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代替ドゥイユ


 人生を飾り、人生の空白を補う。その点において、この人生に君は必要不可欠であったのだ。
「すきだよ、君のこと」
 でも、きみじゃ駄目なんだ、と。囁いた。答えは無かった。生温く濡れた指先を舐め取って、錆びた鉄の味に一つ、溜息を吐いた。
 大好きな人が居て。でもその人はもう自分の手が届かないものになったとして。
 それでも欲しかったら如何したら良いのだろうか。飾りを失い穴が空いて。其処を埋める代わりは何処にあるのか。
 新しい出会いがあるのかもしれなかった。そう信じていた。でも無かった。君以上は何処にもいやしなかった。でも、それでも。
「――何もないままなんて、耐えられないよ」
 もしかしたらあるかもしれなかった。もし無くても、少しの間だけでも、この空白を埋めておきたかった。
 指先を伸ばした。
 手を繋いだ。
 抱き締めて、好きだと言った。
 でも、やっぱりこれは、空白を補うにはあんまりにも足りないのだ。

 ぽたぽたと、雨の様にフローリングに水溜りを作っていく紅は鮮やかで綺麗で、けれど居なくなった君を思い出させて堪らなく不愉快だった。
 喪の哀しみは時間が癒してくれるだなんて誰かは言うけれど。
 本当に失ってしまった時、同じ事を言えるのだろうか。
 きぃ、と小さな音を立てて扉を開けた。もうこの部屋に戻ってくる事も無いのだろう。鍵を放って、小さくさよならを囁いた。 


「どーも、揃ってる? じゃ、今日の『運命』。聞いて行って頂戴ね」
 適当に椅子に腰かけて。『導唄』月隠・響希(nBNE000225)は随分と口に馴染んだ台詞を紡いだ。
「今回お願いするのは、とあるフィクサード、及びそれに付随するエリューションの始末。……まぁ、恐らく討伐してもらう事になると思うんで、その辺りは宜しくね。
 じゃ、詳細。まず、フィクサードから。名前は不明。外見は凡そ20代後半程度の男性。ジーニアス×ナイトクリークで、まぁ実力はそれなりなんだと思う。
 無所属、っていうか、割と最近までリベリスタともフィクサードとも言えない存在だった。自分の力の使い方は心得てる。三高平に来た事もあるみたいだけど、彼は普通の生活を選んでいたのね。
 ……でも、彼は踏み外した。2か月ほど前かしら。彼は、大切な人を失ったの。一般人の女性で、本当にただの不慮の事故だった。犯人も捕まった。
 悲しんで悲しんで、けれど、彼はその喪失感に耐え切れなかったんでしょうね。気付いたら、次の恋人を作ってた。でも、その子は彼女じゃないの」
 どれだけ似ていても。雰囲気や、姿かたちや、声や性格、挙げればきりがない人間的特徴全てが『彼女』と同じ人間なんてこの世界には存在しない。
 それは酷く当たり前のことで、けれど、彼にとっては受け入れがたい事実だったのだろう。認められなかったのよ、と、フォーチュナは小さく囁いた。
「彼が欲しいのは彼女だった。でも、新しい恋人は彼女足り得ない。空白を埋める筈が、きっと、余計にその空虚を感じてしまうんでしょうね。彼はそれを嫌う様に、新しい恋人を殺した。
 でもやっぱり足りなくて、また違う手を取って、振り払って、って繰り返したの。今回はたまたま、次の女の子を見つける前に万華鏡が感知した。
 ……だから、此処で終わらせて欲しい。彼と一緒に現れるのは、エリューション・アンデッド。今まで彼に殺された女の子達ね。運命の気まぐれって本当に皮肉だけれど……彼女達は、何故か彼を守るように動いてる。
 生前の愛情かしら。それともやっぱり、趣味の悪い運命の悪戯かしら。分からないけど、こっちも倒して頂戴。傾向としては、前衛型、後衛型どちらも居る。後衛型は回復も出来るみたいだから、気を付けて頂戴ね」
 言葉を切る。揃えた資料を差し出して、予見者は小さく、運命は優しくないわね、と呟いた。
「人は、喪った悲しみを何かで代替して埋めようとするところがある、なんて学説があった気もするんだけど。……代わりのきかないものって、存在するのよね」
 そう言う時って、如何したら傷は癒えるのかしら。肩を竦めて、首を振った。気を付けて行ってらっしゃい、と告げる声はやはり、晴れなかった。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年06月07日(金)23:06
お世話になっております、麻子です。
綺麗に割り切れないから人間だとも思うのでした。心情。
以下詳細。

●成功条件
フィクサード及びエリューション処理

●場所
マンションの立ち並ぶ一角の公園です。
時間帯は夜。街灯があります。
人通りはまばらですが、近隣住民は存在する為対策は必要です。

●フィクサード
20代後半の男性。ジーニアス×ナイトクリーク。
一般戦闘・非戦闘スキル所持。
ナイトクリークRank2スキルから幾つか使用します。
失った恋人の代わりを探し求め、それが存在しない事を受け入れきれずに居ます。
説得しない限り討伐以外の選択肢はありませんが、説得の難易度は高めです。

●エリューション・アンデッド×5
前衛型2、後衛型3。フィクサードを守るように動いています。フェーズは1~2。
戦闘中のフェーズ進行はありません。前衛型は耐久に優れ、後衛型は複数回復手段を持ちます。


以上です。
ご縁ありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
ホーリーメイガス
翡翠 あひる(BNE002166)
ソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
デュランダル
羽柴 壱也(BNE002639)
クリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
マグメイガス
櫟木 鶴子(BNE004151)
ホーリーメイガス
海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)
ナイトクリーク
纏向 瑞樹(BNE004308)


 失ったものの代わりを他に求める。それは、決して褒められた行いではないと、『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は思う。自分のほしいものだけを求める代替行為。けれど、同時にそれを責めようとも思わなかった。
 実を結ばないかもしれないそれは、けれど、それでも何時かは隙間を埋めてくれるかも知れないのだ。それが、大好きな誰かの代わりなのか、また違う、新たな大好きな誰かになるのかは悠里にはわからない。それでも、その何時かの可能性があるのだとしたら。その行為を、否定しようとは思わなかった。
 きりきり、螺子の回る音。手の中に収まるほどの銀色が微かに立てる歯車と秒針の動く気配を感じながら。片割れを持つ、大好きな人を想った。
 そんな彼に僅かに視線を投げて。『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)はそっと、己の胸を押さえた。死者への想い。向けるばかりでもう二度と返らないそれは、尊いようで時に何より生者を縛る呪いにもなりえるのだ。視界の、否、脳裏のどこかでちらつくものを、溜息と共に吐き出した。
「……彼の想いはそうなってしまったんだろうね」
 愛おしすぎたのだろうか。愛情は何時だって幸せ以外を伴って。胸に渦巻いた感情を、整理する様に息をついた。視線の先。ぼんやりと空を見上げて立ち尽くす男が見えて。彼を求める様に、歩み寄っていく幾つかの影。
 只当たり前の様に恋をして愛情を傾けた彼女達は何処までも哀れで情けなく、それでも優しかった。その愛情に返るものは無いのに。男が『彼女達』を愛すことなど有り得やしないのに。
「ごきげんよう、恋人たちに囲まれて楽しいですか?」
 くるり、と手に収まる翼を掲げる杖が前方を示した。爆ぜる、痛みさえ伴う程に眩い聖なる閃光。『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は『敬虔な』少女のかんばせに酷く大人びた女の笑みを乗せて、小首を傾げて見せた。
 こんな姿になってまでもまもりたいと手を伸ばすだなんて。見苦しい。一方通行のその想いが報われる事なんて無い。ただの、男の心を満たすだけの滑稽な道化。
「楽しくはないな、……もう戻ってこないものって見たくないだろ?」
「――神は仰言いました、求める者には与え、借りようとする者を断るな。随分馬鹿馬鹿しい話じゃねーですか」
 利己心よりも誰かの為に。さすれば神の愛情が与えられん、だなんて。まさにその通り只管に愛情を向け続けた女たちの末路。皮肉る様に笑って肩を竦めた。
 彼女の横合い。ふわり、と柔らかな金の髪が揺れた。纏う衣装は今日も可憐に。けれど蒼い瞳に揺らめくいろは何処までも、歳月を重ねた深淵を。己の身体が速さに最適化されていくおとを何処かで聞きながら。
『逆月ギニョール』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は何時もの様に軽い足取りで、女達の前へと立った。男女の関係。付き合ったり別れたり。それは、ある意味で酷く普通で当たり前の事だった。
「そのまま別れればいいのに、何故殺す必要があったの?」
 瞬いた瞳にあるのは、呆れにも似た感情だった。まるで喪ってしまった恋人を真似るかのように。ぴくり、と揺れる肩と此方を見る男に、緩やかに首を傾ける。
 陶酔、とでも言えば良いのだろうか。『恋人を失った哀れな自分』に酔って居るようなその姿。答えない儘にナイフを引き摺り出した男を見遣って、今度ははっきりと呆れの滲んだ溜息と共に肩を竦めた。
「本当にそうなら、今の貴方はどうしようもなく愚かよ。――良く考えてみなさい」
 貴方の行いが何を意味するのか。そんな彼の横で、随分と手に馴染んだ鈍器を握り締めた『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は、硝子の様な水色を前に向けて、まるで誘うようにその指先で手招いた。
「そいつを守ってたって、息がつまるでしょう? だから、せいぜい、うさを晴らすといいよ」
 挑発にも、優しさにも似た声に誘われるように此方を向く癒し手らしき女達の目。それを、そして、その後ろでぼんやりと立つ男を見据えた。責める、なんて感情は、どうしても湧いては来なかった。否。違った。
 ――責める、資格はないのだと。涼子は鈍器を握る手に力を込める。ひどい話だ。殺された女を想うならば。けれど。それでも、涼子はこの男を責める事は出来ない。只々。思うが儘にそれをぶつける様に生きているのだ。
 上手く言葉にならないそれを飲み込む様にぶつける様に。涼子の拳は再度、きつく握り締め直された。


 擦り切れて角も丸くなって。けれど同じくらい手に馴染むようになった、絵本の頁が魔力の煽りを受けて捲れていく。綴られた、しあわせなおとぎばなし。やさしいやさしいものがたり。
 そんな優しさを、この世界でも求める手だった。『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)が掲げた本が齎すのは苛烈でけれど暖かな癒しの息吹。傷ついた仲間の傷を容易く拭い去って。優しいあおいろは、ぎこちなく、けれど、真っ直ぐに目の前を見詰めた。
 苦しみ、彷徨う女達と男。それを、救う為に此処に来たのだ。難しいと言われても。人は変わる事が出来るのだと、あひるは信じて疑わない。何処までも甘く、けれど優しい少女は少しだけ悲しげに、その視線を下げた。
「代わりなんて居ないって、分かってるけど……求めてしまうのは、人の性なのかな」
 愛しい人がいた。だから知っていた。かけがえの無いものだと。ひとつしか無いものだと。けれどそれでも、もしもそれを喪ったとして。もう永遠に同じものは手に入らないのだと、自分は納得出来るのだろうか。離れたくない、大好きな大好きな人を喪ったとしても。
 そんな彼女の逡巡を、少しだけ感じながら。『墨染御寮』櫟木 鶴子(BNE004151)は酷く静かに、山桜散る篠笛を唇へと添えた。真白い指先が奏でる音色が齎す四色の煌めき。さらり、と。被いた黒が揺れる。喪うと言う事を知っていた。瞬きもせずに、貞淑な女はただ一言、決して満ち足りないのでしょうと、囁いた。どれ程に通っていようとも。確かに違う存在だと知ってしまっている彼が満ち足りる事など、有り得ない。
 満ち足りたいと願うのは誰しも同じで。けれどその為に他を奪ったのだとしたら。それは、もう手心を加えてやる理由など何処にも存在しないのだ。
「喪われたものは還らない――それをあなた様は、よくご存知でしょう」
 多くを語らず。けれど見透かす様に向けられた瞳に僅かに表情を固めた男の前で。激しく爆ぜる、紫電の音。振り上げられた、手に馴染んだ刃がまた一人、女を地面に沈める。此処に来たのは、馬鹿なフィクサードを止める為。『モラル・サレンダー』羽柴 壱也(BNE002639)は、僅かに頬に跳ねた鮮血を拭って、わたしは、と口を開く。
「あんたを否定はしない。失くしたものを求めるのは、自然なことだから」
 足りないと思うのも同じで。けれど、命を奪う事だけは間違っているのだと、その真っ直ぐな視線は訴える。そうする事で欠けたものが埋まると思ったのか。答えの返らない問いに、それでも言葉は止めなかった。
 完璧な彼女を求めることはもう不可能なのだ。彼女と彼女で無いものを識別してしまうのは、紛れもなくそのひとのもつ個性が故。
「一人ひとり違う中から彼女を選んだんでしょ、違うの?」
「……大切な人を亡くして、それを割り切れだなんて言わないよ」
 陽光思わせる福寿草が、街灯の灯りを弾いて柔らかに煌めいた。滲んで落ちる紅の魔力が生み出す冷たい月光に籠るのは、怒りとどうしようもないやりきれなさだった。
 瑞樹の瞳が、激情を孕んで揺れる。簡単に割り切れるものだなんて思わない。想い出は大切で、取り戻せないからこそ想いは募り続けて、独りで抱えるには重くて、誰かに託したくなるのだって、仕方なくて。理解は出来るのだ。その痛みを。その葛藤を。
「でもね、それは貴方の都合。命を奪う必要はなかった! 喪われた命は戻ってこないって、貴方がよく知ってるんじゃないの!?」
 自分が味わったであろう哀しみを。自分で増やして如何するのか。やりきれない、と握り締められ震える指先。言葉が上手く続かなくて。それを引き取るように、エレオノーラは肩を竦めた。
「あたし、女性に不実な男って嫌いなのよ。少なくとも彼女達は『貴方』に好意を抱いたでしょうに」
 それを受け入れるどころか見もしないこの行い。可哀想、と溜息交じりに吐き出された声と共に、軽やかな踏み切りと、残像にさえ追いつけぬあかいいろ。また一人、倒れ伏した女を。零れていく血を見詰めて。
「……何故って考えても、分からないんだ」 
 呟いた、男の声。空虚を実感させるものを厭うたのか。終わりをなぞれば『彼女』を見つけられるからだったのか。見つけて繋いで殺して離して。繰り返した穴埋めの理由はもうそこに残ってはいなかった。何処までも茫洋としたそれは、何もかもを諦めて居る様で。
 握り締めた涼子の拳が、この上なく真っ直ぐまた別の女を叩き伏せる。後衛の姿はもう見えなかった。瓦解しかかった戦線へと、飛び込む金髪。真白い篭手が、爆ぜる雷撃で更に白く煌めいた。
「ごめんなさい。でも――」
 彼の事は必ず助ける。本当なら被害者である女達をもう一度傷付けて眠らせる事は、悠里の心の何処かを引っ掻いて。それでも、その手は止めなかった。紫電の演武の後、立っている影は一つだけ。手が止まった。戦闘は、呆気無く終わりを告げた。


「早くしてよ、やっと終わるんだろ」
 動くものが無くなった戦場にぽつんと。立ち尽くす男が放った言葉に、首を振ったのはあひるだった。言葉を探す様に、翡翠の瞳は彷徨う。寂しくて、辛くて。喪う事を考えるだけでこんなにも苦しい。
 当たり前に存在した温度を只々、愛していたのだろうと、痛い程に分かるのだ。だから彼女の所に行く事も良いのかもしれないけれど。
「天国に行った彼女の為にも、代わりにしてしまった彼女達の為にも……あなたの命ある限り……苦しいけれど、償って、生きて」
 愛する、ということは諸刃の剣なのだろうと、あひるはその透ける翠を伏せる。しあわせだけれど痛くて苦しくて。狂気さえ生む、怖いもの。でも。それでも。あひるは願う事を止められないのだ。この、どうしようもない世界の、やさしさを。
 いつか。何時か、受け入れて立ち上がれた時に、生きる希望はきっとそこに存在するのだと。信じて欲しかった。ひたむきな、何処までもやさしい声に、けれど男は緩やかに首を振る。
「情けない事に怖くて自分じゃ死ねやしない。でも生きて彼女の代わりを探しても何処にもないんだ」
「喪うものに傷ついてるの自分だけだって態度。いいですよね、悲劇のヒロインならぬ、悲劇のヒーローごっこ。貴方にお似合いです」
 海依音の声は、吐き捨てるように冷たかった。そんな甘えた考えで一人だけ幸せになんて烏滸がましい。空白を埋めたい、だなんて言って彼は結局何も欲してなどいないのだ。ただ、抱えた記憶の痛みに振り回されるばかりの哀れな男。
 女は玩具では無いのだ。たった、たった2ヶ月でその痛みを埋められるだなんて思っているのなら何て馬鹿馬鹿しいのか。
「ふざけないでください。考え、愛情を与え、自らを与え、それに貴方は何を返せたんですか?」
「返して無い。返さなきゃいけないのか。彼女じゃないのに」
 淡々と返る声に、覚えるのは呆れと苛立ち以外の何ものでも無かった。愛し愛され支え支えられ。互いが互いの指先を結んで手を引きあって。与え合う筈の『恋人』と言う名前の関係はけれど、男と女たちの間では成立などしていなかった。
 与えられるばかりで返さない。愚かでけれど只々男を愛した、優しい女たちから貰うばかりの『無償の愛』。ろくでもないとせせら笑った。
「甘ったれて、命を奪ってのうのうと」
 聞き慣れたノイズ交じりのメロディが、何故だかはっきりと聞こえる気がした。ヴァルプルギスの夜の夢。怒りの日の模倣と、愛しいものを喪い自分も死んだ誰かの葬儀の為の饗宴。途切れ途切れの其れを聞きながら、悠里はきっと知っていたんだと、呟いた。
「例え代わりだってわかってても君の隙間を埋めたかったんだよ。だって、彼女達は君を守ろうとしたじゃないか」
 知っていて、それを是としたのだ。ならばそれは当事者の問題で。悠里の望む事は、たった一つだけだった。もう誰の命も奪わない事。彼女達の様な優しい人達の命を、奪わない事。悲しむ人はきっとたくさんいるのだ。家族や、友人や。そして。
「本当は君だってそうなんじゃないの? 彼女達の事、好きだったんでしょ」
「……分からないんだ。好きなつもりで、でも、彼女じゃなかったんだから」
 ぽつぽつと、紡がれる声は何処までも感情に欠けていた。違うものを拒むように奪って、その先でもしも隙間を埋めるものに出会えたとしても。今度は、奪い続けた罪がその心を苛むだろうと悠里は知っていた。だからただ、殺さないでくれと告げれば、男は曖昧な笑みを浮かべた。
「だから、俺が死ねば解決じゃないの?」
「そうですね。――生きて、あなた様は如何為さるのでしょう?」
 不意に。口を開いた鶴子は問う。耐え続ける生を送るのか。それとも別の道を見出すのか。選ぶつもりさえなさそうな男は、一体何処に行けると言うのか。見いだせず、けれど、鶴子は少しだけ、そのかんばせに笑みを乗せた。
「決して人様にすすめられるものでは御座いませんけれど、わたくしの道が導となるのならば語りもしましょう」
 其処にあるのは、間違いない幸福だ。喪に服し続ける女が抱える、しあわせのかたち。愛に殉ずる生の、幸福を教えようと彼女は目を細める。そんな強さは無いと、男は苦く自嘲した。そんな彼の前で、手の中の鈍器を撫でた涼子は水色の瞳を幾度か、瞬かせた。
 昔をひきずってるのは、きっと正しくないのだ。けれど、ひとは何時だって正しい事を思う訳では無かった。だって、自分は逆ですらある。男と同じで。自分の、それも大したことじゃない理由だけで拳を振るって、殺して回っているに過ぎないのだ。
 それだけじゃない、とは思いたいけれど。本当に、其処に存在するのはエゴ以外の無いものでも無い様に思えた。
「正しくなれない奴は、そのまま生きていくしかない。ただ、」
 男が死ねば、その穴をうめていたものは最初からなかったのと変わらない。その言葉に、僅かに揺れる肩。もう一度彼女を殺すのと同義だろうと、訴える涼子の瞳に男の心は僅かに揺れて、けれどもう無理だと首を振るのだ。握ったナイフが、自分へと向く。振り上げられかけたそれはけれど、寸での所で悠里の手が、そして壱也の手が押さえつけていた。
 ――羨ましい、と。零れかけた言葉を呑もうとして、けれど、小さな吐息と共に、それは唇から零れ落ちた。
「正直彼女が羨ましいよ。……それだけ愛されてたってことだよね」
 想いは強くて。当たり前が分からなくなる程に心に焼き付いた愛情は向ける先を失っても尚揺らがない。寂しくて辛くて苦しくて悲しくてそれでも、愛しくて、恋しくて。ひくり、と震えた声を飲み込んで、目を閉じた。
 もう何処にも居ない。無くしたくないとかき集めた断片は集める傍から自分を傷付けて。それでも手放せなくて、嗚呼、恋も愛も如何して気付けば痛みを伴うのか。黒髪を結ぶリボンが、ゆらゆらと揺れる。
「忘れろ何て言わないよ、辛ければ泣けばいい。でもね、」
 死ぬだなんて。彼女が望んでいるとでも思うのだろうか。ただのエゴだ。そんなもので、彼女が汚れてしまう事を是とするのかと、壱也は問うた。男は答えない。けれど、その瞳から零れた水滴を、確かに視界に収めたから。
 壱也はそっと、眠らせる様にその刃で男の意識を奪う。殺さないと決めていた。どれだけ生が辛くとも。きっとまたそれだけ求められる存在に出会えると思うから。
 崩れ落ちた男は、未だ確かに息をしていた。落ちる沈黙。そっと、意識を失った彼の傍に屈み込んで。エレオノーラは物言わず、深いいろを湛えた蒼を伏せた。喪う、と言う事は辛くて。何もかも虚しく感じてしまうものだ。そんな事、もうずいぶん昔に思い知っていた。
 在りもしない心のどこかは空洞のまま。いっそ死んでしまえたら、だなんて思い煩う部分は何処に存在するのか。忘れる事さえ出来やしない空虚と痛みから、目を逸らせないのならばきっと彼の様に痛みと苦しみしか残らないのだろう。
「……今の貴方の姿、恋人に誇れるものかよく考えればいい」
 悲しむ事が情けないのではなく。苦しむ事がみっともない訳でも無く。只。こんな風に大切なものを喪う姿は、同時に愛した人を侮辱する事と同義だろうに。そんな声を聞きながら。黙祷を捧げた瑞樹は、脳裏に過る紅を想って、僅かに目を伏せる。
 喪う痛みと苦しみと。捨てきれない愛情と。それを抱えているであろうあの人は、前に進めているのだろうか? 答えは出なくて。視界の端でしゃらり、と煌めく逆十字。
 エイメン、と、囁いた声は小さかった。解れて流れた髪を払って、海依音は首を振る。
「――彼は神にどれだけ祈ったのでしょうね」
 無慈悲でこっちの願いなど聞いてくれやしない神様は、彼の声もやはり聞きやしなかったのだろうか。静寂が戻った空間を、随分と温くなった夜風が通り過ぎて行った。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。

素敵な心情が多かったな、と思います。
説得は非常に難しいつもりでしたが、心に響くものもあったのでこのような形になっております。
ただ、それぞれの想いを伝える場合も、多少の擦り合わせはあった方が良いのでは、と感じました。
説得以外にも、心惹かれるものが沢山あり、非常に楽しく書かせて頂きました。楽しんでいただければ幸いです。

ご参加有難う御座いました。ご縁ありましたら、また宜しくお願い致します。