●蝶の羽ばたく未来 見慣れないフォーチュナーの少女が言った。どちらかと言えば、女児と言った方が良さそうな外見だったが、本人的にはすっかり大人と同等と思っているらしく堂々と話し始める。 「標的は綺麗な翡翠色の繭だよ。今ならまだ動かないから駆除して」 あまり説明は得意ではないのだろうか、言葉は短く情報量に欠ける。おとなしく聞いていたリベリスタ達から適度に質問があがると少女は面倒くさそうに肩をすくめる。 「そうだったね。ボクには見えていてわかっているからね。キミ達みたいに見えていない人達への懇切丁寧な情報開示はまだ不得手の様だ、失敬したね」 ややイラっと来る口調で語ると、少女は一片の紙を皆に配る。そこには詳細に少女の視た出来事がプリントアウトされた無味乾燥な活字で書き記されている。 「じゃあよろしく頼む。ボクは少し休むから……」 と、少女――『ディディウスモルフォ』シビル・ジンデル(nBNE000265)――はごくごく軽く会釈をしてブリーフィングルームを後にした。 場所:緑小学校裏の雑木林 クヌギの木の上部 大きさ:バスケットボール程度 色:淡い翡翠色(きれい) 予想羽化時間:作戦行動日の14時 分類:アザーバイトの可能性70% 風属性エリューションエレメンタル30% 羽化後の形態:蝶(鱗翅目)に似ている。 予想される事象:羽化の際に暴風を引き起こす。羽化後の個体は生体から体液を摂取する。 予想される攻撃能力:鱗粉様物質による幻覚、カマイタチ、音圧、衝撃波 期待される成果:繭、もしくは羽化した個体の無力化 備考:直接的な攻撃により対象の攻撃能力を削いだ後、処遇を決定することを推奨する。 羽化直後はエネルギー不足のためか狂乱状態で交渉成立の可能性45% 生死不問。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月06日(月)22:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●まどろみの森 今年は例年よりも肌寒い。それでも緑小学校の裏手にある雑木林は充分に新緑の色に染まっている。遠くからはのどかそうに見える光景であったが、実はかなり危険な状態であることを知る者は少ない。『ディディウスモルフォ』シビル・ジンデル(nBNE000265)の視た破壊の未来にはまだ間がある。それを識る力ある者達は迷うことなく目的地についた。頭上の木々には細い枝を支えとして大きな翡翠色の繭がある。 「小学校の本当にすぐ側なのですわね」 宝石の様に美しい新緑の葉の色を陽に透かせた様な繭を見上げ、『粉砕者』有栖川 氷花(BNE004287) は言う。氷花自身が小学校に通っていたのはそう遠い過去ではない。小学生達に危害が及ぶかと思えばとても人ごととは思えないのだ。 「何を好き好んでこんな最下層で繭を作るのかしらねェ。あ、そう言えばアザーバイトの確証はなかったんだったわねェ」 それ以上は言わなかったけれど、『夢幻の住人』日下禰・真名(BNE000050)の全身は不完全な運命の演算結果への不満を隠そうともしない。 「まさかアークのお仕事でこれを使う時が来るとは……思ってもみなかったわ」 どこにどんな需要があるのかわからない。『尽きせぬ祈り』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)は通信販売でお馴染みのアイテム、高枝切りバサミの柄の部分にを慣れない手つきで両手を添えた。フライエンジェルであるシュスタイナにとって木の上にある繭と地面との高さは問題にならない。ただ、ごくごく間際まで接近する必要がないのは安全面を考えると有り難い。 「説得するなら丁重に扱わないとだが、時が移れば危険になる……今のうちに手早く降ろしてしまうとしよう」 背の翼を広げふわりと上昇した『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の手はすぐに翡翠色の繭、それを支える細い枝に届く。そしてそこまで近づけば、この巨大な繭の中に在るのが通常の生き物ではない事は特別な能力を使わなくてもハッキリとわかる。 「では……結構切れるものなのね。通販だからとバカにしたものではないわ」 繭の大きさからすると支えきれないのではないかと思うほど周囲の枝はか細くて、シュスタイナの高枝切りバサミは軽快に片端から枝を切り取ってゆく。反対側から切り進むユーヌとですぐに繭を地面に降ろした。 作業が順調だったせいか、羽化の時間までにはまだ余裕がある。 「間近で見ても綺麗ですわね」 氷花はほぅと溜息をつく。この繭を破って出てくるのはどんな美しい生き物なのかと思うと目が離せない。 「繭の状態じゃわからないな」 手を触れることはしなかったが、巨大な繭のあちらこちらを眺めまくった後に『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)は残念そうに言う。 「……だめね」 同じく繭のごく近くならば何か感じるところがあるかと思った真名も肩をすくめる。出現するのはアザーバイトかエリューションか。決め手がないのだから、羽化するまで待つしかない。 「うわーうわーうわー。今日のお仕事は蝶の羽化を観察するですねー。りんは昆虫が大好きなので楽しみですぅ」 二重に繭を包囲しの内側のラインから『純情可憐フルメタルエンジェル』鋼・輪(BNE003899)は身を乗り出す。 「輪ちゃん、もうちょっと後にいないと危ないよ」 「あーそうでしたぁ」 すぐ後から心配そうに言葉を掛けてくる『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)に注意をされ、素直に従うのだがわくわくを押さえきれない。羽化する瞬間の、折り畳まれてしぼんだ様な羽がピーンと広がってゆくところが神秘的で凄いのだ。とても見逃せるものではない。 「まさに鬼が出るか蛇が出るかの状況ですね。ではそれまでの間、ボクはボクに出来る事をしてみます」 用心しつつ『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)は歩き出す。もしも繭の中身がアザーバイトであるのならば、どこかこの近くにディメンションホールがあるかもしれない。 「林の中とか、あるいは……」 時間はまだ充分にある。光介は考えられる場所全てを捜索してみるつもりで先ずは雑木林の奥へと足を向けた。 ●審判の刻 決断を迫る運命の刻が近づく。兆候は音だった。 「来るぞ」 ユーヌは誤解も勘違い出来ない程短い言葉で警告を発する。翡翠色の繭の中からミツバチの巣箱にスズメバチを放ったかのような周波数の音が響いて来る。それは急激に音量をあげ、もはやこの場にいる全ての者の鼓膜を揺さぶり……そして繭が裂け、風が吹き始める。雑木林の木々が枝をしならせ葉を鳴らす。 「うわぁあああ! 出てきたのですぅ~」 ほんの少しだけ影の様なものが輪の視界に映る。それが本体であり、これから世にも珍しい羽化が始まると思えば無意識に前のめりとなる。 「輪ちゃん! もっと下がらなきゃダメだってば!」 アーリィが輪を引き留め一緒に下がる。こうなる事はおそらくアーリィの中では予測可能な事だったのだろう。結界を展開させつつ風に負けじと声を張る。 「どんな姿の蝶が生まれるのでしょうか」 予定通り包囲の内周を担当出来る場所に移動した氷花は標的とされる対象へと気持ちを集中させてゆく。その隣で真名も包囲の位置につく。乱れた水色の髪の奥、揺らめく血色の瞳には混沌の光が淡く明滅しているようで、何もかもが危うい。 その間も翡翠色の繭は崩落するかのように欠けてゆき、強すぎる風に帆船の帆が広がるように若草色の本体は緩やかに羽を誇示してゆく。 「緑の蝶? でも可愛いというのには大きすぎるわね」 若干の驚きとそれでも手放せない冷静な視点……打ち合わせ通りに動きながらシュスタイナの唇から感情の高ぶりのない言葉が発せられる。 シュスタイナの言葉通り……翡翠色の繭を破って出てきたのは、ほぼ同色で大型の蝶であった。暴風の中心で謎めいた紋様の羽越しに光に浮かぶ、やや細面ながらも繊細で美しい美少女の顔だ。と、思った途端、少女は意味のわからない奇声を発し徐々に全身が紅く染まる。 「おいっす、解る? 錯乱してるけど俺の声解るー?」 それがトリガーであったかのように翡翠から珊瑚色へと変わった蝶人間は風をまとわりつかせたまま俊介へと突進した。 「うっ……!」 空間を引き裂くのは高速の風、かまいたちだ。一房の髪と血飛沫が激しい風に飛ばされる。 「それ以上の接近は危険です。」 随分と離れた位置から光介は荒れ狂う風に切り裂かれた俊介へと優しい一陣のそよ風を向かわせる。共にホーリーメイガスである2人は同時に攻撃されてしまわないよう距離を保って立ち位置を決めている。駆け寄って治癒することは出来ないが、風の効果が痛みを痛みが和らげ、消し去ってゆく。 「霧島、やはり影人で守護すべきではないのか?」 随分と勢力を弱めたけれどまだ風は強く、ユーヌは滅多にないくらい大きな声で俊介に尋ねるが、帰ってきたのは首を横に振る動作。 「うーん……やっぱり説得とかは難しかったかな……?」 いきなり決裂してしまいそうな停戦交渉にアーリィはつぶやく。 「え~りんがガン見出来るのはすけすんさんが交渉している時だけなんですよぉ~! せっかく風も弱くなったんですから……すけすんさぁん、頑張って下さいですぅ~」 「では、もう少しお待ちしましょうか」 巨大な両手斧の柄に手を掛けた氷花であったが、輪の訴えを聞き、そして蝶人間の様子を見て力を抜く。 「繭から出た癖に……あいかわらず何がなんだかよくわからないわねェ」 真名の観察眼でも対象物をどう理解すればよいのか、今一つわからない。 「霧島さん、私達はまだ待機でいいのよね。それとも助力が……」 シュスタイナの言葉が途切れる。再度、蝶人間の攻撃に吹き飛ばされた俊介からの反応がない。寝転がったまま立ち上がりもせず、どこかぼうっと虚ろな目をしているだけだ。 「交渉役が幻惑されしまったみたい。どうやら力による直接対話必要らしいわね」 魔術は4色の光となって編み上げられ、間断ない連続した攻撃となって標的を襲う。 「皆さん、標的の無力化を!」 まだ結論は出ていないけれど、光介は決断する。出来うるのならば、この戦いが続く間に標的が『何者』なのかちゃんと識って、それから終わらせたい。 護符を仕込んだ手袋越しにユーヌは敵を占う。結果は必ず同じ答え。 「運がないな? いや、正常に羽化できて幸運か。なら使い果たして後は落ちるだけ」 威力在る不吉の影が敵を襲う。 「もったいないけどしょうがないですぅ~りんちゃん頑張るのですよぉ~」 輪は小振りのナイフを手に幻影を生み、鋭く敵の胴体めがけて斬りつける。 「光介さん、1人でも大丈夫だよね」 今の俊介は戦力とは考えられないが、まだ戦いは始まったばかり。アーリィが尋ねると光介は大きくうなづく。 「任せて下さい。アーリィさんは攻撃を……」 「わかった」 言葉と同時にごくごく細い気糸の攻撃が蝶人間の羽、その付け根部分に命中する。バランスを崩して倒れそうになる、その細い身体に気合いの叫びと共に氷花の闘気が爆発した。爆裂の一撃に攻撃を放った方も受けた方も逆方向へと倒れ込み、地面を滑る。 「傷つけてしまってごめんなさい。けれど子供たちが惨事を蒙る未来を生み出すわけにはなりませんの」 一挙手で立ち上がった氷花の身体は土にまみれている。けれど当人は少しも気にしている様子はない。 「倒してしまった方が面倒ではないものねェ」 物騒な言葉と共に真名の紅玉で彩られた爪がオーラをまとって連撃する。 「あのね。本来アナタがいるべきはここじゃないわよ。さっさと自分の世界に返りなさい」 定められた手続きであるかのような台詞を言い放つと、シュスタイナは再度攻勢に出る。先ほどと同じ四光が輝き、複雑に組み上げられた魔法攻撃が標的を撃つ。 「ひゃああああっ」 羽をすりあわせたかのような甲高い悲鳴があがる。 それまで陶然と青い空と水色の花が咲き乱れるお花畑でキャッキャウフフと1人追いかけっこを満喫していた俊介はハッと我に返った。そして辺りがいつの間にか戦場になっていて、更には傷つき倒れた蝶人間が見た目はハラハラと散る花びらの様に……でも確かな質量をもって俊介の背中に墜落した。 「ぐわっああえええぇ!」 油断していたからか可哀想な叫びが響く。だが、その瞬間閃いた。――コレはエリューションじゃない――となれば二者択一の結果は明白だ。確認したくて素早く身を翻すと蝶人間の両肩を掴んで顔を見ようとするが、蝶人間は必要に暴れ逃れようとする。 「五月蠅い、無様に喚くな。脳があるなら言葉を使え」 構えるユーヌに俊介はその身を盾に蝶人間を庇った。 「殺すな、頼む! 殺さないでくれ!」 「……わかっている。封じるだけだ」 十重二十重と展開させたユーヌの呪縛の印が蝶人間の動きを封じる。 「落ち着け、超落ち着け! いいか、よく聞け!? お前が違う世界から来たってのはわかるんだ。でも帰り道が無いならここで殺すしかない。お前……自分の帰る道、解る!?」 俊介と蝶人間の紅い瞳が互いを映す。ここが最後の分岐点、如何なるフラグが成立するかで結末が決まってしまう。 「皆さん、あれを見て下さい」 光介が指さすのは半分ほどが崩れてしまった翡翠色の繭だった。その何もない筈の空洞にそれだけではない何か強い力が今も消えずに残っている。 「気になるわねェ……」 ついと真名が進み出る。するとすぐに何かの障壁らしきものに突き当たった。これでは繭の中に足を踏み入れる事は出来ず、ゲートを確認することも出来ない。 「大人しく帰ってくれるんなら穏便に済ませたいところなんだけど……ここにいるしかないの? 向こうには帰れない訳があるの?」 アーリィは俊介の背に庇われたまま、まだ動けない蝶人間に言う。言葉が通じないかもしれない。それでも、言わずにはいられない。 ――了解―― ぞわぞわする違和感のある思念が直接頭の中に浮かぶ。蝶人間がすっと立ち上がった。紅く染まっていた身体はすっかりと濃淡のある翡翠色に戻り、どことなく理知的な雰囲気をまとっている。 ――不慮の事故。深い謝辞。迅速。帰還。帰途―― 文章にならない観念が幾つも沸き上がり、どうやら蝶人間がお詫びと早急に帰還するということを伝えたいのだと言う事が伝わってくる。 「こちらもそれで異存はないわ。あれがディメンションホールなら、封印を解いて帰って頂戴」 相手の態度が豹変しても、なおシュスタイナは油断せず身構える。 「殺し合いじゃなくて仲良く出来るならそれはそれで嬉しいです、でへへ♪」 蝶人間を楽しそうに見つめながら、言葉通り満面の笑みを浮かべて輪は笑う。どうやらいつまで見ていても見飽きたりはしないようだ。 ――理解―― 蝶人間は広げた羽を閉じ、障壁に阻まれることなく繭へと戻り……そして沈むように消えていった。手を振るでも別れの言葉を紡ぐでもないあっけない別れの時。 「春先の蝶が行ってしまいましたね。出来る事ならこの世界で思いっきり舞わせてあげたい気もしましたけど……きっと元の世界で幸せに暮らしてくれるでしょう」 「そうだよねっ」 光介の言葉に輪はニコッと微笑む。 「壊しますわ……よろしいですわね」 誰も居なくなった小さなディメンションホールを前に氷花が言う。これほどの小さいものならば1人でも対処出来そうだ。 新緑の森に風が吹く。世界は今日も人知れず守られ続いてゆく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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