●ある少女の手記 陽光が翳り出す。曖昧なコントラストがこれほどまでに自分に似てると感じた事も無かっただろう。 首を締めれば、息ができなくて。 けれど約束は縄の様。ぐるぐると首を絞め続けては離さない。 いっその事、このまま死ねば幸せなのでしょうかね、なんて、馬鹿らしい感情整理。 ロマンの欠片も何もない。クソッタレ。世の中、そんなに甘くないんだよ、なんて嗤った所で意味はない。 裸足のままで走っていけば、このまま逃げ切れるのか。どろどろと溶けていく陽の光が、コーヒーに零したミルクみたいにぐちゃぐちゃになって混ざり合って、形も無くその場に侵食していった。 昼と夜の中間点。気色の悪い時間に一人、逃げ脚を弱めることなく、走っていく。 でも、最後に見ておかなくちゃ。あの景色だけがわたしの存在証明だ。 壊れかけのナルシシズム。呆れかえるほどの矛盾を孕んだ感情回路。 ぐらぐら、ぐらぐら。 足場の崩壊を感じるには遅すぎた。 ぐらぐら、ぐらぐら。 なんて、情けないのだろうか。こんな惨めな自分を晒し続けるだなんて。 なんてなんて、なんてなんて、可哀想で仕方ないの。 嗚呼、『かわいそう』なわたし! ハロー、そしてサヨウナラ。 何だったら、笑って頂戴? ●逃走 「敵はエリューション。ノーフェイス。走ってる」 かなり早いよ、と『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)が淡々と告げた。 「ある場所を全力疾走してる。識別名は『コメット』。単純に早いからこの名前になった。 人生から逃げ出したくなったらしい。そして走ってみたら早かった。だから走り続けてる」 リベリスタが単純に敵がアホだと認識したのはさて置いて、ものすごい速度で移動する物体をどうやって相手にするべきなのだろうか。頭を捻るリベリスタを横目にイヴが資料を捲くった。 「ここ、何故か判らないけどコメットのお気に入りスポット。立ち止ります」 「えっ」 「滞在時間は凄い短いけど。夕暮れ時、丁度陽が落ちかける時に此処で落陽を見て走り去る」 好きらしいよ。この丘。 真っ直ぐに海に落ちていく夕日が、海の青と、夜の紺に融け合って混じり合う様子が何とも芸術的である。写真に収める事が出来れば暫くは話のタネにできる位には美しい場所なのだが。 「コメットの滞在時間は大凡3分。どの方向からくるかは判ってる。 制限時間は短いけど、逃がさないようにすれば何とかなると思う。だから頑張って」 コメットはついでに森の仲間も連れてくる。ソレだけなら愉快なお話しなのだが、生憎、崩界因子だ。 やる事は最初から決まっている。判っているでしょうとイヴの瞳は告げていた。 「出逢った後の行動は単純明快、倒せばいい」 お願いね、と色違いの瞳に翳りを見せて少女はリベリスタの背中を見詰めた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月04日(土)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● たった、と地面を蹴る音がする。その音は沈みかけた夕陽を求める様に何処か楽しげなリズムで一定に響いてくる。一歩、二歩。その音程(テンポ)は一定でありながら早い。 足音が近付いてくる事気付き、『ましゅまろぽっぷこーん』殖 ぐるぐ(BNE004311)が耳をぴょこぴょこと動かした。 「逃げる子かー。いいねえ、追いかけたくなっちゃうよ!」 大きな尻尾を揺らすぐるぐの様子に小さく頷くものの、何処か浮かない顔をした『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)は小さく瞬くのみ。華奢な少女には余りに不釣り合いな大戦斧の切っ先が傾く夕日に照らされて影を落とす。 「どんな御事情があれ、すべきはただひとつ」 ソレに変わりがない事を淑子は知っていた。けれど、その事実を受け入れる事は難しいのだと『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)はそう感じ続けていた。胸に突き刺さる言葉があった。抜けきらぬ言葉だとそう思っていた。マグナムリボルバーマスケットを手にして、胸に手を当てる。 かつん、と彼女の機械のハイヒールが地面を蹴った。瞬時に反応する『フリアエ』二階堂 櫻子(BNE000438)が体内で廻る魔力を感じて色違いの瞳を西の雑木林へと向ける。 それが合図であったのだろうか。『(自称)愛と自由の探求者』佐倉 吹雪(BNE003319)がバックラーを手に地面をけり上げる。靡く髪に息を切らせる少女の姿を視界にとらえる。 は、は、と浅く息を繰り返すその姿にうずうずと身体を揺らすぐるぐに気付き『百叢薙を志す者』桃村 雪佳(BNE004233)は百叢薙剣を手に浅く息を吐きそのまま飛びだした。 ● 『目つきが悪い』ウリエル・ベルトラム(BNE001655)は少女が好きだ。無論、15歳という年齢が彼にとってのストライクゾーン。それ以下で有れば可愛らしいものだし、それ以上であれば化石同然だ。 だが、ウリエルの目の前に走り込んできた女は何処かどう見ても『少女』である。髪を靡かせ、息を切らせ、目標まで――否、死まで一直線に走っていくその姿。 「いやぁ、美しいもので御座いますね」 呟く声に、『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)が小さく首を傾げた。彼女にとっては死は美しいものではない。もしかするなれば、罰だと認識されるものであるかもしれないのだ。待ち伏せしていたリベリスタ達の中で、真っ先に動きだしたのは吹雪だ。肉体のギアが加速して、バックラーを其の侭少女へと振り下ろす。少女、識別名『コメット』がぎょ、とした様にその体を捻った。だが、瞬時に飛び込む雪佳の切っ先が彼女の頬を擦る。彼等の元へと飛び込んだ『森のなかまたち』に気付き、ミュゼーヌがマスケットを構えた。前線に飛び込む彼女の魔力障壁回路・改に犬の額がブチ当たる。 ふわ、とナポレオンコート・グランディオーズが揺れる。しゃがみ込む様に真っ直ぐに押し出した盾の後、足を滑らし視線を逸らす。一度首から離れる様に浮かび上がるFrom teddy bearが夕陽を反射した。 「たとえどれだけ愛くるしくても、人を襲う動物は……駆除の対象よ!」 打ち出されて行く弾丸。その様子に驚きを隠せない様にコメットが拳を振るう。目の前に立っていた小さな犬がその拳にふるりと体を震わせて跳ねあがる。赤と青の色違い。大きく、愛らしい外見である筈のぐるぐの瞳は笑わない。 「ハローハロー元気? あそぼー。何処行くのー?」 「……ッ、な、何!?」 驚き、仰け反るコメットを上手く包み込んだのはミュゼーヌのサポートとソードミラージュ三人のお陰であろうか。体内で巡る魔力を感じ、周辺を見回すひよりの超直観が空より強襲する小鳥に気付き「浅雛さん」と名を呼んだ。何処か焦りをにじませたその声にも、淑子は優雅に笑い、鮮やかな桃色の瞳を細める。桃色のワンピースのフリルが広がり、手にした大きな斧が小鳥を捉える。 「何かを殺す事に慣れてしまった、とは思いたくないのだけれど……ごめんなさい」 ゆっくりと囁かれるソプラノも今は何処か翳りがあった。普段ならば明るい声音である筈なのに、気は重いのだろう。東の坂に立っていた淑子が展望台を囲む様に布陣する仲間達を見詰め、たん、と地面を踏みしめる。 「ああ、こんなに可愛らしいのに……お友達になれないなんて、残念ね」 どうせなら、『ココ』のお友達になってくれればよかったのに。何処か寂しげに細められる桃色の瞳。その声音を聞きながら、雪佳は此れが人殺しであって、目の前の少女が淑子と歳も変わらない、己とも余り離れない年齢のこどもだということを認識してしまったのだ。 「駆けっこをしよう。何、君ほど早くないだろうが……如何かな」 「な、何よ……武器とか、一杯持って、コスプレ!?」 「残念ながらコスチュームプレイではないのですわ……何のために走ってらっしゃるか解りませんが、私が為すべき事は殲滅、ただそれだけ……」 ぎゅ、と握りしめた魔弓。その先が自身に向いているという事にコメットは気付いてしまう。 「こんにちは、人殺し、だよ……」 小さく囁く言葉に、コメットが怯えを灯し、逃げ出そうと足を動かした。だが、その行く手をリベリスタが阻む。森の動物たちがリベリスタへと襲い掛かった。 彼女が何故、走っているのかを櫻子はしらない。ひよりも全てを理解しては居ない。 けれど、ブリーフィングで予見者が漏らしていたのだ。 少女には、友達が居た。しかし、友達は少女の事を『友人』と認識して居なかったのだろう。その変化に少女は耐えきれなかった、ただ、それだけだ。 「不変を望む事って、辛いの。変わらないものって、何もないんだもの」 知っている、知っているからこそ、辛いのだとひよりは解っていた。其処に留まりたくて、変わらないで居たいのに、噛み合わないままでは容易く逸れる事がある。手を握りしめて否だよと泣くことだって出来なかった。 ひよりは自身が弱いのだと知っていた。だからこそ、強くあれと人に求める事はできない。 暗い道を一人で走るだけでは何時まで経っても恐ろしいだけだった。向き合って欲しかった。それはひよりのワガママだろうか。ただの、感傷なのかもしれない。 「この夕陽、すきなの……?」 「え、ええ……」 そう、と小さく零した声に続く言葉は無く。静かに目を伏せた櫻子が弓を向ける。普段は癒し手だった。けれど、今日はソレに限らない。きり、と引いた弓が飛んでいく。少女の肩口を貫く物に叫び声をあげた。少女が叫ぶたびに飛び交うのは弾丸だ。其れがハニーコムガトリングと同等のものだと気付いた時にミュゼーヌは目の前の少女が、コメットがもう戻れない位置である事を再認識する。 「今日は癒し手ではなく、狩る者として……」 「ええ、狩るのみ、それが、リベリスタよ」 だん、と踏み込んだ機械の足。夕焼け色の景色の中で、木々のざわめきを耳にしながらミュゼーヌが構えたマスケット銃が全てを討ち抜く。 服を着ている少女は一見して普通だった。ただの、何処にでもいる少女だったのだから。マグナムリボルバーマスケットが打ち出す弾丸に小鳥が金切り声をあげる。鳴き声をあげ続ける猫にも視線をやりながら、ミュゼーヌは息を吐く。 「私達は人殺しよ。貴女を、神秘を知らない子を殺すんだものね……」 銃弾がどうぶつたちと共にコメットを巻き込んだ。攻撃を続ける仲間達の中で、剣を抜き衝撃を飛ばすウリエルの膝に犬が噛みついた。咄嗟に避ける彼の元へと降り注ぐ弾丸。 「おっと、コメット。お前は恋に悩んでたんだってな。いいなぁ、青春」 ぎろりと睨みつけるコメットの視線に吹雪がくつくつと笑う。バックラーを手にして、澱み無い連撃を繰り出しながらコメットへと接近した。目の前で怯えの色を灯した少女に吹雪は「結論は出してやらねぇと」と囁いた。 しかし、少女の気は動転する。嫌だ、と叫びながら弾きだされる魔力に身体を逸らし、魔力のナイフ出真っ直ぐに斬りつけた。それは普通の戦闘行動だ。未だ、神秘を知らぬ少女にはとても経験しないはずの、それ。 唇の中で、ミュゼーヌが小さく呟いた。 「……私は、まだ、ヒトでいられているのかしら、ね?」 強さを求めたのかもしれない。その為に身体が機械へと変貌したのだ。それでも、いいと思った。己が望んだのだから。けれど、何時しか心までも鋼鉄になり、人を殺す事にも、命を奪うことにも麻痺してしまうのであろうか。 「大丈夫、まだ、貴女は人だから」 小さく囁く淑子の声は何処か自分に言い聞かせる様でもあった。攻勢を強める動物たちに、コメット。怯えが彼等を支配するのかその動きは一生懸命その物だ。 「たのしーね? 鬼ごっこ好き? ボク達、鬼やっていい?」 きょとんとしたぐるぐの声に怯えを灯すのは無理も無い。追い掛けるぐるぐが地面を蹴りあげてはっぱを振るう。殺しを行うにしては何故であろうか、楽しげな表情は消えないままだ。 攻撃を続ける動物たちにリベリスタ達も疲弊していた。痛みが、身体を支配し続けても、彼等は一つの目的の為に真っ直ぐに攻撃を続ける。 ――倒すだけ。 そうだと知っている。人殺しと罵られたって、此処で止まる訳にはいかないと雪佳は知っていたのだから。 痛みに血を吐いた。服の袖が破れた。嗚呼、白を纏えば血が良く映えるものだ。唇を噛み締める。倒れている場合ではないのだから。 「ッ、君を、逃がす事は出来ない――そう、言った筈だ!」 いやぁっ、と少女の叫び声。雪佳は倒れない。祈る様に回復を続けるひよりと櫻子の恩恵により彼は戦場で立ち続けていた。戦線は混乱している。真っ直ぐ前線で戦う吹雪が攻撃を避けきれずに、運命を支払う。だが、彼は小さく笑うのみだ。耳元で奏でられるスピードライド。音楽が彼の体を激励する。 「いきなり斬りかかってきて何言ってんだよって話だよな? でも気になるんだよ。友達に伝えたい事とかないのか」 あ、と息を漏らす少女に吹雪は血濡れの魔力のナイフから血を拭う。踏み込んで、真っ直ぐに澱み無い攻撃を放ちだし、吹雪は目を伏せる。体内のギアを再度加速させ、コメットを逃がさぬ様に彼女の背後に立ち続ける。 痛みを感じるウリエルが頬から流れる血を手の甲で拭った。羽を揺らし、後退する足で――穴を見つけ飛びだそうとするコメットに向けて真っ直ぐに放ちだす電撃。瞬時に彼を襲う動物に運命が削り取られても、ウリエルは眼鏡の奥で柔らかく笑った。 「貴女の『可哀想』を、『不幸』にして差し上げますよ」 誰かの所為ではない、それは身に降りかかった不幸なのだから。 ウリエルが息を吐く、握りしめる魔力剣の切っ先が少女の体から離れたとき、少女が後退する。その場所へとぐるぐが飛び込んだ。はっぱが揺れて、コメットの足を狙いとる。絡めるように、笑って、大きな尻尾を揺らしたぐるぐが手を振った。 「ボク達を人殺しっていった? The's 何時も通り! 安心して、お嬢さん」 振るえる脚は上手く立ってはいられなかった。しゃがみこんだ少女の傍に立ったぐるぐがその数を増やす。分裂――幻惑を産み出す剣戟でぐるぐが分裂したようにコメットには見えたのだ。 動物が襲い来る。だが、それを受け止める淑子の瞳には最早、優しさの欠片も無い。先ほどまで浮かんでいた後悔は今はもうその桃色の瞳には映っては居なかったのだ。此処で、淑子が歩む事を辞めてしまえば最愛の人が死んでしまう可能性がある。 「……物語は、何時だって哀しいのね」 囁く言葉に、彼女を目標とし、同時に彼女がライバルだと認識する雪佳が「ああ」と小さく漏らす。血に濡れるその体。踏み込んで、コメットの首筋に傷をつける。溢れる血が、少女の恐怖を擽り続ける。 動物たちがミュゼーヌの弾丸で全て命を喪った。残ったのはコメットただ一人だ。真っ直ぐに、コメットを見つめる淑子の瞳が何処か寂しげであったのは、その命を奪う事になるからであろうか。大きな斧が彼女へと向けられる。 「ひ、人殺し……!」 「そうだね。わたしたちは人殺しだとおもう。でも、かわいそうなのって誰だろう?」 だあれ、と甘ったるく囁くひよりの声。りん、と鳴る鈴に少女の瞳が見開かれた。黄昏に溶ける様にひよりの翼が揺れた。 回復手として、仲間達を癒し続けるひよりは上位存在に癒しを乞う度に鈴を鳴らし続けた。一度、二度、三度。りん、りんりん。 かわいそうなのは宙ぶらりんのまま行き場を失うお友達の心だとひよりは知っていた。想いを伝えたくて、迷いも生じたのだろう。その年齢の少女には良くあることだと吹雪も知っていた。 けれど、コメットは、少女にとってはそれが一種の罰の様に感じていたのだ。大きな瞳が伏せられる。普段であれば眠たげに細められる淡い瞳は今は哀しい色を灯しているのだ。 「……あなたは何を望んだの? 人は、変わる事は出来ないんだよ」 その言葉にコメットの涙がはらりと散る。全て聞くと言う吹雪の言葉にもふるふると首を振り、ごめんなさいと少女は零した。 真っ直ぐに、ミュゼーヌは少女を見据える。心の弱さも、人を殺す重みも、全て受け止めていくだけだ。胸の中の動力炉が動き続ける限り、自分は戦い続けるのだから。 「貴女には、ここで眠って貰うわ!」 瞳が揺らぐ、それでも止まる事は出来なかった。否、止まってはいけないと知っていた。 ほら、とぐるぐが両手を広げる。行く手を遮られ振るえる脚で、私は、あの子の事と紡ぐ声を最後まで聞いて、ひよりは小さく言葉を零した。 「――笑えないよ」 真っ直ぐに振るわれた雪佳の剣がコメットの胸に突き刺さる。いやだ、と小さく言葉を漏らすその隣。櫻子の矢が深く突き刺さった。 痛みが、少女の意識を奪っていく。溢れる血が身体を濡らした。自分の血と、コメットの血を浴びながら雪佳は剣を引きぬいた。 「……ここで、おやすみなさい」 静かに囁かれるミュゼーヌの声に、少女の目が見開かれ涙が零れる。もう逃げられない。倒れていく少女の傍に近寄って、ぐるぐが小さく笑った。はっぱがふわり、と風に揺れる。 「このおにごっこはね、捕まっちゃったら終わりなんだよ?」 静かに、可愛らしい声でゆっくりとぐるぐは紡ぐ。うす暗くなりゆく景色の中で、顔をあげた小さな犬の瞳が明るい色を灯して――嗤った。 あーあ。残念、捕まっちゃったね? 発する声も無いままに、どすん、と音を立てて少女の体が倒れた。 ● ざわめく木々の中、未だ寒さを残す風にふるりと体を震わせた櫻子が両腕で自身を抱きしめる。 「……何のために、走っていたのでしょうか……」 走ってみたら早かった。何かから逃げたかった。其れはきっと少女の中でも分からない感情だったのだろう。言葉にできなかった其れに櫻子は溜め息をつく。呟きが風に呑まれて行く気がした。 ひゅう、と音を立てた風に誘われる様に顔をあげれば夕焼けと夜がどろどろに融け込んだ、不思議な色を見せている。 コメットの首は沈む夕日を見る様に向いていた。表情は解らない。座り込んだぐるぐが膝の上に彼女の首を乗せてくすくすと笑った。髪を撫で回しながら血に濡れた少女の顔をじぃと見詰める。 「ねーえ、これ如何する?」 「……眠らせて、あげましょう」 ハンカチを手にして座ったミュゼーヌが少女の顔を拭いていく。詰まらないの、と小さく笑うぐるぐが楽しげに歌い続ける童謡に死した少女の顔を見詰めてミュゼーヌが俯いた。 何時だって慣れないものなのだ。胸を劈く様な言葉があった。痛む様な声があった。 「人殺し、か……」 その言葉に、ぎゅ、と両手を組み合わせた淑子が溜め息を吐いて目を伏せる。恐怖の瞳が淑子の心を深く抉る様だった。けれど、怨んでくれればいい、死しても尚、最悪最低の存在だと思ってくれてもいい。淑子も、ミュゼーヌも彼女の命を奪ったのだと、そう理解しているのだから。 好きだよ、と一言告げられた時、少女はどう反応したのであろうか。 驚き、困った様に笑ったのだろうか。如何すればいいか分からなくて泣いたのだろうか。 「……もう、届かないんだね」 りん、とゆめもりのすずが鳴る。怯えの色を灯した大きな瞳が伏せられて、小さく溜め息が漏れだした。安堵の息だったのかもしれない。生と死の壁。隔てたソレがひよりの心を乱していく。 コメットのポケットの中に小さな紙を仕込んだ。彼女が最後、零した友達への返事を込めた、それ。きっと届けばいいのに、けれど、生きた彼女はもう居ないんだ。 ――置いてかれた人は、どうなるの? 怖い、とそう思った。震える指先をきゅ、が雪佳の服を掴む。 「ひより……?」 血濡れになった自身にしがみつく少女にぎょっとしながら雪佳は見降ろした。逃げ切って、それで彼女は安堵した? 残された側はどれ程辛いのか、彼女は見ないままで。 どくん、と胸が高鳴った。恐怖に震える瞳を伏せれば、戸惑いを浮かべた雪佳がゆっくりとひよりの髪を撫でる。落ち着けばいい、きっと、今が怖いだけなのだから。 空に浮かび上がる星が、夕方と夜の境界線が曖昧に混ざり合ったコントラストを見つめて雪佳は小さく目を伏せる。 「……きれい、だな」 くすくす。 笑い声が響く。その声は未だ高く幼いものだ。 くすくす。 ぐるぐが口ずさむ童謡には曖昧な橙と紺色が混ざりあう空の色に飲みこまれて行った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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