●危険は上書きされる 三尋木凛子は不快そうだった。 「あんまり好きじゃあないんだよね。そりゃあかつての同盟国だけどさぁ。不甲斐ないったらありゃしない。お陰でこちとら酷い目にあったんだからねぇ。それなのに、今更どの面さげて……って思うじゃないか?」 お抱えのエステティシャンの施術に身をゆだねながらも、紅唇からはポンポンと文句の言葉が出る。 「それでは配島を戻しましょうか?」 いつも通り浅場の声は感情がこもらない。 「いや、予定通りにやっとくれ」 凛子が空いた左手で払う様な仕草をすると、浅場は一礼して部屋を出る。 「愛想のない男だねぇ。配島のおべんちゃらが恋しくなってきたじゃないか」 現場の汚れ仕事ばかりさせていたが、そろそろ戻してやろうかと凛子は薄く笑った。 「……了解」 彼は助手席で携帯電話の通話を切った。表情には出ないが不愉快そうであるのがわかる。上官の細かい機微を判る程度には、作戦行動を共にしてきている。 「少尉、配島なる者は信用しかねる輩です」 部下の言葉に彼はうなずく。 「然り……だが、奴は約定通り餌を撒きアークの魚が釣れるであろう。計画は予定通りだ」 「了解」 部下達の答えは唱和された。 ブリーフィングルームに現れた『ディディウスモルフォ』シビル・ジンデル(nBNE000265)は書類の束にちらりと目をやり、ふーっと息を吐く。深呼吸をしてから話始めるつもりのようだ。 「ボクが見た危険を話すね。ノーフェイスの消去任務に出たリベリスタ4人が外国人の集団に襲撃される光景だよ」 襲撃者達は皆大柄な外国人男性で、黒い揃いの帽子と服を着用し赤い腕章をしていたという。 「服は銀色のバッチがあちこちについていて、腕の……赤いのには黒い地図記号がみたいなマークが入っていたよ。えっとね、お寺?」 シビルは書類の裏側にかざぐるまの様な絵を描く。勿論、それは近代世界史を勉強した事がある者ならば……また、軍事モノの映画や小説などを好きな者にとってもよく知られたとある組織を象徴するシンボルである。 「まさか……」 「いくらなんでも荒唐無稽すぎやしないか?」 ざわざわと否定的な声があがる。シビルはすぐに不満そうに頬を膨らませたあと、我ながら子供っぽいと思ったのかすぐに消けして話を続ける。 「ボクは嘘は言わないよ。でも信じてくれなんて無駄な言葉も言わない。何もしなければノーフェイスを削除した直後のリベリスタ達は襲われてきっと死ぬ。そういう罠だったのかもしれない」 シビルは書類の束を机の上に置く。詳細はそこに記されているのだろう。 「キミ達なら窮地に陥った仲間? 彼等を助けられるんじゃないかな? 助かられなかったとしても誰も責めない。頑張ってもダメなものはダメなんだし、そういう運命だったんだなって思うだけ。だから……どうするのか自分達で決めて」 期待しているんだかいないんだか……やっぱり少し上から目線な物言いでシビルは話を締めくくった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月09日(日)22:40 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●爽やかな朝に殺伐と…… 例えそこが眠らない街と称され、数々の仄暗き夜に冥き出来事を飲み込んできたとしても、幾時間毎には朝が来る。まだ始発電車も走らない明け初めたばかりの清々しくも静謐なる朝の、どことなく肌寒く感じられる微風の中……殺伐とした光景が広がっていた。 誰もいない都庁前の閑散としたスペースをべっとりと赤く染めた生臭い血の臭いが充満していた。 「……ど、どうして。僕は、何も、して、ないのに」 自らの血の海に沈むまだ若い男はそして長く息を吐くとそれきり吸い込むことはなくこときれた。世界に愛されなかった哀れなノーフェイスの末路としてはごくありきたりなものであったけれど、その場にいたリベリスタ達は神妙な面もちで引導を渡した相手を見つめていた。 「終わったか」 「うん」 短い言葉のやりとり。 「何回やってもあんまり気分のいいものじゃないね」 最年少らしい少女が言う。と、その時だった。突然甲高いブレーキ音をたてて黒いワゴン車が乱暴に歩道に乗り上げ停車した。リベリスタ達が振り向くと、4つのドアとリアとリアゲートからワラワラと黒い服の男達が駆け寄ってくる。 「気を付けろ!」 最年長の男が言った。隠そうともしない黒服達の臨戦態勢と殺気に戦闘を終えたばかりのリベリスタ達が身構える……けれど、やはりその動きに精彩は感じられない。 「フォアヴェァツ!」 最も美麗な銀の装飾を施した男の声に5人の男達は無骨な銃剣を構え、突撃してゆく。 「さて、ちゃんと来てくれるのかな?」 都庁と新宿中央公園とを結ぶ陸橋の欄干に気怠そうに上体を預けたまま配島は言った。その様子は眠そうだった先ほどまでとは全く違う。彼の願いは叶うのか? 4人の銃剣での突きで致命的な傷をなんとか回避したリベリスタ達だが、更に敵後衛からの砲撃に見舞われる。 「まずい!」 思わず身構え衝撃に備えたリベリスタ達。だが、数秒すぎても何も起こらない。 「世話の焼ける連中だな、まあ手は貸してやろう」 思いがけない声と共に現れたのは味方だった。モノクルを掛けた白絹の髪を朝風になびかせ、優しいとも冷淡ともとれるオッドアイのの青年の声が聞こえた。 「うっ……」 砲撃の構えのまま黒服が動かないのは、その『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)が放った気糸に絡め取られているからに他ならない。と、同時にあれほど重く鈍い全身の痛みが嘘の様に消えている。 「その痛みを癒し、枷を外しましょう……」 長く揺れる銀糸の髪と猫の肢体。いつの間にか力の効果範囲内に『フリアエ』二階堂 櫻子(BNE000438)がいて、いと高き存在へと詠唱と引き替えに癒しの息吹を顕在化させていたのだ。 「……オッドアイラバーズだ」 最年少の少女が言う。おそらくはアーク本部で見かけた時にこっそり名付けていたのだろう。 連続攻撃が不首尾と終わったとみるや、黒服達は最後尾の指揮官からの指示により3人が前衛2人が後衛となる布陣に変わる。重い銃剣のランチャー部分を仲間に投げて身軽となった黒服の1人を黒よりも更に冥い……漆黒のコートを鴉の羽の様にひるがえす金髪の男が立ち塞がる。 「悪いな、後ろに行かせるわけにはいかないんだ。暫くは俺と踊ってくれ」 敵を翻弄するかのような戯れ言を口にしながらも『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)は一瞬前までなかった筈の二振りの剣を振るう。 「うっ……」 反射的にのけぞる黒服の鼻先をかすめた刃は触れてなくとも、空を裂く威力に風が震える。 「なんだ、もっとヤバい奴かと思っていたが……噂なんてあてにならないなぁ」 年かさの男が呟く。 「それより……ほら、あれが『てるてる坊主』だぜ」 別のリベリスタが男の袖を引く。その言葉通り、視線と指先が示す先には得度し法体となった様な姿のリベリスタが幾重にも張り巡らせた呪印の力でもう一人いた敵前衛の進路を阻む。この場にいたリベリスタ達はその特徴のある外見をした男を知っていたが、強襲された味方の鼓舞を図るためか『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)は名乗りをあげる。 「アークの焦燥院フツだ! 霧島や神城、天城達もいる。助けに来たぞ!」 「……フツ?」 敵陣最後尾の指揮官らしい男が首を傾げる。 「よ、いざとなったら庇うから俺と一緒に下がってくれや」 「……霧島だ。うぉ、生霧島じゃん」 「なまって……」 思わず汗をかいている顔文字入りで台詞を吐いてしまいそうな気分になった……と、思いつつも表情には出さずに良い笑顔のまま『殴りホリメ』霧島 俊介(BNE000082)はまだ怪我の残るリベリスタの若者に肩を貸し後退させる。 「敵は戦を生業とする者達と聞きましたが私達に驚いているみたいです。今なら後退出来ます」 短い時間ながら注意深く味方の様子と敵の動向を観察していた『風詠み』ファウナ・エイフェル(BNE004332)は……それとなく周囲にも注意を向ける。情報によればこの戦場を見物出来るどこかに三尋木のフィクサードが存在している。 「ハイ。アークの増援だ。ちゃんと生きてっか? 大丈夫、お前らもあたしらも誰も死なせねえよ。だから自分の身ィしっかり守りながら、早く逃げな」 言うだけ言うと返事も待たずに『孤独嬢』プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)は黒革の魔術書を手に攻撃を繰る。鋭く空間を渡る気糸の先が敵後方の指揮官を狙って……しかし、いともあっさりとかわされた。 「軍事オタクのコスプレ……ってわけじゃねぇみたいだな」 くせのあるアッシュブロンドの少女は年齢や性別からはギャップのある仕草で不快感を表現しつつ言う。 「お仕事お疲れ様。さあ、お家に帰ろう!」 言葉と同時に『◆』×『★』ヘーベル・バックハウス(BNE004424)の力が働き、その場のリベリスタ達全員の背に小さなおもちゃの様な羽根が出現し、ふわりと地面を蹴って空へと浮かぶ。 アークの増援リベリスタ達はあっと言う間に黒服達の強襲によって絶体絶命の窮地に陥った味方をサポートし、その全てを安全に戦場から脱出させつつある。 「みんないいコ達だよね。誰か1人でもスカウトして帰ったら、三尋木さん喜んでくれるかなぁ。でも、三尋木さんのお気に入りになっちゃったら僕、捨てられちゃうかもだしなぁ……コンクリドラム缶の定番スタイルとかで」 猛禽の目で戦場を視る配島は視線を黒い軍服姿の者達へと向ける。 「さて、三尋木さんは嫌ってるみたいだけど……あっちの人達はどうするのかな?」 そんな招かれざる観覧者がいることを知っているのかいないのか。明らかに欧州系の外国人とおぼしき白人の男達は、最初こそ不意を付かれた形となって獲物であるリベリスタ達4人を奪取された。しかし動揺はなくすぐに指揮官の指図に従い陣形を立て直して戦闘を仕掛けてくる。何を言っているのかは早口な異国の言葉でわからないが、味方の避難で一時的に人数の少ないアーク側は余裕のない戦いを強いられる展開となる……筈であった。しかし戦いとはセオリーのみで動くモノではない。 「よけろよ、焦燥院!」 世間話の様な軽い口調で短く言うと、涼の周囲を漂うダイス達が爆花を咲かせたまたま不運であったのだろうフツと対峙していた敵を飲み込む。 「うぉっ」 半歩後退したフツの視界の端で更に術式は完全なる成功となってもう一人の敵前をも爆花の贄となり……華麗なる爆裂の花に抱かれ身体を四散させて惨死する。それがこの戦いの最初……いや、名も無きノーフェイスに続く2人目の犠牲者だった。 それでも戦いは終わらない。 「私がここにこうしている限り、どなた様の好き勝手も許しませんわ。私はアーク所属のリベリスタであり、癒し手です」 風にも耐えぬ楚々とした風情でありながら、櫻子は凛としたたたずまいで味方の戦線を維持する要としてそこのいる。それだけで、櫻子を愛する世界の力が彼女と一体となりその力を更に強く高めてゆく。 「次はあんただ、隊長さん!」 やや法衣を乱しながらもフツの呪印が指揮官たる敵のリーダーへと展開する。けれど今度は上手く縛がかからない。 「……部下の死より自分自慢か」 なんとなくどや顔の敵にフツはそれほど困った様子ではないものの、頭を掻きながらぶつぶつと呟く。 「先に行け」 手荒く味方を道路側へと押しやると櫻霞は敵の遠隔攻撃をあえて受け止める。守るべき者がいる以上、他へ被害を出さない為にはそれが一番確実だった。 「……大差ない」 漆黒のコートに新たな血色が加わったとしても、大河に注ぐ一滴の水如しだ。伝う血は白いタイルに1つ落ちる。 「後は任せろ。仲間殺しに来た奴等は俺等が仕返しする」 用意していた車に押し込むように乗せると俊介は有無を言わさずドアを閉める。 「あとはマイヒーロー達に任せて。お疲れ様、ヒーロー」 へーベルは帽子を取りぴょこんとお辞儀をすると、ばいばーいと大きく手を振る。 「これであとはあの軍人さん達だね」 「そう……こっからはスーパー仕返しタイムだ」 「わーい!」 へーベルと俊介は急ぎ足で引き返す……勿論飛びながらだ。 「大丈夫そうですね」 敵からの射線を遮る様にゆっくりと後退していたファウナは最も戦場に近い。すぐに空中で器用に身を翻した。後は追撃を断念させるほどの火力が要る。 「仲間を傷つけようとするならば、容赦はしません」 突如、雲ひとつない夜明けの空から火炎弾が豪雨の様に降り注ぐ。それも黒服達が陣取る都庁前広場の北側だけだ。それらは互いに激しく炸裂し激しい衝撃に今や4人の黒服部下達は打ちのめされ、反動で指揮官の足下近くまで吹き飛ばされる。 「すげぇ……」 この時、逃走中のリベリスタ達は車内からその場を目撃し異口同音に感嘆の声をあげ、動揺に陸橋欄干に座るフィクサードも身を乗り出しすぎて落下しそうになっていたが……そんな事は戦いの最中にある者達には知るよしもない。 「なんだ、誰もくたばってねえのかよ。意外と頑丈じゃねえか」 パッと見お洒落さんに見えた黒服はすっかりボロくなっていたが、それでもファウナの攻撃に気絶することもなく部下達が起きあがってくると、プレインフェザーは悪態をつきつつも瞳を輝かせる。 「あたしの攻撃も食らわせてやるよ。遠慮はなしだぜ」 白い髑髏の刻印を持つ書を手にしたプレインフェザーの全身から気糸が伸びる。それは今起きあがったばかりの敵の傷口をえぐるようにと命中し、たまらず野太い悲鳴をあげて堅いタイル張りの地面に激突してゆく。けれど指揮官の回復術が発動すると、部下達はまた立ち上がり、無骨なランチャーを肩にかけ一斉に遠隔攻撃を仕掛けてくる。比較的距離の短い場所にいたフツと涼、そして櫻子が重火器の標的となり地面に転がる。だが、すぐに癒しの息吹と福音の2つの力が傷ついた身体を瞬時に甦らせてゆく。 「みんな無事か? 生きてるよな」 「大丈夫、ヒーローは死なない!」 俊介とへーベルが合流する。 「勝手に殺すな!」 「決まっている。俺はまだ死に神の招待に乗る気はない」 「私がいるのに死人など出しませんわ」 フツと涼、そして櫻子も軽やかに立ち上がり反論する。 「……うむ」 指揮官である小洒落な銀の装飾が施された黒服の男は困惑気味に小さくうなった。これは当初の予定とは随分と異なる展開だった。標的であるはずの疲弊したリベリスタ4人は戦場を離脱し、残ったのは明らかに自分達の存在を知り撃退するために出撃した戦士達だ。そして地理に暗い自分達が今から退却したリベリスタ達を追尾するのも難しい。つまり……この作戦は失敗に終わったということなのだ。 「時代遅れの軍人風情が……」 櫻霞の一斉掃射の激しい音が呆然となったかのような指揮官を我に返らせた。早口に何事かを命令すると、部下達4人は打ち捨ててあった剣を指揮官へと投げてよこす。 「やああぁ!」 掛け声もろとも4つ、いや6つの剣がやり投げの要領で投げつけられる。 「危ない!」 プレインフェザーはやりの射線上にいるファウナへと飛びつき一緒に転がる。堅いタイル張りに思いっきりぶち当たって体中のあちこちから痛みがあがる。しかしそのたった今までファウナがいた空間を6本の剣が空を切った。もしそののままファウナが立っていれば大きなダメージを被ったのは間違いない。 「やらせるか!!」 涼が双刀を振るいかけて……けれどそこに敵はいない。軍隊ならではの姿勢の良い全速力で撤退してゆく黒服達の姿はすぐにワゴン車の中に消え、タイヤ音を激しく響かせながら急発進してゆく。残ったのはノーフェイスと黒服1人の死骸だけだ。 「なんとも潔い撤退だな。こういうのをいっそ清々しいというのだろうが……躯を残していったのは感心せんなぁ」 フツは懐から数珠を取り出し、命果てた2つの遺体に短い読経を口ずさむ。 「深追いはしなくていいんだよな」 プレインフェザーはうなずく涼を見る。 「先ほどの4人と合流して帰還しましょう」 ファウナはもう一度周囲を注意深く見回しながら言う。敵の残党はいない様だしフィクサードの姿もない。 「最近多発してるリベリスタ狙いは何かの交渉材料か? それとも……」 「あぅ~……どっと疲れましたですぅ~……」 煙草に火をつけようとした櫻霞だが、その隣で櫻子がへたり込むと手にした全てをポケットに戻して手を差し伸べる。 「マイヒーローの活躍は終わりました。お家に帰って朝ご飯……それとも本部で報告かな? マイヒーローは頑張るよぉ!」 疲れた様子も見せずへーベルは楽しそうにスキップをしながら翼の加護を使う。そろそろ初電の時刻も迫っている。撤収の頃合いだった。 「あ、そうだ。配島サァン! 非常に厄介な案件連れてきてくれて、ありがとう! 気をつけて帰れな」 何処にいるのかわからない変な人へと大声で手を振ると、俊介もまた戦場を後にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|