下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






幻惑アタラクシア


 少女にとっての幸福は何時だってそこにあったはずであった。
 大好きな孤児院で出来た兄や姉と共に手を取り合って、笑っている事こそが最善であると汀・夏奈は幼い時から識っていた。ソレは知識としてではなく、本能的なものであった。
「友人と交わって、恋をして、何時か素敵な人に巡り合えたらそれって幸せ?」
 私にはよくわからないけれど、と少女は唇を尖らした。
 幸せなんてよく分からなかった。両親に愛された事なんて、なかったから。
 こうして誰かが傍に居てくれるだけでも本当に泣きたくなるというのに。
 彼女にとって、幸せはどんなものでも、小さな物でもソレに該当した。
 何だって幸せに感じる事を可笑しいと笑われたことだってあった。けれど、それはきっとその人が沢山の愛情に包まれているからだと思いこむことで受け流した。
「私はね、とっても、とっても幸せなんだよ?」
 でも、ああ、なんだろう。
 ――もうちょっと、夢を見て居たいかな。幸せな夢を。


「幸せは尊いものね? アーティファクトに取り込まれている少女を助けてほしいわ。
 名前は汀・夏奈。孤児院で育った面々と徒党を組んでフィクサードとして活動していたけれど、現在は一人でリベリスタとしての活動を行っているわ」
 資料を捲くりながら『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は告げる。桃色の瞳が何かを探る様にリベリスタを見回す。
「『幻惑アタラクシア』――アーティファクトの名前よ。
 皆にとっての幸せって何かしら? それから、不幸せって何かしら」
 首を傾げる世恋の言葉にリベリスタは彼女をじぃ、と見詰める他ない。幼く見えるフォーチュナは意地悪そうに目を細め、「冗談よ」と囁いた。
「このアーティファクトは人の幸せを幻想として作り出してしまうわ。形はネックレス。
 夏奈がそのアーティファクトを手に入れた理由は分からないのだけれど――拾ったか誰かに貰ったのでしょうね――彼女、何よりも『幸せ』に過敏に反応する性質の様でね……上手いこと取り込まれちゃったの」
 彼女、何時もそういうアーティファクトを拾ってくる子らしいんだけど、と呆れたように紡ぎ溜め息をつく。
 幻惑アタラクシアの効果は『幻惑に囚われ幸せな夢を見せ続ける』と言う物だ。ソレに囚われて居る間は生身の自分はアーティファクトに操られ続ける。
「アーティファクトの効果を――代償の所為で夏奈は自分の意に添わぬところで人を傷つけるわ。それから、エリューションを呼び出し操る事ができるわ。
 そこまでは本人の意思は介在して居ない……つまりは、操り人形になってしまう。
 『幻惑アタラクシア』は幸せなものが憎くて堪らなくなるアーティファクトよ。つまり、幸せな人を傷つける事ことを目的にしているわ……つまり、皆が幸せオーラ全開でアタラクシアに操られた夏奈の前に立てば狙って貰うことも可能よ。でも、生半可な幸せじゃきっと反応しないでしょうね」
 幸せな幻惑を見せながら、眠る『本人』の体を使い、幸せな人間を傷つけ続ける事がそのアーティファクトの『代償』なのだ。そして、その代償が発動したのが、彼女が訪れた丘に居たカップルを目にした時である。
「……夏奈の処遇については皆に任せるわ、何よりも、彼女に狙われる一般人の保護をお願いしたいの。
 それとアーティファクトの確保か破壊をお願いね。あんな危険なものを外には置いておけないから」
 しあわせな夢は誰かを傷つけることで生まれるものではないわ、とフォーチュナは告げて頭を下げた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:椿しいな  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年06月10日(月)21:06
お世話になってます、こんにちは、椿です。

●成功条件
・アーティファクト『幻惑アタラクシア』の確保または破壊
・一般人の保護

●場所情報
時刻は夕暮れ。しとしとと雨が降っていますが、花が雨露に濡れて綺麗です。
非常に梅雨らしい気候となっています。足場は雨の為に少々滑り易くなっています。
小高い丘の展望台となり。周辺は木々に覆われて居ます。一般人を追い詰めた状況で夏奈は存在。事前付与は1回のみ可能。

●汀・夏奈(みぎわかな)
ジーニアス×クリミナルスタア。
14歳。元は『春めく灯籠』という小規模フィクサードグループの一員でした。現在は思想の違いから一般のリベリスタとして活動中。
義兄や義姉に当たるチームの面々を愛し、懐いています。感情豊かで一件可愛らしい少女です。
現在、何らかの「しあわせな夢」を見ており、アーティファクト『幻惑アタラクシア』に操られています。
>アーティファクト『雨花鴉』:銃の形をしたアーティファクト。全ての攻撃にノックBを付与
(夏奈につきましては「<兇姫遊戯>臨む摩天楼は未だ遠く」にも登場して居ますがご存じなくとも大丈夫です)

●アーティファクト『幻惑アタラクシア』
ネックレスの形をしたアーティファクト。黒い石が嵌められ、所有者に強い幻惑を見せます。
非常に硬く、壊す事は難しいですが所有者が戦闘不能状態になる事でその効果が解除されます。
その代償として夢を見て居る間は『所有者の不幸』となる行動を起こす様になります。本人の意の介さぬ状態で、本人の体を使っての行動を起こします。
夏奈の場合は『幸せそうな人を傷つけること』となり、幸せそうに見える人を目掛けて全力で攻撃を行います。又、その際にエリューションを呼び出し、戦闘を行います。

●エリューション『しあわせなひと』
 アーティファクトによって呼び出されるエリューションフォースです。
 初期5体。2~3Tに一度3体ずつ呼び出されます。遠距離攻撃を得意とします。白い靄の様なものでブロック不可。ふわふわと飛び交い、敵を攻撃し続けます。

●一般人×4
小高い丘にハイキングに来ていた客です。其々がカップルであり、幸せそうな雰囲気を纏っています。夏奈に襲われ、丘の端の展望台まで追いつめられています。

どうぞよろしくお願いいたします。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
斬風 糾華(BNE000390)
ソードミラージュ
須賀 義衛郎(BNE000465)
マグメイガス
綿雪・スピカ(BNE001104)
スターサジタリー
雑賀 木蓮(BNE002229)
プロアデプト
レイチェル・ガーネット(BNE002439)
ソードミラージュ
リンシード・フラックス(BNE002684)
ホーリーメイガス
エルヴィン・ガーネット(BNE002792)
クリミナルスタア
熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)


 しとしと降り注ぐ雨に晒され水分を孕んだ『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)の髪から滴り落ちる雫が彼女にはコマ送りで見えた。驚異的に研ぎ澄まされるシューターの勘。ふと、首から掛けられたLa distanceが雨露に濡れてしまわぬ様にと服の中にしまう。
「兄さんと仕事するのは久しぶりですね。会ってみたいとは言いましたけど、こんなタイミングだなんて」
「久しぶりに一緒の仕事なのに悪いな。でも、絶対に夏奈を助け出したいんだ」
 良い子で待ってろよ、と囁き強結界を広める『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)の声を聞きながら肩を竦める『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)の柘榴の瞳が緩やかに細められる。腸活性刺激を与えた頭脳は人間の解析レベルを超越していた。その目が捉えるのは鮮やかな花の咲く小高い展望台だ。
「……どうせなら、デートだと、良かったんですが……」
「あら、でもこれも良い景色よ?」
 くす、と笑う『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)から視線を逸らした『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)はそうですね、と小さく囁く。二人は真っ直ぐに丘の上へと昇って行った。その手を引く糾華も俯きがちのリンシードも其々の幸せの定義は其々であるとそう知っている。
 速さを見に纏った『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)の髪で3Sが何処か光を反射した。何時の日か克ち合った視線の意味を思い出す様に胸に湛え、悪趣味だなあと囁いた。
 誰かにとっての幸せが、誰かにとっての不幸となる。表裏一体のソレが代償となるなんて、なんて悪趣味か。
「空っぽの幸せって、果たして満たされる物なのかしら……」
「時に、幻想の様なものをこうも無邪気に追い求められるのは『少女』の特権かもしれんな」
 そうかしら、と小さく笑みを零す『運び屋わたこ』綿雪・スピカ(BNE001104)に頷く『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)は疾風のブーツで確保した足場を確かめる様に、一度足踏み。往こうと掛けられる声にスピカは頷いてドルチェ・ファンタズマを握りしめた。
「誰かの幸せだって、それは『配送物』よね。運び屋わたこ……本当の幸せ、お届け致します」
 その声に、振り返る様に少女が瞳を細めて、小さく『笑った』。


 開始された戦闘であれど、真っ先に『囮』を始めた糾華は戦闘中には似合わぬ笑みを浮かべて居た。何処か冷たくも見える幼さの残る美貌に浮かべた笑みは年頃の少女その物だ。
 ちらり、と木蓮に視線を送っていたリンシードは少し前に彼女とその婚約者が見せた幸せそうな様子を想い返し見せつける番ですと普段は変わらぬ人形の如きかんばせに『にひゃ』と歪んだ笑みを浮かべて居た。――そんな笑みでもリンシードなら可愛いと思えるのが糾華なのだけれども。
「さぁ、お姉様、どーんと……私の胸に……!」
「リンシード、おいで……?」
 くす、と笑みを浮かべ、何処か恥ずかしげに細められた瞳にリンシードがう、と息を吐く。何処となくきょとんとした様な汀夏奈という少女の視線を受け止めて糾華はもう一度リンシードの名を呼んだ。
「こっちにくるんでしょ?」
 大切なのはその行為ではない。『恋人ごっこ』の助長であれば夏奈という少女は目もくれなかったであろう。だが、糾華もリンシードも『幸せ』の定義に互いを含んでいた。
 例えば、かけがえの無い物を認識する時、大好きな物を食べる時、好きな人と一緒に居る時、かけがえのない日常を変わらない人と過ごし人を好きなる事を――好きになってくれる事を常に身を以って教えてくれる『リンシード』という少女が隣に居てくれること
「――これが幸せ、そうでしょう?」
 カップルへと向けられていた夏奈の視線が少女二人へと向けられた。視界に入る彼女たちの様子と言う物も『普通のカップル』よりも何処か可愛らしい少女の戯れである様に見られた。
 ぎゅ、と飛び込んだリンシードは根負けした様に小さく唇を尖らせた。照れを浮かべたリンシードの頭を撫でる糾華の細く白い指先。普段ならば人形の様にあまり動かぬその表情が緩められ、「えへへ」とリンシードは小さく笑みを漏らした。
「うん、いいこね?」
(うんうん、幸せそうで何よりだ)
 見せつけられている側の木蓮の言葉は兎も角としても、少女の視線が『其方』へと釘付けになっているその瞬間に赤を上空に向け発砲音。誘う様に笑ったレイチェルが光の加減で紫にも見える黒髪を揺らし、一歩下がる。それは単純な警戒では無い。其れその物を以って誘うアッパーユアハートだ。
「……さあ、こちらへどうぞ!」
「レイ、悪いな、付き合わせて」
 誘うレイチェルが全ての攻撃を受け続ける事に対して不安が無い訳では無かった。けれど、何処か余裕を浮かべて居るのはその隣に居る兄が最後の教えを以って彼女を庇い続けるからであろう。謝罪に対して小さく首を振り、少女が浮かべたのは兄弟としての小さな戯れだ。
「良いの、私は好きで此処に居るんだよ。そっちこそ、無茶しないでね?」
 緩む唇を再度きゅ、と閉じる。兄が護ってくれると知っているから。其れもある意味では『幸せ』にあたるのであろうか。
 レイチェルの方を向かなかった『しあわせなひと』をサングラスに包まれた黒い瞳が捉える。瞬時、滑り込む様に乾坤圏を投げ入れて、その横面を崖際まで吹き飛ばした。
「幸せという言葉はおっさんには少々気恥ずかしくなる言葉だ。幸せを感じないわけではないがな」
 そういいながらも彼は攻撃の手を弱めない。くすり、と笑った義衛郎が鮪斬の柄を握り直し、神速の斬撃をエリューションへと喰らわせた。その攻撃は多数の残像を残し、対象を捕え続ける。
「この手に斬った感覚を残すというのはある意味では不幸でしょうが、それでも幸せは俺にもあるんで、ね!」
「勿論よ。けど、幸せを幸せと認識し続けたら、麻痺してしまったのかしら……?」
 体内で廻る魔力を感じながら、彼女が撃ち鳴らす曲は雷のロンド。空より降る雷の中で唇をきゅ、と噛み締めたスピカはエリューションを見据え続けて居た。
 無論、其れであれど攻撃手である夏奈は幸せそうなリベリスタ――ソレを含む彼等全てを見詰めている。雨花鴉が打ちこむバウンティショットスペシャル。ダブルエスとも称される神速の抜き打ち連射が糾華やリンシード、そしてその周囲に居たリベリスタを狙い撃った。
「こうやって狙ってる様子だけじゃ夏奈がどんな女の子だったかは分からない。
 けど、エルヴィンの話を聞く限りじゃ悪い子じゃないんだろ? なら、俺様は彼女を止めたいと、思う」
 事前に聞いた言葉を想いだす様に、木蓮は小さく笑う。打ち出すMuemosyune Breakの弾丸が夏奈をも含めて雨の様に降り注ぐ。悪い子じゃない、という言葉にレイチェルが小さく微笑んだ。
「私も夏奈さんの事は話に聞いていましたが、実際に会うのは初めて。貴女とはお話ししてみたいと思ってたんです」
 その言葉と共に彼女が放つ閃光は全てを焼き払う様に広がっていく。無論、その対象に含まれたのは『一般人』もであった。痛みに嘔吐き、言葉にならない声を漏らす様にレイチェルの心が痛まない訳ではない。
 けれど、救うなら、此れがいちばんで在るだろうから。お願いします、と向けられた言葉に頷く伊吹がカップルの体を抱き上げて走る。続き、義衛郎が残るカップルの体を抱き、展望台の内部へとその身を運送していく。支援するスピカの指先は演奏を乱すことなく、雷を降らし続けて居た。
(――幸福な人間を第三者の眼で抽象化すると、こんな風に映るのかしら……)
 それでは目の前の幸福に囚われた哀れの人の様ではないか――!
 その背を追う物は今はない。遠距離攻撃を主体にしている『しあわせなひと』の妄執の様な霧の手を受け止めて、エルヴィンはレイチェルに視線を送った。
「……頼んだぜ、夏奈の事」
 仕方ない兄だとばかりに笑うレイチェルへと襲い来る攻撃を木蓮が全て打ちこんだ。視線を受けて、攻撃を喰らうリンシードの体が夏奈の視界から消える。
「……狙われますからね、お姉様、お気を付けて……!」
「始めましょうか。パーティーの時間よ?」
 糾華の言葉に頷いて、リンシードの魔力剣が時を切り刻む。レイチェルを標的としたエリューションを斬るリンシードが一歩引いたその場所へと真っ直ぐに浮遊する黒翅。彼岸ノ妖翅が切り刻む様に『しあわせなひと』の霧状の体を引き裂いていく。
 リンシードの灰色の瞳では世界が輝いて見えて居た。糾華が居るだけで世界が輝いて見えるのだから。其れまでの世界はきっと灰色だったのだろう。彼女の瞳と同じ色の世界はどれ程までに暗かったのだろうか。
「暗闇から救い出して『リンシード』という確固たる存在を作る機会を下さったお姉様が大好きです」
 だから、支え続けると、その先にどのような困難があっても、全てに抗い続けると誓った。それこそがリンシードという少女の幸せであるのだから。
「……負けられません、ね」
 小さく囁く声に、光る婚約指輪を見詰めて居た木蓮が幸せそうに微笑んだ。銃は真っ直ぐにエリューションを狙い撃つ。その対象に夏奈が含まれている事に気づき、スピカが目を凝らした。その視線は彼女の状況を見透かす様な観察眼だ。
 夏奈の視線を仲間達から遮るように立ったエルヴィンの目的は彼女の不幸が『自分が傷つくこと』に当たるのではないかと考えた行動の末であった。もしもそうであれば、夏奈がエルヴィンの事を好いている証明になる――何て何処か可愛らしい思考にレイチェルが少しばかり肩を竦めはしたのだが、仲間達の協力を得て、今、ソレが其処で行われる事が是とされていた。
 幸せそうな人が多くて素敵な戦場だとスピカは思う。雷を只管に演奏する中でも、狙撃主たる木蓮の幸せオーラが増長して居る様に見えて、何処となく羨ましさを覚えて居た。
「誰かに予約されるって嬉しい事だよな……それにしてもこの指輪をくれた時の表情の可愛いこと!」
 まじ天使!とはしゃぐ声に伊吹は小さく笑った。楽しげな仲間達の様子と言うのは彼曰く『おっさん』も笑顔になってしまうだろう。
「俺の幸せは酒を飲んでいる時だな……傍からは不幸に見えるか」
 やけ酒等も想像してしまう訳であり。ほっとけと拗ねたように云うその様も幸せそうである。そんな彼のしあわせは牧場で兎の世話をしている時だな、と小さく思い出す。そう、幸せとはそんなささやかな物で良いのだ。其れだけでも十分だと思ってしまう自分が居るのだから――
『しあわせなひと』の攻撃を繰り返すリベリスタの中で、何処か想い出を語る様に微笑むエルヴィンは真っ直ぐに佳奈の攻撃を受け、その身に傷を付け続けて居た。
「最初は春めく灯籠の一員として出逢ったよな。其処での君は皆とぴったり寄り添っていて。なんだかんだで、君達は幸せそうに見えて居たぜ。……まあ、ソレを乱したのは俺なんだがな」
 傷つき、吹き飛ばされ、届かなくたって、彼は耐える力があり、仲間たちを癒す力も持っていた。攻撃を受け、避ける事を得意としないスピカがその運命を削ることとなっても其処から持ちこたえられる様にとエルヴィンは耐えず癒しを与え続けたのだ。
 増え続けるエリューションを駆逐するように木蓮が放つ弾丸が、伊吹の弾丸が、全てを撒きこんでゆく。飛び込んだリンシードが灰色の瞳を歪め、背後に居る『お姉様』の視線を感じて、力強く切り込むその一撃が増え続ける『しあわせなひと』のその体を消し飛ばせる。
 そのコンビネーションは驚くものであった。リンシードを囲むエリューションを糾華の蝶々が蝕み、彼女の方へ往こうとするエリューションをリンシードが切り裂いた。
 ソレに続き、義衛郎の切っ先もその対象を真っ直ぐにとらえ続ける。身につけるパートナーから貰った翠嵐。其れがあるだけでどれ程心強いものであろうか。
「彼女にあげたものも、彼女がくれたものも、ソレがあるだけで力になる。そういうものだろう?」
 くすり、と微笑んだ義衛郎達により、夏奈から見える幸せの多さに少女の狙いが逸れてゆく。さ、とその眸映る光りは『操られていない夏奈』を見せた様に、哀しげに細められる。
「おにいちゃ……?」
「夏奈ッ!」
 呼ばれる声にびくり、と体を揺らし、その手は攻撃を辞める事はない。アーティファクトに囚われたままの少女の心に伊吹は気付いた様に、声を荒げた。
「そなたはもうリベリスタであろう! 意志を強く持て、アーティファクトなどに負けるな!」
「でもっ――でも!」
 伊吹の言葉に戸惑った様に弾丸を繰り出す夏奈。その一撃で体を木へと打ちつけられながらもスピカは演奏を止めやしない。ふわ、と浮き上がることで直ぐに立ち位置を確保する彼女ではあるが、雨露で滑り易い地面では何処かおぼつかない場面も見られた。
「空っぽなんかじゃないわ、ただ、怖かった、そうよね……? 其処に在る幸せが消えてしまう事が怖くて、本能的に幸せをかき集めて居たとしたら……!」
 ソレはどれ程切ない事であろうか。少女が放つ四色の光に乗せられる喜怒哀楽。演奏の音色に乗せられたソレが切なげに奏でられ続ける。長い髪を揺らし、スピカが瞳を伏せて、大丈夫よ、と囁いた。
 しとしとと小さく水滴を零す雨が何処か涙混じりになる様に思える。その中でもレイチェルはぎゅ、と両手を組み合わせ願う様に幸せを呟き、直ぐ様に弾丸を打ち出した。神秘の光を纏うその弾丸が少女の体を蝕んでゆく。
「誰かが傍に居てくれる事を幸せに思うのは、君だけじゃない! 君がこのままだと、彼等が幸せになれないぜ」
「お兄ちゃんは――夏奈が居て幸せになってくれる?」
 誰かに愛されたいと願うのはきっと、誰かに愛されるという事実を認める怖がってしまう証拠なのだ。本当は誰かが好いて居てくれても言葉が無いと、ソレが本当に思えないから。
「機は今よ……あの子を、せめて優しい悪夢から解放してあげて」
 唇を噛み息を浅く吐いたスピカの言葉を聞きもらさずに義衛郎が刀を仕舞いこむ。同時にエルヴィンが小さく笑い、手を伸ばし、名を呼んだ。中尉が逸れたそのタイミングで真っ直ぐに飛び込んだ糾華が彼女の動きを止めた。不殺(コロサズ)を主体においた攻撃の中、放たれる光と、その拘束で少女の体がふらりと傾く。
「……そろそろ目を覚まそうぜ、夏奈?」


 雨露が地面を濡らし、花から滴り落ちる雫が何とも美しく見えるその場所は今はしんと静まり返っている。
「あ、ああ……そうだ」
 ふと、連絡先を荷物から探そう、と夏奈の持っていた荷物を触った木蓮は一応女の子だし、な、と一人慌てた様に呟いていた。彼女の携帯電話の中にあった『春ちゃん』と記載された連絡先は少女の兄にあたる――孤児院の青年のものだろう。
「取り敢えず、連絡は私がしときますね? ……こんにちは、アークです。夏奈さんについてなんですが――」
 連絡する背中を見詰めながら、木蓮は一人小さく息を吐く。レイチェルが連絡したアークの処理班もそろそろ到着するころであろう。壊れたアーティファクトを握りしめ、息を吐いた義衛郎が小さく伸びをする。
 その背後、瞬いたスピカが傷つく体を見詰めて羽根の生えた郵便鞄についた埃を払っていた。
「汀、リベリスタたる者、欲望に任せて怪しげなAFに頼るなど以ての外だ」
 目を醒ました少女に敢えて厳しく接する伊吹の声に夏奈が驚いた様に丸い瞳を向けた。
「正直そなたのような娘の考えていることは俺にはわからん。だが満たされぬ気持ちは理解できる」
 若い年頃の少女であれば仕方がないことなのではないだろうか。神秘に頼らず普通の少女としてソレを追い求めれば良いと告げる声に小さく頷いた。真っ直ぐな少女であるのだから、何時か幸せを手に入れられるだろう。
「……そういう求め方なら応援したい。俺も一人の娘の父親としてな」
 少女よ、幸せになるが良い。俺の屍を越えて往け。
 そう言った伊吹の顔を見詰めて、瞬き少女が膝をつく。その体を抱きしめて、ぽんぽんと背中を叩くエルヴィンの腕の中で慌て、照れたように少女がもがいた。
「……お、おにいちゃん?」
「苦しめてごめんな、もう大丈夫だ」
 何時だって、彼女が心配だとは思った。エルヴィンは仲間達から軟派だとからかわれる事もあった。救いたがりの性質が其処に出て居たのだろう。沢山の女の子を相手にして、沢山の女の子に手を差し伸べた。けれどその中でも放っておけない少女であったから。
「え、えっと、夏奈はもう大丈夫だから」
「……ダメだ、離さない」
 とん、とんと肩を叩く手が震え始める。段々と嗚咽を漏らし始める少女の背に手を回し、エルヴィンはほっとした様に息を吐く。
 溜め息交じりに「兄さんは」と吐き出すレイチェルの声に糾華とリンシードが目を見合わせて笑った。何処か気恥ずかしさも残る少女二人の手が繋がれる。
「……それと、お姉様から、甘えても、いいんですよ……?」
「こう見えても、甘えてる方なのだけれど……足りないのかしら?」
 どうでしょう、と首を傾げるリンシードに少女達は小さく笑い合う。
 じめりとした六月らしい気候の中で、ふと顔を上げたリンシードがお花、綺麗ですね、と小さく、呟いた。そうねと返す糾華の声は優しげなものであった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れさまで御座いました。
 しあわせそうでとってもきゅんきゅんしました。
 夏奈ちゃんへのお声掛けも有難うございます。とっても嬉しかったのです。
 皆さんの幸せが長く続きます様に!

 ご参加有難うございました。