●秘蔵書庫 歪んだ空間の中、其処には書架が並んでいた。 棚には著名の古書をはじめとして、既に絶版になった本や、希少価値のある初版本、一部の者しか知らぬような珍しい本まで、ありとあらゆるコレクションが収められている。 無論、それらは丁寧に整理整頓され、大切に保管されているようだ。 「……本はやはり素敵です」 書架の前で一冊の本を手にした長い黒髪の女――間宮・アカネは穏やかに微笑む。 この部分だけを切り取るならば普通の書庫の中だと思えた。だが、それ以外の周囲はまるで異空間の如く、異様に歪んでいた。 それは、アカネが所有するアーティファクトの書物で作り出した『夢幻空間』の世界だ。 命をそれに捧げると誓約を捧げる代わりに、通常の者には入れぬ不可侵の領域を生み出す。ある組織からそれを手に入れたとき、まさに自分の為にあるものだとアカネは感じた。 そして今、この空間は本の為に存在している。 「この場所に在る限り、これらの古書は永遠に保存され続ける。何て素敵なのでしょう」 アカネは恍惚の表情を浮かべ、手にしていた本型のアーティファクトを閉じる。 歴史を感じさせる表紙、古びた紙の香り、組紐で閉じられた装丁。 古書の魅力は、たったそれだけで語り尽くせないほどに深い。過去の人々が物語や研究を記し、それらは文字という素晴らしい媒体で現在へと語り継がれている。 それが堪らなく愛しい。本という存在こそが至高。 だからこそ、価値のあるものは私が守らなければならない――。そのためには例え法を犯したとて構わない。寧ろ、そうするべきなのだと彼女は思っていた。 ●古書と娘 「俺は電子書籍派だけど、紙の本も情緒があって悪くないものだね」 タブレット端末を操作していた『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)は、「最近は海外文学に興味が出て来たんだ」と雑談めいた言葉を口にし、はっとする。 「と、事件の話だったね。今回、君達にやって欲しいのは盗まれた高額古書の数々の奪取だ」 端末を机に置き、少年は部屋のモニターにとある空間のイメージ画像を映し出した。 それは書架だけが並ぶ異空間であり、アーティファクトによって作り出されたものなのだという。 「古書の収集家でもあるフィクサード、間宮・アカネってのがいてね。集めた本はほぼ盗品。それを自分だけの空間に隠して保存して楽しんでいたってわけさ」 本はただでさえ痛みやすいが、其処に在れば劣化することも無い。 書物の保存という観点のみで考えるならば、その空間は素晴らしい。良いものを良い状態のままに保ち続けていたいという気持ちも理解できた。 だが、彼女は他人のコレクションを盗み、あまつさえ邪魔する者は殺すことも厭わない。そんなことをしてまで古書を保存するというのは間違っている、とフォーチュナは彼女の考えを断じた。 長く不明だった盗品の在り処は、今になってようやく判明した。 フォーチュナの情報網によって異空間が作られている場所が割り出された故、後は向かうだけ。 一般人ならば入る際に弾かれてしまうが、リベリスタならば多少の衝撃を受けるだけで空間に侵入できるだろう。あとは内部にいるアカネと戦い、内部に収められた盗品の古書を回収するのが今回の任務と目的となる。 赴いてくれるかと仲間に問うたタスクはその意思を確認すると、戦うべき相手について詳しく説明してゆく。 「敵は間宮アカネ本人と、本の亡霊。つまりアーティファクトの防衛システムみたいなものだね」 空間内部に侵入すれば、多少のダメージを受ける。 同時に書架の前に数体の本の亡霊が立ち塞がり、騒ぎを聞き付けたアカネも戦いに加わるはずだ。 亡霊は魔術文字を具現化した神秘の攻撃を行い、アカネはプロアデプトとしての力を振るう。フィクサードは亡霊に守られており、突破することでしか攻撃を与えられない。 だが、戦闘力の強さは実は亡霊の方が上だ。 「アーティファクトに命を捧げているから、ね。配下が強いのもその所為なんだろうと思うよ」 命を捧げるということは、何らかの形でアーティファクトが破壊されればアカネ自身も死んでしまうということである。見上げた根性だと零したタスクだったが、すぐに個人的な思いは余所へやった。 「今回も厄介な敵だけどよろしく頼むよ。細かいことは現場に任せるからさ」 とにかく、盗難古書を取り戻せればそれで良い。 信を託したリベリスタならば、きっと問題なくやり遂げて戻ってくるはずだ。そう信じたフォーチュナは、仲間達を送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月11日(火)23:12 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 人から人へと伝えたい、後世に遺したい情報や物語。 そういった想いを叶えてくれる媒体のひとつ。それが、書物――本という形。 「書物を尊ぶのは素敵なことね。でも……」 きっと、この事件を起こした人物が取った方法は間違っている。 不可思議な空間の中、『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)は、ふるふると首を振った。視線の先にあるのは、リベリスタ達の気配を察して現れた巨大で禍々しい本。そして、フィクサードが盗み出したという書物が並ぶ書架の数々だ。 それらの本には、それらを大切に思う人のこころがあったはず。 そのうえ、本とは古くより続く人の英知の結晶だ。確かに本は素晴らしい。 同じく本の管理と作成を生業とする者としても、『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)はフィクサードの考えを否定出来なかった。 「大事にされているな。思いは本物、というところか」 「読書家、愛書家……というよりは猟書家なのかしら」 櫻霞の呟きに『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)も神妙な表情を浮かべ、奥の書架を見つめる。アーティファクトの化身である本の亡霊は既にいつ動き出してもおかしくない様子を見せており、周囲には緊張が走っていた。 そのとき、書架の奥からひとりの女性が姿を表す。 「侵入者……おそらくリベリスタというところですね。直ちに此処から退去して頂きます」 本を盗んだフィクサード、間宮・アカネは此方の存在と目的を察し、集中態勢を取った。それとほぼ同時にリベリスタ達も戦いへの力を紡ぎ、互いの視線が鋭く交差する。 「ここまで来て大人しく帰る心算は無い。性癖に善悪は無いが、これの態度は有害です」 『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は位置取りを見極めつつ、アカネへと言葉をかけた。しかし、相手は何を言われても歯牙にもかけない。 始まりを告げた戦いの中、『本屋』六・七(BNE003009)は巨大本目掛けて駆け出す。 「うん、本は素敵なものだよ。紙を捲る感触やインクのにおいも良いよね」 意識は亡霊へ、しかし言葉はアカネへ。爪を振りかざして斬撃を見舞った七は思いを告げた。自分とて本屋やっている身ゆえに、本を大切にしたい気持ちはよく分かる。けれど、人に害を成すのは感心しない。 そう思うのは『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)も同じであり、複雑な思いを抱いていた。 光介は店番先のブックカフェで日々古書に触れている。だからこそ、収集欲をかきたてるその魔力も幾分わかってしまうのだ。 「アカネさん、あなたの事は気持ち的には責めきれないんですよね。……でも!」 今は彼女と戦わなければならない。 光介は詠唱を紡ぎ、侵入の際に受けた傷を癒すために回復の息吹を具現化させる。己の身がやさしい風に包み込まれる心地を感じながら、アーサー・レオンハート(BNE004077)は集中を重ねた。 未だ攻撃に移らずとも、アーサーの視線はしかとアカネの方に向けられている。 「古いものを大切に保管するだけならなんの問題もないのだが……」 溜息の交じりそうな言葉を口にした彼は、本の亡霊達ごとフィクサードを眺めた。本への妄執とも云える行動は行き過ぎている。それを正すため、自分達は此処に来た。 「あなた方も本の素晴らしさについて理解されているようですね。それならば、わかるでしょう?」 「何をだ」 敵からの問いに『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)が問い返す。その間も戦いは巡っており、義弘は本の亡霊からの殴打撃を受け止めていた。 「この数々の本は私にこそ相応しいということが、です」 アカネは何の事もないように笑顔で告げ返す。 しかし、ひよりは再び首を振り、淑子も違うとはっきりと呟いた。アカネが守る本は、元は別の人々が大事にしていたものだ。幾ら本が好きであろうと、相手は越えてはいけない一線を越えた。そんな彼女に本達が相応しいなどとは到底言えない。 櫻霞が金翼の銃から銃弾を撃ち放ち、あばたも続けて銃口を敵に差し向けた。衝撃に耐えていた義弘も反撃の機を見つけ出し、破邪の力で以て亡霊を穿つ。 「残念だが、違法な手段を行った事はいただけない。素晴らしい情熱を持っていても、だ」 義弘は確りと言い切り、真っ直ぐに敵を見据えた。 ● 貴重であろうとそうでなかろうと、どの本にも色々な歴史があり、それぞれに魅力的だ。 たくさんの本に囲まれた空間は七にとって心地好い場所だった。しかし、この場所に本があると云うことは誰かが悲しんでいるという事でもある。 「持ち主の気持ちが篭っていてこその本だから、持ち主を悲しませるのは本末転倒だよ」 七は自分の思いを言葉へと変え、亡霊達に斬撃を見舞い続ける。殴打の一撃が七を次々と襲ったが、痛みは後方の光介がすぐに癒してくれた。 「術式、迷える羊の博愛!」 「ありがと、助かったよ」 倒れそうになった態勢を立て直し、仲間に礼を告げた七。彼女は同じ本好きが相手だからこそ、この戦いに負けられないと己を鼓舞する。 「持ち主なんて関係ありません。この本の中には埃だらけの書庫に放置されていた本もあるのですよ」 アカネは淡々と語るが、そこに小さな怒りが滲んでいた。 価値ある物が大切にされていない。それを思えば、アーサーとて複雑な感情を抱いてしまう。だが、それは盗みや殺人を犯すことの免罪符にはならない。 「だからといって他人を殺して奪うというのは到底看過できるものではない」 意識を敵全体に向けたアーサーは聖なる光を紡ぎ、ひといきに解き放つ。眩く炸裂した光は亡霊とアカネを貫き、それぞれに衝撃を与えた。其処へ続き、淑子が戦斧を振り上げる。 「……本当に凄い。よく集めたものね」 その際に見遣るのは、奥に見える書架と本の数々。思わず口にしてしまった感嘆は心からの素直なもの。淑子は価値より内容に興味があるゆえに、その値段については詳しくない。けれど、本の纏う風格くらいは分かる心算だった。 「お褒めに与り光栄です。だって、私の自慢ですもの」 くすりと笑んだアカネは得意気に見える。しかし、それは真の意味で彼女の所有物ではない。 唇を噛み締めた淑子は歪んでいる相手の感情を思い、曲がりなりにも同じ本を愛する者同士として間違いを正すべきなのだと心を決めた。 宙に魔力の文字列が展開され、フィクサードからの気糸が戦場に迸る。 ひよりは本の亡霊達から与えられる衝撃の強さを見極め、仲間の背を支えるべく、癒しの力を施していった。そんな中でも、ひよりの思いはただ一点を向いている。 アカネが行った本の収集という行為で、悲しむ人がどれだけいただろう。どれだけの人が嘆き、或いは殺されてしまったのだろうか。 「大切に思う人のこころを無視するのはだめ。これ以上はさせないし、本も返してもらうの」 ――それは、いけないことだから。 ひよりは己の中の正義を胸に前を見据えた。義弘もアカネへと意識を向け、問いかけてみる。 「ここまで何かを愛する情熱は尊敬する。だが、他にやりようは無かったのか? 大きな図書館に勤めるとか、そういう選択はなかったのか?」 「図書館、ですか? あれこそ愚の極みです。だって――あれは私のものにはなりませんから」 アカネは義弘の言葉を一笑に伏す。 そして、気糸を彼に目掛けて解き放った。鋭い衝撃が義弘を襲ったが、ひよりがすかさず行動に移る。現時点でも本の亡霊は未だ倒せておらず、戦いは長く続く予感がした。 だが、リベリスタ達は諦めない。 魔術式が舞う中の攻防を続けながら、あばたは何度目かの銃弾を撃ち放った。戦う間に感じているのは、敵の書物に対する歪んだ思いと在り方。 「貴殿のアーティファクトは非常に有益です。古書の保全という目的も合理的だ」 ただ、手段が窃盗という部分においてのみ許容できないとあばたは思う。舞い飛ぶ弾は本の守護者を撃ち貫き、ページに穴を開けていく。其処でようやく綻びが見え、櫻霞は亡霊へと一気に狙いを定めた。 「鬱陶しい壁も漸く崩せるか。悪く思うな、これも仕事でな」 言葉と共に解き放たれた連続射撃が本を穿つ。 一体の本亡霊のページが弾け飛んで伏し、同時に七が爪を振るったことで二体目の亡霊もはらはらと散った。これで残りは四体になり、アカネはわずかに怯んだ様子を見せる。 「……っ」 「古書には魔力がありますよね。でも……ボクは読書家であっても収集家ではありません。だからこそ、似て非なるあなたの価値観を問いたい」 光介はアカネへと視線を向けながら、彼女の本に対する思いを知りたいと願った。 古びた書の香りにページを捲る音。それらが好きだと云う思いは同じ。けれど――目の前にいるのは道を違った者。そして、幾重もの魔力の矢を放った光介は戦いへの意志を強く持ち、拳を握り締めた。 ● 古書の亡霊から与えられる攻撃は激しいものだった。 だが、此方には癒しの力を揮う者がいる。リベリスタは押されても立て直し、更には押し返す。フィクサードも古書達も対抗するが、一度均衡を失ったものが崩れるのも目に見えていた。 きっと、この場にある本の数だけ失った人が居る。 大切な古書だけではなく、時には命さえも――。改めてそう実感すれば、敵の卑劣さや歪んだ思考は手に取るように分かった。淑子はアカネから放たれる気糸を刃で弾き返し、短く息を吐く。 本は人が読む為に人が書いた、心や知識を豊かにするための物のはず。 「人の命を奪ってまで、なんて……著者だってきっとそんなのは望んでいないわ」 呼吸を整え、戦斧を振りかぶった淑子は本の亡霊を切り裂いた。三体目が形を失って消え去り、淑子は新たな標的へと狙いを定め直す。 七は亡霊達の力が徐々に弱っていることを悟り、アカネの様子を見遣った。 「本と著者の気持ちを語るというのですか。……生意気ですね」 リベリスタから掛けられる言葉に怒りを隠しきれず、アカネは眉間に皺を寄せている。確かにそうかもしれない。だが、七はそれこそアカネが言ってはいけない言葉なのではないかと感じた。 「生意気言ってるのはどっちかな」 本屋を生業としているからこそ、本を大切にしたい気持ちはよく分かる。それでも、七とアカネの持つ思いはまったく違うものだ。 ――同じ本を愛する者として。でも、だからこそ許してなんかあげられない。 七の放った斬撃が亡霊と共にアカネを巻き込み、鋭い衝撃を見舞った。 「片を付けてしまうか」 其処へアーサーが閃光を打ち込み、四体目の亡霊が倒れる。次の瞬間、別の個体がアーサーを狙おうと動こうとした。だが、義弘が射線を塞ぎ、その背は光介がしかと支える。 「癒しの手は止めません!」 光介の詠唱が癒しを呼び、風は義弘やアーサーの傷をやさしく撫ぜてゆく。 態勢を立て直した義弘は侠気の鋼を構え、更なる攻撃に備えた。巡る攻防は依然として激しく、仲間達が麻痺や毒に侵されたりもする。しかし、それすらひよりや光介の手に掛かれば脅威にはならなかった。 「屈したりなんて、しないわ。あなたのことを止めてみせるの」 アカネへの思いを言葉にし、ひよりは激励の籠った息吹を生み出していく。既に攻撃はアカネにも通るようになっており、其方へのダメージも相当なはずだ。 しかし、本の亡霊を無視してもいられない。 あばたは其方へと狙いを定め、残り二体の片方へと気糸の罠を展開した。 「小癪です、ね」 「独占欲のみで書物を入手したく、犯罪も辞さぬ。つまり単なる有害な窃盗犯に過ぎませんね」 アカネが危機を悟りたじろぐ。あばたは敵への感想を零し、引鉄を引き続けた。それにより亡霊が消え去り、徐々に戦いの終わりが見えて来る。 櫻霞もアカネへ狙いを向け、気糸の罠を打ち返していく。 「プロアデプトの厄介さは良く知っていてね」 よく分かっているからこそ、封じられれば転機になる。それを理解している櫻霞の一手は見事にアカネを捉え、その動きを止めた。 生まれた隙を見計らった淑子がアカネとの距離を詰め、アーサーは最後の亡霊へと光を打ち出す。 七も本へと肉薄し、鉄爪で書を引き裂いた。ページの破れる音が鮮明に聞こえたと思った瞬間、最後の守護者が跡形もなく消え去る。 「あ……私の、本が……」 絶句したアカネは動く事が出来ず、体力の限界も近いはずだ。仲間と共に書架へと近付いたあばたは、殺す心算は無いことを告げて降伏してほしいと告げる。 「武器を捨てて頂けますか?」 「…………」 アカネは答えない。周囲をリベリスタに囲まれて怯む彼女は奥歯を噛み締めていた。アーサーは逃走を計るなら脅そうかとも考えていたが、大切な本を置いて逃げ出すことも出来ないようだ。 だが――。 「もういいだろう。お前さんの負けだ。命が無くなれば、大好きな本を読むこともできなくなるぞ?」 義弘が告げた言葉が決定打となった。 手にしていた魔道書を取り落としたアカネは力無く膝を突く。その瞬間、周囲の異空間が歪みはじめ、景色が元居た現実世界のそれへと変化していった。 ● 辺りには緑の草原と、異空間に置かれていた書架ごと本が戻って来ていた。 こうして空間が戻ったということはフィクサードが降参したと云う証だ。アーティファクトは存在し続け、アカネも生きている。殺すことにならなくて良かった、と密かな安堵を覚えたあばたは書架や本が傷一つない事を確認した。 「これで終わりですね。あとはアークの処理に任せましょう」 あばたは本部に連絡を入れ、ちらとアカネの方を見遣る。其処には戦う気を失って項垂れる姿があり、あばたは複雑な溜息を吐いた。 「無理矢理持ち主から引き剥がされて、それで本が幸せだと思わない。少なくとも、私はそう」 七はアカネの元へ歩み寄り、自分なりの思いを告げる。 誰かが読むことで本というものの真の価値が決まるのではないだろうか。読むべき人が本を大切に想っているのならば、きっとそうなのだと七は思う。 淑子も傍へと近付き、落ちているアーティファクトに視線を落とした。これは彼女の命を握っているものであり、容易に壊すことは出来ない。預かって置くわね、と本型のアーティファクトを拾い上げた淑子は木になった事を問い掛けてみる。 「ねえ、間宮さん。あなたにこんなものを渡したのはだぁれ?」 「それは……」 アカネが答えたのは、それを金と引き替えに黒服の男から手に入れたという情報だった。 肝心の組織の名は分からず終い。アーティファクトの効果以外に興味がなかったと話す彼女から、詳しい話は聞けなかったのだ。 「つまり、組織とやらは体良く厄介な代物を売却したというだけか」 アーサーは聞いた情報から事実を判断し、納得する。異空間を作り出す能力は便利だが、命を担保にしてまで使用する者が居なかった。ゆえに多額の金と引き替えにした、という経緯だろう。 行き過ぎた収集を行った女も、アークでの処遇を受けることになる。 抵抗する気すら失ったアカネはおそらく、死すことよりも僅かでも古書を読める可能性の或る生を選んだ。義弘はかつて、子供の頃にプロ野球選手のカードを集めていた事を思い出し、不思議と懐かしくなってしまった。 「潔い死なんかより、そちらの方が正解だな」 好きなものと共に在る人生は、きっとどんな形でも幸せだろう。アカネが更生すると良いと思いながら、義弘は静かに呟いた。 「生きて、守れる範囲で守り続ける道を選んだのね。……うん、それで良いと思うの」 終わりを選ぶことは、これまで大切だったものを己の意思で見限るということ。ひよりも投降してくれた彼女の選択を肯定し、罪を償って欲しいと願った。 櫻霞も頷き、本についての思いを口にする。 「本は確かに素晴らしい。だがこれらは元より知識を記録した物」 どんな知識も人の目に触れなければ意味は無い。だからこそ、正しい道へと戻した。 本来の所有者の元へ戻った本達は、それぞれの思いに包まれて在るべき形へと収まる。それで良かったのだと零した櫻霞は書架の本へと視線を向けた。 そうして、気を取り直した光介もアカネに言葉をかける。 「古書は、数多の人の手に応えるからこそ、一層美しくもなる。そうは思いませんか?」 すり減る美しさ。古書にはそんな魅力もある。 無類の収集家はどう考えるだろう。結局、放心したアカネが答えることは無かったが、光介にはそれで良かった。ただ、本に魅せられた者として聞いてみたかっただけ。答えが無いことは悲しかったが、きっといつか分かりあえる時も来る。そう、思いたかった。 こうして、古書の事件は終幕する。 紡がれた物語の一節に籠められた歴史や思いの深さ――。 書物に宿るものの存在を改めて感じられた気がして、リベリスタはそれぞれに感慨を覚えていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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