「叔父貴、アンタ一体……どうなっちまったんです?」 顔についた血飛沫を拭う事も忘れ、組員の一人が呆然と問う。事務所の床には、乗り込んできた鉄砲玉の死体が綺麗に四つ。どれも胴を両断された姿で並んでいる。その身に詰めていた赤で、壁紙も絨毯も、天井までもがまだらに染まった。 「言うに事欠いて『どうなっちまった』かよ」 それを成した張本人は、問いを受けて破顔した。笑みは苦笑に近いものだったが、かえってそれが事務所の組員達を安心させた。そこの誰もが見覚えのある、懐かしい表情。 「でもよぉ、叔父貴……」 しかしそれでもなお、戸惑いは残る。懐かしい、記憶のままの姿と笑み。だがそこには『健在な頃の』という一文が付き纏うのだ。目の前の男は数年前に足腰を悪くし、今では立つことすらままならないはず。 「悪ぃな。それがわかんねぇんだ、俺にもよ」 襲撃者の後ろから突如現れた彼は、そのまま四人を斬り捨てるという大立ち回りをやってのけた。突き立てられた短刀も、撃ちこまれたはずの銃弾も、彼の体を傷つけることは出来なかった。 救われた組員達が『どうした』と問えなかったのも当然だろう。こんなもの、明らかに『どうかしている』。 「けどこれなら、借りてたモンを返しにいけそうだ」 戸惑うばかりの組員達とは反対に、男はその人外の力を受け入れたようだ。兄弟分である組長に目礼を残し、刃を仕舞って踵を返す。 「そんじゃ、ちょっと行ってくるわ」 背中に背負った刺青を一撫でし、彼は夜の街へと消えていった。 ● 「エリューション化した人間、ノーフェイスの発生を確認しました。早急にこれを排除してください」 極めて平坦な声音で、天原和泉(nBNE000024)が一つの依頼を読み上げる。 「覚醒した者の名は藤原イツキ、49歳。不動産を扱う企業の副社長……ですが、実際の所それは肩書きに過ぎないようです」 堅気の人間ではない、わかりやすく言えばヤクザという人種だ。幸か不幸か力に目覚めたその男は、結局フェイトに導かれる事もなく、その力を元に行動を開始した。 「対象は単独で港へと向かっています。目的までは読み取れませんでしたが……」 移動先の港の倉庫地帯には、対象と同じ様な人種が何人も居るのが確認されている。今夜、ここで何かが行われるのは確実と見て良いだろう。 「ノーフェイスと港に居る人間達との関係も判然としません。十分に注意し、状況に応じて柔軟に対処してください。……以上、健闘を祈ります」 ●付随資料 ・藤原イツキ ノーフェイス。一発の銃弾が原因で足腰を悪くし、一線を退いていたはずの極道。スーツに帽子、右手には杖。紳士然たる格好をしているが、その上半身は筋肉の鎧と刺青で覆われている。 元より剣術に長け、鋭さを増したそれを主に近接戦闘を行う。エリューション化の影響か、刺青が鎧の如き硬度で攻撃を弾く。 港の何処かに居る模様。 ・刺青 荒波の上を飛ぶ一羽のタンチョウ ・美竹組 イツキと敵対している組織。裏でかなりあくどい事もやっています。が、構成員は皆人間です。 今夜は外国の組織との取引のために港の倉庫地区に居る。古株の幹部が一名来ており、その他配下が十数名ほど警護と見張りについている。 各人短刀、拳銃等で武装している。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ハニィ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月10日(日)23:00 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●港にて 光の粒が夜を照らし、街の明かりが闇を拓く。生命、文明、人々の暮らし、それらはこうして光を作り、人工の昼を作り上げてきた。 「異常なし、だ。そっちはどうだ?」 だが、それもここでは遠くの出来事。光が多ければ、それだけ闇も暗さを増す。街の明かりもここへは届かず、港の倉庫地帯は深い夜闇に沈んでいた。 「こっちもだ。ま、こんなとこに来る物好きそうはいねぇよ ここは表の世界の裏社会。奇妙な言葉ではあるが、『世界』自体の異分子が存在する以上そう言わざるを得ないだろう。人外の力を得た彼等は…… 「まだ取引まで時間がある。気は抜くなよ」 「っ!?」 見張りに立つ男達の後姿を確認し、慌てて自転車を止めた。走行音の小さな自転車とは言え、見張りの居るここまで来ては、動き回るには不向きと言わざるを得ない。 自転車を降り、手近な倉庫の影へと回った七布施・三千(BNE000346)はひとまず他の人間に発見されなかった事を安堵した。 「何やってんのかな! やっぱり大金とかあるんかなッ?」 「ええと、どうでしょうね」 共に移動してきた『狡猾リコリス』霧島 俊介(BNE000082)の押し殺した声に、三千が苦笑混じりに答える。こんなところを一般人ないし無関係な人間がうろついているわけがない。先程の男もここで取引をする美竹組とやらの人間だろう。となればその取引自体に興味が行くのも当然か。聞きようによっては能天気な言葉だが、三千が肩の力を抜くには丁度良い明るさでもあった。 とりあえずの安全を確認し、二人が別の道を求めて振り返る、と。 「「!!」」 暗闇の中に、顔が一つ浮かんでいた。 「……二人とも、こっち」 思わず絶句した二人に構わず、懐中電灯で自らの顔を照らした『みす・いーたー』心刃 シキ(BNE001730)が手招きする。先端に暗幕を張って光量を落とした懐中電灯の薄ぼんやりとした明かりは、いかにもな雰囲気を醸し出している。 わざとか? そんな問いを胸の中に抱きつつも、二人は彼女に後に従って足を進めた。向かう先はさして離れていない、先程の連絡で一同が集合場所として定めた場所だ。 「もう移動した後みたいですねー」 集合場所付近の見張りを偵察していた『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)が合流し、仲間達にそう告げる。そこには、力無く地面に座った組員らしき男が居た。既に息がないのは明白。そして地面には物陰まで引きずった血の跡が残っている。 「目的はやっぱり仕返しでしょうか」 むむむと唸った光の言葉に三千が頷く。この場所はシキと三千、二人の感情探査によって定めた場所だ。標的である特徴的な感情の持ち主は、彼等が集まる前にほんの少しだけ先を行っている。考えるまでも無く、この組員の死体はその感情の持ち主が作り出したものだろう。 感情探査の力を発揮した二人は顔を上げ、自然と同じ方角を向く。覚悟と少しの使命感、そして何よりも色濃い、歓喜。そんなうずまく感情が、視線の先の倉庫に入っていくのが分かった。 死体を一つ座らせて、なおそこには薄れぬ歓喜がある。果たしてその心境は如何ばかりか。 ●それぞれの目的 多額の現金と引き換えに、この国では取り扱っていないモノを手に入れる。交渉事が既に終わった今、現場でやる事ははるか昔から変わらない。顔を合わせての物々交換という奴だ。 渡されたカバンの中を確認し、美竹組の幹部である鷲島大輔は満足気に頷く。喜びの感情を極力出しているように振る舞い、口を動かす。笑顔や世辞、おためごかしは物事を円滑に運ぶ一つの手段だ。心にも無い褒め言葉も、百回言えば本当の事のように聞こえるだろう。取引相手が国外の連中であり、日本語が通じているかも怪しい所だが、それでも彼は構わなかった。 どうでもいい。同時に、このカバンの中身で誰がどうなろうと知った事ではなかった。これで美竹組は金を作り、自分の立ち位置が少しばかり上がる。 これはただのビジネスであり、自分の仕事は円滑に、そして冷静にこの場を仕切る事だけ。場数を踏んだ彼は、こういう場のイレギュラーも見慣れた光景の一つに過ぎなかった。 「よう、久しぶりだな鷲島ぁ」 否、過ぎないはずだった。 驚愕と戦慄。自分が『殺した』はずの人間との邂逅に美竹組の幹部がうろたえる。だがその動揺を遮ったのは、響き渡るサイレンの音色だった。 「美竹組を発見、至急応援を頼む!」 「警察だと!?」 だが彼等の予想に反し、雪崩れ込んできたのは警察とはとても思えない顔ぶれだった。 三千の用意したサイレン音と『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE000915)の演技により、その場に居た全員に動揺が広がったはず。それを見越して飛び込んだリベリスタ達は、穏やかではない状況を目にする。倉庫の入り口側には紳士然たる衣服の男が一人、そして奥のいかにも柄の悪そうな連中は、男に拳銃を突きつけていた。 丸腰に見える紳士の足元には、見張りらしき者が既に首から血を流して転がっている。 「これは……お取り込み中だったかな?」 片眉を上げてそう口にし、『蒼炎の吸血鬼』ルシウス・メルキゼデク(BNE000028)が退路を塞ぐように入り口方面に陣取り、逆方向には『不視刀』大吟醸 鬼崩(BNE001865)が音も無く回り込む。 「チーッス! 警察じゃねぇが、仲良くしようぜ!」 ルシウスの後ろから俊介が声をかけ、その間に『原罪の羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)と静が倉庫内の二組を分かつように立つ。 「何だぁ? そこに立つと危ないぞお前等」 「な、何だてめぇら!?」 瞬く間に包囲体勢を敷いたリベリスタ達に、紳士然たる装いの男……藤原イツキと倉庫奥の幹部らしき男が問いを投げる。コスプレ集団に見えない事もないだろうか。だが彼等が手にした武器の数々を目にし、彼等はすぐに目つきを変えた。 「警察は呼んでおいたから、さっさと行きなよ」 「逃げないと、痛い目を見ると思うけどな」 静が幹部の逃走を促し、ルカルカがそちらを見ぬままに付け足す。が、その直後に軽い二つの音が倉庫に響く。片方は鷲島の拳銃が火を吹いた音。もう一つは、放たれた銃弾がイツキの肩に跳ね返された音だ。 「相変わらず手が早いなぁ、鷲島?」 スーツとシャツに空いた穴を撫で、イツキが笑う。一方の鷲島は、穴の向こうに覗いた刺青に疑問符を浮かべながらも回り込むように走り出した。イツキを取り囲むリベリスタ達を盾に、倉庫から走り抜けるつもりだろう。鷲島と共に居た数名も彼の後を追っている。 少々のイレギュラーはあったが、『一般人』は予定通り逃げ出した。発砲音を忌々しげに聞いたルカルカも、そしてルシウス等も彼等から意識を外した。 彼等の目的は『ノーフェイスと化した男を仕留める事』であり、力無き一般人への関心は薄い。銃や短刀で武装していても、力量の差は歴然としているのだ。 だが、『力無き一般人』にそれを知る余地は無い。まして仲間の死体が転がる中だ、洞察しろというのは酷な話だろう。近づく警察に怯えつつも倉庫外から駆けつけた数名の組員は、幹部の退路を確保するため『武装した乱入者』を銃撃した。 超常の力を持つリベリスタがその程度で深い傷を負うことなど無いだろう。だが彼等は障壁を得た高レベルのエリューションとは違う。 火薬で加速された鉛弾はルシウスの背をそれなりの勢いで叩き、動きを一時だけ止める。 「悪いな」 その一瞬に、イツキの抜いた仕込み刀がルシウスの足を薙いだ。囲みに開いた穴を抜け、イツキは鷲島に先回りするように駆ける。銃弾をいくつか上半身で弾きつつ、彼は歓喜の表情で刃を振り下ろした。 ●それぞれの理 「――おいおい、勘弁してくれよ」 白刃一閃。だがその道半ばで、イツキの仕込み刀は静の鎚に止められていた。 「お前にあいつを助ける義理なぞ無ぇだろう」 「義理は無い。でもオレのはそういう矜持なんだ」 「矜持ときたか。そういうのは嫌いじゃねぇが、他所でやっちゃくれないか」 一般人はなるべく守ると、自らをそう位置づけている静の言葉におどけた様子で返し、イツキは刃を再度閃かせる。重ねて放たれた斬撃は、静を力ずくで押し退けた。 だが、拓いた道はすぐに埋まる。 「この先は、おじさんみたいな人は立ち入り禁止だよ」 シキと光が連携し、頭部と足を同時に狙う。上半身の防御能力を見越しての攻撃だが、結果的にそれは相手の虚を付く事に繋がった。光のオーララッシュを目くらましに、伸び上がった漆黒のオーラがイツキの帽子を吹っ飛ばす。 「もう悪いことしたらだめなのですよ!」 「はいはい、ありがとうよ嬢ちゃん」 その隙をつき、鷲島は倉庫から外へと逃げ出した。部下である構成員達もそこから遠ざかっていくのが分かる。 「あいつは良くて、俺は通れねぇってか?」 「そう。おじさんにとって、彼等はもう鏡の向こう側」 額を押さえて呟くイツキに、シキが答える。表の世界とこの世界、互いに見えてはいても、境界はある。 「そしてこれは、勇者の使命なのです!」 「ああ、そうかい」 光の言葉に頭痛が深まったようだが、彼はそれらの言葉をすんなりと受け入れた。先程の光とシキのオーラによる攻撃、そして銃弾すらも弾く自らの体。予兆は確かにあったのだ。 だが、受け入れたからといって行動が変わるわけもない。その目は逃げる事、そして鷲島の後を追う事を狙っていた。踏み出した足は確かに力強く、速かった。だがその一歩手前で気糸が絡みつき、その動きは止まってしまう。 「失礼し す」 「……お嬢ちゃん、いつからそこで狙ってた?」 「もち ん、最初から」 目敏い、という言い方が正しいかは分からない。だが三千の攻撃は避けられたものの、鬼崩のギャロッププレイは彼の出足を確実に挫いていた。 「逃げても無駄ですよ。僕達が何度だって探します」 そして、三千が釘を刺すように告げる。いつもなら「好きにしろ」と鼻で笑ってしまえる台詞だが、先程の光の言動、そして静とシキの行動が彼を縛る。矜持と使命。そして彼女はたしか、『鏡の向こう』と言ったか。 「ふざけるのも大概にしろ」 イツキは三千の言葉により逃げるのをやめた。この日初めて、殺すつもりの刃がリベリスタの方を向いたのがその証左と言えるだろう。 ぱっと散った血煙は、近接状態から退けていなかった光の身体から生まれた。ルシウスと俊介がカバーに入り、オートキュアーと天使の息が、その傷は明らかに、深い。 「いくよ、静、いたいの、ね」 追撃を防ぐ意味合いも込め、ルカルカが静と別方向に回り込む。脚部狙いの連続攻撃。しかしその狙いはいい加減イツキとしても読めていたらしく、決定的な当たりは生まれない。そしてその間に振るわれるイツキの刃は静に浅くない傷を残していく。鬼崩と連携した三千のマジックアローのような遠距離攻撃でもそれは同様だった。だがそれでも数の多寡と堅実さにより、リベリスタ達はイツキを追い込んでいく。状況さえ整えれば、決着自体は早かった。 相討つような形でルカルカと刃を交わし、イツキが問う。 「俺が人間離れしちまったのは良く分かった。だが、それはお前等も一緒だろう」 何故だ、との問いは頭部を横薙ぎに捉えた静の鉄槌の合間に消えた。 地面に叩き付けられたイツキに、傷口を押さえたままルカルカが言う。 「運命は、人を愛する事も愛さない事もある」 それだけか。 「理不尽だよね」 ●月は沈む 誇りがあった。立場があった。責任と、ほんの少しだが自由があった。もちろん、俺にもあの少年のような矜持だってあった。 だが、それらは全て一発の弾丸で捨てざるを得なくなった。 背中に背負った全てを、そして人生を、これまで自分そのものを。 力を得た時、これはチャンスなのだと思った。失った全てを取り戻せる。遣り残した仕事に決着を着け、自分自身の仇が討てる。そう思った。 俺は歓喜し、そして―― 「おっさんもしぶといなぁ!」 「そりゃな、諦められるわけねぇだろ」 踏みとどまる。地面を舐める直前で、仕込み杖を支えに上体を上げる。どうやら、『理不尽』に抗する力はまだ残っているらしい。鋭さを失ったとは言え、拠って立つものを感じさせる白刃は静に手傷を負わせる。 だがそのまま打破されるほど、リベリスタ達は甘くない。俊介の歌う天使の歌が傷を塞ぎ、ルシウスの牙がイツキの手首を裂く。 「失った分は、君から貰っておくよ」 取り落とした刃に手を伸ばすも、彼が攻撃に移る前に終わりは来た。シャドウと対に、踊るシキの爪がイツキの足を裂く。そして血と、そこから零れる感情を舐めとる。咀嚼し、飲み込み、それは彼女の血と肉に。 「それでは、未来の勇者様」 シャドウと頷きあい、シキが左右に避ける。その合間には、既に大剣を振りかぶった光が居た。応急処置程度とは言え、俊介の手ほどきで既に傷は癒えている。だが『傷が癒える』という事を知らないイツキは、悪い冗談を聞いたように表情を歪めた。 「お前は、もう斬ったはずだろ」 手応えはあったのだ。致命傷、諦めて然るべきの傷を負っていたはず。だがそれを感じさせない表情で、彼女は高らかに宣言する。 「勇者は、運命と共にあるのです!」 「――はっ。参ったね、こりゃ」 実に理不尽。そして叩きつけるような一撃が、ノーフェイスの命を断った。 「あいつも仁義とかで動いてたんかな……」 俊介の呟きを確かめる術は、もう此処には無い。ただ、戦いの中で窺い知れた事が一つ。運命と呼べるものがあるのなら、彼はそれにフラれたのだと。 皮肉気に鼻を鳴らし、ルカルカが倉庫の出口へと踵を返す。 月は波間に消え、世界に陽の光に包まれる。表の世界も裏の世界も、きっとそれは変わらない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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