● 「エリューション事件が発生しました」 聞き慣れた和泉の通達に、リベリスタ達が集まってきた。 「場所は東京23区外のA市。今回の討伐対象はE・ビースト。野良犬が革醒したものです」 和泉はプリント束をめくりながら、詳細の説明に入った。 「これより、対象を『蛇尾』と呼称します」 「蛇尾。蛇の尾か」 「『蛇尾』のサイズは体長2M弱、黒い剛毛で覆われており、革醒の影響で体格が異常に発達し、蛇の尻尾が生えています。この尻尾はかなり強靭で、振り回して払ったり叩いたりすることもあり、常人ならば大の男でもひとたまりもないでしょうし、リベリスタでもバランスを崩される可能性があります。また、フェイズの進行に伴って錯乱が進んでおり、前後の脈絡のない突発的な行動をとることがあるようです」 「他に目立った特徴としては、火を吐くこと、毒を持つこと」 いいながら和泉が提示した2枚の写真の内1枚には、焼け焦げて炭化した被害者の遺体が写っていた。服に燃え移った火を消す暇もなく火だるまになったということのようだ。 「体内で激しく火が燃え盛っていて、常に口から溢れさせています。これを火の玉状に吐き出して、かなり遠くまで連続で飛ばせるようです。また、近距離では違う使い方もできるようですね。持続力はさほどないようですね」 「常に飢えており、極めて貪欲で攻撃的です。もっとも、どちらにしても口から入れたものは体内の火で全て焼却されてしまうようですが」 2枚目は、赤黒く腫れ上がった剥き出しのすねのアップであり、鋭い牙によるものと思われる4つの穴が空いていた。 「毒はさほど強くはありませんが出血や脱力感を伴い、受ければそれなりに戦闘効率は低下します」 和泉は写真を元通りクリップでプリント束に留め、改めて要請した。 「いかなる意思疎通も不可能でしょう。直ちに討伐して下さい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:takagane | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月10日(月)21:01 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●交差点 東京近郊、A市。歩道橋がかかった広い交差点。寝静まった街で、これから活動を始める者達がいた。 「さて」 『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)が呟いた。 「昨今死体に軍隊にと忙しいが、通常業務もやらんとなぁ」 気を入れるように伸びをする。世界の大きな流れとは無関係に、事件は日々発生しているのだ。それをつぶして回ることもまた、地味ではあるがアークの大切な仕事である。 「愛も平和もありゃしないって、ほんと」 『霧の人』霧里 まがや(BNE002983)がため息をついた。人生とは無常である。周囲を見回し、皆のいる位置を一渡り確認する。 「新人数名、ベテラン数名、何かの引率みたいだなあ」 「好きでアークに来た身の上、真面目に仕事といこうや」 小烏が笑った。 歩道橋の上にも二つの人影があった。 「尻尾が蛇、といえば、妖怪の鵺かな? あれは犬が入ってなかったかなぁ」 『ストレンジ』八文字・スケキヨ(BNE001515)は両腕を欄干にねそべらせて、白線の引かれたアスファルトの路面を眺めていた。 「火を吐く犬って言ったらケルベロスじゃねえか?」 『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)は欄干に頬杖をついたまま、スケキヨの方を見て言った。 「アレは三頭でコイツは蛇の尻尾だから、違うんだろうけど」 見下ろす路上に、『コイツ』はまだ現れていない。 「どっちにしても、野良犬なんかには負けないがな」 建物の影には3名が潜んでいた。アークの任務について、皆まだ日が浅い。まとまって動いた方が安心だろうということで、そうなった。 『ナハトリッター』閑古鳥 黒羽(BNE004518)は、先輩リベリスタである小烏の潜んでいる方に目をやった。 (姉さん以外の鳥の人初めて見た) しかし今は、そんなことを考えている場合ではない。 (これが実質初仕事になるか…まあ、やってやれない事はないはずだ) 獣化部位の都合上、片足で掴んだダガーの感触を確かめる。 (姉さんの真似してるみたいで、癪だけど) 初めての任務。不安はあるが、姉も通った道だ。私だってきっと、上手くやれる。そんな無意識の呟きをとらえたのか、『不倒の人』ルシュディー サハル アースィム(BNE004550)がアラブ訛りのある陽気な声で励ました。 「だいじょうぶデス、上手くいきますよ」 人好きのする笑顔でにっと笑う。 「チリョウはおまかせください」 そのルシュディーは、『Hrozvitnir』アンナ・ハイドリヒ(BNE004551)にオートキュアーをかけていた。柔らかい光がアンナの身をほのかに包んでいる。 「来たぞ」 誰かが言った。ルシュディーが素早く振り向いた。横を向いた顔が、いくらか強張った。彼も緊張しているのだ。 口元から煌々と炎をくゆらせる獣が、広い車道をこちらへ歩いてきていた。 アンナが唐突にけたたましい笑い声を上げた。 「あはははは、今回は愛(こわ)していいんだよねぇ? いいね、実にいい。思う存分楽しませてもらうとしようか」 ●戦闘開始 既に結界による人払いは済ませてある。夜間ということもあり、近づく者はいないだろう。 『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)が前に立った。この中では最も経験豊富なメンバーだ。黒羽達3人のいる方向をちらりと見てから、黒い犬に視線を戻し、危険度を推し量る。 (獰猛そうな相手だな。錯乱しているとなれば、突発的な動きをするかもしれない。油断出来ないな) 万一ということもある。後方にいかせるわけにはいかない。 「何がキッカケでこうなったかは知らないけど、元は何の罪もない普通の野良犬だったろうに…少し気の毒かもね」 スケキヨは少し同情した。 「とはいえ、放っておいて被害が広がったら、気の毒な人はもっと増えてしまうし」 その通りだ。疾風は心の中で同意した。 (在るべき日常を護る為に、私は戦う) 正義感の強い疾風は、いつも戦いの前にそうするように、決心を固めた。アーティファクトを起動する。 「行くぞ! 勝負だ、変身ッ!!」 迸った青白い電光が疾風の全身を包んだ。どことなく龍を思わせるスーツを身にまとい、味方に声を掛ける。 「新たな被害者が生まれる前に撃破するぞ!」 味方を鼓舞するその声を挑戦と受け取ったのか、『蛇尾』は顎をかっと開け、天を焦がそうとするかのように炎を吐き出した。 「見るからに熱そうだな。自身をも苛む炎か──」 小烏は目を眇めて一人ごちた。 ──腹が減っても、それすら燃やすか。どの童話だったか、触れるもの全てが金になる男を思い出した。食う物すら金となり、後悔する事となった男の話。結末は、どんなだったか。 疾風の堂々たるヒーローっぷりに感化されたのかどうかは定かではないが、スケキヨはボウガンを構え、決めゼリフを吐いた。 「嘘と秘密の道化、八文字・スケキヨ。アークの名の下に、討伐させて頂くよ」 (フフフ、流石に恥ずかしいね。言葉を理解出来ない相手で寧ろ良かったかも) しかし、どこからも反応はなかった。敵からも、味方からも。少しの静寂が辺りを包んだ。 「あれ、名乗らないの?ちょっと残念!」 スケキヨは、ほんの少し、がっかりした。 「んじゃ、いっときますか」 牙緑はひらりと欄干を越え、アスファルトの路上に着地した。口の端を持ち上げ、猛虎が牙を剥き出すように咥う。巨大な剣をずしりと肩に担いだ。 「オレのは猛獣の牙だからな。その蛇みたいな尻尾、噛み千切ってやるよ。キャンキャン泣きながら命乞いでもするんだな」 アンナが黒い犬の後方に立った。三人で取り囲み、一通りの体勢が整った。 「纏ろえ、闇よ」 念を凝らすと、夜闇よりも暗い闇黒のオーラが黒羽の足元から立ち昇る。 「さっさと終わらせて帰るとするか。こんな雑魚に構っていられるほど私は暇じゃないからな」 黒羽は、己を奮い立たせるように呟いた。 ●攻防 『蛇尾』が動いた。異常に発達した筋肉が躍動し、巨体が火の玉のように加速する。跳躍した。 「おおッ!」 疾風の拳が獣の顎を下から捉えた。獣が宙で体を捻って着地し、深く身を屈めて突進し、疾風の膝を狙う。それを避けて疾風が脚を引く。牙が打ち鳴らされる硬質な音。大きく踏み込み、上から掌で撃ちおろす。黒い巨体が地に叩きつけられ、道路が割れた。反転して起きた獣の顎を蹴り上げる。大柄な体躯が仰け反り、浮く。たまらず、獣が後方へ大きく飛び下がる。そこへ牙緑が走った。離れた間合いをたちまち詰める。 担いだ剣を肩から浮かせ、両手で柄を握り、振りかざす。電光が刀身をまばゆく染める。荒々しい気勢とともに、雷を纏った剣が黒い獣の肩と背を斬り下げた。獣が苦悶の吠え声を上げた。切り口から、炎が燃え上がった。 「優しく愛(こわ)してあげるよ。その尻尾も、火も、毒も、すべてをね」 アンナが笑みを浮かべ、敵に向かった。振り向き、『蛇尾』が走る。飛び掛かる狂犬の顎を手甲でいなし、身を沈める。獣がアンナの頭を越える。体を回して獣を正面に捉えながら、ハンドガンを胴体へ撃ち込んだ。空中で二度、地上で三度。黒犬は衝撃で跳ね飛ばされ、後方へ何度も転がり、跳ね起きた。そこへ二人が詰める。 低い姿勢をとった獣が、口を仰向けて咆哮した。火勢が強まり、全身から火焔が吹き上がる。一杯に開いた顎の奥から盛大に火焔を吐き散らして、不規則な軌道を描いて突進した。燃え盛る火炎の大蛇が三人を呑みこんだ。 「ひゃー……確かにこれは、一般人が遭遇しちゃったらひとたまりもないなぁ」 スケキヨがどこか呑気な口調で呟いた。 ルシュディーの詠唱が虚空に朗朗と響いた。鮮烈な輝きが前衛の三人を包み、負傷を癒す。 その声に反応したのか、『蛇尾』が憎しみのこもった唸り声を上げながらぐるりと首を回し、ルシュディーに狙いを定めた。体を低く屈め、弾丸のように飛び出す。前衛の三人がその後を追うが、防御を固めていた分遅れた。 ●危険地帯 前に出るか、下がるか、それとも守りを固めるのか。ルシュディーは咄嗟にどれとも選びかね、足が止まった。 「翼持つ夜の騎士、クロウ。参る!」 緊急のタイミングを逃さず、黒羽は勢いよく飛び出した。翼を開いて体を浮かせ、幻想纏いから取り出した短剣を両足に掴む。獣の双眸が闖入者を睨み据え、狙いを変えた。 低く詠唱するまがやの声が夜の市街に尾を引いて響いた。前方に掲げた掌に集中した魔力が、一条の光線となって走り、獣の足元を穿つ。それを避け、獣が速度を鈍らせる。速度を上げようとする度に光弾が飛来し、黒い獣の行く手を阻む。 「呪え、双刃よ!」 二つの剣の刀身から漆黒の瘴気が滲み出し、鈍く光る何かの刻印が揺らめいた。『蛇尾』の顔を横殴りに斬りつける。『蛇尾』が悲鳴を上げた。記念すべき一撃目だ。不安と昂揚の入り混じった気分は、しかし悪いものではない。 翼を上手く使って旋回しながら、首、肩、脇腹を斬り裂き、着地しようとした時、獣の尾──毒を持つ蛇の牙が足首を捉えた。牙が食い込む不快な感触。鋭い痛み。急速に力が抜ける。引き戻され、体が浮いた。足を掴んだまま、『蛇尾』が勢いよく尻尾を振る。信号や街灯の光が視界の中で弧を描いた。 アスファルトに叩きつけられる寸前──吹き上がる炎をきらりと反射して、何かが空間を鋭く走った。 黒羽の足首を捕まえていた力が緩んだ。空中で身をよじり、足を無理やり引っこ抜く。体を強く打ちつけ、アスファルトが額を擦ったが、激突は避けられた。転がりながら距離をとり、体勢を立て直す。 さらに二度、三度と銀光が閃く。不規則にのたくる蛇の胴体を、三本の矢が等間隔に貫いていた。 「その危ない尻尾には、大人しくしててもらうよ」 スケキヨは歩道橋の上で一人呟いた。そして狙撃から逃れようと不規則にのたくる上下の顎が閉じた瞬間、狙いを定めて放った四本目の矢が、蛇の顎を斜めに貫き、その状態で縫い止めた。これで噛み付くことはできない。 「大成功」 弩を上向け、仮面で覆われていない口元に満足げな微笑を浮かべた。 黒犬が狙撃に気をとられている間に、ルシュディーが黒羽に駆け寄った。その動きに反応しようとする黒獣。 小烏は符を取り出し手羽でさっと撫で、式を放った。飛び回る鴉に獣が忌々しげに咆哮する。怒りに任せて鴉の親玉に突進していく。 「さぁさ、どうした。もう脳まで焼けたか?」 獣の牙を巧みにいなし、引きつけながら、小烏は後退していった。 「大丈夫デスか?」 側に屈みこんだルシュディーの手が顔面蒼白の黒羽にかざされ、清らかな白い光芒を放った。浅かった呼吸が正常に戻り、顔に赤みがさしてきた。黒羽が数度、深く息をつく。毒は抜けた。ルシュディーは手をかざしたまま、違う聖句を唱え始めた。光が、温かみのある柔らかいものに変わった。 治療が終わり、黒羽は座ったまま体をうんと伸ばし、一つ息をつくと、よっこらせ、と立ち上がった。翼を軽くはばたかせる。 「すまない、楽になった」 「任せてと言ったデショ?」 ルシュディーは白い歯を見せて笑った。 小烏は安全が確保されたことを確認して、歩道橋の階段を駆け上がろうとした。作務衣の裾を牙がとらえた。 「おっとと!」 体勢を崩し、転がった小烏の鼻先に、獣の顔があった。怒り狂った双眸と、しばし目が合った。顎が大きく開いた。熱い息が顔にかかった。その横面を輝く魔力の矢が撃ち抜いた。向き直った『蛇尾』の全身を、さらに数本の光芒が貫く。傷口から火が零れた。 「やれやれ、どうもこの様子じゃ、炎は効きそうにないか」 まがやは瞑目し、意を凝らした。足元のアスファルトに輝くラインが走り、複雑な形状を編み上げる。魔法陣が完成し、地面からやや浮き上がって回転を始める。差し出したまがやの手に眩しく輝く魔力が凝集し、さきほどよりも強力な一筋の閃光となって放たれた。 肩口を貫かれ、巨体が後方へ弾き飛ばされた。なんとか体勢を立て直したものの、すぐに起き上がることはできない。怒りが収まると同時に、蓄積した疲労が一気に出たようだ。火が火勢を弱めている。 階段を上ってくる小烏を、踊り場でスケキヨが迎えた。 「あぶねえあぶねえ、念仏唱えちまったよ」 小烏はひょいと肩をすくめた。 スケキヨはくすりと笑った。 ●決着 再び立ち上がった黒犬の全身をアンナが切り刻む。加速しながら牙を避け、斬り、貫く。傷口から噴き出す炎が弱くなってきていた。黒い獣は残った力を振り絞ってアンナに体当たりし、弾き飛ばした。牙緑が立ち塞がった。 「来いよ、ワンころ」 牙緑が誘った。『蛇尾』が吠えた。 仕掛けようとする黒犬の足元をスケキヨの放った矢が射抜き、動きを制する。乗り越えようとする肩をさらに射抜く。牙緑が跳躍した。空中で体を捻る。犬の首がそれを追う。牙がかみ合う音が耳元で鳴った。牙緑は広い背に飛び乗った。あちこちの傷から噴き出す炎が手足を焦がす。 疾風が、頭部を抱え込んだ。 「ふん!!」 渾身の力を込めて締め上げ、動きを封じる。獣が首を捩じり、全力で逃れようとするが、こちらも全力で封じ込める。疾風は両足にありったけの力をこめた。アスファルトがみしりとひび割れた。前肢が持ち上がり、凶暴にスーツを引っ掻く。しかし疾風は力を緩めない。 「自分の背中に火はつけられねえだろ……っと、こいつは土産代わりにもらってくぜ」 牙緑が剣を一振りした。蛇の尾が根元から断ち切られ、地面に転がった。隆起した背中に立ち上がり、剣の切っ先を下に向けた。 「これで終わりだ!」 疾風の抱える首の根元を、牙緑の大剣が深々と貫いた。 戦いが終わって。小烏は動かなくなった黒犬の側にしゃがみこんでいた。 「あーすっごい疲れ…いや、予想より全然容易かったな」 黒羽が思わずもらした本音に、笑いが起こった。小烏も苦笑した。そして見下ろす。炎が消え、嘘のように痩せてしぼんだ姿は、なんとなく哀れにも思えた。念のため熱を調べてみる。まだ少し燻っているようだが、ほとんど感じ取れなかった。 「腹減ったまんまってのも辛かろう」 死に行くその口に、密かに忍ばせていたペットフードを押し込んでやる。 ──ああ、そうだ。小烏は、ふいに話の結末を思い出した。失意の果てに改心したミダース王はディオニュソスに祈りを捧げ、アポロンの呪いは川に移り、飢餓から救われるのだったか。 少し残り火で焦げた袖を払い、帰路についた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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