●突きつけて掻っ切る 「全く大将もズルイお方だ」 夜闇の中、手にしたナイフを宙にぽんと放る手遊びをしながら軍人は気楽な笑みを一つ浮かべた。 日本某所。彼等が『大将』である『鉄十字猟犬』が動き出した事はもう、神秘界隈中に知れ渡っている事だろう。いやはや。男は笑う。大将が動いたんなら『下の者』も働かないといけないじゃあないですか。 「ま、俺等だって『イイカッコ』したい訳でして――ねぇ、アルトマイヤー少尉? 調子は如何なもんで?」 そんな調子で、傍らの銃を担いだ優男に話しかける。この上官はいつも汚れ仕事や面倒事をさらりと押し付けてくる程度には不精だが、さて。 「『それなり』だと言っておこうか、ブレーメ曹長。……所で君、誰彼構わず私の所在を聞くのは止め給え、探されて大変だった」 溜息の様な言葉。「モテる男は辛いですねぇ」と悪びれの欠片も無い軽口で返しておいた。 さて上官との他愛もない会話は楽しいが、いつまでもそれに興じていれば『大将』かその『副官』に叱られる。鉄拳制裁はごめんだ。嗚呼、ただでさえ色んな上官や同僚から『お前はへらへらしてないでもっとシャキッとしろ』とか言われるんだから。 ぽーん――宙に放ったナイフを受け止めつ、横目に見るのは『少尉殿』。 「『負けないで』下さいね少尉。これでも俺、少尉のこと好きなんですから」 茶化す様な言葉だった。この面倒臭がりの癖に完璧主義な彼は数少ない『己が認めている相手』でもあり親友のような存在だが、みっともなく負けるようなら―― 「勿論だ、君も私が驚くほどの『戦果』を持ち帰ってくるのだろうと期待しているよ」 「ははは。そりゃあ、もう。やるからにはキチンとやってみせますよ。ご安心あれ」 「では、此処で解散だ。良い報告が出来る様最善を尽くそう――武運を」 「Ja。少尉、御武運を。では往って参ります」 へらりと笑って踵を合わせ。 そして黒衣の兵は一斉に声を揃えるのであった 「Sieg Heil!!」 ●抗え、出来なければ死ね 「緊急事態ですぞ!」 事務椅子に座した『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)は開口一番、眉根を寄せて言い放った。 その背後モニター――映ったのはハーケンクロイツ。赤い腕章。黒衣の兵。親衛隊だ。あのバロックナイツが第八位『鉄十字猟犬』リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイターが率いるファシスト達だ。 「アークリベリスタが親衛隊から急襲を受けております。彼らは二チームに分かれてとあるEゴーレムを討伐している真っ只中でした」 モニターに別の画像が現れる。それは、巨大な金剛力士像。大きな口を開けた『阿』と、口を固く結んだ『吽』と。 「これは非常~に厄介な性質を持っておりまして。この阿吽像、『二体同時に撃破』しないと倒せないのですよ。故に、出撃したリベリスタは二手に別れ、それぞれが別場所に居るこの阿吽像を討伐しようと作戦を遂行していたのですが……」 そこに親衛隊が殴りこんできた訳だ。彼等は日本のフィクサード主流七派と組んでフォーチュナ能力等の情報提供を受けているらしく、実に『嫌な』タイミングを突いてくる。 「皆々様にはこのEゴーレムの討伐と、友軍の救出を行って頂きますぞ! 私が担当致しますのは阿形像の方ですな。吽形像の方は響希様が担当しておられます。双方でアクセス・ファンタズム等で連絡を取り合いながら戦うと宜しいかと! 正に連動任務ですな。 ……ですが、皆々様の行動は親衛隊が悉く妨害にかかる事でしょう。特に――響希様の方も同様ですが、此度の親衛隊。『強者』と呼ぶべき存在がそれぞれの隊を率いております」 切り替わったモニター。そこに映っていたのは、へらへらとした固太りの男だった。両手には何の変哲もなさげなナイフ。一見すれば、凶悪そうにも理知的にも狂人の様にも見えないのだが。 「『ブレーメ曹長』。階級こそ曹長ですが、必ずしも階級と実力が比例しているとは限りません。詳しい能力は不明ですが……兎角、『危険』な存在でしょう。十二分にお気をつけ下さいね!」 つまり、リベリスタは友軍を救出しつつ、別働隊と協力して厄介なEゴーレムを倒さねばならない――敵方の凶悪な妨害を潜り抜けながら。 「危険な、そして困難な任務でございます。……どうか、どうかお気を付けて。御武運を祈りますぞ!」 と、メルクリィは心配を押し殺して鼓舞の笑顔で締め括るのであった。 ●その狂犬は喰い付けば離さぬ鉄の牙を持つ 「よーーーし良いか皆! 負けるぐらいなら死ね! 勝ちゃあいいのさどんな手を使おうが何をしようが! 良いか皆、『平然と』やれ! 勝利の為なら親兄弟だって殺せ! 勝利の為ならジョンブルの靴を舐めろ! 勝利の為ならユダヤにまわされろ! 泣いて喚いて! 殺せ! 死ね! 殺して死んでぶっ殺せ! もう嫌だろ負けるのは? 嫌だよなぁ! 勝ちたいよなぁ! 勝利しか要らないよなぁ! 第一次――第二次――今度こそ! ライミーの咽を噛み千切ろう! イワンのハラワタを引き摺り出そう! ユダヤの頭を踏み潰そう! サレンダーモンキーを八つ裂きにしよう! 俺達が勝とう! 勝利だ! それが全てでそれが正義だ!! 良いな、良いな、良いな皆!!?」 ナイフを両手にへらへら笑う男の口から語られたのは、その表情からはかけ離れた戦争論。 勝利への妄執。唯一無二の狂執。 しかし男はこう思っている。「軍人ならば勝とうとするのは当たり前だ」と。 だから彼は、ブレーメは、いつも通り気楽で気儘で何食わぬ様子で。 「それじゃあ皆! 全員で突撃しようか! 折角だから少尉のとこより戦果を出すぞお!!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月19日(水)23:23 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●Auf,auf zum Kampf ざざざざざ。 空を切る。走る。勿論先頭だ。 「Auf,auf zum Kampf,zum Kampf! Zum Kampf sind wir geboren! ふんふんふふふん」 口ずさむ。いざ闘争へ、闘争へ。我ら闘いに生を享けぬ。 故にこれは自分にとっての当たり前で、何ら疑う必要も無い日常で、至極真っ当な事であった。 ――さぁ、『勝利』の為に『闘争』を。 ●Sturm,Sturm,Sturm,Sturm,Sturm,Sturm! 一散に走れば、空気の流れる音が鼓膜を掠めた。 走る影は十。道なき道を、葉擦れの音と共に。 『なるべく急いでくれるとありがたい、長くは保たない……!』 アクセス・ファンタズムより聞こえた声は、焦燥を隠し切れない苦しそうな声だった。 「分かった――もうすぐ到着する、それまでなんとか頑張ってくれ!」 決して希望を捨てるんじゃないぞ、と『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)は通信機の向こうの友軍に呼びかけた。曰く、友軍は散開した親衛隊にゲリラ的な強襲を受けているのだという。戦場は酷く、酷く流動的だ、と。 ザザザ、ザザーー。ノイズ交じりの通信音。それに、『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は僅かに柳眉を顰ませる。 「相変わらず、気に入らないやり方ね……狼ならぬハイエナの様なやり口も見飽きたわ」 親衛隊。彼らと会うのもこれで数度目。周囲に幻想の蝶を舞わせつつ、ゴシックロリィタの衣装を纏う銀髪少女は淡く息を吐き出した。 「此処にもまた、猟犬共が姿を現したか。中々厄介な状況下の元に狙って来る奴らよ――奴らの思い通りにはさせん!」 この場は、何としてでも押し返す。『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)はその意志を成す為の拳を堅く強く握り締めた。 「ナチ公共にはムカついてたけどよ、なんでこんなイラつくのかようやくわかったぜ」 苛立ちを潜ませ毒突く様に、『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)。黒い髪を靡かせて、瞳は凛然、鋭く前を。 「体に流れる血の種類で劣等などとWW2の古臭い妄執に付き合う必要はない。劣等であろうと僕は天才だ!」 何故ならそれは疑う必要もない『事実』なのだから。『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)は眼鏡の奥で鮮やかな緑金の目はキッと引き締める。そして通信機越しの友軍へ、「諦めてはいけないのだぞ!」と。 陸駆だけでない、誰も彼も戦意は十全。そんな仲間達を改めて見渡し、糾華は静かに前を向き直した。 「――油断は禁物、気を引き締めて行きましょう」 リベリスタ達に課せられたオーダーは、友軍の救出とEゴーレムの討伐と。 それを邪魔するは親衛隊。強敵揃いだ。だが。それでも。 ざざざざざッ。 ざん。 降り立つ、脚。開けた視界。荒れた廃墟。信仰の跡。夜の中。月の下。 リベリスタ達の視界に映ったのは、阿形像と正対した友軍と、散開してそれを襲撃する親衛隊と。 「Guten Abend! 来てくれるって信じてたよ。どうもどうもご苦労さん」 すとん、と。立ち塞がるように。リベリスタの前に現れた。両手のナイフをくるくる回し、へらへら笑い。視線を殺意に滾らせた、『鉄牙狂犬』ブレーメ・ゾエ。 「んでまぁここを通りたきゃ俺を倒し――」 そんな言葉が終わる寸前。 ひゅっ、と一陣の風がブレーメの横を駆け抜けた。 目を丸くした彼が振り返る、その視線の先。残像を残すは黒い、九本の尾。 「シッカシ仏像ッテーノハ物騒ナモンバッカナノカネエ? 前世紀の遺物の軍隊共トイイお前ラをボッコボコニシネエトイケネーナ」 ナイフを両手に、『黒耀瞬神光九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)。誰よりも速く。早く。疾く。ハヤク。彼女の視線の先には阿形像。稲妻を纏う超速の接敵。 「あのナイフ興味アルガショーがネーカラ私お前の相手ラシイぜ仏像」 閃かせる、光。速度を武器に変えた猛攻。 「うひゃあ、速っ。俺も駆けっこにゃ自信あるけどよ、ありゃ相当だぜ」 悠長に、ブレーメはヒュゥと口笛を鳴らしていた。 その横っ面、目掛けて。 「よぉ~~負け犬共が釣れたなぁ? 御苦労さん! 灰ってろぉ!」 轟。真っ赤な焔。真っ赤な拳。左ストレート。『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)の業炎撃<必殺技>。ブレーメがずんぐりした見た目に反する速度で飛び下がる。 「ったく飽きずに良く負けに来る犬共だ、うるせぇ犬ちゃんぶん殴ってやったばっかだぞ? 躾が全く成って無いんだが……お粗末な負け犬放逐してるバ飼い主は何処だ?」 立ちはだかり、火車は鬼暴で武装した拳をゴキンと鳴らした。搗ち合う視線。死線。ブレーメはニターッと笑う。 「なんなら君が飼い主になるかい? おはようからおやすみまで甘噛みしてやるぜ」 「うるせぇなぁ負け犬は負け犬らしくひっそりこっそり鳴いてろや!」 「わんわん!」 ある種、言葉遊びを楽しむように。ブレーメは笑った。ナイフがぎらついた。多重の残像が、友軍の元へ走り出そうとしていたリベリスタに襲い掛かる。 ざくりざくりすぱりすぱり。 肌が裂ける感覚だ。肉が切れる感覚だ。痛覚。できれば味わいたくないもの。 「ま、厄介極まりないがやるしかねぇ……親衛隊も、マジで懲りねぇなお前ら。好き勝手にやらせたりはしないぜ」 裂かれた肩口から血を滴らせ、阿形像に接敵するのは『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)。やるべき事はきっちりと。叩き込むのは死の刻印。 「阿形像殴るって微妙に気が引けるけどこれお仕事だから! バチ当てんのは俺等じゃなくて親衛隊側でよろしく!」 それに続き、駆けるのは『道化師』斎藤・和人(BNE004070)。先ずは、何を置いても友軍との合流だ。他のリベリスタもそれを目指して行動を開始する。 「よーし皆~あいつらの邪魔しちまおうぜえ! 総員突撃! 突撃だ!」 が、それを黙って見過ごす親衛隊ではなく。雷光を纏う身のこなしで火車の拳を避けながらブレーメがへらへらと緊張感の無い声で部下達に命じた。うはははは。笑う。兵隊は突撃しなくっちゃあね! 11人。黒衣の兵が走り出す。リベリスタの前に立ちはだかる。それ以上先には行かせぬと。 「そんならお望み通りぶっ潰してやるよクソ犬共がァ!!」 雁首揃えて寄って来るなら好都合。そう言わんばかりに、瀬恋は踏み締めた石畳に罅が入るほど強烈に踏み込んだ。その手を覆うTerrible Disasterが黒く鈍く、獲物を睥睨する。 ドゴン。ズドン。ぐしゃあ。撒き散らせ、血と歯と骨折音、それから悲鳴。 振り抜いた。暴力を。暴力を。睨ね付ける。声を張り上げた。 「世界に負けるだけじゃ物足りねえで、同盟国にも負けて敗北のスタンプラリーでもしてぇのか?」 「スタンプ全部集めたら素敵な景品<勝利>が貰えそうだなぁ! はははっ」 挑発をものとせず笑うブレーメに、拳を繰り出しながら火車も舌打ちを一つ。 「チョロチョロ跳ね回りやがって……おぉいチビハゲェ 良いんか? 戦力割いちまってぇ? 予知でアークが劣ると思ってんのか? 釣られたのはどっちだと思うよ? なんでランドセル野郎が失敗したと? ……下手ばっか打ってっから 何度も何度も何度も何度も~『敗北』して来たんでわぁ?」 毒舌にバッドステータスが入るなら死毒級。ブレーメはまず目を丸くした。それから肩を小さく跳ねさせた。そしてどんどん震わせながら、腹を抱えてけたけたけたけた。ああおっかしい、おっかしい、天を仰いで大爆笑。 「あはっ ひひっ うひひひひアハハヒャハハハハ チビハゲって、酷いや酷いや笑っちまうよアッハハハハハハあ~~面白いよなぁ~~~んで何の話だっけ」 涙まで浮かべて、びくびく震えて、愉快そうに。「あぁ」とブレーメは続けた。 「君、あれか、そうそう、ミノベノミミミ……なんだっけ、カッシャ? アウグストが世話んなったね。面白いだろあの子。『俺もランドセルは傑作だと思うよ』って爆笑したら泣いちゃってさぁ! おっとまた話が逸れたね。まぁ、あれだ、なんだ、俺の任務は『イヤガラセ』だからよ。精一杯そうしようと思う」 蓋し、話が通じない奴ほど面倒臭くて厄介な者はいない。挑発。ただの言葉じゃ揺るがない――彼等は軍隊。その上この小隊を率いているのは猟犬は猟犬でも狂犬だった。 そうだ。最早。最初から。言葉で『どうこう』できる次元ではないのだ。言っても聞かないからふんじばってでも殴りつけて蹴り飛ばして屈服させねばならないのだ。徹底的に、徹底的に。 ならば、『そうする』仲間達の力に、少しでも強力を。援護を。支援を。ヘンリエッタの燃える様なルビーの瞳に力が籠る。 「大丈夫――それなら得意だ」 天に向けて弓を強く引き絞った。戦う意味は違っても、戦う者である事。その勇気は歴戦の猛者に劣るものではなく。 「往ッけぇええええええ!!」 撃ち放った。空に向けて放たれた矢は灼熱を纏い――雨の如く、地上へ轟然と降り注ぐ。爆ぜてゆく。この暗鬱とした夜を赤く赤く染めてゆく。 それは黒衣の兵を薙ぎ払い、離れていた仲間同士の手を――確かに、届かせた。 「助けに来たわ。相手を引きつけておくので、貴方達は撤退を!」 親衛隊の前に躍り出た糾華が友軍へと声を張り上げた。直後、親衛隊のデュランダルが振り下ろす斧の一撃が少女の肩口を深く抉るもその脚が後退を選ぶ事は無い。赤。血と同じ色の目で。ひらり。舞うのは蝶。 「お返しよ。お釣りは要らないわ」 言下。周囲を吹雪の如く舞い飛ぶのは揚羽蝶の姿をした冷たい刃。彼岸ノ妖翅。命と死の境界を揺蕩う不滅の蝶は二度に渡って親衛隊を切り裂いた。 その間、『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)は敵を分析する能力を発揮して阿形像を分析し、陸駆はその気を引くべく気糸を真っ直ぐ繰り出した。 「貴様の相手はこの僕だ!」 張り上げる声に阿形像の視線がそちらを剥いた。歪められたその顔が更に歪む。刹那。ズドンッと地響き。駆けてきた。一直線に。ブロックしていたリュミエールや涼を押し退けて。振り上げられた拳。もう一度、『ズドンッ』。少年の薄い身体が、重すぎる拳に叩きのめされる。骨の砕ける音。肉の拉げる音。悲鳴すら、出ない。 だがしかし――それを気にかけ、フォローしている時間などない事を葛葉は知っていた。 「此処から退くぞ、仲間を抱えられる者は抱えろ」 合流した友軍にそう呼びかけると、「わかった」と頷いた彼等は力尽きた仲間を抱え、リベリスタがこじ開けた道を走り出す。そんな彼等の殿を務めるのは葛葉だ、最後列の者を庇いながら。或いは、他のリベリスタは親衛隊の射線から彼等を護る様に。更にヘンリエッタの魔弓と仁太の砲が轟き、炸裂し、押し返す。 順調だ。順風満帆だ。 何とかいく。何とかなる。 『すぱり』 ぶしゃあああああ。 「――!?」 葛葉の視界が真っ赤だった。最前列――撤退友軍の先頭にいたミステランの首が無かった。血を噴き出して。落ちて転がった頭部が彼の爪先に当たった。血。血。血のカーテン。その向こうに。 「赤い赤い、赤いねえ。ああ軍服が汚れちまった。俺ァ『赤軍』じゃねぇのになぁ」 ナイフを持ってへらへらと。立ちはだかるブレーメ。瞬撃殺。転移の如く姿を掻き消す超加速からの接敵攻撃。 しまった、と葛葉は歯を噛み締める。彼が庇っていたのは最後列の者。そして、彼以外に庇う者は――庇える者は、誰一人いなかった。友軍を護るのは彼一人。更にそんな彼が、行動不能になってしまったら……? 見開いた眼に映るのは、混乱を齎す多重の残幻――『ざくり』。 ブレーメだけではない。親衛隊の数は、ブレーメを抜きにしても11。何れもが『総員突撃』を命ぜられ、『突撃』している。尤も、ヘンリエッタや仁太や陸駆のノックバックに阻害されているとはいえ。確立問題。全てがそうではない。そして親衛隊が、『リベリスタが一生懸命逃がそうとしているもの』を狙わない理由などなかった。彼等はただ、ただ、リベリスタに『いやがらせ』がしたいのだから。 赤。 赤い。 血祭りとはこういう状況を指すのだろう。 リベリスタのブロックを掻き分け辿り着いた3人の親衛隊と、返り血のこびりついたナイフを持つブレーメと、 ……その足元に転がる、無惨な友軍達のバラバラ死体と。 「く、そッ……!」 どうする事も。どうする事も、出来なかった。目の前で。見えていたのに。葛葉は血が滲むほど唇を噛み締めた。ナイフに刺された腹がじくりじくりと熱く痛む。 友軍は、全滅――この時点でこなさねばならない目標の一つを、リベリスタ達は失ってしまった。 「くっそぉおおおおおおッ……!!」 幾ら悪態を吐けど、顔を顰めようと、後悔しようと、奪われた命は戻らない。 故に。 故に、だ。 尚更。リベリスタは、戦わねばならなかった。苛烈に、熾烈に、零からマイナスにならぬように。 一度、葛葉は親衛隊を睨ね付けた。殺してやりたい。憎い。許せない。こいつら。へらへら笑って、まるで飯でも食う様に仲間を殺しやがった。くそ。くそ。くそ。 だが彼は分かっている。今、撃破せねばならないのは親衛隊ではない。あのEゴーレムだ。 「貴様だけは――貴様だけは必ず討つ! 義桜葛葉、推して参る……!」 万にも上る悔しさを飲み込んで、葛葉は踵を返し飛び出した。唸らせる拳。阿形像へ、叩き込むのは多角的な猛打撃。 それに続けと、立て続けに阿形像へ叩き込まれたのはリュミエールの速度の刃、涼が薄刃イノセントと隠刃ノットギルティで刻み付ける二発の死印。 「一気にぶっ壊すぜ!」 「オウヨ」 睨め付ける。立ちはだかる巨大像。お返しだと、そう言わんばかりに破壊の衝撃波が二度に渡って強烈に放たれた。全力防御の構えを取っていたリュミエールは辛うじて耐えるが、涼は強かに吹き飛ばされてしまう。ごきっと骨の折れる音。ごりっと運命の削れる音。まるで列車に撥ねられた様な衝撃。血の弧を引いて、黒衣の男は地面に転がった。嗚呼。だが死んでいる暇はない。華と口からドロドロ血を流して、それでも笑ってやった。妖艶に不敵にだ。 地面を蹴る音。 「さて、悪いが俺も『立ちはだかる』って事をさせて貰うよ」 涼が戻るまで、阿形像の前に『立ちはだかる』のは和人。常と変わらぬ緩い笑み<仮面>の顔で。さぁ、今宵も踊ろう。何度も何度も果てるまで。 「ははは、そうそう、これからだろ。クタクタになるまで付き合ってくれよな?」 ナイフの血汚れを丁寧に舐め取りながら親衛隊の曹長は笑う。唾液に濡れた刃がぎらぎら光った。まるでナイフ自身が涎を滴らせているかのように。 巨大禍銃パンツァーテュランから爆発音に近い銃声を響かせ阿形像を砲撃しながら、仁太はブレーメに静かな眼差しを向けた。 「……勝ち続けるっちゅうんは疲れる事や。時には負けて息抜きも必要ぜよ、勝たにゃならん戦いに勝つためにな。 そしてわしらはこの戦いでこれ以上失っちゃいかんもんがある。だからここは、勝たせてもらうで」 「戦勝者きどりで、アメ公のモノマネかい?」 「あんたは負けることはないよ。被害を出すことには成功しとるんやからな」 「へぇ……優しいね君。名前は?」 「坂東仁太や、曹長さん」 「Ja.俺、アルトマイヤー少尉みたいに優しい人好きだからさ。お前さんは最後に殺す事にする」 握手しようよ。そんなノリ。ニッコリ笑った。人懐こく。 気狂いめ。 「貴方達の相手は序でなの、他の犬にも言ったけど、戦争ごっこは他所でやって欲しいわ」 刃の蝶を戦場中に舞わせつつ、糾華は冷たく言い放つ。眼前にはデュランダルの親衛隊。振り下ろされ続ける刃は、少女の体をじわじわじわりと赤い色に染めてゆく。 「わんわん。……俺はあと何回犬の真似をすりゃあいいんだ?」 彼女の言葉に、へらへらと冗句めいて答えたのはブレーメだ。 「それから、そゆことはよ、お嬢ちゃん。『ただの曹長』<俺>じゃあなくって『愛しの大将』<リヒャルト少佐>に言ってくれ」 「……美学もなく、勝ちだけ拾って何が楽しいのかしら」 「美学なんざ幾らあっても腹の足しにもならねぇよ……っと、こんなこと言ったらアルトマイヤー少尉に怒られちまう。内緒にしておくれな?」 くすっと笑って、掻き消えた。 一方。ヘンリエッタは込み上げる感情を押し殺しながらもアクセスファンタズムに――その向こうに居る別働隊に、連絡を行う。 「こちら北門……すまない、友軍の救出に失敗してしまった」 そう伝えれば、『そっか~りょうかーい☆』と。対象的に、気軽い声が返ってきた。 さぁ。戦わねばならない。戦わねば。戦士とは、戦う者。 (これ以上――引けを取るものか!) ヘンリエッタは深呼吸と共に矢を番えた――その、刹那。 じわっ。 違和感。 背中。 熱い。 否。……『痛い』。 「お嬢ちゃん、噂のアザーバイドか。へぇ。耳が長い、妖精がいる」 耳元の囁き声。この声は―― 「で、血も赤いのかい?」 瞬撃殺によって一瞬で間合いを詰めてきたブレーメの、その手に持つ対戦車ナイフが。ヘンリエッタの背中に刺された二本のナイフが。『ぐりっ』と、強引に回されて。少女戦士の肉を、容易く容赦なく抉り裂く。 「がッ……ああァあ!」 痛い、痛い痛い! 痛い!! 脳が叫ぶ。悲鳴を上げる。 ――ヘンリエッタの支援は素晴らしかった。親衛隊の隊列を乱す攻勢支援と、リベリスタの傷を癒し精神力を後押しする補給支援と。 故に、だ。だからこそ、親衛隊は彼女を『早急に倒さねばならない敵』と認識してしまったのだ。 それでも――ヘンリエッタは己を奮い立たせる。強く強く。負けるものか。激痛に手が震えるのを抑え込みながら、天に受けて矢を放った。 轟音。焔の花が、咲き乱れる。 「はぁ、はァッ……」 ぼたぼたぼた。血が。血だ。爆煙の中。ヘンリエッタは顔を歪めて、己から飛び退いたブレーメとリベリスタにブロックされていない親衛隊二人を睨め付けた。息を弾ませている。じわ。口の端から血が漏れる。囲まれていた。狭まる包囲。「良いだろう……上等だ! かかってこい!」 勇然。その手を、水平に振り払いながら。 「――シシィ、ステラ!」 名前を呼ぶは、蜻蛉の翅を持つフィアキィ達。橙と碧。 癒しの力を帯びた二人が煌きを散らしながら飛んで行った。 ふわり。 傷の癒える感覚。 心が満ちる感覚。 ふーっ。眼前にてブロックする親衛隊のソードミラージュに切り裂かれ、全身から血を流しつつ。瀬恋は剥きだした歯列の合間より息を漏らす。 ギルティドライブ。痛みを力に変えるその魔弾は恐るべき威力を誇る。確かに阿形像の体力ゴリゴリ削っていた。だがその代償に、彼女もまた血を、血を流し。 だが、まだだ。 傷も痛みも恐れはしない。そんな程度でこの無頼は揺るがない。 「あぁクソ、イライラする糞共だ……」 本当なら片っ端からぶん殴ってやりたいが。噛み締める歯は、垂れ続ける血で赤い。ぐさり。ソードミラージュの剣が瀬恋の腹に突き刺さった。それでも――一歩も、譲らない。 鈍い音を立てて、『最悪な災厄』を阿形像へと向けた。裂かれた腸から血を流しながら。強く強く、弾丸の如く睨め付けて。 「失ったもんはなぁ……泣いても喚いても! 二度と戻ってこねえんだ!! それでも、この胸に残ったもんは、ある! それがわからねぇテメェらなんぞによぉ……負けて、られるかぁぁああああ!!!」 いつだって大事なものほど、掌から零れ落ちてゆく。知ってるさ、それぐらい。分かってるさ、そんな事。 だから瀬恋は足掻くのだ。いつだっていつだって。泥だらけに血だらけに傷だらけになろうとも。 後なんて最初から無い。進まないと、先だって無いのだから―― どん。 鈍い音を立てて、放たれた断罪の魔弾が阿形像の頭部を直撃する。決して決して、軽くはない一撃だ。やっちまえ、やっちまえ。血を滴らせて、無頼は咆哮す。 「弱点が無いものなど居ない――曝け出して貰うぞ!」 瀬恋の砲撃に畳み掛けるよう、陸駆は絶対零度の眼力にて阿形像を貫いた。それから傍らの仁太へアイコンタクト。頷く狐面。 「どれどれ……!」 協力して交互に定期的に行うエネミースキャン。分析の結果は、もうじき半分といったところか。 「あと半分や! どどんと気張りやぁー!」 通信機も使用して声を張り上げた。半分――言葉にしたら『あと少し』という感じがするが、決して『ゴールは目前』ではなかった。長距離走な上に、『障害物競走』だ。 「ぐっ……!」 親衛隊のレイザータクトが繰出すボールドインパクトが仁太の鳩尾を重く捉える。鉄槌の一撃。めしりと痛覚。陸駆の前にも覇界闘士が立ち塞がり、少年の頭を鷲掴むや地面へ無慈悲に叩きつけた。 「がは、っあ!」 血。陸駆の眼鏡が吹き飛ぶ。が――それは蹌踉めきながらも仁太が受け止めて。 「おぅい、生きとるかぁ!!」 投げ寄越す。それを、血反吐に咳き込みながらも少年はキャッチした。天才眼鏡は割れない。装着ビクトリー。 「当然だ! 天才はこれぐらいじゃ倒れもしないのだ!」 「頼りにしとるでぇー」 「僕の完璧で天才な戦略演算に任せておけ」 簡易な護符を纏う手袋で血塗れた唇をぐいと拭い。 「親衛隊、貴様らの相手はまた今度だ」 今は阿形像に徹底専念。親衛隊のスターサジタリーの一斉掃射の銃声の中、陸駆の恐るべき眼光が怜悧に鋭く輝いた。絶対の、零。 「往くで――暴君戦車<ガンヒルト>!!」 仁太が構える『バケモノ』の名前はパンツァーテュラン。『彼女』は歌う。彼女は唱える。徹底殲滅のプロパガンダ。詠え。謳え。鋼鉄の暴君が世界の全てを踏み砕く。悪夢を運ぶ担い手と成りて。 致命的な命中。破滅的な威力。射撃ではなく『砲撃』が阿形像の肉を吹っ飛ばす。 半歩、巨体が蹌踉めいた。だが直後に、阿形像が怒氣の塊を弾丸にして周囲へ激しく撃ち放った。それは阿形像の目の前にいるリベリスタと、周囲のリベリスタと、それからフィクサードへと。 ズドン。痛みだ。確かな、痛み。 奥歯を噛み締める。耐える。 幻想纏から聞こえてくるのは、順調に作戦が進んでいる別働隊からの連絡だ。だからこそ。目標を一つ失ってしまったからこそ、彼らの足を引っ張る事など、出来やしない。 親衛隊からの妨害は熾烈極まりなく。思うように、進まない。けれど、少しずつ、進んでいる。進まなくては。進まなくては、ならないのだ。 糾華の放つ蝶が激しくも幻想的に舞い散る中、葛葉の拳が荒々しく躍り踊った。 それに会わせるよう、和人はその『堅さ』を攻撃力に変換し改造銃を阿形像へと叩きつける。無骨な鈍色とは対照的に、『秩序』の曇りなき光を纏わせながら。 拳を構える火車の眼前には、銃剣を構えたハンヒェン・デルラと親衛隊のクロスイージスが行く手を阻む。唸る炎の鉄拳が、クロスイージスの盾に阻まれた。その間に響くのは聖神の福音。 「……なるほど無能な上官に以下同文のクソ兵隊か? いよいよもってたまんねぇな!」 「何とでもどうぞ……私はブレーメ曹長に従うまででございます故」 「どーでもいーからそこ退けや! オレぁあのチビハゲぶん殴りてぇんだよ!!」 さっきから調子に乗ってザクザク刺しやがって。ぼたぼた。火車の体から垂れる血が止まる事はない。先程『狂犬に噛まれた傷』が治る事はない。回復手段はない。 何故なら―― 「おまたせ」 現れたブレーメと、その肩越しの遥か、血沼の中に倒れ伏したヘンリエッタと。 嗚呼――とことん、とことん『嫌な事をしてくる連中』だ。虫唾が走る。だから。故に。 「綺麗サッパリぶち燃やしてぶっ潰してやるぁ!」 怒号と共に振りぬく拳。鬼業紅蓮。激しく吹き上がる火柱が、辺り一面を赤く赤く焼き尽くす。燃やし尽くす。火の粉が散った。パチリと爆ぜる。 「いいねぇいいねぇ! Sieg oder tot! 勝利か死か! 負ける奴ぁ死ね! 勝った奴が正義だ! あはは!」 ブレーメは笑う。火の中で。その手で部下に下がるよう命じた。そして刃を突き付ける。上等だと、火車も拳を突き付けた。 「「てめぇの相手はこのオレだ」」 ――戦いはどこまでも苛烈を極めていた。 既に運命の火花を散らしていた涼の身体に阿形像の拳が重く叩きこまれ、その意識を刈り取った。親衛隊からの執拗な攻勢に仁太も倒れ、乾いた地面に血の花を広げる。 流れる時間、決着は何処までも伸ばされる。長期戦だった。 しかし、この圧倒的に不利で絶望的な状況の中でも。血みどろの戦いでも。支払った運命と、血潮と、犠牲を代償に―― 「そっちはどうだ、こちらはあと少しだ――待たせてすまない」 陸駆は別働隊へ連絡を行う。仁太が倒れた今、唯一のエネミースキャン使用者である陸駆はチームの要だった。絶対に倒れる訳にはいかなかった。 そして解析を行った結果、阿形像が倒れるまでは『あと少し』。そうだ、あと少し。ここで、ここで気張らねば――! 「いいなあ。俺も少尉とお話してぇな……もしもしアルトマイヤー少尉! ブレーメ・ゾエ曹長であります! そっちは如何なもんで!」 『此方アルトマイヤー・ベーレンドルフ少尉だ。 ……何だね君は、任務中に長電話だなんて趣味は私には無いぞ』 「Jawohl,Mein Lieblingsleutnant! 存じておりますよ。ははは。いやちょっと楽しくなっちゃってね。では『後で会いましょう』」 『まぁ、君の無事を確信に変えられるのも悪くはない。元より疑いもしてはいないがね……では“また後ほど”、Seinem lieben Brehme』 そんな、寸劇。通信を終え何処か満足そうなブレーメの視線の先。 倒れ伏した赤。 何処までも赤い赤。 大量の血を滴らせて、されど火車は、『立ち上がる』。何度でも。何度でも。運命を燃やし。気合を燃やし。根性を燃やし。 ふーーーッ。噛み締めた歯列。構えを取る火車の瞳から、戦意は欠片も消えてはいない。 ここからだ。ここからだ……! 「負け犬共がぁッ、とっとと野垂れてろぉっ!!」 轟ッ。踏み込んだ。迎え撃つブレーメも一気に加速する。刹那を飛び越え、零の距離。なのに酷く遅く見えた。スローモーションの世界。返り血に染まりきった対戦車ナイフ――この狂ったような切れ味のナイフはまるで『装甲などほぼ意味がない』かの様に幾度も火車を切り裂いてきた――が、彼の左胸目掛けて突き出される。躱せるか。難しいか。なら、いっそ当たりに行く! 「――ッ ぐ!」 ずぶり、と冷たい刃が体内に刺し込まれる嫌な感覚。肋骨を臓腑を貫いて――されどそれは、火車の心臓には届かず。 ならばもう一本。逆手に持ったナイフが振り下ろされる。それもまた、火車が突き出した掌を貫いたに過ぎず。そのまま根元までナイフが突き刺さった手で、火車はブレーメをとっ捕まえた。 起死回生。危機こそ、火車の何よりの味方。 「はっはァ、捕まえたぜぇ……!?」 「メチャクチャだなぁ、お前さん」 ぎらりと笑う男と、へらりと笑う男と。 次の瞬間。 「おォらぁあああああああああああああああッ!!!」 爆。全身全霊の、渾身の、全力の、業炎撃。 「がふっ、あ!?」 横っ面に叩き込まれた拳、仰け反る頭部。衝撃のままブレーメは跳び下がった。垂れる鼻血と裂けた唇と火傷を刻まれた頬と。そして、されど狂犬は愉悦に笑った。そうか、これがリベリスタ。素敵だ。素晴らしい。そうか。そうか。これが俺の敵なのか。『うれしいなあ』! だからこそ勝ちたいのだ! 徹底的に掻き立てられる闘争心。勝ちたい。勝ちたい。何としても。妄執、偏執。 ゆら。火車の眼前で、再度ブレーメが加速した。だが、今までとは違う――ゆらゆら、妙な。何だ。これは。火車は目を剥く。眼前に迫る男の姿は、何故か『自分の姿』をしていて…… 血液が飛び散る音。 地面に倒れ伏す音。 地面を踏み締める音。 目撃者には遍く死を<Doppelgänger>。必殺の刃に鮮血を噴き出して倒れた火車を、されど護るように立ちはだかったのは和人だった。 「こいつ倒せば終わりだと思ったでしょ、ざーんねん!」 「俺はもうお前さん達に『噛み付いた』んだぜ? 離すかよう、絶対に絶対に離してなんかやるもんかよう!」 振り上げられるナイフは凄まじく鋭かった。防御に構える装甲は凄まじく堅かった。 さながら矛と盾。重装甲<防御>を切り裂くナイフは、されど、他の者が受けるより和人が受ける方が傷は浅いか。 今の内に。今の内に。 和人のアイコンタクト――頷いたリベリスタ。 「時間が無いわ。一気に決めるわよ」 幾度目か。糾華の指先に彼岸ノ妖翅。吹き荒ぶ戦場の風に銀の髪と――亜麻の花と蝶の飾りがついたネックレスが揺れた。 (私も頑張るから貴方も頑張って、リンシード……!) 彼方にて奮戦する、大切な人を静かに想う。大切な人がいるから、『諦めない』という選択肢を躊躇無く選ぶ事が出来る。どれだけ血を流そうと戦う事が出来る。絶望の中でも生き抜く事が出来る! 境界<生死>の蝶が、戦場を舞った。幻影乱舞。猛吹雪。されどそれが仲間を傷付ける事は無く――羽ばたきに並走するかの如く、葛葉は宙を駆けていた。ソードエアリアル。拳で魅せる、鮮やかな武舞。 かつて友と交わした『世界の守護者』となる約束も、これ以上仲間を失いたくない決意も、覚悟も、全て全て拳に込めて。 「少々派手に見せてやろう、リベリスタの底力を!」 多角的な強襲。それと十字に重なるのは、リュミエールの光をも超える加速より生み出される猛烈な刺突の嵐。 徹底攻勢。阿形像がタタラを踏み、衝撃波を放ちながらも抵抗する。その様子を、陸駆は冷静に分析していた。 「――『今だ』!!」 斯くして張り上げられた声。それは幻想纏を通じて別働隊にまで届いただろう。 待ちに待った瞬間だった。 ようやく。ようやくだ。 ここで失敗は出来ない。 ここで失敗は許されない。 「よぉ、坂本のニーサン。ご機嫌いかが? 準備はオールオーケィ?」 別働隊の同姓の者へ呼びかける声。返事を聴きつ、不敵に笑む瀬恋は最悪な災厄の照準をしっかと阿形像に定めた。回復の無い状況で反動の技を使い続けていた彼女の身体は血に染まりきり、息も掠れ視界も霞んでいた。 無茶が祟るとは正に。けれど、ビビって間誤付いてチャンスを逃すなんて、そんなのアホらしいったらありゃしない! 向こうの準備も整ったらしい。今こそ。今こそ。 「因果応報、三世因果。――報いを受けな!」 ドン。 発射の衝撃。揺らいだ身体。ふわりと黒髪。後ろへと。倒れてゆく。意識は途絶えて。 断罪の魔弾は黒く黒く、瀬恋の最後の力を糧に飛んで行く。真っ直ぐに。唸りを上げて。 ドォン。 炸裂。それは阿形像の胸部を抉り取り、打ち砕き、粉砕し。轟音。欠片が飛び散り、そして――Eゴーレムの巨体が、緩やかに、頽れ塵と成った。 ――任務完了。 「よっし、撤退するぞ!」 声を張り上げたのは、ナイフに切り刻まれ血達磨に成った和人。ギリギリだ。本当にギリギリだ。だから、これ以上は。 「サッサト帰ルゾ」 リュミエールは抱えられるだけ仲間を抱え、その速力を生かしていの一番に戦線を離脱する。超特急だ。流石に誰も追いつけまい。 今度こそ、護り切る。葛葉も仲間を抱え、リュミエールに続く。逃げられるか。否、逃げねばならぬのだ。 「おいおい逃げるのかよ……もっとゆっくりしてっていいんだぜ?」 総員突撃。タダで逃がすな。ブレーメと11人の親衛隊が一斉に吶喊を開始する。なに、さっき8人ほど殺したんだ。7人までならこっちが死んだって『問題無い』。 降り注ぐ猛攻。果てしない追撃。陸駆は深く抉られた肩を抑えながらも、親衛隊へ視線を向けた。 「ブレーメ・ゾエ! 合理的に考えて貴様らの戦力を戯れで失わせるのは得策ではないと僕の戦略演算でもでている。貴様らと違いアークにはまだ兵力はある」 「合理的って言葉はアルトマイヤー少尉に言うんだなぼっちゃん。それに『戯れ』じゃねえ、こいつぁ『マジ』だぜ!」 「『ぼっちゃん』ではない、僕の名前は天才神葬陸駆だ、覚える誉れをやろう」 「Ja! 明日の朝飯までに忘れなかったら覚えておくよ」 加速の刃。それを受け止めたのは、和人。防御に構えた腕に突き立てられるナイフ。痛いしキツイが――和人は殿。だからこんな時でも不敵に笑って、決して崩れぬ盾であらねばならない。 愉快気に、ブレーメは目元を笑ませた。 「あんたカタイねえ。あと何発ブチ込めばイッちまうんだい?」 「言っておくが堅いだけじゃないんだぜ?」 言いながら、改造銃から撃ち放つ曇りなき裁きの一撃。寸での所でブレーメは掠りながらも跳び下がる。 更にそこへ、親衛隊を圧し留めるように糾華が蝶の猛乱舞を放って牽制を。 「今回はこれでごめんなさい。また今度貴方達の相手をしてあげるわ」 「今回ぃ? 『これから』だろう楽しいのは! 逃がすかよう! 逃がすかよう!!」 げらげらげらげら。笑って、前へ。だがその時、不意にブレーメの動きがピタリと止まった。 『――此方アルトマイヤー・ベーレンドルフ少尉。ブレーメ・ゾエ曹長、聞こえるかね』 ブレーメの通信機より、それはリベリスタの別働隊側にいたアルトマイヤー少尉の声だった。 『作戦は終了した、悪いが君に呆れられてしまいそうだな――だが、まぁ其方は上々なんだろう? 武勇伝でも聞かせてくれたまえよ、曹長。撤収だ』 「なっ、えぇーっ何でですかぁ少尉! 今からいいとこなのに! ねぇあとちょっとだけ、ちょっとだけでいいですから! 30秒……いや20秒だけ! ねっ少尉!」 『…………、君は、……嗚呼もう今更だったな。普段なら構わないと言う所だが、そうだな……曹長、お楽しみは待ち焦がれる程に価値を増すと私は考えるのだが、如何だね?』 ブレーメはそれに対し何か言わんと口を開くも、小さく溜息を吐いてから。 「――Jawohl,アルトマイヤー少尉。仰せのままに」 言下に手で部下を制し、跳び下がり。ちえ。残念そうに。けれど、血塗れたナイフを手の中でぽんぽん放ってへらへら気儘な様子――リベリスタ達はそんな狂犬より視線を前に正すと、地面を踏み締める脚に一層の力を込めたのであった。 走る、走る、走り続ける。 失敗と成功。犠牲と代償。流れる血が、風に乾いてヒヤリと冷えた――…… ●Heil mein Lieb,der Morgen graut 夜は沈み、朝が昇る。黎明の薄暗さの中。静寂の中。 返り血でずぶ濡れになった軍服の上着を脱いで絞れば、びちゃびちゃびちゃりと赤い色が地面の上に飛び散った。 ――逃げられてしまったが、まぁいい。任務は達成した。 「あー。でも、あれかねぇ。我らがご主人様<リヒャルト少佐>は『アーリア人ならキチンと劣等を皆殺しにしてこい』って怒るかねえ。やだなあ説教は」 へらへら。気楽に気儘に。いつもの事だ、それを聞いてとがめる部下などいない。 そう、『部下』は。 「――君は一体何を言っているんだね。任された仕事は果たした、戦果と犠牲がイコールではそれこそ少佐殿はお怒りだろう」 カツ、と響いた軍靴の音。振り返ったそこに、『上官』が立っていたのを認めた瞬間に顔目掛けて投げ付けられるハンカチ一つ。お陰で反論も押し返された。 「アルトマイヤー少尉! ご無事で何より。お怪我は……無いようですね。ホッとしましたよ、ははは」 ぶつけられたハンカチで顔の汚れを拭いつつ。アルトマイヤーはそんなブレーメの姿に薄く眉根を寄せていた。 「嗚呼、まぁ幸いにも『私』は大事ないな――嗚呼、君は随分酷い有様だ。それは返り血かね、それとも君の血か?」 「あぁ、俺のだったり、そうでなかったり。致命傷は無いですよ、ご安心を」 いやぁぼとぼとのでろでろだ。赤黒く染まった軍服を羽織り直し、ブレーメはへらりと笑う。 「いやぁ……やりますねぇ~あいつら。あはは。こりゃ何が何でも勝ちたくなった」 「嗚呼、同意する。実に素晴らしい。まさかこの私が一人も仕留められないとは!」 何処か嬉しそうに上官は言った。来る前は何処となく詰まらなさそうとしていた、この絵に描いた様な『理性的』な男が! 「次があるのならば、望むは完璧なる勝利と言ったところか。……嗚呼、もう疲れた。これ以上の面倒事は沢山だ」 「また会えると良いですね! さ、帰りましょ少尉。『新手の方舟』が来たら面倒だ」 ――そして、軍靴の音は掻き消える。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|