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<鉄十字猟犬>合理的にして合理的<Ritterkreuz Bajonett>


「全く大将もズルイお方だ」
 隣で、月明かりを弾く銀が宙をくるくると舞った。常に変わらぬ気楽な笑みは纏う軍服には不似合いなようで。けれど時折瞳に映り込む剣呑な色は獰猛な『猟犬』のそれだった。
 規律正しい集団において。上下関係とは絶対的な存在であった。上官が優秀であるのならば尚の事。彼が右と言えば右であり、動くと言うのならば動かねばならない。そう、それがどれ程『面倒』であっても。
「ま、俺等だって『イイカッコ』したい訳でして――ねぇ、アルトマイヤー少尉? 調子は如何なもんで?」
「『それなり』だと言っておこうか、ブレーメ曹長。……所で君、誰彼構わず私の所在を聞くのは止め給え、探されて大変だった」
 常日頃から自分の押し付ける『面倒事』を引き受けてくれるこの男が、自分は嫌いでは無かった。「モテる男は辛いですねぇ」と悪びれない相手に小さく笑って、居住まいを正す。
 階級こそ違うものの、嫌いでは無い、否、好ましいとも、ある意味では親友と呼んでも差支えない彼との会話は無駄を嫌う自分にとって数少ない時間を割く楽しみであるのだが。
 そろそろ動かねば、流石の『大将』や『副官殿』のお叱りが待っているのは明白。面倒事を自ら招くだなんて、全く以て御免だった。
「『負けないで』下さいね少尉。これでも俺、少尉のこと好きなんですから」
「勿論だ、君も私が驚くほどの『戦果』を持ち帰ってくるのだろうと期待しているよ」
 返事に迷いはなかった。何処までも飄々とした男の胸の内にある感情を、自分は確かに知っている。己に向けるこの親愛は、一度の『敗北』で容易く崩れ去ると言う事も、また。
「ははは。そりゃあ、もう。やるからにはキチンとやってみせますよ。ご安心あれ」
「では、此処で解散だ。良い報告が出来る様最善を尽くそう――武運を」
「Ja。少尉、御武運を。では往って参ります」
 肩を竦めて黒塗りの踵を合わせた。
 背筋を伸ばして。息を吸う。 月明かりも跳ね返さない、漆黒の軍服が夜風にゆらりと舞った。

「Sieg Heil!!」



「集まった? じゃあ悪いけど手短に今日の『運命』。聞いて」
 雑に椅子を引いて。腰を下ろした『導唄』月隠・響希 (nBNE000225) は酷く硬い表情で口を開いた。長い爪がモニターと擦れ合う高い音。即座に表示された、黒衣の集団――彼のバロックナイツが第八位『鉄十字猟犬』リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイターが率いる『親衛隊』。
 此処最近もう幾度その姿を見たかわからない彼らを横目に、フォーチュナは手元の資料を開く。
「とあるEゴーレム討伐任務を請け負った、2つのアークリベリスタチームがいる。……彼らは戦闘中に『親衛隊』に襲われたの。此処最近じゃ良くある話ね。
 本来なら、その子達を助けた上で敵を撃退してもらう、って感じになるんだけど……ちょっと、その相手にしていたEゴーレムが面倒な奴でね。
 識別名『阿吽像』。金剛力士像って知ってるかしら、まぁ、あれが居る。あたしらが担当するのは吽型の方ね。能力自体も優れているんだけど、これの一番厄介なところは倒し方にあるのよ。
 ……阿吽、両方同時に倒さないと倒せない。だからまぁ、先遣の子達は別々の場所にあるこの像を倒す為に二手に分かれてたんだけどねえ」
 七派フィクサードの手も借りている彼らは、フォーチュナの力も手伝い、最も面倒なタイミングで先遣隊を襲ったのだろう。倒す対象は変わらず存在し、護るべきものが増えただけだ。
「あんたらに頼むのは、ゴーレム討伐と先遣隊の救出。……親衛隊はこの際如何でも良い。その二つのオーダー最優先で宜しく。
 因みに阿型の方はメルちゃんが担当してくれてる。あっちと戦闘中も連絡を取って、きっちりタイミングを図って頂戴。……で、ええと。これ以上嫌な話をするのもアレなんだけど……今回、この『親衛隊』を率いてるのはまぁ、ちょっと嫌な奴でね」
 モニターに映る、理知的な面差しの優男。屈強な肩にかかるライフルからして、狙撃手だろうか。軍人らしい軍人と言うに相応しいそれをフォーチュナの爪が示す。
「アルトマイヤー・ベーレンドルフ。階級は少尉。……実力の程はまぁ、言わずもがな。優れたスターサジタリーである事以外で分かってる事は殆ど無いわ。……気を付けて頂戴。決して、甘く見て良い相手じゃない。
 彼は10人の親衛隊兵士を連れているから、そっちについても資料に載せておくわ。先遣隊の救出、ゴーレムの処理、その上で彼らを相手取る事になる。難しい任務だけれど、宜しくお願いするわ」
 モニターの電源が落ちる。立ち上がったフォーチュナは短く溜息を吐いて、その手をひらつかせた。
「無事の帰りを待ってるわ。――どうか、気を付けて」


「いいかね、必要なのは『戦果』だ。無駄を嫌え。冷静さを失うな。舐め続けた苦汁を同じだけ、否、それ以上にあの片田舎の懐古主義者共に、そして我らには及ばぬ哀れな者共に舐めさせるのだろう?
 痛み分けなど必要無い。邪魔ならば撃て。相容れぬのならば脳漿ごと吹き飛ばせ。少々の犠牲は厭うな。嘆きでは無く見合うだけの『結果』を手向け給えよ、諸君。――私が求めるのは『完璧な』闘争だ」
 何時も通り。必要以上に働く事を厭う様に竦められた肩に下がる漆黒のライフル。まるで散歩にでも行くような調子で歩き出した彼の瞳はけれど、欠片もふざけた色を残してはいなかった。
「Ja! 少尉、今日もマリーは貴方の刃に」
 引き摺る程の大斧を握り締めた少女が此方を見上げる。それに目を細めて。アルトマイヤーはさも当然と言わんばかりに最後列に位置取り、空へ向けたライフルの引金を引いた。
 耳を劈く、銃弾の爆ぜる音の中で。

「さあ諸君、今日も私に見せてくれ。抜かり無い君達の『戦果』と言うものを! 無論、曹長に笑われないようにな!」

 彼はひどく面倒だと、笑いながら肩を竦めた。



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年06月19日(水)23:23
格好良く派手にいきたいです。
お世話になっております、麻子です。少尉出撃。
ブレーメ曹長とご一緒に><
以下詳細。

●成功条件
リベリスタの救出(半数死亡で失敗)
Eゴーレムフェーズ3『吽形像』の討伐

●場所
廃寺の境内、南門周辺。
雑草が生え、荒れていますが広さはあります。
時間帯は夜。月明かりなどで視界に支障はありません。
『事前付与は不可』です。

●親衛隊『Zauberkugel』アルトマイヤー・ベーレンドルフ
ジーニアス×スターサジタリー。すらりと背の高い優男。階級は少尉。
無駄を嫌う完璧主義者かつ合理主義者。ライフルを武器とします。
一般戦闘・及び非戦闘スキル所持。戦闘指揮Lv3を使用。
スターサジタリーRank3スキルまでから幾つかに加え、

EXP:Scharfschützenabzeichen
狙撃手の誉れ。詳細は不明。
EX:Schiessbefehl
一弾の無駄さえ嫌う、告死の銃声。『溜める程に効果が増す』事以外の詳細は不明。

を所持。

●アーティファクト『Henker』
戦車装甲さえ貫通する威力を持つライフル。アルトマイヤー所持。対神秘戦闘向けにチューニングされておりこれが放つ弾丸は常時遠2貫の射程を持つ。
その他の能力は不明。

●親衛隊『断頭ナハティガル』ハイデマリー・クラウゼヴィッツ
フライエンジェ×デュランダル。栗色の髪にくすんだブルーの瞳の少女。アルトマイヤーの部下。
戦闘狂ながら上官に忠実であり、バランスの良い能力を持ちます。若干神秘寄り。
一般戦闘・及び非戦闘スキル所持。デュランダルRank3スキルまでから幾つか使用。

●アーティファクト『Richtblock』
刃毀れの激しい、大斧の様な形状の武器。2本で一つ。片方の刃には丸い穴が開いている。所持。その実態は可動式ギロチン。
所有者はEX:頸斬トロイメライ(近単/BS失血、弱点/対象の部位を穴に通し、もう片方の刃で叩き潰します)を得ます。その他不明。

●親衛隊×10
レイザータクト、ホーリーメイガス、ダークナイト、スターサジタリーが確認されているがその他不明。編成バランスは良い。
基本的にはRank2までジョブスキル使用

親衛隊(アルトマイヤー、ハイデマリー含む)はアーティファクト『精神防護ヘルメット』を装備しており、『怒り、混乱、魅了』のBSにかからない。

●Eゴーレムフェーズ3『吽形像』
金剛力士像のEゴーレム。ブロックに2名必要
ガンマST『<鉄十字猟犬>徹底的にして徹底的<Ritterkreuz Bajonett>』に登場する阿形像と同時にHPを0以下にせねば撃破不能。
開始時、吽形像は若干の疲弊状態。
・立ちはだかる者(P/リジェネ大、150%ヒット以上でBSにかかる)
・幻影陣(自付/DA値とCT値上昇)
・破壊波(近範/ブレイク、超ノックB(30m近く吹っ飛ばす))
・怒氣弾(遠複/BSショック、怒り/連)
・超力鉄拳(単/発動時はブロックを受け付けず、全力移動後に使用可能。威力大)

●リベリスタ×8
5名戦闘不能、3名戦闘可能(プロアデプト、ソードミラージュ、マグメイガス/但し極度の疲弊状態)

●Danger!
このシナリオはガンマST『<鉄十字猟犬>徹底的にして徹底的<Ritterkreuz Bajonett>』の結果と連動します。
また、フェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。


以上です。
ご縁ありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ソードミラージュ
坂本 ミカサ(BNE000314)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
プロアデプト
酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)
ソードミラージュ
リンシード・フラックス(BNE002684)
クリミナルスタア
晦 烏(BNE002858)
ナイトクリーク
荒苦那・まお(BNE003202)
ダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
ダークナイト
フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)
スターサジタリー
衣通姫・霧音(BNE004298)


 銃身を撫でた。歪みは無い。磨き上げられたそれは何時だって自分を裏切らない。悲鳴が聞こえた。仲間を呼ぶ声が聞こえた。
 卑怯者と叫ぶ声が聞こえて。男は低い笑い声を漏らした。
「――歴史は勝者が作るもの。そうだ、まさしくそうだ。そして、そこにある事実とは常に勝者に都合の良いものである事も明白だろう。
 Losers are always in the wrong! 嗚呼、嗚呼、実に忌々しい」
 どれ程卑怯な行いで勝とうとも。どれ程勇敢に戦い負けようとも。其処にどんな理由とどんな意味があろうとも。それを語る事が出来るのは勝者のみ。皮肉るように紡がれた敵国の言葉。
 その痛みを知っていた。その憎しみを知っていた。彼らが自分達に向ける憎悪の色を、自分は誰より知っている。嗚呼だからこそ可笑しくて仕方ない。
「極悪非道、ナショナリズムの権化と我々を嘲笑った『勝者共』と我々に一体何の違いがある? 人は選民思想を捨てられない。自分達こそが約束された存在だと謳う事は赤ん坊が泣くのと同じ位自然な事だとは思わないかね?」
 都合よく書き換えた英雄譚が誇示するその在り様。突き詰めれば其処にあるのは誰より自分達が優れていると言う優越感に過ぎないと言うのに。
 引金を押し込んだ。爆ぜる発砲音と立ち上る硝煙。音も無く崩れ落ちた姿を視界の端に収めて。男はもう一度低く笑う。
「俗な言葉で言うのならば、負けなければ良いのだよ。苦汁を舐めたくないのなら。その膝を地に着かなければそれで良い」
 罵る暇があるのなら、その手で少しでも多く何かを屠ればいい。それ以上何も語らぬまま。構えられたライフルが再び火を噴いた。 


 それは、音無き侵攻だった。
 感じたのは微かに揺れる空気の気配。そして、直後舞い上がった極寒の氷霧。圧倒的な速力で戦場に駆け込んだ水色が、その煽りを受けてふわりと広がる。
「御機嫌よう、そして……後悔、させてあげますね……」
 先に自分達から片付けておかなかった事を。冷え切った空気が牙を剥いた。手あたり次第全てを巻き込んだ一撃が齎す鮮血の雨はけれど降り注ぐ前に凍て付き軽い音を立てて砕け散る。その只中で。『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)は常の様に、表情一つ動かさぬままにその視線を敵へと向けた。
 透き通る刃に纏わる紅が、乾いた音を立てて滑り落ちる。瞬きを幾度か。薄く薄く、その唇が笑みを浮かべる。嗚呼とても合理的な作戦だ。けれど、それは全てが上手く行ったなら。
「さあ、私とダンスは如何ですか? ……勿論、嫌と言っても離しません」
 最速で駆け込んだ彼女の姿に、親衛隊の、そして絶望し切っていた先遣隊の瞳が向いた直後。凛、と。波紋が広がるように、澄み渡る空気を感じた。聞こえる声は遥か遠き神の神託か。傷を癒しその心を支える力を齎して。
 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)はその手のうちに収まる守り刀をきつく、きつく握り締める。血溜まりに沈むこれを拾い上げたあの日から。変わらずけれどずっと強くなった方舟の守護神はその背を伸ばして、両手を広げた。
「ここは引き受ける! 戦闘不能者を連れて撤退だ!」
 全てを受け止めるのだと決めていた。この両手が届く限り。届かなくとも。何もかもを護る事を諦めない。絶望に染まる先遣隊の顔が、僅かな安堵に彩られる。疲弊し切ったその手が仲間を掴んで。ふらふらと立ち上がる。
 それを支える様に、伸びた手はひどく小さかった。大きな瞳で辺りに注意を払いながら『もそもぞ』荒苦那・まお(BNE003202)は小さく、すぐに下がりますと声をかける。
「死んじゃったらまおも悲しいので、前の皆様にまかせてまお達と脱出しましょう。大丈夫です、こっちに」
「はいはーい、殺☆伐メッセンジャーだよ☆ ガイドは俺様ちゃんにお任せ――あらら、大変そうかな?」
 血の色に似た瞳が、遥か先を見通す様に、否、まさに見通して細められる。最も確実であろう撤退ルートを見通し仲間に伝えた『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の耳に届くのは、明らかに焦る別働隊の声。微かに眉を寄せて。けれど自分達にもさして余裕が残されていない事を彼は知っている。
 ふらふらと下がり始めた先遣隊を狙う手が無い訳がないのだ。振り下ろされる刃を辛うじて避けた彼らの足取りは決して安定などしていない。容易く掻き消されそうな命の前に迫る幾重もの包囲網はけれど、割り込んだ影によって遮られる。
 恐らく最も今脅威であるのは目の前のこれ。そして、この敵を最も効率的に処理する方法はただ一つ。凄まじい速度でこなされる演算が導き出す最適解。開かれた瞳が前方を見据えた。漆黒の魔本の頁が風も無いのに捲れていく。圧倒的思考力を物理的圧力に。叩きつけたそれが、親衛隊員を弾き飛ばす。
「今は身の安全確保、離脱急げ。……君達の任務は我々が継続遂行する。安心しろ、勇者達よ」
 世界の崩壊の危険性を排除する。それが、自分の仕事であり、自分の全て。遠いあの日から変わらぬその強い志を、同じように胸に抱くものがきっと先遣隊にも居るのだろうと『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)は知っている。大それたもので無かったとしても。世界の為に、誰かの為に、自分の為に。
 その手を伸ばしたいと願うからこそ武器を握る。そんな彼らを悪戯に失う事を、雷慈慟は良しとしない。作戦の為に死んでいく仲間の顔を、部下の顔を自分は知っている。理性と本能何方も是とせぬ状況を打破せんとその手は差し伸べられたのだろう。
「状況は劣悪 駒も不足……ソレでも成さねば成らない事がある、さあ! 行け!」
 振り向かない。今すぐ引けと無言で語る彼の隣。両手に携えた刃が閃いた。己が持てる全力をその一撃に。しなやかに伸びた体躯からは想像も出来ない膂力が、目の前へと迫っていた像へと叩きつけられる。凄まじい轟音と共に親衛隊後衛の方へと吹き飛んだそれを目で追って『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)はその目を僅かに細めた。
 握り締めた剣が、軋みを上げる様だった。もう幾人の命が失われたのだろうか。こうして救いの手を差し伸べる事が間に合わなかった、同じ方舟の仲間はどれ程居たのか。どれだけ救おうと伴う犠牲がある限り、自分は本当の意味で正義足り得ぬと自嘲する男はけれどそれでも、その刃を折る事を是としない。
「猟犬の厄介さ、と言う物は良く理解した。故に、これ以上暴れさせる訳にはいかん」
 そう、帰るのならば全員で。この場を切り抜け、欠ける事無く。そんな彼らの様子を眺めながら、周囲を取り囲む親衛隊よりさらに後方。悠然と、何をするでもなく。けれど集中を只管に高める様にライフルに触れる男は、その口元に僅かな笑みを乗せて、仰々しく頭を下げて見せた。
「Wie geht es Ihnen? 方舟の乗組員達だな。わざわざご足労頂いた所申し訳ないが、我々に付き合ってくれるかね? なあに、大丈夫だ。手間は取らせないよ――終わる頃には全員死んでいる」
 低い笑いと随分なご挨拶。けれど何をするでも無い彼の様子を見遣りながら。放られた安物煙草が真白い煙のラインを引いた。空いた手が引き出す黄土と茶の箱。其れの中身を確かめながら、像を中心に戦力分析を行う『足らずの』晦 烏(BNE002858)は表情さえ窺わせぬ覆面の向こうで僅かに狙撃手の誉れか、と呟いた。
「そう言うプライドが第三帝国が崩壊した原因だろうがね。……生き様の違いかねぇ」
 とんとんと叩いても出てこない目当てのもの。嗚呼くそ切れてる、と箱を握り潰した烏に視線を向けて。少尉はあくまで自分の考えだが、と拳でその胸を叩く。
「私は『拘り』と言うものをこよなく愛していてね。嗚呼これは恐らく少佐殿の御心には反するだろうが――自己と美学、誇りを捨てる位なら死んだ方がまだましだ」
 統率のとれた軍は美しい。けれど、美しく整える為に己を潰せと言うのならば恐らく自分は自らこの頭蓋を吹き飛ばすだろう。自分と言う存在を。この血を。この力を。誇れぬと言うのならば何のための命か。
 その象徴たる銃を。軍服を飾る勲章の煌めきを。この男は誰より誇りけれど驕る事無く胸を張るのだ。己が己である為に。
「プライドの無い人生の何が楽しいと言うんだね? 人は戦わずには生きてゆけぬ生き物だろう。常に他者と競い、その相手さえいなければ自分と競い。
 嗚呼まるでブレーメ曹長の様だな。抗って戦って勝ってそれでこその生だ。社会と言うシステムがある限り、頂点で無い力に何の意味がある?」
 誰が無茶だと、無意味だと哂おうと。己のプライドの為に戦い死ぬのなら本望。誰に理解されようとされなかろうと。自分が自分である限りそれは揺るぎなく譲れぬ『美学』だった。
 だからこそ。示そう、と男は哂う。親衛隊を。方舟を。そうして其処に身を置く自分自身を。何もかも示してぶつけて勝者を決めようと。漆黒の銃身が鈍く月明かりを弾くのが見えた。


「あとちょっとだから、もう少し頑張って。……まったく、面倒なやつよねぇ……!」
 漆黒の翼が宙を叩く。逃げる先遣隊を追う手が無い筈もなく。暇無く飛んでくる攻撃を凌ぐアヴァラブレイカー。漆黒の風車は、もう随分と前の気さえするあの日に受け止めた誇りと矜持だ。
 全てを抱いて。弱さは強気な顔で覆い隠して。『狂奔する黒き風車は標となりて』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)は戦場に立ち続ける。裂けた頬から鮮血が伝い落ちて。けれど、彼女の表情は崩れなかった。
 気に入らない。好き勝手やらせるなんて以ての外。相手の目的が『嫌がらせ』にも似た狩りであるのなら。此方も意趣返しだ。徹底的にそれを阻む事でやり返してやればいい。
「ま、出来ればあっちともやってみたかったんだけど……またの機会か」
 残念、と呟く視線の先には快に阻まれ此方に駆け寄れぬ少女の姿。派手に刃をぶつけ合ってみたいものだけれど――何て考えて。けれど、唐突に覚えた寒気にその瞳が随分と距離の開いた戦場を、そして、その奥の男を見遣る。
 ただ其処に立っていた筈の男が、膝をついていた。確りと構えられたライフル。何もしていない、だなんて只の勘違いに過ぎなかったのだ。けれど、それを予期していなかった訳ではない。
 抜刀は一瞬で、けれどその速度は誰の目にも止まらない。弾いた月光が桜の花びらの様に周囲に散って。漆黒の髪と、血霞に似た着物がはためく。鮮やかな抜刀は何も齎さなかった様に見えて、けれど。
 きん、と。金属同士が触れ合った様な音がした。跳ね上がる銃身と、僅かに裂けた頬。僅かに見開かれた瞳が此方を見遣る。
「貴方が生半可な相手じゃない事は知ってるわ。でも、負ける訳にはいかないのよ。この刀と心に賭けて――手が届く内は、」
 奪わせない。蒼と紅。互い違いの瞳の前に、風纏う剣を構えて。『禍を斬る緋き剣』衣通姫・霧音(BNE004298)は淡々と告げる。胸に抱くものがある。喪いたくない奪わせない。そう叫ぶ声が頭に響く。らしくない。自分には余りに不似合いかもしれない。
 けれどそれでも手を伸ばすと決めたら伸ばすのだ。救いたい。護りたい。そんな彼女の意志に応えた一撃が与えた傷をそっと撫でて、男はひどく興味深げに首を捻った。
「ほう、随分と面白い玩具をお持ちだ。けれど君、それは君達日本人の誇りとでも言うべきものではないのかね?」
 すらりと伸びた刃。日本刀、だったかと男は目を細める。素晴らしい切れ味のそれは、この国の剣士である存在が握るものであったと記憶していた。最も、自分達の戦時下でこれが使われる機会など殆ど見た事が無いけれど。だとしても。
 随分と、知っているそれとは異なる使われ方をしていると思った。浮かんだのは嫌悪にも似たいろ。どっちつかずだな、と男は囁く。
「君はブレーメ曹長の様に痛みを与え合う剣士でも無く、私の様に何もかもをこの一弾につぎ込む狙撃手でもない。君とは、君の誇りとは何処にあるのだろうな、Fräulein?」
 浮かんだのは冷笑だった。そして、もう集中を終えたとばかりに細められる瞳。来るのだと、快が身構える。銃口が向く先。それは自分達では無く。体温が下がる。この手は届かない。
「――逃げろ!」
 銃声は、一発だけだった。
 そしてそれは前方で像と戦うリベリスタでも、後退しながら足止めを続けるリベリスタでもなく。一直線に戦場を駆け抜けて――

 ――ぐしゃり、と。何かが爆ぜ割れる湿った音がした。
 生暖かくどろりとした何かが、近くのリベリスタを、そして、『仲間を背負う先遣隊の背』をぬるぬると伝い落ちていく。幾人も固まった彼らの中から、たった一つ。傷が深く意識を失った先遣隊の頭を完璧に狙い撃ち抜いた一撃を放って尚、アルトマイヤーはその表情を崩さない。
「ふむ、……少しずれたか。まぁ、動けぬ者相手ならこの程度でも十分だな」
「え? なにこれ、ねえ、これ、やだ、一緒に逃げなきゃ、ね、はやく……!」
 仲間を背負っていた少女が、がたがたと震える手で零れ落ちた脳漿を掬い上げる。足元でプチプチと何かが潰れる音がする。背中が濡れていく気配がする。熱くて生温くて血腥くてそれでも拾って零れて足は止まって漏れるのは嗚咽ばかりで。
「――だめです。前を向いて。はしってください」
 ぐい、と。小さな手が想像出来ない程強い力で、止まりかけた先遣隊の背を押した。ついさっき、ほんの少し前まで肩口に乗っていた筈の、けれどもう跡形もなくひしゃげた頭蓋からぼたぼたと脳漿混じりの鮮血が溢れていた。
 降りかかった血は熱くて。けれど、目の前の背に負われた命がもう二度とその熱を発する事が無い事を、それを悼み悔いる暇など無い事を、まおは、知っている。強引に物言わぬ身体を離させた彼女を怒鳴り付けようとしたリベリスタは、けれど何も言えずに唇を噛む。
「だめなんです、ごめんなさいする時間がないんです、まおは、みなさまを生かす為に来ました」
 足を止めれば待つのは死だ。此処には死が満ちていた。濃くなるばかりの血と硝煙のにおい。容易く奪われかねない傷付いた命。少しでも多くを助けると決めたのだ。その為に必要なのは優しさでは無かった。
 後悔する暇があるのならば走れ。庇え。非道だと言われても、引き摺ってでも生者を連れて、少しでも早くこの先へ。覚悟を決めて。上手く出てこない励ましの代わりに只管に背を押して、大丈夫だと声を張り上げて。それでも届かなくて。
 それでも、それでも前を見る大きな瞳は、涙を流さぬ代わりに瞬きすら惜しむように見開かれていた。未だ幼い筈の少女の瞳にある、痛い程の覚悟と決意。言葉など出る筈も無かった。動き出す。走った。転びかけて追撃に傷付いて庇って血が飛んでそれでも走って走って。
 そんな只中で。僅かに、足を止めたのは漆黒の痩躯。翻ったインバネスから覗くそれと同じ色を灯す指先が音も無く目の前の黒服を突き抜け皮膚の内へと沈み込む。鮮血が散った。くぐもった悲鳴。けれど足は止まらない。齎される灼熱の痛みは恍惚にも似ていた。
 眩暈にも似た陶酔。聞こえる気がする呼び声は堕落への誘惑か。革靴が元居た場所を踏むとほぼ同時。裂かれた黒服と、鮮血がぼたぼたと地面へ滴り落ちた。
「ご自慢の軍服を裂かれた気分は如何? 随分上等なもの着てるんだね」
 眼鏡を押し上げる細い指。レンズ越しに細められた瞳に浮かんだのは明確な挑発と――鬱屈の自己否定か、恍惚の自己肯定か。まさしく『it』坂本 ミカサ(BNE000314)と言う人物を表すに相応しいその色は十分な挑発に相応しく。
 即座に此方に集まる視線に薄く笑った。追撃は苛烈だろう。予測出来た事だ。ならば、凌ぎ逃げ切る事だって出来る筈。飛んで来た攻撃をインバネスが弾く。僅かに冷静さを失った様子の親衛隊は、けれど。
「――冷静さを失うな。君達の矜持とは、布きれ一つ裂かれた程度で傷付き失われるのかね」
 低く、良く通る声だった。酷く冷ややかな視線。そして声。上官のたった一声で、彼らは冷静さを取り戻す。嗚呼もう本当に面倒な猟犬共だ。肩を竦めて手をひらひら。片手で握った歪な鋏を真横に薙いだ。じわり、と滲んだのは夜より暗く深い黒。
 己の生命力を削って。敵を蝕み喰らう暗闇を齎した葬識は、何時もの様に飄々と。けれど酷くぎらつく瞳を細めてくつくつと笑った。
「なにも狩りが得意なのは時代に飲まれたロートル猟犬だけじゃないよ――殺人鬼と猟犬のダンスマカブル、エスコートは任せてね」
 さあさあ今日は何人殺せるか。嗚呼、でもまずはその前に。何人助けるかを考えねばならなかった。わざとらしく両手を広げて。この先は通さないとでも言ってやれば良いだろうか。嗚呼、嗚呼、実に『殺人鬼』には不似合いな仕事だ。
 ――まさか、殺人鬼が人を護るだなんて! これこそまさに『レゾンデートル』の危機じゃあないか。皮肉が効いていて悪くない。
「最低限助けるのもこれ以上あげないのもたいしてかわんないでしょ? ほらほら――」
 けたけたと。哂う彼の声を遮ったのは、短く入ったノイズ交じりの通信音。『こちら北門……すまない、友軍の救出に失敗してしまった』なんて。感情を押し殺した、少女の声。けれどそれを聞いても、殺人鬼の表情は動かない。
「そっか~りょうかーい☆」
 何時も通り。ひどく軽い調子で紡がれた声が、電波に乗って北門へと運ばれた。


「あーもう! マリーは追いかけっこが良いの、あんたと遊んでる時間は無いのよ『schutzgott』!」
 激しくぶつかり合う金属音。強大な大斧がもう面倒だと言わんばかりの勢いで振り下ろされ。けれど、快は躊躇わずにそれを刃で受け止め弾き飛ばす。
 幼い面差しには余りに不似合いな舌打ちの音。大振りな彼女の隙をつく様に、伸ばした左腕が突っ込まれたのはその刃に作られた大穴だった。そう、恐らくは『処刑』の固定台となりうる其処に。快は何も躊躇わずにその腕を差し出したのだ。この少女の足を止める為だけに。
「我慢比べと行こうか! 左腕、覚悟はできている!」
「もーやだやだ! マリー暑苦しい男って嫌いなの、少尉みたいじゃないと嫌! 手加減なんてしないんだから!」
 その小さな背丈からは想像も出来ない程の膂力。左腕を通された刃が、地面へと叩きつけられる。半ば強引に縫い止める様に。地面についた手の甲の上に乗る軍靴。くすんだブルーの瞳と、目が合った。
 振り上げられるもう片方。凄まじい風切り音と共に捻りを加えて叩き下ろされた刃が容易く肉を通り抜けて骨に当たって。そのままぐしゃり。大量の鮮血に濡れる左手は原型を留めてはおらず。けれどそれでも、快の瞳は揺らがない。
 ぜ、と荒い息が漏れた。視界の端でちらつく燃え飛んだ運命の残滓。灼熱する激痛と吐き気と眩暈と。それでも力を込めた。辛うじて繋がる左手に。震える指先が、刃を握り締める。
 不格好だろう。我武者羅に足掻いて地面に這いつくばってでも手を伸ばす。伸ばすと言ったら伸ばすのだ。諦めない。その指先一つでも動くのなら。もっともっとと伸ばす守りの願いはともすれば傲慢で強欲で。
 けれど、そうでなければ何も護れないのだ。何もかも失わないだなんて夢物語を叶える為に。折重なる犠牲を、理想を、夢を、声を。踏み越えそれでも手を伸ばさなくては。
「さあ、未だ俺は立ってる。……っ、我慢比べは、終わってないぞ……!」
「……前言撤回、悪くないわ。マリーあなたと遊ぶの嫌いじゃないかも」
 酷く楽しげに。少女の瞳が細められた。手傷が酷くとも。向かってくるのならば全力で。足を確りと地に付けて、快を相手取ろうとする彼女の後方では、残った仲間達による像への攻撃が苛烈を極めていた。
「最善手以外打つ気等無い! 成さねば成らない、それだけだ……!」
 差し出した魔本の目前に荒れ狂う物理奔流。何処までも研ぎ澄ませて研ぎ澄ませて兎に角一手さえも無駄にしない。そんな雷慈慟の意志に応える様に。吹き飛ばされた像が怒り狂ったように放つ氣弾が親衛隊を、そして自分達をも傷つける。
 けれど、それでも徹底した先遣隊防護の策はまさにこの時功を奏していたのだろう。少尉に狙われ、一部の親衛隊に追われる彼らにこれ以上の負担は与えられない。立ちはだかるように仁王立ちした彼の横で。
 振り上げられた刃は二つ。正義を語るには理想は余りに脆く。この手は短く。その力は足りなくて。その事実を突きつけられる度に引っ掻かれる様な痛みを伴う心が微かに悲鳴を上げて。きっと、どんな英雄もその『重さ』に耐え切れずに失意の底に沈むのだろう。
 栄光は痛みだ。喝采は重圧だ。けれどそれでも。拓真は足を止めない。止められなかった。少しでも多くを救って。護って。自分の道が、志が正しいのだと証明する為に。
「――我が一撃、耐え切れぬ物と知れ!」
 その道が、例えどれ程の痛みを伴おうとも。裂帛の気合いに応える様に。炸裂した闘気と叩き下ろされる二振り。悲鳴を上げるさえも許さない圧倒的暴力が、目前の親衛隊をまさしく一刀の元に伏せさせた。
 その後ろ。敵と敵の合間を縫って。その視線を像へと向ける烏は其処から読み取れる内容に僅かにその覆面の中の表情を動かした。――凡そ、あと半分。折り返しだ。先遣隊が逃げ延び切れそうな今、それはある意味で『勝ち』をすぐそばに感じさせるようで。
 けれどその肩は力を抜きはしない。
「半分って所かね。こっからが正念場だ……勿論、その手腕、拝見させてくれてもいいんだぜ、少尉殿」
 低い笑い声は本気か冗句か。その答えは、片時も逸らされない視線が物語っているようだった。


 ぐらり、と。小さな身体が傾いだ。追撃はもう遠い。逃げ切れるぎりぎり、けれど追ってきた親衛隊の凶弾から、先遣隊を庇ったまおの身体がついに崩れる。誰よりも声を張り上げ、庇い、走り続けた身体はもう限界だった。運命は燃えていた。
 けれど。崩れ落ちかけたその身体を支えたのは、もう背負うものを失った先遣隊の少女の手。血に塗れた手はもう震えてはいなかった。もう大丈夫だと、その声が囁く。
「――ごめんなさい、みなさま一緒じゃなくなってしまって、」
「大丈夫。……ごめんなさい、ありがとう」
 皆まで言えず意識を失ったまおの背を、少女が撫でる。それを見遣りながら、後方の追撃に注意を払ったフランシスカは僅かに安堵を浮かべてその先の道を示す。用意された車に全員が乗った事を確認して。短く、息をついた。
「生還するまでが任務だ、しっかり、生きて帰りなよ。……ま、他人の事言えないんだけど」
 此処から先は自分達が死線の上で踊らねばならない。あんな、一弾で人を始末出来る様な男が引き連れる軍勢と。緊迫感は緩まない。其の儘、先遣隊を護り切ったリベリスタは一気に戦場へと駆け出した。

 血煙が上がった。輝きを帯びた死神の魔弾によってぱっくりと裂けたスーツの肩を押さえて、けれど烏は己の愛銃を即座に構える。大日本帝國村田散弾銃。改良されたそれを向ける先。敵の隙間から視界に収めた、少尉の『誇り』に狙いをつけて。
 神速の射撃は正確無比。見事に隙間を縫って、少尉へと伸びた銃弾は凄まじい破裂音と共にその誉れ――Scharfschützenabzeichenに命中する。見開かれた蒼い瞳が、即座に烏へと向けられる。同じ様に狙えるのだと。挑発のつもりで放った弾丸と共に吐き出す言葉は一つ。
「さて、英国大佐殿と独国少尉殿、どちらが優秀なのやらだ」
「あんなジョンブルと並べられるのは御免だがね……嗚呼けれど実に、実に素晴らしい腕前だ! 君、そう君だ、このアルトマイヤー・ベーレンドルフに今一度その名を聞かせてくれたまえ!」
 この日初めて。その表情にはっきりと色が乗る。愉悦と高揚。理性的な面差しの奥に確かに存在していたのだろう獰猛な狂犬の顔に、烏は僅かに肩を竦めて首を振った。
「これはこれは光栄だ、まぁ名乗る程の名でもないんだがね。――姓は晦、名は烏。稼業、昨今の役戯れ者で御座いってな」
 切る仁義。烏、と短く復唱された名前と共に再び漏れ聞こえる楽しげな笑い声。それを耳にしながら。リンシードは荒い呼気を吐き出した。雷撃の爆ぜる音が、己の周りで聞こえる。風も無いのに舞い上がる真白いドレスに零れ落ちた紅い色。
 誰よりも早く、誰よりも軽やかに。戦場に立ち続けたリンシードは誰よりも目を引いて。傷は増えて。けれど、それでも少女は満足げに笑みを浮かべた。煌めく程に目が眩むのだ。『本来狙うべきもの』から目を逸らす為の仮初のプリマドンナ。
 冴え冴えとした月光をスポットライトに。親衛隊の凶刃に飛び散る血がまた白を染めて。ぐらり、と眩暈がした。力を失いかけた身体は、けれどそれでも踏みとどまる。きつくきつく。己の剣を握り締めた。燃え飛ぶ運命の音を聞きながら。
 その視線が流れるのは、見通す事の叶わぬ対門。指先を結び合う愛しいあのひとは此処には居ない。けれど、この心は何時だって確かに繋がっているのだ。
「2人ならばどんな困難でも乗り越えられるはずです……私達の日常……誰にも渡しませんっ……」
 軋みを上げる身を立て直した。水色の髪が張り付いて。払いのけて、背筋を伸ばした。人形はダンスを止めない。糸が切れるまで。いいや、糸が切れようとも。足が動くのならば進む。刃を握れるのならば振るう。
「この手が届く内は、誰も死なせないわ。禍を斬る刃も命を護る手も此処にある……!」
 何処までも美しく幻惑する、刃の舞踏を。並み居る絶望を踏破して。何処までも踊り続ける為のこの身だ。前を見据える。そんな彼女を支える様に、放たれた斬撃。受け継いだ意志があった。己の心があった。まだ不確定で迷いはあってけれどそれでも、護ると決めた。
 混じり合わない色を抱えて。それでも、仲間を庇うように放たれたそれは霧音の心の変化を表すのだろう。満身創痍。傷だらけの彼女は、ついでブロックなど押しのけ襲い来る像の拳に容赦なく殴られ、その意識を飛ばす。
 疲労が濃かった。緩やかにしか癒えぬ傷が重い。足が重い。手が重い。けれどそれでも、あと少しを信じて。リベリスタは諦める事をしなかった。

『そっちはどうだ、こちらはあと少しだ――待たせてすまない』
「問題無い、こっちも大差ないさ……さ、もう少しだもう少し!」
 ざざ、とノイズが混じる通信音。明らかに疲弊した声を聴きながら張り上げた烏の声に続く様に、不意に戦場に響いたもう一つの通信音。
『もしもしアルトマイヤー少尉! ブレーメ・ゾエ曹長であります! そっちは如何なもんで!』
 酷く怪訝そうに寄せられる眉。僅かに息を吸い込んで、呆れた様な溜息がひとつ。
「此方アルトマイヤー・ベーレンドルフ少尉だ。 ……何だね君は、任務中に長電話だなんて趣味は私には無いぞ」
『Jawohl,Mein Lieblingsleutnant! 存じておりますよ。ははは。いやちょっと楽しくなっちゃってね。では『後で会いましょう』」
「まぁ、君の無事を確信に変えられるのも悪くはない。元より疑いもしてはいないがね……では『また後ほど』、Seinem lieben Brehme」
 そんな、寸劇。面倒そうながら何処か安堵した様子の少尉の前で、葬識はけたけたと哂い声を上げて首を傾けた。紅の瞳が細められて、随分余裕だね? とまた哂う。ご機嫌殺伐へのご招待には感謝感激言葉も出ないけれど。それにしたって油断ばかりだ。
 ぎしぎし、しゃきん。嫌な音を立てて逸脱者ノススメが軋む。じわり、と今まで吸った血が滲みだす様に紅に染め上げられたそれが、容赦無く目の前の像の肩をばつんと抉った。
「ほらほら、俺様ちゃんの相手もしてくれないと拗ねちゃうよ? ここから先は黄泉の道――君達の粋様、見せてよ」
 折角だし競争も悪くない。どっちが何人殺せるか。デッドオアアライブ。負けた方は黄泉路の坂へとまっさかさま! けたけたと哂う彼の前で、雷慈慟の魔本が激しくはためく。僅かに伏せられた瞳が見開くと同時。その思考が、仲間と繋がった。増幅する己が力。疲弊し切った精神を癒し支えるそれが、一気に味方へと伝達される。
「もう少し、もう少しだ、持てる全力を振るってくれ、我々の本気を見せてやろう――目的を遂行する!」
 張り上げた声はもう掠れ切って痛々しい程で。けれどそれでも、その声は確かに仲間の背を押したのだろう。凄まじい怒りの声が轟いても、その足は少しも引かなかった。


 終わりが見え始めている事は、其処に居る誰もが分かっていた。あと一歩。あと少し。けれどそれでも猛攻は止まない。明らかに数を減らした隊員を見渡して、ハイデマリーが苛立つ様にその舌を打つ。
「……っこのやくたたず! もう邪魔、マリーがみんなみんな片付けてやる!」
 振り上げられる肉厚な刃が振り抜かれるだけで荒れ狂う空気が、前方の快を、そして仲間さえも構わず巻き込み一気に切り裂く。鮮血が飛び散った。それを見て困った子だ、と溜息を漏らした少尉もまた、その銃を構え直す。
 蒼い瞳が細められる。張り詰めた様な気配は、この戦闘中ずっと増し続けていた。あの告死の弾丸とは違う、また異質の特異な集中力――
「さて、今日は何発続けて当てられたかな、もう覚えていないが……さっきのお礼をしよう、烏」
 ――Scharfschützenabzeichen。狙撃手の誉れとはすなわち『決して外さぬ』事。外さない限り高め続けられる精度を、その全精神力を一撃に注ぐ。月の女神の加護を受けた弾丸はまさに魔弾。一直線に伸びたそれは、空になった煙草の箱を突き抜け烏自身を撃ち抜く。
 鮮血が零れた。眩暈にも似た脱力感はけれど、運命を燃やし削って凌ぐ。嗚呼こりゃあ困ったもんだと肩を竦めれば、彼の代わりにと像に目を凝らした拓真が幻想纏いを握り締める。
「――『今だ』!!」
 丁度同時に。向こう側から響いた合図。振り上げた蛇の刃が眩いほどの煌めきを帯びた。もうそれを握り締める力も無い左腕を、それでも快は上げる。文字通りの全力に、像に入る小さな罅。其処を押し広げる様にリンシードの氷刃が、雷慈慟の思考奔流がぶつけられる。
 あと少し。それに押されるように、フランシスカはその漆黒の風車を構える。全力だ。己が今放てる最も鋭い一撃を。振り上げた黒を、一気に叩き下ろす。放たれた光はまさしく闇の色。渦を巻くそれは悍ましい程の怨嗟を叫んでいた。
 目前のハイデマリーを、そして、像を。その命を喰らい尽くす様に叩きつけられた一撃に、像の身体が揺らぐ。少女が驚いた様に此方を見る。次はお前だと囁いてやれば、蒼い瞳が凄絶に笑う。
 そんな只中で。不意に、通信機から飛び込んで来た己の名を呼ぶ声に、ミカサは小さく肩を竦める。同姓の彼女の声は明らかに限界ぎりぎりで。けれど自分もさして変わらない。運命はもう飛んでいた。もう聞こえているのかもしれない其処に、僅かな苦笑を流し込む。
「そうだね、何時も通り機嫌は最悪だけれど――」
 用意は出来てる。そんな言葉と共に踏み込んだ。やはり、これだ。最も己の手に馴染み、使い続けた技。唇に僅かに笑みが乗る。脆く傷付いた一点に。深々と突き立てられる爪は二度。引き抜いた勢いにつられたように、目の前の像が崩れ落ちていく。
 任務完了。僅かな安堵をかわす暇も無く、リベリスタの表情に走ったのは緊張だ。
「……下がるぞ、すぐにだ!」
 拓真の手が仲間を抱え上げる。応じる仲間は早かった。即座に後退せんとする彼らに、迫るのはやはり少女。ぎらつく瞳はまさしく彼女も狂犬の一人である事を告げていた。
「逃がさないわ、逃がす訳ないでしょ、もっとたくさん首を持って帰らないと、マリー褒めて貰えないじゃない!」
 叩きつけられる刃を受け止める。先に行け、と殿に立つ拓真や、それを支えんとするフランシスカ、烏の視線の先でけれど、少尉はひどく悠々とその通信機を取り上げた。

「――此方アルトマイヤー・ベーレンドルフ少尉。ブレーメ・ゾエ曹長、聞こえるかね」
 僅かな間。ハイデマリーの足も止まる。向こうからも応答は無くて。困ったような溜息と共に、少尉は息を吸い直す。
「作戦は終了した、悪いが君に呆れられてしまいそうだな――だが、まぁ其方は上々なんだろう? 武勇伝でも聞かせてくれたまえよ、曹長。撤収だ」
『なっ、えぇーっ何でですかぁ少尉! 今からいいとこなのに! ねぇあとちょっとだけ、ちょっとだけでいいですから! 30秒……いや20秒だけ! ねっ少尉!』
「…………、君は、……嗚呼もう今更だったな。普段なら構わないと言う所だが、そうだな……曹長、お楽しみは待ち焦がれる程に価値を増すと私は考えるのだが、如何だね?』
 聞こえる溜息。無理を言っているのは承知だ。けれど、これ以上は『無意味』であるのだと男の理性が訴えるのだ。例えどれ程刃を交えたくとも。全て殺し尽したくとも。現状では彼らと戦い続ける事は恐らく愚策。ひどく冷静に思考を巡らせる男の耳に、もう一度溜息が聞こえて。
『――Jawohl,アルトマイヤー少尉。仰せのままに』
 通信が途切れる。それを確認して、少尉は疲れたとでも言いたげにそのライフルを肩にかけ直した。
「そう言う訳だ。帰るぞ、マリー。……非常に残念だ、まさか、私が君達の一人の頭を吹き飛ばす事も出来ずに帰る事になるとは。いやはや、極東のリベリスタとはこうも強いのか!」
 不服気ながらも大人しく隣に戻った少女の髪を撫でて。男は何も言わぬままに手を払う。そんな姿を一瞥して。リベリスタは一気に駆け出した。成功した。護るべきものを護り、壊すべきものを壊した。けれど覚えるのは決して昂揚感ばかりではない。
 この先への不安が、僅かにその胸を過った。



 今日は実に楽しかった、と言うのが今の感情には相応しく思えて。けれどそれがあまりに自分に不似合いな感情である事に、アルトマイヤーは無意識に低い笑い声を漏らした。
 軍靴が地を踏む。何処となく元気の無い副官の頭をもう一度撫でて。良くやったと告げれば浮かぶのは嬉しそうな笑顔。
 もっと、もっと闘争を極めたくなかったのかと言えば嘘になる。けれど、それよりも彼は気付いていたのだ。これ以上やれば、部下を、この副官を、そしてしまいには自分さえも浅からぬ傷を負う事になる可能性に。
 末恐ろしい集団だ。無意識にまた漏れた笑みを堪えれば、見えたのは見慣れた後姿だった。
「あー。でも、あれかねぇ。我らがご主人様<リヒャルト少佐>は『アーリア人ならキチンと劣等を皆殺しにしてこい』って怒るかねえ。やだなあ説教は」
「――君は一体何を言っているんだね。任された仕事は果たした、戦果と犠牲がイコールではそれこそ少佐殿はお怒りだろう」
 間延びした声。随分と耳に馴染んだそれが届いたと同時に、感じたのは安堵と僅かな呆れだった。ポケットに手を突っ込む。丁寧に折りたたんでしまった筈の目的のものを引き摺り出して。
 其の儘力一杯、放り投げる先に居るのは勿論曹長。慌てて受け止め広げられた真白いハンカチが血に染まるのが僅かに見えた。
「アルトマイヤー少尉! ご無事で何より。お怪我は……無いようですね。ホッとしましたよ、ははは」
「嗚呼、まぁ幸いにも『私』は大事ないな――嗚呼、君は随分酷い有様だ。それは返り血かね、それとも君の血か?」
 眉を寄せる。ハンカチが汚れるのはまぁ致し方ないとして。殆ど手傷を負わなかった自分に比べてあまりにも目の前の彼の姿は血に塗れすぎていた。ラフな軍装を染めた色は恐らく返り血だとして。
 赤くなった顔や、鼻から流れる色は明らかに本人のもの。そんな心配混じりの感情を感じ取った様に、曹長はへらりと笑った。
「あぁ、俺のだったり、そうでなかったり。致命傷は無いですよ、ご安心を」
 羽織り直される赤黒い軍服。思わず己の軍服の無事を確認したくなって、緩々と首を振った。嗚呼けれど。それにしても。方舟とはこんなにも強敵だったのか。
「いやぁ……やりますねぇ~あいつら。あはは。こりゃ何が何でも勝ちたくなった」
「嗚呼、同意する。実に素晴らしい。まさかこの私が一人も仕留められないとは!」
 自然と笑いが漏れた。狩りをするのならば獲物は当然強い方がいい。生死ギリギリのやり取りこそ戦場では至高。如何に手早く敵を仕留め。如何に完璧に敵の目を欺くか。
 鎬を削れば削る程に増すであろうこの高揚感を噛み締める様に、アルトマイヤーは肩を竦める。ああ、なんと自分らしくない事か。
「次があるのならば、望むは完璧なる勝利と言ったところか。……嗚呼、もう疲れた。これ以上の面倒事は沢山だ」
「また会えると良いですね! さ、帰りましょ少尉。『新手の方舟』が来たら面倒だ」

 ――そして、軍靴の音は掻き消える。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。

特に先遣隊撤退についてが素晴らしかったと思います。もっと殺すつもりだったのですが、やられた!と言う気分です。
勿論戦闘対応も素晴らしかったな、と思います。代わりを用意するだけでなく、各々が全力を尽くした結果です。
心情やフレーバー要素も心惹かれるものが多かったです。たくさん詰め込んだつもりです。

お楽しみいただければ幸いです。
ご参加有難う御座いました、ご縁ありましたら宜しくお願い致します。