●猟犬の狩り 林に現れたエリューションを倒して帰還する。 当初はそのような比較的簡単な任務だったはずだ。だが、緑溢れる林は血に濡れていた。今や状況は阿鼻叫喚。帰還はおろか、撤退すら難しい事態になっていた。 『大変だ、誰かっ! 誰か応答してくれ!』 アーク本部に繋がれた通信は、新米リベリスタ達と共にエリューション退治に向かった『ジュニアサジタリー』犬塚 耕太郎(nBNE000012)からのものだ。切羽詰まった様子で叫ぶ少年の背後からは、激しい戦いの音が途切れ途切れに響いてくる。 『戦闘中二変な奴らが乱入して来たんだ! くそっ、皆がやられてく……! とにかく増援を頼む!』 通信を受けた者が問う暇もないまま、少年は矢継ぎ早に告げた。 彼の口から語られた事実を聞き、わかった、と告げたフォーチュナは動き出す。この情報を他のリベリスタに伝えて出動させるべく、すぐさま手配を回す為に。 「皆、こっちに隠れるぜ!」 通信を切った後、少年達は林の深い茂みへと退避した。 既にほぼ全員が消耗しており、動く事すら困難な状態だ。耕太郎は怪我をした少女や少年の手を引き、息をひそめながら辺りの動向を窺う。 『探せ、奴らは未だこの近くに居る筈だぞ』 『くくく、逃げても無駄だッ! 早く愛しいマシンガンちゃんをぶっ放したいぜ!』 耳を澄ませば、遠くから自分達を探す軍人のような男達の声が聞こえた。粗暴そうな男の声の後に無作為に銃弾を打ち放つ激しい音が林に響き渡る。 「この状況は拙いよな、かなり」 少年は冷や汗をかきながら、傷に苦しむ仲間を見遣る。それなりに戦闘経験もあり、素早さを誇る耕太郎ひとりだけなら逃走は容易だろう。しかし、この場には戦闘や撤退に不慣れなリベリスタ――大事な仲間がいるのだ。 早く誰か来てくれ、と焦る少年は、先程に襲い来た軍団を思い返す。 数は全部で九人。 全員が黒い軍服に身を包んでおり、それぞれが機関銃を所持していた。その中でも“ディンドルフ”と“アイヒェル”と呼び合っていた二人が指揮を務めているらしい。残る七人は配下として動いているようだが、その誰もが中々の強さを誇っていた。 『足跡を探せば一発だ。……此方だ、アイヒェル』 『さすがはディンドルフ様だ。行くぜテメェら! 殺戮の時間、再始動だ!』 二人の声と配下達の足音が段々と近付いている。 もう遠くへ逃げ出すことは出来ない。このままではきっと、誰かが犠牲になってしまう。 どうすべきかと隠れている少年が思い悩んだ、そのとき――。 ●危機 アークからの緊急指令を受けた者達は現場に向かっていた。 仲間が何者かに襲われており、今も逃げ隠れながら戦場に留まっている。否、留まらざるを得ない状況に陥っている。そう告げられたリベリスタは今、緑の林を目指して急いでいた。 『――耕太郎から聞いた話では敵は九人。その中でも有力そうなのは二人。九人が全員、ライフルやマシンガンを持っているようだね』 現場である林に急ぐ者達へと、通信で情報を提供するのは『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)だ。元の依頼目的であったエリューションは、襲撃して来た軍服の男達によって、邪魔だとばかりに既に屠られている。 それゆえに、新たな目的は耕太郎を含むリベリスタを救出すること、となる。 『乱入した敵は――おそらく、『親衛隊』と呼ばれる奴らだ。タイミングよく交戦中に襲撃してきたのは多分、七派のどこかが彼等に情報を提供したからだろう』 襲撃されたリベリスタは消耗しているので、次に襲われれば命を落とす可能性もある。 敵は軍人らしく連携も取れており、主格にあたる二人は相当な実力者だと予想できた。そのうえ、彼等の持つ重々しい機関銃には仕掛けが施されているらしい。 『解析してみたけれど、敵の武器には自爆機能が付いているみたいだね』 自爆機能は秘密保持のためか、最後の抵抗目的か。 何にせよ厄介なことには変わりない。淡々と告げるタスクだったが、言葉の端には焦燥が交じっているようにも聞こえた。とにかく、今は絶体絶命の仲間の危機なのだ。切迫する状況を悟り、急ぐリベリスタは件の林に辿り着く。 『……着いたようだね。耕太郎達が隠れているのはその先の茂みだ』 通信越しに到着を確認したタスクは、仲間が潜んでいる場所の情報を告げ、通信を切る旨を伝えた。 そして、少年は皆の身を案じて最後の言葉を告げる。 『任せたからね。それから……君達も無事に帰還すること。それが今回の任務だよ』 通信が切れた後、吹き抜けた風が林の木々を揺らす。 顔を上げたリベリスタ達は林の奥に幾つもの気配を感じて身構え、地を蹴った。 目指すは仲間のもと。そして猟犬の凶行を止める為にも――今、力を尽くさねばならない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月31日(金)23:26 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●救いの手 聞こえる足音。放たれる殺気。絶体絶命の現状。 死すら覚悟する状況の中、隠れ潜む少年達の傍に幾つもの気配が近付いた。 「――!」 声を殺した悲鳴が出そうになり、少年達の表情が絶望に染まりかける。だが、その瞳に映ったのは駆け付けたリベリスタ――仲間の姿だった。 「耕太郎さん、お久しぶりやねぇ。元気しとった?」 『レッドシグナル』依代 椿(BNE000728)が開口一番に聞けば、『ジュニアサジタリー』犬塚 耕太郎(nBNE000012)が安堵の表情を見せる。 「あ、アネキ……それに皆も!」 「おやおや、かわいい後輩連中を随分と嬲ってくれたらしいじゃないの」 傷付いた耕太郎や倒れている新米リベリスタ達を見遣り、『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は茂みの向こう側を見据える。その際、喜平は耕太郎の肩に手を置き、「頑張ったな」と労う。大仰な言葉は要らない。ただそれだけで気持ちは通じた。 だが、合流できたからとて危機が去ったわけではない。 再会や邂逅を喜ぶ暇もなく、敵はすぐそこまで迫って来ていることが分かった。 「ふむ、鼠の数が増えたようだな。気を抜くな、アイヒェル」 「了解したぜ。さぁて、どいつから蜂の巣にしてやろうか。やっぱり弱っちィ奴らからか?」 軍服の男達が訪れた事を察し、『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)が茂みから飛び出す。 「よう。親衛隊さん、だっけな」 敢えて挑発の言葉を投げかけた涼。彼に続き、他の仲間達も戦闘態勢を整えて敵の集団を見据えた。 戦争はもう云十年前に終わっているのにな、と涼は短く息を吐いた。『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は九人の軍人達を見据え、冷静に分析する。 「――此処までです。後は私達がお相手させて頂きましょう」 多くはないだろう連れて来た戦力を有効に使い、正面から戦わず弱い所から崩し疲弊を狙う。それは十二分に立派な戦術だ。仮にも大戦を経験した元軍人集団、という所か。 ユーディスは独り言ち、警戒しながら神の加護を仲間達に与える。それと同時に主格の二人が指示を出し、配下軍人達が銃を構えた。すると銃弾が茂みを薙ぎ払い、視界が開ける。 それを合図にしたが如く、途端に始まる戦い。辺りには緊迫した空気が流れる。 「どうやら貴様らは手馴れの者らしいな」 ディンドルフがこちらの戦力を推し計るように、視線を巡らせた。『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)は不敵な笑みを返し、魔力を紡ぎはじめる。 「今時、軍人なんて亡霊にも程があります。ばかばかしい」 背後の弱ったリベリスタ達を全員助ければいいじゃないですか、と強気に出た海依音から閃光が解き放たれ、軍人達を眩く包み込む。 だが、戦いに動いたのは軍人達も同じ。 打ち放たれる銃弾が涼や椿を貫き、『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)にも衝撃と痛みを与えた。 「時代錯誤にもほどがあるが、そんな事は言っていられないな」 今は、この危機を乗り切らなければならない。 義弘は耕太郎達を庇うような位置を取りながら、全身を光輝の力で覆った。身体に漲る守りの力は義弘の防御を更に堅牢なものへと変え、護る為の戦いに相応しいものになっていく。 おかえり、ただいま。 仲間達には、そんな当たり前のやりとりが待っているはずだった。それなのに、疲弊した所を狙うだなんて。『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)には、親衛隊のやり口が到底許せなかった。 「待ってる人のところに、みんな無事に帰るの。もう少しだけ頑張って!」 詠唱から息吹を発動し、背後の仲間ごと癒しの風で包み込んだひよりは、懸命に力を揮う。 その間にもディンドルフとアイヒェルが銃弾を打ち放ち、此方を屠ろうと動いた。 「ひゃは! 増援が何だってんだ。俺のマシンガンと、ディンドルフ様のライフルで全て撃ち貫いてやらぁ!」 「……戦い急ぐな。奴らは侮れん」 息が合っているのかいないのか、二人の遣り取りを聞きながら、『糾える縄』禍原 福松(BNE003517)は飛んできた銃弾を何とか回避する。当たれば一撃で相当な体力が削られそうな銃弾は、新米の仲間にとっては致命傷にもなるだろう。 それゆえに、決して背後にまで届かせてはならない。 福松は人の国に土足で踏み入り、あまつさえこうして荒らし回る親衛隊達を強く睨みつけた。 「随分な事をしてくれるな。人種がどうとかオレにはよく解らんが、ケンカを売られているのは理解した」 そして、福松は神速の連射を解き放つ。 銀のアサルトライフルに焔のマシンガン、ならばさしずめ福松は無頼のリボルバーと言った所だろうか。 銃弾には銃弾を。悪意には、それなりの態度で以て返すべく――。始まりを告げた九狗との戦いは激しく、幾つもの銃声と剣戟の音色で満たされた。 ●訪れる死 戦いが巡る中、傷付いた仲間達は怯え、疲弊しきっていた。 「もう駄目……動けないよ」 「僕達はここで倒れちゃうのかな……」 「そんなこと言うなよ! あと少しだから頑張れ!」 海依音から告げられた通り、耕太郎は仲間達を鼓舞し、励ましている。しかし、言葉通り動けない者も多く、避難は困難を極めると思われた。ぎりぎりまで少年達の傍に付いていた椿は、耕太郎に笑みを向ける。 「最近会えてへんくて、うち寂しかったわぁ……。また近々一緒に遊びに行こな!」 「アネキ、今はそんな事を言ってる場合じゃ!」 「遊びに、行こな」 「あ……! おうっ、勿論だぜ!」 慌てる耕太郎だったが、椿が敢えて今そう告げているのだと気付き、明るい笑みを返した。 日常に帰る為にも約束をする。それが椿の心情だ。 負傷リベリスタの撤退は耕太郎一人に任せることに決め、椿は戦場へと意識を向ける。そして、彼女は憎悪の鎖を解き放った。 その合間にも攻防は巡り、涼や福松が果敢に応戦していた。 銃弾は一人ずつを狙っており、研ぎ澄まされた一撃が何度も喜平を襲う。 「なかなかだな。覚悟しとけよ敗残兵、勝手が出来るのもこの時までだ」 だが、喜平とて一撃ほどでやられるほどヤワではない。得物を振るいあげ、旋回させた彼は激しい烈風を巻き起こす。比較的、前に出ていた配下達を捉えた烈風は猛威を振るって炸裂した。 出来る限り向こう側からの射線を木々で防ごうと動く喜平だが、それはややマイナスに傾いてしまう。 敵からの射線が途切れれば、こちらからも攻撃はし辛くなる。遠距離からの奇襲でもない限り、自分だけが有利になれる位置取りは存在しないのだ。 だが、戦況は悪くはない。 主格二人からの銃撃の衝撃は大きく、狙いは一点集中になっている。だが、ひよりが攻撃を受けたひとりずつの癒しに回ることで、削られた体力もカバーすることが出来ていた。 「かしこく忠実な猟犬さん、でも元気のない子にしか牙を剥けない弱虫わんこなのね」 ひよりも慣れない挑発を紡ぎながら、敵を自分達だけに引き付けようと狙う。 「テメェ、ガキのクセに生意気な口を聞きやがって!」 その作戦は血の気の多いアイヒェルには有効だ。だが、上官のディンドルフは挑発になど乗らず、淡々と状況把握をしようとしていた。 「どうやら三人ほど逃げ遂せたようだな。作戦移行だ、落ち付けアイヒェル」 「はっ、いけねぇ! おい、聞いたかお前ら、作戦ツヴァイに変更。抜かるなよ!」 上官から指揮が下され、配下達が動きを変える。 攻撃方法はそれまで、一点集中だった。義弘は何かが来ると感じて身構え、背後を気に掛ける。しかし、それ以上に引っ掛かったのはディンドルフが発した“三人”ほどが逃げたという言葉だった。 (三人……? 負傷者は五人だったはずだ) そこで、義弘は気付く。 撤退は耕太郎に任せている。だが、避難を担うのは耕太郎たった一人なのだ。負傷者には動けない者もいた。それら全員を少年一人が一度に抱えていくことは不可能に近い。 「いけません。誰かが手伝わなければ、全員を一度には動かせません――!」 「皆、背後を庇え。そうじゃないと危ない! お前らも逃げろ、今すぐにだ!」 ユーディスと涼が気付き、呼び掛けたときには、僅かに遅かった。 「う……逃げ、なきゃ……」 背後から、残ったリベリスタのうめき声が聞こえる。ユーディスや椿が彼等を庇おうと動くが、敵も同時に銃を構えた。そして、放たれたのは――全員に広がる魔力が籠った散弾だった。 「おお、奴らに提供して貰った銃も割といいじゃねぇか。ひはは!」 「ハッピーですか? それは重畳」 アイヒェルが配下達の銃を見遣って笑うと、海依音は皮肉を返す。そして彼女も咄嗟に動き、負傷者を庇った。それでも、戦場内と見做される場所に散弾が降り注ぎ、海依音ごと全員を穿つ。 「……っ」 ディンドルフが、アイヒェルが、そして配下達全員が全体領域の銃撃を打ち放った。その威力は、先程までの一点集中型よりもかなり弱いものだ。海依音達なら余裕を持って耐えられる。 だが、負傷者がそれらを受けたのならば――。 「いやあああああっ!」 悲鳴、否、断末魔が響く。福松が背後を振り返ると、彼と同年代らしき覇界闘士の少女が倒れていた。 戦場内に残っていたのは彼女と、デュランダルの青年とクロスイージスの女性だ。その二人は何とか耐えていたが、少女は既に手遅れだった。 「畜生、何てことしやがる!」 福松は奥歯を噛み締め、リボルバーを配下達に差し向ける。 死を悼む余裕はなかった。またいつ全体への攻撃が降り注ぐか分からない今、ただ戦い続ける事しかできない。福松の銃撃は敵を貫き、一人の配下がその場に崩れ落ちる。 それと同時に、敵が持っていた銃が爆発音と共に弾けた。 ●撤退と終結 軽い爆風が涼を襲い、衝撃が突き刺さる。 しかし、ひよりが仲間達に癒しを施したことによって倒れることは免れた。そこに戦場外へと負傷者二人を避難させた耕太郎が戻り、現状に目を見開く。 「そんな……嘘だろ」 「信じられないかもしれないが事実だ。今は堪えろ。そして、残りの者を頼んだ」 義弘は絶句する耕太郎に呼び掛け、青年と女性を託した。 少女の亡骸はそのままその場に置いておくしかない。少年は涙を堪え、残り二人を連れて戦場外へと駆けた。たったひとりとはいえ被害者が出てしまった原因は、避難誘導の手が足りなかったからだ。 後悔を覚えても遅く、義弘は歯痒い思いを押し込める。 そして、義弘は破邪の力を帯びさせた得物を振るい、敵の体力を大きく削った。それにより配下が地に伏し、涼がすかさず武器を蹴りあげた事で爆発は後方に押しやられる。 「爆発されちゃ堪らないからな」 「その通りや。さて……大事な大事な耕太郎さんや仲間を苦しめたんや、自分ら、覚悟できとるんやろな?」 涼の言葉に頷き、椿が再び鎖を解き放とうと身構えた。 耕太郎を含む五人が戦場外へと離脱した今、瀕死の仲間を救うという目的は達成した。相手側の配下は二人倒れており、他の者や主格達の気力も随分と消耗しているだろう。 「ち……他の鼠も逃げたのかよ」 舌打ちをするアイヒェルは忌々しげに此方を睨み返した。 このまま彼等と戦い続ける選択肢もある。だが、考えを巡らせた喜平は提案を投げかけた。 「まぁ抑えてよ。被害が出たのはお互い様。痛み分けって事で……今日は終いにしようよ?」 それは、戦闘中止を呼び掛ける旨だ。 片方は兎も角、上官の方は話が通じない相手ではないと喜平は察していた。此方に被害が一人、あちらも配下が削れている。ならば、この提案は悪いものではないはずだ。 「戦い続けるのならば、遠い異郷で死ぬ事になる、と思い知っていただきます」 ユーディスも半ば脅しめいた言葉を付け加え、容赦はしないと暗に告げる。もし交渉が決裂したとて、戦いを続行する覚悟はあった。しかし、任務だけで考えるならば、戦闘を止める理由も十分にある、とユーディスは考えている。 福松は心中複雑であったが、此処で自分だけが突貫するのが正解ではない事も知っていた。 ただ黙り込み、警戒を解かぬまま、少年は相手の出方を窺う。 「ふむ……」 被害と状況を鑑みているのか、ディンドルフはリベリスタ達を見渡す。 「マジで最後までやりあうのは次の機会にしようぜ?」 「ワタシ達も貴方がたを倒すのが目的はありませんので。神風特攻なんて馬鹿げた事は致しませんよね?」 涼が言葉の追撃に走り、海依音も続く。 暫しの逡巡。緊迫した戦場にひとときの静けさが戻り、一陣の風が吹き抜けた。 そして、敵上官が神妙に口を開く。 「相分かった。貴様らの提案を飲もう。撤退だ」 「そんな、ディンドルフ様! 俺は未だマシンガンちゃんをぶっ放し足りな……」 「アイヒェル。これは命令だ」 抗議の声を上げる青年だったが、上官が窘めることで彼は大人しくなった。その様子を見つめ、ひよりはぼんやりと本当の犬のようだと感じてしまう。 無論、撤退だと告げただけで彼等が不意打ちをしてくる可能性とてあった。 それはお互い様なのだろう。睨みを利かせた福松や義弘と、軍人達の視線は鋭く交差しあっていた。そして、互いに警戒は薄めないまま、両者はじりじりと後退して距離を取り合っていく。 やがて、木々や茂みで互いが見えなくなった頃、林から敵の気配が消えた。 「戦いは、終わったのね。でも……」 ひよりは瞳を伏せ、茂みの傍に倒れた少女へと近寄る。ようやく傍に寄ることができたが、そこにはもう温もりさえ残っていなかった。 ――守れなくてごめんなさい。助けられなくてごめんなさい。 自分達が来なければ、彼女達は全員が助からなかっただろう。それでも、駆け付けたからには全てを守り、救いたかった。少女の血塗れの手を取ったひよりは、零れ落ちる涙を止められなかった。 だが、確かに守りきった命もある。 アークに戻れば命を繋ぎ止めた他の者達と会う事も出来るだろう。耕太郎の心境や他の仲間が心配になった椿は仲間を促し、帰ろか、と踵を返す。 「卑怯なことしやがる。想像通りの敵だったな」 複雑すぎる思いを言葉の端々に込め、福松も帰還を決めた。 援軍に赴いたリベリスタ達の体に傷や怪我等はない。だが、燻ぶる感情だけは胸の奥に残ってしまった。 ユーディスはふと、軍人達が去って行った方向を振り振り返り、思う。 本当に彼等を撤退させて良かったのだろうか。敵兵を捕獲できるなら、本気で試してみるのも良かったのかもしれない。もしかしたら、自分達が勝利出来ていた可能性も有り得る。 そう思っていたのは喜平や海依音も同じだったらしく、過ぎ去った機会を少しばかり惜しく思った。 義弘は、彼等とはまたいつかで会う事になるだろうと感じ、決意を固める。 「次に会った時は侠気の盾の意地、見せつけてやるとしよう。奴等にはわからんかもしれんがな」 そうして、リベリスタ達は林を後にする。 其処が戦場であったなどと思えぬ程、辺りには穏やかな初夏の風が吹いていた。髪が風に揺られる様に不思議な心地を感じながら、涼は小さく呟く。 「……親衛隊、か」 不意に落とされた言葉は風に乗って消えた。 はじまりの事件はこの先、どのような事態に繋がってゆくのだろうか。今は未だ、何も分からない。 ●親衛隊の独白 ――同時刻、林の外。 軍人達は武器を下ろし、受けた傷や装備の被害などを確かめていた。 残った配下は五人。主格達は二人。これでは九狗を成せぬ、と上官が呟き、アイヒェルも眉間に皺を寄せていた。たかが配下ではあるが、小隊が欠けることは軍人たる彼等にとって避けるべき事だったのだ。 「しっかし、認めたくはないんだがよ。アイツら、かなり強かったな」 「あのまま戦っていたら我々がやられていたやもしれん。……矢張り、侮れんな」 おそらく、追い詰められていたのは自分達の方だ。 悔しさが巡らなかったわけではないが、ディンドルフは冷静かつ的確にリベリスタのエース戦力の恐ろしさを実感し、戦力比を確認した。 そして、彼は冷徹な声で決意を新たにする。 「だが、次こそ――我らの目的の為、奴等に甚大な被害を与えねばなるまい」 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|