鏡よ鏡、鏡さん。この世界で一番美しいのは誰なのかしら? ●レディ・レッド 「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰かしら?」 「それは、勿論お妃様です」 麗しの唇で飽かず繰り返すやり取りは、今日も自尊心を満たしてくれる。 満足できない美しさを追求して、王妃は艶めいた髪を梳る。 時間の流れを感じさせない玉のような肌の王妃は、世界の誰より美しかった。 ●プリンセス・スノー 「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰かしら?」 (お母様ったら、飽きもしないでまたやってる) そんな風に思って気にもとめていなかった幼い姫は、やがて美しい娘になる。 「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰かしら?」 「それはかの白雪姫です」 ●ヴァンピィ・スノー 「ある日突然世界で一番美しい者の座を奪われた気持ちは、どんなものだった」 『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)がそう切り出したのは、まさに童話の中の世界のような話だった。 「二人のアザーバイドが、私達の世界へ迷い込んでいます。送還してください」 端的に言えばそういうことなのだが、どうも些か勝手が違うようだった。 曰く、悪さこそしないが、その二人、多大な迷惑をふりまいているのだという―― ◆ 「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰なのかしら?」 「それは――わ・た・し!」 「スノー!」 きゃはは、と継母をからかい、走って逃げるのは白雪姫。可憐な黒髪の少女は、母の手をすり抜け、追っ手をかいくぐり、逃げる、逃げる。 「あの娘を、スノーをひっとらえなさい!」 そういって使わした者の、なんと頼りないことか。 月日を重ね、母より美しくなった子の美貌に惑わされる者は数知れず、それに比するように衰えていく我が容姿に、王妃は耐えられなかったのだろう。 いつまでも年頃の娘のように若々しく美しく、赤を好むが故にレディ・レッドと呼ばれていた王妃。今も彼女は確かに美しいのだろう。ただ、あの娘さえ、白雪姫と謳われしスノーさえいなければ。 ある日のことだった。美しい白雪の君は、気づいてしまう。 「あーあ! 私も将来おかあさまみたいになっちゃうのかしら!」 衰えゆく我が身に執着し、躍起になって自らを追いかけ回す母の姿を毎日毎日見ていて、ふと心に浮かんだ考え。 私もいつかは、あんな風になるのかしら? 私もいつかは、美しくなくなってしまうの? 「やだやだ! ぜーったいイヤ! おかあさまみたいになんてなりたくないわ!」 「……あ、そうだ!」 白雪姫は聞いたことがあった。 吸血鬼の血を吸えば、永遠の美しさを得られる、と――。 「鏡よ鏡、鏡さん。私を吸血鬼の世界へ連れて行って!」 白雪姫は吸血姫に。 逃れられない性なのだろうか、彼女もまた、美しさを求め世界を駆ける―― しかし、その目的を知って姫を泳がせておく王妃ではない。 「吸血鬼の世界へ行き、血を求めて永遠の美しさを手に入れる、ですって?」 姫だけがますます美しくなるようなことは、絶対に阻止しなければならない。 「そうはさせなくってよ……お待ちなさい、スノー!」 ◆ というわけです、と和泉が締めくくる。 白雪姫とその継母が、この世界にやってきた。 白雪姫は、吸血鬼の血を手に入れて、永遠の美しさを手にするために。何の因果か我々の世界を訪れた彼女は、すっかりここを吸血鬼の世界だと思い込んでいる。白雪姫も見た目はごくごく普通の少女、人を見かけていきなり襲うとは思えないが、一般人を捕まえて吸血姫になるべく何かしないとも限らない。 一方継母である王妃だが、ただの王妃ではない。白雪姫の目論見を阻止するべく、彼女もまた我々の世界へとやってきた。王妃の方はというと、立派な魔女だ。物語のそれらしく、毒を主体とした攻勢が多い。鞭と櫛、そして林檎を持ち、射程も長い。そして白雪姫もその娘である以上、ある程度魔法のようなものの素養を備えている可能性もあるだろう。 この盛大な母娘喧嘩に巻き込まれる人が出ないとも限らない。白昼堂々と暴れ回る二人の女性を、どうにかして元の世界へと送り返して欲しい。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年06月04日(火)23:07 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 白昼。街中。 「ここね?」 パニエで膨らんだスカートをつまみ、一人の姫君が駆ける。 あたかもアニメ映画のキャラクターの様に。 さながらアメリカ映画のヒロインの様に。 好奇心に頬を染めた場違いな空気は、人目も引くものだ。 少女へ向けて次々に振り返る顔は、老い、疲れ果てている。 だからきっと、コレはソレじゃない―― なぜなら、ここは吸血鬼の世界。老いを知らぬ不凋花の世界のはずなのだ。 お城も無い、森もない。そもそも夜ですらない。 けれど道行く人々は、どこか彼女の知る、馬車の中からの退屈な光景に似ていた。 それでも御伽の姫君はこの世界が彼女の望む世界なのだと信じている。だから頭脳が事象の辻褄、パズルピースを無理矢理に合わせ込む。 「ほほ……」 何より彼女の思考を焦らせているのは、後方より彼女を追う継母の存在だ。 少女は箒を掲げる。集う光に身を任せ、それに乗れば彼女は逃げおおせることが出来るだろう。 「おっとプリンセス」 出来たはずだった。 「どうか飛ばないでくれ」 少女が怪訝そうに振り返る。 「いいのか?」 続く言葉に眉を潜める。 『皆が君を見上げるぞ』 咄嗟に頬を染め、翻り始めたスカートを慌てて覆う姫君に、男は目配せする。 赤い装束を身に纏う魔女と、追われるドレスの少女という異様な光景は、人目を惹きつけずにはいられない。 後は話も手早く。神速が男の信条だ。 「……アンタ達の目的について話がある」 現れたのは青髪の男――『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)は恭しく膝を折る。 「あら」 条件反射の様に姫は微笑む。突然の事態にも崩れない優雅に洗練された身のこなしは、さすが天性の王族と言うべきか。それとも何かの嗅覚か。 そうしているうちに、道行く人々は、やがて彼女等への注視をやめてしまう。 人々にとって目の前のオブジェクトがそこを去ってしまってまで、追うほどのものではないらしい。それが危険でもないならば、市井の人の心など、より強い目的意識、つまり日常の生活へと移ろってしまう。 それでも人々が、心の底に淀む一片の好奇心を忘れ去ったのは、とある力の顕現に寄る。 鷲祐は腰を折り、腕を差し出す。視線は外さない。たとえ鷲祐により人払いの結界が張られていたとしても、こう人目が多くては、仮初の舞台など直ぐに崩れ去ってしまうことを知っているから。 程なく現れた異界の『魔女』レディ・レッド、そして眼前の『白雪姫』ヴァンピィ・スノーへ向けて、彼は手早く用件を告げた。 「不躾ながら、この蜥蜴めの後へ続いて頂けませんか?」 ● 「捕捉した」 端的な声。『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)が握る携帯型端末に、リベリスタ達が待ち望んでいた一報が届く。 「下準備を頼むぞ」 「ああ」 猛は首を捻り、組み締めた指を鳴らす。 「ここなのですぅ!」 上空から目的物を探し出したのは、こちらは現世の姫君『白雪姫』ロッテ・バックハウス(BNE002454)の使い魔。 駆け出す少女は吸血姫で、白雪姫で、オマケに従者まで引き連れているのだから、一見しただけでそのホンモノ感は何よりも強い。 今回、リベリスタ達の作戦はテクニカルなものだ。探し出した異世界の住人スノーとレッドを、手近な公園に誘導し、説得するというものである。スノーとレッドが一般人の目に触れる機会を可能な限り小さくする為、二人を発見した箇所から最寄の『使える公園』を有機的に決定するということだ。 「しかしまあ」 アーク本部によると事の発端は一枚の鏡だったらしい。世界で最も美しい者を教えてくれる逸品なのだそうだ。 美しさ等という主観的な情報の判定を行う物品として、それが本当に正答を導き出すに値する力があるのか。 そもそも異界の法則は現世とは違うのだから、そんなことは誰にも分からないが、兎も角。かつて世界で一番美しい事を約束され、それに執着していた一人の継母、とってかわった義娘という構図はかの白雪姫の物語。有名な御伽噺に良く似ていた。 違いは、彼女等が夢物語の住人ではなく常世ならざる異世界の存在である事。そしてなぜだかこの世界のことを、不老をもたらす吸血鬼の世界だと信じ込んでいる事だ。 盛者必衰。やがて己も継母のように、時に美しさを奪われる定めを負う義娘は、不老を約束する吸血鬼の世界とやらを求めている。そしてそれを知った継母もまた同じなのだそうだ。彼女等は老い、朽ちてゆくことに耐えられない。 この世界を守る使命を負ったリベリスタ達には、このオマケが厄介、そして面倒極まる。 「わっかんねぇなあ」 どうせ御伽噺なら、映った者を美しいと言い続けるような、そんな鏡であれば良かったというのに。 ともかく面倒な鏡さえなければ、こんなことにはならなかったとも思え、ならばそんなものは割ってしまうに限るというものだが――猛の思考を遮るのは、ため息一つ。 なかなかどうにも、そう上手くいくものではないらしい。 そんな鏡の在り処は異世界の彼方。こちら側へ現れたのはあくまで継母と義娘なら、手段は送還、あるいは撃滅しかない訳で、送還が出来ぬなら降りかかる火の粉は振り払う――派手に喧嘩をしてやる他ない。 されど。 事件を解決した上で、何よりも被害を出さぬことがリベリスタにとっての最上なら、それを狙わぬ手はないのだから、作戦は綿密さを極めた。 「本物の王妃さまやお姫さまにお会い出来るなんて、光栄なことね」 そうとも思えば心持も軽くなる。『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)は己がLumikki Penkkiからティーセットを持参している。 彼女等とは、果たして『おともだち』になれるだろうか。 常に優雅に、笑みを崩さず――姿に似合わず頑固な少女はレースのクロスを広げる。問題の公園に到着した彼女はてきぱきと下準備を始めている。 能動的に探せば準備は滞る。異世界とはいえ、王族をもてなす場をいかにして提供するのか。その回答が、これだということだ。 お誂えの候補は既に策定済。初めから選択の幅を狭め、どこにも適応出来る前準備を整えておく。その上で、移動先には強固な結界も展開した。 可憐な少女の目指すは非の打ち所なき完璧なる茶会。マドレーヌにクッキー、今年のダージリンをそろえて迎え撃つのである。 そうこうしているうちに、猫の眠り姫と鷲祐の先導で一行は姿を現す。 意外にも素直に応じたのは、鷲祐――つまりは能力者が放つただならぬ雰囲気のなせる業だろうか。 この場合、彼が特徴欄を目一杯に使って『ノンケ』を主張することは、あまり関係ないのだろうが。 閑話休題―― 三高平公園ではなくて良かった。そこに在り、都度非常な事態を迎える彼の家は、幸いこの日の戦場にはならなかったようだ。 「お妃様、姫様におかれましては、遠路遥々ようこそお出で下さいました。 お二方のご来賓を祝して、ささやかながら宴席を設けさせて頂きました」 安堵もつかの間、作法に則った一礼。『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)はやんごとなき来客へと礼を捧げる。 「これからお茶会があるのですぅ!」 現世の姫君は満面の笑顔で客人達を招き入れる。 「ふうん、結構素敵じゃない?」 やはり、この世界の様子がものめずらしいのか、異界の姫君は少々ご機嫌だ。 「何がお望み?」 対する一瞥。スノーには確固とした目的こそあるが、いたずらな性格故にか、今のところは好奇心が勝っている。しかし継母に隙はない。義娘の持つ何らかの嗅覚から、その後なんらかの展開を計算するが故だろうか。 「私、吸血鬼なプリンセスなのですぅ!」 お話しましょ? 「きゅうけつ、き……」 聞き捨てなら無いとはこのことか。どこか正反対ながら衣服までもが似ているスノーが瞳を細めた。 魔女は、表情を変えずたたずんだまま。否、今しがたまで周囲をうかがっていた瞳が、今は茶器一点に注がれている。無論、それに大いなる興味がある訳ではない。何気ない風に話を伺っているのだろう。 「さぁて」 和やかに、されど殺意を孕んだ初夏の陽気の中。 気風の良い笑みを浮かべる『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)が、先ずは話を切り出す。 「ごきげんよう、異界からやってきたお姫様、そして王妃様」 「性急ね」 「少々お話をさせてもらいたいんだが――」 次の言葉に二人は再び息を飲む。 なぜならば。 「吸血鬼と不老についてだ」 述べられた言葉に、彼女等の希望が集約されていたのだから。 ● 「――ってことだ」 エルヴィンが伝えたのは、世界の理。 この世界に、彼女等が望むものはないのだということ。 そして二人が共に別の世界に赴けば、もしかしたら望みが叶うのではないかという提案である。 美しいと一言にしても、そこへ中身が伴わねば興味も沸かぬが、外面が至上という価値観があるのは仕方ないと言えば仕方ない。否定しても相手が変わるものではないから、だから彼は誠心誠意、言葉を連ねる道を選んだ。 それでもその言葉にレディ・レッドは歳経てなお美しい眉をそっと潜める。 そっとというのは、過大な表現なのかもしれない。 実際には話だけでも聞いてやろうという態度がありありと見てとれた。 そっと潜めたように見せる動作は、アメリカアニメのように大仰ですらある。 彼女はどことなく陰険そうである。なんとなくずるそうである。 もしかしたら美人というよりは、美人キャラクターと呼ぶべきなのではないか。 どこか現世の常識とは違う。つまりは、そういう存在(アザーバイド)なのだ。 スノーとレッドの間に、ぴりぴりとした空気が流れている。 リベリスタへの興味はあれど、それが彼女等の本来の目的ではない以上、母と娘の諍いは、そう簡単に止まるものでもない。 お伽噺の中だけなら可愛いものなのだろうが―― (異世界からわざわざこちらへ来てまで、となると見過ごせんな) 鋭い眼光を伏せたまま、それでも『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)は泰然とした姿勢を崩さない。 ティーカップが小さな音を立てる。 ファーストフラッシュの香気が風にたゆとう。 平和なまま終わるのか。言の葉で終わらず、碌でもない闘争に興じることになるのか。苦しい闘いならなお結構。シビリズ個人にとっては、もとよりどちらになっても構わない。されど物事には流れがある。それを崩す心算も無かった。 「もう少し、詳しく聞かせてくださらない?」 微笑むスノー。 微笑みながらも彼女が疑うのは、リベリスタ達が何かを隠しているのではないかという事。温室育ちの発想は、たとえば『意地悪されているのではないか』だとか『ひとりじめしたいだけなのではないか』だとか、そんなものに集約されてしまいがちだ。 「私だけにこっそり教えてくださらない?」 悪いようにはしない、と。 「お黙り!」 ここでようやく、ぴしゃりと言い放つレディ・レッド。こめかみが震えている。 「あなたたち、ここで従うべきは、あーんなお年寄りより、次の女王ではなくって?」 続くスノーの言葉は、表向きリベリスタへの説得に聞こえても明らかに挑発だ。レッドからやおら立ち上憎悪の波動は毒気を孕み―― 「はい、とりあえずそこまでにして貰おうか。お二人さん、そこでストップだ」 身構えるべきか。一触即発の状況の中、猛は母娘の間に割って入る。 「生憎と、そっちが求める不老不死の法なんざ手軽な物はこの世界には無い」 二人の視線を一身に浴びて、猛は瞳を閉じる。 「話だけでも聞いて貰えりゃ助かるんだが?」 母娘は無防備に見えるとて、異世界の住人。ボトムチャンネルとの関係性を考えれば、強力な固体ではあるはずだ。それでも彼は微動だにしない。喧嘩は、ビビった奴が負けなのだ。 「どうにも誤解があるようだけど……」 言いづらいには違いない。相手の意思を否定するのは、労力のかかる仕事だ。 それでも『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)は、言い澱みなく、その意図を伝える。 「吸血と若返りって、関連性はないんだよ……?」 少なくとも『この世界』では。 ノワールオルールの名を冠する彼女は、ある意味では標的そのものに違いない。 説得力に自信がある訳ではなkった。 それでも、そんな彼女にしか言えない言葉はあるのだろう。それを伝えぬ訳には行かない。 それに何より…… 家族同士でいがみ合うなど、悲しいではないか。 「のんびり平和に暮らすのが、一番だと思います……」 彼女等の世界では、そうも言ってはいられぬ事情がある。ここに立つ今も、その使命は変わらない。 ならばせめても、おとぎの国ぐらい、そうあって欲しいではないか。 ● 「この世界には吸血鬼っぽいのはいるのですぅ!」 険悪な雰囲気を醸しながら立ち上がったレッドとスノーの視線が、そっとロッテに注がれる。表情は険しい。 「でもそれは……特別な力が使える人の一部がそうなることもある! という事なのです!」 話が違う。理解こそ出来なくはないかもしれない。だが、未だ納得は出来ないのだろうか。 レディ・レッドの眉間に皺が刻まれる。 彼女は義娘と違い、力ずくで物を言わせる心算がないわけではない。 悪知恵を巡らせ始める。 彼女等を招いたリベリスタ達は、何を言おうとしているのだろう。 彼女等の行いを止めるのは、果たしてどういう意図があるのだろうか。 第一、仮にここがスノーの望む世界であろうと、彼女等に永遠の美しさを与えぬ理由はない。 あくまで理屈は通っている。言葉も通じる。だが、そもそも理性的な説得がいかほど効果を示すのかは分からない。 いまこの場の平穏が、薄氷の上に成り立っている事を、リベリスタ達は良く知っていた。 ちりちりとした空気に潜む、猛毒の気配は濃度を増し―― 「これが私の本当の姿」 ぽつり。されど、凛と。 「鋼鉄で出来たからくり仕掛けの足でございます」 その姿をさらけ出したミュゼーヌが、二人の前に立つ。 つむじ風に卓が揺れ、茶器がカタカタと音を立てている。 「見ての通り、此処はお二方が求める世界とは少々異なる可能性が考えられます」 その姿は完全に無防備だ。 このまま、こんな所で闘争し、あるいは逃げられ、ためしにでも人の血を吸われるぐらいなら、いっそこのほうがいい。と。 彼女はその身を差し出しているのだ。 あはっ。 笑ったのはヴァンピィ・スノー。 どこか艶やかに。年端も往かぬ娘は嗤う。 認めたくは無い。けれど、手を伸ばせば届く場所にあるのは、求めていたものではないことが知れた。 踵を返すスノー。 継母はその姿へ呆れたように、冷ややかな視線を送る。 「レディ」 この瞬間、継母が義娘を殺して仕舞わなかったのは、この言葉があったからなのかもしれない。 「アンタの鏡は嘘を言っている」 不意に投げかけられた鷲祐の言葉に、レディ・レッドは動きを止める。 「俺には、アンタが世界一美しい」 美の価値観は、画一ではない。少なくとも、この世界では。 それにレディ・レッドは客観的にも、十分に美しい女性と言えた。 「なにを、言い出すの」 微かな動揺。 「ならば、最高の好敵手と戦えばいい」 継母ではなくおかあさまと呼ぶ、可愛いアンタの娘と。 「……俺には、アンタ達二人が幸せにみえて仕方ない」 美しさなんて、結局は隣の芝生なのだ。 淑子にとっても、永久に美しくありたいという心が、分からぬ訳ではない。 けれど、他所の世界を巻き込んで感情のままに大暴れ、なんて優雅な為さりようとは思えない。 観賞用の人形でもなければ、美しさとは外面だけではないのだ。 目を奪われるような立ち振る舞いを、美しい心栄えを身につける事だって大切だ。 彼女等は、元来それを持っている様に思える。それを台無しにしているのは、彼女等自身なのだ。 「スノーさんは若々しい少女の、レディ・レッドさんは成熟した大人の―― それぞれあなた方にしか持ち得ない魅力を備えていらっしゃるんだもの 台無しにしては勿体無いでしょう?」 「言うわね――小娘」 淑子の透き通るような白い髪がさらさらと靡いた。最早レディ・レッドが持ちえぬ魅力。若さが心に突き刺さる。 第一。 「『老い』を負と考えるのは良くないな」 それは成長の証なのではないか。成長を是とせぬならば、その絶頂期は赤子ではないのか。 「君らの美は衰えているに非ず。常に成長し続けているのだ」 そう。今も。 故に、シビリズはあえて問う。 「ソレを、不老で止めるのかね?」 勿体無い事だ――君達の美は、そこで終焉を迎えるのか。 もう美しく成らない。もう成長しない。もうかつての美を取り戻す事も無い。 そんな身体が、欲しいのかね、と。 「求めるものは同じなんだろ」 エルヴィンが腕を組む。 「足を引っ張りあう敵、じゃなくて美を競いお互いを高め合うライバル、って形にはなれないのかな?」 切磋琢磨は単純な理屈だ。 「そうすれば、きっともっと美しくなれるぜ?」 「帰るわよ」 あくまでリベリスタに言葉は返さない。 どれもこれも、この場でにわかに受け入れられる言葉ではないのだろう。こと、レディ・レッドには。 けれど、立ち止まったスノーは、未来は別なのかもしれない。 その義娘の心に植えられた種は、きっとしっかりと育って行くだろうから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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