●CrossLine 「それでは講義を始めよう」 高らかにその男は言葉を紡ぎ始めた。 ――これは何だ? 一体どうしてこのようなことになっている? その男が講義と告げた言葉を聴かされながら、青年は現状の把握に頭を回転させる。 「ルーン文字というものがある。かつて自らの目と引き換えにオーディンが得た英知、その中でも最たるものだ。北欧の地において、これ以上の神秘はそうは存在しない」 青年……アーク所属のリベリスタである彼、片桐 クルスは今の状態になった切欠を思い出そうとする。 彼らはアークの任務として、今この山林へとやってきたのだ。リベリスタとしてそれなりの活動を行い、同行したのは実力も徐々に認められ始めたメンバーだった。 幾度か共に行動したこともあり、気心も知れた連中だった。今回の任務も危なげなく終わる、そのはずだったのだ。 実際、目標であった植物のエリューションは大した相手ではなかった。上り調子である彼らにとってはなんの障害にもならず、危なげなく処理を完了した……そこまでは問題なかったのだ。 だが、その時だ。――この軍服の一団が現われたのは。 「私はアーネンエルベで魔術の研究を行ってきた。偉大なる総統閣下の魔術師としてだ。その中で気付いたのだよ、偉大なる第三帝国に帰属するものは全て総統閣下の名の下に統合されるべきだ、とね」 眼前のその男。軍服を身に付けその上に古風な外套を纏った人物。部下と思われる軍服の集団に『少尉』と呼ばれてきた男は、突然現われ……戸惑う仲間を打ち倒した。 ぴくりとも動かなくなった仲間。男の合図と共に吐き出された大量の銃弾は、地に伏した仲間達の命を無慈悲に奪い取った。難を逃れ、命を落とすことはなかった仲間達も今はクルスと共にフォーメーションを組み、軍服の攻撃に備えている。――ただ一人を除いて。 「行き過ぎた科学は魔法と変わらない、誰かがそう言った。ならばその二つが融合するのは至極自然な流れ、そうではないかね?」 朗々と講義を続ける『少尉』。彼の足元に一人の少女が倒れている。銃撃をかわしそこね、腹に風穴をあけた少女。リベリスタの仲間である彼女は、身動きは取れないが未だ息がある。クルスは思考する。彼女を救う為の手段を、タイミングを。 「さて、ここに一つの結果がある。偉大なるルーンを刻み込んだこの爆薬。魔術と科学の融合の一つであるが、その爆発はこの大きさだとしても神機融合の結晶と言えるだけの結果を示すものだ」 『少尉』が懐から取り出したその物質は、手のひらに収まる程度のものであった。だが、彼が示唆するように見た目以上の破壊力を秘めたものなのだろう。魔術的刻印の刻まれたソレを、『少尉』は…… ――無造作に、押し込んだ。足元に倒れる少女の腹中へと。 ずぶり、と押し込まれるルーン爆弾。苦痛に身悶えする少女。そして腕が引き抜かれたが……その傷は、元のように綺麗に塞がっていた。 「講義の次は実践と行こう。お前達には我々の開戦を告げる狼煙となってもらう。威力を示す実験台となり、盛大な花火と化すがいい」 無慈悲な宣告。クルスは思考する。残された仲間は、『少尉』の足元に倒れる彼女も含め六人。二人は絶命し、残された者のコンディションは悪くはないとは言え状況は切迫。はたしてどう切り抜けるか―― だが、状況はそれでは終わりはしなかった。最悪はさらに積算されていく。 ふと、変化に気付いた親衛隊の一人が周りを見回す。何かが、いる。民間人か、野生の動物か…… ――これは、違う。明らかな危険が、この場に迫っている。精強たる親衛隊にとっても脅威となる、何かが。 「少尉、何かおかしいです。警戒を――」 抜刀した親衛隊の男が警告の言葉を上げ……言い終わる前に、森の中より気配の正体が飛び出した。その一団が向かうは、親衛隊……だけではない。残されたアークのリベリスタ達へも、襲い掛かった。 ――最悪は加速する。 今この場所。日本の地にて戦場が展開される。 ――襲撃者は……迷彩に身を包んだテロリスト達。 『砂漠の狼』ファッターフ・フサーム・ハッターブ少佐率いる、一団であった。 ●SideA:German ――時は少し、遡る。 「確かに、受け取った」 「毎度。精々活用しておくんなはれ」 森の最中、一団と一団が取引を行っていた。 一団の片割れは親衛隊。自らを『総統閣下の魔術師』と称する、ヨハン・ハルトマン少尉率いる一団。リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイター少佐の号令によりアークへの襲撃計画を行う部隊の一つだ。 対する一団は、明らかにカタギではない一団。ダークカラーのスーツを纏った彼らを率いるのは、質のいい呉服に実を包んだ初老の男性。 主流七派『三尋木』に属する金庫番。あらゆるものを金に換算し、値踏みし、より儲かる手段を効率的に追い求める男。河原町 央路、その人である。 「本当に役に立つのだろうな?」 「それだけは保障しますわ。戦力にはなりまへんけど、撒き餌としては十二分に。放し飼いにしておけばアークは黙ってても釣れてくれますわ」 取引の対象は、一匹のエリューション。とある縁で央路が手に入れたその植物系エリューションを、親衛隊へと引き渡す。それがこの取引である。 「ふむ、協力感謝しよう」 「かまへんよ。逆凪のから連絡は受け取る、最低限の協力はさせてもらうさかい」 かくして取引は終わり、二つの集団は離れていく。 「……どうしますか、少尉?」 「是非もない。このエリューションを即座に解き放て」 部下たるトビアス軍曹の言葉にヨハン少尉は即座に指示を出した。 ――かくして後に、リベリスタに惨劇が起こり。戦争の始まりとなった。 ●SideB:Mideast 『……とまあ、そういうわけなんですわ』 「……解った。活用させて貰うとしよう。報酬はいつも通り振り込んでおく」 『はい、おおきに。また何かあるならいつでもどうぞ。サービスしておくさかい』 ――これもまた、少し時を遡った話。 電話を受けるのは『砂漠の狼』と呼称される男。中東の組織を統括し、自らも前線において凶刃を振るい続ける男。故国においては英雄、他国においては平穏を乱すテロリストと呼ばれる人物。ファッターフ・フサーム・ハッターブ少佐である。 通話の先の男は、日本フィクサードの『主流七派』と呼ばれる勢力の一つ、『三尋木』所属の河原町 央路であった。 「いつもの老人で?」 「ああ。目先の利益に支配された、理想も持たぬ相手ではあるが――この異国においては信頼出来る。金さえ用意できればだが」 ――央路は以前よりファッターフと取引を行っている。それは物資であったり、情報であったりする。今回の場合は、情報だ。親衛隊の行動の情報――七派の協定として、親衛隊へ行うバックアップではあるが、バックアップした後の事までは央路にとっては知ったことではない。ならば、即座に金に変える。そういう男なのだ。 「親衛隊がアークを釣り出して狩る、そういった計画が進んでいるようだ。とびきりの装備を持ち出してな」 「で、どうするんで?」 部下であるムバラック曹長が指針を問いかける。親衛隊と事を構えるということに、可も不可もない。親衛隊も、彼ら砂漠の一派も戦いを行うという点で変わりはない。 ただ、一つ違うことがあるとすれば。 「――戦争を起こしたいだけの連中と我々は違う。大義を成すのは過去の亡霊ではなく、未来を切り開く理想を持った集団でなくてはならん」 それは、志。大戦時代の亡霊ともいえる親衛隊と、中東において今もまた体制への抵抗を続ける砂漠の民達。通る過程が同じであろうとも、同じ道を辿ることを望むとは限らない。 ――さらに、彼ら砂漠の民の中には親衛隊と並々ならぬ因縁を抱えた者達も存在する。父祖の代において、人種主義者達に苦渋を舐めさせられた者達。その怨恨は今もなお、根強く生き続けている。 「聖戦に相応しいのは奴らではない。だが、その力は利用させて貰おうか。――自慢の兵器とやら、見せて貰おう。残骸でも構わん」 かくして砂漠の狼達は親衛隊の釣り場へ向かう。釣り手を食らう野獣として。 ●The Ark 「誰か、手の空いている精鋭はいるか!」 アーク本部内にて、突如『クェーサーの血統』深春・クェーサー(nBNE000021)が要求したのはそのような無理難題であった。 現在のアークにおいて、状況は切迫している。親衛隊による多数の強襲。アークにしては珍しく後手に回り続けているこの状況において、精鋭はそのカウンターとして度々出動している。 つまり、急遽手の空いている精鋭が必要ということは……そういうことである。 「エリューション討伐任務に出たチームが親衛隊の強襲を受ける、とたった今予知があった。襲撃をしかけてくる相手はかなりの精鋭と思われる。実力者が欲しい」 必要なことのみを伝え、任務に赴くメンバーを呼ぶ深春。その口調はいつもより険が強く、状況が切迫していることを証明していた。 襲撃は緊急とはいえ、ここ最近では多発していること。だが、深春はそれほどの緊張を強いられているのにはさらなる理由があった。 「また、その襲撃現場において『砂漠の狼』と呼ばれるテロリスト、ファッターフ・フサーム・ハッターブ少佐が親衛隊、アーク双方に対する襲撃を仕掛けてくるとの予知も行われた」 最悪に最悪を重ねたかのような状況。それはまるで戦争の前哨戦と言えるかのような、組み合わせ。親衛隊とテロリスト。間に挟まれる形となるアーク。小規模戦闘とは思えぬ、尋常ではない局面である。 「この状況は大変危険であり、若手のリベリスタの救出の為に精鋭を必要以上の死地に投げ込む任務となるだろう。本来ならば精鋭を温存し、この局面は放置静観するほうが効率的な事態だ」 非情ではあるが、効率やより強力な戦力の損耗を防ぐという意味ではその選択は正しいとも言える。だが、だからといって。 「――だが、それがアークの流儀ではないのも理解している。だからこそ、我こそはと思う精鋭はこの任務に志願して欲しい」 大を守る為に小を切り捨てるのが、効率。だが、仲間を見捨てるという選択肢は今までアークのリベリスタ達は滅多なことでは行わなかった。 ――だからこそ、今この局面で。深春はそれを尊重する。 「最悪を避ける努力はしよう。私も同行する。……手を貸して欲しい」 そう言って彼女はリベリスタ達に……深く頭を、下げた。 ●追記:エネミーデータ ◆親衛隊勢力 ・ヨハン・ハルトマン少尉 元アーネンエルベ所属の親衛隊員。 研究者であり、自らを総統閣下の魔術師と自負している。 大戦中より行っていた研究をそのまま続け、科学と魔術の融合をテーマとしている。 魔力を過剰に増幅する、歯車が組み合い稼動している手袋『ヴォールハイト』を所持しています。 - ツァラトゥストラ(EX) 神遠全付 物攻上昇、回避上昇、ダメージ80 - カドゥケウス(EX) 神遠範 HP回復(小)、BS回復(高)、反動200 - ブリッツドンナー(EX) 神遠全 ショック、雷陣、反動120 - 高速再生(パッシブ) - 超再生(パッシブ) - 戦闘指揮Lv3 - 魔術知識(非戦) ・トビアス・バウアー軍曹 ハルトマン隊の補佐役。無口な優男。 超振動機構を備えた軍刀『ラズィーアパラート』を一対所持しています。 - 多重残幻剣 物近複 混乱、弱点 - 細断(EX) 物近単 物防無視 - 二刀流(パッシブ) ・ランベルト・フランツ軍曹 ハルトマン隊の補佐役。無表情な巨漢。 速射、重砲撃の切り替え可能な雷撃砲『ギャラルホルン』を所持しています。 - ディフュージョンカノーネ(EX) 神遠域 感電、ショック - ブリッツカノーネ(EX) 神遠2貫 崩壊、感電 ・ハルトマン旗下前衛兵×2 一般親衛隊兵です。銃剣を装備しており、近接~中距離までを抑えます。 - ギガクラッシュ 物近単 感電、反動40 - パーフェクトガード 物自付 リジェ20、反射 ・ハルトマン旗下重砲兵×2 一般親衛隊兵です。ガトリングを装備しており、遠距離から広範囲を掃射します。 - ハニーコムガトリング 物遠全 連 - スターライトシュート 物遠複 ■砂漠の狼勢力 ・『砂漠の狼』ファッターフ少佐 中東に置いて数多の敵を撃退し、殺害してきた戦士です。 高い指揮能力を持ち、戦闘に置いても無類の強さを誇ります。 部族の誇りであるシミター『ディウヴナーヴ』と大口径のオートマチック拳銃を扱います。 - ラグナロク 神味全付 リジェ100、チャージ50、BS回復、反射 - ファイナルスマッシュ 物近単 - コンバットアサルト(EX) 物近単 圧倒、呪縛 - ルアフサハラーゥ(EX) 神遠範 石化、失血 - 砂漠の狼(EX・高い指揮効果を含むパッシブ) - ハイバランサー(非戦) - 痛覚遮断(非戦) ・ムバラック曹長 ファッターフの部下にして弟子。射撃の達人です。 武器は特別にチューンされたアサルトライフル。 遠距離から近接に到るまであらゆる位置での扱いに精通しています。 - インドラの矢 神遠全 火炎、業炎 - No.13 神遠2単 致命、物防無視、必殺 - コンバットアサルト(EX) 物近単 圧倒、呪縛 - イーグルアイ(非戦) - 痛覚遮断(非戦) ・ナズィール軍曹 ファッターフの部下で、同じ部族の出身者です。 部族の特徴として、近接戦闘に無類の強さを発揮します。 武器はシミター。この武器は彼らの部族の誇りであり、戦士の証です。 特筆すべきスキルは下記。 - リミットオフ 自付 ロストHP30 - 戦鬼烈風陣 神近範 麻痺、ブレイク - ハイメガクラッシュ ノックB - コンバットアサルト(EX) 物近単 圧倒、呪縛 - ハイバランサー(非戦) - 痛覚遮断(非戦) ・テロリスト兵×4 ・ファッターフの部下達です。 個々の能力はそこそこですが、ファッターフの指示の元に連携を取ります。 武器はアサルトライフル。 - 1¢シュート 神遠2単 - コンバットアサルト(EX) 物近単 圧倒、呪縛 - ハイバランサー(非戦) - 痛覚遮断(非戦) |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月16日(日)23:36 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●OverCrossLine 「少尉、敵襲です!」 一対の特異な軍刀を抜いた男……トビアス軍曹が警告の声を上げる。 普段無口である彼ではあるが、咄嗟の事態に声を上げる。この襲撃は彼ら、親衛隊にとって完全に予想外の襲撃だったのだ。 迷彩に身を包む彼らは、到底この平和に満ちた日本の勢力ではない。自衛隊とは違う、殺意に満ちたその気配。何より日本のものではないその顔立ち。 砂漠の民、テロリスト、革命の戦士。そのような勢力の介入など誰が予測できようか。 「慌てるな。イレギュラー等よくあることだ、適切に対処したまえ」 ヨハン少尉がぎちり、と手袋を軋ませ向き直る。 「理想無き者達を駆逐しろ。例外はない!」 迷彩服に身を包んだ一団を指揮するのは『砂漠の狼』の異名を持つファッターフ少佐。両勢力の間からほとばしる殺意と緊張感。それらが場を支配していく。 「何だ、一体……!?」 その状況に戸惑うのは間に挟まれたリベリスタ達である。 彼らのリーダーである片桐クルスは、完全に思考停止を起こしていた。ただのエリューション討伐であったはずのこの任務は、もはや性質の違うものと化している。 バロックナイツの一員であるリヒャルトの配下たる親衛隊。体制の転覆を狙う中東のテロリスト、砂漠の狼達。単体ならばまだ彼の思考も維持出来ていただろう、元より冷静で正確な状況判断が出来たからこそのリーダーだったのだ。 ――だが、両者に挟まれたこの状況は彼の思考を完全に奪い去っていた。 自分達を挟み、対峙する強力な敵。絶望がリベリスタ達の心を埋め尽くしていく。 両者が狙う敵は、対峙した相手であり……また、挟まれた自分達なのだ、と理解し。諦念にも似た感覚が生まれてきた時。 ――彼らはそこに介入する。 「総員突入! プラン通りに行動しろ!」 今より生まれんとする戦場に響く凛とした声。その号令と共に、山林の中より複数の人影が飛び出してきた。 それはリベリスタ達を襲撃した親衛隊の如く、またその場へ介入した砂漠の狼の如く。 一種、意趣返しとも言える突入はその号令と共に行われた。 飛び込んできた人影が、生み出した光球を親衛隊の布陣の最中へと同時に投げ込む。その光の球は激しい炸裂音と衝撃、閃光を伴って親衛隊達を打ち据えた。 深春・クェーサーと『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)。二人の生み出した光球は、全てではないが親衛隊の兵の出鼻を大きく挫く。 「ぬかるな! 迅速に確保せよ!」 深春が高らかに声を上げ、それに従うように親衛隊……そして、挟まれたリベリスタ達へと集団が飛び込んでいく。 「私たちを信じてください、深春さん……皆さん。貴方達たちが信じてくれている限り、私たちに敗北はないのだから」 「――信頼は結果が示してくれる。行け!」 ミリィの言葉は絶望に包まれつつあったリベリスタ達、そして救援を指揮する深春へと投げかけられる。その言葉への深春の答えは、明快。結果なくして信頼はないのだ。 ……救援のリベリスタ達。辛うじて最悪を避けんと予知されたソレに従い、救援に現われた者達。その襲撃に親衛隊、砂漠の狼両陣営共に虚を突かれる。だが、彼らは共にプロである。戦闘の、そして戦争のプロなのだ。 「うろたえるな、あくまで予測の範囲は逸脱してはいない。迎撃せよ」 「は……はっ!」 投げ込まれた閃光弾に感覚を奪われつつも、指揮官たるヨハンの号令に親衛隊は即座に布陣を立て直す。目下の脅威である救援部隊、そして砂漠の狼達へと対処する為に。 「やはり来るか。迎え撃て! 体制のぬるま湯に浸った者共に鉄槌を下せ!」 砂漠の狼もまた、ファッターフの号令の元に体勢を立て直す。彼らもまた、目的を果たすために。そして体制に甘んじる者を打ち砕く為に。 「クルス!」 自分を呼ぶ声に思考停止していたクルスは、ハッと正気を取り戻す。 横合いを突く様に現われた、援軍。最前線で戦う、アークにおいても精鋭といえる集団。それが救援にきた、という事実を認識することで彼の思考は一気に冷静さを取り戻して行った。 「クルス、よく聞いてくれ!」 親衛隊の後ろ、救援者の中にある『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の姿。彼女が呼びかける声に、目配せを送る。 「亜紀の爆弾が爆発するのは百八十秒後だ、このチームを指揮させて欲しい! 無事な者は撤退する!」 その言葉に、彼は否応なしに頷く。元より彼らの実力から大きく離れた状況故に、彼らだけで対処するのは不可能なのだ。より熟練し、戦い慣れた者達の指示に従うのは吝かではない。 クルスと同様に、同じく生存しているリベリスタ達が、頷く。 彼らの目的は、ここにおいてようやく確定したとも言える。皆木亜紀を……今、ヨハンの足元で倒れたまま動かない、体内にルーン爆弾を埋め込まれた彼女を助け。そして全員が助かる為に動く。その方針を。 一方。雷音の言葉に眉を顰めたのは……親衛隊少尉、ヨハンである。 「……何故だ? 私は起爆時間は教えていないのだが」 圧倒的精度を誇る万華鏡。それが感知したリミット、それを新たに現われたリベリスタ達が知っているという事実。その事に至らないヨハンはただ奇妙さと共に警戒を引き上げる。 知るはずの無い事を知っている。その時点で相手は未知であり、こちらは未知ではないという証左とも言えるのだ。知を尊ぶヨハンにとって、それは危険を伝える予兆である。 だが、彼の思考を即座に纏めることは困難であった。まず対処しなくてはいけないものは、違和感からくる危険ではなく眼前にすでに存在しているイレギュラーなのだ。 「ここから脱出するよ、一緒に帰ろう」 リベリスタ達に駆け寄った『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が生み出した静謐な息吹が、傷ついたリベリスタ達の傷を塞いでいく。 「……全員で、って言えないのが悔しいけれど。皆だけでも無事に帰すからね」 ちらり、と見たのはすでに息絶えた二人の仲間達。出し抜かれたが故に、守れなかった命。その悔しさと、共に戦ってきた仲間を失ったリベリスタ達の悲しみ。それらを全て飲み込み、残った者達が生きて帰る為に。アリステアは声を掛ける。 その言葉に、リベリスタ達はまた頷く。痛いほどわかっている、少女が自分達を案じて言ってくれてることを。そして噛み締める。自らの無力を。今まで鍛え、戦い身につけてきた力がバロックナイツのような脅威に牙を突き立てるには足りないという現実を。 だが、まだ屈してはいない。ここを切り抜け、次に繋ぐ為に。彼らはこの状況を突破する覚悟を……少女の激励から受け取ったのだ。 「……一掃しろ」 ヨハンの言葉に動ける親衛隊達が身構える。その号令は、親衛隊だけではなく戦場全体の緊張感を高め…… ――交戦開始。 ●Ahnenerbe 「お久しぶりです」 高まった緊張の中、その男が……『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)が切り出したのは、そのような言葉だった。 その目線は真っ直ぐに、ヨハンを見据えていた。親しげに、穏やかに。投げかけられたその言葉にヨハンは眉を顰める。久しぶり、などという言葉をかけられる覚えはないからだ。 「――誰だね、貴君は」 「元アーネンエルベ所属、カリオストロを名乗っております。以後良しなに」 「知らんな。その顔に覚えすらもない」 素っ気ない言葉ではあるが、イスカリオテはほくそ笑む。知られていなくて当然なのだから。アーネンエルベという組織は神秘機関であり、研究機関である。だが、決して小さな組織というわけでもなかった。その上――あの頃とはその貌すらも、違うのだから。 だが、そのような旧交をただ温める為にイスカリオテは声をかけたわけではない。 「Mrハルトマン。総統閣下の魔術師。――いつ閣下が極東の同盟国に攻め入れと仰られましたか?」 彼が求めるのはヨハンの真意。そして揺さぶり。 総統閣下の魔術師を名乗る彼、ヨハン・ハルトマン少尉。――過去に第三帝国は極東の大日本帝國と同盟関係にあった。三国同盟というものである。 「閣下が御隠れになるまでこの国の自治は認められていた筈。この信仰が閣下の意思に準ずるとは言い難い。この矛盾、如何に?」 ならば、ヨハンは何故総統閣下の魔術師を名乗り、この地に立つのか。そして侵攻の如き戦いを行うのか。 「――貴方の忠誠は何処に。閣下か、それとも少佐か」 その真意は、忠誠はどこにあるのか。何故リヒャルトの下で彼が戦うか。それを見定めようというのだ。――軍人としての使命か。はたまた研究者としての探究心か? ――その問いに対し、ヨハンは。……笑う。 「は、はは。ははははは! 聞いたか、革命家。この男の言葉を!」 「しかと聞いた、親衛隊。これはなかなかに笑える話だ」 ヨハンだけではない。対峙し、敵対しているはずの砂漠の狼。ファッターフまでもが、笑う。 「カリオストロとやら、元同僚……だったか? そのよしみで答えよう」 さも愉快でたまらない、といった風情のヨハン。極上の喜劇を、滑稽なる道化を見たかのような風情でヨハンは答えた。 「確かに総統閣下は極東の島国の自治を認め、同盟国とした。だが――それは『小さな国土に大和魂を持った国家』であり『戦勝国に牙を抜かれた犬の国』ではない!」 「こればかりは親衛隊の言う通りだ。大義を持たず、独立独歩の覚悟も持たず。大国の庇護を受け、言われるままに尻尾を振る国を、あの大戦の対等な同盟国と考える者はどこにもいるまい」 ヨハンが、ファッターフが、それぞれの見解を告げる。 ヨハンの忠誠は変わらない。総統閣下に忠誠を誓い、その意志を確かに受け継ごうとしている。ただ、無くした戦場と捧げるべき英知のやり場を失った存在である。リヒャルトに従うのは、それを遺憾なく発揮出来るが故で、リヒャルトを忠誠の相手と認めたわけではない。 ――だが、変わり果てたかつての同盟国に、遠慮する道理も最早存在しないのだ。 「ならば問い返そう、カリオストロよ。何故貴君はこの国において、そちら側へと立つ。アーリア人としての誇りを、総統閣下の名の下に培った英知を。何故貴君はここにおいてこちらへ向ける? 答えて貰おう」 その問いに、イスカリオテは。その言葉を予見していたかのように、澱みなく答える。 「――私が忠誠は、親愛なるメフィストフェレスの下に」 「なるほど、理解したよ。――貴君も確かに魔術師だ、知識を食らう蛇」 独特の緊張感、そして静寂……それは、この場の者が術中に落ちていた事の証左であった。 戦いの中で、言葉を交わし静寂を生む。それは戦いを忘れていた、という事。 ――銀光が、静寂を切り裂いた。 「――!?」 「戦いを忘れましたね」 イスカリオテが、哂う。彼の言葉は真意を探るものであり、心理を探求するものであり。そして現実を忘れさせるための虚言でもあったのだ。 戦場に生まれた凪を、その槍は見逃さない。一陣の疾風となり、敵を穿つ銀槍が戦場へと突き刺さる。『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)が審判の槍を、ヨハンへと叩きつける。 「むぅっ……!」 不意の一撃。容赦のないその一撃を、ヨハンは――掴んだ。 勢いを減算しきれはしないが、掴み押さえ込まれた槍は勢いを殺され、ヨハンの肉を抉るに留まる。到底致命的とは言えないその一撃ではあったが……目的は、仕留めることではない。 「見逃せる相手ではありませんが……」 真っ直ぐに穿った相手を見据えながら、ノエルが呟く。 彼女の槍は、自らの正義に反する者を悉く穿つ。一片の容赦もなく、仕留めると決めた相手は刺し貫いてきた。 ――だが、今は状況が許さない。救出にきた彼らの目的は、あくまで罠にかかったリベリスタ達の救出。断じて親衛隊を皆殺しにすることではないのだ。 それは、おあずけ。 全身全霊の力を込め、ノエルはヨハンへと槍を叩きつけた。その衝撃は凄まじく、並みの者ではその場に踏みとどまることすらできなかっただろう。 だが、相手は親衛隊の中でも少尉の地位に立つ物である。魔術師とは到底思えぬ驚異的な粘りで、その一撃を受け止め……無事ではないが、踏みとどまったのだ。 「――呪いのような一撃だな」 銀槍を掴んだまま、ヨハンは搾り出すように言葉を吐き……その抉られた肉が、白煙を上げる。穿たれた先からその血肉が、逆回しのように再生しはじめているのだ。 「参りましたね……」 ノエルが苦笑する。目論みではこの一撃でヨハンを大きく退ける予定だったのだ。だが、その目論見は外れヨハンはここに留まっている。 「悪いけどそこ、どいてもらうよ!」 だが、そこに畳み掛けるように『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)が飛び込んで行った。同時に手にした大鎌を一閃する。 「皆、無事戻ったら本場のパスタをご馳走するよ! だから――頑張って!」 リベリスタ達への激励と共に振るわれたその刃は速度の限界を超え、刃ではなく烈風のように。数多の刃の如くヨハンを切り裂き、激しく鮮血を撒き散らす。 執拗なまでのヨハンへの追撃。それは救援隊の目指す目標を満たす為に……欠かせぬ一手。 「雷音!」 「うむ!」 刃を振るったアンジェリカが叫ぶ。答えるように雷音がヨハンへと飛びかかり―― その手の内をすり抜け、足元へと飛び込んだ。 「そうか、狙いは……」 ヨハンが得心がいった、との表情でそれを見過ごす。否、見過ごさざるを得ない。 ノエルとアンジェリカ、二人の達人を相手にした状態で相手の目論見を阻止するのは至難の技である。出鼻をくじかれている時点で部下のフォローも……一手、足りない。 結果、彼はむざむざと許すこととなったのだ――雷音による、足元に転がる亜紀の救出という目的を。 「……まあ良いだろう」 ヨハンはそれを、受容した。彼には自信があったのだ。今救援隊が助けた少女に埋め込まれた物体……ルーン爆弾は、試作とはいえ彼の英知の結晶である。少女の辿る命運は変わらない、その自信が。 亜紀を担ぎ、走り去る雷音。小柄な亜紀の身体は同じく小柄な雷音でも担ぐに苦労はしない。とにかくまずはこの場からの離脱。それを目指し、全力で雷音は走る。 ヨハンはそれを見送り……は、しない。受容はすれど許可はしない。逃亡者を追わない理由など、ない。 「だが、むざむざ逃がすのも面白くはないな。追……?」 その言葉は途中で打ち切られることとなる。追撃に移ろうとした親衛隊の前に…… 「自分は牽制や時間稼ぎで……終わらせる気はない!」 業火の矢が。『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)の放ったインドラの炎が降り注いだのだ。 ●DesertWolf 一方、砂漠の狼側もその間大人しくしていたわけではない。 救援部隊の登場、そしてイスカリオテの言葉より始まった一連の流れ。一時はその流れに飲み込まれたテロリスト達もまた、強襲と共に行動を開始した。 ある者は親衛隊へ、またある者はリベリスタ達へと向かう。それぞれの目的を果たさんとする為に。「待て、砂漠の狼」 それを呼び止めたのは、『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)であった。 「何か用か? 黒衣の剣士。刃を交える以外の話などないはずだが?」 「そちらにはないかもしれないが、こちらにはある。俺はリベリスタ、新城拓真。そちらの目的は親衛隊の持つ特殊装備であると認識しているが、違いは無いか?」 拓真の問い。万華鏡によって予見されたその目的は、リベリスタにとって今更確認するようなことではない。この言葉はあくまで、こちらがテロリスト側の目的を知っている、というアピール。 「その通りだ。だからどうした?」 テロリストの目的は、親衛隊の所持する特殊な装備……アーティファクト達である。それの奪取が目的である。その為にアークと親衛隊の小競り合いに横槍を入れる形で現われたのだ。 「そちらの目的を極力は邪魔をせぬ用意がこちらにはある」 「何だと?」 拓真が選んだのは、テロリスト達の目的を許容するという方針であった。 両勢力を相手にすることで、本来の目的……包囲されたリベリスタ達の救援、それを達成出来ないリスクを避ける。その為に一方の勢力と交渉し、停戦する。その決断を下したのだ。 「あちらの飼い犬はいざ知れず、狼であればこそ言葉も通じよう。――これ以上同胞を奴らの様な輩に弄ばれるのは我慢ならん」 その言葉に――ファッターフは、嘲笑する。 「滑稽だな。犬が犬を語るか。どちらも首輪に繋がれた飼い犬の分際で。牙と闘志の有無ぐらいではないか、違いは」 理想を抱き、大国の支配する体制を砕く。それを目指すファッターフにとって拓真の言葉は道化の戯言である。ファッターフの唾棄する存在の犬が、別の亡霊を犬と罵る。茶番である。 「――極力手は出さないよう、我が双剣に誓う。いかがか」 嘲笑されようとも、拓真はその方針を違えるつもりはない。優先すべきものが決まっているからだ。その為ならば恥辱にも耐えよう。 「……だが、断る」 だがしかし。ファッターフの言葉は否定であった。 「貴様の言うことにも一理ある。犬に言葉は通じない、とな。喋る犬とは滑稽だが」 拓真の言う所の我慢ならぬ犬、ファッターフにとってはリベリスタはその一部なのだ。理想を貫き通す存在であればこそ、それは変わらない。強く強く、方針に影響する。 「貴様達がそうするというならば構わん。利用はさせて貰う。だが……停戦はない。共にここで朽ち果てるがいい」 ――決裂。 だが、完全な決裂ではない。それぞれの目的を果たすためにお互いを利用しろ、ファッターフはそう言っているのだ。 「――面倒事は嫌いなのよ」 結果を見届けた『逆月ギニョール』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)が嘆息する。 必ずしも交渉が通じるなどと思っていないエレオノーラは、この場合も考慮はしていた。それ故にエレオノーラがとった行動は。 ……手にした灰のナイフを、一閃である。 閃いたナイフは、空気を裂き時までも裂き――砂漠の狼達を、一瞬で凍りつかせた。 「!? 女、貴様ァ!」 「違うわよ」 吠えるナズィール軍曹に対し、素っ気無く否定するエレオノーラ。何故ならば彼女ではなく、彼なのだから。見た目は当てにならない。 「仕方ネーナ、ほら行クゾ」 氷霧をエレオノーラが張ると同時に『黒耀瞬神光九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)が動き出す。それまで様子を見ていた彼女だが、いざ動き出すとその速度は尋常ではない。 一手動く間に二手。それを可能とする速度を誇る彼女は……親衛隊へと切り込んだ。 「ついてくるんダナ、突破スルゾ!」 リュミエールの言葉に促され、彼女より数瞬遅れ……リベリスタ達が一斉に動いた。 段取りどおり、この布陣を突破する為に。親衛隊を切り抜け、生還する為に動き出したのだ。 ●Explode ――遠くで爆音と銃声、剣戟の音が響く。 それらの音を聞きながら、雷音は少女を……担ぎ走っていた、亜紀を地面に降ろした。 彼女だけを連れ去ったのは、安全の為だけではない。彼女の体内に埋め込まれたルーン爆弾。それを摘出しないことには彼女の命はないのだ。それどころか自分達の身の危険すら存在する。 時は一刻を争う。できれば穏便に解決したい所であるが、状況はそれを許さない。 それ故に雷音がとった方法は最短で……非情で、危険な手段であった。 「……身体を再度傷つけることを、許してくれ」 意識無き亜紀に雷音は謝罪し――抜き放ったナイフを、その腹に突き立てた。 刃が肉に食い込む手ごたえがはっきりと伝わる。そのナイフは間違っても仲間に突き立てる為に持っていたものではない。あくまで立ち塞がる敵を排除する為、そして自らと仲間を守る為に所持していたもののはずだ。 それを今、彼女は。仲間であるアークのリベリスタに突き立てている。 罪悪感が一瞬彼女を蝕む。だが、躊躇っている間など存在はしない。 突き立てたナイフを一閃し、腹部を切り開く。意識無き亜紀もその外傷に、ごふと口中より内臓に逆流した血液を吐き出す。 「――我慢して欲しいのだ」 そのまま腹部に手を入れ、探す。暖かい肉をまさぐる不快な感触が幾時か続き――固い、明らかに生体ではない感触が手に触れた。 「あった!」 雷音はそれを掴み、引きずり出す。その手に掴まれていたのは、奇妙な印章……ルーンを刻まれた、機械。 それを確認した雷音は即座に亜紀の腹部へと符を貼り、術を施す。傷はみるみる塞がり、亜紀の失せた血の気も戻って行った。 だが、これで終わりではない。ここからが本番なのだ。 ルーンの刻まれた爆弾。血に塗れたそれを、雷音は凝視し調べる。 深淵までに至る魔術の知識。それを全て動員し、解除方法を検索していく。 ヨハンが英知と呼んだソレは、雷音の知識をもってしても理解の追いつくものではない。だが、ただ一点……これを、止めるだけであれば。出来るかもしれない。 考え、見る。思考が焼き付いてもいいと言わんばかりに爆弾を凝視し続けた雷音は―― 「――ええい、ままよ!」 その機構に、手をかけた。 ――――――。 ●Battlefield 「怯むな、突破しろ!」 深春の声が戦場に響く。 雷音の離脱した戦場は、地獄と化していた。 親衛隊の兵が銃剣を振るい、ガトリング砲が唸る。 テロリスト兵のアサルトライフルが火線を吐き出し、戦場に存在するものを蹂躙せんとする。 「屈するな! それでも名高い親衛隊の一員か!」 ヨハンが叫び、ぎちりと手袋に組み込まれた歯車が軋む。それと共に兵達に電流が走り、その肉体を過剰に強化し、酷使させる。 酷使された肉体は悲鳴を上げ、崩壊を始める。だが超人の如く強化された肉体は、末端の兵に至るまで油断ならぬ兵へと変えていく。 その崩壊しつつある肉体。いかに超人的戦闘力を与えられようとも、負担は親衛隊を蝕んでいく。 だが、その肉体へと再び手袋と歯車を軋ませ、ヨハンが電流を送る。 自らもその手袋によって無理やり引き出された力の負荷に血を吐きつつも、送られた電流は肉体の治癒力を高め、修復していく。 壊れ、壊され、治り治される。破壊と再生を繰り返すヨハン配下の親衛隊は、狂気の兵であった。 「叩き潰せ! 理想と大義を持たぬ兵に屈する我々ではない! 来るべき聖戦の礎となれ!」 一方ファッターフの宣言に、テロリスト達の士気も上がっていく。 氷漬けにされた兵は肉体の限界を意志で越すかのような力を発揮し、自らの拘束を振りほどいていく。 肉体すらも癒す号令はテロリスト達の力を引き上げ、戦闘に屈しない意志と肉体を生み出していく。 両陣営の衝突は、激突しては壊れ、直り、再び潰しあう。凄まじいまでの壊しあいであった。 一方、その最中をリベリスタは一丸となって突破していく。 つかず離れず、さりとてお互いをフォローしあえるように一団となって。助けるべきリベリスタと共に、親衛隊の最中を強引に切り裂き、進んでいく。 「負傷者を頼む!」 「は、はい。お任せを」 拓真がリベリスタの一人――ノイン・ヴァンシュタイン・支倉を銃弾の雨よりその身を挺して庇いつつ突き進む。 癒し手である彼女の有無は、生存に大きく影響してくる。それ故に誰よりも優先して彼女を守り、進んでいるのだ。 事実、彼女の癒しの力は突破の最中、次々と傷を受けるリベリスタ達を癒し続けた。だが、その癒しの力にも限界が存在する。 力の総量ではない。単純に、持続の問題である。 息切れを起こすノインの隙間をフォローするように――むしろ先導するように、アリステアの癒しの術がリベリスタ達の傷を塞いでいく。 (痛くない、怖くない。……守るのがお仕事だもん、頑張れる) 自らに言い聞かせるように、アリステアは思考する。 覚悟の差が助けられる人数の差、だとでもいわんばかりに。 「――戦いたいなら他所でやって! 私たちを巻き込まないで!」 ――悲痛な叫び。 仲間が、いや。誰かが傷つく事など少女は望まない。だが、敵はやってくる。そして仲間達を傷つけ、時に命も奪う。 だからこそアリステアは、ここにいる。恐怖を押さえつけ、命を繋ぐ為に。 一方、脱出する為に必要なものがある。道である。 例え親衛隊を突破するのが目的であっても、それこそ道を作れなければ阻止されて終わるだけである。そしてその道を作り出そうと刃を振るうのが、リュミエールであった。 「――厄介な」 尋常ではない手数、そして身のこなし。速度を生かした立ち回りに張り付かれた親衛隊のトビアス・バウアー軍曹は歯噛みする。 切りかかったと思えば位置を変える。守ると思えば攻める。とにかくその圧倒的手数によって変幻自在な攻撃を行ってくるリュミエールに、トビアスは困惑していた。 トビアスがその両手に持った軍刀を振るう。その速度に自信があるリュミエールとはいえ、その動きはアクロバティックというわけではない。刃を振るわれれば被弾はするし、まともに貰えば命も削れる。 ましてやトビアスの所持する軍刀……微細な振動を伴った刃は、彼の技量を伴って彼女の纏うジャケットを紙のように切り裂く。まるで最初からそこに穴が開いていたかのように、あっさりと。 「……てめぇの面白そうなソレ、イタダクトシテーケドナ」 リュミエールの目が注がれているのは、自らを切り裂いたその刃。異質な武器を見ると思わず欲してしまう彼女ではあるが、現状の目的を見失うことは、ない。 リュミエールが戦い続ける限り、トビアスの目は引きつけておくことが出来る。だからこそ、彼女は動き続け、刃を振るう。リベリスタ達の突破口、それを作る為に。 戦場は圧迫され、密集していく。 リベリスタと親衛隊だけではない、リベリスタとテロリストもまた、刃を交えざるを得ない。 「体制死すべし!」 「冗談、そんなものになった覚えはないわよ」 ナズィールが手にしたシミターを振るい、襲い掛かる。エレオノーラはそれをいなし、時には逆手に持った戦場に不似合いなモノ……アタッシュケースにて受け止めながら、逆に切り返していた。 神速の刃がナズィールの肉体を裂くが、致命の一撃に至るのはなかなかに難しい。 一方、腕力に頼るナズィールの剣はエレオノーラを深く傷つけるのは難しい。双方膠着するような切り合いとなるが、相手を打ち倒す事を目的としていない以上はこれでも十分だ。 (……困ったものだわ) 切り合いをしながらも、エレオノーラの目がちらちらと注がれるのは、ナズィールの手にした武器――シミターである。 実のところ、エレオノーラはこれに類似したものを所持している。別の一件で手にする事になったその刃だが、正直いい気はしていない。 何故ならば……それが知られた場合、眼前のテロリストは激昂し面倒なことになる可能性は非情に高いと判断しているからだ。 だからこそ、その刃は置いてきた。目的の妨げになる可能性があるからだ。 (――相手が置いて逃げて行ったんだけどね。こんな事言って話が通じれば苦労はないけれど) 死線の中で嘆息する。まだまだ面倒は続くようだから。 アークと親衛隊、砂漠の狼。三勢力の衝突。それは当然もう一つの組み合わせを生み出す。 そう、親衛隊とテロリストの激突である。 双方、アークよりお互いを脅威と判断しているのか戦力の比重はそちらに向けられていた。――テロリスト側が向けた理由はそれだけではないが。 話にノーは突きつけたが、リベリスタ側の事情をテロリストは利用する気である。つまり、アークへの攻撃が手薄になっているのだ。 それ故にテロリストと親衛隊の激突は苛烈なものとなっていた。 ランベルト・フランツ軍曹の手にした巨大砲……雷撃砲は、テロリスト達へと主に向けられていた。 時には拡散する電光となり、テロリスト達を一掃せんと放たれ。また時には収束する砲撃となって敵の最中を撃ち貫く。その破壊力は尋常ではなく、戦力に劣るテロリストの兵から倒れていく。 一方、テロリスト側のムバラック曹長がばら撒く銃弾も親衛隊へと降り注ぐ。火炎を纏うその銃弾は、七海の放った矢と同様に戦場を炎に包む。 ――ただ、違いといえば。その弾丸はリベリスタにも等しく降り注いでいるという点だ。 両者に降り注いでいる分、完全な危険というわけではないが――二人がかりで治癒を行っていなければ、危険だったかもしれない。 ――戦場に、命の削れる音が響く。 ● ――やがて、道は開く。 「あともうちょっとです! 踏ん張り所ですよ!」 七海の激励に、リベリスタ達の瞳が輝く。誰一人として生存を諦めていない。救援に来た者達が諦めておらず、救われる側も諦めていない。お互いを信じるからこそ、リベリスタ達の心は折れはしない。 再び弓に矢を番え、構える。その流形な弓に矢を番えることは、弓に命を吹き込むもの。七海はそう考える。 そして解き放つ矢は……命を奪う、天の炎と化す。 「さあ――殺り合おうぜ、戦争狂!」 張り詰めた弦が解き放たれ、矢が再び放たれる。 放たれた矢は炎を生み、降り注ぐ。親衛隊を、砂漠のテロリストを。全てを穿ち、焼き尽くさんとする。 交渉は決裂、と言える。お互いに利用するとはいえ、はっきり拒否されたのだ。ならば遠慮する必要などない。 その決意、行動。それらが載せられた矢を受け……同様に銃弾を全てへばら撒くムバラックが、笑った気がした。挑戦的に、ニヤリと。 「今だ!」 拓真が叫び、手にしたガンブレードから火砲を放つ。 大量に放たれた銃撃が、親衛隊を打ち据え怯ませる。 ――だが、それで終わりではない。そこに叩き込まれたのは……灼熱の砂塵であった。 熱く、肌を焼くほどに熱された砂嵐。それが肉を削ぎ、焼く。親衛隊を薙ぎ払い、道を切り開いていく。 その切り開かれた道へとリベリスタ達は身を躍らせる。強引に人波を押し分けるように突入し、切り抜ける。 「止めろ!」 言葉短くランベルトが叫ぶ。その言葉に反応した親衛隊が阻止しようと身を翻すが…… 「あら、私を放っといてもいいのですか?」 的確に叩き込まれる、ミリィの言葉。 これまで細かい立ち回りのみで目立った動きをしてこなかったミリィが突如投げかけたその言葉。それが親衛隊を呪縛する。 「捨て置け、ブラフだ」 ヨハンはそう切り捨てる。だが、兵はそうはいかない。この少女を放置するのは危険ではないのか?そう思わせるだけの存在感を、今少女は放っている。 「し、しかし!」 術中である。そしてその躊躇いは、リベリスタ達にとってのチャンスである。 意識が逸れた所を潜り抜けていくリベリスタ達。そのまま布陣を抜ける……かと核心した時。 「――言っただろう? 共に朽ち果てろと」 ファッターフが、その牙を剥いた。 手にしたシミターを振るうと共に周囲の空気が乾燥していく。山林の清涼感は失われ、乾いた砂……砂漠の風が、吹き始める。 「いけない! 来ます!」 「警戒!」 七海が、エレオノーラが共に叫ぶ。その警告に、ファッターフの挙動に気付くリベリスタ達。 ――だが、それだけでは済まなかったのだ。 「――いいだろう、部下が出来ないのならば私がやろう」 乾いた空気に、バチリと何かがはじけるような音が響く。 ――ヨハンである。彼の身に付けた手袋が今までにないほどに軋み、歯車を回す。回し、機構がギチギチと動く。その動きの激しさと共に、ヨハンの全身が裂け、血が噴出す。 多数の奇妙な図形……ルーンが宙に刻まれ、それが放電をより増幅していく。 「――砂塵に沈め」 「――ひれ伏せ。これが英知の雷だ」 ……砂漠の砂嵐と、ルーンの雷。それらが戦場を、切り裂いた。 ●Escape 「……皆、しっかり!」 穏やかな息吹がリベリスタ達を包む。 その時、誰よりも早く正気を取り戻したのは。皮肉にも誰よりも戦場を恐れていた少女、アリステアであった。 その足元に膝をつくのはミリィ。危険を察知した時に即座にアリステアを庇いに入ったのだ。 凄まじい電撃にその身を引き裂かれ、砂塵に肉を削られる。その最中においてアリステアが動ける状態であったのは重要であった。 彼女の癒しの力が傷を塞ぎ、また砂塵によって固められた肉体を解き放つ。……だが、それでも。救えないものは、いる。 救出対象であるリベリスタの一部……彼らに、癒しは届かない。 命運尽き果て、すでに立ち上がることも出来ず。その身に癒しは、意味を成さない。 米田風音と、滝蓮太。ファッターフとヨハン、二人の同時攻撃に傷ついたその身は耐え切れず、二人の命数は、もはやない。 「…………っ!」 息を呑む。だが、そこで立ち止まるわけにはいかない。もう少し癒しの手数が多ければ。誰かが息切れさえ起こさなければ。そのような反省は後でも出来る。 今は、とにかく助からなくてはいけないのだ。 「走れッ!」 鋭く叫んだのは、親衛隊の最中で刃を振るっていたアンジェリカだった。 電撃に対し耐性のある彼女は、傷も多少は浅かった。それ故に冷静に周囲を見る事が出来……気付いたのだ。 ファッターフの生み出した砂塵。それによって固められたのはリベリスタだけではなく……巻き込まれた親衛隊もまた、そうなのだ。 「!!」 その言葉に、癒しを受けたリベリスタ達は飛び起きるようにして動き出す。 動かなくなった仲間を担ぎ、前へ。一歩でも前へ。とにかくここから脱出しなくてはいけないのだ、と。 「まだ動くか」 砂塵に打ち付けられつつも、自らの電撃でその身を焼こうとも。全身から白煙を上げ、再生しつつヨハンがリベリスタへと立ち塞がる……が。それを阻止するのもまた、アンジェリカであった。 「効率、損耗……」 刃を構え、アンジェリカは独白する。 「それを考えるなら確かに彼らを見捨てるべきだったのかもしれない。でも……」 その刃を下げ、だらりと。自然体のように脱力する少女。 「でも、彼らの帰りを待っている人がきっといる。待つ辛さ、会えない辛さをボクは知ってるから」 ゆらり、と電撃に焼かれたその身を引き摺り、少女はヨハンへと迫る。ゆらり、ゆらりと。 「……なん、だ?」 その様子に首を捻るヨハン。そして、少女は…… 「だからボクは、見捨てることは出来ないんだ! 必ず帰る、一緒に!」 ――少女は無造作に手を伸ばし、ヨハンの腕を……掴んだ。 「――!? 何!?」 その瞬間、ヨハンの全身からがくり、と力が抜けた。 いや、抜けたのではない。夜の王、闇の王たる領域に達した少女の力……吸奪の力が、ヨハンの精気を奪い取って行ったのだ。 「今の機会を損なうな! 撤退だ!」 深春がヘッドフォンに手を当てつつ、リベリスタ達へと号令する。その号令と共に、はじけるようにリベリスタ達は駆け出した。 「ま、待て!」 ヨハンの静止も聞かず、リベリスタ達は次々と戦場を離脱していく。追撃を行おうと体制を立て直した親衛隊もまた、降り注ぐ矢に阻止される。 「置き土産、というやつだよ」 弓を構え、言葉を吐く七海。撤退を助けるためのその一撃は効果的に親衛隊の追撃を阻止し。 「戦力が残存しているうちに引く事をお勧めします。獲物を定めた狼はしつこいですよ?」 ミリィが忠告し……手の内に生み出していた閃光を、解き放った。 ――広範囲に渡り光に包まれる戦場。それが晴れた時には……リベリスタはすでにそこに存在しなかった。 ●End 「少尉、もはやここに留まる意味はありません! 撤収を!」 トビアスの言葉に頷くヨハン。実の所逃がした事そのものは多少の悔しさはあるものの、そこまで気にしてはいなかった。 何故ならば彼の自信作であるルーン爆弾は未だに少女に埋め込まれているのだから。例え摘出したとしてもどうこうなるものではない、そう考えていたのだ。 そして――3、2、1、0。180秒。 「……なんだと?」 そのカウントが済むと同時に、ヨハンの表情が変わる。驚愕、そして憤怒。 ――ルーン爆弾の爆発音は響かなかったのである。 ――馬鹿な!? あれは英知の結晶だぞ!? ヨハンの予測ではあれは解除されることがなかったのだ。彼は戦力は侮ってはいなかった。だが、技術や知識に関しては現場レベルでその水準の者がいるとは考えてもいなかったのだ。 「……撤収だ!」 不快感を隠しもせず、ヨハンは吐き捨てるように叫ぶ。 ――だが、彼は。イスカリオテに指摘された時ではなく。 今この瞬間、本当の意味で。戦場を忘れたのだ。 「いいや、そうはいかんな。幾許か置いていって貰おう。」 ――親衛隊に砂漠の飢えた狼達が襲い掛かるのは、次の瞬間であった。 ―――― ―――――― ―――――――― 「――やられましたね」 戦闘の終わった戦場。ムバラック曹長が頭を掻きながらぼやく。 眼前に転がるのは、親衛隊の死体。そして雷撃砲、だったもの。死体となっているランベルトの所持していたものである。 だが、その兵装は内部機構から爆発を起こし、自壊した。緊急時の為にセーフティとして自爆装置を仕掛けてあったのだろう。 「こりゃ持ち帰っても解析に相当かかりますぜ。あの軍人の言を丸々信じるなら、魔術も施してある。解析した所で再現できるかどうか」 「構うまい。あって損をするものではない」 ムバラックの言葉にファッターフが答える。当面満足のいく形ではないとはいえ、彼らの目的は果たされたのだ。 ――遠くから駆け寄ってくる部下が、解除された爆弾発見の報告を告げる。 かくして三つ巴の戦闘は終わる。 親衛隊死者5名。ランベルト・フランツ軍曹他。 砂漠の狼死者3名。一般兵達。 ――アーク、死者4名。フユ・エメラルド。岸 聖。米田 風音。滝 蓮太。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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