●状況説明 「今回皆さんにやって欲しいことは、きこりです」 天原和泉はプリント束をめくり報告を続けた。 「今回の討伐対象は樹木のEビースト。場所はとある山林。周辺の植物から生命力を吸収して成長し、能力を増しています」 プリントの隅に留めていた2枚の写真をリベリスタ達に提示する。 「こちらが元の姿」 初めに差し出された写真には、枯葉の散り敷いた自然林と、その中に小ぶりの若木が写っていた。 「で、こちらが」 2枚目の写真が差し出される。そこには、1枚目とは似ても似つかない、醜く捻じくれながら天に挑戦するかのように伸び上がった大樹が写っていた。地面に半ばまで浮き出した無数の根が、大蛇が獲物を絞め殺すかのように周辺の木々の幹に絡み付いている。それらの木々は皆、色褪せて朽ちかけ、炭が砕けるように無残に折り曲げられたものもあった。 ●戦闘情報 「攻撃手段は3つ。遠距離・中距離・近距離に大別されます」 和泉は前に向けた手の指を折り曲げてみせた。 「1つめは、地表に出ている4本の『板根』による打撃。射程は20M程度、長大な根が鞭のようにしなり、かなりの破壊力と速度があります。長い分、ある程度接近すれば攻撃を封じられます」 「2つめは、『細根』による吸収。10M以内に近づくと、地面に広がった細かい根が襲い掛かってきます。捕まると動きを封じられ、生命力を吸収されますが、力は弱く、速さも遅いです」 「3つめは、『針枝』による突き刺し。2M以内に近づくと、樹幹から針のような枝を伸ばし、攻撃します。威力はそれほどでもないですが、かなりの速度があります。一度に一本しか伸ばせず、複数を同時に攻撃することはできないようです。突き出した枝をしまわなければ、次の攻撃はできません」 和泉は少し間をおいて続ける。 「これらの攻撃行動を支えているのは、周辺の木々に張り巡らされた無数の根です。これらの根は他の用途に使用されることはありませんし、動くこともありません。このエリューションは元々成長期の若木だったせいか、非常に貪欲で積極的に攻撃してきます。知能はほとんどありません」 「場所が場所だけに、このまま放置して連鎖的な革醒現象が起こった場合、深刻な事態になりかねないため、至急討伐して下さい。くれぐれも、追加で養分を与えたりということのないよう、注意して下さいね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:takagane | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月02日(日)23:20 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●暴食の妖樹 「どうしてこんなに、歪められてしまったのでしょう」 かつて豊かであった荒れ野の中心に、それは居た。腐敗した骸にたかる雲蝿のような暴食の気配を、捻じくれた幹に走った亀裂のあちこちから吹き散らす妖樹。貪欲な根に絡め取られ苦しみ悶える木々の、今にも吹き消えてしまいそうなかぼそい叫び。『陽だまりの小さな花』アガーテ・イェルダール(BNE004397)はその声なき声を、努力して意識から締め出さなければならなかった。 「お花だって、すっかり枯れてしまって」 『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)はかつてあった筈の賑わいを思って嘆息した。 「ほんとうは、生きるのにまっすぐなだけなの。でも……かわいそうだけど、他の子と仲良くできない変異種を、ほうってはおけないの」 『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)がゆるゆるとした柔らかい声にいっぱいの決意をこめて呟く。 「本来ならば共に景色を成すであろう他の木々までも糧とし、只一本だけ生きてしまう。そのような孤独に運命付けられたというのも、不幸な事なのかも知れんな」 『凡夫』赤司・侠治(BNE004282)が静かに同意した。 「皆さん、集まってくださいなの」 ひよりが招いた。銀の小鈴を振り鳴らして、翼なき者に翼を与える加護の聖句を詠う。辺りは想像以上に足場が悪いが、これなら問題ない。咄嗟の時にも助けになってくれるだろう。侠治が八方辟邪の祭儀を終え立ち上がる。顔を下向けて念じる『狂奔する黒き風車は標となりて』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)の足元から黒い瘴気が吹き上がり、渦を巻く。瞑目して精神を研ぎ澄ましていた『百叢薙を志す者』桃村 雪佳(BNE004233)が、ゆっくりと目を開いた。そして皆、顔を見合わせ頷き合う。 「それじゃ、張り切って伐採しましょうか」 『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が、まるで役所の伐採担当のような、気負わない口調で戦闘開始を宣言した。 ●拘束、接近 「では、わたくしが口火を切らせて頂きますね。その後は状況によって臨機応変、といういつものヤツで」 『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)が妖樹へ向かう。根が絡んで折れ曲がった木々がぽつぽつと立ち、視界を遮っている。 「あら、意外と木が邪魔……ここなら良いわね。では」 見通しの良い場所を選び、気を改める。 「残念ね大樹さん。もっと慎ましやかに生きていれば、早めに滅びずに済んだのに……ねぇ」 どこかおどけた危うさのある美貌に、たちまち凶悪な険が生じた。両眼に異様な力が漲り熾火のような光が零れた。両手首に禍々しく滾りたつ黒い瘴気の渦が生じ、その間に一条の鉄鎖がうねりながら走った。 「さぁ断罪の時間よ、醜い大樹さん♪ 絶対絞首で殺してアゲル☆」 投げうつ動作とともに放たれる、憎悪で編まれた黒い縛鎖が妖樹を目掛けて突進した。巨躯と四本の腕を縛り上げる。満身の力を込めて両手を引く。妖樹の体がめきめきと音を鳴らして前に屈まり、四本の腕が捻じ伏せられる──が。 夥しい根を踏み越え、雪佳が一本の朽木の横手にすい、と出た。そこで動きを止めた。束縛に抗って激しく暴れる妖樹の腕の一本が、鉄鎖の戒めを引きちぎって振り上げられた。頭上に叩き下ろされる板根の動きを見据える。意を凝らすほどに外界の事物の動きは緩やかになり、音が遠ざかる。逆に全ての動きと形は鮮明になっていく。 妖樹の腕が猛烈に叩きつけられる寸前、雪佳の姿がふいとかき消え、横の朽木の枯肌が乾いた音を立てて鋭く弾けた。重い衝撃で枯葉と木片が舞い上がる中、雪佳は宙で体を捻り、動きを止めた板根の狭い足場に一握の雪片のような柔らかさをもって、音もなく舞い降りた。 「あら、ごめんなさい」 エーデルワイスが詫びた。 「構わん」 短く応える。眼は根の続く先を見据えたまま。次の挙に備えて僅かずつ体を屈め、意識のギアを引き上げる。 「人の領分を侵した以上、看過する事は出来ん。共存不可能ならば、この手で伐採するまでだ」 声にならない怨嗟の怒号が虚ろな洞から轟いた。再度振り落とし叩きつけようと腕を持ち上げる。しかし雪佳は不規則に動く狭い足場で微動もしない。機を見て仕込んだ剣を抜き払い、駆けた。中空を振り動かされる枝の動きを膝と足先で巧みに制して疾走する。 「よっし、行こう!」 翼を一打ちして勢いよく飛び出したフランシスカを、ひよりがぱたぱたと追いかける。エーデルワイスの力は極めて強力だが、いつまでも縛り付けておくことは難しい。限界が来る前に板根の有効射程を潰しておきたい。 「では、朝雛さん。参りましょうか」 「ありがとう須賀さん。いざという時はお願いね」 二人の麗人はあくまで優雅だ。翼の恩恵もあって、流れるように淀みなく根の床を越えていく。 「こちらもいくとするか」 「はい!危なくなった時には、どうかよろしくお願いいたします」 刀儀を終えた侠治に、アガーテが丁寧に応じた。そして二人は様子を伺い、遮蔽に利用していた老木の陰から飛び出す。各自二人一組になって庇い合いながら、有効射程を抜ける算段だ。最大の武器を封じてしまえば戦いの帰趨は決する筈だ。 ●剛剣連斬 妖樹の胴近くに接近した雪佳が裂帛の気勢を放った。迎え撃つ針枝が鋭く伸びる。速度を落とさず寸分を見切って頬先でかわし、霞むような剣尖を続けざまに叩き込む。妖樹が苦悶と憤怒に鳴動する。さらに伸び来る枝先を払い、返す刀で斬り下げ、さらに斬り上げる。数瞬に無数の斬跡が刻まれ、妖樹が驚愕と苦痛に吼えた。次の枝にはつきあわず後側へ飛び出し、地に降りる。頬に一筋の赤い線が走った。ゆっくりと血が零れ、顎を伝う。 激しく打ち叩く翼音を残して一つの影が摺り抜けた。残影のような羽毛が散った。巨樹が根こそぎ倒れるかと思うほどの凄まじい衝撃が大地を揺るがし、八方に伸びた根を波打たせた。フランシスカの放った一撃は妖樹の胴を半ばまで深々と抉り裂いた。亀裂から夥しい体液が噴き出す。強引にたて直して上方へ飛び出す。全力で突撃した分、離脱が遅れた。巨樹の周囲を旋回しながら続けて襲い来る刺突を避けるが肩や脚、脇腹を切り裂かれた。羽根と血飛沫が夥しく散った。 苦痛に顔をしかめていると、鈴を震わせるような澄んだ歌声が耳元に届いた。控えめにそっとふれる様な柔らかい息吹が体を包む。今しがた負った傷の痺れるような痛みが引いていく。網目のような細根のぎりぎり範囲外の辺りにちょこんと佇み、こちらを見上げて詠っているひよりと、その側につく淑子が見えた。 「ごめーん!」 悪びれずに明るく謝ると、二人が手を上げて応えた。巨樹に向き直り、今度は不敵な笑みを浮かべる。手応えあった。はばたくのを止める。浮遊感を失い、体が落下する。耳元で風が唸り、髪が翻る。次第に速くなる勢いを剣に乗せる。双眸に暗い火が煌めいた。烈しい気勢が迸る。力を失った枝には構わず、長大な幹を縦一文字に斬り下げた。墜落寸前で翼を鋭くはばたき、水平に転じて飛翔しながら手をかざす。 「くらえ!!」 地表の隆起に体を打ちつけられながら狙いを定めずたて続けに放った黒い閃光が弧を描いて飛び、妖樹の四肢を撃ち抜いた。安全ラインで着地すると、思った以上の消耗で全身が痛んだ。足元がおぼつかず、ぐらりとよろめく。優しい空気と光が体を包んだ。ひよりが少し離れたところで手を掲げたり、爪先立ちになったりしながら、鈴を鳴らして懸命に詠っていた。 「エクスィスの加護を!」 凛としたアガーテの声が響く。周辺に光が映じた。輝く光球が天に駆け上がり、次いで一条の光線となって降り注いだ。妖樹の巨躯を光の弾丸が撃ち抜く。慎重に狙いを定めてさらに放たれた光球が、四本の分厚い板根と地をのたくる根をうちすえた。妖樹が身をくねらせて憤悶した。 ●鳴動 「ここまでです」 エーデルワイスが告げた。戒めの鎖が千切れ、かき消えた。妖樹は傷ついた巨躯をゆっくりと揺り起こし怒りと憎悪で四本の腕を波打たせた。体が捻じれ、斜め上から振り下ろされる板根がアガーテを襲う。 「!!」 怯んで身を固くしたアガーテの前に、すぐ側で動向を注視していた侠治が立った。豹のように身を屈め、懐から式符を抜き出し素早く刀印を切り咒を唱える。 「西方白帝律令勅」 振り下ろされた板根目掛けて続けざまに式符を投げる。 「万邪鬼帰正!疾!」 宙に舞った式札から数羽の黒い鴉が飛び出し、妖樹の腕を次々に穿つ。勢いを減殺されながらも止まらず襲い来る板根を厭鬼符を刺した独鈷剣で受ける。 激突した。妖樹の腕が弾き飛ばされた。侠治も体勢を崩しかけたが、翼の恩恵でふわりと支えられ、転倒は避けられた。が、こちらもかなりの衝撃だ。膝をつき、屈みこむ。 「ありがとう、大丈夫ですか」 アガーテが駆け寄る。忙しく飛び回る妖精の羽から光が零れる。心もとなく上下の根の動きをうかがう。すぐに回復させないと、二撃目は厳しい。 「ああ、すまない。大丈夫だ」 軽く手を上げて侠治が応えた。 ひよりは板根の間合いに戻り過ぎず、細根の範囲にも近づき過ぎず、上下左右によく目を配って忙しく動き回っていた。敵に自由が戻ったからには、攻防ともにますます注意を払わなければならない。勢いよく飛び出してきた細根の網を遠めに避け、少し離れすぎたところで、巨大な腕がひよりの頭上に振るわれた。 「あっ──」 小さな手を所在なげに持ち上げかけた。 「大丈夫よ、ひよりさん」 淑子は両手でしかと握った大振りの戦斧を鋭く振り上げ、板根を真っ向から打ち返した。衝撃が地を揺らした。巨樹の重みがのしかかってくる。木と鋼の軋む音。巨躯だけあって重みは桁外れだ。しかし淑子は焦るということがない。瞳に強固な意志の炎が宿り、艶やかな長髪が風に吹き上げられたようにさざめいた。金色の光が全身から立ち昇り、焔のように揺らめきたつ。金剛不壊の護りが巨大な質量を跳ね返す。 侠治が懐から数枚の式符を取り出した。印を結んで息を吹きかけ、前方へ投げ放つ。 「疾!!」 放たれた符が鴉に変じ、黒い飛翔体となって飛ぶ。淑子を抑えつけている板根を貫き、さらに中空で身を翻し根のいたるところを貫き、裂く。妖樹は切り刻まれた腕を翻して激しく悶え、その洞から虚ろな苦痛の唸りを上げた。 ●征伐 「さて、あまりのんびりしては居られなくなったかな」 「そうですわね」 義衛郎の言葉に淑子が応じた。 「もし良ければ、先払いをさせて頂きますよ」 「まあ嬉しい。是非お願いします」 朝雛は優雅な笑みを浮かべて提案を受け入れた。 「では」 びっしりと地を這う細根の射程内へ、義衛郎はいとも無造作に歩を進めた。獲物の接近を感知した網状の根が素早く飛び出し、義衛郎に覆い被さる──が、既にそこにはいない。どこか滑稽に、力なく、寸断された網が地に落ちる。なおも後から襲い来る細根の網を、根の方が自ら狙いを外しているかのように、するりするりとすり抜けて行く。何をもって人外の妖樹の動きを読んでいるのか、行く先と歩む速さを自在に変え少しも滞ることがない。そしていつ斬りつけたとも見えないのに、少ない太刀筋で無力化された切れ切れの細片が散らばっていく。 幹の表面がうねった。針枝が鋭く走る。一旦体を引き、先端が伸びきる瞬時の間。力みなく下げた義衛郎の刀がふっと霞んだ。枝がしなり、動きを止めた。切先が斜めに食い込み、枝の動きを封じていた。押し過ぎて折られることもない。とはいえ強引にもできないもので、引かれる力を巧みにいなしながらも、僅かずつ引き寄せられていく。 「あまり長くは持ちませんが。あとはお任せします」 「十分です。感謝いたしますわ」 淑子は微笑み少し膝を折って一礼すると、ライラックスノーの美しい髪をふわりとなびかせて歩み出た。義衛郎の封じた針枝の横を通り過ぎ、妖樹の喉元へ立つ。 「宿主を食べ尽くしてしまう宿木はあなたばかりではないけれど……あなたの食欲は世界まで喰らい尽してしまうでしょうから」 むしろ優しげに、語りかけた。水平に構えた大振りの戦斧が、不浄を許さぬ破邪の威光に包まれる。 「ここで芽を摘ませて頂くわ」 そしてゆっくりと体を引いてためるにつれ、純白の輝きが鮮烈さを増した。涼やかな気勢とともに振り抜かれた斧が妖樹の巨躯を両断した。 ●戦い終わって 「作戦完了!」 ざっくと大剣を突き立て、フランシスカが額の汗をぬぐった。 「こいつだってきっと、こんなのは望んでなかっただろうしね」 それはそれで不憫と思い、主な幹や枝を埋めてやったのだが、はっきりいって戦闘以上の重労働だった。もう薄暗闇が忍び寄る頃合いだ。手伝わされた雪佳と侠治はその辺の根に力なく腰を下ろし、ふうと空を仰いでいた。 「枝の一本でも持ち帰れないかなぁ。アークの敷地内に植林したらおもしろそう☆」 埋め残った枝々を見て、なんとなく名残惜しそうにエーデルワイスが言った。 「そんなとんでもないこと言わないで」 淑子が苦笑しながらたしなめた。屈みこんで、何かを丁寧に掘り起こしている。荒廃した地で懸命に生き残った、小さな花だった。傷つけないよう掘り出したそれを愛おしげにそっと撫で、遠くの元気な土に移し替えてやる。 「一応、大丈夫みたいだな」 一周して生き残った木々を見回ってきた義衛郎がいった。念のためひよりを伴って確認してきたのだが、どの木にも革醒現象の兆候は見られなかった。 「いつかここが、以前のようになるといいの」 ひよりがぽつりと言った。 アガーテは頷く。枯れ朽ちて炭のように痩せそぼった樹皮にそっと指先を触れた。声は聞こえなかった。でも、この土地の木々はもう痛めつけられることもない。すぐにとはいかなくとも、いずれ芽が出て若木が育ち、草花も元の姿を取り戻すだろう。 「どうか静かに、眠ってくださいまし」 新たに芽生える彼らの子達が、また元の豊かで平穏な生を謳歌できることを祈って、その場を後にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|