● 手に取った刃物に意味がない事に気付いては居なかった。 そもそも、殺人事件を起こした所でメディアに報じられるなんて御免である。そんな事になってしまったら危うくお縄だ。人生経験上必要の有無を考えれば、そのイベントは必要ない。 爪先立ちで『ついうっかり』殺してみたら、案外簡単だった。だから、殺してみようかと思った。友達の嫌いな人とか、クラスの殺し屋チックな感じ。ちょっと目立つ。あと、怪談話になるんだ。――これはゲームの様なものだ。割と、楽しい。 正義と悪と分類するとして、悪に傾倒する人種だって居るじゃない? 何を正義とし、何を悪とするか。そう言うのって人によって違うのは知っているけれど、真面目に語り合う機会なんて無いのだから知らない。大体の確率で自分が『悪』に傾倒している事は解るけれど。 でも良い事をしたと思っている。困った人を助ける為に殺してみた。 怪談話。 ――誰にもばれない様に屋上に通じる階段の踊り場の鏡に写真と名前を張れば殺してくれる。 あ、これって正義かな? 犯人は私。殺したら皆キャーキャー言ってくれる。ちょっと、嬉しい。 楽しかったというのも理由だけれど、少しは『正義のヒーロー』ごっこになったのだったら幸いだ。これで人の役に立てたと言う証拠になる。 「生きてるだけで私の酸素が減るので、死んでくれません?」 基準は私。私はヒーローだから。罰を下す事が許されている。ハイ、死刑! ● 「学校の怪談って有るじゃない。まあ、どっちかってと『ホラー』ってより『事件』かしら。こういう時、探偵とかになってみたいんだけど――」 胸を高鳴らせ世間話に花を咲かせる『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)が事件よと周辺のリベリスタを見回した。どうやら今回のお願い事は『事件』であるらしい。 「とある高校の噂なんだけど。 『誰にもばれない様に屋上に通じる階段の……踊り場にある鏡に写真と名前を張れば貼られた相手は死ぬ』とかなんとか。まあ、良くある話よね? そう言うのって、昔話と組み合わせて怪談になるパターンが多いんだけど、今回はマジです」 お化けじゃないけどね、と首を振る世恋は人的な事件よ。お化けは怖い、と真顔で告げた。 「犯人はこの高校に通う2年生。兼田汐梨。一見普通よ。制服着てて、フツーに黒髪の女の子。美術部よ。 本日狙われるターゲットは絞り切れなかったんだけど……汐梨さんが今日、事件を起こす事は確かな事実。それを食いとめて頂きたいわ。説得でどうにかなる相手ではないわよ?」 見回す世恋はアークに勧誘するとことは通じないのだと切って捨てた。彼女は確かに正義に酔っている。だが、それがアークの方針内で酔えるかと言えばそうではないのだ。誰もがアークに来ることで『しあわせ』になれるとは違うのだから。 「殺しても構わないわ。彼女には最近取り巻きが付いている。犯行のお手伝いをする取り巻きね。 取り巻きを含めて彼女等は『ヒーロー倶楽部』だとか名乗っているわ。……うん。 彼女と取り巻きを倒し無事に本日の被害者になる一般人を助けてほしい。 犯行現場は屋上よ。学校内での犯行になるから、その、放課後直ぐに潜入して貰う形になると思うんだけど――」 ちらり、と周囲を見回して、気をつけてね、と世恋は苦笑する。 男女共学。制服は準備済みだと言う。そう言えば、よくよく見ればこの月鍵、服装が何時もと違う。 嗚呼、なるほど、机の上に置いてある制服と同じではないか。コスプレしていたが違和感が無かった。 「それじゃ、よろしくお願いするわね。あ、何だったかしら、彼女、あだ名があるんですって。 『絶対アンチ・ヒーロー』。何とも言えないお名前ではあるんだけどね」 それじゃあ、よろしくね、と送りだす様にひらひらと手を振った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月14日(火)22:54 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 校庭に響く声を耳にしながら、長い黒髪を揺らして俯き気味に階段を駆け昇る女生徒の姿があった。 鞄を抱いて、慌てて階段を駆け上る姿は何処からどう見ても忘れ物を取りに戻った女子学生の様に見える。 『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)は常に浮かべていた恐怖をも感じる美貌を幻視という能力を駆使して隠してしまっている。 学生服を着る事に戸惑いを覚えるのはやはり成人男性であるから故か。幻視を使っても自身に違和感を感じ続ける『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)の微妙な表情を横目に、胸を高鳴らせる葉月・綾乃(BNE003850)は学生服のコスプレをしている自分の姿に何処か緊張を覚える様であった。 「アラサー的な年増感は幻視でカバー! 頑張ってカバー!」 「学校の制服って何だかドキドキするね! お姉ちゃん、普通に見えるかな?」 くるりと1回ターン。フュリエである『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)にとって学校とは馴染みのない場所だった。制服は特務機関アークの物があるが、其れを着用したとしても仕事の範囲なのだ。学校と言う場所に、同じ制服を着て足を踏み入れる。其れだけで胸が高鳴るのだ。 しかし、アラサー女子こと綾乃が自身の年齢と学生時代の思い出に悲しみを浮かべている中、現役で高校生の年齢である『百叢薙を志す者』桃村 雪佳(BNE004233)はきっちりと制服に身を包み、此れから起こり得るである事象にやや感傷的になっていた。 「……正義、って何かしらね」 一言、黒髪を揺らした『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)の言葉にも雪佳は俯くしかない。この時、糾華には意図せざる事が起きていた。彼女の超直観が告げたのだ。放課後に、固まって歩くにしては違和感のあるメンツではなかろうか。無論、学校にそうそうと馴染まぬ理由は放課後に見知らぬ男女が固まって歩いているという状況に在るのだが彼等は個別に屋上に向かう事はしなかった。 「あっちから人が来るから一気に上がるよ!」 熱感知を利用した『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)の助言を得て、一気に階段を駆け上がるリベリスタ達の中でも一気に階段を駆け上がったのは雪佳や綾乃と言った安定した足場を確保する術を身に着けていた面々であった。 屋上まで一気に駆け上がった面々が、一気に幻視を解いて扉を開く。 ばん、と音を立てて明けた扉の向こう、座りこんだ少年と其れを取り囲む『ヒーロー倶楽部』の少年少女達が其処に立っていた。 ● じとりとした湿っぽさを感じる校舎裏に『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)は潜んでいた。忍務を全うする為、影に潜み、面接着を生かして校舎を登っていく。柵の下、屋上の人影にばれぬ位置に潜んだ幸成はばたばたと駆け上がってくる足音に現状の把握が出来て居ない事を悟り、やや慌てた様に武器を手に取った。 扉があけ放たれると同時、『何かが来た』と悟った『絶対アンチヒーロー』こと兼田汐梨が被害者少年に向けて彫刻刀を付きたてようとする。 「ふむ、それはいけないで御座るな」 彫刻刀を受け止めたのは呪手甲だ。キン、と音を立てて其れを弾く幸成は不意打ちに強い。その身に宿した蛇の因子が彼を支援したのだろう。 「――誰」 淡々と、少女が声をあげる。忍び装束の男が今日のターゲットを庇うと言うこの状況。そして、屋上の入り口付近に立っている七人の男女の姿。何れも武器を構えたその様子に汐梨がただならぬ人間だと悟ったのは無理も無い事だろう。 「正義のヒーロー、だそうだな」 百叢薙剣を握りしめ、真っ先にヒーロー倶楽部の面々の中へと駆けこんだのは雪佳であった。疾風のブーツが屋上のコンクリートを蹴り上げる。切っ先が真っ直ぐに明るい金髪の少女を目掛けて淀みなく振るわれた。 同時に周囲に展開された強結界。鉅が広めるソレにより、周辺の一般人への配慮の第一段階が出来る。さりとて、目の前の一般人にとっては異質な人間であることには変わりないのだ。アビ・ア・ラ・フランセーズがふわりと風の中ではためいた。ソレに違和感を感じずには居られないだろう。フランス式の男性用宮廷服を纏ったアーデルハイトがディー・ナハトを緩やかに捲り上げる。その動作は何処からどう見ても『コミック』や『ノベル』の中のキャラクターの様なものだ。 「ごきげんよう、殺人鬼の皆様方。私の名はアーデルハイト・フォン・シュピーゲル。貴方々に死を齎す、吸血鬼で御座います」 「私達が下すのは正義。私が下すのは絶対正義よ。断罪の時間を教えてあげる」 後衛位置、アーデルハイトの手首から溢れだす血は鎖となって金髪の少女――鶴原ゆいやヒーロー倶楽部内のノーフェイスを捕まえる。その非現実的な風景に一般人であった生徒が悲鳴を上げた。 今更、泣き叫んだ所で何の意味があるのであろうか。糾華の赤い瞳が細められ呆れの色を灯す。凶行を繰り返す『正義』を冠した『偽善』を糾華は肯定しない。 やらない善よりやる偽善。糾華は己を偽善者だと肯定する。己は人殺しであるのだから。しかし、偽善者の眼から見ても彼女等は善人では無いし、彼女等は偽善者でもないのだ。 「さあ、正義を始めましょう?」 艶やかに舞い続ける蝶々が全てを切り裂く様に汐梨やゆいを狙い撃つ。彼女の超直観は的確にノーフェイスを見つけ出してはその身を穿つ。前線に立つ雪佳を殴りつける拳に彼の足がじり、と下がる。 「……お、おい! 何見てんだよ! た、助けてくれ!」 制服姿で普通の黒い瞳で仲間達を見据えた瑞樹の元へと掛かる声に彼女は小さく首を傾げた。幻視を解かない彼女は普通の一般人の少女に見えるのだろう。隠された左目の蛇眼が『異質』である事に気付く者は何らかの能力を持っているのだから、敵であると認識できる。 「力に酔うってのはこういうこと何だろうなあって思って」 果たして己がその力に酔っていないのか。瑞樹にはその判断は未だ付かない。簡易護符手袋に包まれた掌をきゅ、と握りしめる。その手に持つのは魔力で象られた破滅の道化。手首で揺れる恋の雫。恋とは予期せぬ衝撃を与える。殺戮はまた別の衝撃を与える物なのだ。 ゆいを狙うカードにより彼女が嫌々と首を振る。背後でぎゅ、と手を組み合わせ魔力増幅杖 No.57を握りしめたルナは何処か緊張した面立ちから落ち着き払った様に息をついて優しく笑う。 「幸成ちゃん、被害者クンを任せたよ?」 その声に、柵の近くで被害者を庇う体勢を作る幸成が小さく頷いた。空間がぐにゃりと歪み、ルナが普段通りの姿に戻る。鮮やかな青い瞳にフュリエの特徴的な尖る耳が揺れた。故意的に解いた幻視、魔術師の様に見える仕草に『ヒーロー倶楽部』の面々が慌てた様に攻撃態勢を作る。 彼女を狙おうとする敵に対して噂の魔術大辞典(2012年度版)を開き、その頁をなぞる様に指を動かしていた綾乃が閃光弾を投げ込んだ。戦闘が始まっている以上、仲間を巻き込む可能性も否めなかったが、彼女はソレに気を使いながら、出来る限りの人間の往く手を阻む。 「いやー、いいですねー、ヒーロー。自分が行うのが正義、敵は全て悪。 そんな風にやっていけたら私のリベリスタ稼業ももうちょっとはかどるんじゃないかなあ」 そこまで紡いだ時に、一縷の望みを感じたのか汐梨が顔を上げる。灰色がかった長い髪を揺らした綾乃が小さく笑う。丸い黒い瞳がゆっくりと細められた。おしとやかで、丁寧である綾乃の雰囲気からソレはヒーロー倶楽部の面々からは救いの様に思えたのかもしれなかった。 「……なーんて、言うとでも思いましたか!」 くすくすと笑う綾乃の言葉に、ぴたりと手が止まる。梯子を外すとは正にこの事を言うのであろうか。彼女の言葉に目を剥いたヒーロー倶楽部の面々の意識は其方に逸れてしまっている。その『隙』を逃さないのが正しく忍びであろう。座り込んだ少年の腕を引き、幸成が少年の体を抱え上げる。敵陣をすり抜けて、ルナが視線をゆるりと送る。 「それじゃ、よろしくね?」 「任されたで御座る! 貴殿を助けに参った。今はとにかくこの場を逃げるで御座るよ!」 すり抜けて、扉が閉まる。気付いた汐梨が彫刻刀を手に飛び込んだ。受け止めたのは前線に立っていた鉅だ。武器を見せて威嚇を行うとしたとしても『相手も革醒者』だ。人殺しを善として認めたヒーロー倶楽部の面々にとっては棒立ち状態の彼は敵では無かったのだろう。 「ヒーローを開始しましょ? 生きているだけで 「『私の酸素が減るので、死んでくれません?」……って誰の言葉かしら』」 重なる言葉に汐梨が顔をあげる。指先に纏わせる蝶々が緩やかに終わりを告げようと雨の様に舞い踊る。 「私の言葉。こんにちは。私はヒーロー。今日の被害者は、あなた!」 びしり、と指差された鉅は無明を振るう。気糸がノーフェイスへと絡みつく。被害者少年の保護に総人数は必要ない。だが心配したのかじりじりと後退する彼は階下へ通じる扉を開き、下へと逃がす幸成の様子をちらりと確認する。 一手で後衛へ下がった彼の元へと、飛びかかろうとする。だが、とん、と小さく杖がコンクリートを叩いた。『少女』に見えるかんばせに浮かべたのは優しい笑顔。長い銀髪がゆるりと揺れて、ルナはヒーロー倶楽部の面々を見回した。 「さっ、準備は整った。汐梨ちゃん、この間違ったヒーローごっこは終わりにしようか?」 ● 秘術はその効力を発揮するまでに順当な時間を必要としていた。人数が多いヒーロー倶楽部に対するリベリスタの数は8。被害者少年を逃がす幸成とその補佐に回った鉅を抜きにすれば陣地作成の術に取りかかるルナとその支援を行うリベリスタが5人のみ。大凡にして倍の数になるヒーロー倶楽部は半数が一般人であるとしても有利に戦うには難しい部分もあった。 「ッ、力の使い方を知らない。けれど、心のどこかで知っている気がする」 それって不思議でしょう、とナイフを持ちかえて滑り込む。瑞樹の刃が真っ直ぐにゆいの胸へと突き立てられた。絶叫に続き、恐怖の波紋が広まっていく。言ってでも早く止めを、と狙ったその切っ先により、少女の命に終止符が打たれる。 ゆいと名を呼ぶのはノーフェイスだ。彼らもまた殺す事になるのだと糾華はじ、と彼等の顔を見つめていた。投擲武器は己の手に感覚を残さない。それ故に、その死の重みをその細腕で感じることは滅多にないのだ。 「私は、覚えておかなくちゃならないのよ」 再度繰り出される弾丸に敵の数は減っていく。持ち堪える事が叶ったリベリスタ達の疲弊も凄まじい。しかし、綾乃の回復と一般人がその場から姿を消した現状では彼等が戦いやすい状況を作り上げることが出来ていたのだ。 継いで、百叢薙剣が付きたてられて、引き抜かれた後に、淀みない攻撃は、赤い飛沫をあげ続けた。その行いに雪佳が正しいとハッキリと言い切る事は出来ない。絶えず心の中で繰り返す問答。 「私は、正義のヒーローだから! 皆のヒーローなんだから!」 「正義のヒーロー? 罪なき人を殺す事が正義だと? 俺はお前の様に人を殺める事に酔いはしない! ……いつか報いを受けるその日がくるまでは、俺はこの苦しみを受け入れ、そして罪なき人を護り切るのみだ!」 其れこそが己の正義だと胸は張れなかった。己は人殺しだ。この手で幾人もを切り裂いたか。自我があり、痛いと泣くノーフェイスを、同胞で有ったものを切り裂いてきたこの行いを『正義』と正当化出来るものか! 「俺は俺を正義の味方等と烏滸がましい事をいう心算も無い。――俺はただの殺人者だ!」 「でも、誰かの役に立って喝采される、其れがどれ程のものか、解らない訳ではないでしょう!?」 声を張る。困惑を浮かべる少女の彫刻刀が雪佳の腹を切り裂いた。一歩引きさがるその足は止まることなく、強く屋上を蹴り上げる。彼を支援する様に、攻撃動作を与える綾乃が頁をめくりくすくすと笑った。 「正義を名乗らなきゃ人を殺せない? 唯の三下は引っ込んでてください! アークは、私達は忙しいんです!」 「じゃあ、貴女は人を殺せるというの!? 罪だと認識して!?」 癒しを歌う綾乃へとノーフェイスが彼女等を襲い来る。分厚い本は受け止めるものの、彼女の自覚通り、攻撃を堪え切る事は難しかった。けれど、その自分でも『役に立てる』ならば。 綾乃は歌い、そして、癒し続ける。癒す事に手番を使うことで攻撃の手を弱める彼女への攻撃を食い止める様に黒鎖が伸びあがる。 視線を落とし、ディー・ナハトを揺らしたアーデルハイトはその美貌に薄らと浮かべた微笑を唯優しげに向けるだけ。彼女は闇夜に浮かぶ銀の月。ソレは、ただ、その場所で嗤っているだけでその存在を表せる気品を湛えた彼女の異名。 「此方は生死の境界。夜闇の帳、鮮血の湖。――死を弄ぶものは、死に喰われるものと知りなさい」 指先が指し示す。血の鎖は逃がしはしない。構築された帳の中で、鮮血の鎖は絡みつく。アーデルハイトが指し示すのはその往くて。我も彼も、この場の誰もが罪人ならば。 「逝くは同じく冥府の道。だからこそ、私は皆様に往く手を示しましょう」 伸びあがるソレ。アーデルハイトの攻撃の傍ら、扉に潜んでいた幸成が、影に潜む様に、現れて仕掛け暗器を振るった。彼を援護する影が揺らりと動く。汐梨を狙うその忍具が鮮血を艶やかに咲かせ続ける。連続して振るわれる其れが周辺に立っていた雪佳の肌を切り裂けど、彼は気にせずに猛攻した。 「貴殿には正義の二文字は解らんので御座ろうな。ただの子供の遊びはお終いにするで御座るよ」 「私は本当のヒーローを知ってる。だから、教えてあげるよ。汐梨ちゃん」 遠く隔てた世界樹の加護を己に宿しては、祈る様に指を組みあわせる。彼女を支援するは変わらぬ永遠から巣立った祝福だ。隣で舞い踊るディアナに触れて、ルナ周囲に炎が浮かぶ。 「ドレだけ事を取り繕っても唯の人殺しは悪いこと。私は希望を得たんだ、その希望をわかる?」 名も知らぬ思いとあの悲しみの連鎖。誰かが否定しても、肯定するから。 ――だから、笑って。前を向いて。進み続けて、戦い続けて! マイヒーロー! それはYOUだけでは無い複数の人間に向ける激励の言葉。何処か、可愛らしい白い髪を揺らす少女が口癖のように紡ぐ言葉を口にしてルナは炎の雨をノーフェイス達へと落とした。 「どうあっても、私は貴女を逃がさない。何処までだって追いかける。私は、護りきるよ」 一気呵成。その言葉を口にすることなく。揺れる陽光を感じながら瑞樹は一気に攻め立てる。倒れていくノーフェイスの中、攻勢を強めるリベリスタ達に一人になった『アンチ・ヒーロー』は笑いだす。 嗚呼、何だ。その手つきはただの子供の遊びではないか。 幸成はソレに気付き、彼女の腕を切り裂いた。ひゅん、と飛んでいく己の腕を呆然と見詰めて少女が絶叫をあげる。 「ソレが報い。其れが死の痛みで御座る。貴殿が与え続けた痛み、しかと受け止めよ!」 「もう一度、聞いてあげましょうか? ねえ、『生きてるだけで私の酸素が減るので、死んでくれません?』」 くすり、と糾華の形の良い唇が歪められる。その言葉に見開いた瞳で少女は最期の最期、闘気を爆発させて駆け寄った。 『ヒーロー』は認められない。ヒーロー倶楽部は最早バラバラだ。支持者を失った哀れな殺人者が目を剥いて『玩具』を振るう。断罪論理はそこには成り立っては居なかったのだ。 扉の向こう、被害者となっていた少年を護るべく共に居る鉅は物音を聞きながらその終焉に気付き目を伏せる。 「……厄介なことばかりだな」 ● 「自分を貫くなら私に魅せて、見せて? 想いに酔うなら醒ましてあげる。お姉ちゃんは悪い子を許さない」 まっすぐに飛ぶ光球が少女の胸を穿つ。続く様に、銀にも思える白い髪が揺れて、切り裂く様に、踊り狂う。ステップは淀みなく、嗚呼、けれど、糾華の表情は年頃の少女の悲痛さが浮かべられていた。切り裂いた、その腕に感じる命の重み。 「生きているだけで罪とか言う気も無いわ。けれど、只、哀れに思う……」 誰かを恨む事は世の定め。 それを否定する事は無い。しかし、それを善と認識し続ける事は雪佳には不可能だった。己が報いを受ける事だって解っている。人殺しの報いが、己の往きつく所は未だ無くて、ただ、今、『断罪』が汐梨には下ったのだろう。 「因果応報……これが、お前への報いだ!」 振り下ろされる切っ先が少女の首を切り裂いた。糾華の蝶々が彼女の胸に突きたてられる。目を見開き、雪佳を見据えた少女の口が「ひとごろし」と静かに紡ぐ。 倒れていくその体を見据えながらアーデルハイトは彼女の往く果てが『己と同じ場所』である事を祈り、静かに目を伏せた。 「……また、殺したわ。何度やっても、嫌な感触」 ぎゅ、と握りしめた掌に手を添えて瑞樹は小さく首を振る。お疲れ様を紡ぐ彼女の瞳は糾華には蛇の眼の様に見えて、小さく呟いた。 「そうね、私達は」 「俺達は人殺しだ」 踏みつけた断罪論理。彫刻刀の刃は零れ、もう使い物にもならなかった。 融ける景色の中、普段通りの少年少女の声が響く学校の校庭を見降ろして、雪佳は静かに武器をしまう。 「さ、帰ろっか?」 手を差し伸べて、ルナはただ優しく笑っていた。ただ、ぼんやりと夕焼けが浮かんでいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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