● 怒りや妬みなどのマイナス感情を爆発させて和菓子を作るとE・ゴーレム化する。 もちろん、そんなことは普通には起こりえない。フィクサードが何らかの儀式やアーティファクトを用いて作為的に作り出すことはままあることだ。しかし、アーティファクトを持たない一般人がこの手の奇跡を幾度も引き起こすなどそうあることではないだろう。 普通でないことを過去に2度、起こした男がいた。 名を佐田健一という。 ● 「ふうん、なるほどね」 これがこの男にとっての儀式のようなもの、そう言われれば確かにそうなのであろうと叶野美香は納得した。肩にかかった茶色の髪を手でうしろへ払い、フォークリフトに椅子ごと括りつけられた佐田健一から壁にかけられたスクリーンへ目を移す。 スクリーンにはデート中のカップルが映し出されていた。男の腕に頬を寄せる女は、佐田がいまも未練を残すかつての恋人である。このあとまもなく、ふたりはホテルへ入っていく。その後もしっかり盗撮されており、スクリーンにいっぱいに恋人たちの痴態が映されることだろう。しかも、佐田は耳にはめられたヘッドホンから否応なしにその音を聞かされるのだ。 ふっと笑うと、美香は意地の悪さがにじみ出た声で手下の一人に命じた。 「ちゃんと見られるように目薬をさしてあげなさいよ。彼、瞬きできないんだから」 とある国際空港に近い倉庫街。その一角に逆凪の末端組織・紅躑躅(べにつつじ)会所有の物流倉庫がある。 倉庫に積まれているコンテナの中身は、主にヨーロッパより輸入した高級食材や調味料だ。荷の中には紅躑躅会の主なシノギである「スパイス」や「ハーブ」といった合成薬物が巧妙に隠されていた。 美香は木製コンテナに寄りかかると、ブランド物のシュガレットケースを取り出した。細身のタバコを取り出して火をつける。一服ののち、細い煙を赤い唇から吐き出した。 「ねえ、まだ首を縦に振らないの? ……寒くなってきたわ」 黒服の男が美香の唇からタバコを取った。 「酒の量が足りないのかもな」 「ここへ連れてくるまでにたっぷり飲ませたわよ」 美香はタバコを上手そうにふかす高野和彦をにらみつけた。 神秘界隈に流れる噂話を追って佐田を見つけ出してから三ヶ月。毎日のように店に通ってそれとなく好意があることをほのめかし、ようやくデートに誘い出すことが出来た。それが今夜だ。美香は正体をばらして佐田を天国から地獄へ突き落とす前に、アルコール度数の高い酒をさんざん飲ませていた。 「ビデオじゃ刺激が足りないのかもよ。やつの前でオレとやるか?」 「よしてよ。冗談じゃない」 仕込みは充分なはず、と美香は高野からタバコを奪い返す。 「スパイスかハーブをきめて無理やり作らせてみたら?」 「そうだな。それで駄目なら処分するか」 ● 「佐田が覚醒する」 だれ、と上がった声に応え『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、佐田健一を知らないリベリスタのために過去2件ある佐田がらみの依頼内容をかいつまんで説明した。佐田について詳しく知りたければ移動中に資料を読んで欲しい、と断ったうえで改めて今回の依頼内容を説明する。 「逆凪の末端組織、紅躑躅会フィクサードたちがさらって佐田を拷問にかけている。目的はE・ゴーレムの大量作成。作ったE・ゴーレムを六道あたりに売りつける計画だったようだけど、やりすぎて佐田自身を覚醒させてしまったの」 覚醒直後、佐田は紅躑躅会フィクサードたちの手から逃れようとして無謀にも戦いを挑むが、あっさりと叩きのめされたうえ束縛されてしまう。そこでトドメを刺さずにやはり売り物にしようとしたのが、フィクサードたちが犯した最大の間違いだった。怒りと恐怖に駆られた佐田のフェーズが2に引きあがってしまったのだ。 「フェーズ2になった佐田はとんでもない能力を開花させていた。手に触れたものすべてをイリューション化させる能力よ」 イヴは間を置いた。佐田を倒さない限り、無限増殖するイリューションの恐怖をリベリスタ全員がイメージし終えるまで。 「紅躑躅会フィクサードは12名。アークトップクラスのリベリスタに匹敵する実力者が2名もいたけれど、佐田が量産するエリューションたちに押し切られて全員が殺されている」 倉庫の近くには国際空港がある。その後に起きる大惨事は口にするまでもないだろう。 箱舟一のフォーチュナは強い光を放つ眼を真っ直ぐリベリスタたちに向けた。 「いまから出発すれば佐田が倉庫に連れ込まれた直後に到着が可能。覚醒する前に助け出して。万が一、佐田が覚醒してしまったら……手遅れにならないうちに倒してね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月18日(土)23:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● おぼろ雲をたなびかせた下弦の月を背景に、給水塔の上で高笑いする赤く尖った乳の女が1人。 「なんだありゃ?」 倉庫の入口で番を勤めていた2人が顔を見合わせたのは一瞬のことで、己の役目を心得ている彼らはただちに行動に移った。頬のこけた貧相な男が鞘から剣をそろりと抜き出して、不審者の排除にひとりで向う。あとに残った男は軽く足を開くと、ゆっくりと息を吐き出して気を整えた。それから胸元のレシーバーに手を伸ばしてインカムのスイッチを押す。マイクを口元に寄せて仲間に警戒を呼びかけようとした矢先、暗がりからふらりと背の高い男が現れた。 「毎度お馴染みアークでっす☆ 悪い事考えてるフィクサードさんはないないしちゃうよ☆」 氷刃の霧にさえぎられ、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が浮かべた笑みはたちまち見えなくなった。 無数の刃に襲われた男は、反撃はおろか口を開く暇さえ与えられず、体に幾つもの赤い筋をつけたまま凍りつく。 そこへ『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)が練りこんだ気を拳から男の腹に叩き込んだ。内部から氷像が砕け散る。 「まずは1人」 優希は落ちたインカムを拾い上げた。 ≪おい、三木。どうした? ……おい、返事をしろ≫ 手の中から垂れ落ちていたレシーバーとイヤホンを手繰り寄せてスイッチを押す。 「人を人とも思わぬ外道共め……徹底的に潰してくれる!」 ≪……誰だ?≫ 優希はインカムを握りつぶした。 「行くぞ」 倉庫を根城にしていたネズミたちをファミリアで従えた『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)は取っ手を掴むと、大きくて重い鉄扉を横へ滑らせた。雷慈慟の足元をネズミたちが駆け抜けて行く。 『合縁奇縁』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)もネズミたちと一緒に倉庫の中へ駆け込んだ。いちばん近いコンテナの影に身を飛び込ませる。わずかの差で木箱の端がぱっと砕け散った。 続けざまに乾いた音がして、コンクリートの床に小さくえぐれたあとがついた。 「上からの狙撃に注意しろ!」 「分かってる♪」 雷慈慟にひらりと手を振って、終は流れるような足の運びで倉庫内に突入した。コンテナの角からひょいと顔を出したうっかりものと目が合えば、そのスピードを生かして切迫。冷気を帯びた短剣を横に払って鼻筋を断った。ぎゃっ、と悲鳴を上げてうずくまった敵の肩を踏み台にして、二段重ねになった木箱の上へ飛び移る。 「はーい、こっちだよーん☆」 終は両腕を高く突き上げると、3階通路のクリミナルスタアたちの注意をひきつけにかかった。 コンテナの下では、雷慈慟が鼻を手で押さえて立ち上がろうとしたうっかりものにアームレス・カルトを叩き込んでトドメをさしていた。横を走りぬけようとした優希を伸ばした腕で遮ると、先行させたネズミを2、3匹呼び戻した。 「……そうか。敵はもう迎撃態勢を整えたか」 「どういうことだ?」 コンテナの横が吹き飛んだ。砕けた木片と粉々になった中身が雷慈慟と優希の上に降り注ぐ。 攻撃を避けるため、ふたりは一旦コンテナの陰に退避することにした。改めて優希が状況を問う。 「高野と叶野が北側に積まれたコンテナの向うへ退避。佐田が括りつけられているフォークリフトは高野たちが陣取るコンテナのほうへ移動させられている。男が1人、傍で控えているようだ。たぶん、ナイトクリークだろう。のこりは左右に展開しているようだな」 ふむ、と唸った優希の横へ終が降り立った。 「オレも見てきたよ。ちら見だけどね」 終のいうところでは高野たちの前に積み上げられたコンテナは2段、ところどころ1段になっていて、開けたところから攻撃を仕掛けてくるつもりらしい。「その前方に12メートル四方ぐらいかなぁ、開けた場所に健一さんが括られたフォークリフトがあったよ。真ん中よりもやや北側ってところかな」 「つまり、フォークリフトの周りには……」 身を潜める影がない。 優希は腕を組んで毒づいた。こうなったら多少の犠牲は覚悟の上で空間を突っ切り、高野たちに突貫するしかない。 「まあ、まて。自分に考えがある。ともかく雅たちの戻りを待とう」 雷慈慟は壁の隅に置かれた防水バケツに目をやった。 ● 『下剋嬢』式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)は『蜜月』日野原 M 祥子(BNE003389)119とともに、給水塔へ向かうフィクサードを左右から挟み撃ちにした。襲撃に気づいて剣を構える敵を雅が放った黒い影が覆いつくす。がむしゃらに剣を振って影を切り裂いた男が後退するそぶりを見せたところへ、走りこんできた祥子が月光に勾玉をきらめかせる盾を大上段から頭の上へ振り下ろした。 「がふっ!」 膝を崩したソードミラージュの顎を蹴り上げて仰け反らせると、祥子は軽く飛んで素早くさがる。 背中から路地に倒れこんだ男を再び黒い影が覆った。転がりもがく男を一閃の黒い光が貫いた。 「ふふ。上手く誘え出しましたね。赤いコーンのこのロックな使い方……私、必ず殿方を魅了すると思っていました」 月明かりの中に出てきたのは街多米 生佐目(BNE004013)だ。工事現場でおなじみの、あの赤い三角を2つ胸に装着している。腰に手を当ててモデル立ちするその姿は、本人曰く米国の某ロック歌手のスタイルを真似ているとか……。 「2つ装着で命中率もぐーんと上がりますしね」 どや顔でふふふ、と笑う生佐目に、雅は顔を引きつらせながら、「でもそれ、優希に見られる前にとったほうがいいと思う」と忠告する。 「なにゆえ?」 生佐目は眉をひそめた。 「ほら、優希さんって真面目だから。たぶん……怒ると思うの」 祥子に言われて生佐目は渋々と胸からコーンを外した。 そのころ―― 『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)は、倉庫3階窓から事務所の中へ下半身を突っ込んだ状態でもがいていた。体を斜めにしたり、肺の中から根こそぎ空気を搾り出したりして工夫するが、どうしても胸が支えて通らない。 「ん、もう! なんですの。おしりが通ったんだから胸だって通るはずなのに……」 一度出て頭から入りなおそう。そう考えた彩花は壁に手をついて踏ん張った。 「え、うそ!?」 今度は腰から下が抜けてくれない。抜群のスタイルがこんなところで邪魔をするとは。 「なにこれ、なんの冗談です?」 下ではこれから仲間たちが命をかけて戦おうとしている――というのに情けない。 彩花は長い髪を振り乱して懸命にもがいたが、腰から下ががっつりと窓枠に嵌まってにっちもさっちもいかなくなった。いよいよ進退窮まってAFを取り出す。抑えた声で話しかける相手は雷慈慟だ。 「ごめんなさい……ちよっと、壁を破らないと入れなくなって。ひとつハデに攻撃を仕掛けてもらえると助かります」 ● 「あ? ああ。分かった」 雷慈慟が彩花からの連絡を切ると同時に、雅たち3人が倉庫へ入ってきた。雷慈慟は手招きで生佐目を呼び寄せると、「マスターテレパスで竜一に連絡を取ってくれ」といった。 「お安いご用でゲス。で、なにを伝えればよかと?」 お前は何者だ、と言いながら雷慈慟は竜一に取ってもらいたい行動を生佐目に伝えた。 話を横で聞いていた終が眉をひそめる。 「発想は面白いけど、上手くいく? 出来たとしても、こっち側に近いほうしか氷を降らせられないかもよ」 「出だしが滑りやすくなれば、あとはまあなんとか。自分と優希で健一に当てないようにコンテナを押しだす。生佐目は竜一が動きやすいように敵を挑発してくれ。雅と祥子は終の援護を頼む。……とその前に」 彩花のためにハデに一発やるか、と言って雷慈慟は立ち上がった。コンテナの上に頭を出したとたん上から狙い撃ちされ、慌てて引っ込める。 「ようは大きな音を立てればいいんだな?」 入れ替わるようにして優希が立ち上がった。なにをする気なの、という祥子たちを、入口に向かって手を振り下がらせる。 左右の通路から優希の頭を狙うクリミナルスタアを雷慈慟がピンポイントで牽制した。 優希はすっと腰を落とすと、怒号を発しながら目の前のコンテナに拳を打ち込んだ。派手な音を立てて木っ端が飛ぶ。倉庫に破壊音が響く中、コンテナの山を越えて男の怒鳴り声が飛んできた。 「おい!! うちの大事な商品を無駄に壊すんじゃねぇ!」 「知るか!」 優希は2個目のコンテナを壊しにかかった。 (……あ、るけど? やるのそれ?) 生佐目からテレパスで作戦を聞かされて竜一は困惑した。何か手を打たなければ佐田のところへは近づけない。影のないあの広い空間を突っ切れば、フィクサードたちから集中攻撃されるのは確かだ。とはいうものの……。 竜一は暗がりで赤い光を発する屋内消火栓を見た。これをやれば影潜みが解ける。 (まあ、やるしかないか) フィクサードの気配を探りつつ、屋内消火栓の扉を開けた。2本あるうちの細いほうをそろりと引き出す。細いほうを選んだのは、たった1人で放水作業しなければならないからである。開閉機能付のノズルであったのは幸いだった。 ゆっくりと、竜一は音を立てないようにホースを引きながらコンテナの合間を縫って佐田がいる空間へ出た。 「死ねっ!」 斜め上で立て続けに閃光が2つ弾けた。ぴしっ、ぴしっと音をたてて床に穴が開く。 顔を上げると3階通路でクリミナルスタアの1人と組み合っている彩花が見えた。 「いまのうちに!」 「おう!」 ノズルの先を開き、広い空間に満遍なく放水する。 「何のマネだ!」 怒鳴ったのはおそらく高野だろう。竜一はコンテナの向うへちらりと目を向けた。視界の隅に剣を振りかざす黒服の男を捕らえる。が、それには構わずホースの先を上へ上げた。 「終!」 かけ声とともにコンテナの影から終が飛び出した。飛び散る水に向かって凄まじいスピードで短刀とナイフを繰り出す。 「凍りつけぇぇっ!」 刃の先から噴出す冷霧が空で水を凍らせる。落ちた氷は床に当たって細かく砕け散らばった。 終の着地と同時に竜一はホースを手放して構えた。が、既に敵は切り込んできていた。首筋をかばって受けをとった右の前腕に刃が食い込む。 「くっ……」 骨に達する一撃を歯をくいしばって耐え、肉を離れていく刃をAFから呼び出したブロードソードで叩き折る。返す刀で勢い余って後ろへよろめいた敵を切りつけた。 「優希、いまだ! 押せ!」 「おう!」 雷慈慟と優希が肩で4段に積みあがったコンテナを押し出す。 ふたりを狙い、道化のカードを指に挟み振りかぶった敵に雅が影を打ち込んだ。 「他所見してんじゃねえぞ! 計算できねえ馬鹿はこれだから困るな!」 矛先を変えて飛んできたカードを生佐目が切り落とした。 「祥子さん、やっちゃってください!」 隙をみて背後に回りこんだ祥子が男の背に鉄槌を打ち込んで骨を砕いた。ボキリ、と嫌な音がたつ。 倒したばかりのクリミナルスタアを足元に転がして、彩花は手すりから身を乗り出した。視線の先に見えるのは赤い月―― 「やばい! 誰かあいつを止めて!」 もう遅い。技はすでに発動している。リベリスタたちの上に無慈悲な赤い月の魔光が降り注ぐ。 「うぉぉぉぉっ!」 仲間たちが膝をつく中、雷慈慟と優希のふたりは力を降りしばって凍る床の上にコンテナを滑らせた。4段目と3段目が勢いで崩れ落ちる。4段目が床に角から当たって大破した。中に詰まっていた小麦粉の袋が破れて白い粉が舞い上がった。 どん、と雷慈慟の背中に衝撃が走った。かふり、と口から血を吐いて倒れる。 手を伸ばして雷慈慟の腕を掴んだ優希のわき腹を対面から飛んできた銃弾が突き抜けた。 そこへ―― 注射器を指に挟んだ高野が白煙を突破って飛び出してきた。 「これでも食らいな!」 優希のうなじに注射針をつきたてるとすかさず押し子をプッシュし、中に入っていた麻薬を残らず注入した。 「ぅぐ!」 雷慈慟の腕から手を離し、首筋に刺さった注射器を抜く優希。 高野は一歩強く前に踏み込むと、がらすきになった優希の腹に全身のエネルギーを乗せた拳を叩き込んだ。 壁まで吹き飛ばされていく優希の横をすり抜けて、終が高野にナイフを突き出す。 その刃先が届くかという刹那、高野の体を包んでいた闘気が爆発した。 下から突き上げる拳の猛攻に終の体が一瞬、空に浮かぶ。高野が拳を引くと同時に血の筋をあとに引きながら床へ落ちた。 高野は顔を上げようとした雷慈慟の頭に足を乗せると、3階に向かって怒鳴った。 「美香! オレの剣を投げて寄越せ、事務所にある!」 ぐりぐりと靴底で雷慈慟の頭を踏みつける。 「くそ……忌々しいアークの犬ども! フェイト復活なんぞさせねぇ。首を切り落としてやる。おい、早くしろ!」 「なによ。人使いが荒いわね」 美香はいつの間にか3階に上がって彩花の後ろへ回りこんでいた。赤い月の出現に気を取られていた彩花の肩をそっとたたいて注意を向けさせると、驚愕に見開かれた瞳を覗き込みながらその豊かな胸に手のひらを置いて、魂を砕く虚無の一撃を打ち込んでいた。あの体制からまさかの反撃を受けはしたが、そのダメージも僅かだ。 「ちょっと、ガキのパンツを見てニヤついてんじゃないわよ。早く下に落としなさい」 美香はただ一人生き残ったクリミナルスタアに気を失っている彩花を下へ落とすよう命じると、くるりと体をまわして事務所へ向かった。 間に合わない、と頭で分かっていても体は自然に走り出す。 落下する彩花を受け止めようと、まだ立っていた雅と生佐目は力を振り起して走り出した。行く手を阻むコンテナの上に飛び上がり、飛び降り、また飛び上がりを繰りかえし、恐ろしく広くなった倉庫の中を重くまとわりつく空気を必死にかきながら進む。 後ろであがる祥子の悲鳴。 雅の横を走っていた生佐目が後ろへ仰け反るようにして倒れた。 雅は足を止めない。 彩花は頭から落ちていた。このままでは頭蓋骨が割れたうえに首の骨まで折れてしまう。ならば―― (ご免!) 雅は走りながら落下する彩花に向かって星儀を放った。攻撃の衝撃で彩花の体が半回転する。 (よし!) 頭上からの攻撃をかわしつつ床に落ちた彩花の襟首を引っつかむと、クリミナルスタアの攻撃が届かない廊下のしたへ避難した。 ● 「佐田健一お前を助けにきた。……がんばれよ。歯をくいしばって踏みとどまれ。必ず助けてやるからな」 そういいはしたものの、自分たちが絶望的な状況にあるのは竜一も分かっていた。 瀕死の佐田を回復させてやりたくても自分にはその手段がない。 (ちくしょう) 佐田を縛っていたロープを解くと、まぶたからテープを剥がして目を閉じさせてやった。音を立てて高野の気を引かないように、ゆっくりと佐田の体を背負う。倒れている仲間たちの姿を目に焼きつけると、ぎゅっと瞳を閉じた。 雷慈慟と優希が前に押し出したコンテナの陰にまぎれて佐田のところまで移動を果たした竜一は、その身を潜ませていたために仲間の中でただ1人、赤い月の餌食にならなかった。右腕に深手を負っているものの、戦えるだけの体力と気力を残している。しかし、たった1人でなにが出来るだろうか? (せめてあと3人、いや2人いれば……) 残っている敵は3人。アークトップクラスの実力者と肩を並べる猛者が2人まるっと生き残っているが、なに、オレとて神秘界隈にその名を知られたリベリスタ。一対一で向き合えば充分勝機はある。闘いたい。闘いたい。闘いたい! かみ締めた唇から血が流れ落ちた。頬を涙がつたう。 「……の気を引いてください」 「なに!?」 耳に届いた弱々しい声に顔を横向ける。 佐田が肩の上から顔を上げていた。 「雷慈慟さん? まだ闘えます。あきらめていません。あの男の下で好機を待っている。見えましたから……雷慈慟さんがあの男をぶっ飛ばすのを」 「お前、覚醒……フォーチュナになったのか?」 竜一は佐田を降ろした。 覚醒を果たしたとはいえ、いまの佐田が瀕死であることには違いない。ひゅうと喉から息を吸い込んで佐田はその場に座り込んだ。 「気を引くと同時に、あの壁の、廊下のしたの女性に回復させて……そ、そのあと……ああ、暗い! 嫌だ、死にたくない」 「お前はもう大丈夫だ、佐田。今しばらく痛みを我慢しろ。落ち着いて見えたことをゆっくり話してくれ」 竜一は佐田を横たえると、コンテナの間から高野の前に飛び出した。 「ばかめ! ひとりで逃げればいいものを」 高野は3階から投げよこされた剣を受け取ると、鞘を払い落とした。 「祥子ぉ! 頼む!!!」 叫ぶなり竜一は横へ飛んでコンテナの影に身を潜ませた。チッと鋭い舌打ちの音が上で響く。目標を見失って迷走した4色の魔光がコンテナを粉々に打ち砕いた。 「やろう……」 階段を駆け上がる竜一を追おうとして、高野が足を浮かせた。 雷慈慟は瞬時に身を捻って体を起こすと拳を突き上げた。体内で渦巻いていた怒りが激流となってほとばしり、高野の体を吹き飛ばす。 「高野ォォォ!!」 祥子の癒しを受けて回復した優希の一撃がふらつく高野の頭部を打ち砕いた。 その上では捨て身の覚悟で突撃した竜一が、熱くはぜる闘気を美香の体に打ち込んでいた。 雅から黒い鳥が不吉な羽音とともに舞い上がり、恐怖から銃を乱発していたクリミナルスタアを襲った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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