● 「あ……」 彼は手に持った剣を取り落とした。 そこにあったのは恐怖ではない。――いや、恐怖ではあったかも知れない。 けれど、決して『敵の強大さに』怯えたのではない。 彼が恐れたとしたならば、そう、『喪失の絶望』だ。 彼女は振り返る。 振り返って、笑う。 まるで皮膚を土としているかの如く、体のあちこちから有刺鉄線が生えている事など気にした風もなく。 「ねえ、――」 ころしてくれるよね? ● 「さてこんにちは、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。恋。素敵ですよね。想い人が振り返ってくれない片思いは辛いですけど、それが甘いと仰る人もいますし。まあぼくは叶った方が嬉しいですけど、それは置いて……ノーフェイスの討伐を、お願いします」 薄い笑みを浮かべ、後半は溜息に変えて、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は資料を広げた。次いでモニターに映し出されたのは、二人の男女。 二人はリベリスタ『だった』とフォーチュナは告げた。 過去形、そしてノーフェイスの討伐。繋がる単語に、リベリスタの顔がわずかに曇った。 「……はい。ノーフェイスと化したのは、この女性、榎本さゆり。男性の方は皆藤東二さんと言います。彼はナイトメア・ダウンで親兄弟、友人などを失った一人でして。それからずっと、『大事な者の喪失』を恐れるあまり、人と距離を置いて生きてきました」 喪うのは怖い。 温もりを知って冷たさを恐れるのが怖い。 刻み付けられた喪失のトラウマに悩まされるリベリスタは、少なくない。 「そんな彼に恋をしたのが件の彼女です。一人で戦う彼の傍に寄り添いたいと、共にいたいと健気に付いて回りました。彼が自分を疎もうとも、自分を顧みなくとも、危険な場所であろうとも」 貴方と一緒に。 目を閉じて、開く。 「……彼が心を開いて、となれば幸せだったかも知れませんね。が、結末は御覧の通り」 彼が彼女を受け入れるよりも早く、運命は彼女を見放した。 もう、彼女は彼の傍には居られない。 「彼女は彼に殺されたがっています。――『せめて最期は、好きな人の腕の中で』? ええ。それもあるでしょう。けれど愛憎は紙一重。彼女は自分の死で、自分を殺させる事で、彼に『絶対に忘れさせない』つもりだ」 それは呪縛。 私を忘れて、なんて言ってあげない。 忘れないで。ずっと忘れないで。貴方の事を思って私は死んでいくの。貴方に殺されるの。 大好き、大好き、愛してる。 可哀想に。 心に傷を負って貴方はまた、一人ぼっち。 ざまあみろ。 「……何が悪かったのか、ぼくには分かりません。彼は一度彼女の思いにノーを告げている。その上で思いを貫き続けたのは彼女です。……だから自業自得だ、なんて言うつもりもありませんけれど」 けれど、彼は彼女を殺せない。 だから彼女は、遠からず凶行に走る。彼と共にいたリベリスタを殺してしまう。 彼に殺して貰いたい、という思いから。 「一途に思い続けるっていうのは、素晴らしい事かも知れません。誰かを思いやる事も大事でしょう。けどそれが望まぬ形であれば、ひとりよがりな献身にもなりかねない」 でも。 「ひとりよがりじゃない恋なんて、あるんですかね。……生憎、ぼくは知りませんが」 薄く薄く笑って。 フォーチュナは、宜しくお願いします、と一つ礼をした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月09日(木)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● しかし君、恋は罪悪ですよ。 嘗て文豪の著作の中で、恋に多くを失った男はそう告げた。 「恋とは、人の業であるな」 夕陽に身を染めながら、『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)は『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)によって施された翼で建物の屋根へと舞い降りる。海依音の修道服を染めるのも、赤。人によっては、これは喪失のいろなのだろうか。 喪失を厭い腕に大切なものを抱える事を厭う男と、大切なものになれない女が心に刻む消えない呪い。 「三文芝居も甚だしいじゃないですか」 修復不可能になってしまったすれ違いの物語は悲劇か喜劇か。世界を演出する『カミサマ』はいつも解釈を人に放り投げる。 「そこまでだ!」 東二へ踏み出した榎本さゆりに向け、『折れぬ剣《デュランダル》』楠神 風斗(BNE001434)は叫ぶ。首を傾げる女の有刺鉄線を巻き付けた外見はメタルフレームにも似て。だが本物のメタルフレームである『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)でなくとも、それは『違う』と分かっただろう。彼女は既に、運命の加護を失っている哀れな『世界の敵』の一つに過ぎないと。 そっと結界を張った『女好き』李 腕鍛(BNE002775)の動きに、さゆりは気付いただろう。が、一般人の乱入を望まないのは彼女も同じなのか、咎める事もなかった。 自分たちに注意が向いたのを見て、『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は、気配を殺し潜む『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)と『忘却仕様オーバーホール』ケイティー・アルバーディーナ(BNE004388) へとハイテレパスを送る。 駐車場に障害物はなし。それは幾ら気配を消しても振り向かれれば気付かれる事を意味するが、さゆりの視線は、現れたリベリスタに、東二に向いている。 「貴方達、アーク? 怖い顔しないで。大丈夫。私の事は東二が殺してくれるから」 リベリスタなら、分かるでしょう。 運命の加護を失って死ぬしかないならば、せめて好きな人の手で死にたいの。 その瞳が酷く暗い沼のようにも思えて、優希は目を細めた。東二の体が、強張ったように思える。彼は、恐ろしいのだろう。『ならば殺してやれ』と言われるのが。 風斗は腑に落ちないという表情を作り東二へと視線を向けた。 「榎本、だったか。この男のどこがそんなにいいんだ? うじうじ悩んで人を遠ざけて。あまりいい男とは思えんのだがな」 「考えなしに手を伸ばしまくるよりはよっぽど弁えてて素敵よ。それとも自分の方がいい男だって言いたい? でも私には東二が一番なの」 からかうように年下の風斗に告げるのは、後ろで唇を噛む東二を嬲る言葉、茨の縄。混じる棘に気付きながら、風斗は小さく肩を竦める。 「……で、そこまで惚れ込んだ男を、今こうして追い詰めているわけか」 「追い詰めてるなんて。これで『最後』だから」 くすり、と海依音の唇が笑みを刻んだ。 「榎本君、全く哀れで醜い女らしい無様な姿ですよ」 「――……なあに」 海依音の視線が一瞬向いた先には、距離を詰めたケイティーとアンジェリカ。更に気を惹く為に、こちらに釘付けにする為に、白い手が東二の肩に乗せられる。 「ね、皆藤君が貴女を殺してくれないと意味がないのでしょう? ほら、ワタシ達が貴女の想い人を連れ去ったら困りますよね?」 気を惹く為の挑発行為。 「何で? そんな意味のない意地悪はしないでしょう?」 だが――薄く笑うさゆりに、海依音の挑発は逆効果だった。 単なる罵倒ならばまだしも、彼女の『願い』を邪魔する者は敵である。 「化け物になった私を殺して欲しいの。……ね、それだけなの」 だから、邪魔をしないで。邪魔をされると私、何をするか分からないから。 さゆりの瞳は、如実に語る。笑みに隠されていた計算高さが垣間見える。 身に絡む鉄線がゆらめき、価値を得た『人質』に女の視線が、向いた。 「あっ……」 三人へと手を伸ばしていたアンジェリカと、さゆりの目が合う。ケイティーが倒れたリベリスタの足を引っ掴み、二人は退却へと。駆け出した喜平と優希、そして風斗が、その間へと割り込んだ。地面から伸びた有刺鉄線が、彼らの体へと絡み付く。 「……なんで、邪魔するのよ」 女が心底忌々しそうに、呟いた。 邪魔しないで。邪魔しないで。この甘美な『恋』の成就を。 ● 優希の体を締め付けるのは、棘を持つ金属の線。 動くたびに体に引っ掻き傷を作り血を流させるそれは、心を締め付け時に傷付ける甘い甘い、痛み。その心に飲まれそうになっても、動かぬ体はもがいて傷を増やすだけ。 「さゆり殿、拙者とお話しないでござるか?」 腕鍛のブレイクフィアーが、味方を縛り上げるバラ線を振り払った。 友好的な態度は崩さず、己からは手を出さず……壁として立つ彼が纏うのは針鼠。さゆりと同じく、害意に害意を返す鏡。 「何を? じゃあ、貴方のお仲間にもそう伝えてくれる?」 「うーん、それはちょっと無理でござるな」 間近でさゆりの顔を見た腕鍛は目を細めた。決して絶世の美人という訳ではないが、笑顔の似合う、可愛い娘だ。将来を誓った可愛い相手がいようがそれはそれとして置いて考える腕鍛にしてみれば、勿体無いと言う他ない。 はっきりと拒絶を伝えるのもまた優しさ。だが、想いに応えられないまでも、憎かった訳ではない東二に、その手は振り払えなかったのだろう。 さゆりの目線は、値踏みをするようにリベリスタの間を動いていた。 彼女も元リベリスタだ。誰を狙えば一番効率的かを探っているに違いない。 「厄介ですね」 呟き構えたカムロミの弓。引き絞った矢が散らす赤にも未だ動かぬ東二を、紫月は振り返る。 「皆藤さん。何故リベリスタになったのです?」 俯いた彼は、答えなかった。さゆりが倒れた仲間を攻撃しようとした時に剣は再び手に取ったようだが、動かない。 「隣に居る人間が、何時死ぬか解らない。その様な世界で一体何を為す心算だったのですか」 どこか焦れるような気持ちで、名に掲げた色を持つ瞳は、真っ直ぐ東二を見詰めた。 完全に一人で戦うという選択肢を選ばなかった彼は、奥底では分かっていたはずだ。一人では限界があると。誰かと共にいなければ戦えないと。出会いと別れは必然。なのに何故――何故、今更それを拒むのか。 「誰かを救うために剣を握ったのであれば、彼女を殺しなさい。そうすれば、少なくとも彼女は救われます!」 ハッピーエンドは望めない。誰も真の意味で救われなんてしない。 でも、トラウマから逃げる男と、独り善がりの恋に堕ちた女をこのまま終わらせるのが――紫月は嫌だ。一人で抱えて傷付いて、それで何になるというのか。 「……私の様な小娘に、此処まで言われて悔しくないのですか!?」 日頃穏やかな口調の紫月が語気を強めて放った言葉。絞り出すような声量でやっと、東二は呟いた。 「……救えると、思った事なんて、ない」 柄は強く握り締められているけれど、振り上げられる気配はない。 「ただ……奪った奴が、憎かった」 だから、殺す為に、剣を取ったのに。たった一人を殺せない。 それは即ち――さゆりの『恋』が叶わないという事でもある。 「恋にも敗れ、運命にも見放され、アレルヤ! たまにはカミサマも良い仕事をするじゃありませんか」 海依音が皮肉げに笑う。上等な喜劇だ。クソッたれ。 招くのは浄化の炎。叶わぬ恋も思いも、全て灰となって塵と化せ。顔を歪めるさゆりを視界に収めながら、海依音は東二に向けて眉を上げた。 「皆藤君。己のトラウマで自分を縛り付けて殻に篭って大切な人を作れないなんて、安いヒロイズムに酔ってるだけじゃないんですか?」 自分に大切な人ができたら、きっと失ってしまう。守りたいのに、守れない。何よりも守りたいものを、自分の手では守れない、そんな葛藤。それに隠されているのは、『傷付きたくない』という保身。 「例え自分が傷ついても、辛くても男でしょう? ソレくらい背負なさい」 放たれる言葉は辛辣だが、海依音も喪失を知らず告げている訳ではないのだ。 少女の顔をした女は、痛みを避けているだけでは、生きていけないのを知っている。 離れた場所へとリベリスタを避難させたアンジェリカが、道化のカードを放ちながら声を上げた。 「大切な人を失う痛みが解らない訳じゃない」 誰よりも大事な人。その為ならば何でもするとまで思う人。 突然の別れは、今もずっとアンジェリカの心を締め付けているけれど――。 「でも、ボク達はリベリスタとして、多くの人から大切な人を奪ってきたんだよ!」 今、アンジェリカは多くを手に抱えている。得たものを、奪ったものを。 「ボクはそれを忘れて、自分だけが悲劇の主人公になるつもりなんてない!」 忘れるな。確かに全てを奪われたかも知れないけれど、その手は多くを奪っても来たのだと。世界の為に動くリベリスタである以上、『奪われた』側として浸っているばかりではいられないのだ。 幼く見える容姿でも、アンジェリカはそれを知っている。 「貴方が倒さなくても、ボク達がさゆりさんを倒す。決めるのは貴方。無理に倒せとは言わない」 でも。 「――それができないなら、貴方はリベリスタでいるべきじゃない!」 いつか今度こそ、大事な人が同じ様な状況になった時に、その喪失に耐えられない様ならば、誰より辛いのは東二自身なのだ。好意にNoを返すのも優しさ。アンジェリカの言葉もまた、彼を守る為の優しさ。 そんな少女の体を、地面から檻の如く突き出た有刺鉄線が足の甲ごと貫き絡める。 「ダメ。私は東二に殺してもらう、のっ?」 お返しの如くさゆりの腹を貫く銃弾。駐車場に咲く赤。赤。 打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」から弾丸を放った喜平は、振り向いたさゆりを鼻で笑う。 「酷い顔だね、男が其の気にならない訳だよ」 「あら。酷い人」 拗ねたように唇を尖らせて見せる女は、何処までも『普通』であるかのように振舞う。 それは恐らく、東二に見せ付ける為でもあるのだろう。無理にでも私<トラウマ>を刻み付けようとするその態度。 素直に幸せを願う訳でもなく、その思いを尊重するでもなく――だけれど自分の恋(オモイ)は押し付ける。喜平にとって、地雷と呼ぶに相応しい女の発想。そこに容赦は必要ない。 間を置かず、頭部を狙って放たれるのはケイティーの銃弾。 「榎本さんでしたっけ。忘れさせねぇようにするアイデアまじすげーっす」 フィンガーバレットを嵌めた指を折りながら、ケイティーは気のない様子でそう告げる。 「これまじ半端な事じゃ一生忘れそうにないっす。……すげーすげー胸くそ悪ぃです」 ごきり。 忘却は自己防衛機能の一つだ。痛みに晒される心を守る為の生きる術。忘れたい。忘れたい。思い出す事を拒否しながらも再生を止めない記憶に、ケイティーの唇も止まらない。 「こちとら妹死なれて痛ぇで思い出すの怖ぇで忘れてしまいてぇのに全然忘れらんなくてまじきっついっつーのに、そんなまじ嫌な出来事重ねたくねぇのに押しつけてくるとか、あーあれだ、これクズってやつっすね」 喪失を刻み付けるなど、理解できない。ましてや『恋』を知らず生きて来たフュリエのケイティーに、その身を焦がすような狂気と紙一重の感情など分からないし、知ったことではない。 「まあ。……可哀想ね、妹さん。忘れられたいなんて思われて可哀想!」 悲しそうな顔。唇には笑みを浮かべたまま。やすりで心を撫で上げるさゆりに、ケイティーは義眼の方の目蓋を閉じた。 化け物を越え、限界を超え、宿すは破壊神の闘気。絡もうとする鉄線を打ち払い、風斗が振るう生死の境。凄まじい勢いで振り下ろされる『デュランダル』。白刃に走る赤い線が、夕陽の中で尚も赤々と燃えていた。 自身も赤に染まりながら、風斗は背後の東二へと呟く。 「失うのが怖いから、大事なものを作らない、か。わかるよ、その気持ち」 得ることが怖い。幸せが怖い。得ても、また消えてしまうだろう。諦めと不安がない交ぜになった気持ちを、風斗はよく知っている。アークに来たばかりは、自分もそうだった。でも。 「無理なんだよ。人として生きている限り、縁も大事なものもできる」 守りたいと願うものが増えた今ならば、分かる。 目を、耳を塞いで遠ざけようとしたって、心は既に知ってしまっているのだ。無理をして遠ざけてそれを失ったとしたならば、知っていて失う事よりも遥かに辛いだろう。 「失いたくないなら、手を伸ばし続けろ! 俺たちの力は――その為のものだろう!?」 抱く理想に、無慈悲な現実。打ちひしがれても、尚も手を伸ばし続けると誓う今の風斗には、東二の姿は酷くむず痒い。 が、笑うのは、さゆりだ。 「ね。そう思うなら、どうして貴方は私を認めてくれないの?」 好きだった。だからどうしても手を伸ばしたかった。欲しかった。好きだった。傷を抱く彼を守って癒したい、寄り添いたいと思って手を伸ばしたのに。 「私、諦めなかった」 笑った女が、風斗に問う。 「私は、何か間違ってたの?」 彼女は笑いながら、泣いている。 ● 東二。とうじ。女が呼ぶ。泣き声交じりでその名を呼ぶ。 バラ線は幾度もリベリスタに絡めど、腕鍛の、風斗の動きを止める事はできない。専任の回復手のいないメンバーで構成されたリベリスタに、手を緩めて長期戦にしてやる理由はないのだ。 腕鍛が防御に専念したとしても、たった一人のさゆりにこの場の戦況を覆すだけの力はない。 ケイティーと紫月の運命を削るも――見る間にその体は赤で溢れ、傷付いていく。 終わりが近い、と見た優希は東二へと語りかけた。 「俺も天涯孤独の身となった後、応えられぬ想いを向けられた事があった」 握り締めるのは魔力鉄甲。振り払いきれず曖昧になったが故に悩んだ日々。 幸い、東二のように喪失は味わわずに済んだが、思いや命を背負わねばならない苦しみは理解できる。他人や自身を嫌悪するトラウマを抱え込むかも知れない、とも。 「割り切る事ができるなら、榎本を殺してやれ」 できないのなら。 皆の視線が、東二へと向く。 「……俺、は……」 赤に沈んださゆりが、東二を見た。半分膝をつくような姿で、傷だらけで。 けれど――ぎこちなく笑んだその唇に、男の足は止まってしまう。刃先が、上がらない。 顔が、歪む。 さゆりの目に浮かぶ、失望のいろ。 「……もう、いいよ」 溢れ出る、金属の棘。咄嗟に東二の前に立った優希が、絡み付くバラ線に歯を食いしばりながら肩に生えるその一本を掴む。 「辛かったのだろうな」 痛み。棘は、届かない思いに焦がれるさゆりにも巻きついていたのだろう。 「せめてその苦しみを、受け止める」 背に打ち込んだ、掌。確かな手応えを感じながら――優希は突き飛ばされた。 スローモーションの様に口から血を吐き出しながら、目を見開いたさゆりに。 入れ違いに走るのは、赤い修道女。炎の色を宿す『少年』に、赤の『少女』は横目で微笑んだ。 「焔君、まだまだ女心の勉強は足りませんのね」 後ろ向きに倒れそうになった体を、海依音の手がすくい上げる。 「好きな人がいる女の子を、気軽に抱きしめちゃいけませんわよ?」 悪戯っぽく告げながら、その耳は微かに動くさゆりの唇へと。 「はい、榎本君」 「……なんで、私じゃ駄目だったのかな」 「…………」 血と涙で汚れた顔で呟くさゆりに、応える真実など誰も持ってはいない。大人しく身を引いていたならば、きっとこの関係はそれで終わりだったのだろう。だから焦がれて一筋の糸に手を伸ばし、いつか伝わると信じて縋り続けた。 それは、僅か離れた東二の横で肩を竦めた喜平の様に……誰かにとっては押し付けでしかない思い。けれど、好きで、好きで、失いたくなくて――。 海依音は口を噤む。綺麗な嘘など必要ない。さゆりはもう、この『恋』が叶わない事を誰よりも思い知っている。 「ねえ、……大好きだったよ」 最期の言葉に耳を塞がなかっただけ、リベリスタの言葉は東二に届いてはいたのだろう。 さゆりが事切れたのと同時、彼は頭を抱えて屈み込む。 剣は再び、地に落ちた。 ● 「……ま、行き成りで色々整理着かない事もあるだろうからさ」 アンジェリカの紡ぐ鎮魂歌が響く中、喜平が東二の肩を軽く叩く。 「どうよ、飲みにいかない? ……話位は聞けるから」 それは望まぬトラウマを押し付けられた男への、紛う事なき気遣い。 彼に必要なのは、休息だ。 顔を上げた東二はその厚意に、ぎこちないながらも笑みで応えようとしたのだろう。けれど、喜平の見る顔は唇の端が引き攣るばかりで表情にならない。 「……すみません。……ごめんなさい……」 謝罪は、喜平に対してか、或いは他の――誰か。許しを請う言葉が、鎮魂歌に絡んで、溶ける。 「……ままならない、ものですね」 「そうでござるな……」 腕を組んでその光景を見詰めていた紫月が小さく溜息を吐き、腕鍛が首を振った。 誰が明確に、悪いという訳でもなかったのに。 腕鍛の見上げた空は赤の熱を失い、冷え冷えとした紺と黒が覆っている。 その後、皆藤東二の名は、神秘界隈から消えた。 ――もっとも、一人を望んでいた彼が消えた所で、その影響は取るに足りない些細なものに過ぎなかったけれど。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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