● 誰かが羨む様なモノが欲しかった。 王冠だとか、ドレスだとか、硝子の靴だってそうね。誰かが持ってない『私だけ』が欲しかったの。 ある意味良くあるお話しでしょう。私、為りたいモノがあったのよ。 ――『トクベツ』ってそう呼べば良いのかしら? お子様みたいに泣き喚いて、キャンディを貰うには飽き飽きしたの。 だって、私は『トクベツ』が欲しかったのだから。誰かが持っていた『お下がり』なんていらないわ。 「私、『死』が特別だとは言わないの。『死』は誰にだって与えられるものよ。 だって、『殺人』だって特別だと言わないでしょう? 誰かを殺して与えられる称号じゃない! そんなのってナンセンス! お子様が真似ごとで人一人殺しただけでソレで得れちゃうんだもの!」 一人、殺したって意味がなくて。二人、まだまだ足りなくて。 十人、二十人、と数える事も辞めてしまって、殺しても殺しても『トクベツ』なんて何処にもなかったわ。 見つかるまで殺し続けなきゃ、私は『トクベツ』になれないのでしょ? なら、死んでよ。生きてても意味がないくせに煩わしいわね。 魔法が掛かった私と鼠じゃどちらが下等かなんて一目瞭然でしょう? そうね、私が欲しいのは誰かが羨む様なもの。 美貌、名声、資産――そんなのって在り来たり。 私だけが欲しいの、もっともっと馬鹿げててもっともっと子供染みたもっともっと『私だけ』のモノがいいの。 誰かが言うわ、そんなモノ何処にも落ちてなんかない、って。 そんなのって当たり前でしょ? 『私だけ』が其処らへんに転がってちゃあそんなの質の悪いジョークでしかないわ。 そうよ私は王冠をつけて、ドレスを着て、硝子の靴を履いたお姫様。 「お会いできて光栄よ、私の素敵な王子様(リベリスタ)。ねえ、殺し合いましょうよ? 在り来たりな童話なんて飽き飽きでしょう! 血塗れの脚で目玉すらも繰り抜かれてバッドエンド―― ふふ、うふふ……。 そんな在り来たりな童話なんて私が好む訳がないでしょう。もっと素敵で『私だけ』の物にしなくちゃ」 殺す事なんて怖くないし、死ぬ事だって怖くない。 私が欲しいのは――そう、きっと、『トクベツ』だわ。 愛情? 恋情? 関係ないわ、そんな感情! 羨望? 傲慢な程に欲しがればいいじゃない。だって『トクベツ』なんだから。 私は欲しいわ。強欲の果てが何処にあるかなんて私は知らないけれど。 「トクベツを教えてよ、皆様。私に『トクベツ』を教えられないなら、残るのって、死のみでしょ――?」 カンカンカン、と点滅する踏切の音。『魔女』の様な『アッシェンプッテル』はにんまりと嗤った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月08日(土)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 踏切の音が鼓膜を叩く。目を伏せた女が美貌を歪めて周囲に集まるリベリスタを見詰めている。煌めく指輪に口付けて、彼女の瞳が見据えたのは―― 「在り来たりなハッピーエンドは要らないから、鮮血の中ででも『答え』を得たいと言うのね」 サングラスの向こう側、蒼い瞳でじ、と沈見深雪を見詰めた『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)は論理演算機甲χ式「オルガノン Ver2.0」を手に目の前に存在する女の熱を感じて居た。 長い白髪は昇る月の光を跳ね返し、その女の存在を際立たせていたように思える。翻るドレスの裾が周囲の叢に擦れ泥に濡れる様子に『ましゅまろぽっぷこーん』殖 ぐるぐ(BNE004311)が浮かべた笑みはその幼さには似合わぬ笑顔だ。真っ直ぐ、前線に飛び込むぐるぐの尻尾が大きく揺れる。体内のギアを加速させ、それ以上の速さを身につけようと近付くぐるぐの色違いの視線から逃れる様に動く深雪を見据えた彩歌が放つ気糸は女の体へとまだ届かない。 「なんて我儘……。御機嫌よう、麗しい夜ですね?紺瑠璃指輪のお姫様」 「纏う物をそうやって自慢なさっているのかしら。お嬢さん」 くす、と笑う深雪は己より若く美しい『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)の中性的な美貌を何処か嘲る様に笑って見せる。手触りのよい夜行遊女が風に遊ばれ、首筋で揺れ動く黒綾薔薇が反射する月の光。辛うじて彼女が見据える事ができた女は何とみずぼらしい灰被りであっただろうか。 あの嘲りがなんであるかを嶺は脳内で構築される演算式の傍ら考えて居た。そう、古今東西、女とは若さを羨み、その一時の煌めきに縋るものだと言う。その時々の美貌を武器にできる、己を誇る事ができる女はある意味では勝者であると称せよう。嶺は己の美しさを、己の『トクベツ』を深雪に見せつけたに等しい。 「その首筋で揺れるのは、貴女のトクベツ?」 「それは羨み? シンデレラと言うよりも義姉みたい。グリムのシンデレラは魔女っぽいけど」 かたかたと指先が綺沙羅ボードⅡの上を滑り続ける。暗視ゴーグルに阻まれる視界で『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)が構築するプログラムは己の支援を行う事ができる小さな使者の招来であった。 幸か不幸かその戦場に居たのは少女が多かった。何処か怯えの色を映す巴 とよ(BNE004221)が背負ったハイ・グリモアールの肩紐をきゅ、と握りしめたのも仕方がない。ぱっと眼前に映した女の笑顔が今まで見てきたどんな女よりも欲に塗れ、汚らしい感情を浮き彫りにしていたのだから。 「……止める、ですよ」 周辺に展開した魔陣。己を高める様なソレがあれど、とよがひ、と息を飲んだのは仕方がないだろう。咽喉を通る唾の感触は気色悪さを増長させるように思える。ふ、と視界から消える女に咄嗟に反応した『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が「十戒」で受け止めた後、体を捻り「Dies irae」の引き金へ指をあてる。 「神の前に一切の嘘偽りを暴きましょう。――さあ、お祈りを始めましょう」 「残念」 小さく微笑む女に、受け止めた時に痺れた指先を感じる。初手の行動を付与系統で固めがちであったリベリスタへと深雪は容赦なく攻撃を仕掛けたのだ。彼女の『トクベツ』の一つは己が得た力そのもの。『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)にとってはソレは己の仲間達の使用するものと何ら変わりない。 「それがお主の『トクベツ』かぇ? わらわにもっと見せてくれんかのう。 ――なあ、今夜は月が綺麗じゃのぅ? お主の目にはどう映る?」 「ねえ、はしたない口説き文句じゃ女はオトせないらしいわ。勿論、綺麗な月夜よ?」 くすくすと笑う女へと放ちだす符は鳥の形を作り女の体を追い立てる。瞬時、一歩引いた彼女の体へと突き刺さる嘴に女がにんまりと笑った。視線の先に居る『塵喰憎器』救慈 冥真(BNE002380)が小さく息を吐く。 「喚いて与えられるのに飽きただと? なあ、『死(おさがり)』に飽き飽きしたお姫様」 一人、その戦場に立ち続けて居た生命線に貪欲なアッシェンプッテルがアイシャドウで塗りたくられた大きな瞳を猫の様に細めて笑った。 ● 放たれる閃光はリベリスタ達が最初に選んだ行動を破壊するに容易いものであった。いち早く行動した彩歌が狙いを定めたのは彼女の指先で光るラピスラズ。気糸を制御する事に優れた彩歌の武器が狙い撃つものの、未だ届かない。 光る其れが『アッシェンプッテル』に力を与えて居る事は確かなのだ。その性質は歪み切っている。其れだけでは無い、指輪の加護を得ても尚、貪欲なまでに『欲する』というのだから。 「全く、絶望的に傲慢ね――ッ」 その声に頷き、はっぱをひらりと翻したぐるぐが幼いかんばせを歪めて分裂(ふえ)た。幾度にもブレるそれに驚きもせずに深雪は笑う。霞めるその攻撃をも神秘と癒しに特化した術士は笑顔で受け止めるのみだ。 ――これは生き方を理解して居ないんだ。 幼いながらに饒舌なその口が吐露するのは己が思い描くストーリー。欲しい物を欲しいと言えて、実際にそれを手に居れるからこそ『格好良い』。ソレこそが主人公であり、ソレこそが『理想像』なのだから。 「笑わせんな、美学もねぇ雑食屋(ポリバケツ)!」 「女に失礼な事を言ってはいけないわ、子犬ちゃん」 「失礼? 夢を叶える為に明確なヴィジョンすら持たない癖に――笑わせる」 己を強化する小鬼に礼を告げながら、彼女の召喚する影人が冥真の前に立ちはだかる。綺沙羅の白い指先が滑るキーボードはプログラミングを構築するものであれど、彼女にとっては一種の楽器だ。奏でるソレに合わせれ背後から目を凝らす嶺は女の顔色を伺っていた。観察眼に優れた彼女が一番に行ったのは深雪のスペックのチェックである。 「アーティファクトの所為では無く、生まれの素性からして、強欲さが産まれたのかしら」 言葉にしながら、その指輪を嶺は真っ直ぐに見詰める。その視線を受け流し深雪が笑った所へと、一筋の蒼き弾丸が飛びこんだ。 「貴女は、自分以外を特別に思った事はありますか? 特別とは対象の事を……良かれ悪かれ考えた時、初めて出来るもの。その気持ちが無い限り、貴女が『特別』を得ること、感じること、知る事はありません」 誰かに絆を感じる。幸せで尊い事であると知っていた。別れが怖いと、喪う事が怖いと、今のリリはそう思ってしまうのかもしれない。彼女にとっての『あの人』は特別であり、そしてまた然り。 与え、与えられる者が全て尊いのだと今は分かるのだから。真っ直ぐに飛ぶ弾丸が女の指輪を狙う。だが、それと同時、深雪から発される攻撃の威力は下がってしまう。硬い指輪に罅を与えながら、シスターは銃を持ち直し、スカートを翻した。 飛んだ、その後ろから、唇から牙を零した瑠琵がへらりと笑う。この場で一番、作戦行動の多かった彼女は女が施した自身を守る術を破る為に装填した魔力を打ち出した。不吉を付きるソレが瑠琵の求める目的をよりよく思わせる事になるのだから。 「心行くまで殺し合おうぞ! トクベツを求める割には普通のスキルも使うのじゃな」 「普通のものも特別にみせれるって如何かしら?」 そのこだわりにもとよは同意しかねた。特別は意味を成して居ない。逸脱者というレッテルが女を強者に見せつけて居るのだととよは理解している。集中に重ねた攻撃は刈り取る様に女の首を狙う。はらり、と散った白髪にとよは金の瞳を細めて開いた大きなグリモアールへと指を這わす。 「斬り裂けっ!」 全てを切り裂き、攻撃を与えよ。だが、その攻撃さえも無効化する全てを持っていた女に唇をかみしめた。切りそろえた赤茶色の髪が揺れる。可愛らしい桃色のカーディガンの裾をきゅ、と摘みとよはもどかしい、と仲間を見据えた。 「でも、信じるです」 「大丈夫。キサがこれ位、解除してあげる」 流れるように揺れ動く指先に、綺沙羅は直ぐ様に応答した。彼女の狙いは深雪が己に施した護りを解除することだ。調べ尽くした電車の時刻。いざという時はその電車を止めてでも女を食いとめるという意思は強い。 「キサは王子様をお姫様より、灰を被りながらも強かに生きる魔女のが好きだよ」 綺沙羅の中のタイムリミットは12時ジャストに走り抜けることとなる『電車』であった。シンデレラなら帰りの鐘は必要ではないか、気分だけれどと自嘲気味に笑う彼女の目の前を護りをも無視する様な勢いでぐるぐが飛びこむ。 「理想像って素敵だけど、欲深さでは負けやしない。このバケツは宝石箱なんら。ボク達のにはまだ一個も無いけど」 殖え続けるぐるぐに深雪がたじろぐ隙を嶺が、彩歌が狙い撃つ。回復手の冥真が懸命に呼びよせるそれでも次々に仲間達がその運命を消耗して云った。 (赤い靴でも履いて踊り狂いやがれッ! 舞踏会で死ぬまで踊って誰にも見染められないままな!) 気概や十分。その気持ちを感じとってか、前線で深雪の行く先をブロックするぐるぐがはっぱを握りしめる手にも力が籠る。 「その体中に纏った宝石は硝子玉じゃないかい? 仮初のトクベツなんて価値を見いだせやしない!」 ぐるぐの目当ては本質である逸脱者と言う名前だ。強欲の底辺。それに近付く為に欲しいのは深雪の首だった。椅子取りゲームは何時だって、ぐるぐにとっては楽しい遊戯でしかないのだ。 「特別をもっと見せてよ! ボク達と友達にならない? プリンセス!」 楽しげに笑いながら、血に濡れてぐるぐが尻尾を振る。大げさな程に振るわれる尻尾が深雪の視界を塞ぐように其処にあった。女が横から繰り出す彼女だけの技を模倣せんとぐるぐの見せる驚異的な集中力があってでも、未だその境地には至らない。 「ちゅーしようぜ。全部ちょーらい?」 「可愛い子犬ちゃん、そうね、気が向いたらね」 その前にあなたに訪れるのは何かしら――? 視界が赤く染まるい事を感じながらも這い蹲りぐるぐが吠える。子犬の意地は女の咽喉を狙う様に牙を見せる。 「曰く、『信仰と希望と愛』、この三つは、いつまでも残る。あなたに意味はないかもしれないけど」 多目的戦術補助デバイス「エンネアデス」を纏った彩歌が避ける深雪の『鴉の呼び声』は鼓膜を燻るが如き勢いを保っていた。彩歌が受け続ける攻撃に眉を寄せる事に深雪が幸せそうに笑うのだ。 「生きてても意味が無いなんて、貴女が勝手に鏡を見詰めているだけ。そうでしょ? 貴女って自分が一番可愛い」 「ええ、そうね」 一番可愛いのが自分であるからして、『トクベツ』を求めて居るのだから――だったら、その癖に自分の価値を認めて居ないこの女はなんであろうか! 「指輪も王冠も硝子の靴も、全ては付属品なのにね!」 カッと血が上ったが如く女が放つ強烈な閃光にサングラスの向こうで彩歌が目を細める。一歩下がり、その攻撃を受け流すとよが攻撃範囲外に出たと同時、もどかしさを感じながら回復を得て、前線へと飛び込んだ。 「貴女は探し仕方を間違っていた。特別は意外と身近にある――そう思うのです」 その言葉に、冥真が続けるように笑った。何処にもないのは最初からそれがそうでなかったという証拠だった。特別がないのなら、求めれば良い――誰も求めない美も無く、誰もが想起するモノでしか飾れない姫君に何かを得られるか。 王子様を見つける事は出来るのかと嘲る嶺にとっても深雪は無様なシンデレラでしかなかった。 「その指輪、王子様から貰ったもの? それとも自分で手に入れたもの?」 どうでしょう、と笑う女の唇が何かを懐古するように小さく歪む。喪った者が怖くて、ソレから自分の存在意義を探す様に彼女が手探りで求めた特別は女の『過去』を表す様に強い欲に塗れて居た。 彼女が過去に得た喪失により、その強欲に身を任せる事になったという事を瑠琵は識っていた。その喪失が愛しい人を失ったという経歴なのか、他のものであるのかまでは判らずとも、その執着が其処からくる以上は万物を与えても満たされやしないのだろう。 「深雪が喪ったものはなんじゃろう。色盲かのぅ? 血の色は判るかぇ?」 「ええ、貴女の紫の髪に映えてとても綺麗」 血濡れた姫君に瑠琵が浮かべたのはソレは良い、という言葉だった。回復手である冥真であれど、その回復が間に合わぬ深雪の攻撃にふらつく足で瑠琵はその戦場に立っていた。危険な前線において、避ける事にも特化していた彼女は深雪の相手に尤も向いていたには違いない。 遠距離攻撃に優れている女である以上後衛が『危険』でないとは決まって居なかった。女へと挑発的な言葉を投げかけた嶺を深雪が狙わぬ筈がない。同時に充てられる攻撃は後衛の面々を悉く傷つけ続けた。 『強欲』は何処までも根を張り続ける木だ。その根が伸びあがり水分を土から全て吸収せんとする様を誰が止められようか。 「ほら、舞踏会はお開きです!」 「いけないわ、たった一人の王子様に貰ったものも壊れてしまうかも」 チョーカーを狙う様に女が定めた狙いに、咄嗟に反応したのが瑠琵であった。装填した魔力は其の侭に声を荒げ、影人で嶺を庇う。女が一歩引いた隙をついて、リリが真っ直ぐに打ちこんだ。 弾け飛ぶような衝撃で、神の弾丸が穿つのは女の指先で在る。愛を誓い合った時につけるとされる指先が弾け飛び、その侭の勢いでラピスラズリを削り取る。 あ、と声を漏らす女に続き、持ちかえた銃が装填した蒼き魔弾。 「世界の歪みは正します。特別も特例も無く。全てが特例で在り、特別に排除すべき存在です。貴女もそのように――神罰執行、致します」 ――だが、沈見深雪はアーティファクトの指輪に頼り切っているからこその『実力者』ではなかったのだ。己を極め、己を求める強欲な女は笑い、より多くの攻撃を受ける様になったと気付きながらもその攻勢を弱めはしなかった。 ● 彼女が求めた『トクベツ』がどんなものであるかを知りたがったのは冥真であったのだろう。 女の行き着く果てを知りたいのだ、その為に己が吐く毒さえも薬(いやし)に変え続ける。 「……だから、一つだけ教えろ。お前は人も未来も、何もかもを殺し尽くしてどうするつもりだったんだ?」 ぴたり、と止まる女の動きを確認し、冥真はゆっくりと後退する。戦場は混乱していたとも言えようか。前線で戦う面々よりも後衛で、庇い手の無い勝ったリベリスタ達の方が傷つくこの状況に、冥真とて危機感を覚えぬ訳ではない。 「どうするつもり……?」 「お前が特別になりたくっても、誰かがお前をそう評価しないなら、お前は『特別』になれないだろう?」 その言葉に女が唇を歪めたと同時、飛び込む瑠琵の符が女の眼を隠す。強欲に塗れた女の瞳が若かりし美貌を手に入れた瑠琵へと一直線に浴びせられた。避ける事に特化した女に、全ての攻撃をあてると言うのが不可能に近いと知って居ながらも、瑠琵は己に目を向けさせる事に精一杯の努力を見せたのだ。 「お主だけのトクベツならお主の中にしかないのじゃろうな。わらわにとってのお主は『トクベツ』じゃぞ?」 逸脱者というレールの中の特別。名付けられたソレから首を振り、女はそんなのナンセンス、と囁いた。 遠く、踏切の音が鼓膜を撃ち続ける。其れに誘われる様に血濡れた拳を握りしめ、白衣の裾が朱に染まる違和にも冥真は気付きながら息を吐く。運命は残酷にも彼の呼び掛けには応答しなかった。 螺旋状の運命の輪の一欠けら。その隙を女に支払うのも偶には――そう、偶になら悪くはない。 だが、その呼び掛けに運命が答える事が無い事も彼は知っていた。希望を失わぬ様に黒い瞳がじ、と女を見据える。 「お前は此処で殺す。お前を殺した俺達が、お前にとっての特別だからだ」 帰ったらフォーチュナに渾名を付けて遣ろう。きっと『誘われないセイレーン』という呼び名がよく似合うだろう。拗ねた様に唇を尖らすであろうその顔を思い浮かべて、今から云うのが楽しみでしかたないと冥真は息を吐いた。 庇われていたことで彼は戦場で立って居られた。それも万能ではない、その遅れる一手で防御を固めた彼の運命も削れずには居られなかったのだ。仲間達を支援し、同時に支援され続ける。毒を吐くが如く息を吐いた冥真が「くそったれ」と倒れた仲間達を見詰めながら仲間へと与えるべく癒しを乞い続ける。 女が笑うと共に飛び出した攻撃は、彼女の最大火力だろう。アッシェンプッテルと呼ばれた女の一世一代の舞台。帰りの鐘が如く響く踏切の音に綺沙羅は身構えた。綺沙羅より追い縋る様に飛びだす鴉の嘴が女の目を抉り取らんばかりに真っ直ぐに飛んでいく。それは彼女が知っている童話の様な光景であった。 哀れな女は此処にも『トクベツ』が無いのだと小さく息を漏らし、手を翳す。指先を抉る鴉に女は笑い、綺沙羅を見詰めた。 歪めたダイヤ。それでも、これ以上の応戦は不可能に近いだろう。随分と遅くなった最終電車が通り過ぎる時、女は線路の向こう側へと立って、ひらひらと手を振った。 「特別になりたい特別になりたいってね。キサはあんたの思い描く『トクベツ』は無いか分からない。 ――沈見深雪は世界で一人。他の何かでは無い。だったら、あんたは最初から『トクベツ』だったんじゃない?」 電車の走行音に消された少女の声の後、其処に貪欲な『お姫様』は立っては居なかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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