● 肉を通じて流れ込む純然たる憎悪にまだやわらかい羽の先まで痺れ、触覚が蠢き、兄弟のそれと液の中で絡み合う。 ああ、堪らない……。 ● ああ、ほんとうに嫌になる。 なにをクソえらそうに。 好きかってなことばかり言いやがって。 みんな死んでしまえよ。 ストレスをぎゅうぎゅうに詰めこまれてまた1日が終わる。 脳みそがドロドロした負の感情を生み出すのをやめない。 のっぺりとした顔を車窓に映し、光の消えた目で流れていく夜の街並みを眺めながらため息をつく。 同じことをしてヤツはお咎めなし、それどころか素晴らしいと褒められる。称えられる。 なぜなんだ? 辞めてやる、そう思いながらもこれまで我慢を重ねてきた。 生きていくためには働かなくてはならないから。 我慢して我慢して爆発しそうになったところでアレと出合った。 どんなに殴りつけても決して死なないアレに。 ――シネシネシネシンデシマエとっととシネヨキモチワルイ! いつものごとく。 床や壁に貼った青いビニールシートの一面が、アレの流したどす黒い血や折れた歯、その他もろもろで汚れてしまった。 当然、返り血を浴びた俺の体も穢れている。 ほんとうに気持ちが悪い。 「きれいに片付けておけよ」 元が分からないほど変形した顔にお決まりのセリフを投げ捨てて、俺はガレージを出た。 どうせ1時間もすれば傷も腫れも治って元の姿になっている。 日を追うごとに得られる快感と発散されるストレスの度合いが減ってきていた。 それでもアレが死なない限り俺は繰り返す。 何度でも。 何度でも。 初めて殴ったときに感じた罪悪感、そんなものはすでにない。 ● 「さっそくだけど、アザーバイトの討伐とある家族の保護をお願い」 いつものごとくさっくりと。集まったリベリスタたちを前にして、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は用件を切り出した。 「仮に討伐対象をキラー・ビーと名づけるわ。万華鏡に写った姿が巨大なスズメバチそっくりだから」 イヴの後ろにあるモニターは確かに黄色と黒の、それらしき姿を映し出していた。 「こいつは現在、あるアザーバイトに寄生している。幼虫のときは宿主の腹にいて、人の憎悪を糧にして成長。ある程度成長すると腹を破って出てくるみたいね。だいたい1腹に3匹~6匹が棲息するらしく、今回は5匹が生まれている」 宿主から出てきたときは子供のにぎり拳大。イヴの未来視では成長スピードが速くて1分ごとに倍化していたらしい。 最終的には体長3メートル、猛毒の針を持つ6枚羽の蜂になるという。 「キラー・ビーの主食は生肉。鋭い顎で噛み千切った肉を団子状にして保存。現場に到着した時点で宿主になっていたアザーバイトは肉団子にされかかっている。こちらは助けるのが難しい。キラー・ビーの宿主となっていたアザーバイトを監禁して虐待していた男とその家族が犠牲になるのを全力で防いで頂戴」 まだ一軒の家の中だけで事態は収まっているが、このままキラー・ビーを放置すれば周辺地域に住まうすべての人々が犠牲になるだろう。 「宿主であったアザーバイトは、キラー・ビーによって人に虐待を促すフェロモンのようなものを分泌していたの。だからといって虐待男に罪はない、とは言い切れないのだけれど……」 キラー・ビーの力を増幅させ、更なる犠牲者を出してしまわないためにも助ける必要がある。 割り切れなさを顔に残したまま、イヴはリベリスタたちに出発を促した。 「こんなときだから万華鏡で随時サポートするよ。いま問題になっている親衛隊はこちらで牽制、ガードする。キラー・ビーがまだ小さいうちに倒してしまって」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月15日(土)22:37 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 締め切ったガラス窓の内側でアニメソングが鳴っている。テレビの音を小さくしなさい、と怒鳴る母親の声がそこへ被さる。 似たようなつくりの家の前をわき目も振らず走り抜けていく一団があった。アークのリベリスタたちだ。向かうは一番奥の区画に建つ一軒家。 墓地の暗がりを後ろに背負ったその家は不吉という言葉がよく似合っていた。明るい日差しもとで見れば受ける印象も変わるだろうか。いや、おそらく変わらないだろう。見るものの精神にじっとりと絡みつくこの負の澱みはロケーションからくるものではない。 まだ夜も早いというのに玄関の明かりは消えている。家の中からは物音ひとつ聞こえてこないが、玄関のドアを飾る縦長のガラス窓の奥にぼんやりとした明かりが見えた。 「巨大な蜂に似たアザーバイドですか……。しかも時間の経過とともにどんどん成長する……。これはやっかいですね」 離宮院 三郎太(BNE003381)はつるを指で掴んで眼鏡をかけなおした。ひんやりとした夜風が三郎太の額にかかったねこっけを揺らす。 「ええ、まったくです」 ですから60秒以内に仕留めましょう、と『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は頭の後ろに手を伸ばして髪を結わえたリボンを結びなおした。 黒く潰れた生垣の向うから聞こえてきた微かな羽の音を耳にして、『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)はわんこの抱き枕をきゅっと抱きしめる。 「にくしみを糧に成長する寄生蟲。とてもとてもこわいもの。世界に解き放たれてはいけないの。ぜんぶ倒して、ここでの悲劇は終わりにするの」 ひよりの体が淡く光ると同時に白い羽の幻がふわりと空を舞い、翼を持たぬリベリスタたちを包み込んだ。 アークの妖精は白い翼を背負う仲間たちのために祈る。 「ご武運をなの」 ● 玄関前を左へ折れて中庭へ。何か硬く鋭いものが金属を貫通する音とともにガレージのシャッターにこぶし大の穴が4つあいた。ドンドンドンっとシャッターが外へ向かって大きく変形する。アザーバイトが外へ出ようとして体当たりしているようだ。 家の中で何かが割れ、中庭に面したガラス戸のカーテンが開かれた。 『痛みを分かち合う者』街多米 生佐目(ID:BNE004013)が先陣を切って地を蹴り空へ向かって飛び立つ。 なにごとか、と庭を覗いた監禁男の父親が、突如目の前で大きく広がった空色の羽に驚いて腰を抜かした。 『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)は腰を抜かした父親には構わず、翼をはためかせると2階の窓へ向かった。 4体のキラービーがガレージのシャッターを吹き飛ばして中から出てきた。アザーバイドを助けるためにガレージへ向かっていた『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)と舞姫のすぐ頭の上をかすめて飛んでいく。 「こちらは任せてください! その間に避難誘導をっ!」 キラービーたちの動きにあわせるかのように三郎太と『レディースメイド』リコル・ツァーネ(BNE004260)も高度を上げる。 「はい、なの。任せてなの」 ひよりは庭に面したガラス戸を叩いた。縁側で腰を抜かしている監禁男の父親を安心させるように微笑むと、「大丈夫ですか? 立てますか? 落ち着いて玄関から外に出てくださいなの」、と声をかけた。 夕食が載ったテーブルの向うで互いに抱きあっていた母親と祖母がへなへなとその場に崩れ落ちた。 「ちっ」 『アッシュトゥアッシュ』グレイ・アリア・ディアルト(BNE004441)は短く舌を打った。 このまま家の中にいるほうが安全か、と自身に問えば、危険だと即答する自分がいる。キラービーたちはシャッターを破った。ガラスなんてあっさり割ってしまうだろう。やはり家の中から連れ出して遠くへ行かせるのが一番だ。 「ここはオレがカバーする。中に入って家人を外へ連れ出してくれ」 頭上ではすでに戦いが始まっていた。2階にいる監禁男を得られないとなれば、キラービーたちはすぐさま目標を切りえてくるだろう。すぐ近くにエサとなる人間がいることは、監禁男の言動を通じてうすうす感づいているはずだ。 グレイの視線に気づいたのか、4体のうちやや離れたところでホバーリングしていたキラービーがすっと高度を下げてきた。 「はやく!」 ひよりがガラス戸を引く。室内から冷えた空気が流れ出てきた。 「立って、なの! 急いで逃げるの、です」 父親の右腕をとると、ひよりは翼を懸命に羽ばたかせた。わあわあと弱々しく叫びながら残った腕を振り回す父親を、玄関に続く廊下へ向かって引きずっていこうとする。が、重い。動かない。 グレイは黒いオーラーを銀色のオートボウガンに集め、番えた矢にまとわせた。 空中制止から一転、突撃してくるキラービーに向かって魔閃光を放つ。 キラービーは6枚の羽を駆使し、身をねじりながら斜め上へ体を逃がした。 黒い矢が蜂の脚を1本吹き飛ばした。 「くそっ!」 キラービーはグレイを見下ろしながらカチカチと大顎をかみ合わせた。 怒りに羽を激しく震わせて再び突っ込んでくる。 グレイはオートボウガンを顔の前に立てて、喉を噛み切ろうとしたキラービーの大顎を防いだ。突撃の勢い余ってキラービーごと室内へ倒れこむ。 「だめぇ!」 父親の足の上にグレイの背が落ちた。 監禁男はベッドの上で壁を背に枕を胸に抱えて震えていた。 とらは開いた窓から室内に首を突っ込むと、わざと明るい調子で監禁男に声をかけた。立てた親指で肩越しに背後のキラービーをさす。 「ハーイ、これは憎悪を食べて育つ蜂だよ☆ 随分、でっかくなったねぇ? それはそうとガレージにいるの、俺の友達なんだー。お兄さんが助けてこれまで匿ってくれたんだよね? ありがとう♪」 監禁男はわけが分からない、といった表情だ。顔からはすっかり血の気が引いている。薄く開いた口の間から、細かく打ち鳴らされる歯がもれ出ていた。 「下手に騒いで、人を呼ばないでね? 食べられちゃうよ」 ウインクを飛ばして体を反転させる。 とらはリベリスタたちの隙をついて右上の降下から部屋の中へ突入しようとしていた蜂にすばやく目をつけると、6枚羽の上に赤い月を呼び出した。 魔月が膨らんで、死の赤い雫をキラービーの上に滴らせる。 ――GaGeeie! 上からダメージを受けて一旦は沈み込んだものの、キラービーはすぐさま体を浮き上がらせた。 そこへ生佐目が、近くを飛んでいた別のキラービーを巻き込みながら黒光りする刃渡り三尺三寸三分の蛤刀を回し振う。 黒く燃える命の輪が月明かりの下に描かれる。 浮き上がってきたキラービーの頭が半分、黒刃に叩き潰されながら切りとられた。 黒輪の軌道上にいたもう一体のキラービーも6つのうち2つの羽を叩き割られ、きりもみしながら落ちていく。 背向けたところへ残り2体のうち生佐目に近いほうの1体が襲い掛かった。 「生佐目様!!」 リコルの警告を受ける前に、奇襲を察した生佐目はすでに体を捻っていた。 しかし蜂の動きのほうが素早かった。 6本の脚についている褥盤をつかい、生佐目の体を身動きできないようにがっちりと抱える。大顎を大きく開くと、長い髪の下に埋もれたうなじに噛みついた。 蜂の胸でくぐもった悲鳴とともに生佐目の足がぴくりと跳ねた。 「三郎太、参りますっ!」 三郎太は生佐目を捉えているキラービーの背後に回ると、細心の注意を払って生佐目の腕を押さえ込んでいる腹部の左足を気糸で打ち抜いた。 大量に噴出す血と痛みに意識を飛ばされそうになりながらも、生佐目はやや自由を取り戻した右腕を懸命に動かして三・三・三を蜂の横腹に突きたてた。 キラービーが頭を上げて脚を開く。 とらが全力で落ちる生佐目を追う。 頭半分を失ったキラービーもまた落ちる生佐目に狙いを定めて追う。 三太郎は上空から生佐目に迫るキラービーの動きを完全に解析するとともに急降下、その前に立ちふさがった。死角になった面から黄色と黒の頭部へ向けて連続で拳を繰り出す。 ぐちゅり、と音をたてて半分残っていた頭が吹き飛んだ。 リコルはわき腹に刺さった刀を抜こうと空でもがくキラービーに近づくと、頭上でさっと双鉄扇を開いた。 「お覚悟!」 扇に月明かりを乗せて力強く、されど気品溢れる終焉の舞いを演じる。 扇は蜂の胸部と腹部の細いくびれに食い込み、そのまま体を寸断した。 キラービーは最後の一刺しをリコルにむけて飛ばすことなく地に落ちていった。 とらは地面に激突寸前だった生佐目の体をなんとか抱きとめた。 翼を大きく広げて加速のついた落下の衝撃を和らげる。 どさどさと重い音をたてて、回りにキラービーの死骸が振り落ちた。 「外に出た殺人蜂はあと2匹。だけど……」 羽を2枚失ったキラービーは大型の肉食獣ほどの大きさになっていた。地を這う姿はその体の色もあいまってトラのようにも見える。 「とら対トラねえ……シャレてる場合じゃないんだけど」 とらのうしろにリコルが降り立った。しゃんと背筋を伸ばし、空色の翼の間から大顎を鳴らすキラービーを睨みつける。一瞬だけ背後の家を振り返ると、AFをつかってガレージの中にいる舞姫とキリエに応援を要請した。 「とら様、申し訳ありませんがわたくしはひより様たちの援護に向かいます」 窮地に陥っている仲間がいたら、その仲間を襲っている敵を優先させる。リコルは戦いの前にそう決めていた。 室内からはひよりが吹かせる癒しの風とともに悲鳴が断続的に流れてきていた。 大きくなったキラービーをいまはグレイがまさしく身を挺して押さえ込んでいるようだが、それもそう長くは持たないだろう。 三郎太がとらたちの前に降り立った。胸の前でがちりと魔力鉄甲を嵌めた手を打ち合わせる。 「おふたりがガレージから出てくるまでボクがこの蜂をブロックします! 月杜さんは街多米さんをつれてツァーネさんとともに雛宮たちの所へ行ってください!」 「頼んだよ!」 「はい! 与えられた役割はしっかりこなしますのでっ!のでっ!」 とらは立ち上がると、すでに家に向かって走り出していたリコルの後を追った。 三郎太は知り得たばかりの情報、神秘よりも物理攻撃が利くに基づいて魔力鉄甲を突進してきたキラービーの顔のまん中に叩き込んだ。 ● 頭上をかすめるようにして飛んでいくキラービーたちをあえて無視してやり過ごすと、舞姫とキリエはシャッターの前にたって同時に蹴りを放った。蜂が開けた穴は小さすぎてどちらの体も通り抜けることができなかったからだ。 血の鉄くさい臭いと微かなアンモニア臭がむっとする生暖かい風とともに穴から押し出されてきた。 どこか遠くでアニメヒーローが必殺技の名を叫んでいる。 ふたりは声を合わせると、アニメヒーローが必殺技をだすタイミングに合わせて大きく外側に膨らんだシャッターを蹴った。だが、半端に歪んだシャッターはなかなか壊せない。 舞姫は開いた穴から中を覗きこんだ。羽音からキラービーがシャッターの近くまで移動してきているのは分かっていたが、その姿をみることは出来なかった。小声でキリエにシャッターから一歩離れるように伝えると、威嚇のために無数の刺突を穴の中へ繰り出した。 当たらなくてもいい、いまの攻撃に驚いてシャッターの傍から離れてくれさえすればいいのだ。 ふたりは腰をかがめてシャッターの隙間に手を入れると、力をいれて持ち上げた。途中で蜂たちが開けた穴の淵が引っかかって止まってしまったが、なんとか体を中へ滑り込ませるだけの隙間をあけることができた。すぐにシャッターの下をかいくぐる。とたん―― 「うっ!」 腰を伸ばして立ち上がりかけた舞姫の太ももに長い毒針が刺さった。 裸電球の真下にキラービーが浮かんでいた。威嚇を受けたキラービーは、舞姫の狙い通りにシャッターの傍を離れた。だが、直ぐさまはなれたところで迎撃の態勢を取ったのだ。 「舞姫!」 舞姫は針に手をかけて引き抜こうとするキリエを手で制した。 「わたしよりも先に彼女の手当てを」 キラービーの斜め下、壁際で血まみれの人――アザーバイトが小さく体を丸めて倒れていた。 アザーバイトは体を覆う小さな布切れ一枚身につけていなかった。赤く染まった裸体のあちらちらで肉が大きくえぐられ、白い骨が見えてしまっている。腹からはみ出た腸の薄いピンク色が妙に鮮やかに目を引く。腸がとぐろを巻くそばには、やはりピンク色をしたひき肉のかたまりがあった。キラービーのエサ、肉の団子だ。 そんな状態であってもアザーバイトの心臓は動いているようだった。胸のうちで心臓が弱々しく鼓動を刻むたび、傷口から血がどくっと溢れる。 「明らかに再生が追いついていません。わたしが殺人蜂をひきつけている間に……キリエちゃんははやく彼女の手当てを」 舞姫はわざと勢いよく太ももに刺さった毒針を抜き取った。 傷口から流れ出た鮮血が白い肌を伝い落ち、黒いハイソックスを濡らしていく。 「わたしが相手よ。かかっておいで!」 解体を続けるか新たに現れた獲物を捕獲するか、迷っているらしきキラービーに向かって舞姫はアッパーユアハートを放った。 キリエは大顎を打ち鳴らし、激しく羽を震わせながら舞姫に突撃するキラービーの横を走り抜けた。 肉の浮かぶ血溜まりの中に迷わず膝をつき、半死の体に大天使の吐息を吹きかける。 『怖がらないで、私達は貴女を助けに来た。もう少しだけ頑張って』 意識を取り戻したアザーバイトを戦いの音で怯えさせないように柔らかな口調で語り掛けた。 続けざまにヒーリングをかけ、失われた肉を再生し傷を塞いでやる。 『あ……あ…い……っ? イ、イヤ……やめて!』 アザーバイトは手を突き出してキリエを押しのけた。悪い夢から覚めきれず、キリエを監禁男と見間違えているのだろう。いまだ麻痺の残るこしから下をずるずると腕の力だけで引きずって果てしなく続く暴力から遠ざかろうとする。 キリエは手を伸ばしてアザーバイトの腕を掴んだ。現実と幻の狭間に落ち込んだまま激しく足掻くアザーバイトを胸に引き寄せる。両腕で優しく包み込むようにして肩を抱きしめると、そっと手のひらを頭にやってなでてやった。 舞姫が放ったアル・シャンパーニュの光が、アザーバイトを抱くキリエの背を照らして血で穢れた壁に影を作る。 『数時間後にこちらと、貴女の世界を繋ぐホールが開きます。帰りましょう、貴女の仲間の待つ世界へ』 断末魔とともにキラービーの体が飛び散った。 キラービーはコンクリートの床に倒れながらも、まだ生に未練を残して大顎を打ちならす。 「生きるため、他者を喰らうのは自然の摂理かもしれない。理屈ではわかる。けれど……」 もがく異界の虫を見下ろす舞姫の隻眼は冷たい炎に輝いていた。 「納得などできない。人の心を弄び、惨劇を招いた貴様たちを、絶対に許しはしない!」 断罪の刃が光の雨となってキラービーの上に降り注ぎ、その忌ましい体をかき消した。 ● 「駄目なの! あっちいけ、なの!」 ひよりはゆめもりのすずでグレイの体に覆いかぶさるキラービーの頭をポコポコ叩いた。そのたびにちりちりしゃらしゃら、軽やかな音が鳴る。 監禁男とその家族は、2階から降りてきた監禁男に連れられてなんとか無事に家を離れていた。 大きさの増したキラービーはかなりしぶとく、リコルとふたりがかりで攻撃しても腕の中の獲物を離そうとしなかった。グレイは血にまみれてぐったりとしている。 とらは生佐目をソファーに横たえると、リコルに蜂の体の下から攻撃を仕掛けてくれと頼んだ。ひよりには、「こいつがリコルの攻撃で浮き上がったら、グレイを下から引き出して」と頼む。 「了解なの。ひより、がんばる」 下から上へ、リコルが蜂の横胸にファイナルスマッシュを脚を折りながら叩き込む。 ふっと黄色と黒の体が浮き上がった瞬間に、ひよりが渾身の力をひめてグレイの体をその下から引き出した。 とらが放った気糸がキラービーの体に巻きつき、反撃を封じつつ固く絞られていく。 室内に入り込んでいたキラービーがとらの気糸に引き裂かれると同時に、庭では三郎太とキリエが残りの一体を仕留めていた。 「どうやら終わったようですね」 リコルの言葉を持って事件は終わりを告げた。 ● 事後、アザーバイトの女性は監禁男と直で会うことを拒んだ。 頭では分かっていても体の震えは止められないの、と目に涙を浮かべて言った。 『どうか生きてください。辛い事があった分、貴女に幸運が訪れるよう、私はここで祈ります。お元気で』 キリエの言葉に送られてアザーバイトは開いたばかりのホールに足を踏み入れた。 直後、アザーバイトは林のハズレから木の陰に隠れるようにして彼女を見送っていた監禁男とその家族たちのほうへ振り返り、『貴方たちを許します』と呟いた。 穴がアザーバイトを飲み込んだままするすると閉じていく。 監禁男は閉じていく穴に向かって土下座した。 木々を振るわせて監禁男の号泣が林の中に響く。 ひよりは震えるその背にそっと言葉を落とした。 「今回のことで育った怪物があなたの大切な人を傷付けることが無いよう、ご自身と向き合ってくださいなの」 悪意の澱みを振り払いつつある家族を朝焼けの中に残し、リベリスタたちは帰路についた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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