● アホなツラをした幸せそうなガキを攫って殺して家の前に棄ててくる。それだけの話。 簡単な話だった。ただ――そのガキが本当にアホで、誘拐されたってのに遊んで貰えると勘違いしてはしゃいで懐いてきて、だから、だから……まあ、こんなアホなガキなんか生きてようが死んでようが別にどうでもいいんじゃないか、って。 可哀想とかそんな事を思った訳じゃなくて、ただ、本当に、単なる気紛れで。 そりゃまあ、小さい頃親父に殴られて死んだ弟はこんなだったな、と思いはしたけど、だからってあのガキがなんかそういうのになる訳でもねぇし。 だから、殺すのも面倒臭くなったから家の前に投げただけで。 本当に、だから。 この男の不興を買う気なんて、全くなかったんだ。 「ねーぇ。誰が生きて帰せって言った? 教えてよ」 革靴に頭を踏まれながら、ぼんやりと遥か上の声を聞く。この男の声にはいつも嘲りが混じっていた。 嗤い声は勿論、普通の話し方ですらどこか他人を見下した嘲笑が混じる。 「まあさあ、『加工』がメンドクセェってのは分かるよ? ガキは小さいし喧しいし。でも家にぶん投げる前に首の骨折っとくくらい簡単じゃない?」 頬に当たるコンクリートがぬるつく。目の前に落ちてきたのは、子供の顔。 ああ。 あのガキだ。 生え揃ってなかった歯は全て砕かれ抜かれ、目も潰されている。親が見たならば発狂するかも知れない、正視に堪えないその姿。 確かに――これならば、確かに。俺が殺しておいてやった方が、ずっとマシだっただろう。 最悪な事に、爪を剥がされ変な方向に捻じ曲がったガキの指先は、まだ、動いていた。 死んでは、いたけれど。 「ま、イイや。ガキの身代金さっさと払ったって事はまだ金あるっぽいしさあ、あの家。根こそぎブン獲ってくればもうグダグダ言わないよ。ついでにガキも帰してきてイイしね」 お、お゛、お゛お、ぉ、舌を抜かれたガキが呻く。もう声なんか、聞こえてないだろうに。 髪を引っ掴まれて、与えられるのは極上の奇跡。正体も分からぬ神の愛。 一本も動かせなかった指先が、血で縺れる舌が、軽く動くようになる。 「俺の心が広くて良かったねーぇ?」 薄い唇が笑んでいる。嘲りの目が見下している。それでも。 「……すんませんっした……」 見上げて、詫びる以外に方法がない。 掴んだ髪を払い落とし、後はもう、興味を失ったように男は背を向けた。 他の何人かに手を引かれ、ガキの首根っこを引っ掴み歩き出す俺に、声が掛かる。 「いってらっしゃい。頑張ってね」 けけけけけけけ。 嗤笑が、響く。 ● 「まあ、余り気分の良い話はできない訳ですが、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンが今日も皆さんにお願いとご説明をさせて頂きますね」 薄っすらとした笑顔で口を開いた『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は、溜息と共にモニターに住宅の画像を出す。 「こちらのお宅、簗河さんと言いましてね。一人息子が最近、裏野部の一味に誘拐されまして。一度は生きて帰ってきたんですが……再度誘拐され、今度はE・アンデッドとなりました」 映し出された写真と、モニターに映る未来視の映像。 変わり果てた姿に、誰かが遣る瀬無さそうに首を振った。 「息子さんが一度無事に帰った理由は、まあ、集団の中の『若いの』の気紛れの様子ですが……そのせいで、この一家は更に目を付けられる結果となってしまった」 全く以って、不運としか言いようのない事である。 欲望と暴虐の集団は、巣に帰った『獲物』を纏めて嬲る気だ。 「で、皆さんに行って頂きたいのはこの家族の保護です。細かい状況は資料に書いてありますが、彼らの他に警察官も存在します。……根回しは間に合いませんでしたので、接触の仕方によっては皆さんが『不審者』として扱われる危険性もありますので、その点はご注意を」 肩を竦める。 穏健な説得で安全な場所に連れて行ければそれが一番だが、状況次第では難しい。 「……ね、一家全員が裏野部の『何となく』で殺されるのはぼくは嫌です。息子さんだけは、もう、どうしようもないですが……他のご家族までも犠牲になるのは、嘘にして下さい。ぼくの視たものを嘘にして下さい。宜しくお願いします」 ぼくを嘘吐きにして下さい。 薄く薄く笑ったまま、フォーチュナは軽く頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月13日(月)23:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 善意。 誰かの事を思って行われる行為。それは時に、本人の意図せぬ方向へと転がる。 悪意のない善意の行為が取り返しの付かない事態を招くのは、悲しいかな、よく聞く話だ。 この度も――悪意の隙間に生まれてしまった、ほんの僅かな善意が引き起こした悲劇だ。 「一匙の善意も、裏野部に掛かれば悪意の隠し味か」 齢十二にして世の裏も知る『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は、目前に見えた複数の背中に目を細める。気紛れに与えられたその善意は、悪意を引き立たせる為のスパイス。 家族の元へ無事に帰ってきた息子は再び消え、善意を垂らした者へと与えられたのは生かした筈の子供の死体。 それはどこまでが善意だったのだろう。『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は駆けながら考える。子供を返した所までは善意か。ならば家族をより強い苦しみに晒す前に殺す事は善意か。歪んだ場所の歪んだ倫理、それを理解しようなんて難しい。 「己こそが正義だ、なんて馬鹿げた妄言を吐く気はないがな」 リベリスタの行為も、善意や悪意を超えた『世界』の為であれば――それは時に人の正義とは相容れない。だとしても。 「善意を叩き落して楽しむのが彼らの流儀なら、その手の中の悪意の塊を叩き落しましょう」 こちらの接近に気付いたらしい裏野部が振り返るのを視界に入れながら、『上弦の月』高藤 奈々子(BNE003304)が告げる。大人しく、悪意に浸ってやる義理などこの渡世の何処にもない。 「はいストップ、すずきさんのおでましですよ」 あくまでも軽い口調で、ちょっとそこのコンビニまで、と言うかの如く『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)は笑って裏野部の前へと立ち塞がった。 今正に玄関の扉を蹴り飛ばそうとしていた西森・龍全が、訝しげに動きを止めたのが『戦士』水無瀬・佳恋(BNE003740)に見えるよりも早く『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)がその前に滑り込む。 「どうしてこんな事を? なんて聞かないよ。貴方達には貴方達の考えがあって……いや、貴方達の後ろに控える人間の考えに従って、こういう事をしているんだろうからね」 「……んだよ」 その手にナイフを携えて、青い目をすいと前に向けた瑞樹は年のそう変わらない龍全に向けて首を振った。 脅す調子の混じった龍全の声にも頓着しない。ただ、構える。 「何だって、私はその理を否定する。これ以上、この家族の日常を壊させてなんかやるもんか」 瑞樹が告げる横、密やかに……綺沙羅がこの家を、裏野部を切り離すべく詠唱を唱え始めた。 ● 「……なんとなく、で家庭を壊すだと。ふざけるな」 同年代の少女、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が表情を険しくするのを横目に、『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は憂い顔を浮かべる。 なぜ、どうしてこんな酷い事を。憤るより先に悲しみが湧いてくる。けれど、問うても彼らからマトモな答えは返ってくるまい。一部の裏野部の論理は、痛みに耐えながらも前を向こうとする少女にとっては未知の言語にも等しく理解できない。 理不尽だ。余りにも理不尽だ。フィクサードによって両親を――家庭を壊された経験のある雷音にとって、その理由は呆れる程に下らない。暴虐の気紛れによって奪われる命を、一つでも救えるのならば。その思いだけで、翼持つ少女たちは空を翔け男達と相対した。 「ねぇねぇ、折角だから、わたしと勝負しよ?」 「悪ぃがな、俺らは仕事の途中なんだ。分かってんだろ」 裏野部は精々、この挑発も自分たちを家の中へ入らせない為のものだと判断するだろう。だが、アリステアが狙うのはもっと短い間、綺沙羅が陣地を作成するほんの少しの時間注意を惹く事だ。 「そんなに強そうな格好してるのに、わたしが怖い?」 「なるほど、裏野部は臆病者の集まりか」 幾ら神秘界隈に名を馳せるとは言え、二人の外見は可憐な少女である。見え透いた挑発であっても、やはり気分は良くないらしい。途端に顔を顰めた彼らは、無言で窓を割る。 飛び込んだ彼らに続き、雷音とアリステアも向かうが――窓を割った先で、二人は待っていた。飛び込んだ先で結ばれるインヤンマスターの印。周囲に舞う刀。デュランダルの横薙ぎの刃を結った髪の先少しと引き換えにかわした雷音の翼と、アリステアの翼が触れ合った。だが、時を同じくして二人が望んだ感覚が、場に訪れる。頷いた雷音が、持てる魔術の深い知識を総動員し、搭の魔女が齎した秘儀の網の目をすり抜けた。 何をしたかは分からねど、この空間が『異常』である事はすぐに男達にも知れる。一人場に残ったアリステアは、1Fの仲間と合流しようと翼を羽ばたかせるが――。 「なあ、嬢ちゃん。『勝負』すんだろ、逃げんじゃねぇよ」 剣を構えたデュランダルが、廊下を駆ける。闘気を込めた一閃は、小柄な体を窓際から弾き飛ばした。 「っ、あ……!」 苛烈な一撃も、体躯に見合わぬ丈夫さを兼ね備えるアリステアにとっては致命傷には遠いが、数が二対一となった事実に変わりはない。柄の悪い男達の下卑た笑いは、狙いである母子をどうにかして『隠した』相手を嬲れるという期待に染まっていた。 デュランダルが窓際を、インヤンマスターが目前を。結果的に挟み込まれた形になったアリステアは、胸元をぎゅっと握る。だが、幻想纏いであるリボンから聞こえたのは仲間の……瑞樹の声だ。 『――アリステアさん? 行けそう?』 「ちょっと一人じゃ難しそう……かな」 『分かった。今行くから少しだけ耐えて』 「……うん」 囁くような声で通信を終え、アリステアは息を吸う。怖くないといえば嘘だ。守られるばかりではいたくない、そうは思えど、敵と正面から相対するという事は癒し手にとっては少ない事実。 これが一人であったのならば、酷く恐ろしかっただろう。けれど、離れていようがここには仲間がいる。全員で無事に帰る為に、アリステアの存在は重要なのだ。 強い決意で、インヤンマスターの呪縛を振り切る。 「いいよ。負けないんだから」 ● 一人、綺沙羅の作り出した空間から抜けた雷音は、窓の割れる音に驚いて出て来たらしい女性と目が合う。間違いない。これが母親だ。見知らぬ少女が家にいる事に怪訝な顔をした彼女に、雷音は呼びかけた。 「すまない。詳しくは説明できないが、君たちに危機が迫っている。君たち家族を救いたい」 それは、何も知らない人間から見れば意味の分からない悪ふざけにしか思えないだろう。 窓を割った少女が、怒られるのを厭って大仰な嘘を吐いたのか。だが、二階にいるこの少女はなんだ? 困惑と不審の入り乱れる視線に、雷音は眉を寄せた。分かっている。それが普通の反応だ。けれど。 「ボクは、もう家族が別れ別れになるのを見るのは嫌なんだ!」 手を組み、祈るような調子で雷音は告げる。幸せな家族が引き離されるのが嫌だ。見たくなんかない。母の後ろで、そっとその服の端を握った幼い少女。 「信用できないと思う。けれどお願いです、いうことを聞いて、今は一緒に避難してほしい」 戸惑った様子の母親が、それでも、何処に、と問うたのは、雷音が纏うマイナスイオンの効果か、それとも必死の声音か。ほっと息を吐いた彼女は、一刻も早く仲間の元へ戻るべく――廊下の先を、指差した。 ● 綺沙羅によって作られた仮初の空間。閉じ込められた事を悟れば、裏野部のメンバーは顔を顰めて罵声を吐く。だが、どうやったかは知らずとも、裏野部側としては――『アークを殺して、その後にゆっくり』という認識に変わるだけ。 故に、動きは早かった。 「菊水に恩受けし異能者、高藤。義によって貴様等を止める!」 奈々子が仁義を切ったのが、戦闘の口火。 「やはり貴様らフィクサードは悪趣味極まりないな」 櫻霞の構えたナイトホークとスノーオウル、猛禽の嘴から吐き出されるのは無類の精度を誇る弾丸。それが後方に控えるホーリーメイガスと思しき裏野部を撃ち抜く中、綺沙羅が呼び出した影人が彼女の前に立つ。 綺沙羅による陣地作成は今回の作戦の要。だからこそ、彼女は自分を守る事を優先する。 降り注いだのは星の光。彼女を庇い、直撃した影人が揺らいで消えた。 寿々貴は片手に盾を持ったクロスイージスの前に立って、肩を竦める。命懸けで誰かを……大切な人ですらない、全くの見知らぬ他人を守るなんて、そんな事は理解『したくない』から分からない。 本気で手を伸ばすなんてそんな事も『したくない』、どうせこれは他人事、失敗させる気はないけれど、成功したらまあ良かったねで済ませられる程度の出来事。だから必要以上に力を入れる必要なんて、何もない。 「……どうせ、ステキな他人事だもの」 うろうろと手を伸ばす子供の死体を見ながら、仲間に翼の加護を授けた寿々貴は嘯いて表情を緩める。『中』の事なんて見せたくない。 飛び交うのは銃弾、降り注ぐ加護は神々の黄昏。 猛攻の最中でも、家族に息子の死体を見せたくはない。無惨な体を見せたくはない。それは幾人かのリベリスタに共通する思い。けれど、その方法までは統一されていなかった。 「好き勝手に動かれても困る、そこで大人しくしていろ」 櫻霞の気糸が譲の足元で弾け、その場に捕らえる。 哀れだ、と佳恋は思った。仕事を優先する心に変わりはなくも、こんな虐待、いや、拷問を受けた姿を家族に見せたくはない。それもまた、彼女の善意。 振り下ろされた刃に、動かざる者を正しい姿に戻す――それ以上の意図など存在しなかった。 けれど、本人は無害といえど、悪意に満ちた仕掛けは彼の中に存在する。 「……っ!」 その首を切り裂いた瞬間、肉や骨では『ない』感触を佳恋は刃から感じ取った。 直後、目の前に弾けた爆風に僅か目を細める。多くが想像した通り、少年の体に仕込まれていたのは爆弾。革醒者には致命傷にはなりえない威力でも、殆ど力のない譲にとっては耐え切れないそれ。 よく熟れたトマトが地に落ちたかの如く、傷付けられた体は爆ぜる。 辺りに降り注ぐのは、血の雨だ。 爪を剥がされた小さな腕の肘から先が壁に当たった。破片で傷付いた細い足が駒のように回って扉を抜け、絨毯を回った。下顎を失った頭が玄関をバウンドして、落ちる。潰された目から流れる血は、泣いているようで……けれど、譲だったものはもう動かない。 「……クッソ」 顔の前に腕を翳して爆風を凌いだ龍全の舌打ちに、奈々子の推測は、確信へと変わる。『これを行った者』は実際の所、簗河一家の財産などどうでもいいのだろう。最大の目的は、息子の無惨な死体を見て、更にそれに傷つけられ、或いは殺されるであろう家族への――そして龍全への『嫌がらせ』だ。 「ねえ、貴方はこんな、自分の善意を叩き落す人の下について満足なの?」 「うっせぇな、何カン違いしてんだよ」 奈々子の問いに、未だ年若いとも言える顔を歪める龍全にとって、これは『バツが悪い』出来事なのである。情が移って見逃したのではなく、単に面倒臭がった結果。そうでなければならない。若いプライドに下手な『情』など青臭いを越えて嘲笑の的だ。だから彼はあくまで吼える。 「他人の悪意を叩き落すリベリスタになれ、なんていう気はないけれど、貴方が飼い犬でいる意味もないはずよ」 「……うるっせぇなあグダグダと!」 革醒した彼女を救い拾い上げたのが、筋を通す侠客であった様に。力を持て余す龍全を拾い上げたのは、暴力の裏野部だったのだ。暴力でしか語れず、それの上下でしか自分と他者を分けられない生き方をしてきた彼にとって――それは『満足するか否か』ではなく『どうしようもない必然』なのである。 仮に龍全の不幸を嘆くのならば、彼が余りにも単純な論理に生きてきた事にあろう。 力がなければ、強者に従わねばならない。それが例え、理不尽であっても。 「あんた、裏野部向いてないんじゃない?」 そんな様子を見た綺沙羅が、敵の後方に閃光弾を投げ込みながら肩を竦めた。 「さっきの通り、別にリベリスタに向いてるとは言わないよ。ただ、あんたは『そっち』になれそうにないもの」 そっち。綺沙羅が指したのは、凶悪な表情で躊躇なく刃を振るう裏野部の一団だ。 「あんたは連中にとっちゃそいつと変わらない。『何となく』で使い潰されるのが関の山」 そいつ。綺沙羅が指すのは、砕けた体。弄ばれた無力な存在。 「うるせぇな、死ねよ!」 否定の言葉はどこまでも単純で……けれどどこまでも頑ななそれは、崩す事は叶わずとも彼がどこかで『それ』を自覚している事を物語る。振り上げられた拳。 奈々子や寿々貴を巻き込んで放たれた焔腕の熱。が、それを冷ますように――雨が降った。氷の雨が。 「來來氷雨!」 「みんな、大丈夫? 今、治すから……!」 ストールを取り去った雷音と、精一杯の癒しを呼ぶアリステア。 「お待たせしました、かな」 窓から飛び降りた瑞樹の放った無数の気糸が、龍全の手足に絡んで止める。 合流した三人に視線を送り、櫻霞が再び二丁の銃を構えた。 「さて、ここからが本番だが……くだらない問答は時間の無駄だ、さっさと倒れてもらうぞ」 ● 「クッソ、ザケんじゃねぇよ! 死ね、死ね、死にやがれ!」 ヤケクソになった龍全の、吹き消える間際の蝋燭の炎――土砕掌が、強烈な一撃で以って櫻霞の体を揺るがした。複数をまとめて撃ち抜く彼の弾丸は裏野部側からしてみれば酷く厄介でうっとおしい代物。特に後方のマグメイガスやスターサジタリーから疎んじられた彼は、既に集中砲火で一度運命を消費していた。 「くっ……」 揺らぐ視界を繋ぎ止めようとしても、糸が切れたかの如く動かない。 奈々子の腹を、動く針穴をも通す精密射撃が撃ち抜いた。 侠客のプライドを持って切った仁義で幾度も立ち上がってきた奈々子だが、彼女もまたこの一撃で体の中身を持って行かれ、膝をつく。 癒し手を狙うのは王道の一つ。だが、この場の最大の癒し手であるアリステアが倒れ難いという事を知ったデュランダルとインヤンマスターの声により、裏野部の一団の狙いは『狙える奴から回復を追い付かせない火力で潰す』というものに変わっている。 とは言え、ホーリーメイガスを失った裏野部と、アリステアに加え寿々貴という支援要員も存在するアークとでは持久戦に持ち込んだ場合どちらが有利かは言うに及ばず。 寿々貴がデュランダルによるデッドオアアライブに薙がれて倒れた後も、アリステアの癒しは絶える事なく戦場に暖かく降り注ぐ。 しかし、本来ならば適当な所で逃げ出すであろう所謂『やる気の薄い』連中が陣地に閉じ込められた事で本気を出さざるを得なくなったのは、アークにとっても手痛い被害を齎した。 殺らねば殺られる。文字通り死に物狂いになり、一人に最大火力を叩き込んでくる連中はさながら手負いの獣であった。早くに落とすはずであったクロスイージスの頑強さに手こずり、予想以上の消費を、犠牲を強いられる。 だが、追い詰められ冷静さを欠いた獣に『それ以上』の成果は望むべくもない。 裏野部で残っているのは、最早デュランダルと龍全の二名のみである。 「これ以上は、ありません」 白々と輝く刃を振り上げ、佳恋が繰り出すのは雪崩の如き猛攻。破壊のオーラを纏った刃がデュランダルの体を抉り、返す刃でその胸を貫いた。 『フラジェラントの恍惚』……痛みを受ければその分を攻撃力に転化するアーティファクトを身に付けた龍全は意図的に範囲攻撃から外されていたが、ここまで来れば最早攻撃に転ずる事に躊躇いはない。首輪の内側に存在する棘によって流れる血も、酷く緩慢ではあるが長い戦闘の中で龍全の体力を削っていた。 瑞樹のカードが刺さり、雷音の不吉の占いがその身に降り注ぐ。 「『魔が差した』……人は生きてれば、そんな瞬間なんて何度だってある」 綺沙羅の指先で、符が鴉へと姿を変えた。 不吉の象徴、死を告げる鳥。 「あんたの場合はその『魔』は善意だった訳だ。皮肉だね」 紫の瞳が細められると同時――鴉に身を打たれた龍全もまた、地に倒れた。 ● 強結界も魔眼も、自宅の内部で起こった出来事、それも大切な家族が関わる事となればその意識を、記憶を惑わす事はまず不可能だ。瑞樹の望んだように、叶う限りの綺麗な姿にする事も……今となっては難しい。 傷付いた仲間に手を貸し、リベリスタは簗河家を後にする。 陣地が解けた後の、家族の悲鳴は――どうしようもない、事だった。 かくて部外者のままであった一家にとって、息子の誘拐と殺害という事件は、他の多くの男の死体を伴いながら真相も分からぬまま幕を閉じた。 腹を撫で溜息を吐く母親と、その手を握る幼い子が一つ救われたとするならば、己を『救いたい』と必死で願う少女の存在があった事だろうか。 何があったかは分からない、けれど、最悪を避ける為に自分たちを『何か』から守ってくれた存在がいたのだと、そう思う事ができたから。 神秘を知らぬまま、神秘に救われた彼らの夜は更けて行く。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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