● なるほど、それは大変だったねぇ。 安心して良いよ、ここに来たからにはもう解決したも同然だ。 さぁ、この宝石を見てごらん。なに、ちょっとしたリラックスさせる小道具さ。ま、騙されたと思って覗いてみなよ。 中に輝きが見えるだろう? ほら、今度は色が変わった。数も増えただろう? その調子で、数を数えてみな。 1、2、3…… 「はい、一丁上がりっと。おーい、これ仕舞っとけ」 「お疲れさーんっす! いやぁ、いつもながら鮮やかなモンっすね、ショウさん」 部屋の中に入って来た男は、床に転がっている宝石を拾い上げる。拾い上げられた小さな宝石には、その中に納まる程度の少女の姿が浮かんでいた。 「別に大したこっちゃねーよ。コツさえ掴めば簡単さ。何のかんの言って、ガキなんてちょろいもんだからな」 ショウと呼ばれた男は、甘いマスクに軽薄な笑みを浮かべて部下の男に答える。彼は日本主流七派の1つ、『恐山』に属するフィクサード。破界器を用いて、少女をかどわかす仕事をしている。革醒以前より似たような仕事をしており、それなりの業績を上げていた。 「そんなことより、本部の連中が気付きつつあるのは間違い無ぇんだな?」 「ウッス。情報流した奴をボコしたんで間違いないです。奴の話だとまだ証拠は掴まれていないと思うんスけど……」 「甘ぇな。そこまでありゃ、上の連中は動いてくっだろ」 ショウは以前より、横流しや上納金のごまかし等で私腹を肥やしていた。元々、組織に対する忠誠が強い男ではない。得た力で楽して暮らしたいというのが基本の思考なのだ。 そんなショウに対して、部下の男は素直に称賛の声を上げる。 「さすがショウさん! マジパネェっす。でも、どうします?」 「その辺はちゃんと手を考えてある。とりあえず、上の連中に気付かれないように普段の業務を続けておきな」 「ウッス!」 言われて調子よく部屋を出て行く部下。 その後ろ姿を見ながら、ショウは静かに計算していた。 既に自分の立場が危うくなっていることを自覚していた。『恐山』は確かに主流七派の中でこそ戦闘力は劣る。しかし、紛れも無く国内の闇を支える柱の1本である。甘く見ていたつもりもないが、その諜報力は予想以上だった。 (こりゃ、今晩中には逃げた方が良いな) ショウは静かに国内から脱出する手はずと部下を捨てる算段を行っていた。 ● 暖かくなってきた5月のとある日、リベリスタ達はアーク本部のブリーフィングルームに集まっていた。そして、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は、メンバーが揃っていることを確認すると、依頼の説明を始めた。 「これで全員だな。それじゃ、説明を始めるか。あんたらにお願いしたいのは、恐山派のフィクサードが所有しているアーティファクトの奪取だ」 恐山派と言えば、『謀略の恐山』と畏れられる、陰謀を得意とする組織だ。勢力的には主流七派の中でも小さいが、卑怯で実利主義。着実に利を貪る危ない連中である。 「目的のアーティファクトの名前は『グリードジェム』。宝石を生み出して、E能力を持たない人間をその中に閉じ込めてしまう能力を持っている」 スクリーンに表示されたのは指輪に付けられた宝石。単純な宝石としても大きく価値はあるのだろうが、真の価値はそこではない。相手の心に隙を作り、魔力への抵抗力を奪って閉じ込めてしまうのだという。『恐山』はこれを利用して、十代の少女を誘拐していた。「琥珀のように中に少女が浮かぶ宝石」が、好事家に高く売れるというのが理由である。 「売られた宝石に関しても、既に別グループが回収に動いている。ただ、元に戻すには『グリードジェム』が必要みたいでな。あんた達にはそのためにもアーティファクトを入手して欲しい」 そう言って守生が手元の端末を操作すると、軽薄な雰囲気の男がスクリーンに表示される。 「こいつが作戦の指揮を行っている諸角ショウ(もろずみ・-)って奴だ。表向きの顔は占い師でな。繁華街に店を構えて、獲物を狙っている。ただ、こいつ自身は私腹を肥やしていてな、裏で『商品』の横流しをしていて、それが本部にバレたみたいだ。お陰で『恐山』の本部も刺客を差し向けたらしい。こいつにアーティファクトを取られても解決にはならない。気を付けてくれ」 続けて端末に表示されたのは髭面の男。 久氷桜虎(ひさごおり・おうこ)と言う名のクリミナルスタアで、運び屋としてならしている男なのだという。 「タイミングは不明だが、コイツは1人で乗り込んでくるらしい。そもそも真っ向勝負よりも、からめ手を好むタイプみたいだからな。何らかの非戦スキルを使って、隙を突いてくるはずだ。警戒は怠らない方が良い」 敵にはショウの護衛として配置された戦力もいる。戦力的には決して強敵とは言えないが、確実にアーティファクトを手に入れるのには十分な障害が転がっている。 「説明はこんな所だ」 説明を終えた少年は、その鋭い瞳で睨むように、リベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 ● 「とまぁ、こんな状況ね。黒ってことで報告しておいて」 『分かりました。で、手勢は必要無いでしょうか?』 『恐山』のフィクサード、久氷桜虎は電話で部下と連絡を取っていた。女性のような口調といかつい外見が全く釣り合っていない。 「問題無いわ。1人の方がやりやすいわ」 『分かりました、ご武運を』 「チャオ。それじゃ、また会えることを祈っているわ」 そう言って桜虎は電話を切ると、諸角のいる事務所へと戻っていく。 「それよりも問題はアークよね。騒ぎを起こす以上、勘付いちゃうんでしょうし……」 眉を顰めてしばらく考える桜虎。しかし、すぐに考えを切り替える。 「ま、上手くやりましょ。アークと連中がかち合っている間に獲物をゲット出来るのが理想よね~」 身勝手なことを呟きながら、再び歩を進める。 フィクサードと言う人種は多かれ少なかれ、身勝手なものだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月15日(水)23:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「家宅捜索に来ました。お邪魔しますよ」 「ごきげん麗しゅう~アークでっす! 『グリード・ジェム』の回収に参りました~」 「武器を出せ! リベリスタ共が来やがったぞ!」 扉を開けて事務所の中に入って来たもの――『ファントムアップリカート』須賀・義衛郎(BNE000465)と『童貞チキンレース』御厨・夏栖斗(BNE000004)――の姿に、フィクサード達は手に手に刃物と拳銃を握る。 どう見ても、ヤのつく仕事を行う職場への殴り込みにしか見えない。百歩譲って、アクション映画の一幕である。しかし、これは紛うことなき、神秘の世界で行われる暗闘。人知れず行われる、リベリスタとフィクサードの戦いだ。 「悪いことは許さないんだからねっ!」 その証拠と言わんばかりに、『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)が室内で魔力の光弾を炸裂させる。戦場に聞こえた彼女の幼い声とは裏腹に、派手な光が戦場を覆い尽くす。その光が合図となったかのように、神秘の闇の中で革醒者達は戦いを始めた。 「チッ、こんな所で殺されてたまるかよ! てめぇら、リベリスタを倒せばボーナスだ!」 恐山側のリーダー、ショウは声を上げると仲間達に癒しの息吹を与える。 その風を追い風のようにして、フィクサード達は苛烈な攻撃を仕掛けてきた。 もっとも、その士気の要因は状態異常が治されたからというだけではないはずだ。 しかし、戦意の高さの話をするのなら、リベリスタがそうそう後れを取るものではない。 「癒し手として悪い癒し手には負けないのです!」 「偶には……良い所を見せないとでござるな!」 キンバレイ・ハルゼー(BNE004455)もまた、一部の特殊性癖を持った紳士方が好みそうな体操着姿で飛び跳ね、年に似合わぬ豊かな胸をたぷたぷ揺らしながら癒しの術を詠唱する。同じ癒し手として、あんな人の弱い心に付け込むような奴は許せない。そんな彼女の頭の中には、日曜の朝テレビに現れる肌の色が違ったり、人間じゃなかったりするような生き物が浮かんでいた。 『家族想いの破壊者』鬼蔭・虎鐵(BNE000034)は、漆黒の日本刀を振りかざし、フィクサードと切り結んでいる。アークでも屈指と言われる剣の冴えを前にしては、恐山のデュランダルも分が悪い。互いのバトルスタイル上、派手に傷つけ合うことになる訳だが、そもそもの基礎攻撃力が違う。なによりも、彼と同じ戦場には「家族」がいるのだ。「父親」としてはやる気を出さざるを得ない。 そして、戦場を銃声と剣戟が支配する中、『天の魔女』銀咲・嶺(BNE002104)は冷静に戦場を観察していた。神秘の力が彼女に与えたのは「戦闘論理」を支配する知性。その観察眼が戦場を解析する。 (……!? 今のは? いえ、そんなことよりも……) 一瞬、嶺の視線に何か違和感のようなものが過る。 しかし、今はそれを気にしている場合ではない。 探すべきは今回の作戦の目的である「グリード・ジェム」だ。 (……アレは!) そして、嶺の瞳は確かにショウの手元に人の心を捕える何かがあるのを見出した。 「皆さん、あそこです!」 「はい、それではゆるりと……」 嶺の言葉が終わるや否や、飛び出したのは『深紅の眷狼』災原・闇紅(BNE003436)だった。縦横無尽に壁を蹴って飛び回り、ショウとの距離を詰める。その手の中で、小太刀が剣呑に煌めく。 「逝きましょうか」 「い、痛てぇ……よくも俺に怪我させやがったな……!」 目にも止まらぬ早業でショウを斬り付ける闇紅。たまらずにショウは悲鳴を上げる。 元より臆病な性質であり、直接戦闘を嫌う性格なのだ。どこか虚ろな目で表情を見せない闇紅とは対照的だ。 「自業自得だろう。内部抗争は好きにやってくれて構わないんだが、一般人に被害が出ちゃってるしなあ。首を突っ込まざるを得ない」 淡々と呟きながらも、義衛郎は二振りの刀を振って、フィクサード達を切り捨てて行く。彼の動きに一歩遅れて現れる氷刃の霧が、フィクサード達を凍らせていった。状況ははっきりとリベリスタの側に傾いていた。 「ちなみに、恐山の久氷って知ってる? そのお兄さんが裏切り者に激おこぷんぷん丸してたよ!」 「少し前から見張られている事には気が付いていたと思うけれど、あちき達がここに来るのに合わせる様に、そいつが攻め込んでくるんだお」 机の上でフィクサードと殴り合いながら夏栖斗はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、『おっ♪おっ♪お~♪』ガッツリ・モウケール(BNE003224)も仲間の後ろで得意げな顔をする。その言葉にギクリとするフィクサード達。自分達が危ない橋を渡っていたこと自体に自覚はあるのだろう。『裏野部』や『黄泉ヶ辻』であったのなら、想像するのもおぞましい懲罰を受けていただろう。 「うるせぇ! あんなオカマ野郎に捕まる俺らかよ!」 (お?) そこではっきりとガッツリは違和感を自覚した。彼女が最初から警戒していたのは、『恐山』本隊の介入だった。この場にいるフィクサード全てを倒した所で、『グリード・ジェム』を奪われてしまっては、元も子もない。だから、外部からの侵入やファミリアの存在を警戒していた。 「ハイリーディング」でフィクサードの動向を伺っていたのもその1つだ。 そうやって得た情報の中に1つ、明らかにおかしい者があった。 リベリスタが襲撃を仕掛けているこの状況なら、目の前の敵に集中するのが当然だろう。敵方のリーダーが劣勢を悟り逃げ道を探しているのは、フォーチュナから得た事前情報を考えれば自然な所だ。しかし、その中にあってただ1人、しきりにショウの手元にある『グリード・ジェム』を気にしている者がいた。護衛メンバーの中で、唯一実力が高いと伝えられていたクリミナルスタアだ。 「ショウさん、ヤバイっすよ。せめて、そいつだけでも持ち帰らないと……!」 「言われなくても分かってるんだよ!」 ガッツリは気付いた。そのクリミナルスタアがじりじりと、ショウの傍に、いや彼の握る『グリード・ジェム』に近づいているのを。 「そいつに気を付けるんだお!」 叫ぶと同時にガッツリはダガーを投げつける。しかし、ダガーをあっさりと弾丸で弾き、クリミナルスタアはショウが手に握っていた『グリード・ジェム』を手にする。 「本当なら、もうちょっと誤魔化していたかったんだけど……しょうがないわね」 そして、クリミナルスタアは姿を変えて行く。いつの間にか、声も口調も変わっていた。 「チャ~オ~、アークの皆さ~ん」 そう、『恐山』の本隊は、最初から戦場にいたのだった。 ● つい先ほどまでリベリスタが優勢にことを運んでいた戦場だったが、様相は一変した。リベリスタの優勢には違いないが、『グリード・ジェム』の行方は分からなくなってしまったのだ。リベリスタにとって、事務所にいるフィクサードを倒すことの優先度は低い。むしろ、破界器の奪取に失敗した場合、救われない人々が出てしまうのである。そして、破界器を回収した『恐山』は今までと変わらずに、『商売』を続けてしまうはずだ。 「宝石を作る人は勿論悪いですけど、買う人はもっと酷いです! 買った人にもちゃんとお説教しなきゃ駄目なのですよ! だから、それを渡すのです!」 ぷんぷんと怒りも露わに飛び跳ねるキンバレイ。その子供らしい真っ直ぐな正義感を微笑ましく思いながら、あまりにもいかがわしい姿に桜虎は眉を顰める。よくよく見ると彼女、下着付けてないし。 「小さくてもさすがはリベリスタだわ……ところで、その恰好は何なの?」 「おとーさんが買ってくれた新しい体操着なのですよ!」 「あたしもフィクサードだけど、あんたのお父さんはどうかとと思うわ」 軽口を叩きながら、リベリスタとフィクサードに向かって弾丸を放つ桜虎。 彼にしてみれば、この場にいる者は全て敵である。 その姿にエフェメラは首を傾げてしまう。 「えーっと、恐山同士で揉め事? 同じ組織なのに色々あるんだねー」 踊るようにフィアキィを操り、再びエフェメラは手に魔力を集める。 そもそもラ・ル・カーナからやって来た彼女に「味方同士で争う」というのはあまり目にする光景では無かった。仲間とは常に繋がっていたし、動乱末期においてはそもそも一致団結してすら危うい戦場だったのだ。 「よーし、行くよっ、キィ! 幻惑光っ! 絶対逃がさないんだからっ!」 フィアキィとタイミングを合わせて、光を放つエフェメラ。 「何やっている! 良いからあいつらを何とかするんだよ!」 「あんたら脇役はあたしで十分よ……」 光の舞う戦場で、リベリスタ達は『グリード・ジェム』への道を拓く為に刃を振るう。 闇紅が天井を駆け自在に刃を振るうと、義衛郎がフィクサード達を氷の中に閉じ込めて行く。 リベリスタの攻撃と本隊の介入を前にいよいよ、ショウは余裕を無くしていた。なりふり構わず、自分の身を守りに走っている。こうなった以上、最早四の五の言ってはいられない。 「恐山の皆さん? 頑張って戦ってるところ悪いんだけどさ」 薄い闇のオーラを身に纏った夏栖斗は、デュランダルの攻撃を受け流しながら囁く。 「その諸角ってやつ一人で逃げるつもりだよ」 「そ、そんなことあるかよ!」 必死に否定するショウ。 しかし、夏栖斗が言葉を発した瞬間、恐山のフィクサード達からはっきりと熱気が下がって行くのが感じられた。もちろん、ショウも愚かではなかった。今までは部下に金を渡し、共犯意識を持たせることで忠誠を繋いでいた。だが、部下達も自分が見捨てられるとなったら、話は別になる。 そこで、闇紅は邪魔が無くなって楽になったとばかりに、ショウとの距離を詰めて行った。 恐山のフィクサード達にとって、夏栖斗の言葉を信じる義理も無いが、「信じるに値する情報」ではある。そうなると、自らの保身に走った方が良い。少なくとも、この場にいるのはそうしたフィクサードばかりであった。その姿を見て、無邪気にエフェメラは笑う。 「ふふっ、ボクたちみたいに仲良くしてればいいのにっ♪ あーでも、敵が仲良くしちゃうとボクたちが大変になっちゃうのかな? 色々難しいなー」 そして、それによって浮き足立ったのは、護衛達だけではない。介入してきた桜虎も慌てる。彼の計算では、リベリスタと護衛が適度に交戦し、そこに自分が自由に動く余地はあるはずだった。しかし、護衛の中には逃げ出す者も出てきた。こうなっては、ショウを粛清する余裕も無い。 「海外に高飛びするチンピラとは、なんとも王道なことですね。お邪魔虫もいらっしゃるようですが、ちゃっちゃか片付けましょうか」 心の隙を見切った嶺は素早く気糸で桜虎への攻撃を開始した。この状況で奴が戦場を抜け出すのは何としても避けなくてはいけない事態である。だから、狙うべきは奴だ。 乱戦の中で撃たれた傷の痕が痛む。しかし、その程度でへこたれる程、天の魔女(アプサラス)は柔じゃない。 「可愛い顔して、やるじゃない!」 「同じ虎としては……些か複雑な心境でござるが……!」 嶺の気糸に阻まれ足を止めた桜虎に向かって、雷を纏った虎鐵が肉薄する。 同じ虎の因子を持つ革醒者として、漁夫の利を狙うような奴は許せない。何よりも、オカマ言葉なのが許せない。ビーストハーフ(虎)の沽券に関わる。 「真っ向勝負でデュラ相手とか勘弁してよ!」 悲鳴を上げながら弾丸を戦場へばら撒く桜虎。弾丸が真正面にいた虎鐵の腹をぶち破り、累積した怪我もあってか膝を付きそうになる。 だが、しかし。 「踏ん張ってみせるでござるよ!」 全身から白虎を思わせるオーラを発して虎鐵は立ち上がると、そのまま刃を振り抜く。 すると、桜虎の目からも余裕が消える。仕事には忠実な男だが、命まで懸けるタイプではない。 ここで、誰も言葉を発したわけではなかった。 しかし、互いに視線のやり取りだけで、相手がどう動くのかの読み合いを開始した。刹那の刻にリベリスタとフィクサード、それぞれの視線と思惑が交錯する。 リベリスタ達は『グリード・ジェム』を手に入れたかった。 諸角ショウもまた、『グリード・ジェム』を欲していた。 久氷桜虎は『グリード・ジェム』を持ったまま、一刻も早く逃げ出そうとしていた。 それぞれが、それぞれの目的のために相手の動きを利用しようとする。 その精妙な読み合いを制したのは、須賀義衛郎だった。 「生物が触れていれば、物質透過は使えないだろう!」 「この……放しなさいよ!」 義衛郎が桜虎に組み付く。 そう、桜虎の「逃走経路」はE能力を持って作り出すはずだった。しかし、彼が用いようとしていた物質透過能力は、生物に捕まっている状態では発揮できない。逃亡を防ぐためには、これが一番有効だ。 「こーゆーの久しぶりって感じ♪ おしゃれな髭のバランスが悪くなってるよ、千堂に言われなかった?」 「あー、もう! 分かったから放しなさい!」 夏栖斗の笑い声を受けて、桜虎は破界器を戦場に投げ捨てると、義衛郎が手放した途端に床から逃げ出そうとする。 そして、再び『グリード・ジェム』が戦場に投げ出される。しかし、また乱戦が始まるかと思ったら、そんなことは無かった。 「さっきの借り、これでお返しだお~♪」 得意げな表情で『グリード・ジェム』を見事キャッチするガッツリ。 乱戦を起こして桜虎が逃げるつもりだったのは、既に見切っていた。 「素直にグリード・ジェムを置いてくなら、あちきは見逃してもいいって思ってんだけども?」 苦笑を浮かべると、桜虎はその身を沈めて行く。ここはもう、彼の負けだ。 「皆さん、長居は無用です」 嶺が仲間達に撤退を促す。 しかし、ショウは収まりがつかなかった。組織には戻れず、『グリード・ジェム』まで奪われては、最早どうしようもない。 「そいつを俺に渡しやがれ! 俺は! 俺は!」 ショウの手元に中型の魔法陣が浮かぶ。既に冷静な判断は出来なくなっていた。 だから、破界器さえ取り戻せれば、否、破界器を持つ者を倒せばどうにかなると信じて魔力を集める。 「言ったでしょ? あたし1人で十分だって……」 闇紅はゆっくりとした動きで小太刀を抜く。 しかし、その静が動に変わった時、止められるものはいない。 「死人に口なしって言うしね……煩わしいからさっさと死んでちょうだいな……」 そして、闇紅が刃を鞘に納めると、ショウ血煙に変わり倒れるのだった。 ● その後、リベリスタ達の撤退は早かった。 嶺の号令一下、さっさと戦場を去ったのだ。ガッツリが現場の様子を伺ってみると、騒ぎを聞きつけたのか、野次馬の姿が見受けられた。あの様子では、『恐山』もしばらく苦労することだろう。 「これでおねーさんたち、元に戻りますか?」 キンバレイはキラキラした瞳で奪った『グリード・ジェム』を眺めている。被害にあった「少女」達も彼女にかかれば「おねーさん」だ。彼女が「少女」達のような悩みを抱くまでに成長するには、まだ幾ばくかの時間を必要としている。 そんなキンバレイを見ながら、夏栖斗はふとため息をつく。 「恐山とはあんまやらかしたくないとか思っちゃう僕は甘いのかな」 アークと『恐山』は味方とは言い難いが、無用な争いを好まない『恐山』のスタンスから、友軍に近いスタンスを取ることはままある。それに、一癖も二癖もある「友人」がいる組織でもあるのだ。もし、彼らと本気で事を構える事態が発生したら、自分はどうするのだろうか? そして、そのような事態は、充分発生し得るのだ。 「ま、そうかもしれないけどさっ」 エフェメラが仲間達に向かって、くるくる回りながら笑顔を向ける。 「仲間がいれば大丈夫だよ、何があっても!」 一緒にフィアキィのキィも青い燐光を放ちながら飛び回っている。 「ボクたちは仲間になってまだ日は浅いけど、それでもみんなのこと信じてるから、こうやって戦えるんだしっ♪」 エフェメラの明るい笑顔に「仲間達」も釣られて笑顔を返す。 自分達は、先ほど戦った連中とは違う。 ここには、仲間と言う何物にも代えがたい、素晴らしい宝石があるのだ。 それを象徴するかのように、エフェメラの瞳は月明かりを写して、きらりと輝いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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