●若きパティシエの受難 呼び出されたリベリスタ達がブリーフィングルームに入ると、そこには見覚えのない男が一人、立っていた。 涼やかな目元に、スラッとしたスタイル。顔立ちも整っている方だろう。新しく配属されたフォーチュナだろうか? そして、男が口を開く。 「もう! おっそいわよ、アンタたち! あ。アタシはローゼス・丸山よ。親しみを込めて『ローズ』って呼んでね! アークには入ったばかりなの、宜しく頼むわね。これから、アンタ達をめくるめく魅惑の世界へと案内しちゃうわっ♪」 思わずがくりと崩れそうになる面々。凄まじい破壊力を秘めたギャップと言える。『艶やかに乱れ咲く野薔薇』ローゼス・丸山(nBNE000266)、間違いなく『黙っていれば色男』といった部類だろう。 「さて、今回の任務だけどぉ。これを見て頂戴」 パッとディスプレイに、一人の若い男性が映る。朗らかな笑みが似合う好青年といった具合だ。 「ちょっとイイ男よね。 彼、『安藤 孝則』って言うパティシエなんだけど。普段は商店街の小さなケーキ屋さんを営んでるわ。 で、月に一回くらい、お菓子教室ってことで近くの料理学校の体験入学の手伝いをしてるらしいのよ」 言葉の端々さえ気にしなければ、極々普通の任務についての説明だった。たまにクネクネと動いているのは、見ない事にしておく一同。 「あ~、アタシも彼みたいなステキな彼に手作りのケーキを振舞って欲しいわぁ。 ……えぇと、どこまで話したかしら。お菓子教室の話だったかしらね。 問題は、次のお菓子教室で焼き上がるミニデコレーションケーキ合計九個が、悉く革醒しちゃうのが予見されたのよ」 あっけらかんと言ってのけるローゼスだが、全く笑い事ではない。 「あの、それって、どうなっちゃうんでしょう?」 「アタシらからしたら、エリューション化したケーキ自体は大した脅威でもないんだけど、そこはやっぱり一般人よね。 教室に参加していた生徒も、さっきのイケメンパティシエも、ケーキに食べられちゃうらしいわ。ンもう! 勿体無い!」 「……えーっと。つまり、そうなる前に未然に防げ、ということですね?」 「物分りのいいコって、お姉さん好きよぉ。 そーゆーことね。こちら側で手配しておくから、生徒のフリしてその教室に入り込んで頂戴。ただ、教師として来る孝則ちゃんだけは、当然挿げ替えられなかったわ。 アンタたちの任務は、ケーキのエリューション化を防ぐ事と、孝則ちゃんの身の安全の確保ね」 厄介、というか、色々面倒くさそうな任務だ。と感じてしまうのは、説明のされ方に問題があるのだろうか。ローゼスは、全く気にした風もなくクネクネしている。 「しかし、エリューション化を防ぐというのは?」 「簡単よ。過程が変われば結末も変わる。 『卵とバターと小麦粉と生クリームの化合物』が革醒しちゃうんだから、ちょっとしたアレンジしちゃえばいいのよ」 バチィ! と激しいウィンクをしながら、ローゼスはイタズラっぽく笑う。 げんなりしつつ、一同はブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月01日(土)23:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●誰でもカンタン、スイーツ教室 「以上がケーキの焼き方になります。それじゃ早速やってきましょーか。あとで見て回りますけど、何か判らないことがあったら遠慮なく言ってくださいねー」 『はーい』 元気な返事に満足し、手本となるべくオーソドックスなケーキを作る為、孝則は自分の調理台へと向かう。 ●苺の誘惑 「上手くできてますかー?」 自分の作業が一段落したところで、孝則は生徒の調理台を見て回る事にした。これでもこの教室を任されている教師なのだ。 「大丈夫なのです、将来の為に日々努力してるので、順調なのです!」 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)が満面の笑顔で返事を返す。その言葉通り、そあらの手つきは鮮やかでこなれたものだ。……が。 「えー、悠木さん? なんだか僕が想像しているものとは違うものが作られているような?」 「はいです! いちごクリームタルトを作っているのです!」 満面の笑み、元気な返事。 (なんでどうして? いや、改めて教えるほどもないくらい慣れてる手つきなんだけど、なんでタルトになっちゃったんだ?) しかし、元より生徒の好きにさせるつもりだったのを思い出す。 「そ、そうなんだー。えーっと、が、がんばってね」 「ありがとうです! カスタードクリームを使わないタルトに挑戦中なのです!」 (な、なんで!? なんで自らハードル上げてるんだ!?) 更に大きな疑問が孝則の脳内を埋め尽くすが、そあらは気にせず豆乳、薄力粉、砂糖、バニラビーンズでクリームの代用品を用意し始めた。 いまいち腑に落ちない孝則だが、特に作業手順などに問題はないようだ。 自由性があっていいじゃないか、と思い直し孝則はそっとその場を離れた。 ●蒸気の先には せいろだ。せいろがある。孝則は我が目を疑った。 『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の調理台には、何故だかせいろが用意されていた。しかし、何故だ。 「あ、先生。今日はよろしくお願いします」 「え、あ、はい。あの、これは? なんで、せいろ?」 呆気に取られていた為、すごく間抜けな発言になっている。 「ボク、もち米と砂糖、バターで蒸しケーキを作ってみようと思って」 「な、なるほど、蒸しケーキ……」 「あとちょっとで蒸し上がるけど、うまくできてるかな」 僅かに不安げだが、それを含めてもとても楽しそうなアンジェリカの微笑み。その少女の笑みを見た孝則は、ハッと気付く。 (そうだ、料理を楽しむ。それが大事じゃないか。多少授業内容と食い違っても、そんなことは大した問題じゃない……!) 「……きっと、うまくできてるよ。楽しみにしてる」 深い感銘を勝手に受けた孝則は、すごくイイ笑顔をアンジェリカに向ける。 「ありがとう、僕は、料理の楽しさを忘れていたかもしれない……」 「? よくわからないけど、どういたしまして」 勿論言うまでもなく、革醒を防ぐために様々な手法を用いているのだが、孝則がそれを知ることはない。 一人深く頷きながら去る孝則を、アンジェリカは不思議そうに見送った。 ●正統派と個性派 「えっと、正太ちゃん……そんなに乱暴に混ぜると零れちゃうよ……?」 「おるぁぁああっ!! ……飛び散るばっかで全然泡立たねえな、なんだこれ。ん、なんか言ったか、遠子?」 隣り合った調理台を使い、『ルーンジェイド』言乃葉・遠子(BNE001069)と『男一匹』貴志 正太郎(BNE004285)は仲良く自らのケーキへと挑んでいた。 遠子の方は問題あるまい。孝則の目からしても慣れた手つきで調理器具を扱っている。しかし、その調理台に並ぶ材料は、やはり通常のケーキのものではなかった。 「言乃葉さん。これはどういったケーキになるのかな」 「先生、アレルギーフリーのケーキって知ってますか……? アレルギーのある食品を出来るだけ避けて作ったケーキなんだ……」 「あー、僕のお店でも試作品何個か作った事あるよ」 だが、なんでみんなして自らハードルを上げるんだろう。アレルギーフリーについて考えるなんて、プロ顔負けじゃないか。 「これは米粉と豆乳、蜂蜜、菜種油を加えてベーキングパウダーで膨らませたスポンジに、一晩水切りしたお豆腐をベースに作ったクリームでデコレーションしようかと思って……」 しかも、口先だけでなくしっかり内容を伴っている。 「なるほど。それはステキなケーキになりそうだね。 ……ところで、貴志くん? ハンドミキサー、余ってるよ。使う?」 「けっ! そんなチンケなモンを使ってられっかよ! 男の料理は、ワイルドに豪快に! 機械なんかにゃ負けてられねえ!」 そして再び、手にしたボウルを抱え気迫と共にかき混ぜ始める。辺りに飛び散るケーキの生地。割と混沌とした光景となっている。 「こんなもんか? なんだかわからねぇな!」 「貴志くん、貴志くん? なんだかその生地、分量が合ってないように見えるけど……?」 「いんだよ、細けぇこたあ!! 目分量だ、目分量、勘と経験とセンスが光るところだぜ!」 いまだかつて、これほどまでに豪快でワイルドな生徒が居ただろうか。いや、いない。そしてこれから先にも、彼を越える生徒は現れはしないだろう。 乾いた笑みを浮かべ、孝則は遠子をチラリと見る。 「正太ちゃん、ケーキ作った事あるのかな……? 他にも色々言いたいけど……聴いてないみたい……」 ●うっかりさん 「羽柴さん、順調ですか?」 孝則が声をかけると、『モラル・サレンダー』羽柴 壱也(BNE002639)の笑顔がパッと咲いた。もともと愛嬌のある娘だが、中でも笑顔がとてもまぶしい。 「そりゃもう、おいしいケーキを食べる為……違った! おいしいケーキを作る為、ばっちり順調です!」 満足そうに頷く孝則。壱也は、比較的これまで受け持ってきた生徒に近いものがある。 「せんせー! なんでかわたしのカバンの中に米粉が入っててなんでかそれを小麦粉にどばーっと入れちゃいました! それにバターとマーガリン間違えちゃったかも!! でも大丈夫ですよね!? おっけー! はい、次いこいこー! あ、先生のもおそろいにしますか? しましょう!」 前言を撤回せざるを得ない。 「ごめん、僕のケーキ、とりあえず焼く手前まで準備しちゃったんだ」 でも、孝則も悪い気はしない。壁を作られるより、こういう風に親しげに話しかけてくれる生徒の方が、やはり心地よい。 「ざんねーん。じゃ、せんせー! わたしチョコがすきなので生地にココア混ぜてもいいですかー? 先生のもココアにしてください先生のチョコケーキが食べたいっ! 生クリームにもチョコまぜましょー!」 元気よくカバンからチョコレートを取り出す壱也。何故か入っていた米粉と言い、便利なカバンだな、と孝則は笑ってしまった。 「なんですかーせんせー!」 「ごめん、なんでもないよ。うん、チョコクリームはいいかもしれない。僕のもそうしてみよう」 再び、パッと明るい笑顔が咲いた。 ●戦士として 静かに佇む街多米 生佐目(BNE004013)。その身に纏う空気は只者ではない。と、孝則は感じた。並々ならぬ緊張感だ。 「あ、あの? 街多米さん? どうかしましたか?」 「……いえ。私は、ちゃんと料理が出来る、それを証明する。その為に今日、ここに来たのです」 目的が確実に違うということは、孝則は知りはしない。言うまでもなく本来は、革醒してしまうケーキの駆除だ。 クワッと目を見開き、材料であるバター、砂糖、卵、薄力粉、バニラオイル、ラム酒及び調理器具を指差し確認。ただならぬ気迫が所作に秘められている。 「基本……レシピに忠実に。もう、ゲロマズ料理だなんて――言わせない!」 鬼気迫る面持ちで、材料に立ち向かう生佐目。鋭い視線は、戦闘中のそれに近しいものがある。違いと言えば、手にした得物が刀ではなくゴムベラであることくらいだ。 「本当は、料理なんかに手を出さない方がいいのかもしれない。 それでも。私は、挑戦したい。挑戦こそが、戦いの全て。そこに、本質的な、魂の爆発がある……!」 材料を混ぜていく手つき、分量の量り方など、特に問題はないように見受けられる。しかしそれを口に出せるような雰囲気はなかった。息を呑み、行く末を見守る孝則。 「その、魂の爆発こそが、ケーキを美味しく食べるにおいて、最も重要な因子。これからも、おいしくケーキを食べたい。 だから私は、挑戦する!」 ヒュッとゴムベラを振るう。まるで真剣のような風切り音だ。 出来上がった生地をパウンド型に流し込んで、ようやく、その身を包む緊迫した空気も和らいできた。 「あの、街多米さん、なんでそんなに気迫に満ち満ちているんでしょうか?」 「先生……。私は、私の可能性を証明する為にも、おいしいケーキを作らなければならないんです……!」 ゴムベラを握り締め、熱い胸のうちを吐露する生佐目。しかし、そんな彼女を孝則は不思議そうに思う。だって手順も手つきも、何一つ危なげなところはなかったのだから。 「よくわからないけど、うまくできてるといいね」 「運命を削ってでも、このケーキ作り、成功させる……絶対に、おいしいケーキをつくる!」 闘志冷めやらぬ瞳で、生佐目は型に収まったパウンドケーキの生地を見つめた。その横顔は、まさに戦士のそれだった。 ●優しい味わい 「おや、ウインドフラウさんもパウンドケーキですか?」 「はい。小麦粉を減らして、カボチャやサツマイモを使ってみようかと思っています。砂糖不使用で自然な甘みを出してみようかと。あとはバターの代わりにバター風味のマーガリンで代用です」 そういって、『Clumsy thoughts』リッカ・ウインドフラウ(BNE004344)は優しげな笑みを浮かべる。穏やかな彼女の雰囲気に、ぴったりと合った優しいケーキになることだろう。もう孝則は、何故皆が揃いも揃って材料のアレンジをするのか考えない事にしていた。 「面白い試みかもしれないね。完成が楽しみになってきたよ」 「ありがとうございます。焼き上がったら溶かしたチョコレートを塗ってブッシュドノエルみたいにしてみようかと思っているんです」 そう言うリッカの表情は、どこか冴えない。 「どうかした? なんか、ちょっとだけ寂しそうに見えるけど」 「いえ……。ちょっと故郷が懐かしくなっちゃって。なんとなくホームシックなのかもしれないのです」 きっと、遠い異国からのホームステイなのだろう、と孝則は考えた。実際は孝則が想像したものより、遥かに遠い世界なのだが。 「よし! 寂しさが吹っ飛ぶような、楽しいケーキ作りにしよう! それで、故郷に手紙を送るといいよ!」 一瞬きょとんとするリッカ。だが、空回りしているとは言え、孝則の心遣いは素直に嬉しいものだった。 「はい、ありがとうございます、先生」 ●和の心 なにやら調理台には、薄く伸ばされた生地が並べられていた。クレープほど薄くはなく、ホットケーキほど厚くはない。 「おぉ、先生。どうじゃろう、わしのケーキの出来栄えは」 その調理台の前で、鋼・節(BNE004459)が孝則に声をかける。 「鋼さん、あの、これは?」 「ん? 見ての通り、小麦粉ではなく米粉を使っておるのじゃ。更に、生クリームは使わぬ。抹茶や、醤油や胡麻を練りこんでるから、香ばしくなる事請け合いじゃ」 うむ、これは、なんというか…… 「……せんべい?」 「ん? 先生、何か言ったかの?」 ポツリと孝則が呟くが、節の耳には届かなかったようだ。 (いやコレ、どうやっても煎餅っぽくなるんじゃね!? だって米粉使っちゃったって言ってたし! いやいいんだけどね、自主性があって素晴らしい事なんだけど、でも……!) ぐるぐると考えが巡るが、当然答えは出ない。 それよりも、上機嫌の節に『それは煎餅だ』などと、誰が言えようか。 恐らく上手に焼きあがるであろう煎餅に想いを馳せ、孝則は静かに自らの調理台に戻った。 ●大乱闘! スマッシュ料理教室! 「さぁって、デコレーションは豪勢にやっか! んー、桃にみかんに、パインに、缶詰の果物どーんと挟み込んで……」 焼きあがった自らのケーキに必死に手動でかきまぜた生クリームを塗りたくり、ご機嫌の正太郎。ホイホイとフルーツをケーキの上に乗っけている。 「はい、僕のケーキはこんなカンジになりました。皆さんはどうかな?」 孝則が、自らデコレーションしたケーキを空いた調理台に置く。皆の席から見やすいように、サンプルとしてだろう。 「お、キウイなんてのも彩りにいいな。あとは、これが無くちゃはじまらねえ! イチゴでとどめだ!」 正太郎も、自分の手がけたケーキの完成に楽しくなってきたようだ。中心に苺をどん! と乗っける。そのときだった。 『貴志さん、先生と貴方のケーキから、気配が!』 生佐目の、音にならない声が正太郎の脳に直接響く。 『おう! 丁度完成したからな、そろそろだろうと思ってたぜ!』 そして、次にすべき事は、ここに居る唯一の一般人である孝則の保護だ。 周囲の仲間にも、生佐目が思念を飛ばしている。意思疎通は問題ない。 アンジェリカが小さな動作で壱也の元へデコレーションに使ったアーモンドチョコの残りを放る。即座に反応する壱也。 「うぎゃあおおおお!! せんせー!! 出てはいけないものが出てしまいましたー!! く、黒い悪魔です!!」 「ぬぅおおぉぉぉ! 先生、私怖いです!!」 「ほげー!!」 裂帛の気合と共に、生佐目が孝則に見事な大外刈りをかまし、地面へ引きずり倒す。どちらかと言うと『怖い』は孝則の台詞だろう。とんでもない悲鳴を上げつつ、孝則は地面に転がった。 「いやぁ! 怖いのです!」 畳み掛けるべく、そあらも孝則を引っ張り、革醒したケーキから引き離す。 冷静に考えると、美女に揉みくちゃにされていると思えば、かなりの役得なのかもしれない。揉みくちゃにされ方にもよるのだろうが。 しかしケーキがぶくっと膨れたかと思うと、白くベタつく生クリームを勢い良く噴射した。 「うわっぷ!」 「な、なんじゃこれは!」 運悪く生クリームの奔流に飲まれるリッカと節。ベタベタして気持ちが悪い。 「失礼します!」 「おらぁぁ! 静かにしやがれぇぇ!」 生クリームにまみれたリッカがケーキナイフを持ち、バッサリと真っ二つにする。更にもう一つのケーキには、作り手である正太郎が握り締めた拳を叩き込み、これまた粉砕した。 「……わりい! チョコの欠片だった!! いやー、アイツじゃなくて、チョコだったよ、チョコ!!」 正太郎がわざとらしく大きな声で告げる。それを聞き、自由を取り戻した孝則が身を起こした。 「本当? 良かった、怪我とかないよね?」 「大丈夫だぜ。先生、すまねぇ、先生とオレのケーキが崩れちまったみたいだ」 そこまで言って、ハッとする正太郎。自らが打ち崩したケーキ。その、妙に固くてぼそぼそしたタマゴ感満点のスポンジ。それを無理矢理膨らませるためにぶちこんだ重曹の臭い。柔らかすぎて生地に染みこんだ生クリーム。フルーツポンチかってくらいに無節操なデコレーション……。 「こ、これは……! かーちゃんの手作りケーキじゃねえか!! ……ああ、誕生日会で、かーちゃんドヤ顔で作ってくれたけど、ダチが微妙な笑顔だった、あの時のケーキだ……」 幼き日の郷愁に想いを馳せ、正太郎は一人天を仰いだ。 ●午後のお茶会 「では、ちょっと騒ぎもありましたけど、無事に完成ということで、皆で美味しく頂きましょう」 『はーい』 先ほどの騒ぎで飛び散った生クリームを軽く掃除し、昼下がりのお茶会がスタートする。 出来上がったケーキは、どれも個性的で素晴らしい出来栄えだった。但し、一つたりとも教材として用意された『ミニデコレーションケーキ』ではなかったが。 「相変わらず、うまいな!」 「ふふ、ありがとう……」 正太郎の率直な感想に、遠子が照れたような微笑を浮かべる。 「かし研部員として皆のケーキ、すごく興味があったんだ♪」 「うむ、なかなかの出来栄えじゃ。熱い緑茶に、意外と合うのぅ」 「あたし、家庭科の授業で作ったお菓子を好きな人にプレゼントとか憧れてたのです! さおりんに持っていってあげたいのです!」 「うん、どれもすごくおいしい! せんせーのケーキ食べれなかったのは残念だけど、でもわたし幸せ!」 「ちょっと故郷が懐かしかったけど……こうして皆さんとお料理するのも、とっても楽しいですね」 和気藹々とした雰囲気。孝則は、満足そうに頷いた。 これこそが、料理教室としての正しいあり方ではなかろうか。皆が笑顔で、楽しそうで、自由だ。 そんな孝則に、スッと生佐目が近寄る。 「先生……。私が作ったパウンドケーキです。味を見てくれませんか……!」 再び、ただならぬ気迫を纏い、ズイと差し出されるお皿。上には極々ありふれたパウンドケーキが一切れ、乗っている。なんというか、凄くフツーの見た目だ。 「いいですよ。よく出来てるようじゃないですか」 ぱくり。 瞬間、孝則のノドの奥がアラートを発する。全身の毛が逆立ち、鼻の奥がズキズキと痛む。ノドは焼けるように熱いのだが、全身に寒気が走る。まるで凍傷と火傷が同時に襲ってくるような感覚だ。 生佐目の願いは叶わず、味の感想を伝える前に、孝則の意識は暗転していった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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