● 「何だって、義紀さんとこんなことしなくちゃなんねーんです?」 喬一はゆっくりとハンドルを切る。威圧的な見た目とは裏腹に、その動作は繊細だ。 「鼻につく言い草だな。俺は仮にもお前を買ってるんだぜ?」 「貴方の言葉は完全な嘘か、完全な本音か、どちらかだ。……判断に困る」 聞いて、義紀はケラケラと笑った。喬一は不快に顔を曇らせる。 「簡単な話だよ。出来る奴には相応の金と敬意を払う。できねぇ愚図は適当に使って掃き捨てる。合理的にいこうぜ、キョウちゃん」 「……そうですね、『光栄』とだけ言っておきましょうか」 喬一は、その舐めるような口調で出来る限り義紀の神経を逆撫でしようとしているようにも見えた。だが義紀は一切動じない。事も無げに笑い、ただ不気味に笑い、バックミラーに映る喬一の顔を見ている。喬一がそれに目を合わせようとすると義紀はニヤリと笑う。観察されているような居心地の悪さ。それは義紀と過ごしている間中ずっと、喬一が感じていることだ。 「結局、あのビルには何の興味も無いんですね」 「お前の『腕』が欲しかった。あのビルを囲わなきゃ、そんなん出来ねーからな。ビル自体はあっちにくれてやってもいいんだが──面子ってもんがあるからな。仕方ない」 「そんなもんですか」 「そんなもんだ。それはそうと準備は出来てるんだろうな。どっかの馬鹿みてーに『都合』なんて口実つけたらぶっ飛ばすぞ」 「もうすぐ着きますから、少しぐらい余裕を持ったっていいじゃありませんか……ほら、そこだ」 寂れた商店街の隅にあるシャッターの閉まった店。『八百屋 皐月』と書かれた看板は所々剥げていたり黒ずんでいたりして読み辛い。シャッターにはしばらくとだけ書かれた紙がズタズタになって張られていた。二階の窓は風通しのためか、それともあまりに汚れすぎて外が見えないからか、全開になっている。 車がゆっくりとその店の近くに止まる。義紀は車を降りて、周囲を見渡した。恐らく大部分が営業を止めてしまったのだろうか、ほとんどの店は夕方だというのに閉まっている。開いている店にも人の姿は見受けられない。人通りも全くない。ここは死んでいる。時代や、あるいはここ以外の何処かに出来た大型のデパートや何かに『殺された』という言い方は決して正しくなく、ただの老衰で死んだように思われる。老いて、時間の流れについていくことを止めてしまった世界。 死んだ空気の流れ。義紀はニヤリと、生き生きとした笑顔を振りまいた。 「ブツは?」 「もちろんそこに。もう持ち出せる状態かと」 「輸送手段は?」 問い掛けと応答を交わしつつ、義紀と喬一は店の中に入る。本来は売り物の野菜が並べられていただろう場所には4台のバイクが並んでいる。店の奥に進むと喬一の部下と思われる男が4人ほど待機している。 「輸送はこいつらに任せます。ブツは二階に。開発をやっていた部下もいますが、まあ護衛程度にはなるでしょう」 「上出来。金はもうてめえの車のトランクに積んである。適当に持ってけ。あと、俺はどう移動すればいい」 「ご自由に。バイクをご所望なら私があれを輸送しますし、運転が野暮ならお送りしますよ」 「どうすっかなあ」 戸惑いを口にしながらも、そこにそれらしき言葉の澱みは混じっていない。彼らがそうやって言い淀むような状況にあると、そう言いた気に言葉を区切る。 「ま、臨機応変に行くさ」 「……躊躇するようなことは、何も無いとは思いますが」 「用心はしすぎて損するこたぁねえぜ?」 義紀は満面の笑みを表しながら、その顔から一切の感情が消した。 「蛇ってもんは、いつ出てくるか分かったもんじゃねえからな」 ● 「何と言いますか、淡々としていて不気味、ですね」 『運命オペレーター』天原・和泉(nBNE000024)は率直な感想を述べる。フィクサードのアーティファクト取引の風景。それは神秘界隈では決して珍しいと呼べるほどのものではなく、ともすれば巻き込まれたり、リベリスタ自らそれに関わるということも少なくない。どんなことも慣れてしまえばどうってことのないこと。 けれどフィクサードが自身のやっていることが『危険』であるという自覚があれば、そこにはほんの微量でも危機感というものが混するはずなのだ。その映像にはどこか、そういったものを気にしながらも、難なく乗り越えてしまいそうな余裕が感じ取れる。 もちろんそれをさせないのが、リベリスタなのだけれど。 「今回の依頼はアーティファクトの回収及び破壊です。菅沼義紀という裏野部のフィクサードがあるフィクサード集団に作らせていたアーティファクトを、彼らが輸送するということです。アーティファクトがどういったものかは定かではありませんが、裏野部が絡んでいる以上無害ということは到底望めないでしょうから、介入せざるを得ないかと」 彼らが輸送しようとしているのはアーティファクトにはいった4つのトランク。輸送に使われるのは4台のバイクと1台の普通車両で、それらは特別な改造を施されてはいないようだ。行動は単純で、2階にいる仲間の合図で出発、やがて目的地にたどり着くと義紀が4つの荷物を受け取り、あらかじめ停めてあった自身の車に乗り込み、別れる。義紀とアーティファクトの足取りは、そこで途絶えている。 「フィクサードらの出発点と目的地、彼らがとるルートを書いた地図は渡しておきます。義紀が走り去るより先に、どうにかしてアーティファクトを奪取する必要があるでしょう。あちらにしてみれば逃げるが勝ちですから、あまり戦いを長引かせるのも得策ではないかもしれませんね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:天夜 薄 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月17日(金)22:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「……杞憂であることを願いますよ、是非ともね」 意味深に、誰かの介入を案じた菅沼義紀の言葉に、与木喬一はやんわりと乞うように言う。だがそれは表面上のもので、義紀の顔を見据えた彼は決して、その言葉を否定することは出来ない。 喬一の様子に思う所があったのか、義紀は暢気に微笑んでみせた。 「何、ある『かも』ってやつだ。用心に越したこたあねえ。まあガチガチにやり過ぎても身動き取れなくなるだけだ。ま、柔軟にいこうぜ」 「……そうですね」 喬一は、今にも溜め息を吐かんばかりの気だるさで、同意を述べる。 『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は物陰に隠れ、地表から身体半分だけ出してそれを聞いている。出来ればいつまででも地中に潜って見ていたかったのだが息が持つはずも無く、仕方なしに壁1、2枚を隔てた先で様子を観察している。 フィクサードの様子はといえば非常に穏やかだ。商談や取引というよりも雑談という感じではあるが、順調に進んでいるようだ。彼らがアーティファクトの護送に取りかかるのも時間の問題だろう。 肝心のアーティファクトはといえば、どうやらまだ一階にそれらしきものは無い。八百屋の本来野菜が並んでいる場所には代わりにバイクが並んでいるが、まだ出発の準備さえも行われていない様子である。 ならば二階は、と思ってオーウェンが上を透視すると、アーティファクトの入ったトランクらしきもの、そしてフィクサードがいるのが薄らと見える。その状況や場所まで正確に把握することは出来ないが、目的の物がそこにあるのはどうやら間違いないらしい。 アクセス・ファンタズムを再起動させつつ、彼は二階へと潜行を開始する。透視と物質の透過、それぞれの能力に意識を集中させながらの潜行だからかなりゆっくりとした動きだが、致し方ない。 それにそろそろ、仲間も乗り込んでくるはずだ。 オーウェンがふとそう考えたとき、ドタバタと頭上で慌ただしい音がなり始めた。何があったのだろうか。行動を開始したのか、それとも──。思考を交錯させていると、ギリギリ耳に入ってきた義紀の声が、不吉な耳鳴りのように耳を占拠した。 「……ほら、用心しなきゃあいけないだろう?」 どうやら、見つかったらしい。急がなければ。オーウェンは足早に二階へと向かう。 ● 「……ふむ、やはり見張りはいる、か」 『白銀の鉄の塊』ティエ・アルギュロス(BNE004380)は淡々と呟いた。『八百屋 皐月』の内部が俄に慌ただしくなっているのが、中にいる人間が見えずとも分かる。 恐らくは、二階の窓が全開になっていたことから、そこから見ていた見張りが、襲撃してくる自分たちリベリスタを発見したのだろう。「やっぱりきやがったなアーク」とかいうお決まりの会話でもしているのだろうか。 オーウェンを除くリベリスタは『八百屋 皐月』からフィクサードが出発する気配を察知すると、一気に敵の居所を制圧する方針に踏み切っていた。その過程でフィクサードには見つかりはしたが、リベリスタの勢いは止まらない。 「突然だけど、お邪魔しまーす!」 『魔法少女マジカル☆ふたば』羽柴 双葉(BNE003837)が頑に閉まっているシャッターの側に魔炎を召喚する。燃え盛る業炎が勢いを付けてシャッターを裂いた。ガラガラと穴を開け、中の様子が露になっていく。 慌てふためくフィクサード。あからさまに不機嫌そうな喬一。その横でニヤリと笑った義紀が、スッと後退を始めた。 「どんな玩具か知りませんが、これじゃ警戒しろって言ってるようなもんですよ」 『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は通気口と化した店の入り口を見、その中のフィクサードらを見、やがて言った。 「……ムカつく奴らだ」 喬一は呆れたように言う。何に呆れているかは誰にも分からない。 「ほらグズグズすんな、行け」 喬一が周囲のフィクサードにそう告げると、4人のフィクサードが店から飛び出した。喬一もそれに続いて店を出る。 「全く、何しに来やがったんだ」 「メンドクセー連中が相手でもやる事やるってーのに変わりねーですし?」 『獣の唄』双海 唯々(BNE002186)の両手にはそれぞれ得物が握られている。怪しく煌めくそれらから読み取れるのは敵意。 「御機嫌よう、何考えてるか分かんねー糞野郎共。蛇の代わりに獲物の狙いを嗅ぎ付けた狼が来てやったですよ?」 「ゴミでも漁りに来たか? 正義気取りが」 唯々が突き出したナイフが喬一の頬を撫ぜる。掠めた軌道から飛び散る血液。それがナイフを濡らすより先に唯々の脇腹に鈍痛が走る。真っすぐ放たれた拳で、喬一がそこを抉っている。 距離を取る二人の間に、『雷臣』財部 透(BNE004286)が割って入った。怪訝そうに顔をしかめる喬一。透は薄情に言葉を投げる。 「そうだな、有り体に言えば……『嫌がらせしにきた』ってとこだ」 「……正義すら気取るのを止めていたか」 呆れたように、挑発するように、喬一は濁声で掃き捨てた。透は捻くれた笑顔を浮かべて、挑発を重ねる。 「全員で掛かってきてもいいんだぜ? ビビってんのか?」 ● 「ハッ、お前らの攻撃程度なら、いくら食らったって痛くもかゆくもねぇな」 透はフィクサードの攻撃を的確に受け止めていった。その言葉尻に示したのは余裕。それに苛つき、フィクサードらは次々に透に向かっていく。 「無理してねえで、さっさとくたばれよ」 やや大振りに振るわれた大槌が透を薙いだ。衝撃に蹌踉ける透が、男の視界から消え失せる。否、視線を外させられたのは男の方だ。ティエがその背中を鋭く斬っていた。 「くたばるのはどちらが早いかな」 「貴様……!」 男は大槌の柄を両手で握り直し、無闇に振り回す。 透やティエに気を取られている彼らを横目にすり抜けて、『深紅の眷狼』災原・闇紅(BNE003436)が八百屋に接近を試みる。視界に入れたのは八百屋とその中に並ぶバイク、店の前に止まっている喬一の車。それを遮って、フィクサードが立ち塞がる。 「……邪魔ね、ただの無駄……」 横一線に振るわれた剣の軌跡。闇紅は屈んでそこから外れ、隙の出来た男に素早く小太刀を振り上げる。咄嗟に男が出した腕が血で滲む。 「ご厚意に甘えてぶっ壊しにきたんですよ。嫌なら壁になってくださいね、是非」 モニカは構えた重火器越しに軽口を叩いて、銃弾をまき散らす。それらの幾つかはフィクサードの肉を無理矢理抉っていった。最中、モニカはフィクサードらの移動手段の、タイヤを狙っていたのだが、それは僅かに届かない。 「あら残念」 「ちょっと遠すぎますね……」 『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は舌打ちしつつ、飛んできた魔弾を受け止める。受け流し、体勢を立て直しながら彼は気糸を展開し、魔弾の射手であるフィクサードの周囲に張り巡らせた。 「少し動かないでいただけます? 狙えないんです」 「ぐっ……」 淡々と言う様子に、そのフィクサードは思わず絶句した。彼の動きが止まったのを確認すると、唯々と双葉が素早く前に出て、八百屋へと向かっていく。 二人が店の内部に到達したと同時、その奥から残りのフィクサードが姿を現した。数は五。彼らの手には2つのトランクがあるのが見える。少しして奥からトランクを持った男がもう一人追いついた。足りない、唯々はそう思ったが、まだ二階で何かしているのだと考えた。 彼らは二人の姿を見つけると、トランクを持っているフィクサードを庇うように、他のフィクサードが前に出た。二つの光の矢が、それぞれ唯々と双葉を狙う。 「もっと重要なことを見てた方がいいんじゃない?」 双葉はそれをやり過ごしてから少し距離を置くと素早く詠唱を始める。 「我が血よ、黒き流れとなり疾く走れ……いけっ、戒めの鎖!」 どす黒い鎖の束が駆け、立ち並ぶバイクの内二つを粉砕した。飛び散る破片と流れ出るガソリンの臭いが鼻を突いた。それを払いつつ、闇紅が言葉を尖らせる。 「逃げてもどうせ他の追っ手に包囲されるだけ……ならいっそ潔く、ここで死んでいきなさいな」 「そんな文句に、馬鹿正直に従う馬鹿なんていねーぜ?」 互いに突きつけた言葉を引き、代わりに得物を構える。 ● 少し遡る。 オーウェンが漸く二階に上がり切ると、丁度二階にいたフィクサードらがトランクを掴んだ所だった。ガチャガチャと音を立て持ち上げられる鉄の箱が4つ。それを聞き、オーウェンは素早く部屋の中に侵入する。 「静かに事を進めたかったのだが、仕方あるまい」 オーウェンが動く音が聞こえてから、フィクサードらが気付くまでに僅か数秒。オーウェンは瞬時に彼らに近付くと、その内の一人に拳を叩き込む。全身に行き渡る凍てつく冷気。それは彼の挙動に支障を与え、その場に留める。 「……ここまで来ているとは」 「トランクを置いて退け。お前さんらに用はない」 オーウェンはフィクサードらの動きに注意しつつ言った。フィクサードの数はオーウェンよりも圧倒的に多い。対峙の最中、トランクの内一つが手から解放され、重力に任せて落ちる。 空いた腕は、しっかりとオーウェンに向けられていた。 「嫌に決まってんだろ」 彼とオーウェンの距離をすかさず奪う気糸が、オーウェンの肩を打つ。痛みを堪えつつ、オーウェンは側にあったトランクに手を伸ばした。だが、すぐ側で発生した爆発の衝撃に、オーウェンとフィクサードは残らず吹き飛ばされる。 その爆発はフィクサードらを部屋の外に飛ばすように計算されて、発生させられたようだ。彼らほとんどがドアの側にいた。逃げるフィクサードを見つつ、苦々しくも打った気糸はかろうじて逃遅れたフィクサードの足を突いたが、動きを止めるには至らない。 「くっ……!」 「ざまあねえな、リベリスタよ」 オーウェンは声のした方を向く。義紀が、機嫌良く笑みを浮かべていた。 バイクが気持ちいい程の轟音を立てて吹き飛んでいくのが見える。タイヤは潰れ、乗車席は跡形も無く、ハンドルは片方しか形が無い。運転など到底出来ない程にひしゃげていた。 バイクは一掃されている。もはやアーティファクト全てを当初の目的通りに運ぶことは出来なくなったと言っていい。 残された車に向けて喬一が徐々に寄っていく。車を壊そうとする攻撃はフィクサードと喬一の手ではね除けられていた。 「おい、早くしろ!」 喬一が叫ぶ。だが闇紅が喬一の前にスッと現れて、斬撃を送る。 「逃げたいの……? 許さない……」 鋭く、肩に浅い切れ込みが入った。喬一は思わず飛び退いた。闇紅と共に、唯々が飛びかかる。 「さっさと倒れやがれです。イーちゃん面倒とか超嫌いですし」 「嫌いねーことに手ぇ出してんじゃねえよ、物好きが」 喬一はすかさず拳を唯々に入れようとするが、その軌道から唯々がフッと消えた。次に視界に飛び込んできたのは彼女の得物で、気付いたときには数多の傷が喬一には付いていた。怯み、出来た隙。疎らに蠢いているフィクサードは、たった2、3人が車の防衛と喬一のサポートに向かうだけだ。 「オレ一人殺せねえか? ダセェ奴らだ!」 透が叫ぶのが聞こえる。そのダメージはやはり大きいのだろう、息切れが抑えられていない。 「この程度じゃまだ倒れてやれねぇな。勝負はまだまだこれからだぜ」 「碌でもないそれを跡形も失くすまで、倒れてもいなくなってもやらんぞ」 気を吐く透とティエ。その意気は、確かに戦場で役割を果たしている。 アーティファクトを持ったフィクサードが疎らになっていた。護衛する味方も少なく、それを持って右往左往している。 モニカとあばたがそれぞれ狙いをつける。共に狙うはアーティファクトの入ったトランク。引き金を引いたのはほぼ同時。着弾もほぼ同時だった。あばたの銃弾はほぼ真ん中を完璧に捉え、モニカのものはやや左に逸れてはいたが、アーティファクトの大きさによっては損傷を免れないだろう。 喬一の大きな舌打ちが響いた。急いで車に向かおうとして、彼は自分の状況を把握する。 車の方向には闇紅が立ち尽くしていた。その手に握られた小太刀が彼の血を欲しがっているように怪しく光っている。背後には双葉。あばたとモニカは少し離れた所にいるが、ティエが透と共に幾許かの敵を引きつけており、またアーティファクトを持った連中も車を守るに至るまでには多少の時間がかかるだろうから、彼らが車を打ち抜いて、移動手段を断つのも容易いことだろう。 観念はしていない。しかしその状況に、喬一の動きが一瞬止まる。 「取引のやり方が甘かったってことで、この場は引いてもらえませんかね?」 彼らフィクサードの第一義的な目標は取引の完遂であり、リベリスタを駆逐することではない。故に取引がご破算になりかけている今、彼らにとってリベリスタと対峙し続けることは本意ではない。そしてあばたにとっても、このまま害を為すことが確定していなるわけではないフィクサードと相対し続け、あわよくば殺害してしまうことも、本意ではなかった。 「……それで、君らの内の血気盛ん何人かは、納得してアタシらを逃してくれるのかね?」 喬一が嫌味ったらしく言う。その意見は決して間違いでなく、闇紅はその首を刈取るつもりでいるのが見て取れたし、透も最後まで退く気はなさそうだった。 けれどもモニカは彼らを差し置いて、言った。 「元々こっちの目的はアーティファクトをぶち壊すことですからね、それ達成できるんなら何としてでも帰ってもらいます。こっちだって早く帰りたいんですよ」 その声は心底面倒臭そうで、喬一は思わず笑いを零す。 間髪無く、彼はフィクサードらに撤退を命じた。フィクサードは手にしていた3つのアーティファクトを投げ出し、撤退を始める。その様子は不気味な程あっさりとしていたが、彼らとて取引に失敗したあげく、退路も命も失うことは決して良しとしないはずだと、納得に時間はいらなかった。 残されているのは3つのトランク。 足りない、と双葉が呟いた。そして彼らはオーウェンがいるであろう二階に向かう。 ● 「逃げられてやんの。もっといいやり方は無かったんかねえ?」 「あんたは、逃げないのか?」 オーウェンはしっかりと狙いをつけると、気糸を義紀の顔目掛けて飛ばす。義紀は屈んでそれを避けつつ、後退した。 「ご冗談を。リベリスタの厄介にはなりたくないもんでね」 「なら、悪事なんかから足を洗ったらどうだ」 「そんなつまらないことに何の意味があろうね?」 下がり続ける義紀。その先には、窓。 飛び降りるつもりか。頭に過ると同時、彼は走り出すが、それよりも窓から義紀が見を投げ出す方が早かった。 途端、彼の背中から翼が現れた。それはフライエンジェが持つようなもつではなく、誰かに付与された翼だと思われた。恐らく、ホーリーメイガスの誰かから付与を受けたのだろう。 「待て!」 「悪党がそのセリフで待った試しなんかないだろう?」 バサリ、大きな音を立てる翼の色が、不意に濁る。思わず立ち止まったオーウェンの前に、不意に月が現れる。不吉を全身に纏った、紅い月。 「次はもっとまともなセリフを寄越せよ、リベリスタ」 オーウェンの全身が何かに引きずられるように重くなる。顔を歪む。やがてそれが止み、窓の外には誰の気配もなかった。背後から、階段を駆け上がる音がする。 「……これで全部、ですか」 あばたが呟く。部屋の隅で伸びているフィクサードから引ったくったトランクを合わせて、リベリスタの奪取したトランクは4つ全て揃った。モニカ、唯々、あばた、ティエがそれぞれトランクを一つずつ手に取って、思い思いの方法で破壊した。銃撃と斬撃がトランクと中のアーティファクトを粉砕した。 「中には何が入ってんだ?」 透が飛び散った破片を避けながら、トランクの中を露にする。見えたのは幾つもの欠片に分裂したティアラのようなもの。ただし綺麗な装飾は見られず、かなり重い。 「よく、わかりませんね」 モニカは言いつつ、まあアーティファクトなんて大抵訳の分からないもんですが、と付け加える。 よく見ると、4つの内1つだけ中身が何も入っていないようだった。元から何も無かったのか、それとも何処かに言ってしまったのか。今それを知る術は、どうやらなさそうだ。 「ここ、大したものはなさそうだね」 家捜ししていた双葉が声を上げる。ここはあくまで『仮』の拠点のようだ。何らかの取引が、個々で行われていた形跡は至る所に見受けられるが、それに関する書類だとか、どういう人間が使っていたという情報は、ないようだ。 「……それでは、引きましょうか……」 闇紅はポツリと呟いた。それに従って、リベリスタは『八百屋 皐月』を後にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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