●赤熱の逆鉤十字 月すら姿を隠す新月の夜闇。都会のビルの上にあるのは7人の影。夏も近づき、蒸し暑さの増してきた日本の夜には不似合いな姿をしていた。 統一された漆黒の軍服、夜闇にも浮く紅蓮の逆鉤十字の腕章。そして各々の手に持つ、いかな軍隊にも属さぬ特異な姿をした銃火器。否、ただ一人、胸元に勲章のついている男の手に持つ機関銃だけは、かつて第三帝国で使われていた主力機関銃に酷似していた。 男達はその機関銃を持つ男の両脇に左右対称に控え、眼下の狭い裏路地で戦闘行動中の一団を見やっていた。それらはエリューションと呼ばれる存在を狩っている一団。激戦の末、満身創痍になりながらも一人も欠けることも無く、それらを制圧してみせた。錬度の高い集団である、と機関銃の男は深く頷いた。 「少尉、あれが例の集団のようですが」 「うむ、良い戦士だ。慢心を以ってすれば手傷を負うのも納得だ」 真っ白な手袋で自らの顎を撫で、わずかに顔を上げる機関銃の男――少尉は40代くらいだろうか、頬に大きく刻まれた火傷のような傷跡と、白髪交じりの金髪が特徴的である。どれほど戦を交えれば、落ち着いた、静かに響く声が出せるのだろうか。 少尉は静かに、時を待つ。戦闘が終わったと、談笑を始める眼下の目標を。最も油断し、一度の襲撃で確実に刈り取れる瞬間を。武器を下ろし、後始末のための連絡を始めるその時を。 そして、厚い雲が星空を覆った頃。その静かな声をゆっくりと分隊員に声をかける。 「よろしい、紳士諸君。狩りの時間だ――獅子が兎を狩るように、やれ」 7人の影は一斉に、漆黒の空を背に跳び上がった。 ●護り手 「緊急事態よ、疲弊したリベリスタを狙った攻撃が発生しようとしている。これから指定する座標にすぐに移動して、救出して欲しい」 夜中に突然の召集を受けたリベリスタ達の前で厳しい表情を浮かべるのは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)であった。一度しか言わないからよく聞いて、と頷いたイヴは口を開く。はっきりと、手早く、確実に。 「首謀者は『鉄十字猟犬』リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイターという男。攻勢の方法はいたってシンプル。疲弊した兵力を叩き、総数をそぎ落としていくゲリラ戦よ。相当数の兵員が運用されているようだけれど、今回の座標で襲撃を行うのはたった7名の分隊」 それが8人の、仲間の命を簡単に狩るというのだ。 「敵の詳細なデータはこの資料にまとめておいた。道中に目を通して。ただ最も警戒すべきは、敵はこういった戦闘に精通している以上、かなりの精鋭であること。そして少なくとも、周辺一帯の地図の暗記、下見、を終わらせている。だから状況を上手く使ってくると推測できる。あと朗報としては、彼らは戦力を失うことを嫌う、撤退してくれる、ということね」 ひとしきり、そう伝えるとリベリスタ達に資料を渡し、イヴは全員とゆっくり、それぞれ目を合わせる。 「覚悟を決めて。今、貴方達の手に一つの運命が握られている」 強く、そう伝えると。彼女はリベリスタ達を送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:春野為哉 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月31日(金)23:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●引き金 寂れた路地裏の長い一本道、そこは当初、エリューションを逃がさない為にリベリスタ達が選んだ場所。当初の予定通り彼らは挟撃し、見事撃破した。そして彼らは談笑し、この場を離れ、勝ち取った一時の平和を味わう、はずだった。 「なっ……!」 その内の、今回指揮を取っていた若いリベリスタが驚愕する。漆黒の影が七つ、音もなく降り立つ。気配だけでわかる、今自分達が死力を尽くして倒した敵など比較にならない者達であると。 闇の中で一人だけ、勲章が違う金髪の男が銃を持っていない片手をあげる。金属音、一斉に構えられる銃口。その動きがいやに遅く見える。覚悟を決めなければならない、彼らがそう身構えた時だった。 「こっちに走れ! 死ぬ気で走れ! 死にてぇのか!」 特徴的なマスクをつけた『ヤクザの用心棒』藤倉・隆明(BNE003933)が壁面を駆け上がりながら、リボルバーを撃ち、威嚇しながら路地裏に突っ込んでくる。一瞬にして全員の視線が集まり、硬直した保護対象のリベリスタ達が目を覚ましたように動き始める。 「ここは任せて退いてくれ!」 更に簡易飛行で飛び上がり、保護対象達の頭上を越えて『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)が割って入る。射線を遮られた。すぐさまそれを理解した漆黒の服を着た男達はトリガーを引く。 「セコい手を使うじゃないか! 思い通りにはさせない、変身!」 弾丸の雨が降るのと、疾風が装備をまとうのは同時だった。辺り一帯が電飾で照らされたかのように激しい火花が咲き乱れる。 「傷の深い人は言って! 君達を狩らせたりはしないよ!」 「誰も死なせませんよ! 安心してください!」 更に後ろから『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)と『振り返らずに歩む者』シィン・アーパーウィル(BNE004479)が続き、回復の準備はある、後ろは気にするなと伝えながら退路を確保する。唐突な四人の登場に、助かると口々に言いながら保護対象のリベリスタ達は、痛む体を抱えながら一斉に逃走を開始する。 「少尉、これは」 「うろたえるな、情報より向うが早かった、それだけのことだ」 「でも貴方達が最初に言った、獅子が兎を狩るのが慢心じゃないかしら?」 少尉達の背から声がかかる。紫色の髪がふわりと揺れて、『マグミラージュ』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)の指先から爆音とともに雷光が放たれる。男達の服の裾が焦げ、わずかにうめき声があがる。 リベリスタ達の選んだ作戦は、奇しくもまた挟撃であった。二班に別れ、片方が撤退を支援している間にもう片方が注意をひきつける。通路に防衛線を形成するのに三人で十分である、ということから選んだ最善の選択だ。 保護対象を撤退させる側に疾風、隆明、シィン、ヘンリエッタ。逆側にソラ、奈々子、ティエ、沙羅という構成になっている。 「覚悟してよね、ここは敵地のど真ん中。ついでにボクは喰らいついたら離さないよ」 「更に言うなら私は謙虚だ、友軍の撤退を完璧に成功させ、お前達を敗北させるだけでいい」 『デストロイヤー』双樹・沙羅(BNE004205)が懐中電灯で周囲を照らしながら鎌を抱えてソラの脇を駆け抜け、手近に居た男に全力で斬り付ける。激しい金属音、銃で受け止められる。その逆側を『白銀の鉄の塊』ティエ・アルギュロス(BNE004380)が同様に躍り出る。 「鮮やかな布陣だな、感心するよ。そして手厚い歓迎に感謝する」 目標である敵戦力の減衰、それが一気に困難となり、それどころか自分が網に捕らえられた状態でもなお、少尉は余裕の表情を崩さず。顎をゆっくりと撫でる。 「ではあらためまして、ようこそ日本へ。義によって一応歓迎するわ、劣等似非紳士諸君」 その眉がわずかにしかめられる。それは『上弦の月』高藤・奈々子(BNE003304)の行為によるものだった。彼女の手に持たれて居たのは綺麗に印刷されたヒゲの伍長の写真。それを少尉の視線が向いた瞬間。これみよがしに引き裂いてみせたのだ。 それは、誰からどう見ても、完璧なまでの宣戦布告であった。こうして星一つ見えない深淵の路地裏で、戦争は始まった。 ●ライフリング 「第一射、目標逃走者、三点射、構え」 奈々子の挑発に構うな、と言うように少尉は冷静に戦闘の指揮を下す。わずかな言葉で一斉に男達の動きが効率化され、攻撃能力の上昇を感じさせる。場慣れした指揮官はこれほどか、と奈々子は心中で舌打ちをする。 少尉を中心に布陣し、保護対象側に立っていた三人が一斉に発砲する。対象は逃走する保護対象。しかしその射線の一つは金剛のように身を固めた疾風が遮り、強烈な衝撃に肺を押しつぶされながらも踏ん張ってみせる。残りの射撃が保護対象に当たるが、致命には至らない。 「大丈夫か!」 「心配はいらない、だから早く!」 直撃を受けた疾風に保護対象のリーダー格が声をかけるが、平気だと笑ってみせる。ソレは強がりでもなんでもなく、勝利と守護への確信を持っている笑みだった。ありがとう、と小さくつぶやいて。今度こそ彼らは振り向かず、走り始める。 「今の、かっこよかったですよ」 「私は思ったことをそのまま言っただけだよ」 シィンが笑顔を見せ、つられて疾風も笑う。深淵を祓うというように、傷を埋める天使の歌は、保護対象達にとってどれほど心強いだろうか。シィンの歌声に後押しされるように、彼ら全員はリベリスタ達の後方への移動を完了する。あとはこの道を塞ぎ、彼らが抜けるのを待つばかりだ。 「さぁ、本番だよ」 それを理解し、一本道の通路を塞ぐようにヘンリエッタが踊り出す。弓につがえた矢が魔力の炎を纏う、魔弓が軋むほどの力を込められた矢は、彼女の指が驚くほど優しく解き放つ。 轟音、爆炎、漆黒の軍服を焼き尽くすと言わんばかりに炎の矢は炸裂し、男達を打ちのめした。その内二人が派手に吹き飛んだが、それはヘンリエッタ側に居た男達で、陣形を崩すには至らなかった。 「本番料金は高くつくぞ犬っコロ、ええ?」 更に追い討ちの隆明の射撃、言葉の荒さとは裏腹に、正確に急所を射抜く射撃は当初の予定通り、指揮官である少尉を狙う。しかし少尉は体をわずかにずらし、直撃を避ける。簡単に押し切れる相手ではない、と直感する。 「狩りは自分の家の庭だけでやってればよかったのよ」 攻撃の時と判断したソラの雷撃が再度通路を満たす。男達を撃ち抜くが、まだ確かな手ごたえには遠い。その漆黒の軍服には、お行儀のいい狩りだけで染み付いた血だけではないというのは明白で。ゆっくりと肝を据える。 「どうした、私はこのままお前達が情けなく時間切れになるのを待ってもいいんだが?」 「劣等人種には時間の概念すら持ち合わせないから言っても時間の無駄よ」 奈々子とティエが軽く嘲笑ってみせる、心音を一撃で高鳴らせる辛らつな言葉に、六人居た部下の内三人の視線が、ティエに二人、奈々子に一人向けられる。少し足りないが予定通り、敵の足並みを乱し始めている。 「第二射、目標は私に合わせろ。構え」 少尉の眼光が炎の中光る、構えた銃口がソラ達の側に向けられる。警戒の言葉を誰かが発するより早く、トリガーが引かれる。アーティファクトから圧倒的な量の散弾が放たれ、狭い通路を埋め尽くす。しかしそれは本命ではない、不可視の刃が範囲内に出現し、四人を切り裂く。大量の出血、先ほどまでの余裕を裏付ける苛烈な攻撃。 「う、そ……」 致命的な一撃を受け、驚愕の表情を浮かべたのは、沙羅であった。銃弾をまともに受けたところに追撃の不可視の刃、受けることさえままならなければ、深手を負うのは必然である。ソレを瞬時に判断し、冷静さを保った三人の男の銃口が向く。 間に合え、その思いを込めてソラが歌声を上げる。その歌は沙羅を、四人の傷を埋めるが、足りない。再び降り注いだ銃弾の雨の前に。沙羅が膝をつき、血の海に沈む。 追撃が不可能であれば、目の前に居る獲物を狩るのみ。未だ不利な状況でありながら戦意を喪失する気配は、男達にはまだなかった。 ●撃鉄 戦局はたった一撃で傾いた。回復手を多く用意していたことが幸いし、集中攻撃を受けてもほぼ即座に復帰が可能な体勢にしたことは、リベリスタ達にとって正解であり、挑発もまた必倒を避ける有効な手段である。しかし一撃で大量の血と、圧倒的な力量を見せる少尉相手に、このまま戦ってもジリ貧。であれば保護対象の撤退が終わった以上当初の予定通り、とリベリスタ達は互いに頷く、狙うぞと。 互いの血が炎で、雷で炙られ、焼かれ、照らされる中。戦争は続く。 「ここは謙虚にガードを固める。後を頼む!」 ティエが剣と盾、その両方を使い、倒れた沙羅をかばいつつ防御の構えをみせる。数度の挑発で今や男達の半分の注意はティエに集中しており、この状況下で自分のやるべきことをやってみせると、激励の声を上げる。 「いい一撃をありがとう、本気でいかせてもらうわ。猟犬さん」 朗々と見得を切った奈々子がトリガーを引く、運命を引き寄せろ。そのための見得である。そうして放たれた銃弾は、驚くほど鋭く、少尉に突き刺さった。更に一撃、今度は脇腹を射抜く。初めて少尉の目が驚愕に見開かれる。 「アークのリベリスタは全力を尽くすだけでも足りないようなのを相手にしてきたのよ。その上で考える、考えてこうするのよ」 その驚愕に答えるようにソラがまた歌う、流れ出る血を止めよと、その血は貴いものだと言わんばかりに傷を塞ぐ。 「んなことよりさっきからブン殴りたくてうずうずしてたんだ、思い知れよ駄犬!」 「少尉!」 隆明がビルの壁を吹き飛ばさんばかりの加速をし、懐に飛び込む。敵と密着し、少尉の背骨を砕こうと放たれた拳は。割り込んだ男の銃で受け止められる。鉄が軋み、男がこれほどまでかと驚愕するのに対し、まだ足りない、というように隆明は獰猛な表情を浮かべる。 「これで終わりじゃないぞ!」 割り込んだ男に更に追撃するような形で、疾風が迅雷と化した一撃を叩き込む。綺麗に入った、男の身体がくの字に曲がり、大きく吐血する。ようやく、一人。しかし大きな一人を討ち取った。自由に今動けるのは、少尉を含めてわずか三人。残りは謙虚なティエに釘付けになっている。 「どう、オレ達が来た時点で、もうキミ達の目的を遂行する機は逸していると思うけど」 「お気遣いありがとうお嬢さん、だが私はこう考えてもいるんだ――あと一人はとれると」 撤退を促すヘンリエッタに、少尉は襟を整えて言う。自身の傷よりも服が乱れることを嫌っていると言わんばかりのそれは、鋼の忠誠によるもの。決して慢心ではない。ティエの傷を魔力で塞ぎながら。それを感じる。 「お断りします! これ以上、とらせたりするものですか!」 シィンの声が歌声に乗る。深淵を居とする者達を拒絶する為に。彼女の本心がリベリスタ達の傷を癒す。その純真な瞳を見て、わずかに少尉が笑ったように見えた。 ●銃口 少尉達の反撃、ソラ達三人を巻き込んだ圧倒と出血の嵐、ティエには更に怒りの矛先と化した銃弾が叩き込まれ、少尉はそれを利用して動ける二名に射撃を命ずる。それでもなお、鉄壁の要塞と化したティエは倒れない。弱者の盾となる。間違っていても、弱者を守るそれは騎士道なのだ。 「落ちんか……」 少尉がつぶやく、これが限界だと言うように。 「落ちるわけねぇだろうが!」 少尉の脇腹に、隆明の拳が、待ちに待っていたと言わんばかりに食い込む。肉が引きちぎれるかと思うほどの衝撃、そのまま骨が鈍い音を立てる。怒りに陥っていた男達も、思わずそちらを見やるほどに。 「過去にしがみついて、落ちている連中に負けるわけにはいかない!」 逆サイドからの疾風の一撃、さらに少尉の体にめりこみ、身体が浮く。こいつも限界が近い、直感でそう感じる。 「悪いけど、殺すわよ」 「任務遂行どころか、撤退の機まで逸しそうだね」 そして奈々子とシィン、二人のつぶやきと、両サイドから銃弾と矢が放たれたのはほぼ同時だった。少尉の腹部を正確に射抜き、貫通する。膝から力が抜け、崩れ落ちそうになる。しかしそれを少尉は踏ん張り、立ち上がる。わずかな沈黙。 「……撤退だ、これ以上は後に差し支える」 ごぼり、と口から血を漏らしながら少尉がつぶやくと。一斉に男達が姿勢を正す。そして即座に全員が飛行を始め、少尉を囲み、倒れた一人を担ぎ、盾になるように射線を遮る。しかし追撃しない、というリベリスタ達の方針に気付いたのか少尉が口を開く。 「貴殿らの名は聞かん、今回は我々を獅子とした慢心による敗北だ。いずれ――また会うだろう」 「厄介な相手だから、できれば会いたくは無いけどね」 ソラの軽口に少尉は口元だけで笑い、そしてゆっくりと夜空に上がっていく。その様子を、沙羅は漠然とした意識の中で、今度は負けないという意思を込めて睨み、少尉を目に焼き付けていた。 そうしてわずかな時間の後、この長い裏路地に本来あるべき静けさが戻った。連絡によれば、保護対象達は深手を負ったものも居るが命に別状は無いようだ。リベリスタ達は互いに安堵し、沙羅の傷も致命傷には遠い物だと調べて安心する。 守ることは出来た、だがリベリスタ達の交わす言葉は少ない。軍人の行為に毒づく者、この先同様の事案が発生した時、守りきれるか不安を抱える者。様々である。 重苦しい空気が、血と硝煙のにおいと共に辺りに満ちる。 「えっと、あとで。後日にでも皆さんで、どこかでおいしいもの、食べに行きませんか!」 そんな空気に耐え切れなくなったのか、シィンが声を上げる。しばしの沈黙の後に、わずかに全員の表情がほころぶ、ソレを見計らったように曇天も晴れ、新月でありながら星が覗くようになる。 そう、先のことは先に考えればよい。今宵自分達は、しっかりと立っているのだから。リベリスタ達はその事を胸に、現場を後にした。視線を落とさせようとする戦火の予感に、希望で顔を上げて。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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