● ぶつん、と。通信が切れるおとを確認すると、男は受話器を乱暴に戻した。 「何が主流七派だ、所詮島国の猿共の集まりだろう。嗚呼、苛立たしい。声を聞くだけでも鳥肌が立つ!」 「落ち着いてくださいませ。逆もまた真なり、というやつでございますよ? お茶でも飲まれます?」 「いらん。………それより一体、それはどういう意味だ」 「お茶ですか? 具合が悪いときにはお茶を飲むと―――――」 「違う! その前だ!!」 無礼な事この上ない台詞を言ったにも関わらず、悪びれる様子もなくにこにこ笑む女を睨みつける。 女はそれに動じる様子もなく、いちどにどとぱちくり瞬きをしてから、ああ、と呟いた。 「彼らも我らのことを、時代遅れの思想家と思っているやも分かりません」 小首を傾げて女が笑む。碧い瞳はゆるりと弧を描き、長く美しい金の髪がしゃらしゃら揺れた。 「下らんな。だから何だと言うのだ。無駄口を叩く暇があるなら、今すぐ狩りの支度にかかれ」 「Ja!」 男の言葉に、女と、彼女の後ろに立っていた男たちが一糸乱れぬ敬礼をする。 揃いの軍服、金の髪に碧の瞳。彼らは、リヒャルト率いる『親衛隊』がひとり。 男の名を、クラウス・ヴィーデナー。女の名は、テレーザ・クルマンといった。 大戦に負けた、あの日。我らの誇りは汚されたのだ。今こそ汚名を雪ぎ、憎き奴らに復讐を。 今一度アーリア人の力を見せつけてやるのだ、と。復讐に燃えるクラウスの瞳は赤かった。 ● 『―――――え、る…? ――――聞こえる!? あ、繋がった?もしもし、―――よかった!』 スピーカーを通して聞こえるこえ。『セントエルモの灯火』白河 よふね(nBNE000250)のは、ひどく焦っている様だった。通信にはノイズが混じり、音声はほんの僅かに割れている。 『……じゃなくて! えっと、とにかく、今すぐ向かって欲しい場所があるんよ』 少し落ち着きを取り戻した声が、事件の概要を告げる。 聞こえた言葉は『親衛隊』。任務が終わってすぐのリベリスタたちが襲われる、というものだった。 『少尉のクラウス、曹長のテレーザ。それから、親衛隊メンバーが四名その場にいるんよ。 そんなに人数は多くないけれど、その、それって実力があるということだから、油断しないで』 アクセスファンタズムに、送られてきた資料の内容を追いながら、親衛隊の構成、判明しているスキル、戦場の状況などを把握する。 ざっと知り得る情報すべてを語ったよふねの声が、一瞬途切れた。 『一人は、―――――もう、間に合わない。一人でも多く、救って』 お願い、縋るような声を最後に、ぷつんと通信が切れた。猟犬の狩り場まで、あと、すこし。 ● ばりん。 背後で何かが割れる音がした。振り返る。粉々に砕け散った窓硝子。軍服の男が四人。 「劣等人種のみなさまがた、Guten Abend! なんとも、なんとも素敵な夜でございますね!」 背筋を伸ばして姿勢よく並んでいる男の後ろから現れた、やはり軍服の女がにこりと微笑む。 本部から届いた注意通達。任務終了直後の疲れ切った身体と心は、すぐにその思考に至らない。 低い男の声が聞こえた。向き直る。ビルの出入り口の前、その男は静かに立っていた。 「無駄口を叩くなと言った筈だ。貴様の耳は何の為についている。手は、足は、心臓は。その、牙は」 「我らが信念のために、忠誠のために。弄ぶために屠るために蹂躙するために、で、ございます!」 「………劣等の血など食前ならば無粋極まるが、開戦の座興には相応しかろうよ」 すこし呆れたような声。男の言葉を聞いた女の口元が、にぃと不気味に歪む。 理解した。狙われているのは自分たちだ、と。けれど、身体が動くより先に。 「さあ、存分に喰らい尽くせ」 「Ja!」 逃げる隙など与えない。 ―――――――― 彼らは、猟犬なのだ。 降り注ぐ弾丸。響き渡る絶叫。咽びそうな血と鉄のにおいのなか、軍靴の踵は楽しげに鳴る。 「ねえ、神様はいますか? それは縋れば助けてくれますか? 可笑しいですね何も起こらないですね死んじゃいますね、うふふあは、あははふふふへふへへへ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あまのいろは | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月14日(金)23:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 牙を剥く猟犬たちに抗う意志が、揺らぐ。唯一の癒し手は地に伏し、ぴくりとも動かない。ぐらり歪む意識をなんとか繋ぎ合わせて。けれど無慈悲にも降り注ぐ弾丸は止まない。 噎せ返るような血のにおいと、耳を劈く弾丸のおと。それから甲高い笑い声。 そのなかで響くコール。聞き慣れた機械音は、リベリスタが持つアクセスファンタズムのもの。 震える指でそれを操作するも、彼はそれを掴む力すら十分に持ち合わせていない。アクセスファンタズムが手のなかから滑り落ちた。 『…… ―――――僕は天才だからな、奴らの戦略など物ともしない! もう少し待っていろ!』 落ちたそれに手は届かない。確かに聞こえたひとのこえ。それに縋るしか彼らには残されていなかった。 「はやく、はやくきてくれ! たすけてくれ!」 かすかに灯った希望の光。それに向かって声を張り上げ助けを求める。 「ほう。そろそろ来るようだな。………テレーザ」 「Ja! 少尉の仰せのままに!」 猟犬を率いる男、クラウスの赤いひとみがリベリスタの様子を見遣って。呼びかけられた女、テレーザが笑顔で応じる。パンツァークリーク。戦争の為の鎧を纏ったクラウスの口角が僅かに持ちあがった。 猟犬らの狩り場である廃ビルへ向かう途中、救助を待つリベリスタのアクセスファンタズムと通信が繋がった。けれど、彼らからの返答は無く雑音が聞こえてくるのみ。『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022) が顔を強張らせた。 「親衛隊と交戦する経験はこれで三度目、ですね。そろそろ手口には慣れてきましたが……」 「間に合いきれなかった事が悔しいけれど、悔やんでばかりはいられないわね」 『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)は何処か呆れたような声でぽつりと漏らした。来栖・小夜香(BNE000038)は少し焦りの色を浮かべたものの、凛とした瞳には救うという強い決意が見て取れる。 「あそこだ」 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)の青い瞳が廃ビルを捉えた。暗闇が邪魔して『亡霊たち』の姿は見えない。けれど、確かにそこで待っている仲間たちが居ることは確かだ。 「アークの新田快だ!助けに来たぞ諦めるな!」 背後から聞こえる声と、アクセスファンタズムを通して聞こえる声が重なった。その声は『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)のもの。彼のことを知らぬアークのリベリスタはいないだろう。 弱りきっていた彼らは、心強い仲間が来たことに安堵の表情を見せる。だが、すぐに状況が好転する訳ではない。ギリギリの状態は保たれたままだ。 「皆立てる? 動ける? 頑張ってこっちまで走って! ここから出よう!!」 「遅れてごめんなさい、これ以上の好き勝手はさせない。必ず助けるからもう少しだけがんばって!」 そんな彼らの心を支えるように『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)と小夜香が、声を張り上げリベリスタたちを鼓舞する。 小夜香の身体が発光しているおかげで、視界に不自由は無い。すこし安堵した顔も、既に白くなった顔も、よく、見えた。 「癒しよ、あれ」 怯えている暇はない。小夜香が唱えた詠唱が、仲間たちを包み込み、みるみる傷を癒していく。 「随分と遅いのだな。………仕方の無いことか」 「まぁ、劣等だろうがなんて言おうと構わないけれどもな」 クラウスの言葉を『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)が遮るように告げた。 「俺達は俺達の仕事をやらせてもらう。これ以上お前さんらの好きにさせるわけにはいかないしな」 「自称猟犬のハイエナに、これ以上好きにやらせるか!」 「まあ! あんな小汚い生き物と一緒くたにされるなんて、くらくらいたします!」 あの無礼な若僧に礼儀を教えて差しあげて? テレーザが青い瞳を細めて楽しそうに笑いながら、手を振り下ろす。それを合図に、親衛隊たちが牙を剥きリベリスタたちへと襲い掛かる! ● 「夜闇にまぎれてしか行動ができないなど七十余年前の亡霊らしいということか」 まったく戦争屋には辟易する、そんな言葉を吐いた陸駆は、恐れることなくクラウスの前へと立つ。 クラウスや親衛隊たちを守る厄介な鎧を引き剥がそうと試みるが、親衛隊やリベリスタが入り乱れるこの状況。仲間を誰一人巻き込まずに使用することは難しい。陸駆はテレーザへの攻撃へ切り替え、弱点を曝け出させる。 「赤目のハイエナは初めて見るぜ。さぁ掛かって来いよ」 陸駆に次いで動いた快が、クラウスを挑発する。赤い瞳が瞬いてから、不愉快そうに眉根を寄せた。 「ハイエナ? 違う、我らは猟犬だ」 いつもなら取るに足らない安い挑発の言葉。けれど、この時ばかりは聞き流すことが出来なかった。静かに怒りを滲ませた瞳が、快を捉えた。 陸と快がクラウスの動きを阻害している間に、テレーザへと接触しようとしていた佳恋や涼の動きを親衛隊たちが阻む。先の通信でリベリスタたちの突入を予想出来た親衛隊たちは、迎撃する為の態勢を取る余裕があったのだ。そう簡単にテレーザに接触させてはくれない。 涼は溜息ひとつ。袖口から姿を現した透明な刃を親衛隊へと振り翳す。乱雑しているこの場で使うにはあまりに危険で。けれど、彼は戦うことがすきなのだ。罰を与え殺戮する者として、迷いは無い。 「どちらが運が悪いかね。ま、祈れよ」 爆裂クラップス。あまりに危険なそれは親衛隊を捉えて爆ぜる。にまり笑んだ涼が追い打ちにと、死の刻印を刻みつけた。 親衛隊のひとりを佳恋が吹き飛ばせば、仲間と親衛隊の様子をぢぃっと伺っていた、いろちがいの瞳が楽しそうに輝いた。ちいさな身体から生えるアンバランスなおおきなお耳とふさふさ尻尾を揺らしながら『ましゅまろぽっぷこーん』殖 ぐるぐ(BNE004311)はテレーザへと一直線。 「こーいうへらへらマンはくえないねー、あしょんれけれー!」 親衛隊とリベリスタたちの隙間を潜り抜け、ぐるぐがテレーザへと牙を剥いて遊びを強請る。テレーザが手にする盾でぐるぐを凌いでも、それすら気にせずにぐるぐは楽しげにけたけた笑う。 「ねーちょんいい匂いするろー。なんか持ってるなー」 「服にこびり付いた血の匂いでしょうか! 劣等の血も、劣等にはいい匂いに感じるんですのね!」 自身に牙を剥くちいさないきものにも、自身の首を掻こうとしているリベリスタにも動じず、テレーザは変わらずへらへらと笑って返した。 「……人種だなんだって、いまどきはやらないらしいよ? まあ、わたしみたいなごろつきも、はやったことなんてないだろうけどさ」 知っているでしょう。拳と弾と、あらゆる武器は、血をえらばない。静かに告げられる言葉には、涼子が持つ感情を見せない。 吹き飛ばされた親衛隊のひとりが、負傷している彼らを狙っていた。涼子は出入り口を指差し逃げて、という。そのまま親衛隊にアッパーユアハートを叩きこみ、親衛隊の意識を自分へと引きつける。だから、はやく。そう告げる涼子の瞳に背中を押されるようにして、傷を負ったリベリスタたちが走り出した。 小夜香とアリステアが回復を施したおかげで身体が随分と軽くなった。乱されていた心も、力強い仲間が来たことにより落ち着きを取り戻した。すこしでも早く出口へ! クラウスの横を駆け抜け、出口に足を踏み入れた、その時のことだった。 「いけない!!」 小夜香の短い悲鳴。庇うように負傷しているリベリスタへと手を伸ばすが、間に合わない。 クラウスのハルバードが輝き、振り翳される。その攻撃は快を狙ったものだったが、強い衝撃が逃げるリベリスタも同時に襲った。せかいが歪む。身体の力がすべてするりと抜けて。身体が、前のめりに倒れていく。だらりと力の抜けた手が、アリステアの爪先にぶつかった。 「―――――――!!!」 助かると、思ったのだ。助けられると、思ったのだ。全員で帰るのだと。けれど、望みは今潰えた。 「汚らわしい血を被ってしまったことは不愉快極まるが。なかなかどうして、―――これは傑作だな」 「………どうして?」 くつくつと笑う男を見遣る。ふつふつと感情が湧き上がってくるのが分かった。何が楽しいのだろう。何をしたいのだろう。狩りというくだらない『欲』を満たすためだけなのだろうか。分からない。分かりたくもない。 「……許せない。絶対にそんなの認めない!!」 「あら! でしたら認めさせるだけ、でございます!」 笑い声が響く。テレーザが手を振りおろせば、光の塊が弾けた。テレーザの瞳に映るのは、涼子のみ。彼女の立つ位置を中心として、弾けた光は親衛隊とリベリスタを等しく苛む。 「なーなーなー、そんなんじゃなくてボク達とあしょべよー!」 それすら気にせずきゃっきゃとはしゃいでいいるぐるぐを除いて、すべての者が顔を歪める。 逃げようとしていたリベリスタたちの動きも止まる。恐怖は、彼らを縛りつけるには十分過ぎたのだ。 脱出が、遅れる。その間に涼子ひとりに引き付けられた攻撃。彼女を中心にじわじわと広がる漆黒の闇。逃げ遅れた彼らも包み込んでいく。 「っぐ、あ」 巻き込まれたひとりが、膝をついた。神様は、優しいひとばかりを、正しいひとばかりを救ってはくれない。その背を支えようと手を伸ばしたリベリスタも、巻き込まれて崩れるように倒れ込んだ。 「あは、あははははははははは!!! 死んじゃいました!?」 どこまでも耳障りな、甲高い笑い声がわんわんと響く。闇が幾度も幾度も、倒れて動けなくなったリベリスタに襲い掛かる。回復が間に合わない。 「諦めないでください! 心を強くもって!」 佳恋は、まだ諦めていない。けれど、ふたりの耳にその言葉はもうひとつも届いていなかった。 「弱い者イジメの方が俺の相手より大事かよ? エース相手には戦えないか、弱兵め!」 「ねえ、はやく! お願い走って!」 これ以上奪わせる訳にはいかない。快がクラウスを抑え込む。負傷しているとて、動けない訳ではないのだ。ただ、恐怖で身体が思う様に動かない、それだけ。あとは、彼らの心次第だ。 「早く走るのだ! 貴様らを生きて返すと僕は約束しただろう! 走れ!!」 陸駆も陣形を崩すべく親衛隊を吹き飛ばしながら、叫んだ。このまま彼らが立ち竦んでいたら、生きる確率は下がるばかりだろう。 いくつもの声が、リベリスタたちを激励する。残った四人のリベリスタたちは、ぐ、と強く拳を握った。 怯えてばかりはいられない。死んでいった仲間たちの為にも生きて生きて、生き延びなければ! 意を決して、その横を一目散に走り抜ける。 小夜香はリベリスタたちが自分より背後に行ったことを確認すると、白い大きな翼をめいっぱいに広げクラウスの視界を遮った。 「この身を張ってでも護ってみせるわ!」 快に抑え込まれながら小夜香の強い眼差しを見つめたクラウスは、つまらなそうに小さく溜息を吐いた。 ● 残ったリベリスタたちは命からがら逃げ果せたが、戦闘は続いている。 リベリスタたちが、逃げることが出来ないからではない。逃げる気など、無いのだ。少しでも戦力を削ごうと、親衛隊たちに喰らい付くアークのリベリスタたち。 リベリスタたちの傷も深い。フェイトを燃やして、それでもと。虎視眈々と猟犬の首を狙うリベリスタたちの瞳は揺らがない。噎せ返るような血の匂いは更に濃くなっていく。 「……懲りないですね」 残った力を振り絞って、佳恋が親衛隊をまたしても吹き飛ばす。けれど、アークのリベリスタが諦めないのと同じように、彼らも牙を剥くことを止めない。 アリステアや小夜香が癒しを与え回復しても、苛むものを振り払っても、テレーザがフラッシュバンを放つものだから、お互いに決定的なダメージを与えるに至らない。戦闘が長引いたことにより、ふたりの魔力も、もう限界に近かった。 「テレーザ。ふざけるな、真面目にやれ」 「真面目にしておりますとも! あの女を痛めつけてやろうとうふふふふ!」 何度目かになるフラッシュバンを放ったテレーザを、クラウスが睨む。テレーザの瞳は、変わらず涼子しか捉えていない。親衛隊たちもそうだった。 親衛隊たちが放つ攻撃を、涼子が一身に受ける。傷がずくずくと痛む。身体中が熱を持ち、力が思う様に入らない。遂に、涼子の華奢な身体がぐらりと倒れた。 涼子が倒れるのも初めてではない。猟犬たちに喰らい付いていた彼女だったが、猟犬たちの攻撃を受け続け最後まで立っていることは出来なかった。 (―――――― 嗚呼) 苛々、する。耳障りな笑い声が聞こえたのを最後に、涼子の意識はふつりと途切れた。 「よろしくないですねえ」 未だに撤退する様子が無いリベリスタたちを見て、テレーザがぽつりと漏らす。 その声は、呆れたような、けれど楽しそうなこえ。白い肌のあちこちに傷が刻まれ、美しい金色の髪は血に汚れている。それでも彼女のへらりとした笑顔は消えない。 「誰のせいでこんな無様な醜態を晒すことになったかは分かっているのだろうな」 「仰る通りでございます、申し開きの言葉もございません」 「………退くぞ」 クラウスの冷たい言葉に、テレーザの笑顔が一瞬消える。だが、続いた「撤退」を意味する言葉にテレーザはにんまりと笑みを作った。 リベリスタたちが立ち塞がり前へは進めない。ならばと親衛隊たちは後退すると、壁を走り割れた窓からそのまま暗闇のなかへと飛び込んだ。ひとり、ふたりと姿を消していく。 「いかせませ、ん……!」 佳恋が最後の力を振り絞り、撤退している親衛隊を薙ぎ払う。どこからか襲ってきた闇が、佳恋を包んだ。もう、剣を握る力も、抗う力も残っていない。佳恋の身体が崩れ落ちて、動きを止める。 吹き飛ばされて壁に衝突した男の前に涼が立った。黒いコートはぼろぼろに擦り切れ、涼も満身創痍であることは見てとれた。 「卑怯だと思うか? んでも、ま、コレも戦闘って事でな? 悪く思うなよ」 けれど、絶好のチャンスだ。近くに巻き込まれそうな者はいない。涼がにぃと不敵に笑ったと同時に、親衛隊が飲み込まれ、爆ぜる。 「ほらよ、もう一回プレゼントだ」 追い打ちをかけるように、もう一度。親衛隊の男は壁に背中を預けると、そのまま崩れ込み動きを止めた。 「やだやだもっと! もっとあーしょーぶー!!」 血塗れのちいさないきものが、まだまだ遊び足りないと更に遊びを強請る。速度を増して、獰猛さを増して。こんな楽しい遊びを終わらせるなんて勿体無い! 「いいえ、遊びは終わりでございます! それでは劣等人種のみなさまがた、Tscheus!」 テレーザは変わらぬ笑顔をぐるぐに向けて。陸駆がテレーザの腕を掴もうとするよりも先に、背中を預けた壁の向こう側へテレーザは姿を消していった。 「散々弱い者イジメをした後は、逃げるのか?」 最後に残ったひとり、クラウスと快が対峙している。ここは通すまいと立ちはだかる快に、クラウスがハルバードを振り被る。 「減らず口は実に結構。だが、そんな余裕が本当にあるのかね?」 ばちりと輝いたハルバードが、快の身体を横薙ぎに切り裂いた。鮮血が勢いよく溢れ出て、ぼたぼたと床を染めていく。快の身体が傾き、膝を着くその瞬間。クラウスが快に背を向けて走り去る。退くクラウスを阻む力は誰にも残されていない。 「アーリア人以外も牙をむくことがあると努々忘れるな!」 投げかけられた言葉にクラウスが振り向くと、赤い瞳がリベリスタたちを一瞥した。 「…………どこか頭の片隅にでも、覚えておこう」 吐き捨てるように告げた言葉には、焦りも怖れも怒りもない。陸駆の言葉を鼻で笑ったクラウスは、窓をひょいと飛び越え、暗闇のなかへ消えた。軍靴のおとは、もうきこえない。小夜香は、かくんと膝をついた。 猟犬は去っていったのだ。確かに、救われた者もいる。けれど、失った者も、多い。望んでいた歓喜のこえの代わりに聞こえるのは、すすり泣くこえ。 「あーあ、つまんないのらー。ちぇー、まだまだ遊びたんねーのにー」 ぐるぐの身体にべっとりとこびり付いた血は、誰のものなのか。けれど、そんなことを気にする様子も無い、どこまでも無邪気なぐるぐの尻尾がはたはた揺れる。生きるも死ぬも、ぐるぐには興味が無い。遊んでくれるひとがいなくなったことが、ただただつまらなそうだった。 「……ねえ、一緒に帰ろう?」 アリステアが動かなくなった彼らの手をそっと取る。まだあたたかいその手。けれど、その手は彼女の手を握り返すことはない。 力が抜けきった身体を、アリステアひとりで運ぶには重すぎて。代わりに涼が死体を背負うと、アリステアの背を軽く撫でた。いっぱいに溜まった涙が、こぼれおちる。 「俺達は仲間を置いていかない。たとえ死体であってもだ」 快が死体である彼らを丁寧に担ぎあげる。『全員』でアークへ帰るのだ。陸駆も小さな体で、精一杯重い死体を引き摺るようにして運ぶ。暗闇のなかに残された死体はひとつだけ。 「……これ以上アークを蹂躙させてなるものか」 「思想も主張も興味はありません。アークの敵である以上、私の全力をもって反撃するだけです」 佳恋はよろよろ起き上がると、冷たく軍服の男を見つめた。置いてけぼりの死体は何も答えない。 猟犬たちが姿を消した暗闇のむこう。すてきな夜でございますね、と。嘲笑う声が聞こえた気がした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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