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誕生日には花束を


 トランプをじゃっと、音を立てて切る。
 慣れた手つきで、『まやかし占い』揚羽 菫(nBNE000243)はトランプを広げた。
 ――裏表が無茶苦茶になって、てんでバラバラな方向を向いている。
 明らかに失敗しているそのカードの様子を見てから、リベリスタは菫に目を向けた。
 菫はそっぽを向いてカードを――裏表を揃えつつ――拾い上げて、もう一度カードを切りはじめた。
「占いはタダではしない主義なんでね。このトランプに意味は無い」
 じゃあなんで広げた。
 呆れた空気を漂わせたリベリスタ達の前で、一度咳払いをしてから、菫はカードをとん、と揃える。
 無造作に一枚取り出し、指の間に挟んだのは、JOKER。
「今日の仕事は簡単だ。
 ――ノーフェイスの駆除。向こうは革醒したばかりで、力も弱い。普通の人より少し死ににくい程度だ」
 机の上の写真、その上にJOKERを投げる菫。
「ナカオ・タイチ。32歳の誕生日らしいが、その日は娘が生まれる予定だ。彼の使用する経路は――17時半、職場からバスに乗って電車、そこから一度、自宅に寄って、車で妻のいる病院へと移動する形になっている。この、病院への移動中に革醒して、数時間の間は何が起きたのかよくわかっていない。病院到着は19時半。子供の誕生は21時を少し過ぎたころだ。22時頃、病院から帰ろうとしたタイミングでフェーズが進み、妻と、生まれたばかりの子供を殺してしまう――この時に理性もなくなるようだ。
 どのタイミングで、どうしたいか。
 どの時点から干渉するか――皆に任せる」
 幾らか神経質なため息を吐いて、菫は写真を見た。
 結婚式の写真なのだろう。普通の、としか表現しようのない男が、白いドレスの女を抱き寄せ笑っている。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:ももんが  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年05月15日(水)22:57
 ももんがです。こういうのも、リベリスタの仕事かと。

●成功条件
 ノーフェイスの討伐
 ・彼の妻、子供の生死は問いませんが、神秘の秘匿にはくれぐれも留意してください。

●ノーフェイス「ナカオ・タイチ」
 覚醒した時点では理性も記憶も、全て異常なし。
 菫の言っている通り、「死ににくい」だけの能力です。
 (ステータスとしてはドラマ値90相当)
 フェーズ上昇後は肌が爬虫類状に、腕が長大に変化し、5m程の尻尾が生えます。
 その握力(物・単)で、尻尾のなぎ払い(物・範)で、攻撃してきます。
 フェーズ上昇後もドラマ値は変動しませんが、そのことにさえ気をつけていれば、初陣のリベリスタでも倒せるでしょう。

●現場の選択について
 どこで「仕事」を行なっても構いませんが、革醒は車の運転中です。
 また、時間的に、記述されていない「帰宅する人」が多数存在することが予想されます。
 ノーフェイスが立ち寄る「自宅」ですが、彼の母親が、荷物を持って待機しています。彼女はこの依頼とは無関係な過去の事故によって、車椅子を使用して生活しており、嫁の出産には立ち会わない予定です。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
須賀 義衛郎(BNE000465)
インヤンマスター
★MVP
九曜 計都(BNE003026)
クリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
ナイトクリーク
浅葱 琥珀(BNE004276)
プロアデプト
シア・スニージー(BNE004369)
デュランダル
四十谷 義光(BNE004449)
ホーリーメイガス
キンバレイ・ハルゼー(BNE004455)
覇界闘士
小金井 春(BNE004510)

●1600
「――あ、ああ、そうか……」
 女性看護師が、軽く頭を振った。私ったら、なぜ同僚の顔を忘れていたんだろう?
「服の予備だったわね? うーん、なくはないけど……サイズ合うかしら」
 自分の胸と、目の前の同僚の胸を見比べ――残酷な真似をしてしまったことに気がついて、看護師はそっと目をそらす。「探してくるわね」と更衣室に向かった彼女を、自分の胸を両手で抱くように隠しながら見送りながら『宿曜師』九曜 計都(BNE003026)は暗示の成功を確信した。ちょっと涙目なのはさっき目にゴミが入っただけなのでぐうぜんである。ぐうぜん。
 人目に触れやすい病院という場所を仕事の舞台に選んだからには、それなりの前準備が必要だ。計都は昼のうちから潜入し、医師や患者へと魔眼をかけて回ったのだ。
 即席の看護師は机の上の書類の中から施錠箇所や院内構造が書かれた物を見つけると、それに目を落とした。屋上鍵の入手も――患者の洗濯物を忘れたとでも言えば良いだろう。容易に可能そうだ。
 借りた白衣を身につけて――胸元がスカスカする気がしなくもないが気のせいだ、気のせい――計都は病院内を悠々と歩き出した。

●1745
 夕方と呼ぶには、空はまだ明るい。
 一度その色を見上げてから、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は病院の屋上に降り立った。他のリベリスタたちも続々と、計都に借りた光の翼を畳んで涼子に続く。
「なるほど、こういうのもリベリスタの仕事、なのですね……。
 世界のために、小を殺す。皆が少しずつ幸せに生きるために、誰かに多大な不幸を強いる……」
「ナカオ殿も、神秘によって革醒しなければきっと幸せな日々を送っただろう」
 シア・スニージー(BNE004369)の言葉に頷いた『みんなのカイチョー』四十谷 義光(BNE004449)の高ぶる感情は、視界をぼやけさせ、喉を震わせ、学ランのボタンを上まで留めた肩を怒らせていた。
「だが放置はできない……最低限の被害で抑える。それがワシらの仕事なのだ」
「――正しいとか、間違っている、という次元じゃないと思います。
 だから、許しは請いません。割り切るつもりも、ありません。
 ただ、リベリスタとしてそうしたいから、するんです。
 ……私のやってきたことに意味があったかは、いつか、力尽き、身が朽ちる時にでも考えましょう」
『崩界を防ぐ』ということがどれだけ重要なことなのか、ラ・ル・カーナの住人たちは、もしかしたらボトムの人間よりもよく理解しているかもしれない。その中でも理詰めで物事を考える癖の持ち主であるシアにとっては尚更のことだったのだろう。ゆっくりと頭を振ると、仲間を見回した。――幻視を用意せずに建物内に潜り込むのは、人ならざる外見では不都合がある。
「どなたか、パソコンか何かをお持ちじゃないですか?」
「これで大丈夫か?」
 応えた『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)に電子機器を借りて、シアは電子の海をフィアキィの様に舞い、監視カメラへの割り込みを始めた。
「弱っている方がいる場所だ。結界は、出来る限り病院内は避ける形で張りたいんだ」
「――なら、屋上だけに留めた方が良さそうだな」
 カンテラを置く場所を探しながら琥珀が口にした懸念。それに応えて人払いの結界を始めた『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が、軽く肩をすくめた。
「ナカオさんへの最後の誕生日プレゼントが理不尽な終わり。
 娘さんへの最初の誕生日プレゼントが父親の死。
 意気消沈したりはしないけども、運命は底意地の悪さには毎度呆れるね」
「現実はどうして残酷なんだろうな」
 琥珀が、そして『青碧の焔』小金井 春(BNE004510)が頷く。
「――タイミングが最悪すぎだろう。家族の幸せを打ち砕かないとならないなんて」
 受付でもらってきた案内図を、春は無意識に強く握りしめた。
「いつも通りのひどい仕事だけど――どうにもならないのは知ってるけど」
 涼子の青い目が、はるか遠くでバスを降りようとする男を見通す。
 その行動に意味が無いと、涼子自身が知っている。それでも彼女は焦りで躓きかけたタイチを見た。
「……運命とかいうやつに、ただ負けてたまるか」
 理不尽に憤懣を抱くリベリスタが多い中で、キンバレイ・ハルゼー(BNE004455)は首を傾げる。
「うーん……」
 新聞に並べられた馬の名前をにらみ――父の代わりに選んでいるだけだ――、キンバレイは唸る。
 そう、馬を選ぶより余程、悩む必要などないはずなのだ。
 さくっと殺せばいい。世界の敵を殺すのが、リベリスタの仕事なのだから。
(そもそも殺す相手を赤ちゃんに会わせてあげたところで)
 殺してしまったら無になるのだ。
 だから、どうしてこの任務で面倒な手順を踏むことになったのかが、わからない。
 ――その思考に至るのは、自分の幼さのせいではないと彼女は感じている。
 他の面子がいささか人道主義的なのかもしくは行動の意味を把握しないで善行らしき行為を行って代償行為としているのか、そんなところではないのかと――それはある意味において、彼女が『世界の守護者』としては適性が高いということなのかもしれなかった。
 例えば自分が、自分の身近な存在が、同じように世界の敵となってしまったら、なんて。
 そんな風にいちいち相手に感情移入をしてしまっては、仕事に差し支えが出るのだから!

●2125
「え……先生、ですか?」
 大仕事を終えたばかりの妻をねぎらい、生まれたばかりの娘を見て目尻を下げていたタイチが怪訝そうな表情を浮かべる。夫妻にとって見覚えのない看護師だったが、担当看護師はずっとこの部屋を出たり入ったりと忙しそうなのだから、彼らがそのことに違和感を持つことはなかった。勿論、監視カメラが彼らを映さずそっぽを向いていることに気がつくはずもない。
「ええ、ちょっと付いて来てもらってもいいですか?」
「わかりました」
 慌てた様子で椅子を立った新米パパに、呼びに来た看護師はしかし、すぐに動こうとしなかった。
「その前に、奥さんとお子さんに、声をかけてあげてくださいますか……?」
「ああ、じゃあ――話終わったらすぐ戻ってくるけど、何か持ってきて欲しいものとか、ないか?」
「んー……晩御飯、食べてないでしょ。ついでにゆっくり食べてきていいよ?」
 妻も夫を気遣うあたり、夫婦仲も良いのだろう。
「大丈夫さ、明日は何が何でも有給使わせてもらうって言ってある。夜更かしするさ。
 その子の名前も――パパ、行ってくるね――はやいとこ、決めてあげないとな」
 タイチを待つ計都は、目を伏せる。
 これが、永遠の別れだなどと、誰が言える?
 例え自分たちが彼を見逃したとしても、彼の意識が後三十分ほどで消えるなど、誰が信じる?
(だけど、何か一言だけでも、想いを残して欲しい――)
 いつか、この母子が。父の話をするときに。
 この時間がきっと、無意味なものではなかったと。残された人が、そう思えるように。

●2135
 タイチは、きょろきょろと周囲を見回す。
 病院の屋上。彼がここに来たことはなかった。だから、迷いなく歩く計都の後を追ってきた時には、何も疑問はなかった。だが――実際に屋上に出てしまえば、話は別だ。
 しかも、そこには聞かされていた主治医ではなく、見知らぬ若者ばかり数人がいたのだから。
「夜分あいすまぬが、ナカオ・タイチ殿――だな?」
「えっと……君たち、こんな時間にどうしたの」
 不自然すぎる状況に、タイチの足がじり、と後ろに下がり――どん、と。出口とタイチの間に割り入った涼子に遮られる。驚いて振り向いたタイチの目の前で、シアがばたり、と扉を、そして鍵を掛けてしまった。
 数人の用意した懐中電灯やカンテラで、夜闇はこのあたりだけ薄い。慣れてくれば、互いの表情も過不足なく伺えた。
「出来るだけ穏便に済ませたいところだな……」
 春はできるだけ静かに言葉を選び――隠す必要も嘘をつく必要もないと思い至る。
(死神からの死の宣告ってやつになるのかな)
 目の前の男に自分たちの姿が、大鎌を持った黒いローブの髑髏には見えていないとしても。
 ノーフェイス、ナカオ・タイチにとってリベリスタと死神に如何程の違いがあるものか。
 琥珀が一歩踏み出し――それに合わせ、リベリスタたちはさり気なくタイチを囲むように立った。
「これから起きる惨劇を予知して、ここに来た。事情を説明するから、落ち着いて聞いてほしい」
「さん、げき……?」
 オウム返しのタイチに、常人の反応だ、と計都は思う。
 革醒の仕組みを、崩界の原理を説いても仕方がない。分かりやすさを求め、琥珀は己の体を発光させた。
「こんな特殊能力が使える病気がこの世にはある。
 ナカオ氏も発症するんだが、能力のコントロールができなくて惨劇を起こしてしまうんだ」
 何かの冗談だと思ったのか、思いたいのか。タイチは些か乾いた笑いをあげ、もう一度周囲の若者たちを見回し――その視線を受け止める涼子の眼に気がついた。涼子はその目をシアに向ける。つられるようにそちらを見たタイチの目に映る、普通ではない耳、そしてその周囲を漂う、20cmほどの、妖精のような何か。それだけではなく、既に人のくびきを離れたタイチには、幻視の影響がない。義光の眼球や春の手も――それらをじっと視線で示した涼子は、最後に再びタイチの目を見た。
 それら超常を信じないという選択肢は、タイチの中から消え失せていた。
「惨劇……?」
 もう一度繰り返した言葉には、荒唐無稽を嗤う響きはなかった。
 惑うタイチを見ながら、計都はそっと意識を集中する。
「放っておいたら、あんたにとって最低最悪の出来事が起こる。
 あんたの手で、あんたの愛する者を殺めることになっちまう。
 俺に出来るのはその悲劇を最小限に止めることだけだ。
 ――あんたの悔いやら恨みは全部まとめて俺達が受け止める」
 春の言葉もまた、真剣で。タイチは徐々に、恐怖を覚え始めていた。
 彼らはどうやら真剣に、自分が惨劇を引き起こすと信じている。自分の身に、何が起こるというのだ。
「信じられないこととは思う、だが……このままだとナカオ殿自身の手で、愛する二人の命が奪われる。
 理性のあるうちに……人であるうちに……」

 俺に、死ねと。


●2143
「……ナカオ殿……頼む……! ワシは、あんたに人殺しはさせたくないのだ!」
 畳み掛けた義光の言葉に、タイチはがくりと膝をつく。
 黒蝶貝の文字盤に指で触れ、義衛郎が周囲に目配せをする。
 説明に、説得に時間を費やしていた。フェーズ上昇予想時刻まで、長く残っているわけではない。
「リミットは22時。それまでに心残りがあるなら話してほしい」
「心残り、だって?」
 顔を上げたタイチの表情は、流せるものなら血の涙でも流れていただろうものだった。
「ないはずがあるか? さっき子供が生まれたばかりだ、名前だって候補しか決まってない。見たかあの顔? 嫁の生まれた時の写真とそっくりなんだ、息子じゃないから、それこそキャッチボールなんかは難しいかも知れなかったけど、なあ、どういうことなんだよ、それどころか成長するのも見られないのか? 俺が嫁の親に頭下げた時みたいに、誰かがこの子を連れて行っちまうのかって思ったところだったんだ、なあ!
 なのに、俺が殺すだって? そんなの誰が信じるんだよ、なあ!」
 思ったことをそのまま一気にまくし立てて、誰かが否定してくれないかと、タイチは期待する。
 変な夢だと。ドッキリだと。誰か否定しろ、頼むから!
「……わたしが言いたいことは、1つだけだ。
 アンタを生かしておく以外で、わたしにできることがあるなら言ってほしい。
 今のところ、撃って殴るしか能はないけど、ちかって、できる限りのことはする」
 涼子が返した肯定に、タイチは今度こそ、『血の涙を流した』。
「冗談じゃない、先に殺されてくれ、はいそうですかなんて言えるかよ!?
 ――ああ、そうだな、信じるよ、俺が信じるさ、じゃなきゃどういうことなんだよこの手! さっきからちょっとずつ伸びてるんだ、変だろ? 気がついたか? 俺の尻もさっきからなんだかむず痒いんだ、これもなんかできるんだろ?」
「頼む、人の姿のままで終わらせたいんだ! 聞き入れてくれ――」
「どういうことなんだよ、俺はついさっき嫁と子供のためになんだって頑張れるとか思ってたところだったんだ、おふくろだってどうなる、ようやく恩返しでも出来るかと思ったら足がダメになって、三人とも残して逝くのか、皆俺が殺すのか? 誰が殺すんだ、お前らか!?」
「皆さん、タイムリミットです」
 諌めようとする琥珀の声も届かずに喚き続けるタイチの、その訴えは、フェーズの上昇が近いことを知らせていた。義衛郎の宣言が、諦観に似た空気を周囲に喚び――その中を、式の烏が閃いた。

「こんな理不尽、怒るしかない。恨むしかない。
 だから、それはあたしが全部受け止める――あんたの幸せを、未来を、ぶち壊すのはあたしだ。
 あんたは、ちっとも悪くない。悪いのは、あんたを救えない、あたしだ」

 計都の式は、寸分の狂いなくノーフェイスの胸の正中に突き刺さる。
 タイチは血走った目で、その痛みを与えた相手――計都を睨みつける。
 そこに中折れ式単発銃を握りこんだ右ストレートが、実体を持った鮪斬の幻影が、立て続けに打ち込まれ、顔をえぐり腹をへこませ――その傷はすぐ、致命的な見た目ではなくなった。『死ななかった』のだ。まだフェーズの上昇しきってはいないタイチは、その攻撃で3度は死ねた、だからこそ。痛みにのたうち、悲鳴を上げるだけにとどまってしまった。
 リベリスタたちは顔を見合わせ、エネミースキャンを試みた計都は僅かに夜空を仰ぐ。
 彼は「死ににくい」だけだと、フォーチュナは言った。
 彼が自身の得てしまった異能をどれだけ正しく理解したとしても――彼が救われることはないのだ。
 強く唇を噛み締める。
(巫山戯るなッ! 普通の人間に……、こんな運命を受け入れることなど、出来るはずない)
「俺は、生きる、死ねないのか、生きるのか!」
 絶望すら感じる叫びをあげ、タイチははっきりと長くなった腕を振り回す。それは運悪く近くにいた春に当たったが――その威力は本当に、普通の人間の膂力に毛が生えた程度のものでしかなく。
 それはいっそ、運命に逆らえなかった男の悲哀の現れにすら思えた。
「あやまりはしない。そんな資格もない」
 涼子が、殺意と言う名の弾丸でタイチの頭部を撃ち抜き――タイチはそのまま、動かなくなった。
 あっけない、最期だった。

●2235
 これでまた、アークからの報酬が振り込まれるはずだ。
「早く下着買いたいです……」
 服の中、己の肌と繊維の間に目を落とすと、キンバレイはそう呟いて伸びをする。
「事故死とかにみせるよう偽装しないとな」
「ううむ……事件性のない死を演出できんもんだろうか。
 ――せめて、残された母と子に幸あらんことを」
 春と、そうやり取りしながらも義光はタイチの瞼を閉じさせ、すまない、と小さく呟いた。
 地上を覗き込めば、翼の加護をかけてもらって先行した義衛郎が手を振っている。義光が隠しておいた車、その周辺で人払いを済ませたという合図だ。
「本来なら遺族に恨まれるのが筋なんだろうが、それすら不可能なのが、なんともはや」
 手を下ろした義衛郎の皮肉げな言葉を聞くものは、今はいない。
 義光は借りた翼を伸ばしながら自分の涙を拳で拭い、タイチを抱き上げる。
 少しひとのかたちから外れてしまった彼の遺体をどうしたものか、ともかく一度アークに搬送してから考えようということになったのだ。

「パパ遅いねえ?」
 まだ何も知らない母親が、出産の疲れにうとうとと瞼を落としかけながら、横に寝かされた娘に呟く。
 その言葉にか、それともほかの何かにか――娘は不意に薄っすらと目を開き、むずかりはじめた。
「あはは、ねえ、帰ってきたら文句言ってあげないとねー。
 あんまりほうっておくと、パパ嫌いになっちゃうぞ、って――」
 むずかる声はやがて本格的な泣き声に変わる。健康的で、強い娘だ。
 父親となった夫と、少し大きくなった娘と。
 三人で手をつないで街を歩く夢を見ながら、母親は眠りに落ちた。
 温かい、夢だった。

<了>

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
成功です、お疲れ様でした。

MVPは、八面六臂のスキルが光った貴女へ。