●天の涙 晴れ間に雨が降ることを天が泣いていると表すのだと云う。 薄青の天涯が広がるその日、空の様子とは不釣合いな雨がぽつぽつと降りはじめていた。 通り掛かった青年は「狐の嫁入りか」と呟き、特に気にも留めなかった。しかし、雨の降る範囲は緑が茂る林の中だけ。そんなこともあるだろうかと首を傾げた青年だったが、林の奥へと歩みを進める。 そのとき――。 空は晴れたままだというのに、突如として辺りに轟音が響き、雷が落ちた。 明らかに雷が起こるような天気ではない。それでも周囲に起こった現象は決して幻ではなく、青年は驚いて逃げようと駆け出した。 だが、雷は彼を狙い打つように再び轟き、一瞬で辺りに焼け焦げた匂いが漂う。 目を見開いたまま倒れた青年は既に死していた。しかし、その瞳には林の奥に佇む銀色の巨大な狐が映っている。現実離れした姿をしたそれがひと鳴きすると、雷が鳴った。 雨は次第に激しくなり、林の中だけを濡らしていく。 渦巻き、轟音を立てる雷と雨音はまるで、その場に誰も近付かぬよう制しているかのようだった。 ●銀の狐 「天泣。一般的には狐の嫁入りと言った方が通じやすいかな」 アークの一室にて、『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)は或る町の外れにある林で妙なことが起こっているのだと語った。それは晴れているというのに雨が降り、雷が鳴り続けているという現象だ。 「神秘現象に間違いないと思って調べてみたら、強力なE・ビーストの仕業だと分かったんだ」 通称、『銀の雨狐』。 銀色の毛並みを持つそれは林の中央に佇んでいる。自ら動きはしないのだが、林の中に入ろうとする者を察知すると雨と雷を操って侵入者を襲いはじめるらしい。 その林はそれなりの広さがある。 しかし、以前に林のかなりの面積が伐採されたことがあり、林に住む多くの動物達が死んだらしい。それを逃れた動物の一体かもしれないとタスクは呟いたが、それもただの予想でしかない。 「背景はともかく……既に被害者も出ているから、倒さなきゃいけない」 雨狐はたった一体のみ。 しかし、林の中ならば何処でも攻撃を仕掛けられる能力を得ている為、近付くまでが問題だ。周囲は木々が茂っており、かなり近付かない限りは此方から攻撃を仕掛ける事は出来ない。 「林の中央に向かう道中では容赦ない雷撃が君達を襲うだろうね。如何にして耐えるかが肝心だよ」 雷の特性として、背が高いものが狙われやすい傾向にある。 また、空飛ぶ者にも雷は落ちやすい。翼の加護などで木々の上から襲撃すれば良いと考えがちだが、宙を飛んだ場合はすぐに打ち落とされてしまうだろう。それゆえに、E・ビーストに近付く最良の方法は地道に林を駆け抜けることとなる。 「辿り着きさえすれば攻勢に移れるからね。其処からが勝負だよ」 元となった狐には人間を恨んだり、殺したくなるような理由もあったのかもしれない。昔は神の使いとも呼ばれた狐だが、いまやそれは人に仇成す存在であり、倒すべきモノだ。 君たちなら、きっと遣り遂げてくれる。 信頼の言葉を述べたタスクは手を振り、戦場に赴くリベリスタ達を見送った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月27日(月)23:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 降りはじめた雨が肌を伝い、滴った。 ――いのちは何かの犠牲なしには成り立たない。これはその結果のひとつなのかもしれない。 件の事件が起こる林に踏み入り、『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)はふとそんなことを思う。エリューションを対峙すべく訪れたこの場所は、以前はもっと広くて緑豊かだったらしい。 しかし、今や此処にかつての面影はない。 狐が変じたらしき存在は何に怒り、拒んでいるのだろうか。 「でも、奪い過ぎることを悔やんで嘆いても、起きてしまったことは変えられないの」 ひよりは思いを言葉にして、歩みを進めてゆく。 その合間に雨は激しくなっていき、雷が辺りに鳴り響きはじめた。木々の合間から見える空はあんなにも清々しいというのに、この場所だけが荒れ狂っている。 「雷……ちょっと怖いよねっ。音もそうだし、光るのも怖いしっ」 響く雷鳴に『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)は身体を震わせた。そのうえ、それが人に当たるなんて考えたくもない。けれど、それを使うエリューションがいるならば怖がってなどはいられない。 それらは、まるで残った林を護っているみたいだと『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)は思う。薔薇色の瞳に映る景色は、元を知らぬ自分には普通だが、自然の生き物にとっては悲惨な物なのだろう。 (――お父様、お母様。どうかわたし達を護って) 淑子は祈りを捧げ、林の奥を見据えた。そして、『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)が先陣を切り、仲間は共に林の中央を目指す。 だが、そのとき――轟いた雷が琥珀を貫いた。 「……っ! 自分の領域に入られたくない気持ちってのは解るけど、な」 そんな事を言ってる場合じゃないんだ、と衝撃を耐えた琥珀は地面を踏み締める。痛みは伴えど、琥珀の傷がさして身体に響いていないのは、彼が徹底的に防御を固めて挑んだゆえの結果だ。 標的を感知したらしき敵の動きは、遠く離れていても分かる気がした。 拒絶と憎悪。 きっと、彼の存在はそんなものだけを抱いている。 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)は本当の事情が不透明なのが悔やまれるところだと唇を噛み締めた。だが、だからといって放っておけば犠牲者が出る。 「仕方がない、か。やることやって、ちゃんと祀ってあげましょう」 アンナは仲間を襲う雷に注意しながら、奥へと歩みを進めた。 進む度に雷鳴が轟き、こちらを貫こうと奔る。鋭い痛みを堪え、『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)は全力で防御態勢を取った。 「なかなか厳しいで御座るな。だが、焦りはしまい」 一気に駆け抜ければ到着も早くなるが、そのままでは体力を消耗したまま強力な相手と戦うはめになってしまう。そのため、幸成達は防御を固め、回復の機を取りながら徐々に進んでいた。 それでも、回復の手が心許なければ消耗するのは同じ。 だが、今回の面子はその方面に対しては驚くべきほどの力を持っていた。 「万全の人選で来れたものだわ……。気は抜けないけど、これなら――」 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)は仲間を見渡し、己の金属の体に走った痛みを思う。傷を受けたとて、ひよりやアンナがすぐさま癒してくれる。 雷陣が身体を縛り、衝撃を与えるならば淑子が邪を祓い除け、『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)も癒し手に加わって体力を完全に保つ。更に、気力が減って来ればエフェメラが癒しの力を帯びたフィアキィを呼び出して回復をはかった。それらは決して無駄打ちにはならず、しっかりとしたローテーションが組まれている。 ほぼ完璧ともいえる補助と進み方によって、仲間達は林を確かに進んでゆく。 「ボクには元の狐の想いは分かりません。だけど、今に出来るのは、E・ビーストを討つこと」 光はこの奥に待ち受ける敵を思い、闘志を燃やした。 勇者として敵の心を思う事も大切なことのひとつだ。だが、これ以上の被害者を増やさせるわけにはいかず、悪となった存在を屠ることも大事な務めだと光は思う。 「ボクはボクの信じる正義の為、人を守る為に戦います!!」 何が正義かは己で決めること。 それならば、自分達は未来の為に正義を貫こう。雨の降りしきる中、思いは強く巡った。 ● やがて、雨で煙る林の向こう側に大きな存在が見えはじめた。 仲間達の気力は幾らか消耗していたが、体力の方に欠けはほぼない。 見遣った先には遠目からでも銀毛だとわかる巨体が鎮座している。エフェメラは憎悪めいた眼差しにびくっと怯え、ひよりも身構えることで戦いへの気持ちを整えた。 幸成も銀狐からの敵意を感じ、仲間達に呼び掛ける。 「立ち止まっては相手の思う壺、ここは兎に角突っ切るのみに御座る!」 相手とて林に入る者を排除しようと雷鳴を轟かせていたのだ。目視できる位置に来れば、更に強力な攻撃が飛んできてもおかしくはない。 「ようやく辿り着きました、ここから先はボク達のターン!」 風の如く疾く駆けた幸成に続き、光も標的目掛けて駆ける。そして戦闘態勢を取った琥珀も、呪力のカードを周囲に舞わせた。その際、動いた雨狐が神鳴を発動しようとするのが見えてしまった。 そのことに気付いた琥珀は鉄扇を高く掲げ、敢えて自分に注意を引いた。 「来いよ。お前はきっと人間が憎いんだろうな」 琥珀の眼差しが狐のそれと重なったと思った瞬間、雷が激しく轟く。 だが、琥珀の放ったカードも敵へと衝撃を与えた。その隙を狙い打ち、幸成が気糸を解き放つ。飛散した糸は鋭く迸り、銀狐の体を絡め取ろうと一気に集束した。ここで敵を縛ることができれば良かったのだが、上手く機が巡らない。 「流石は強敵、というところね」 アンナは詠唱を始め、仲間の受けた衝撃を癒しに回る。敵がさほどの衝撃を受けていないことも把握し、この戦いがかなり長引くであろうことも予感していた。それでも、アンナは自分達が倒れることなどないと思っている。 何故ならば、支える者として今日も全力を尽くすと決めていたからだ。持久戦とてこちらの戦い方なのだと覚悟し、アンナは仲間達に視線を送る。 それを受けたミュゼーヌは頷きを返し、己の身に宿した力を発現させた。 「貴方の心は厚い曇天のようね。でも、それすら月の光が切り裂くわ」 ミュゼーヌは銀狐を見据え返し、月の女神の加護を受けた銃を構える。淡い蒼白の輝きが武器から弾け、雷に対抗するように光弾を放つ。 人間の都合で住処を追われたのならば同情する。 ――この雨は動物達の嘆きで、雷は動物達の怒りなのかもしれない。 それでも、ミュゼーヌは戦う事を止めない。嘆きと怒りを作ったのが人ならば、同じ人間として受け止めるべきだと思ったのだ。同様に感じた淑子も戦斧に破邪の力を籠める。 「決して林の外へ出て人を襲う事はない、住処を追われた狐さん。それなら悪いのはひとの側ね」 語り掛けながら、淑子は重い斬撃を見舞った。 あなたの悲しみも、怒りも、それに怨みも尤もなこと。ぶつけてくるのが自分達ならば、遠慮など要らない。 林を守る狐がこの場から逃げ出してしまう事などないだろう。だが、油断も容赦もしない。ほんの少しの運命のいたずらで後悔が生まれることを淑子は知っている。 淑子と光は雨狐を囲い込むように布陣し、それぞれの刃を振るった。 「恨みや憎しみがあるというのなら、ボクだって全て受け止めます。さぁかかってくるです!」 立ち向かった光が銀爪を剣で受ける。 重い衝撃と剣を伝って襲い来る痺れが光の身体を縛りあげ、動きを止めてしまった。しかし、仲間の危機に気付いたひよりが聖神の意思を光臨させ、癒しを施す。 誰も倒れさせず、危うい場面にすら持って行かない。 それがこの面子で強力な狐に対抗する術であり、揺るがぬ作戦だ。幾度も攻防を重ね、幸成達も応戦し続ける。鳴き声は禍々しく、雷も間近で喰らうとなれば更なる脅威になっていった。 エフェメラは支援と攻撃を織り交ぜながら、戦いを続ける。 負けていられない、と心情では意気込んでいても、雷が鳴る度に悲鳴をあげてのけぞってしまう。 「うー……やっぱり怖いよっ!」 果敢に堪える皆の背後で、エフェメラは懸命に恐怖と戦った。何故、かの狐は雷を使えるようになったのだろう。エリューションへの謎を抱くも、きっとその答えは見つからない。 降る雨に対抗するように、エフェメラは火炎弾を降り注がせた。琥珀がその機会に合わせて破滅を予告する道化のカードを炸裂させ、焔と札が交ざり合って弾ける。 アンナは回復手に回りながら己の気力が尽きぬように心掛け、ミュゼーヌもばちばちと弾ける月の力を以てして連続攻撃を仕掛けてゆく。 ひよりも回復を十分に施しながら、敵の姿を見つめた。 きっと、雨の銀狐はこの場所のすべてを守りたいのだろう。もう、何も奪われたくないのだろう。 「わたし達にできるのはただ、もう一度奪うことだけなの」 抗うために力を得たことが解るのに、その想いを砕くしかできないことが、ただ悲しかった。身勝手だとも分かっていた。だが、自分達に出来るのはそれだけなのだ。 憤りに身をやつし、存在し続けることに終止符を打たなければならない。 ひよりは口許を引き結び、戦場をしかと見渡した。 ● 怨嗟のこもった鳴き声が林に響き、雨がいっそう強くなった。 視界を揺らがせる雨を振り払い、幸成は後方の者達を気にかけつつ戦う。敵から与えられるダメージは大きいが、ここまで誰も倒れずに居られるのは回復手の存在があるからだ。 「忍務の要たる回復役の方々はなんとしても守らねばならぬ故、此処は通さぬ」 邪魔な者を排除しようと動こうとするのを抑えるべく、幸成は瞬時に雨狐に肉薄する。神速で切り込んだ幸成の斬撃は狐を斬り刻み、辺りに血を散らした。 銀狐の体躯が紅に染まり、流石のエリューションも体勢が揺らぐ。 ミュゼーヌはそこに生まれた隙を逃さず、銃口を爪の生えた肢へと差し向けた。針の穴すら通すことのできる一閃で狙い打ったのは銀の爪。次の瞬間、堅いものが砕ける音がしたと思うと、銀狐の片方の爪の一部が剥がれ落ちた。 「一手を防がせて貰ったわ。次は反対側かしら」 語りかけるミュゼーヌに対し、狐は低く唸る。だが、まだ雷の力やもう片方の爪は残っているゆえ、攻撃の力は削れていない。それでも、相手の体力も相当に消耗していることが分かった。 光は更に切り込み、仲間に大きな声で呼びかける。 「皆さん! 油断せずに行きましょう!」 きっと、もう少しで追い詰められるはず。そう信じた光は全身の闘気を武器に集中させ、全力の一撃を叩き込んだ。多大な衝撃に巨体が動き、背後の木まで吹き飛ばされることとなる。幸成と光は、万が一にでも逃げ出さぬようにとすぐさま銀狐の左右に回り込み、布陣を取り直した。 仲間の様子を見守り、エフェメラはフィアキィを呼び出す。 「まだまだがんばれっ! まだ少し雷は怖いけどっ、絶対にへこたれないんだから!」 エフェメラが呼び掛ければ、妖精もふわりと浮いて仲間を鼓舞するように動いた。自分の恐怖より、気持ちより、何よりも――倒さなきゃいけない相手が目の前にいる。エフェメラは気を強く持ち、肌を伝う雨の流れを指先で拭い取った。 雨は激しいものになっていた。 琥珀は息を吐き、戦闘の疲弊で荒くなった呼吸を整える。そこへ淑子が大丈夫かと問い掛け、琥珀はまだ平気だと答えてみせた。 「……狐の嫁入り、とは呼べない雨ね」 「ああ。この雨だって、怒りの涙なんだろうな。とことん、お前を人の都合に巻き込んじゃってるよな」 淑子が零した言葉に、琥珀は頷く。 お前、と称したのは目の前の銀狐だ。言葉が届くかはわからないが、琥珀は彼に語りかけずにはいられなかった。今日だって人の都合で、この狐を狩りに来たのだ。人の業だと理解しつつも、引けないいのだと、琥珀は自分を律した。 結局、この世界は狩り合いの戦いが巡るのが常。 すべてを認め、受け入れたわけではない。それでも、琥珀は得物と己の力を振りかざし続けた。淑子も力いっぱいの斬撃を振り下ろし、狐の嫁入り――天泣についての思いをぽつりと落とす。 「吉事であるのなら、こんなに悲しくはならないでしょうね」 倒さなければいけないのに、胸に満ちる思い。これはおそらく、この戦いが終わる最後の最後まで整理などつかない事柄だ。御免なさい、と小さく告げた言葉はせめてもの気持ちか。 淑子が辛く苦しい思いを抱いていることを感じ取り、ミュゼーヌも複雑な思いを胸中で燻ぶらせる。ひよりも悲痛な心を振り払い、胸元で掌を握り締めた。 怒りしか持たぬ存在。異様へと変じてしまった生き物。 それが運命の巡りなのだとしても、悲しさは拭い去れない。雨の雫は幾らでも振り払える事ができたが、こればかりはどうにもならないのだとひよりは首を振った。 「わたしは……あなたが怒りや悲しいことから解き放たれるように、祈ることしかできないの」 だからこそ、自分ができることを。 そう思っているのはアンナも同じ。そして、彼女は長く続く戦いの転機をしっかりと見出した。 「光さん、幸成さん、狙われているわ。気を付けて!」 アンナの呼び掛けを聞き、幸成は即座に身を翻した。しかし、光の方は反応が一瞬だけ遅れてしまう。 「しまった……!」 次の瞬間、鋭い爪が彼女を襲う。 だが、ひよりとアンナの癒しが仲間を支えた。ふわりと広がった温かいひかりは、光の身体を包み込んだ。ありがとう、と礼が返ってくると、アンナは礼には及ばないと小さな笑みを向けた。 猛威を揮っていても、銀狐の力は間もなく尽きる。 「今がチャンスだ。――行こう!」 そう感じた琥珀は目配せを交わして仲間に合図を伝え、自分も一気に切り込んでいく。戦いによる身体の軋みも、肌の冷たさも、心の痛みすらあった。だが、それすら乗り越えて勝利を掴むのが自分達の務めであり、成すべきことだ。 「だいじょうぶ。わたしたちなら、絶対に勝てるわ」 淑子の戦斧が銀狐の身体を薙ぎ、致命傷を与えた。その一瞬後に生まれた最大の好機を掴み取り、ミュゼーヌは淡い蒼白の光を迸らせる。 狙いはただひとつ、雨の銀狐の頭部。確実に仕留めるべく、ミュゼーヌは引鉄を引いた。 「もういいのよ。怒りを……鎮めなさい!」 銃声が雨音を切り裂き、辺りに木霊する。 刹那、銀の巨体が崩れ落ち――その存在は、音も無く雨に解け消えていった。 ● 雨が止み、それまでの気配が薄れていく。 幕引きはただ、静かに。鳴り響いていた雷も、それを起こしていた主が消え去ることで収まり、木々の間からは木漏れ日が差し込んできていた。 「くしゅんっ……。すっかり濡れ鼠になっちゃったわね」 ミュゼーヌは思わずくしゃみをしてしまい、晴れているというのにずぶ濡れの自分達を指して笑う。 自分達は、勝利したのだ。 エフェメラはすっかり穏やかになった辺りを見渡し、笑顔で勝利を喜ぶ。服は濡れ、髪も肌に張り付いていたけれど、成すべき事を成せた事実は純粋に嬉しかった。 「ほんとにすごい雷だったねっ! みんなに大事がなくて良かったよっ」 彼女の明るい笑みに仲間もつられて笑みを零し、戦いの終わりを労い合う。幸成は銀狐の消えた場所をそっと見遣り、静かに瞑目した。おそらく、消えた存在に出来ることはそれだけだ。 無言のままでいる幸成をちらと見上げたひよりも彼に倣い、祈りを捧げる。 「どうか安らかな眠りにつけますように」 そして、せめてこの林が守られるといい。そうするのは神秘の力ではなく、人の意思だけど、とひよりは願った。その言葉を聞き、光も小さく呟く。 「ボクはボクの正義を貫いたんだ。これで、良かったんだよね」 答えはまだ出ない。それでも、誰かの死の未来は防げたのだ。 アンナは眼鏡を片手で押し上げ、後で塚ぐらいは作ってあげようと決めた。手向けになるかは分からないが、そうしたいと思ったのだ。 「暇があったらこんどあぶらげ持ってくるから、それで我慢してね」 「そうね、祀る気持ちは無駄にはならないはずだもの」 アンナの物言いに淑子は小さく微笑み、手を合わせた。彼の狐の命と存在を奪った自分達だが、それと一緒に収まらぬ憤りも消してしまえたのならば、良い。 本当の思いは何処へ消えて行ったのかすら、分からない。それでも、ただそう願う。 そうして、仲間達は共に林を去る。そんな中、琥珀はふと空を見上げた。 「……ああ、眩しい空だな」 見上げた天涯は透き通り、何処までも清々しく高く広がっている。晴れた空の色は心まで晴れやかにしてくれるかのようで、琥珀は双眸を細めた。 ――もう天は泣いていない。 零れた涙の雫はきっと、此処に降り注ぐ陽が乾かしてくれる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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