●いついつだってシンプルイズベスト 「えーーと。まぁ、なんだ、殺そう。それで正解なのでしょう、レディ・ノーマル?」 ●対極センチメンタゥ 「端的に申し上げましょう。黄泉ヶ辻糾未に関する任務ですぞ」 事務椅子に座した『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)の低い声と、一同を見遣る機械の眼差しと。 黄泉ヶ辻――それは日本において活動するフィクサード集団の内、最も大きな七つの組織『主流七派』の閉鎖主義集団。主義も思想も謎、それ故に気味が悪い『気狂い集団』で名を馳せている異色であるが故に何処からも腫れ物扱いされている組織である。 その首領、黄泉ヶ辻京介の妹こそが、黄泉ヶ辻糾未。兄の狂気に手を伸ばし、その為に数多の『遊び』と表した悪行を重ね、遂にはかのバロックナイツ厳かな歪夜十三使徒が第一位、『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュのアーティファクト『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』を目覚めさせた危険な存在である。 「サテ。あらゆる記録と人の記憶から抹消された村――『地図にない村』、というものが存在します。先日にグラスクラフト様と逆貫様が観測し、皆々様に調査して頂いた案件なのでございますが、その結果としてそこは糾未様の拠点であると判明いたしました。 その村は糾未様が連れているアザーバイド『禍ツ妃』に存在を喰われてしまった、という事ですな。元々そこに住んでいた者ですら、村の名前はおろかそこが『村である事』も認識できぬのでございます」 かのアザーバイド。それは蝶の形をした存在。『概念』を喰らい、世界を崩す者。おまけに予知阻害の能力も有し、厄介極まりない存在だ。 故に策も無くそこへ飛び込むのは危険――なのであるが。 「『塔の魔女』、アシュレイ様が力を貸して下さいました」 曰く、アーティファクトを弱体化させる儀式。糾未を中心に三角形の陣を敷き、各ポイントで術式を組み上げ、互いに結びつける。完全に成功すれば『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』の能力は大きく弱体するという。 しかし、とメルクリィは付け加える。発動させた三点は一定時間それを維持せねばならず、一つでも欠ければ効果は激減してしまう。その上、儀式完成の前に糾未に逃げられてしまえば失敗である、と。 「儀式陣の構築は先行隊が行います。皆々様には、この儀式陣の防衛に当たって頂きますぞ! 他の儀式陣は数史様と世恋様が、糾未様対応は響希様が対応しております。 当然ながら向こうも黙ってやられてくれる相手ではありません、儀式陣を破壊すべく全力で牙を剥く事でしょう。数で押すというよりは『量より質』で攻めてきます。危険な任務となりますが――皆々様なら、きっと大丈夫!」 機械の男は心配を噛み殺し、にこりと笑んだ。 「私はいつもリベリスタの皆々様を応援しとりますぞ。どうかどうか、お気をつけて!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月16日(木)22:49 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●キジルシ なんかみんな大変そうだなぁ。よくわかんないけど。 ●DEATHなのデス 黄昏。斜めの赤い日。 なんにもなかったら。本当に、平和だったら中々にロマンティックな光景だったのかもしれない。なんて。そんな事を言っている暇など便器の裏にも無いのだけれど。 踏み締めた地面。性急に早急に駆け付けたのはリベリスタだった。 「いつもは攻め込む側だけど今回は防衛側なのね。やったろうじゃない!」 女子力・改で武装した拳をパシンと己の手に打ち付け、仁王立つ『フレアドライブ』ミリー・ゴールド(BNE003737)。 「戦争か? ってまたこの場所かよ!?」 見渡しつ『殴りホリメ』霧島 俊介(BNE000082)が言い放つ。『地図にない村』。荒れ放題の空き地。伸び放題の草が、胡乱な風にざわついた。 まぁ、どこであろうとやる事は一つ、変わらない。 「お遊び、付き合ってやるよ。気が済むまで邪魔すっからな!」 抜き放つ白金、花染。 その刃を、リベリスタ達が手に手に持つ得物を、向けねばならぬ存在の名は―― 「……黄泉ヶ辻」 ロクでもないこと企んでんのな、と。肩を竦める『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)の言葉に、凛と整った表情に呆れを浮かべさせた『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)が同意の頷きを見せる。 「全く迷惑で嫌になりますね……」 「本人たちは楽しいかもしれんが、独り善がりは嫌われるもんだぜ? ま、儀式は死守させてもらうがな」 無罪であれ、潔白であれ。裁くが為と瞳に好戦。 彼やミリーの言う通り、そう。今回は少し状況が違う。佳恋は表情を引き締めつ長剣「白鳥乃羽々・改」を抜き放つ。 「今回はこちらから積極的に攻められるのですから――このチャンスを確実に生かしたいところです」 今まで後手だった分。他の地点で戦う仲間の為にも、敗北は許されぬ。 「ここでこの連中との縁がたてるかもしれんというなら、多少きつい戦いだろうともいくらでも相手をするさ」 仲間達の健闘を祈る前に、先ず自らの事だと『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)が言う。 「黄泉ヶ辻糾未にみすみす力を与えてなるものか。あの女はただの我儘の欲しがりやなだけの子供だ」 この己にかかれば失敗など有り得ぬと『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)は凛然と前を向く。吹く風は冷ややかに、まるでかの女の冷笑の如く。それに応える様に少年は言い放った。「我慢のできる僕のほうがよっぽど大人なのだ」と。 最中に、ヒラリ、一片。黒い色。何だ。花か。違う。蝶だ。黒い蝶。これは。知っている。あれだ。これは。 ――アザーバイド、禍ツ妃。 「嫌な感じがします」 柳眉を顰めたのは『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)、空を舞う、空を覆う、闇。ざわざわ。不気味な。それを見上げた顔のサングラスに映し、『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)は溜息の様に呟いた。 「存在を喰らう、か」 それを『あの子』は究極の自由と呼んだ。だがそれは伊吹にとっては究極の否定でしかなく。嗚呼。思う。あの小娘が喰らいたいものとは一体、何なのだろう? 「己を否定しかできない小娘を、なればこそと慕う者がいるのは皮肉な話だ」 白。凛子の白衣に伊吹の乾坤圏。禍ツ妃とは対照的――一方で蝶の羽と同色の黒が靡いた。 「禍ツ妃か。まったく奇妙な認識だ……だが、試験前には効果的だな?」 ど忘れの不安を搔き立て焦って身も入るだろう、と。常と変らず皮肉を吐くのは『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)。時期でないのが残念。不要品でガラクタ行きだ。黒い髪を掻き上げる。 ざざざ。そして、黒い蝶の舞う彼方。ざざざ。足音幾つも。ケラケラケラと笑う声、燃える音。 「はーこぶね! 見ぃいーー付けたァアー!!」 下品で粗野で楽しそうな。指差す男と多くの異形。黄泉ヶ辻の連中。 「……おや、熱心な異議異論不服申し立て。邪魔したくなるな、顔が楽しすぎて」 言いながらも臨戦態勢。リベリスタとフィクサード、詰まりゆく距離。 凛子は手術用手袋をギュッと手に装備し、身構えた。 黄泉ヶ辻糾未。『憧憬瑕疵<こえなしローレライ>』を覚醒させて世界を崩壊させんとしている――どう転ぼうが待つは破滅。そういう風にしか行き着けないのだろう。そういう在り方の生まれとも言えるだろう。 「でも、そう簡単にはやらせません。全力で阻止させて頂きます!」 一歩。前へ。 踏み締める。『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)は静かに、されど確かな戦意を瞳に湛え、敵を見澄ました。口元には不敵な笑み。手には武器。 「シンプルに行こう。そちらは殺す。こちらは護る。……宜しいか?」 宜しいならくたばれ。 ●アイツを殴ろうたのしいな 鉅の放つ破壊の赤光が戦場を駆けた。 その中をユーヌは翼を翻し前へ往く。見澄ます先には、幸せそうすぎていっそ気味の悪い笑みを浮かべたハッピードール三体。 「常識は大事だ。自重しろ非常識どもめ――尤も、理解できる頭を持ち合わせてるとは、地球がひっくり返っても思えんがな?」 精神的死毒、アッパーユアハート。果たして幸福狂いのノーフェイスが表情を『憤怒』にする事は無かったが、十分気は引かれたらしい。三体の内二体が、ユーヌへと爪先を向けた。 がさ、がさ、がさ。草擦れの音が耳喧しい。ならば天才的に刈ってしまえばいいだけのこと。 「――なんて事を思い付く僕は流石の天才なのだ! 喰らえ、超天才りっくんレイザー!!」 ひゅるんと振るう魔剣ハイドライドアームストロングスーパージェット<ぼくのかんがえたさいきょうのけん>。陸駆の声と共に不可視の刃が荒れ狂う。それは腰ほどまであった草を、ユーヌへ吶喊を仕掛けていたハッピードールをも切り裂いた。それと同時に、 「焼き尽くすわよ、『火龍』ッ!」 ミリーが突き出す拳に従い、唸りを上げるは炎の龍。刈り取られた草を燃やし、或いは異形に喰らい付く。火が、異形の血が、草が、散る。鬨の咆哮が響く戦場に。 その間に、到着した10人に先んじて現場にいたリベリスタ達は撤退を開始する。組み上がった儀式陣。遺されたリベリスタが死守せねばならぬもの。 「ここは僕らにまかせておくのだ。貴様らが組み上げた儀式はここで壊されないようにするのだ」 「あぁ、後は任せろ」 陸駆に続き、伊吹も陣を背に立ち。「頼んだぞ」「頑張ってくれ」と去りゆく仲間達の声援を聴きながら――さて、防衛戦だ。護る。護らねばならぬ。 「貴様等の穢れた手でこの陣に触れさせてなるものか。この陣は我らを繋ぐ絆でもあるのだからな」 仲間を、皆を、信じている。その想いを、手にした乾坤圏に込めて。放った。疾風の如く、それはハッピードール達に襲い掛かる。 しかし黄泉ヶ辻勢力とて無抵抗で遊びに来たのではない。次の瞬間、リベリスタ達を一斉に殴りつけたのは重い重い衝撃波だった。 「く――」 酷い、まるでトラックに撥ねられたような衝撃。シビリズは僅かに眉根を顰め踏み止まる。防御に構えた双鉄扇から見える彼方には巨躯の異形が二つ、蠢いていた。幸福の笑顔。ヘブンズドール。それらが同時にリベリスタへと衝撃波を放ったのだ。 フェーズ3の同時攻撃。それは確かに容赦のないものだった――だが、『たかがそれっぽっち』で膝を折るシビリズではない。 掲げる手、曰く。静聴せよ、神の声<ラグナロク>。鏖の旨を知れ。 リベリスタを包むのは加護。支援は万全。護る為に攻め抜く為に。 やらせるものかと、睨ね付ける視線。赤い焔が躍った。 「おしゃーーーっすおしゃーーーす取り敢えずあれだ全部ブチ燃やせばええんじゃろ!?」 大振りのソードブレイカーをぶんぶん振り回し、リベリスタ達へと一直線に走る炎を幾条も繰り出すのは阿国・シュタール。メラメラを3体ほど引き連れて、燃やす。燃やす。空き地を燃やし広げてゆく。それを支援するのはブンヒツの文字弾丸、早撃ちが如く飛んでゆく。 戦場を駆ける風に炎の熱が加わった。黒い蝶が踊る眼下に、真っ赤な火。 チッ、と俊介は舌打ちをした。ヘブンズドールの衝撃波、阿国の火、ブンヒツの弾丸、耳と鼻からは血が垂れ、皮膚が焼けた痛みと弾丸が掠めた痛みと、視界を見る見る染めてゆく炎の『赤い色』と。嫌いな色だ。全く以て。 「阿国、儀式破壊じゃなくて殺し合いしたいんだろ? いいねそれ、じゃあ全力で殺し合いしようぜ」 「オーラらイ。元よりそのつもりなのです故」 殺し合い。それでキジルシ共の気が逸れると良いのだが。俊介はそう思った。斯くして阿国達はハナっからリベリスタ達を皆殺しにする心算だった。全部殺してから儀式陣を壊しても遅くはあるまい? その方が楽だ。きっと楽だ。楽ならばそうしたいのが人間というもの。 そして同時に掌を向ける。殺そう。それ以上でもそれ以下でも無く。『正義』が放つのは裁きの光、『悪』が放つのは焼き付くす劫火。 その横合いから、だった。 「居たわねチキンヘッド! 今度こそその鶏冠へし折ってやるわよ!」 大きく張り上げる少女の声。火龍によって作り出した炎を煙幕代わりに吶喊を仕掛けるミリー。ん? これ前にも言ったかしら! 横目に視認した阿国はニィッと笑んだ。嬉々として、奇々として。 振り被る。炎。飛び出した。交差する視線、拳。今度こそぶっ殺してやるよ。 ごうごう。 ごうごう。 ごう。 「げほっ」 ボールペンを握り締めたブンヒツの拳が、陸駆の腹に突き刺さる。殴る為の凶拳が少年の薄っぺらい腹に容赦なく。突き抜ける激痛。せり上がる胃酸。思わず地面に倒れ込んだ。痛い、痛い、のたうち回りたい。それをぐっと、ぐっと堪え。男の子だから泣かないのだ。きっと歯を食い縛って立ち上がる。ペン回しをしているブンヒツの行く手を阻む為に立ち塞がる。魔剣を構える。 「ペンは剣より強しか、違うな、剣は剣として強い! ソレを見せてやる!」 まるで音を奏でるが如く、鋭く振るった。巻き起こす刃の嵐は天才的洞察力により天才的に導き出された天才的な位置に発生し、黄泉ヶ辻勢力を切り刻む。 赤が散った。 「――、」 ユーヌの脳を掠めたのは、二体のハッピードールが放つ脳波。一つは動きを縛るもの、一つは殺す為のもの。直撃こそ免れたものの、ヘヴィ級ボクサーのパンチをぶっかまされたような。黒い瞳から血が滴った。歯茎から血が滴った。彼女の白い唇を染める、鉄臭いルージュ。 アイロニックなスマイル。 「二人がかりでまともに当てる事も出来ないのか? お前等の目は節穴か? ……あぁ、節穴に失礼だなこれだと」 まだ肥溜めの方が有用だ。翻す翼。吐く毒で、幸せ人形共を引き寄せる。 引き寄せられなかったもう一体のハッピードールの前には、涼と佳恋が立ち塞がっていた。 ズドン。掻き乱す脳波が放たれて、膝から力が抜ける。 げほっ。それでも、掻き乱されそうな意識は戦意で振り払い、佳恋は剣を構えた。 「私は戦う、この世界のために……!」 意思は揺るがぬ。構えたこの剣の如く。そこに脅威の力を集中させて、全身の力を有りっ丈込めて。 「はぁああああああッ!!」 炸裂させる殲滅の闘気。煌めく剣は飛び立つ白鳥が如く。ハッピードールの防御ごと暴力的に押し退ける。 その背後、ひゅるり。靡くは闇色の長外套。 「――闇に溶け影の中を往く闇鴉の双翼、ってね。お前さんらの悔しい顔を見るのは楽しそうだ」 嗚呼、こういう気持ちか。少しわかるかもしれないな、なんて。涼は不敵に笑む。尤も進んでやりたいとは思わないが。 その掌より現れた二つのダイスが宙を舞った。ころりころり。それは『不運な』敵へと、ころり。そして、ドカン。二つとも。 爆煙の中。それでも幸福な笑みは消えなかった。そう簡単に倒れぬのは、流石はフェーズ2といったところか。並大抵のノーフェイスではない。 そして、そのハッピードールよりももっともっと厄介なフェーズ3、ヘブンズドール達の前には、鉅と伊吹が其々。 「こんな相手に、いつまでも好きに攻撃させられん」 満身創痍。立ちはだかるヘブンズドール。血だらけなのに、しかし鉅は恍惚感を覚えていた。幸福感染。凍て付く脳波に加護も奪われ。 ふーっ。伊吹も息を整えつ、悪夢の如く目の前で笑うヘブンズドールを睨ね付けた。この幸福感に身を委ねてはならぬ。幸せなのに気味が悪い。嫌な幸福だ。幸福が全て良いものとは限らない事を知る。 防御すら無視する衝撃波を浴びようとも、彼は地面を踏み締め耐える。キーンと響いて、ぶしゃあと耳鼻目口から血が噴き出す。脳味噌が悲鳴を上げている。たった一人で、フェーズ3の相手。無茶という分類に入るのかもしれない。げほげほ咳き込みながら、しかし男に後退は無かった。 「喰われてなるものか……俺の存在は俺の意思が肯定する。何者にも奪わせはしない――させない」 己の血で真っ赤になった歯を噛み締め、気合いで抗い。投げ付けるは乾坤圏。 それに、一人だが一人ではない。 「援護致します」 「気張れよ皆、まだまだこれからだろうッ」 片手を翳した凛子が紡ぐは癒しの祝詞、吹き抜ける治癒の微風。シビリズが放つのは魔を打ち砕く聖なる光、仲間に降り注ぐ危険を文字通り粉砕する。 リベリスタ達が状態異常に動けなくなる時がほぼ皆無なのは、偏に彼等の尽力のおかげだろう。 まだ戦える。まだ。 その様子を、キレイなチョウチョは笑う様に見下していた。実際に笑っていたのかもしれない。 「くだらんな」 ユーヌは吐き捨てた。血交じりの唾と一緒に。三体から散々嬲られて血だらけだ。共にハッピードールの抑えに回っていた涼と佳恋の分まで負傷していると言っても過言ではない。 そんな中、揃って群れてくるハッピードールの眼窩に突き付ける小型護身用拳銃。おもちゃもどき。一足遅い『こどもの日』だ。受け取れ。 「そしてぶちまけろ」 引き金を引く。タァンと乾いた銃声と、既に瀕死だったハッピードールが脳漿を撒き散らすのと。 「光あれ」 そのノーフェイスが倒れ切る前に、まるで仲間を鼓舞するかのように鮮烈に輝いたのは凛子が放ったジャッジメントレイ。纏う白衣の様に白い色。息絶えた死体を焼き尽くすと共に、残ったドールを強襲する。 揺らめいた、一体のハッピードール。涼はその隙を見逃さなかった。 「人形を哀れまないわけではないけれどもな。……でも、まあ、悪いけれども此処で倒れてもらおうか」 せめて甘けりゃいいな? 言い残し、袖口より煌めかせる不可視の刃。無罪であれ純粋であれ。抉る様に、刻むは死。返り血に染まりつつ。 肩でする息。ハッピードールから攻撃はほぼ受けなかったとはいえ、リベリスタが縦横無尽に攻撃するようにフィクサードもまた同じ様にするのだ。阿国の火、ブンヒツの弾丸、ヘブンズドールの衝撃波。佳恋もまた無傷ではなく、それでも地面を強く蹴って残り一体となっていたハッピードールへ剣を振り上げた。突き下ろした。真っ直ぐに、その胸を貫いた。 「はぁ、はぁッ――」 汗と血に張り付く髪を掻き上げて。 得物を構え直した。 一道の視線の先、ハッピードールの死体の先に、鉅を踏み潰し進撃してきたヘブンズドール。 ケラケラケラケラケラ。 不気味な笑いが響き渡る。さぁみんな、しあわせになるがい~いよ。 「……っくそ、笑いてーなら一人で死ぬほど笑ってろバカァー!」 ヘブンズドールが放った衝撃波。全身を打つ激痛に俊介は顔を顰めつつ、仕返しに裁きの光を。 さてもう一体のヘブンズドールは。 「ちっ……」 伊吹の目の前。正に目の前。お前も幸せになれ。そう言っているかのように。そう、それは伊吹を塵芥の様に吹っ飛ばすとその隙に儀式陣へ――ではなく、吹っ飛ばした伊吹のすぐ傍にやって来るのだ。容赦なく。躊躇なく。追い詰める様に。笑いながら。弾かれ背から着地した伊吹を上から覗き込む笑顔。ぐんと顔を近づけて。立てるかい。そらまた吹っ飛ばすぞ。でも大丈夫、迎えに行くよ。君が死ぬまで。まるでそんな風に。 舐めたマネを。 「ったく、ナメてんの!?」 焼け爛れた腕でファイティングポーズ。阿国を前にミリーは顔を顰める。 「ぺろぺろ?」 頭ユラユラ、炎メラメラ、舌ベロベロ。メラメラにミリーを囲ませて、阿国は至極愉快そうだ。ナメてんの。なのでミリーはもう一回言った。 「アンタは黙ってミリーの相手だけしてりゃいいのだわッ!」 繰り出す焔腕。少女の拳を受け止める男のソードブレイカー。ぶつかり合う。炎が巻き起こる。 流石に、阿国は馬鹿だが馬鹿ではない。ミリーを狙いながらも積極的に仲間を狙って阿国は炎を繰り出している。被害を撒き散らす。 このくそやろう。吐いて、ミリーは小柄な体躯を活かして脚力の限り跳ね回る。小回りも武器の一つ。自分は倒れず、相手を倒す完璧な作戦。 最中にもプロメテウスの不腐骨を探る――だが、外に着けているならまだしも体内だ。分かりにくい事この上ない。隠すには正に打ってつけ。 なら? 外側ごと中を破壊してやればいいじゃないか! 「そぉおおらぁああああああッ!!」 燃えろ拳。運命すら燃料に変えて。 その胴へ叩き込む、業炎の拳。 「おぶっ」 ナイス一撃。そして笑った。ゲロを滴らせ、ミリーの炎に燃やされたメラメラをホムラグヒでムシャアと食べながら。そんな気味の悪い男へ、少女は人差し指を突き付けて。 「いーい? 次によそ見したら顔面膝蹴りからの口内火龍の刑なのだわ!」 「ハハハ。OKOK。じゃあ全部も~やすっ!」 メラメラと共に繰り出す炎。巨大な火柱。交差する炎、炎、炎。 苛烈、かつ熾烈。 しかしリベリスタを支える治癒が少しも衰えぬのは、回復役たる凛子を狙って放たれる攻撃をシビリズが庇い防ぐからだ。 「さて。癒し手を狙うならば、まずは私を倒してからにしてもらおうか」 餅は餅屋に。護る事なら敢然なる者<クロスイージス>に。盾として要塞として。再び掲げる、神の声。 「この力は絶やさんよ。我が死力を尽くしてでも――皆に活力をッ!!」 それはまるで地平線に落ちる事を拒む黄昏の光の如く。遍く、悉く、包み込み奮い立たせる。 「簡単に運命だと言わないでください」 凛子は決然と言い放つ。今を生きるという事は今日を大切にするという事。未来とは待ち受けるのではなく、その手で切り開くものであるが故に。 「そーだそーだ命は大切にしろ、生きていりゃ次があるはずだから」 「ミリーの居る戦場で死なないでよ」 「うむ。戦略演算に頼るまでなく貴様らの命のほうが重要だ」 俊介、ミリー、陸駆が続けて言う。死んでたまるか。負けてたまるか。幾ら血に塗れようとも、退いてなどやるものか。 「僕らの後ろには護るべきものが存在している。あんな蝶よりカブトムシのほうが強いのだ! まけてたまるか! カブトムシはさいきょーのイキモノなのだ!」 ちょっと最後の方が滅裂になったけれど、陸駆の戦意は150%。いつだって。背水の陣、上等。 仲間ながらに熱い連中だ、とユーヌは思う。だが、そういうのも嫌いじゃない。 「軽い拳が更に軽くなっても問題ないだろう? いや、0がマイナスになってしまうか」 展開させる術符。召喚するは四神玄武――擬似的とはいえその神気は圧倒的な水災を以て有象無象と押し潰す。力を奪われた一体のヘブンズドールが蹌踉めいた。 そこへ。 「はぁああっ!」 満身創痍、地に汚れた髪を振り乱し。佳恋が白鳥乃羽々を異形の胸に突き立てる。落ちろ。このまま。ずぶり、更に深く。幸福に抗い。力をこめた。ずぶ、り。遂に切っ先が、真っ赤に染まった切っ先が、ヘブンズドールの背から突き抜ける。 血が飛び散った。それから、異形が脳波を放って暴れ狂う。周りの者を吹き飛ばす。ハッピードール――実に三体ものフェーズ2を一身に引き受けて負傷が酷かったユーヌ、そして佳恋が、それに意識を断ち切られて倒れてしまった。 だがタダではやらさぬと。ユーヌは玄武招来によって敵を弱らせ、佳恋は置き土産だとその刃をヘブンズドールの胸に突きたてたまま。 ボタボタボタ。遺された剣にヘブンズドールが血を流す。流し続ける。リベリスタ達の集中攻撃、範囲攻撃にヘブンズドールは既にかなりの手負い状態で。それでもまだ、まだ倒れぬ。 然らば攻める他に無く。 じわじわ攻めても終わらない。一撃――この一撃に賭けると、涼は一気に間合いを詰めた。傍に寄れば強制的に幸福が舞い降りる。幸福感染。 「幸せ、か。んだが、一方的に与えられるそんなもんには興味はないぜ。きっちりお前らを撃退して、ま、好きな人にでも逢いに行くさね?」 生み出すダイス。転がる運命。ころりころりと爆華の中へ。爆発音は何度でも。圧倒的な手数を持ったそれは正に殺人的な威力を以て――胸に剣を受けたヘブンズドールは沈黙する。永遠に。 残るノーフェイスは、一体。 あと少し。あと少し。 「ぬぅおおおおおおおお! さっせるかよぉおおおおおう!!!」 「てめーらの所為でお嬢お嬢お嬢が泣いたら許さないんだからなーー!」 叫んだのはフィクサード。より一層、攻撃、攻撃、全ての全部を攻撃に。 炎、拳。阿国とブンヒツの前に立ち続けていたミリーと陸駆を強烈に焼付け叩ッ潰す。それでもまだ、倒れない。倒れても倒れない。 「まだまだ――まだまだ、まだまだミリーは燃えられる!!」 少女は拳同士を搗ち合わせた。火に焼かれた咽で声を張り上げ、炎を纏って。ブチ抜け火龍。奴らが超攻勢に出た事は即ち、防御を捨てた事でもあるのだから。 火交じりの衝撃波が、ズドン。リベリスタ達にトドメを刺すべく。 倒れた仲間を後方に運び護っていた俊介は横っ面から叩き込まれたそれに顔を顰めた。痛みは確かにある。だが、それが何だと言うのか。 「だぁ! コラァ!! まだ負けてねぇよ、最後まで踏ん張れこん畜生!!」 敵から奪った精神力で魔力を練り上げつ、張り上げたのは鼓舞の声。この力は護る為に。仲間を支える。この魔力が尽き果てようと過度の詠唱で咽から血が出ようと。それが支援役であると、そう信じているが故に。 アイコンタクト。凛子が頷く。詠唱。さぁ、この福音を聴け! 「お前が殺すなら、俺が生かす!」 「私が傷つけ、私が癒やす!」 吹き抜ける聖神の息吹。舞い降りる神の愛。危機を救う大いなる奇跡。 仲間達に力を。戦う力を。護る為に。倒れない為に。勝利の為に。 禍ツ妃が舞う胡乱な戦場に聖なる光が満ち満ちた。 意識が刈り取られそうになった時、一瞬脳裏に見えたのは走馬灯か何か。『そちら』に逝くには些か、早いらしい。包まれる治癒の神秘の最中。伊吹は残った力を脚に込めて立ち上がる。 「貴様という存在を俺が喰らってやる。炎に鮮血をぶちまけろ!」 力一杯。渾身の力。零距離の目の前から投げつける乾坤圏。ガツン、と鈍い音。ヘブンズドールの頭部が仰け反る。だが、その不自然な体勢のまま、またもや一歩。また、儀式陣への歩みを進める。フィクサードと共に、痛みを暴力を死を破壊を撒き散らしながら。 その前に、リベリスタは立ちはだかる。何度でも。何度でも。 「悪いけれども此処は通行止めでね」 ここまで来て倒れる訳にはゆかないと、涼は不敵な笑みを崩さない。まだ刑罰<パニッシュメント>は終っちゃいない。その進行を食い止める、いや寧ろ押し返す様に涼は踏み込んだ。イノセントの切っ先に告死を込めて、振るう。化物が半歩下がる。 あと少し。さぁ、ここが境界線――境界線を守るものが要塞なのであれば。 己は『そう』在ろう。 「フ、ハハハッ! 至高はここからだ! さぁまだまだ行こうか!!」 奇しくも、黄泉ヶ辻勢力は防御を捨てて攻撃に。シビリズは攻撃を捨てて防御に。さながら矛と盾か。面白い。さぁ死合おうか。放つのは仲間を立ち上がらせる為のブレイクイービル。光が輝く。眩い程に。 ――斯くして剣戟と咆哮は、ややもせずに終焉を告げる。 「嘘だろ……」 呆然と目を剥いたのはフィクサードだった。その視線の先では、俊介のジャッジメントレイを最後に燃え尽きたヘブンズドールの塵の果て。 「う、嘘だと言ってよヘブーンズ! おいぃ! フェーズ3が2体だぞぉ! 何でだよ! お嬢におこられちまうだろーがぃ!」 怒り心頭と阿国が歯を剥き火を放つ。そこに「落ち着け」と声をかけたのはブンヒツ――だったが、「ぐはっ」と悲鳴を上げたのは陸駆の眼光が彼を貫いたからだ。 「全ての弱点をさらけ出した貴様など、怖くないのだ」 「んなにおぉおう、もっかい腹パンされてーですかおガキ様がー!」 今度はブンヒツが怒り心頭。だがその間に阿国は怒りが醒めていた。彼の目前にいるミリーが殺害せんと拳を振り上げるどころか、半歩下がって闘志を収めたからである。 「言ったでしょ、『ミリーの居る戦場で死なないでよ』って」 人を殺せば人殺し。ふむ、と阿国は頷いた。他のリベリスタからも『逃げるなら追わぬ』という雰囲気。実際にそうだった。逃げるのならば深追いはしない、余計な消耗は不利益しか生まない。 ならばそれに甘えよう。悔しいけれど。屈辱だけれど。それもまた、一興。正義に屈伏されて悔しいビクンビクン。そう言う訳で阿国は今にも陸駆にギルティドライブをぶっかまそうとしていたブンヒツを引っ掴むと、全速力で撤退せんと走り出す。 「今日はこんくらいにしといたらぁーーー! あばよ箱舟共! べろべろべーーー!!!」 「ちっくしょーー! 戦略的撤退だちくしょーーー! おーぼえーてろーー!!」 負け犬の遠吠えである。最後の最後まで騒がしい奴等はすぐに見えなくなった。 一方で、リベリスタ達の背後では、護り切られた儀式陣が煌々と輝いている。やがて空に一つ、輝いたのは一番星。否、違う。それは信号弾。幻想纏いより聞こえたのは仲間達の声。それに、嗚呼、彼等は安堵の息を吐いた。 「皆様、お疲れ様でした」 任務達成の意もこめて、凛子が皆に微笑みかけた。 ――されど胡乱な蝶の羽は未だ、ひらひら。ひらひら。どこか心の奥底の不安を掻き立てる色をしていて。 ●グッドモーニング、グッドバイ 何処かでそれは嘲笑った。黒い黒い色を讃えて、湛えて、称えて。 「『……御機嫌よう! 貴女達のお姫様はとってもおいしかったわ!』」 ●あらほら、底辺 全部知ったのは随分後だった。正に、後の祭り。戦い終えたそのままにボロボロの出で立ちで、男二人はコンビニの駐車場に座っていた。 「そうかぁ、そうかぁ、お嬢はもう、そうなのかぁ」 「らしいね。でも、喜ぼう。きっとあの子も喜ぶさ」 「そうだね、そうさ、喜ぼう」 「美しき我らのお嬢に!」 「麗しきミス・ノーマルに!」 「おめでとう!」 「おめでとう!」 「「さよーなら! アッハハハハハハハハハハハハハハハハ」」 缶ビール、カチーンとカンパイ、さようなら。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|