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大好きだったあの子が棄てられた


 雨の日。
 買い物から帰ってきたら、裏口にビニール袋が投げ出されていた。
 乱雑な閉め方をされたそこから、長い黒い髪が覗く。
 足先で突いたら、結び目は簡単に解けた。
 ごろりと落ちてきた頭。
 切り離された手足。
 開かれたお腹。
 全部、あの子のもの。

 中に入る。あの子はどうしたの、と聞いたら、適合する内臓が必要だった、と言われた。
 代替の内臓を入れる時間は惜しかったし、他の部分は今の所必要ないからまとめて棄てた。
 その内に専門の『業者』が持って行くから気にしなくていい。
 事も無げに。
 いつもそうだった。いつでもそうだった。それを気にした事もなかった。
 けれど、どうしてだろう。
 今日はすごく、胸の辺りが苦しい。
 鳩尾の辺りに何かが溜まっている。
 何でもないように言うそれがひどく嫌で、嫌で。
 苦しい。
 苦しい。

 気付いたら、僕は血塗れだった。
 あの子が、笑ってた。



 血溜りの中で笑い合う子供らは、酷くアンバランスだった。
 モニターに映った光景に、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は肩を竦める。
「はい、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。……まあ、お分かりですね」
 ここはとあるフィクサード組織の末端の研究所だ、とフォーチュナは語った。
「少年の方はこの集団に拾われた子供です。拾われたというか、攫われた、でしょう。彼は革醒し運命を得たが為に、殺されず、研究材料にもされず、雑用扱いではあれどもその一員に加えられていた」
 世間を知らない少年は、特に疑問も抱かず集団の大人に従っていたが――その研究所の『商品』であり『材料』の一人として少女が来た事で、状況が変わる。
 珍しい同い年程度の少女と、少年は密かに仲良くなった。
 金網越しにほんの短い時間、喋ったり、こっそりお菓子を渡したり、また会おうねと指切りをしたり……『その先』がない事を、少女は勿論、少年でさえよく理解はしていなかったのだろう。

 だからある日、少女が『正しい用途』で使い潰された時。
 少年は、本人にもよく分からぬ衝動で研究所の人間を皆、殺してしまう。
「そして彼は見よう見まねで『あの子』の体を直そうとします。血を拭い、縫って繋いで形を成して。……当然、失われた命は帰って来ませんが、……お察しの通り、アンデッドです。『あの子』は起きてしまいます」
 笑う少女の体は不自然だ。
 酷くアンバランスだ。
 拙い手付きで縫い合わされた首は斜めに傾ぎ、足もふらついている。
 出来の悪い操り人形の様な、不自然な動きだ。

「彼はそれを不自然とは思いません。ただ、動くようになったから良かった、と思っている。治ったんだ、と思っている。……皆さんにはアンデッドを討伐して頂きますが、その際も死に物狂いで守る、とはならないでしょう」
 訝しげな視線を向けたリベリスタに、ギロチンは首を振った。
「何故なら彼は『壊れたらまた直せばいい』と考えているからです。……それがタイミングの悪い『奇跡』であり『不運』であった事を、彼は知らない」
 人は死ねば帰ってこないのが自然だと知らない。
 バラバラになった人を繋ぎ直しても治らないのが自然だと知らない。
 死というものを、現象として『いなくなる』事と認識はしていても、それ以上を知らない。
「……少年とアンデッドが、街に出る前に、嘘にして下さい。彼女は治ってなんかいない。死者は帰ってこない。彼が、この嘘の生を真実だと信じる前に、嘘にして下さい」
 お願いします。
 ギロチンはそっと、頭を下げた。



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年05月31日(金)00:33
 よかった、なおったね。黒歌鳥です。

●目標
 アンデッドの討伐&少年の殺害or捕縛。

●状況
 研究施設の一室。
 フィクサード組織の末端施設であり、ここの構成員はほぼ一般人だった様子です。
 然程広くはない部屋に、何台か簡易ベッドや医療機器が置いてあります。
 少年とアンデッドは、中央付近に存在します。

●敵
 ・E・アンデッド
 たどたどしい動きをする少女のアンデッドです。
 笑んではいますが、喋りはしません。
 記憶も恐らく、少年の事を辛うじて認識する程度にしか存在しません。
 ただ、大人が自分に近付いてくる事を嫌います。
 攻撃方法は単純に殴ったり噛み付いたりする以外はありません。

 ・少年
 ジーニアスのソードミラージュ。十歳前後の少年です。
 ハイスピード、残影剣、ソードエアリアルを使用します。
 回避がやや高めですが、火力は低めです。

●備考
 倒すだけなら、すごく簡単です。

参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
須賀 義衛郎(BNE000465)
プロアデプト
ロマネ・エレギナ(BNE002717)
プロアデプト
氏名 姓(BNE002967)
インヤンマスター
九曜 計都(BNE003026)
インヤンマスター
小雪・綺沙羅(BNE003284)
クリミナルスタア
アメリア・アルカディア(BNE004168)
クリミナルスタア
熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)
覇界闘士
榊・純鈴(BNE004272)


 死の定義とは何か。問えば答えは数多返って来るだろう。
 精神や脳の停止を含むか否か、社会的な人間的な尊厳を含むか、そのボーダーは曖昧だ。
 だが、逆に所謂生体活動の停止――心臓が鼓動を止め、血流が留まり、瞳孔が濁る……そんな状態を『死』と呼ぶかと問えば、大方は肯定が返るに違いない。誰かの記憶に生き続ける。そう述べれば美しいが、冷え切り動きを止めたその肉体が起き上がらない『死』を迎えたと、多くの人間は知識で、或いは経験で知っている。
「死生観は本来、周囲の環境によって差異はあれど培われていくもの……」
 廊下に溢れる血の川の一筋を軽く跳び越えて、『宵歌い』ロマネ・エレギナ(BNE002717)が唱えた。
 生まれた国に、時に左右はされども、死はどの時代にも不可避のものだ。避け得ぬそれを、人は育つ間に知っていくのが普通である。だが、人が『命』ではなく『物』でしかない環境で育てば、それに沿った感覚しか得られないのだろう。
 壊れた。単に壊れた。玩具が壊れた。じゃあ直そう。ほら動いた。
「死が、死である事は幸いなのかもね」
 事前に伝えられた部屋への通路を確認しながら、『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は首を振る。思い出すのは、彼が子供の頃に飼っていた文鳥。小さな体は、籠の床に落ちたならば目を覚ます事はなかったけれども――もし。もし、起きていたならば、『そういうもの』だと思ってしまっていたのだろうか。死は絶対的なものではなく、覆す事が可能であると。
 死が、死として在る。それも不思議な事だ。『0』氏名 姓(BNE002967)は山のようにある書類から通りすがりに幾つか選んできた紙の束を溜息と共に下に落とした。血生臭い実験資料……ですらない。直近の連絡事項、それも経費節減やら何やらの何処までも普通で退屈な代物。
 この日常と同じ様に、死はいつだって隣り合わせだ。そして姓にとって、死は無であり他の何でもない。だが、『無い』という事が『在る』のだと、そう伝えなければならないとなると、どんな言葉を用いたものか。
 死は終わりだ
 死から帰ってくる事はない。
 幾ら歪めようと、その摂理は絶対だ。
 でも。
『宿曜師』九曜 計都(BNE003026)は平素のおどけた調子を奥に潜め、視線を下に向けた。転がった死体は、致命傷とは別に腹を切り裂かれている。これが既に、どうやっても生き返らないものだと知っている、思い知っているはずの計都でさえ、もしこれが大切な人であって、起き上がったら? と自問すれば――唇を噛む。
 カミサマの奇跡、信ずる者は救われる。
 そう、信じていたいだろう。
 失った事なんて、なかった事にして。
 榊・純鈴(BNE004272)は睫毛を伏せるようにして、床を流れる血の先を追う。
 少年も、喪失という事を全く理解していない訳ではあるまい。喪失への対処法は人それぞれだが、この奇跡は気紛れな運命が招き寄せた悲劇。続行は許されない。ならば、少年が別の方法を手繰れるように。
「命は、壊れたら直せばいいっていうのには当て嵌まらない」
 少年と同い年程度のアメリア・アルカディア(BNE004168)は知っている。それが自然だと、知っている。死を何の感慨もなく受け入れられる訳ではないけれど、それが不可逆だと知っている。生と死は片道一方通行だ。
「それすら知らない子には、きっちり教えてあげないといけないんだ」
 少なくとも一つ、少年よりも物事を知っているアメリアはそう呟いて、幼い目を細めた。
 でなければ、生むのは更なる悲劇だから。
 血の道が、太くなる。行き先は、一つの部屋だった。


 むせ返るような血の臭い。
 扉を開いた途端に、リベリスタの視界に入ったのは、今までよりも濃い赤だった。
 いや、廊下や他の部屋と違い、閉じられていたから濃縮されて感じるのだろうか。――少なくとも、少女の処置でこれが行われた訳ではあるまい。マトモな大人ならば、無駄に血を飛ばして部屋を汚す事にいい顔はしないだろう。
 尤も、ここに『マトモな』大人がいたかどうかは分からないけれど。
「大人のする事なんて、大概ロクでもないからね」
 冷めた目の少女、『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)の視線の先には、少年と少女がいる。
 少女の縫い合わされた腹からは、血が滴っていた。既に蝋の如く白くなっている顔とは不釣合いな量が、未だ糸と肉の隙間から染み出ている。。
 少年は『部品』を詰め直したに違いない。腹を開いたら、そこには中身がなければならない事は、知っていたから。けれど、少女の内臓はもうなかったから――ここに来るまでに見た、腹を裂かれた死体を思い出し、計都は溜息を吐いた。
 それは、ぬいぐるみの綿を詰め替えるのと同じ行為。知識に乏しい子供が考えて、拙い手付きで施した『修理』の痕。
 後ずさる二人に向けて、『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)が口を開いた。
「気分はどうだ」
 目元をサングラスで隠した伊吹の感情は、子供達には読めないものかも知れない。けれど、それでも『普通』であるかのように声を掛ける。例え衝動で力を扱ってしまったとしても、彼はまだ幼いのだから。使い道を誤った事を、『大人』である彼はいきなり咎めるような真似はしない。
「怪我はないか」
「……ありません」
 距離を測りかねているような少年の答え。伊吹は今回集まったリベリスタで最も、この施設を構成していた人員達に背格好が近い。少年に見覚えがなくとも、ここに訪れる大人は施設関係者以外にはありえないのだろう。少女の見開かれた目は、ぎょろぎょろと見定めるかのように動いていた。怒られるとでも思っているのだろうか。落ち着かず視線を動かす少年に、計都が僅かに身を屈める。
「あたしたちは、ここの人間じゃないよ。大丈夫」
「私達はね、君を保護しに来たの」
 純鈴の言葉に、少年が僅かに首を傾いだ。保護、という言葉がぴんと来ないのだろう。何故なら彼の知る彼の居場所であり家はここなのだから。
 極力刺激はしないように、その場から動かず姓が問う。
「君の名前、教えてくれるかな?」
「うん、その女の子の、名前も」
「…………」
 重ねられた計都の問いにも、少年は黙ったまま。じわじわと警戒の度合いが上がっていく視線に、綺沙羅が溜息を一つ吐いてぱしゃり、と血溜まりに一歩踏み出した
「キサは小雪・綺沙羅っていう。あんた達、名前は?」
「……ハジメ」
 年頃の近さか、或いは自ら名乗った事が少年……ハジメの警戒の一端だけを解いたのか。少女の歪な唇は動かない。喋れないのは知っている。だから問う。そっちは。けれどハジメは首を振った。知らないと。
「そう。じゃあハジメ。そいつは既に死んでる」
「直ったよ」
「いいえ。残念ながら彼女は死んでいます。運命の悪戯で、動いているだけ」
 冷めたロマネの声が重なる。死が訪れたならば、土の中へ。弔い埋めるが本業なれば、死を死でなくするこの悪戯は見過ごせない。
 他のメンバーとは異なり、水溜りのように血を踏みながら近付くアメリアにハジメの右手が構えられた。まだ血も乾き切らない、大型のメスに似たナイフ。いつでも踏み込める位置にあるそれを見ながら、アメリアは告げる。
「死んじゃったらね、命は直せないんだ」
「……直ったよ。動いてる」
「じゃあ、昨日までのその子を覚えてる? 笑顔や、仕草や温度……今隣にいるその子に、ちゃんと残ってる?」
 再び警戒を強めるハジメに、近付く純鈴。少女から漏れたのは、唸り声。それは威嚇だった。獣のように喉を鳴らし、少女の死体は睨め付ける。少女は大人が近寄ってくる事を厭う様子であった。理由は言うまでもないだろう。使い捨てられるのが決まった少女に対し、最期を迎える瞬間はせめて痛みが少ないように――などと考え処置を施す『人道的』な大人がここにいたかどうか、酷く怪しい。
「ちゃんと直せば、もっと……」
「いや。もう元に戻す事はできないのだ」
 唸りを繰り返す少女に焦ったかのように、早口で否定したハジメに伊吹が首を振った。もう死んでいる。死は戻らない。幾つも重ねられる否定に、少年の顔が初めて歪んだ。
「僕が下手くそだからちゃんと戻ってないだけだよ」
「じゃあ聞いてごらんよ。その継ぎ接ぎだらけの彼女が本当に生き返ったのなら、お菓子を渡した事も、指切りした事も覚えているだろう」
「…………」
 義衛郎の問いに、ハジメの目線は斜め後ろの少女を向く。直感的に敵だと悟ったのだろうか。彼女の顔は、最早リベリスタに対する嫌悪とも付かぬ表情に歪むだけ。
「もっと、もっと上手く直せたら、きっと」
「違うよ」
 手を血に染めて、それでも年相応の表情で言い訳のように言葉を続けようとするハジメを、計都が遮った。
「あの子は、もう、きみの知っているあの子じゃない。失ったものは、もうかえってこない」
 少年に、それが正しく伝わるように。心から。目を合わせて告げられる台詞に、眉間のシワが増える。
 刃先が、リベリスタを向いた。
「伝えたい事があれば、今の内に言いなよ」
 二度目の奇跡は、ないから。
 姓が後ろ手に握った氏屍。数多の『死』を刻んだそれが、黒く黒く、背に広がった。


 自分の娘よりも年若い――幼い少女が腕に噛み付くのを見ながら、真っ先に飛び出した伊吹はその前に立ちはだかる。勿論、痛みがない訳ではない。だとしても、彼にとってそれは本当にささやかな抵抗でしかなかった。
 ナイフが煌くのが、視界に入る。壁を、ベッドを蹴って繰り出される一撃はアメリアへと吸い込まれた。少女の一撃とは違い、その刃先はそれなりに鋭い。柔い皮膚が切り裂かれて、新たな血を床に落とした。駄目だ。顔を歪めてナイフを振るうハジメに、伊吹は諭すように告げる。
「その力は、衝動のままに揮うものではない」
 振り返った少年の目が、見開かれた。腕への負担が無くなった、と伊吹が前を向けば、義衛郎の鮪斬と鎌形が少女の額に食い込むようにして振るわれている。どれが本体か、間近で見る伊吹にすら分からない。
「次に彼女が倒れたら、もう起き上がらない」
 自らに注意を移した少年に、義衛郎は茶の髪を払うように首を振る。オレ達が起き上がらせない。死体は今度こそ、死体のままに。冷えた肉を切る感覚が、義衛郎の掌に伝わった。
「はやいとこ、ゆっくり眠らせてあげないといけないんだ」
 切り裂かれた手足も体もそのままに、アメリアは素早く左手に抱いた銃の虚ろな口を向けた。吐き出されるのは、無慈悲な弾丸。早打ちの一弾は少女の肩口を捕らえ、細い体を半回転させる。
「……やめてよ!」
「壊れても直るのでしょう?」
「そうだけど……!」
「ならば、どうして貴方は苦しかったのですか?」
 問いながら、ロマネが張るのは糸の罠。踏みつけたそれが弾けて絡み、払おうとするハジメに、淡々と。追い詰める為ではなく、自覚させる為に。
「この子みたいな事は、当然の事だったんでしょう? じゃあ何故、君はここの人たちを殺しちゃったの?」
 何故。どうして。自分でも分からぬ衝動があったのだと、その理由を知る事が、彼の第一歩。そう思う純鈴は、手を伸ばす。攻撃するのではなく、抱き締める為に。拒絶のように振られたナイフは、悲鳴のようでもあった。
「今隣にいるのは、君の想いが呼び起こしてしまった彼女の残骸よ」
「違う。直ったから」
「じゃあ、このまま腐敗したらどうするの。継ぎ接ぎだらけでも、傍にいてくれたら良いの?」
「死んだ後の体を無理やり動かす事は、ここの人間がそいつにやった事と変わらない」
「――っ、それの、何が悪いの!」
 訳が分からない、とでも言うように、ハジメは綺沙羅に叫んだ。少年は、ここの大人が少女に行った行為を『悪い』とは思ってはいなかったのだろう。それはいつもの光景で、当たり前の行為なのだから。自らが殺した大人でさえ、『部品を入れ正しく直せば』再び動くと、思っていたのだろう。
 内臓は歯車で、血管はコードで、心臓はエンジンで、人の体は数多くのパーツで構成された道具に過ぎない。だから、正しいパーツを当てはめれば再び動ける。それはここの大人が彼に教えた事なのか、彼がこの『世界』と自らの心に折り合いを付ける為に身に付けた感覚なのかは分からない。ともかく、少年にとっては『そう』だったのだろう。

 けれど。
 重ねられた言葉に、ハジメの心は間違いなく揺らいでいる。戻ってこないのだと、どこかで悟りかけている。誰が教えてくれなくとも、薄っすらと――薄っすらと、知っているのだ。
 綺沙羅の鴉が、少女を突いた。ここに集まったリベリスタにとっては、あまりにも脆弱に過ぎるアンデッド一体。
「どんなに望んでも、無から返って来るものはないんだ」
 死は無だから。死は厳然としてそこに存在するけれど、そこには何もない。
 どれだけ多くの人が血を涙を流したとして、無から有は現れない。
「ちゃんと覚えときなよ。彼女がどんな娘だったのかは、もう君の記憶にしか残ってないんだもの」
 姓の気糸が、少女を繋ぎ止めていた医療用の糸をぷつりと一本、切る。ごぼりと、中身が押し出された。少女のものではない内臓が、床に零れた。
 計都が目を伏せる。少女の魂に呼びかけれど、そこから返るのは混乱ばかり。死の恐怖に塗りつぶされて、奇妙な復活と再度の死に翻弄されて――会話ができる状態ではない。留める肉体が崩れれば、この魂に最早声は届くまい。
「ねえ。彼女の意識は、もうすぐ消えてしまう」
 祈るように、彼女は未だ糸の中でもがくハジメに告げた。
「だから、お別れを、言ってあげてくれないかしら……」
 死したる者へ、安寧を。
 最期を、教えてあげる為に。
「……嫌だよ」
 縺れるように糸を振り払い、転んだハジメに少女が手を伸ばしたのは、救いを求めたのか。低い所で触れ合った指先が、少女の手を引くけれど、拙い縫合の糸は切れて、ハジメが掴めたのは手首から先だけ。
 少女が、床に倒れた。冷たい血が派手に飛び散って、伊吹と義衛郎が僅かに目を細める。
 更に刃を振り下ろす必要性はない。彼らには分かっている。最早これは、単なる死体だと。
 沈黙。耳が痛くなるそれ。
 誰も動かない。冷たい掌を握ったハジメが、沈黙に耐えかねたかのようにずるりと床を這った。髪に触れる。肩に触れる。血に塗れた体は、抱き起こしてもなんの反応もない。
 先ほどまで動いていたのが、嘘だったかのように。
「……嫌だよ……!」
 それは、悲鳴った。
 喪失を知った子供の、悲鳴だった。


「何かありましたか、エレギナさん」
「大したものは。……結局は枝葉の先に過ぎない、という事でしょう」
 レントゲン写真を纏めながら問うた義衛郎に、ロマネは指先で抓んだ一枚をはらりと机の上に落として首を振る。
 然したる神秘に触れていた訳でもない。言うなればここは『研究所』であると同時に『病院』に近い施設だったのだ。違法な臓器移植や手術を行い、誰かを殺し誰かを延命する施設。
 少年は恐らく、手術の様子を眺めていた事があるのだろう。腹を開かれ、中身を入れ替えられた人間が、再び目を開くのを見たのだろう。その一方で『使い捨て』られた方が、どうなったか――末路までは、知らなかった。或いは、『業者』が持って行った先でリサイクルされ、再び動くとでも思っていたのか。
『その先』はロマネが守る土の下の安寧でしかないというのに。
 部屋の隅では、綺沙羅が生き残っていたパソコンを叩いていた。データベースに目新しい情報はなし。ただ、一つ。引っ掛かったものがある。行方不明になった女児の捜索願も出さず、各種の手当てを貰っていた両親のニュース記事。少女は未だ、生死も行方不明。笑った少女の写真の下に、名前が載る。
 希望。
 それが少女の名前だったのは、運命の性格の悪いイタズラか。
「大人なんて、ロクでもない」
 シャットダウンに合わせて叩くエンターキーの音に、綺沙羅の二度目の呟きは掻き消された。

 暗転した画面に、保護人員到着の報を聞いた伊吹に背負われるハジメの姿が映る。
 少年が、千切れた少女の手を握ったままだったのを――今だけは、誰も咎めなかった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 ハジメ少年はアークの保護下でこれからゆっくり世間の常識を知っていくかと思われます。
 説得や言葉は、本文に入りきらなかった分も含めて少年の反応になっています。
 沢山の言葉、ありがとうございました。
 泣いても叫んでも帰ってこないのが、世の中です。

 お疲れ様でした。