●ある少女の話し 鼓動が告げ続けるのだ。生きている事を告げ続ける。 例えば、運命の赤い糸があったとして、それを結んで繋いだら、その先は何処に繋がっているのだろうか。 きっと自分には浮かれた恋の話など無いのだから、繋がるとしたら己の剣かと小さく笑んだ。 彼女にとっての浮いた話しは何もなかった。 ただ、彼女は己のやるべき事を只管に唯、やり続けただけに過ぎない。 運命が過酷だと知っていた。 だからこそ、彼女は死に物狂いで戦っていたのだろう。 諦めきれなかった理想が、ソコにあったのだ。手を伸ばしてつかめれば。 嗚呼、けれど、届かないまま。 彼女は剣を下ろし、不幸を嘲る事だろう。 赤い糸の先がこの世界と繋がって居れば良かった。 運命に愛されて居れば、幸せでいられるのだから。 「……あーあ」 例えば、結ばれたとして、その先はどこに繋がっているのだろう――? ●えいえん 「運命に愛されて、世界に愛されて、そして誰かに愛される。それは何分の一の確率で、どれ位幸せなものなのかしら。……なんちゃって。さて、お願いしたい事があるのだけれど」 相変わらずのポエムを披露した『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)がブリーフィングルームに集まったリベリスタを見回して資料を捲くる。 「お願いしたいのは簡単な話よ。ノーフェイスの討伐。ただこれに限るわ。 ……けど、ちょっと付随する話が幾つかあるので、其方もお願いしたい、かな」 言い辛そうに伺う世恋の話しを促すリベリスタ達は若干の不安を覚える。彼女が言い辛そうにする時は大体の場合で『良く或る悲劇』でしかないのだから。 「彼女は元リベリスタ。任務に忠実な子。……皆の中にも友人だったりする人が居るかもしれないわね。 水殿 早百合。年齢は大学一年生。アークのリベリスタとして永く活動してきたけれどある日運命を喪った……かわいそうな、子よ」 世恋が長めの袖口をきゅ、と握りしめる。視線が彷徨い、ええと、と世恋は小さく漏らした。 「彼女がその時に受けていた任務があるのよ。取り敢えずのお願いは早百合さんの討伐なのだけど。 あと一つ、彼女が倒す筈だったアザーバイドを倒してほしいの。大きな蜘蛛よ。赤い糸を吐き散らす帰り路を失った蜘蛛。早百合は今現在その場所に向かっている。だから、貴方達も――」 追いついて、アザーバイドと早百合の対処をお願いできるかしら、と見回した。 一先ずのお願いが早百合の討伐であれど、其処にアザーバイドがうろついて居ては対応も手間取ってしまうだろう。早百合のフェーズが進行しないうち――10Tのうちにアザーバイドを討伐することが叶うならば彼女の手を借りた上で、殺す事が出来るだろう。 早百合は自我を持ち、自信が運命を失った事を『識』っている。 ただ、それを受け入れられるかはまた別なのだが―― 「『永遠』があればと願うし、世界に『永縁』を誓いたいものだけど。 それって、死なないってことなのかしら――運命に愛された幸せって、なんだか、残酷ね」 いってらっしゃい、と手を振って、世恋は哀しげに瞬いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月26日(金)22:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 天気予報は曇りのち雨模様。夕立が降るでしょうとされたその空は蜘蛛が覆いかぶさっていた。 まるで己の気持ちの様だと小さく笑う事しかできなくて、『上弦の月』高藤 奈々子(BNE003304)は大輪の引き金を引いた。 カチッ、カチッ――カチッ。 ロシアンルーレット。3発まではハズレだと己で知っていたのに為したくなったのは気まぐれであろうか。 「行きましょう、早百合さん。依頼はまだ終わってないわ」 酷く消耗した様な背中だった。何時もより頼りなく見える細い背中を見詰めて、『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)は視線を逸らす。ロアンから手を差し伸べるのは初めてだった。 何時も手を差し伸べてくれていたのは長くアークにリベリスタとして勤めていた水殿早百合だったのだから。 「……お久しぶりです。高藤さん。アレ、なんだっけ。そうそう。フィクサードと任侠ごっこした時だっけ」 「ええ、そうね。……私達に今課せられたのは早百合さんのお手伝いよ」 アザーバイドの討伐をしに来たと告げる奈々子に瞬いて、そのあとに何が待ち構えているかを知っている女は、そう、と小さく笑った。 ロアンの手がかた、と震える。その様子を見つめて、目を逸らす『黄泉比良坂』逢坂 黄泉路(BNE003449)は何処か緊張した面立ちで新生活について相談してきた早百合の横顔を想いだして唇を噛み締めた。 「協力しに来た、よろしく頼む」 ただ、その言葉にん、と頷いた早百合から黄泉路は視線を逸らすしか出来ない。俯き気味のロアンが地面を踏みしめて早百合へと迫ろうとした蜘蛛へと応戦を始める。 「……情けない顔してる。今回も一緒に戦うよ、先輩」 「やめてよ。理央。先輩じゃないってば」 四条・理央(BNE000319)がジャベリンを片手に笑った。高校時代は毎日合わせた顔であるものの、大学に上がった途端に疎遠になった気がするのは、ソレが成長と言うものであろうか。無論、戦場での再会は感動的なものではない。日本刀を握りしめた早百合の後ろ姿に理央は何処か遣る瀬ない想いを胸に秘め、嗚呼、と言葉を漏らした。 体内で廻る魔力に息を吐き、『フリアエ』二階堂 櫻子(BNE000438)が感じる不安は早百合の姿に己の運命を重ねたからだろう。自分が悪戯な運命に愛された事を知っていた。その運命に愛されているからこそ愛しい人を守れるのだと、そう、知っていた。 「明日は我が身に起こりうること、ですわね……」 目の前のアザーバイドを見据えて。戦う事を選んだのは紛れもない櫻子だった。これがリベリスタの道だ。 ならば、運命に愛され、運命に捨てられる、これも『リベリスタ』の道であるのか―― 「……そんな運命、受け入れられるかよ、クソッタレェ!」 『灼熱ビーチサイドバニーマニア』如月・達哉(BNE001662)が掻き鳴らすショルダーキーボード・ピュアガールモデルの旋律も乱れてしまっている。赤蜘蛛とその卵を狙った攻撃はその体を気糸で捉える。 かさり、と動く足に『クール&マイペース』月姫・彩香(BNE003815)が感じた悪寒は桜のこの口にした『明日は我が身』という言葉に対してか、其れとも目の前の蜘蛛に対してだろうか。 彩香は何かを探究する事こそを真理としている。強い好奇心は一種の変わりものとしても認識された事だろう。友人を想うロアン、理央、黄泉路。仕事仲間を想う奈々子に達哉。そして、その場に居合わせた『探究者』は眠たげな眼を擦り一度瞬く。 「祝福は、常に誰にでも与えられるものではない――嗚呼、その経緯も気になるのですが」 オートマチックに手を添えて、吐き出す弾丸が真っ直ぐに蜘蛛を捉えた。動き回る神秘の種。人とは違う別の種類の生物に彩香の知的探究心が刺激される。 「でも、『あなた』のことも非常に興味深い」 ● 終わりは何にでも訪れるけれど、けれど、その終わりは救われる為に訪れる―― 何処かの物語で読んだ。それはどの本のものであったかを『Wiegenlied』雛宮 ひより(BNE004270)は覚えていない。 りん、とゆめもりのすずを鳴らしながら欺瞞ね、と小さく笑う事しかできなかったひよりの表情は暗い。射る矢が蜘蛛を捉えても、卵は其れなりに固いのか、未だ罅も入らない。 「わたし、あなたに聞きたい事があるの」 そう紡いだ彼女の目の前を、たん、と踏みしめてクレッセントを振るうロアンの瞳は常よりも暗い色を灯していた。地面を踏みしめ、一歩、決意を込めて踏み出す脚が其の侭二歩目を小刻みに踏みしめていく。 「祝福の無いエリューションの末路を私は知っています。何れはフェーズが進み、最後にはフォールダウンを起こしてしまう……」 「だからこそ私達は運命に愛されて居なくちゃいけない」 だから、と其処まで紡ぐ彩香の言葉に早百合が小さく頷いた。 だから、滅ぼさないといけない。 誰を? ――私、水殿 早百合を。 「ッ……納得、行くわけがないだろッ!」 その様子にも達哉は我慢ならないとキーボードを奏で続ける。目の前で蠢く蜘蛛を捉え、産まれる子蜘蛛全てを討伐仕切ると彼は何かに怒りを孕む様に懸命に攻撃を続けた。 『こんにちは、如月さん。え、コレくれるんですか?』 良くも悪くも真面目で仕事熱心な子だと認識していた。達哉にとってはただの二言程度言葉を交わした事のある女だったのだが、それでも、アーク内で顔を合わせ、食事をする様子は特に印象的だった。こっそりと、デザートをサービスしたことだってある。その時に嬉しそうに笑った顔が、今はなんて寂しげだろうか。 「――何故、止めなかった!?」 誰に対する怒りなのか。其れが予知者や、世界に対する怒りなのかもしれないし、己に対するものなのかもしれない。神秘事件を解決する事こそが己の生業であると知っていた。だからこそ、此処は戦わない訳にはいかないのだから。 「止めようが、なかったのかもね」 運命って残酷だから。零す言葉に、咲き誇る様な大輪の花。その花を咲かすように撃ち抜く弾丸が蜘蛛の体に穴をあける。 子蜘蛛を引き寄せる奈々子の元へと、踏み込んだのは早百合と黄泉路だった。後輩に当たる早百合に視線を送り、変形した斬射刃弓「輪廻」を手にした黄泉路が繰り出す暗黒が蜘蛛達を包み込む。 真っ直ぐに撃ち抜いていく理央の攻撃を感じ、避けながらも蜘蛛に一太刀浴びせる早百合の姿に、理央はあの日を想いだす。あの日、戦いに慣れて居ない時に教えてくれた優しい『先輩』だったクラスメイト。 『せんぱ……い? あれ? 同じクラス?』 『だって、私、理央と同い年だもん。よろしくね?』 高校のクラスメイトとして、共に三高平を歩き回り、沢山の事を知った。日常でも神秘でも、お世話になったと思える優しい友人だった。そんな彼女が運命を失ったと聞いた時、理央の心はどれ程濁って行った事であろうか。 「先輩――そこっ!」 「OK、理央!」 理央の放ちだすエル・ファナティックレイ。空間に放たれる閃光弾を避けながら、飛び出してきた子蜘蛛を日本刀で斬るその背中を見つめて、死んでほしくないとごちゃごちゃする感情の中で理央は攻撃を続ける。 見極めながら、癒しを続ける櫻子は仕事を請け負った以上仲間達を癒し続けるのみだと両手を組み合わせて祈り続けた。割り切れないのは当たり前だ。もしも自分が愛しい人を喪ったら、これとは比にならない程に辛く苦しいだろう。 「蜂の巣にして差し上げますわ」 くすり、と歪めた唇。握りしめた魔弓がはじき出す矢が蜘蛛を討ち抜き、その体を苛み続ける。合間を埋める様に癒しを続けるひよりが鳴らす鈴の音を聞きながら、身体の痛みを回復される事に気付き黄泉路は一度頭を下げ、前線へと繰り出した。 踏み込んだその場所で攻撃を与えて下がった一歩。黄泉路の刃が音を立て、変形する。 「――もう一回、だ」 手応えはある。もう少しで、倒せるのだと、そう実感した。 その背にとん、とロアンの肩がぶつかって、離れる。まるで、其方は任せたとでもいう様な言葉の無い合図に頷きあっては二人は蜘蛛へとその攻撃を振り翳した。 ロアンにとって、想えば早百合と言う女は不器用で心配になる女だった。アークで働き始め、右も左も分からぬころ、がむしゃらに妹を守るためにと懸命に力をつけようとした時に、協力してくれたのは早百合だった。その時に真面目な背中に感化された気がした。けれど、それ以外は不器用な所が妹と似ていると思えた。 『い、いてて……早百合さん、お疲れさまでした』 『あ、ああ……うん、お疲れ様。怪我、大丈夫? ごめんね、守れなくて』 ああ、守るのは、今になっては、『僕』の方だったのか。 彼女が強いと知っていたから、妹やあの少女の様に守る対象とならなかっただけ。けれど、彼女を倒す時が来るなどと思っては居なかったから。 「僕は、貴女から目を逸らさない……ッ」 踏み出して、真っ直ぐに蹴散らし続けるその足は止まらない。否、止める事ができなかった。 手を伸ばす事が残酷だとしっていた。楽しそうに戦う彼女が自分の運命を受け入れて居る事だって判っていた。けれど、世界が、神様が、彼女を見話しても自分は逸らさないで居ようと思った。 生きざまをその目に焼き付けて、彼女の先を繋いでいこうと思えた。 「――僕はやっぱり、神様が嫌いだよ」 自嘲する。ただ、その言葉にもバカだなと笑ってくれる早百合にロアンはバカはどっちだよ、と小さく、ほんの小さく言葉を吐いた。 じ、と見据える彩香は興味深そうに蜘蛛を見据えている。速攻攻撃で蜘蛛を落とし、早百合の自我があるうちに言葉を交わしたい。其れこそが彼女の知識欲を満たすのに最善であるからだ。 「無関心でいられない――けれど、私は貴女に人であるうちに選択をして欲しい」 「選択、か。素敵な言葉だね」 笑った彼女の指先から、赤い糸がチラつく幻想が見えた。彩香が打ち出す弾丸が蜘蛛を捉え、その子蜘蛛の動きを阻害する。続く奈々子が全てを引き受けると両手を広げ蜘蛛を呼び寄せる中で、癒し続けるひよりが鈴をきゅ、と握りしめた。 終わりは何時だって突然だった。こうして一緒に戦おうと仲間達が声を掛け、自然とタッグを組んだ今、この瞬間が永く感じた。そう、まるで『永遠』。遠く、長く、世界と赤い糸が結ばれている様で。 「――ざんこく、ね」 彼女の言葉に耳を傾けて奈々子が小さく息を吐く。タイムリミットが近づいている、仁義を切る時間が近付いている。任侠としてでは無い。今日は名乗り上げる事もしなかった。 タイムリミットが近づくにつれ、理央の焦りの色が深くなる。同時に、落ち着き払っていた黄泉路の表情も歪み始めた。一刻も早く、と踏み込むロアンが蜘蛛を倒しきる前に、早百合さんと呼んだ。 「――OK。ロアンさん、任せて」 「任せたよ?」 君の役目だと言う様に手を離し、黄泉路がそこだ、と的確にアドバイスした個所へと刃を振り下ろす女の背を見つめ、理央がぎゅ、とジャベリンを握りしめた。 「お疲れ様、水殿早百合さん。私、アークのリベリスタとして……共に戦った仲間として、貴女を……」 奈々子の言葉に耳を傾け、ぼんやりと溶ける様に消えるアザーバイドの死骸を見詰めた早百合は視線をあげる。時間が進むのを感じ、胸の早鐘が煩い位に鼓膜を叩くのを感じ続けていた。 「……認めるわ。尊敬するわ。貴女が為してきた沢山の依頼。全部全部、運命が貴女を見捨てようとも誇りに思う」 事前に取り寄せた彼女の仕事の履歴。辛く苦しい事もあったわね、と優しく掛ける声に奈々子は何処か、哀しげな色を含んでいた。彼女の赤い糸が世界につながっていたとしたら、早百合の赤い糸は何処に繋がっていたのだろうか。もう繋ぎ目が無くなった其れを見つめて、ぼんやりと掌へと力を込める。 「今まで、本当に頑張ったわね、ありがとう」 ぽつり、と雫が地面へ落ちる。今更、だよと笑い声がした。 ● 綺麗な言葉は自分を騙す事に向いていた。よくよく思えば、ソレは自分を無理やりにでも奮い立たせるだけの偽善者の手法であったのではないだろうか。歩き続けて、草臥れても其処で止まりたくはなかった。 「ねえ、あなたは今、どう在る事を望むの?」 震える指先が、鈴を取りこぼしそうになる。優しい物語を読む事に慣れてしまっていたのか。 それでも、ひよりは早百合から目を逸らさない。 唇が、ゆっくりと「わたしは弱いの」と紡いだ。自分は強くなんて無い、だから、弱音を吐いても良い。強がって、不器用で、何時でも真っ直ぐだったとロアンは知っていた。だから、こんな時だって彼女は笑うのだろうと、唇を噛み締めていたのだ。 「わたしね、早百合さんの事を聞きたいの。どんなものが好きだった? 何を理想にしてた? 何を、後悔した?」 ゆっくりと、ゆっくりと問いかけるひよりの声に早百合は一つ一つ応えていく。 百合の花が好きだった、桃色が好きだった。皆が笑う世界が欲しかった。 「後悔、かあ……こうやって、皆の傍に居られなくなること、かな」 早百合さん、と名前を呼んだ。恋の意味の赤い糸は鮮やかなキャンパスグリーンの瞳を細めて笑う彼女に繋がっていた。けれど、世界に赤い糸を括りつけるならその先をぎゅ、と掴んでいたい。 「ごめんね、僕は化け物になった君は……見たくない」 「私さ、ロアン。私も化け物になりたくなんかないよ」 傍に寄って。糸を引き寄せる様に。手繰り寄せる様に、彼女がまだ、この世界に居ると認識する様に。 何時もふざけて撫でた淡い色の髪が指先から零れる。大切な妹を思う様に、撫でつけた手を其の侭、彼女の頬にあてた。嗚呼、なんだ。泣いてるじゃないか。 「……戦うか、倒されるか。そのどちらがいいだろうか」 ぽそり、と唇が零した言葉に小さく笑う。黄泉路先輩は意地悪だ、と泣き笑い。向けられた視線に黄泉路は乾いた笑い声を小さく漏らした。 様々な経験が己を鼓舞し、更なる高みへと持っていく筈だった。何を学ぶにしても経験が第一の要素であると知っていても、これは余りにも酷ではないか! 「……早百合さん、最期の依頼を終わらせましょうか……」 「奈々子さん」 優しいね、と見詰める瞳に奈々子は困った様に笑った。仁義に深く、何よりも己は恩を仇で返す性分で無いと奈々子は知っていたのに。数々の依頼で得た仲間達との信頼の糸を運命と言う鋏が断ち切ったと知っていても。 「私は貴女を肯定するわ。私はね、終わる理由には足りない事は判ってる。 でも、せめて最後は満ち足りて欲しい。それだけよ……。運命と世界がそっぽ向いても誰かが貴女を愛してたの」 言葉は、まるで魔法だった。 柔らかに、ただ、その心を侵食する魔法に瞬いて、早百合は幸せ者だと笑った。彼女の泣き出しそうに下がった目尻に達哉は困った様に手を差し伸べる。業だって、罪だって、何でも背負うと決めていた。 何よりも自分が『大人』で、彼女がまだ若者で在るからだ。仲間達が言葉を向ける中で、彼女には後悔をして欲しくないと達哉は想う。そう、奈々子が云う様に満ち足りて欲しいのだ。 ぽつり、と小さく木々に雨が涙を零す。 「本当は見逃してやりたいが……すまないな。何か出来ることあるか? できることなら最大限叶えておこう。生憎、今渡せるデザートはプリンぐらいしか持ってないな……」 冗談交じりに紡ぐ言葉に小さく笑って云う達哉に、アークをよろしくねと早百合は小さく呟いた。 明るかった空は最早曇り出す。櫻子はじ、と見詰めながら死ぬならば自分の望む相手の手で、と小さく呟く。そう、あの色違いの瞳の優しい恋人。頭を撫でて、抱きよせてくれる愛しい白梟。 「笑ってくれて、よかった。我儘ばっかりでごめんね」 君に出会えて、嬉しかった。そう囁いて。赤い糸の先から手を離す。世界に呑みこまれて行くように、消えていくソレはロアンにとっては『さよなら』の意味を孕んでいた。 ロアンの指先からすり抜けるクレッセント。刻みつけられる死の刻印が仇花の様に早百合の胸に咲いた。 「今まで、有難う」 とん、と背を差した理央の刃。小さく動く女の唇が「わらって」と紡ぐと共に、その手から慣れ親しんだ獲物が落ちていく。身体がくたり、と落ちて、ロアンの腕の中で動かなくなる。 理央は自分の表情がどんなものかを自分で判らなかった。ただ、早百合と小さく名前を呼び続けるのみ。 からん、と落ちた刃を見つめ、黄泉路が眉間を指先で押さえた。足元に咲き誇る花はどれも色鮮やかで、この世界にその根を深く生やして、ハッキリと存在を誇示していた。 「……今日は夕立が降るんだったか……」 夕立はまるで、見放した事を悔む様な天気だと、黄泉路はぼんやりと思う。 ぽつ、ぽつ、俯いたままのロアンの頬を伝い、足元へと落ちていく。震える指先でひよりは日本刀を拾い上げ、もう見えなくなった糸を掴む様にきゅ、と握りしめる。 「大丈夫、笑って、いって。あなたが迷子にならない様に、わたしたちが端っこを握っているわ」 その糸の端はずっと伸び続けて、後ろの人に、沢山の人につながっていく。糸は沢山の意図なのだから。想いを繋げて、理想を繋げて。夕立が頬を伝う。 『 』 これはサヨナラじゃ無くて。唇が零した三文字は雨の音にかき消される様に、呑みこまれた。 ――永く縁を結ぶように、永遠を頂戴。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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