお傍にずっと居りますにゃ~……」 「杞憂だってことは俺が一番わかってるさ。ただの冗談だ、気にするな」 意地の悪い笑みを浮かべた櫻霞は、そう答えが返ってくることを最初から知っていた。彼女はきっと、ずっと自分の傍に居てくれる。それが分かっているからこそ、からかいたくもなるのだ。 そして、彼は甘える櫻子を膝の上に乗せ、暫しの時が過ごす。 やがてベンチから立ち上がった櫻霞は傘を開き、手招きをした。 「そろそろ歩くか。これだけ紫陽花のある中で、ずっと止まっているのも勿体無いだろう?」 「はい、櫻霞様と相合傘でお散歩ですね……♪」 雨ならば、こうしてすぐ傍に居られる。 嬉しげに頬を緩め、彼の傍へと駆け寄った娘には幸せいっぱいの心地が宿っていた。 雨の散歩道、慧架とロザリンドは紫陽花の景色を楽しむ。 「紫陽花は花言葉は少々アレですが、相変わらず綺麗な花ですねえ」 「あら、どんな花言葉があるの?」 「それはですね……」 レインブーツで雨粒を跳ねさせ、話す少女達は雨を楽しんでいる。風情ある景色の中で過ごすひととき。こんな風に流れる時間も、また良いものだ。 紫陽花といえば、同じ場所でも土壌の酸性度が違うと花の色が変わる。 そのうえ、実は花に見える部分は花ではなかったり、と何かと面白い植物だ。しみじみと花を眺める椿は、隣を歩く少年へと自分の傘を差し出す。 「へ? 俺はレインコートだから傘はいらないんだぜ」 「違う違う、耕太郎さんの方が背ぇ高いんやし、うちの傘を持ってくれても罰は当たらんと思うんよ」 どうやろ、と椿が視線を向けると、耕太郎がはっとする。流石の彼も椿の言いたいことを汲み取ったらしく、へへ、と照れたように笑った。 「あ、そっか! ごめん、全然気が付かなかった」 少年に椿も微笑みを返し、二人は同じ傘に入って雨の庭園を歩んでいく。 元気に振る舞っている耕太郎だが、きっと未だ以前の辛い思いを抱えているのだろう。椿にはそれが分かっており、こうして傍についている。 「また一緒にどっか行こな?」 「おう! 約束、だもんな」 ひとつ傘の下、二人の眼差しが交差した。 同じ思いを抱えている同士。だからこそ、辛い思いに負けないように――楽しい思い出を一緒に作ろう。 ● 「あざにゃあん!」 呼び掛けられる声。小雨の中、傘を差しいてもはっきり見える赤い塊が突撃してくる。 それは一瞬。愛を込めて抱きつこうとする青年、それをひらりと躱した少女。地面に口付けをする羽目になった彼を見下ろし、糾華はしれっと手を伸ばす。 「あら、俊介さん、こんな所で会うのは奇遇ね」 「一人? 俺もぼっち! よかったら二人ぼっちしねぇ?」 めげない俊介は明るい笑みを湛え、友人である少女を散歩に誘った。 「そうね。丁度一人なので、二人ぼっちで紫陽花を見て回りましょうか?」 快く承諾した糾華は傘をくるりと回し、色鮮やかな紫陽花の小路を歩きはじめる。雨粒に濡れる花は不思議と違って見え、少女はふと物思いに耽る。 そんなとき、俊介が雫をはらった花弁を糾華の髪にさした。 「あざにゃん、これやるよ」 きょとんとした少女だったが、悪戯っぽく小さく笑って礼を告げる。 「キザね」 そうやって女性を惑わせているのかしら、と冗談交じりに語る少女に青年は変わらぬ笑みを向け続けた。 「あざにゃんはいつも美麗だな! この霧島、頼ってくれるなら例え火の中、水の中、尽くす気満々!」 それゆえにお兄ちゃんと呼んでください。 そんな申し出を唐突に言い出した俊介に対して糾華は考えあぐね、双眸を細めた。 「そう、それなら一度だけ。……お兄ちゃん。歯ぁ、食いしばれぇっ!」 次の瞬間、打ち込まれる全力殴打。 倒れる俊介。友情の為にこうしなくちゃいけない気がした、と語る糾華。しかし、地面で苦しみ悶える青年の表情は実に幸せそうなものだった。きっと、これも二人の形なのだろう。 雨の中で相合傘。 それが男女同士ならば、ときめきや浪漫も生まれるかもしれない。だが、この二人は違った。 「ロザりん、ちょっとそっち詰めて。俺が一緒に傘入れないじゃん」 「嫌よ、私が濡れるじゃない」 竜一とロザリンドはひとつの傘に押し合いへしあい、押し問答のような遣り取りをしている。 「いやがらなくてもいいじゃん。俺とロザりんとの仲じゃん」 「どんな仲よ」 「マブダチじゃん」 「いいえ」 「マブじゃん」 「何よそれ!」 「マブイじゃん」 「意味不明よ!」 ボケ倒す竜一に呆れ、予備の傘を差し出すロザリンド。だが、竜一は相合傘が目的ゆえに拒否する。 「いーじゃーん! 仲良くしようよー!」 「私だって仲良くしたいけど……あ、いえ、何でもないわ! 竜一なんて濡れれば良いのよっ」 じたばたする竜一。そっぽを向くロザリンド。 こんなでも二人は友人同士。――多分、きっと。 雨が降る公園にて、テテロ姉妹は今日も元気いっぱい。 「わっふー!! あめーー!!」 「あめのおさんぽですっ」 ミミルノが駆け出せば、その後にミミミルノが続く。そして一番お姉さんのミーノが二人の後を追い掛け、雨に濡れた頭をぷるぷると降った。 「あめはにがて~。でもでもせっかくのおさんぽきかく!」 ここでふたりにお姉さんらしいところを見せて、ばっちり決めるのが今日のミーノの計画だ。きりりと表情を引き締めた彼女は胸を張り、はしゃぐ妹達を追った。 「あめとかぜんぶよけてはしるのだっ!」 そんなことを言っているが、ミミルノは既にずぶ濡れ。ミミミルノは頑張って付いていっているが、ミーノと同じく濡れることをあまり良く思っていない。 「あめのひはしつどでけがぼわってなるのでにがてです……でもっ」 いつもは憂鬱な雨の日も、みんなで楽しんでしまえばこんなにキラキラして見える。ミミミルノは水たまりをジャンプして飛び越え、走り出す。 「ミーノおねーちゃんもミミミルノもこっちこっち! あ! コタローもはっけん!」 「あれ、ミミルノ? え、ちょっと待っ……うわー!」 耕太郎を見つけたミミルノが駆け出せば、途端に始まる鬼ごっこ。 元気です、と感想を零したミーノは妹達を眺めながら、ふと紫陽花に視線を移した。 「そーいえば、アジサイではなのいろがちがうところには……が、うまってるってはなしをきいたの~」 ぷるぷるぷるぷる。 自分で言って怖くなってしまったミーノは、やめやめっ!と首を振ると妹達を呼ぶ。 「ミミルノ、ミミミルノっ、そろそろおやつのじかんなの~。もってきたおやつをみんなでたべるのっ!」 二人と耕太郎の元気な返事が聞こえ、おやつタイムが始まってゆく。 そんな賑やかな声を聞きながら、リュミエールは姉妹達が集まっている場所へと向かう。 「居た居た。案ノ定、三姉妹でウロチョロシテルンダナ」 大丈夫なのだろうかと心配しつつも、彼女もまた、どこか浮足立っているようにも見えた。自分が彼女達の面倒を見なければ。そんな思いもまた、楽しい日を彩る欠片になるはずだ。 ● 同じ傘に入り、フツとあひるは雨の散歩を楽しむ。 「フツの傘……2人で入っても、よゆーだね……!」 「大丈夫、男の傘ってのはデカイんだぜ。でも、もうちょい近いと良いな」 悪戯っぽく笑うフツに、どうして、と彼女が問う。すると彼は素直に自分が嬉しいからだと答えた。 「えへへ。じゃあ、あひるも嬉しいから、腕を組んで行こう?」 その答えに照れてしまったあひるだったが、彼の腕にぎゅっと掴まって幸せいっぱの微笑みを湛える。 相合傘は愛逢傘。そして、雨のカーテンは二人だけの世界を作ってくれる不思議なもの。傘の下の世界で、紫陽花は道標のように明るくキラキラしていて、あひるは瞳を輝かせた。 「フツ、あっちの紫陽花、綺麗な色。わああ! みてみて、アマガエル……!」 道の脇の花。その葉の上に小さな雨蛙が乗っているのを発見し、彼女が指差す。あひるが喜んでいる姿を微笑ましく見つめ、フツも蛙に視線を移す。 「そんくらい小さいとカワイイよな。なんかガラス細工みたいだぜ」 愛らしい蛙と見つめ合うあひるは、フツへと蛙の可愛さを熱弁しはじめた。 ケロケロ。ぴょこぴょこ。可愛いんだよ! と語るあひるの方が可愛いと思ったのは胸に秘め、フツは濡れそうになる彼女に傘を寄せてやった。 「また雨が降ったらここにこようか」 「うん、また来ましょ! 同じように傘をさして、お散歩して」 紫陽花と、このアマガエルに会いに。そして――大好きな人の笑顔に会うために。 花を眺めた後、ユーヌとテュルクは東屋に向かう。 姉の少し後ろに付いていく形で弟が歩き、翅が塗れぬようにと傘を寄せた。テュルクとしてはこっそりしている心算なのだが、ユーヌはしかと気遣いに気が付いている。 「水も滴るいい男にならないようにな?」 むず痒さを覚えながらも、姉は弟の心配りにそっと感謝した。 そうして、東屋についた二人。 ユーヌが茶を点て、テュルクが茶菓子を取り出す。 「お茶請けは僕が用意してみました。色とりどりの寒天で餡を包んだ、その名も「あじさい」です」 「成程、良いな」 偶に点てないと腕も鈍るゆえ、と本格的に茶を入れる姉に、弟は穏やかな眼差しを向ける。 雨音に炭の爆ぜる音、茶筅の音が響く静かな時間。 お茶と茶菓子を楽しみながら、姉弟はぽつりぽつりと近況話をはじめる。 「――という形で、少ないですが、僕にも友達ができたのですよ」 「ふむ。まぁ、楽しく過ごせてそうで何よりだな」 近々地元の道場でも探してみようか、と語る弟の話に耳を傾け、ユーヌはゆっくりと瞳と閉じた。 雨と共に過ごすひとときは静かで心地好い。姉弟水入らずの時間はまだ暫し、ゆるりと流れてゆく。 雨は少々憂鬱なもの。 しかし、紫陽花は雨の日に見る方が美しく映る。 リコルは雨粒がひかる花を眺め、東屋のベンチに腰を下ろした。魔法瓶には緑茶を、お茶受けには練りきりの餡菓子を持ち、リコルはひとり静かなティータイムを楽しみはじめる。 「この練りきり……大層かわいらしいのです」 紫陽花を模したらしい和菓子の形は、まさに日本人の繊細な手仕事がなせる技。 味わい深い甘味にほっとし、リコルは趣き深さと残る余韻を楽しむ。合間に飲む緑茶も、新茶だけあって香り高い。 「雨と花と和菓子。実に美しく、楽しゅうございますね」 雫が落ちる音と紫陽花を楽しみながらの時間は、なんて贅沢なのだろう。 リコルはもう一度深い息を吐き、雨色のひとときに心地好さを感じた。 瑞樹とタスク、偶然に出会った二人は暫し散歩道を行く。 此処であったのも何かの縁、ということでも特に二人で何かするわけでもない。けれど、雨音と水の匂いに包まれながら、のんびりと散歩するだけでも良いものだ。 瑞樹が時々傘をくるくる回す姿を見遣り、タスクは水滴が跳んでいく様を面白そうに眺める。 なんだかそれだけでも楽しくて、瑞樹も自然と笑んでしまう。 「この頃の雨は恵みの雨って言うんだったっけ?」 「そうだね、夏に向けての恵み、なのかな」 雨に濡れて色を増す紫陽花や緑を眺め、瑞樹はしみじみと語る。なんとなく、そう言われるのも分かる気がすると話した彼女は、もう少し先に行こうとタスクを誘った。 特別な何かをする訳でもない、普通の時間。 「でも、こういう時間も素敵だと思わない?」 「俺もそう思う。特に、君みたいな子と一緒だとね」 タスクが双眸を細めれば、瑞樹も笑った。そうして、何気ない時間は緩やかに過ぎてゆく。 ひとり馬に乗り、番傘をさして公園を闊歩するのは刃紅郎だ。 「雨に咲く紫陽花とは風流であるな」 この時期の雨は嫌いではないが、馬が自分だけ濡れていて少しばかり不機嫌なのが残念なところか。だが、刃紅郎は気にしない。 すれ違う人々の様子を眺め、庭園を一周した彼はやがて休憩所へと向かう。 茶と和菓子を頂く中、ふと目の前の葉に止まるカタツムリを見つけた。暫し見つめていたのだが、あまりの動きの遅さに痺れを切らしてしまいそうになる。 そんなとき、近くを走り去る橙色のレインコートとくるくる回る花柄の傘が見えた。 ふっと笑ってた刃紅郎は馬に跨り、ふたたび散歩に繰り出す。 帰ったら、また任務の問いを行うとしよう。 この美しき世界に渾名す者を討ち、そして――来年もこの風流を楽しむためにも。 ● 雨が降り続ける季節を、梅雨という。 自分達の世界にはなかったそれを体感したことで、ルナはまた新たな新鮮さを覚えた。 「ほら、耕太郎ちゃん! 駆け回るのも良いけど、偶にはのんびりと眺めようよ」 「ん、何だ?」 走り回っていた耕太郎を掴まえ、ルナは紫陽花を示す。とっても綺麗に咲いてるよ、と示された花々は雨粒を受け、雫を湛えながら色とりどりに咲き誇っていた。 「おお、この辺の花も綺麗だなー!」 「でしょ? それに、そのままだと風邪も引いちゃうかもしれないし、ねっ?」 そう言ってルナが誘えば、耕太郎は快く傘の中に飛び込む。俺が持つよ、と告げた少年はルナの代わりに傘を持ち、相手が濡れないように手を傾けた。 「ふふっ。これ、相合傘って言うんだっけ? 何だか楽しいねっ!」 「あ、そっか。えっと、ルナってさ、相合傘のもうひとつの意味知ってるのか?」 「もうひとつの意味?」 首を傾げるルナに耕太郎は上手く説明できず、何でもないと誤魔化す。そんな彼の反応を楽しんだルナは紫陽花が教えてくれた、とっておきの場所へと向かった。 来年も、また一緒に来れたら良い。そうして今日もまたひとつ、小さな約束が巡った。 濡れないようにくっついて、相合傘で散歩。 何の事は無い、今日は雨の公園でのデートだ。小雨降る曇天としっとりと咲き誇る紫陽花に梅雨の風情を覚えながら、喜平達は雨を楽しむ。 そんな中、プレインフェザーは隣を歩む喜平を見遣り、傍に咲く紫陽花を指差す。 「富永って紫色が好きって言ってたろ? 紫にも色々あるが、ほら、これなんか綺麗……」 「紫は何だか気品があるし見てて落ち着く」 「あ、カタツムリ。葉っぱでも食ってたのかな?」 濃い色の紫陽花の上に小さな蝸牛を発見したプレインフェザーは、指先にそれを乗せる。色鮮やかな紫陽花の傍、好きな色や雨の日の思い出を語る二人は傘の下で身を寄せ合った。 けれど、この幸せな時間に問題があるとしたら、少しばかり傘が小さかったこと。 喜平は自然に、勘付かれない程度の当たり前さでもって、自身の右肩を雨ざらしにして彼女が濡れないような空間を確保する。 「あたし、カタツムリって結構好き」 「ああ、愛らしいね。それに葉っぱの緑も好きだな……。フェザーの瞳も、とても綺麗だよね」 紫と緑が織りなす花の彩と、蝸牛を眺めたあと、喜平はプレインフェザーの横顔へと視線を移した。 楽しげに蝸牛と戯れる彼女の表情は、とても愛おしくて――。 雨音と共に、優しい時間が紡がれてゆく。 雨の日は憂鬱だけど、思い切って外に出れば意外と楽しい。 休憩がてらに東屋でお茶を飲むアリステアと涼は、雨粒の音を楽しみながらゆったりと過ごす。普段、あちこちで怪我して帰って来る毎日だから、こうやってのんびりできるのがとても嬉しい。 アリステアは幸せを噛み締め、涼もそんな彼女と過ごす時間を楽しむ。 雨はまだ、止まない。 「じゃ、そろそろ移動しよっか」 「そうだね、止むまで待っているわけにはいかないしね」 少女が立ち上がり、涼も傘を広げて東屋の外へと踏み出した。けれど、アリステアは自分の傘をきゅっと握って、涼の方をちらと見遣る。 (傘を差してると、お話しするには少し遠いんだよね) そんな気持ちを察したのか、涼は手招きをして少女を誘った。 「一緒に入っていく? 折角だしね」 同じ傘の下の方が色々お話できるから。そう言われればアリステアも断ることなど出来ず、元より望んでいたことだったゆえに、こくこくと首を縦に振った。 「うん……そっち、入りたい」 いつもより少しだけ近い距離で、お話したい。 触れられるほどに近付いた間隔。それから広がるのは、傘の中での二人だけの世界。 色々連れ出すと約束した故、今日はその約束を果たす日。 「酒呑さんは雨はお嫌い?」 散歩道を歩みながら、ミサはふと雷慈慟に問う。 「雨の日は嫌いじゃないな。全日晴れていても味気無いモノだ」 降り過ぎは些か困りモノだが、と答えた彼に頷きを返し、ミサも雨は嫌いじゃないと告げた。しかし、「けれど……」と続けた彼女は雷慈慟の傘を見遣る。お互い傘を差すと、せっかく二人でいるのに離れてしまうのが何だか少し寂しい。 「この遠い距離も、酒呑さんの傘に入れて貰えると解決するんだけど、どうかしら?」 「む。自分の傘に? 構わないが……」 比較的大きな傘を利用しているが、ひとつの傘に入ると彼女を濡らすことになるのではないだろうか。考えあぐねた雷慈慟は、傘を持つ腕をミサの肩から逆側へ通し、彼女を中央へと寄せた。 相合傘にしては不思議な形だが、これが彼なりの気遣いなのだろう。 「あらあら、私は少しくらい濡れるのは構わないわよ?」 「近い方が良いと言うならば問題無い。コレで行こう」 雨の中、より近付いた距離。優しい方ね、と双眸を細めたミサは小さく笑った。 そうして、二人は紫陽花やカタツムリ、蛙などが息衝く道をゆるりと往く。雨音と互いの声、そして熱が感じられる世界で――時間はゆっくりと、確かな時間を刻んでいった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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