●雨竜 弾雨交差する真夜中の鉄火場にぽつりと一滴、雨が降る。 片や、正義を掲げて。 片や、意地を貫いて。 さるリベリスタとフィクサードの一団同士の抗争はいつ終わるとも知れず衝突を繰り返す。 路地裏の入り組んだ地形を盾に、銃撃戦がつづく。 「加勢はまだかよ!」 ショットガンを唸らせつつ、白襟に金細工の首飾りをしたクリミナルスタアの悪漢は叫ぶ。 「兄貴、“黒山羊”が急行してくるってよ」 「ハイネか、馬車馬のように働くやつだ。あいつは使えるな。よし、今は耐えるぞ!」 刻一刻。 雨脚と弾雨は強まっていく。 ぽつぽつ。 しとしと。 ざあざあ。 『喧騒ニ過ギル』 轟く一声に応じるように、雨色は妖しき紫に転じる。 甲高い悲鳴が響く。 「肌が、私の肌が……溶けている!?」 後方に陣取り回復支援に徹していたリベリスタの癒し手の女が痛苦に呻く。玉の白肌が、紫の煙をあげて焼けただれてゆく。溶解する。 弾雨が鎮まる。ただならぬ異常事態に双方が攻撃の手を止めた。否、もがき苦しんでいた。 紫の雨が降る。 血の雨さえ生ぬるい。 紫の雨が降る。 弾の雨さえ懐かしい。 それは抗う術もないまま、着実に革醒者たちを削り溶かしていく。 紫の雨糸の奥底で、アメジストの竜眼が獲物を見つめる。 「このっ!」 リベリスタが巨剣を振り上げ、爆裂する斬撃を紫の雨に潜む魔へと叩きつける。 フィクサードもまたライフルを眉間目掛けて正確無比に一射した。 霧を掴むが如く、それはすっぽぬけて無駄に終わる。 夢幻ではない。 殺戮を望む魔竜の威圧感がすぐそこにある。 「じ、実体がないのか?」 「た、退避だ! 建物に避難しろ!」 こうなれば敵も味方もない。フィクサードとリベリスタの一団は互いに無言のうちに一時休戦とした。計十二名の革醒者が揃えば、大抵のエリューションは撃破可能なはずだ。彼らはけして目覚めたての新参者ではなく、それなりの場数も踏んでいる。だからこそソレの凶悪さを悟った。 狩人だ。 アメジストの魔竜は完全にこちらを獲物として見定め、一方的に屠るつもりでいる。 一団は熟慮する。 「斬撃も鉛玉も通じない、暖簾に腕押しか……」 「万能はありえない。神秘で攻めれば、必ずや」 「今のうちに回復を!」 癒し手が、上位世界の聖なる者へと懇願する。瞬く間に紫の雨で焼け溶けた体躯は癒えてゆく。 その時だ。 ガラス扉を粉々にして雨竜――いや紫の鉄砲水が侵入してきた。雨竜は変幻自在に液体と化すのだ。横殴りに叩きつける奔流に呑まれて、幾人かはそのまま力尽きる。 とっさに跳躍して天井の照明器具にぶら下がった面々が眼下に目にするのは仲間の断末魔だ。苦しみもがくうちに徐々に煙をあげて溶けてゆき、最期には白骨が爛れ落ちた肉皮の底に見え隠れする腕を掲げ、助けを求めながら沈んでゆく。 「貴様ァッ!」 翼の加護を得て滞空しつつ、定形に戻りつつある雨竜へ目掛けて八名が一斉攻撃をかける。 断罪執行、ギルティドライブが胴を貫く。 デッドリー・ギャロップが全身を気糸で幾重にも絞め縛す。 神秘に根ざす筈の二種の攻撃が、しかしまたもや空振りとなった。 「なんだと!? 一体どういう性質が」 「退け!」 剣によって十字を切り、強力な光弾を竜の首に叩きつける。 と共に、神秘による閃光弾が炸裂した。 遂に命中した。頭部への一撃を受け、鬱陶しげに顔をあげた雨竜は閃光を食らい、ひるむ。 『小癪な!』 そう叫んだ時、雨竜の口腔――その奥底にある竜舌に“紋章”が刻まれていることを確認できた。意味深だ。単なる模様ではなく、何か魔術的な意味があるのだろう。 「アレが弱点か!」 勝機を掴んだとみた面々は熾烈に攻め、起死回生の一手を試みんと攻勢を掛けた。 それは裏目に出る。 “二匹目”が急所を狙いに迫撃せんとしていた幻剣士の頭に食らいつき、もぎ千切った。鮮血の雨が降る。“三匹目”が幻剣士の亡骸をするりと大きな体躯で呑み込んだ。その竜舌に紋章はない。 一団は目撃する。 “四匹目”と“五匹目”が、雨竜の体内に囚われた仲間の亡骸を礎に作られるさまを。 「――無理だ」 そう呟いた男は驚愕する仲間を置き去りにして、ひとり建物の外へ逃れようと二階へ昇る。 逃げ場などない。 しかし、そこに待ち受けているものは彼の想定範囲外の存在だった。 「ねえお兄ちゃん。仲間を大事にしないと、地獄に落ちるんだって知ってた?」 女執事とお嬢様。 オフィスチェアの上でくるりくるりと回って遊びつつ、幼き焔の吸血鬼は華やかに微笑む。 「あたちは仲間想いなの、百年経ってもお友達のことは忘れないんだ。えらいでしょ?」 「左様ですね、お嬢様」 火宮火継。 灰山灰音。 両者を知らぬフィクサードの男にとって、彼女らの戯れふざけるような言動は理解しがたかった。 「アレは酸青雨竜シグレムンド――あたちの大切な友達、水玉ちゃんの飼い犬なの。とっても強いし、増えるし、溶けるし、賢いし。おまけに料理上手なの。これだけご馳走を用意すれば、もうすぐ水玉ちゃんにまた逢える」 階下より絶命合唱が聴こえてくる中、火継は愛くるしくも妖しく口許を三日月に歪めて微笑する。 「――けど、あたちも空腹なんだよねー。ジキル、おねがい♪」 「かしこまりました」 消失する灰音。 ソレは『時』を斬り刻む瞬剣の極地。氷刃の霧中に閉ざされた逃亡者の末路は氷像と化すことだ。 日本刀を鞘に収め、鍔を鳴らす。その時には既に悠然と火継の隣に佇んでいた。 「……冷凍食品ってカラダによくないっていうけど?」 「失礼しました」 「ともかくあと二、三人は生贄にしないとね」 やがて静寂が訪れる。 おだやかな雨音のみに灰色の角塔は支配されていた。 ●裏方では 「ああ、こんな大変な時に九品寺さんは寝不足で使い物にならないなんて」 作戦指令本部、第三会議室。 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は資料作成に奔走していた。 『悪狐』九品寺 佐幽(nBNE000247)は一方、「毒いわし」と呪文のように繰り返しながら仮眠スペースで死にかけている。別件で、どうも限界ギリギリまで消耗しているらしい。 万華鏡による予知、予測は佐幽によるものだが分析や関連資料の準備、作戦立案まで可能なほど余力がないらしい。そこで今回は和泉と交代と相成っているわけだ。 ●凶雨 「皆さん、雨の中ようこそお集まり下さいました」 依頼メールを受け取り、召集に応じた貴方たちは改めて詳しい説明を和泉に求める。 そこで告げられたのはEエレメント:フェーズ2『酸青雨竜シグレムンド』の詳細だ。その能力などは別途、資料を参照してほしい。 また吸血鬼・火継については過去資料として「火継Awakenig」(ID:3825)も参考資料となる。 和泉は真剣な面持ちで“既に起きた”惨劇について語る。 「酸青雨竜シグレムンドは酸性雨を原型とする、Eエレメントです。極めて凶暴であり、標的を執拗に追い詰め、捕食しようとします。その捕食嗜好は、革醒者です。リベリスタ、フィクサードを問わずに手当たり次第に襲ってきます。 能力もまた凶悪を極めており、十全の対策なしに挑むのは自殺行為となるでしょう。現に、先ほどお見せした映像資料のように十二名の革醒者が短時間で全員死亡しています。 シグレムンドは何かしらの魔術による契約を結んだ結果、“水玉(みたま)”という人物と繋がり、その意志に従って行動する代わりに庇護を受けているようです。 火宮火継のこれまでの言動を鑑みるに、その仲間という水玉も封印……されているのでしょう。捕食を介して革醒者の力を奪うことで復活することを目論んでいるようです」 不死を自称する謎めく吸血鬼、火継。その一派の暗躍はこれまで大きな被害を出していない。今回は初めて本格的に犠牲者を出したのだ。それなりに本腰を入れていることが窺える。 「本依頼はシグレムンド撃滅を最優先とします。またサポート要員を二名ご用意いたします」 次に、現状を説明する。 「今現在、同地点には計3名の革醒者が向かっています。次のシグレムンドの捕食ターゲットです。自身を含めて十二体に増殖したシグレムンドを前にしては彼らに成す術はないでしょう。 リベリスタが2名、フィクサードが1名、いずれも一定の実力はあります。協力をとりつけ、共闘しつつ撃滅を試みてください。 ――最後に、皆さんにおねがいがあります」 和泉は、震える言の葉をどうにか紡ぐ。 「どうか無事に、帰ってきてください」 ●酸青雨竜シグレムンド 以下の文章は、シグレムンドの能力についての資料である。 下記の判明している能力と映像資料を元に、攻略法を練ってほしい。 ・『紫の雨』 常時発動。範囲は自己を中心に半径30m程度。回避不能。 視界悪化は命中低下に繋がる一方、凶悪な酸の雨は行動ごとに体力の一割を奪っていく。 建物の内部では無効となる。ただし、建物の耐久度も一割ずつ奪い溶かして倒壊させる。 またメタルフレーム系種族に限り、酸の雨によるダメージは体力の二割となる。 さらに紫の雨により減少した体力の半分、シグレムンド本体は回復する。 ・『耐性/弱点』 シグレムンドは耐性が多く、弱点を突かねば勝機はない。 常に半液体、さらに自在に液体化するために大半の物理的な攻撃を無力化する。 映像資料を元に推察してほしい。 ・『身体能力』 総じて高い。俊敏かつ強力強靭。分身体は1ランク劣る。四足のため器用ではない。 ・『知力』 分身体は低い。本体は高め。“水玉”や“火継”の命令に従順に従い、複雑なことも理解する。 ・『紫の濁流』 液状化しつつ激突、酸の鉄砲水と化す神秘範囲攻撃。非常に危険この上ない。 体勢を崩し陣形を崩す。呑まれている間は行動不能に。 死毒まで浴びせられる上、致命打となりうる。 追記:移動、全力移動後にも使用可。分身体も1ランク落ちる性能で使用可。対空時は命中やや低下。重力の影響を受ける為、上方に命中判定が弱く、下方に強い。滞空する標的には跳躍後に使用する。地形や建物にも影響アリ。 ・『捕食』 獲物を噛み千切る、爪で切り裂くなどの物理攻撃各種。死毒を伴い、致命打となりうる。 捕食時は獲物と接触する秒間のみ部分的に固体化する。 NPCの捕食に成功した場合、分身体を補填する上、大きく回復する。 ・『アメジストの竜眼』 眼光と破壊光線の合わせ技。貫通ビーム。本体のみ仕様。 眼光で標的を金縛りにした後、貫通力の高い強烈な魔光弾を口腔より発射する。 貫通ビームは前衛ごとブロックを貫き、後衛にまで届く。また盾代わりになる行動や障害物も貫通する。 ・『ブロック無効』 移動時に液状化してすりぬけるためブロックは通じない。 ・『分身体』 革醒者の躯を礎に、最大十一体まで増殖する。自律行動するがあくまで本体は一匹のみ。 本体に比べて見劣るが、分身体もフェーズ2級に準ずる戦力を誇る。 また耐性や液状化なども本体ほど強力ではない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月25日(火)23:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●合流 走虎、雨中を駆けて。 『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)は我武者羅に疾駆する。 時おり溶解したアスファルトを避けるべく牙緑は壁面を面接着によって走り、三角飛び等を交えて悪路を走破する。 水溜りの月が震える。この震動、またもや建造物が紫の雨によって倒壊したのだろう。 急がねば。 『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)の瞳は蒼玉に輝く。 「見つけた!」 白のレインコートを着た長身痩躯の青年ハイネが魔導書を携えて、今まさにセミ・シグレに追われていた。生きた濁流が迫る中、攻める間もなく全力逃走する他ない。 「跳んで!」 杖を掲げ、翼の加護を授ける。間一髪、ハイネは建物の屋上まで跳躍、高低差を利用して紫の濁流をかわした。 「助かった。お前は一体……」 一緒に逃走しつつ手短に事情を伝える。 「妹さん、ユキちゃんの為に今は死ねない。そうでしょ? おねがい、手を貸して」 「そうだな、死ぬのはごめんだ。しかし共闘すれば生き残れる保障はない。俺ひとり逃げる方が勝算はある。――お前“達”は、いざとなれば俺を見捨てる筈だ。そうだろう?」 「それは……」 レイチェルの蒼き瞳に波紋が広がり、過去のイメージが幻視される。 善悪交差点。 その戦いの最中、フィクサード達と共闘したレイチェルは惨劇を目にする。敵の攻撃を防ぐ、肉の盾。塵芥のようにアークの仲間たちに使い捨てられた悪人の亡骸を。 同じだ。 重き沈黙が横たわる。 「……いざとなったら逃げて」 卑怯だな、と自己嫌悪に杖を強く握り締めて。 「裏切られてもいいよ。これで条件は五分に近づいたでしょ」 胸が痛い。 けれども、これが今できる最大限の誠意なのだ。 「――報酬も手配してくれ、妹への土産に魔導書を買って帰りたい」 ハイネは重く首肯した。 ●嵐の前触れ 「こっちへ早く!」 『番拳』伊呂波 壱和(BNE003773)は牙緑ら説得組をビル屋内に誘導した。 説得は成功だ。 “破壊心”倉上 心蔵と“ドーナツ大好き”輪島 虎子に至っては協力を即断した。 「仲間の弔い合戦だ。オレは仲間想いでね。この手で引導を渡してやる」 「シンゾーにお供するのら!」 士気は上々。意気込む両者に、牙緑はどうだ心強いだろ?と目で物語る。 「あのね」 『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)は擲弾筒を担ぎ、朗らかに微笑む。 「虎子ちゃん、お土産に美味しいカレードーナツ買って帰るってのはどうかな?」 「らら?」 「はぁ? お前なぁ!」 不思議がる虎子に憤る心蔵。ピンと犬尾を立て壱和はあわててフォローする。 「あ、あのね! つまり春津見さんは“みんなで無事に帰ろうね”って言いたかったんだよ」 「そーそー」 牙緑も首肯する。 「悔しさに滾る熱い心は大事にとっとけ。料理の火加減は強弱のバランスが大事だ。焦げた料理は食えないこともないが、手前の人生を消し炭にするのはナンセンスだ」 諌める言葉は軽く、重く。 心蔵はやるせない怒りを込めて石柱を頭突き、ヒビを入れた。 「……返す言葉がねえんだよ」 「シンゾー、元気だそーよ! ドーナツあげるのら!」 「そんなエサに釣られっかよ」 ちゃっかり食べるのはご愛嬌だ。 「仲良しさんだね」 がんばれ、と応援団長・壱和は心の中でエールを贈る。 「さぁ! 戦闘指揮はボクに任せて! キミ!」 「のら?」 「ボクはレイザータクトの伊呂波 壱和。守備教導、できる? ボクに合わせて使ってみて!」 「了解イロハ!」 いろはの大戦旗を掲げ、戦闘官僚らしく壱和は指揮を執る。虎子も追随、攻防を共に底支える。 「……来る」 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は卓越した五感で敵襲を察知する。 紫の雨によって溶解する石材の臭い、そして微かに聴こえる嘲り笑い。 「火宮、火継。こっち、見てる」 淡白に、天乃は在るがままを言葉した。 ●アメジスト 静寂としていた。 紫の雨によって徐々に建物が蝕まれていく。 雨竜の第一手は沈黙だ。 五階建ての大きなビルの外周に包囲陣形を築いたまま内部に踏み入らず、出方を窺っている。分身体は知能が低いどいえど、待機命令くらいは忠実に実行できる。刻一刻、建物は腐食が進む。建物が倒壊寸前になった時、一行は脱出を余儀なくされる。 それが会戦の合図だ。 屋内にて。 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)の隣に『フリアエ』二階堂 櫻子(BNE000438)は佇み、マナ制御を継続しつつ分身体の情報解析を試みる。が、紫の雨による視界の悪化が著しく成功には至らない。 「紫色の雨、何も害が無いのなら素敵な雨色ですのに……」 想い人の袖を、きゅっと掴み。 「エリューションなんて大嫌い、私達が成したい事の邪魔にしか成りえませんもの」 櫻霞はささやく。 「如何に凶悪だろうと俺達を殺せやしないさ」 暗視ゴーグルが仄かに光る。千里眼とESPで警戒を行い、機を計る。 ゆるやかに迫る死の雨音に、櫻霞と櫻子は揺るがない。 「博打を、打ちましょう」 キンバレイ・ハルゼー(BNE004455)の幼き勝負師の提案は、繊細にして豪胆であった。 長い沈黙を破る第一手は閃光手榴弾だ。 壱和と虎子の二連フラッシュバンが炸裂、雨竜本体と反対の東の一角、四匹を封じた。 一斉に全員、外へ躍り出る。 『ヴォォォォウッ』 唸り声をあげて分身体が建物外周の南、北、西より東の一角へ迫る。ここが好機だ。南と北と違い、敵主力の布陣する西はビル中央を突破せねば最短ルートにならず迂回するハメになる。 もし迂回したとする。その場合、敵主力を除く少数に対して多数で攻撃に専念できるチャンスタイムが到来する。敵主力到着までに分身体を削ってしまえば再度同じ包囲戦術はできなくなる。 「直進、してきた、ね」 天乃は五感を研ぎ澄ませる中、キンバレイは魔力増幅杖 No.57を構え、魔法の矢を番う。 櫻子は魔弓、櫻霞は双銃、狙うは――柱。 「勝負!」 魔弾三斉射。さらにハイアンドロウがビルの柱を爆裂した。 耐久力の低下しきっていた五階建てビルは一気に崩壊。大量の瓦礫が敵主力に降り注ぎ、圧殺する。雨竜はともかく、分身体三体は足止めできるはずだ。 逆襲に転ずる。 「斬り焦がしてやるよ!」 虎 牙緑はエメラルドの雷光を纏い、我が身をも焦がす電撃を纏って雨竜分身体を縦一閃する。 虎的?牙剣が大地をも切り裂く。 「やったか!?」 つい口にしてしまった不吉な言葉は不安の裏返し。牙緑の眼前にそびえる巨影は微動だにせず。 緊張の一拍。 雨竜は、二つに千切れて滅する。一刀両断だ。 「心蔵!」 「しゃあっ、ギガクラッシュ!」 雷撃を纏った大太刀が閃光にひるんだ分身竜の豪快に斬り捨てる。しかし狙いが甘く、片腕を斬り飛ばすに留まる。苦悶の轟き。しかし即座に欠損部位を再生する。急所――革醒者の亡骸を礎とした水晶玉のような小さな物体を断ち切った為に、牙緑は改心の一撃に成功したのだ。 「どっかーん」 春津見の十字光弾がものの見事に回避される。分身体とて雨竜シグレムンドに準ずる俊敏さだ。 重ねて、紫の雨の濃度によって視界が悪い。 「一か八か!」 『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)の爆裂クラップス。 しかしダイス爆花で四散した雨竜のボディは液化復元する。 『さぽーたーみならい』テテロ ミミミルノ(BNE004222)の魔法の矢も貫通するが損傷なし。 「がっぴーんっ!」 『黒雲よ』 黒山羊ハイネの雷鎖が暴れ狂い、三体纏めて雨竜に雷撃を見舞った。有効だが、しかし一撃二撃では落ちず、また鋭敏な回避によって直撃し損ねている。 「くっ!」 好機を活かしきれず、焦る一同。その時だ。 「え?」 金縛り。 突如、身動きの一切を封じられた春津見。瓦礫の下で何かが明滅する。 絶望の一閃。 紫に輝く光の洪水。アメジストの奔流は一直線上すべてを跡形もなく消し去った。 「春津見ッ!!」 牙緑の絶叫する。 紫の雨はいつまでも止まず。 ●ずるく、ない 「けほ、けほ」 貫通ビームによって消滅し尽した爆心地のド真ん中で、春津見は懐より長方形の箱を取り出す。 「防弾カレールーです」 「……マジで?」 「うん」 埃を払い、悠然と起き上がる。何も冗談ではない。想像を絶するが、春津見の制圧型防弾カレールーは列記とした破界器だ。至高の堅守を纏った歴戦のクロスイージスならば、春津見・小梢ならば、たった一撃で沈むべくもない。 「心配させやがって!」 「ホントですぅ~! 今回復させるのですっ」 すってんころりん。ミミミルノが転倒した。しかし単なるドジではない。 「ちゃお、元気しってた~アークの諸君?」 火宮火継だ。ミミミルノの髪を掴み、腕に抱く。幼い顔にそぐわぬ妖艶な夜魔の息遣いが心奪う。 幼き姫獅子の首筋を、白牙が貫く。 きゅ~と小動物めいた鳴き声をあげ、ミミミルノは崩れ落ちた。 「乳臭い」 蹴飛ばす。あわや雨竜分身体に喰われそうになる寸前、レイチェルが救出した。 「なあに? そいつ一匹くらい生贄にくれないの?」 「何が生け贄よ……! 死なせたりしない、誰も!!」 「あと2、3人分でゆるしてあげると言っても?」 「絶対によ!」 「それで、いい」 ディスピアー・ギャロップ。絶望の封縛。天乃の操る十数重の気糸に火継は縛りあげられる。されとて不死の余裕か、苦悶の微笑を湛えて痛みに耐え凌ぐ。 「お久しぶり……あの時の、続き、やる?」 「いいけど、ひとりで大丈夫?」 灼熱の炎を無数の刃として気糸を断ち切る火継。が、即座に再び気糸に拘束される。神城・涼だ。 「ふたりで大丈夫か?」 「……ずるくない?」 天乃は星空めいた終わりなき瞳でささやく。 「ずるく、ない」 ●死闘 舞台は再び、屋内へ。ここからの戦いは苛烈にして過酷を極めた。 ミミミルノの戦線離脱、天乃と涼の二重拘束の継続、計三名分の戦力低下は否めなかった。 想定外だ。 絶好の機会に櫻霞が必殺の一手として選んだインドラの矢は致命的な悪手でしかなかった。業火滾る魔弾は炎上するどころか雨竜の液体ボディを貫通、鎮火。相性は最悪だ。その驚愕に、そしてどこかにあった慢心によって生じた隙を雨竜は逃さない。 分身体が巨大な爪を剥き、瀑布のように猛然と迫る。櫻霞には回避できない。 「櫻霞様っ!」 櫻子は血桜を散らした。 痛苦に歪んだ表情に滲む、歓喜の微笑み。背中の爪痕がもし癒えずとも櫻子は何も後悔すまい。 「ご無事で……なにより」 ――ああ、何を言葉にできようか。 直後、紫の濁流にふたりは一蓮托生に呑み喰らわれるのだった。 「助けなきゃ……!」 キンバレイは建物の上に陣取り、安全圏より回復に徹していた。紫の雨に打たれて肌が焼け爛れるや否や、即時に自己回復が働き、再生する。痛苦に耐え続けるのは並大抵のことでない。その精神力は、年少者としては賞賛に値しよう。 ――だからこそ、だ。 「失礼」 臓腑を貫く剣先。背後に佇む、灰色の影。 「え……?」 運命の火が灯る。不幸なことに、キンバレイは意識を取り戻してしまった。 一対一。逃げ場もない。 「当たって!」 捨て身のマジックアローは死神の左肩を掠め、彼方へと消える。 「凍てつき果てなさい」 『時』を斬り刻む瞬剣の極地。氷刃の幻霧が無慈悲にもキンバレイを切り刻み、氷像とする。 「ひとりで森を歩くと怖い狼に襲われてしまうのですよ、赤頭巾ちゃん」 女執事ジキルは寂々と納刀する。 「……!」 左肩に激痛が走る。最後の一撃、もし直撃していれば――。 ●劣勢 いつ撤退の号令が出るのか、その瀬戸際にあった。 「手を伸ばせ!」 牙緑は水上歩行と面接着を活用、息を吹き返した櫻霞と櫻子の救出に成功する。 しかし癒し手のミミミルノとキンバレイを失い、櫻子まで不在の間にレイチェルは最大稼動を続けた結果、かなり消耗が嵩んでいる。 確実に、限界に達しつつある。 戦況維持に大きく貢献しているのは、壱和と虎子のフラッシュバン連発だ。次第に味方を巻き込みかねない接近戦が多く、今や混戦で使いどころが無くなりつつある。 火力不足は深刻だ。牙緑と心蔵のギガクラッシュ以外、決定打はない。最も殲滅力に長けた星射手の櫻霞が復帰した今、ようやく再攻勢のチャンスが到来する。 その矢先だ。 「――潮時だな、俺は帰る」 黒山羊ハイネが突如、逃走したのだ。追撃すべく、二匹の分身体が離脱する。 「あいつ、裏切りやがって!」 「サイテーなのら!」 怒る心蔵と虎子をよそに、レイチェルは己を恥じる他なかった。 「……何やってんだろう、あたし」 裏切られたのではない。 わざと逃走することで敵を引きつけ、敵戦力を分割する。結果、形としては一挙に9体から7体に頭数を減らせた。無論、彼に死ぬ気はないだろう。それでも本当に生存第一ならば何もいわず乱戦にまぎれて消えればよい。これが彼なりの誠意なのだ。 ●底力 反撃の狼煙は、櫻子の敵解析だ。オッドアイが爛々と輝く。 「春津見様、凍結弾を」 「当たんなーい」 「ボクに任せて!」 壱和の冷徹な殺意の視線が分身体を射抜く。春津見の凍結グレネード弾が爆ぜ、直撃ならずも凍てつき固体化した竜の尾を消し飛ばす。 怒りの濁流と化す雨竜。黒と銀の二鳥拳銃が囀る。超精密射撃によって礎の水晶玉を貫く。 「早々に失せろ鬱陶しい」 櫻霞の憎悪は冷たい焔となりて双眸に宿る。 濁流暴虐。 一連の攻防の最中、雨竜が一斉に紫の濁流と化した。翼の加護を頼りに天井に達するまで跳躍、一行は回避を試みる。高低差。紫の飛沫をかろやかに避け、やり過ごす。 轟音。 時既に遅し。 ビルが崩壊した。瓦礫が、今度はアークの面々に容赦なく雪崩れ落ちてくる。無差別範囲攻撃である以上、紫の濁流は地形にまで甚大なダメージを与える。紫の雨のみを考慮した移動タイミングでは遅かった。 瓦礫の底へ。闇の底へ。 ●闇の底 柱だ。 一行は我に返る。ここは闇の底。心蔵が、崩落してきた天井を無理やり支えている。 皆大小の瓦礫に埋もれた際に手傷を負い、限界ギリギリ。今ここで戦況を立て直すのは無理だ。 「へっ、……犬死じゃねーだけ上出来だ」 紫の液体が奥底より湧き出で、迫る。右も左も分からぬ閉所の中、濁流に呑まれたが最後、命の保障はない。迷っている時間は無かった。 「言ったろ。俺は仲間想いなんだよ。――とっとと行きやがれ!」 「心蔵!」 「シンゾー!」 双虎が泣き叫ぶ中、櫻霞と櫻子は離脱を即断した。 痛音が響く。 牙緑の頬を、レイチェルが平手打ちにしていた。 無言のまま物語るレイチェルの鬼気迫る表情に、牙緑は脱出の決断という形で応える他なかった。 怒涛の濁流に追われる中、出口を求めて一行は悪路を走破する。 一縷の光明。 「こっち、に」 天乃だ。五感を頼りにハイアンドロウで瓦礫を爆砕、外部より脱出口を確保していたのだ。ぐったりとしたミミミルノとキンバレイを背負い、天乃自身も無傷ではない。外では未だ紫の雨が降りしきる。 「神城、火継を封じてる、早く」 光る翼に想いを託して、一斉に光の向こう側へ。 脱出の直後、遅れて間欠泉のように紫の濁流が天へ昇った。酸青雨竜シグレムンドは空中にて禍々しき竜の姿を象り、六つの分身体と共に一同へ落下、強襲せんとする。 「これ以上の犠牲は出させない、絶対に!」 壱和と虎子の二連閃光手榴弾が炸裂、時を稼ぐ。 しかし撤退を計る一行の眼前を、三体のセミ・シグレと女執事ジキルが塞ぐ。一匹、多い。 どろりとした紫の水槽の中を、魔導書と骨肉が泳いでいた。 「裏切ったのは……あたしだった」 四面楚歌の包囲網、こうなれば上空まで飛んで逃げる他ない。 レイチェルは心を凍てつかせ、ただ最善を尽くすために再度、決意の白き翼を呼び起こした。 一斉に飛翔、捕食を計る雨竜分身体をかわして、徐々に夜空へと昇る。 「暫く雨は御免だ」 「……櫻霞様」 櫻霞は自らの外套を櫻子に与えて、背の爪痕を紫の雨より覆い隠した。 ●宿敵 紫水晶の竜眼に光輝が灯る。 徹底的な殲滅追討戦の構え。酸青雨竜の狙撃を誰かが阻止せねば、無事の生還はありえない。 「最後に皆様へ、主人より伝言を託っております」 冷淡に、女執事は言葉を紡ぐ。 『中華街大火災。黒幕はこの火宮火継だ』 激震の一字一句。 牙緑が、春津見が、レイチェルが、煉獄の記憶を呼び覚まされる。 雨竜と火龍が符号する。惨劇の真実に世界が滲む。 紫の雨に濡れ崩れる街が、幻の炎に暮れていた。 ついに第一射が轟く。 熾烈な閃光。 しかし極大の光条は誰にも命中せず。なぜ。 「カレードーナツ、食べたかったのら」 輪島 虎子は雨竜群がる真っ只中に捨て身の降下、閃光手榴弾を投擲していたのだ。 「イロハ、絶対に振り向かないでね。だって応援団長は胸を張って、前向いてなきゃ格好悪いよ」 アッパーユアハート。神秘の言霊が、群がる雨竜を射抜く。 雨竜は殺到する。 あらゆる殺意が、輪島 虎子ひとりに集束した。 終点は死の他にありえまい。 雨夜の撤退戦。 伊呂波 壱和は生還に至る最後まで、気丈に指揮を完遂してみせた。 ――泣き虫伊呂波は泣いたのか? 雨中の涙の真偽など誰に知る由があろうか。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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