●銀世界 デパートの吹き抜けに、銀色のオブジェが聳えていた。地下一階から遥か地上六階まで屹立するそれは、氷の柱だった。周囲に冷気を振り撒いて、茨が這うようにその領域を広げていく。 逃げ惑う買い物客の中に、その場で立ち止まって、氷の柱に何度も叫ぶ少年が居た。 「佳奈ぁぁぁぁっ! 何だよ、この氷! くそ! 佳奈、佳奈ぁぁ!」 少年の視線の先、氷の柱の中心。水色のドレスに身を包んだ少女が居た。声は果たして届いていないのか、少女が目を覚ます気配はない。 やがて、少年の叫びは氷の中に消えた。 神秘的な静寂が二人に舞い降りる。 無慈悲な永遠の中に、少女と少年は眠りについた。 ●ブリーフィングルーム 「『万華鏡』の予知を回避しなくてはならない」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、集められたリベリスタ達を振り返った。 「氷の柱はアーティファクト『アデレード』が生み出したもの。アデレードは、水色のドレスで身に付けた使用者の意思に関わらず、傷付けられたり、無理矢理脱がそうとされると――映像のようなことになる」 その際に、使用者は氷の中に閉じ込められて、ただでは済まない。一般人であれば間違い無く助かることはない。 「予知は数時間後の未来。急いで回収する必要がある」 映像が巻き戻り、デパートが銀世界に変わる前を映し出した。 少年と少女が手を繋いで、買い物を楽しんでいる。 『ほらほら、甲くん、見て見て、可愛いでしょう? 古着屋で買ったの』 『ちょっと子どもっぽいんじゃないか、それ?』 『もう、私がこういうの好きなの知ってるでしょ?』 『まあねぇ、ほんとーに昔っから、佳奈はお子ちゃまな趣味だな』 『むぅ、なによぉ……』 恋人同士なのかもしれない。からかい、笑い合い、幸せそうだった。 「氷の柱が生み出されたのは映像の彼――杉山甲(すぎやまこう)が、少女――尾野佳奈(おのかな)の纏うアデレードを、ふざけて脱がせる振りをした拍子にフリルを破ったことが原因」 現在がその未来に至る前に、なんとしても平和的な方法でアデレードを回収する必要がある。幸いにも二人は佳奈の服を買いに来ているようで、試着室まで誘導できれば、自分から脱いでくれる筈だ。それをうまく盗み出して、安全な場所で処理するのが無難である。 「他にも脱がざるを得ない状況を考えてみて。決して直接的に脱がしに掛かるのは、映像の通りなるから厳禁だよ。……それと、使用者本人に説得して脱いでもらうのも危険。アデレードにはE・エレメントが宿っているから、意図を勘付かれてしまうかもしれない」 普段はアデレードの中で眠っているが、破壊されそうになると暴れ回る。ただ、あくまでアデレードの力を借り受けているに過ぎないので、アデレード本体を破壊されれば、一緒に消滅する。 「脱がすことができたなら、すぐに破壊した方が無難だと思う」 イヴは説明を終えて、一息つくと、改めてリベリスタ達に言った。 「時間はないけど、作戦はきっちりとね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:potato | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月27日(月)23:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●作戦開始 デパート地上一階、透明ガラスのフェンスにもたれて、『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)は眼下の人混みに目を凝らす。 氷のオブジェができるまで、残り時間は僅かだ。 「光陰矢の如しと言えど、まだ到達していない未来に助けを求める者が居れば、私はその理不尽を払い、幸福の未来を築きましょう」 例え逼迫した状況とあっても、アラストールは焦りの表情を見せず、冷静に捜索を続けて、 『――救出対象の少女と少年を見付けました』 すぐさまアクセスファンタズムを通して、仲間に報告を行った。 仲睦まじいカップルが、地下一階で待機していた『デンジャラス・ラビット』ヘキサ・ティリテス(BNE003891)の横を通り過ぎていく。 『こっちも二人を確認したぜ』 すぐ隣に控えていた『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)に頷いて合図を送る。 『尾行を開始するわ』 怪しまれない程度に距離を置いて、佳奈と甲の後を追った。 ヘキサはブリーフィングルームにて見た悲劇を思い出して鼻を鳴らす。 「けっ、二人の愛よ永遠に、ってかァ? 方法が氷漬けってトコも洒落てるぜ、クソッタレ」 アデレードが実行した残酷な所業に毒突いていると、メイド服を完璧に着こなした少女が後ろから近付いてきて恭しく窘めた。 「ヘキサ様、そんな汚い言葉をお使いになられては、折角の可愛らしい容姿が勿体のうございます」 「…………誰? いや、それにオレ、男だし」 「シェリーでございます」 困惑に固まるヘキサの横で、恵梨香が今回の作戦の総指揮を取っている『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)へ連絡する。 『シェリーという名前の協力者は二人も居ないわよね?』 『シェリー様はお一人だと存じ上げますが』 『なら、いいの』 メイドの正体は、遅れて合流した『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)で合っているらしい。 「作戦会議の時と雰囲気が違い過ぎるだろ!?」 ヘキサが突っ込むも、シェリーは上品に笑うだけだった。 『二人が服屋に入ったのを確認した』 三階で待機していた『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)は、友人の店の紙袋を下げて買い物客を装いながら後を追う。 ふと、顔を横に向ければ共に行動していた『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)が常の笑顔に、僅かに怒りと悲しみの色を落としていた。 「突然の死別だなんて悲し過ぎる未来だろ。なんとしても阻止しなきゃだな」 「ああ、女王様にはさっさとご退場願おう」 アデレードを皮肉って女王と呼び、鷲祐は頷いた。 『全員、三階に到着されましたか?』 シエルは全員にアクセスファンタズム越しに確認を取った後、アイコンタクトでお互いの位置を把握する。 『葛葉様、戦場の準備は整いましたか?』 『ちょうど駐車場に到着したところだ。トラックの荷台は全員が乗り込むには少々手狭だが、強度的にはある程度の無茶はできる』 『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)は無事にアデレードを回収できた後、破壊の際に周囲へ被害を広げないために大型トラックを用意していた。 『それは重畳です。万が一も考えられますからね』 『ああ、ここで確実に始末してしまおう。一般人の手にあるのも危険だが、これがフィクサードに悪用されればもっと厄介だ。……回収班の健闘を祈る』 シエルは葛葉との通信を終えると改めて宣言する。 『では、お二人の未来の為にも頑張りましょう。 ――作戦開始です』 ●接触 「可愛い服ですね」 「はい、とても素敵なドレスです。青い色なんて珍しい。この店で買われたものですか?」 シエルは微笑みながら佳奈の纏うアデレードを褒める。すぐ側で使用人らしく控えるシェリーが同意を示した。 「えへへ、ありがとうございます。そちらも素敵な着物と……メイド服?」 佳奈は人懐っこい笑みではしゃぐが、妙な取り合わせに首を傾げた。 ――リベリスタ達に戦慄が走る。 まさかこのタイミングで、そのポイントで訝しまれるとは、このままでは魔眼や記憶操作を駆使しても、疑いが強過ぎて抵抗されてしまう恐れがある。 『洋風の使用人を連れた和服の令嬢という設定は苦しいのではないか?』 『確かに端から見ると……着物、メイド服、ウサ耳、ドレス。愉快な光景だな』 周囲の警戒にあたっているアラストールと鷲祐からツッコミが入る。 シェリーはすべてを受け流し開き直った。 「――これは、私服です!」 そう、妾は通りすがりのメイドさんだ! と思い込んで、思い込ませて、貫き通す。 「私服なんですね。とっても可愛いです!」 一同の戦慄と不安を吹き飛ばすぐらいに、佳奈は単純で天然だった。 「褒められちゃったよ、甲くん!」 「服がな」 「もう、どうしてそういうこと言うかな」 シエルはほっと安堵の息をつくと、仲間に目配せした。 恵梨香はコクリと頷いて会話の流れを引き継ぐ形で行動に移った。 「衣装だけでなく、着ている貴方もとても素敵よ。そう思いますよね?」 「う、お、俺は……」 気恥ずかしそうに頬を掻く甲の顔を覗き込んだ 「色々な衣装を着た姿を見てみたい思うわよね?」 紅の瞳が怪しく輝いた。至近距離で合わさった視線が、粘着いたように外せなくなる。 「ここにはきっと、似合う衣装がたくさんあるわ」 魔眼を伴った言葉は魔女の甘い誘い。無意識の抵抗を打ち破り、甲を催眠状態へと陥れた。 「そうだな。見てみたい」 「甲くんがそんな素直に口するなんて、変な物でも食べた?」 ――リベリスタ達に再び戦慄が走る。 まさか甲は佳奈に対してそこまでヘタレだったのか? 『いっそ佳奈氏も魔眼で操作するのはどうだろう?』 『しかし、アデレードを着た状態ですよ』 琥珀の提案に、アラストールが危惧を示す。 『ええと、真面目に話し合ってるところに失礼致しますが、別に問題ないようですよ』 シェリーに言われて、甲と佳奈のやり取りに目を向ければ、 「彼女の可愛い姿は色々と見てみたいだろ」 「ど、どうしたの? 今日はほんとに変だよ?」 「可愛いって言っただけで、なに顔真っ赤にしてるんだ?」 「だ、だって! もう、ずるいよっ」 バカップルな光景が繰り広げられていた。しかし、催眠状態の甲がどうしてあそこまで自然な会話を――とそこで気付く、恵梨香が戦っていた。 砂糖を吐き出しそうになりながら甲を魔眼で巧みに操る姿に、遠巻きに見守る仲間達は、店員に怪しまれるのを無視して、敬礼を送っていた。 『俺は現場を見れないのでな、口を挟むのは遠慮していたが……作戦は順調なのか? 物凄く不安なのだが』 アクセスファンタズム越しに聞こえてくるやり取りは、どれも怪しいものばかり、葛葉が不安になるのも当然だった。 ●回収 色々な問題が発生しながらも、一同はなんとか佳奈に甲が選んだ服を持たせて試着室に送り届けることができた。 試着室に向かう佳奈が擦れ違う瞬間、シェリーは値札を素早く回収しておいた。 『過程はどうあれ、ここまで進められましたね。皆様、準備はよろしいでしょうか?』 シエルは念の為に回収班へと呼び掛けた。 『こちらの準備は万全だ』と試着室の側に待機する琥珀。 『周辺に店員の姿はない。客は幾人か居るが、私と鷲祐殿で視線を遮ろう』とアラストール。 準備が整ったところを見計らったようなタイミングで、佳奈は着替えを終えて試着室のカーテンを開けた。 「どう、かな?」 甲が選んだのは若葉色のシンプルなワンピースだ。 ヘキサは佳奈がアデレードを脱いたことで、危険はないと判断して、記憶操作を行った。 「似合ってるぜェ佳奈姉ちゃん! ヘヘッ、見惚れちまったァ」 知り合ったばかりではなく、以前から交友のある友人だと認識を変える。 「先程のドレスとは雰囲気が変わりましたね。ぐっと大人っぽくなっておりますよ。とてもお似合いです」 ヘキサとシェリーにべた褒めされ、佳奈はカーテンに身を隠して、 「もう、みんな大袈裟だよぉ」 とまるで友人に接するように反応した。どうやら記憶操作は成功したようだ。 「日差しよけにその衣装に似合う帽子でも探してみない?」 恵梨香は甲に魔眼を重ねながら、佳奈の右手をそっと引く。 「あっちに佳奈姉ちゃんに似合いそーなのあったぜ!」 ヘキサは恵梨香とは逆に佳奈の左手を握って引っ張った。 「わわ、引っ張らないでってば」 恵梨香とヘキサは催眠状態の甲を伴い佳奈を連れ出して、向かい側の帽子屋に入っていった。 『そういえば、支払いは大丈夫なのか? このままでは万引きとまで行かなくとも、店員から接触を受けてしまうのでは?』 『それなら対策済みです』 アラストールの疑問にシェリーは先回りしていた。 「騒がしくてしまい、申し訳ございません。お嬢様達はいつもこうなんです。支払いは私が致しますので」 完全にメイドへと成り切って、予め回収した値札で会計を済ませていた。 シエルは佳奈と甲が試着室から遠ざかるの見送り、 『琥珀様、アデレードの回収をお願い致します』 琥珀は着替えを覗く、という発想を持たない紳士である。そのため透視の発動タイミングは佳奈が試着室から出たとの報告を受けてからだった。 アデレードはハンガーを通して壁に掛けられている。 周囲に細心の注意を払って物質透過を使い試着室へと侵入した。 「まずは回収だな」 いつ気を変えるか分からないので、アデレードを慎重に扱う。 「後は代わりのドレスを掛けておかなきゃだな」 亜空間より水色のドレスを取り出した。 作戦開始までに時間はなかったが、なんとかアデレードに似た服を用意してきていた。サイズやデザインを極力近付けてあるので、簡単にはすり替えたことがばれない筈だ。 『回収完了。鷲祐氏、引き渡しのタイミングは任せます』 「今がチャンスだ」 鷲祐の返答はカーテン越しからの肉声だった。足元に紙袋が広げられていたので、さっとアデレードを放り込む。 無事に回収を終えた鷲祐は、紙袋を手に取って歩き出す。 「駐車場には近付かないように暗示を掛けたわ」 恵梨香は報告を行いながら振り返って、逆方向に歩いて行く佳奈と甲の背中を見詰めた。 「良いカップルだったわね」 ほんの少し間だけの偽りの友人ではあったが、交わした言葉と過ごした時間に嘘はない。 「さて、俺達も行こうか。楽しい時間が待ってる――仕事だがな」 意識を切り替える。 ここからが、リベリスタとしての本当の仕事だった。 ●破壊 上弦の月が青々とした快晴に潜む昼下がり。 無事に回収できたとの報告を受けて、葛葉は白と青を基調としたコートに身を包んだ肉体から闘気を溢れさせた。 何事もなければ、それで良し。 何かあるのならば、この拳を振るうまでのこと。 「……来たか」 紙袋にアデレードを収めた鷲祐を先頭に仲間達が合流する。 「準備はできている。さっさと済ませてしまおう」 駐車場の隅に止められた大型トラックを、親指を立てて背中に向かって示した。 両開きの扉を開けて、空っぽの荷台に乗り込んだ。 鷲祐は紙袋の中に手を突っ込み、すぐに冷気が漂うのに気付いた。 「勘付かれたか!」 利き手に握り締めたナイフを、紙袋越しに突き立てた。金属と打ち合ったような痺れが走り、思わず紙袋を手放す。 紙袋は氷に包まれて、やがて脆くも崩れ去った。 アデレードは厚い氷を纏い、氷の精霊に支えられて宙を浮く。 「逃しはしないさ」 葛葉は荷台の扉を閉めて、退路を断った。 「念には念を……です」 シエルは不慮の事態で戦場が拡大するのに備えて、結界を展開する。 各々にすぐさま戦闘に合わせて呼吸を切り替える。武器を手に、アデレードと対峙した。 「改めて確認だ。最優先目標はアデレードの破壊。俺達にやれない訳はない」 「うむ、それでは始めるか。……義桜葛葉、推して参る!」 葛葉は踏み込みと同時に練り上げた拳を突き出した。闘気を宿した拳は、幻影を生み出して、精霊達に襲い掛かる。軽やかに回避する精霊達だが、アデレードまでの進路を阻む精霊はその身を犠牲にして盾となる。 「ハエみてェに飛びやがってェ……這い蹲ってろォ!」 ヘキサが蹴りを放つと同時に閃光が迸った。精霊は目を回して、あちこちに頭をぶつけ出す。統制の取れた精霊達の動きに混乱が生まれた。 「ここで終わらせてもらうよ」 混乱には更なる混沌を――琥珀の呪力で生み出された狂わしの赤い月が不吉を告げる。アデレードを守った精霊は、その身に呪いを刻まれ氷の彫像へと成り果て、落下と同時に砕け散った。 精霊達は仲間を奪われたことに怒り、氷柱を四方八方へと投げ飛ばす。 「この拳を前に、容易く通させはしない!」 向かってくる氷柱を葛葉は鉄甲で迎え打つ。しかし、流石に数が多く防ぎ切れなかった。後衛の仲間へ氷柱の群れが襲い掛かる。その内の一本が、回避の遅れた恵梨香の脇腹を抉り、赤く染まった。 「くっ、これぐらい大丈夫よ」 「無理は禁物ですよ」 シエルがすぐさま恵梨香の傷口に、天使の息を吹き掛ける。微風が痛みを払い、傷口を塞いだ。 聖骸闘衣を身に纏ったアラストールは治療を受ける恵梨香をを庇うように前へ出る。 「氷精、今は夏に近い時節です。舞うなら半年早いぞ」 擦れ違い様に刃は鮮烈に輝く軌跡を描きながら、精霊を真っ二つに斬り裂く。光と氷が弾けて、精霊の最後を彩った。 「さっきのお返しをあげるわ」 恵梨香は魔導書を開いて炎を呼び寄せる。仲間を巻き込まないように離れた精霊を狙って炸裂させた。熱気がトラック内に立ち込めて、精霊の動きが鈍くなる。 「どうやら炎を嫌うようね」 「では、私も……いや、妾も炎を振舞おうとするか。たんと味わうがよいぞ、氷の精霊共!」 メイドの時間は終わり、魔道士の時間の始まりだ。 シェリーは樫の杖を振るい次々と炎を炸裂させる。精霊はその身を焼かれ、羽根を砕かれ、次々とただの氷のオブジェと化す。 氷の精霊ははアデレードを支える二体のみ。 「あんたを守るのはもうそれだけだ。誰からも讃えられるには――少々冷た過ぎたなッ!」 アデレードの孤独を皮肉り、鷲祐は駆け出した。 その時だった。アデレードから冷気が迸り全員に襲い掛かる。氷柱吹雪に一同は目元を覆った。微細な氷柱が刃となって、皮膚に突き刺さり、全身を氷で犯す。 「このままじゃ不味い、脱出だ!」 琥珀は床に凍り付いた足を力尽くで剥ぎ取って、扉を全力で蹴りつけた。捻じ曲がった扉の隙間から、氷柱は季節外れの雹となって飛び出していく。 氷結に悶える一同を尻目に、アデレードは氷の精霊に運ばれて、荷台から飛び立ち―― 「逃しはしない、と最初に言った筈だ」 葛葉の渾身の拳が氷の鎧を貫いて、アデレードに突き刺さった。それでも逃亡を強行しようとするが、葛葉の稼いだ一瞬は『神速』にとっては、充分過ぎる時間だった。 「これ以上、女王様の癇癪には付き合っていられんのさ!」 鷲祐のナイフから一瞬にして放たれた無数の刺突は、アデレードの氷を光の飛沫へと変えていく。氷がなければ、後はただの布切れ一枚。 風に漂うように上空へ逃げ出すアデレードを追跡する影が一つ。 「この牙でッ! ズタズタに喰い散らすッ!」 晴天月下に兎が跳ねる。空中で見事な体捌きを披露して、目にも留まらぬ連撃を叩き込んだ。 「食い千切れェ……! ウサギの、牙ァ!」 脚甲が火炎を撒き散らし、刃と化した蹴撃がアデレードを真っ二つに引き裂く。 精霊は二つに別れたアデレードを手に持って、逃げ出そうとする。 「何度も言わせるな――決して逃しはしない!」 葛葉は最後に残った精霊を、アデレードごと空中で完全に原型を止めないぐらいに破砕した。粉微塵になった精霊とアデレードは、散り際美しく――ダイヤモンドダストとなって輝いた。 「綺麗なドレスだったのに勿体なかったわね……」 「優秀の美を飾ったのです、あるいは満足しているかもしれませんよ。今この瞬間、一番その美しさを喜ばれているようですからね」 アラストールは空を見上げる恵梨香に、ある方向を手で示した。 そこには、キラキラと輝く空を見上げて、はしゃぐ佳奈と甲の姿があった。 「ほら、こンなモン無くたって、二人離れずやって行けるっつーの」 ヘキサは二人の幸せな様子を確認して、消え去ったアデレードに舌を出す。 「これからもお幸せに、たった一日だけの私のお嬢様……なんて妾の柄には似合わんな」 シェリーは悪戯な笑みを浮かべた。 「悲しい未来は回避できたんだ、二人がこの先も幸せになってくれるといいなぁ」 琥珀は笑う。いつものように。誰もがいつまでもそうあるように祈って。日常こそが彼の愛するものだから。 「皆様、お怪我を治療致しますので、こちらへ集まってください」 シエルは怪我をそのままに帰ろうとする鷲祐と葛葉を呼び止める。 「なら肩も治してくれ。気を使ったら凝った」 「その好意、ありがたく頂戴しよう」 葛葉は治療を受けながら、横目で立ち去っていく佳奈と甲を静かに見送った。直接言葉は交わしていない。それでも、二人が本当に幸せそうに笑っていたのはこの目で確認した。 「若き二人の恋人に幸運があらんことを。そして、願わくば二度と神秘などに関わらぬことを」 去り行く恋人達を繋ぐのは、冷たい氷ではない。 取り合う手が温かな体温を伝え合い、心の深いところで繋げ合っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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