●骨董品が魅せる災厄 世界の終わりを見に行こう。 でも世界は丸くて終わりがないんだ。 そんなら世界の終わりを作ろうよ。 世界の終わりを皆で見よう。 世界中で心中しよう。 皆で一つになろう。 きっと寂しくないはずさ。 ――平和のための楽しい作戦。Written by P12a. ●『万華鏡』 「言ってしまえば、テロ組織か狂信者退治。みんなに頼みたいのは、つまりそういうこと」 さらりと言い放った『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の言葉を、しかし集った者達は素直に受け止めはしなかった。ただのテロリストの掃討に、リベリスタが投入されるわけも無いのだから。 「終末思想と破滅願望に魅せられたフィクサードのグループが、事件を起こそうとしているの。意味も無く『街を滅ぼす』、そんなたちの悪い事件を」 モニターに映った地図は、中国地方。その中でも一際大きな都市の一つ――広島と岡山の中間に、赤いマーカーが点滅していた。 「ターゲットは福山。本当はもっと早く探知できたはずだけど、西日本はまだ楽団事件の影響で、アークの監視も緩んでいたみたい」 そう説明を続けたイヴは、自分を見つめるいくつもの視線を正面から受け止める。 だが彼女は、自分に向けられる視線の鋭さが情報の遅れを責めるものではないことを知っていた。そこに篭められたのは、剣呑なワードの説明を求める意思。 「……うん、言い間違いじゃないよ。このままだと福山は死の街になる。アーティファクト――『災厄の繭』から生まれた巨大蟲によって」 災厄の繭。 つるりとした白い磁器の壷。調査を担当した『黄昏識る咎人』瀬良 闇璃(nBNE000242)によれば、それは人間の『恐怖』を食らい、疫病を撒き散らすエリューション・フォースを育てるための保育器なのだという。 「もし阻止できなかったら、蛾のような飛行する昆虫の姿をしたエリューションが保育器から飛び立って、病原体を撒き散らし地上を地獄に変えることになるよ」 その壮絶な未来図に、しんと静まるブリーフィングルーム。誰かが空唾を飲み込む音が、奇妙に響いた。 これまでも、飛行機を落としたり街を爆破したりとやりたい放題のフィクサード達だが――なるほど、これは一際たちが悪い。 「フィクサードグループの名前はP12a(ファンタスマゴリア)。闇璃は、送り込んだ戦力を二つに分けて、『災厄の繭』とP12aのそれぞれに対応することを提唱した。私も、それに賛成だよ」 集められた者達の呼称はディフェンスチーム。みんなにはフィクサードを抑えて欲しいの、と託宣の巫女は希う。 「いくら終末思想の自殺志願者だからって、彼らもどんな死に方だっていいわけじゃない。世界がキレイになってから、自分達も後を追う――そんなつもりみたい」 P12aの面々は、一般人を何人も攫って『食わせた』後、人の立ち入らない廃ビルの屋上に繭を放置して、ある程度離れた別のビルから蟲の羽化を監視しているようだ。 そして厄介なことに、繭を破壊しても、既にかなり育ってしまっている蟲が外に出てきてしまうらしい。 「繭は育ちきるまで幼生を捕らえる檻の役目もあるから、もし外に出てしまったら、更に面倒になるだろうね」 もしリベリスタがビルを強襲したならば、彼らはリベリスタと戦い、アーティファクトを破壊して脱出することを目論むだろう。 「そして、私達にはもう時間が残されていない。羽化は時間の問題だよ。どこか安全な場所に持っていくとか、住民を避難させるなんて余裕は無いの」 その説明に、リベリスタ達はディフェンスチームなる呼称の意味を知る。 ああ、つまり護るべきものは――。 「そう。みんなの任務は、オフェンスチームが繭の中に入ってエリューションをどうにかする間、アーティファクトを護りきること」 それを拒む者などこの場には居ない。そして、決して楽ではないことは、言われなくても彼ら全員が予期し覚悟していた。 ●P12a 「終わりだよ。ジ・エンドだよ。これって素敵だよね」 黄色いサングラス越しの光景は、ぐにゃりと歪んでいる。 そりゃそうだ、度入りのくせに度が合ってない。 「細かいことは気にせずに。滅ぼしちゃおうよ、世界!」 子供じみた甲高い声を立てて。 ジャケットの下に派手なシャツを覗かせた男は、酷く曲がった笑みを零した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月可染 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月02日(木)23:02 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●せかいのおわり 災厄たる蟲を保育する、アーティファクト『災厄の繭』。 恐怖を見せるべく蠢く繭を護る使命を帯びたリベリスタ。 彼らを襲うフィクサード、P12aとその指揮者バジューリ。 歪んだグラス越しの狂気が、青空に影を落とす。 それはまるで、世界の終わり。 ――世界の終わりを見に行こう。きっと楽しいはずさ。 派手な男が謳うのだ。 ● 任せろ、と言い残して、最後の一人が吸い込まれていった。 給水塔の壁際に置かれた白磁の壷、十人のオフェンスチームを飲み込んだアーティファクトはつるりと美しく、その腹の中に災厄の胤を飼っているという想像すら許さない優美さを湛えている。 「……頼んだわよ、割りと本気で」 彼らには届かないと知っていて、『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)はそう呟く。呟かざるを得なかった。突入した十人を待っているのは、災いを撒き散らす蟲だけではない。 失敗すれば街一つ、何万もの人々が命を落とす――その重圧なのだ。 「私も全力で頑張るから、あなた達も頑張りなさい」 この場に残ったのはアンナだけではない。都合十人、壷の内部へと攻撃に向かった者達と同人数が、壷を取り囲むように待機していた。 強大な敵に全員で当たらず、実に半数をこの場にとどめた理由は唯一つ、この壷を破壊して蟲の『羽化』を加速させようとする襲撃者の存在を、万華鏡が予知したからである。 ――私も全力で頑張るから、あなた達も頑張りなさい。 それは単純に気持ちの問題ではない。このアーティファクト『災厄の繭』は、単に厄災を保持する容器であるだけではなく、その力を減殺する檻でもある。 全力で『頑張』らなければならないのだ。 とどのつまり、何万の住民の命は、オフェンスの十人だけではなく、後に残った十人のディフェンスの肩にも同様にのしかかっているのだから。 「どっからでも来やがれっての」 嘯く『道化師』斎藤・和人(BNE004070)のゆるりとした雰囲気の中にも、緊張の色が透けていた。普段は騒がしい『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)もその例からは外れない。 「舐めんじゃねーぞ、ぼっちども」 右の目を紅玉の炎に燃やし、吐き捨てる俊介。 誰もが張り詰めていた。 誰もが苛立っていた。 P12a(ファンタスマゴリア)なる異常者どもに。まもなく起こるであろう戦いに。 「まだ、見えないよ」 術杖を握り締めた『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が報告する。この場で唯一、遠くを見通す能力を持った彼女は、彼方から――四方のどちらかは判らないが――飛来するであろうフィクサードの警戒に当たっていた。 如何に高速で飛来しようと、たかが無名のフィクサード集団が、空の彼方から瞬きの間に距離を詰めるなどという芸当を見せるのは不可能だ。故に、『上空』を警戒していた彼女らの行動は、合理的ではあったのだが――。 「……来ましたね」 ――さあ、お祈りを始めましょう。 そう嘯いた『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が二丁拳銃のセーフティを外すと同時に、前方にいくつもの影が落ちる。 逆光の中に突如として表れたのは、翼を広げた人間のシルエット。 「壁沿いに翔け上がったのね。頭のおかしな連中の割りに、意外と小細工が好きなのかしら」 人形じみた美貌に冷たい眼光を閃かせ、『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)は黒い日傘をくるりと回した。 彼女が、殺気だけではなく、全てを見通す冷徹さをも備えた視線を向ける先は、ショッキングピンクのスーツ姿。 「はは、誰が相手かと思ったら、まさかのアークとはね。僕でも何人か知ってるくらいなんだから、よっぽどの精鋭を送ってきたのかな」 後方に控えるサングラスの男、バジューリが軽快な笑みすら湛えて告げる。遠視能力で特定していたのだろう、陣形を成す十人をアークと断じた彼は、す、と銃を持たない左手を掲げて。 「まあいいや、一緒に死のうよ、アークのみんな! 世界の終わりはもうすぐさ!」 振り下ろす。眼前の『敵』、そしてその最奥に護られた壷へ殺到せんとフィクサード達が翼を広げた。だが、彼らが動き出すよりも早く、強烈なる閃光が視界を灼く。 「世界を終わる所が見たいとか、それお前らだけだし!」 「世界の終わり? 何それ!」 本職の聖職者であるアリステアと、一応ホーリーメイガスの俊介。二人の全身が邪気を押し流す光の奔流を放つ。それは遍くものを裁く光。 攻勢に長けた俊介はともかく、あまり戦闘に慣れていないアリステアの攻撃は然程精度の高いものとは言えなかった。それでも、フィクサード側も慣れぬ飛行に手間取ったか、何人かが回避し損ねて直撃を受け、仮初の翼を散らす。 「うっし、獲った!」 俊介の快哉。アリステアも常に似合わぬ敵意と怒りとを視線に乗せ、落下するフィクサードを睨みつける。 「勝手に他人巻き込むな、超迷惑やねん!」 「あはは、そう言わないで、一度試してみなよ? ねぇ、みんな?」 先制攻撃を受けたにも関わらず余裕の指揮官。その時、後方に控える『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)の切迫した声が響いた。 「降下に備えて! 位置が悪い!」 「――遅いわ、小僧ども」 ずん、と。 次の瞬間、大槌を持った巨漢が、リベリスタの円陣の内側に着地した。 壁際ぎりぎりからリベリスタを強襲した彼らP12aは、役割により飛行距離と高度を変えていた、ということだ。 後衛陣は低い高度で攻撃に支障が無い距離を。前衛であろう何人かは、近接先制攻撃を避けられるだけの高度で。そして、最もタフな特攻役は、逆光を背に敵陣の頭上まで。 ビルからビルに移動する手段が翼の加護しかない以上、初手でそれが失われることまで織り込み済み。それもまた、バジューリの指揮であった。 「予想通りだね。さ、ぶっ飛ばしちゃおう!」 「内側だと!?」 バジューリの嘲笑を聞き、血相を変え振り返った『合縁奇縁』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)。だが、ぞくりと背筋に走った感覚――殺気――に反応し、向き直るよりも速く反射的に愛刀を抜き放つ。 刃と刃が重なる甲高い音。 とっさに足元を強く蹴り、二歩の距離をとって姿勢を正す。正眼に構えた竜一と対峙するのは、紅い衣を纏い、二本のナイフを握った男。 「うまく誘い出されてくれたなあ!」 同じく紅い覆面で顔を隠した男の感情は読み取る術も無いが、竜一は構わず大音声を張り上げる。それは虚勢であり、演技であったのだが。 「こっちにゃアークの盾、新田快に!」 「護りは任せろ、この俺が請け負った!」 円陣の内側に控えた戦士、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が内側に降下した大男に斬りかかる。 「俺が最終ラインを務める限り、アーティファクトには指一本触れさせない!」 その胸には誇らしげに掲げられた勲章の数々。その彼があえて陣形の更に内側に立つ理由を、殊更知らしめるように負けない声で呼ばわって。 「そして、アークの剣、新城拓真だ!」 「応!」 続く竜一の名乗りに、二振りの剣と共に円陣の外に立つ黒衣の剣士が鬨を上げた。 無論、『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)、アーク精鋭の一角を占める青年の戦いは、臆病とは無縁だ。弁舌を得手とせぬ無骨なる男。慎重を知らぬ訳ではないが、本質的には待ち受ける敵を打ち破り踏み砕くのが彼の在り方である。 だが、今日は違う。彼は役割を果たすべく、先陣を切って切り込む代わりに朗々たる声を響かせた。 「リベリスタ、新城拓真。災厄の繭は破壊させん!」 数々の敵を斬ってきた二振りの剣を頭上で打ち鳴らし、彼は大上段に口上を続ける。気合を入れるにしては度を越えたそれこそが、拓真がこの場で請け負った役割だ。 「俺程度この場で退けられん様では、世界を滅ぼすなど到底出来んぞ……P12a!」 「ほざくな!」 短く叫び、長剣を構えた軽戦士が迫る。次いで、刺突剣を腰溜めに構えた少女。だがその二人よりも速く、拓真の頭上に突如出現した大鎌が彼の背を斬り裂いた。 「ぐっ……!」 「まずは動きを止めてあげようね」 傷の失血に呻く拓真。一方、バジューリが指揮するまでもなく、彼の挑発を真に受けた二人は彼を左右から嬲りにかかった。長剣から繰り出された高速の斬撃が一瞬の隙を呼び、そしてそれを見逃さず、少女剣士のレイピアが腿の腱を貫いて彼の動きを止める。 「あは、これで一人っ!」 「筋書き通りにはさせませんよ」 はしゃぐ少女。だが、フィクサード後衛陣が拓真を打ち倒すより先に、天上から降り注いだ光の柱が彼を包み、その傷をみるみるうちに癒していった。 「医師の務めを果たしましょう。――簡単に倒せるとは思わないことです」 それこそが、四人のホーリーメイガスの中でも癒しに特化することを選んだ凛子の力。 いかなるときにも白衣を翻して戦場に在る医療者は、凛としながらも眼鏡越しに彼女の『患者』を見守って。 「それにしても、今のは噂の『守護神』さんの役割じゃないのかな?」 「それこそ、アークを舐めるな、だ」 ニヤリと唇を曲げる快。ああ、集いし戦友達が皆アークを代表する精鋭であることなど、まったく言うに及ばない。敵を挑発し一手に引き受ける戦術は、別に彼の専売特許ではないのだから。 「ものを知らない自殺志願者に、俺達の実力を教えてやろうぜ」 「ええ、まったくですね」 手袋の裾を引き、嵌めなおす凛子。応じた彼女の視線は、しかし快ではなく、魔法の矢を撃ち込まれた拓真の背に注がれていた。 「現実味の無い恐怖は、娯楽として楽しめるのが人間だけれど」 またくるりと日傘を回し、一人ごちる氷璃。時間を割いてフィクサードの動きを分析していた彼女だが、おおよそ前衛後衛のオーソドックスな構成であると結論付ける。 「実力もほぼ同じくらい。なら、後は経験と連携かしら」 陳腐な結論ね、と鼻で笑い、尖った爪で掌を裂いた。同時に唱えるのは圧縮された高速呪文。倍の早さに加速された韻律が、滴る血の一滴を黒き奔流へと変える。 「そんなに世界を滅ぼしたければ、空想の世界と心中すれば良いわ」 「いいえ、彼らの信じる終末は、空想だとしてもあまりに邪悪過ぎます」 氷璃の皮肉すら生真面目に否定したリリが、二丁の銃を空へと向ける。手にするものは剣と盾。意味するものは祈りと裁き。二発続けて轟いた銃声は、はるか蒼天を撃ち抜いて。 「――天より来たれ、神の焔よ」 轟、と。 燃え盛る炎の矢がフィクサード達に降り注ぐ。それは逃れ得ぬ断罪。全ての悪徳を焼き尽くす炎が、P12aの面々を火達磨に変える。すぐに涼やかな風が屋上を駆け抜け過半の火を消し飛ばすものの、リリが与えたダメージは十分に大きい。 「やるじゃない」 「いいえ、まだです!」 だが、リリはこの場の最年長者の賞賛を是としなかった。スナイパー同士の戦いにおいて、『読み合い』、つまり相手の動向を予測することは全ての基本だ。 そして、自分が最善と信じたこの瞬間は、相手にとってもまた――。 「同じのが来るわよ!」 アンナの警告。そして、リベリスタに降り注ぐ劫火の礫。たちまち周囲に、肉の焼ける臭いが満ちていく。 「アーティファクトは!?」 「は、ここは任せてもらいましょうかね」 フィクサードの目的が壷の破壊である以上。火矢は『災厄の繭』をも狙っていた。しかし、身を挺して庇う和人が直接の狙撃を阻んでいる。 「この玩具をぶっ壊したいんなら、俺ごとブチ抜いてみな!」 舌打ちした素振りの狙撃者に向けて啖呵をきる和人。快が最終防衛ラインと思い込ませ、しっかりと敵をブロックするまで和人をフリーにしておく作戦が、ここで活きていた。 もちろん、アークの後衛陣も黙ってはいない。凛子と共に、聖別の微風を戦場に呼び起こすべく祈りを捧げていたアリステア。 一心に神に祈るその少女が、突如顔色を変えた。 「あ、れ……? 足りない? 十人しか居ない……?」 背筋を駆け上がる悪寒。それは虫の知らせとでも言うべきものか。はっと背後を見上げれば、給水塔の上にちらりと見えた人影。 「後ろ、屋根の上に居るよ……!」 絶叫。同時に、機を伺っていた『十一人目』が給水塔の上から飛び降り、狙い澄ました一撃を和人の背に加えた。首を刈るための内反りの刃、無骨にして鋭利なるククリナイフが肉をこそぎ、彼の首筋に鮮血の華を咲かせる。 「あらら、ばれちゃった。もうちょっといいタイミングだったら良かったのに」 攻撃に回避に、次々と指示を出していたバジューリがさも残念げに肩を竦める。だが、一撃必殺を狙い研ぎ澄まされた奇襲の威力は冗談では済まない。 それでも、和人は耐えた。護りに特化した此度の彼は、名声では未だ僚友に及ばずとも、その硬さにおいては同等以上なのだから。 しかし、息をつくにはまだ早い。 「――まあ、今度こそ一人目ダウンだよね」 給水塔より降下したのは、お決まりの黒衣に身を包んだ暗殺者。アサシンさながらの素早さで振るった二の刃が、和人の背を斬り上げて。 同時に、バジューリの放った『二つの』真空刃が彼を切り刻む。降り注ぐ火矢から続くその集中攻撃に、全身から血を流す和人はあっけなく散ったかと思われた。 悲鳴を上げるアリステア。穴を埋めるべく身を躍らせようとしたリリ。息を呑んで、それでも詠唱を続けるアンナ。 だが。 「俺一人潰せねー奴らに、街を滅ぼすなんて無理無理無理無理」 血まみれになりながらも、折れぬ芯を飄々とした態度に隠した和人は不敵に笑う。 「とっととベッドに潜りこんで、大人しく脳内で妄想捏ねくり回してな」 「それだけ減らず口が叩けるなら、まだまだ大丈夫よね」 にぃ、と歪めた彼の唇の端からごぽりと血が漏れる。しかし次の瞬間には、アンナの呼び起こした上位存在の『息吹』が全てではないにせよ刻まれた傷を埋めていく。 「容赦ねーのな、クロストンちゃん」 「これくらいじゃないと回復してもらうありがたみが無いでしょっ!」 キツイ台詞に苦笑する。だが、素直ではないアンナの性格を知る和人であったから、遅れた詫びの裏返しと受け取っていた。 ● 「一応聞いておこう。お前達は、何故この世界を滅ぼしたいんだ」 殲滅の加護をものともせずに振るわれた力任せの大槌が、受け止めた快の左腕越しに強烈なインパクトを伝えてくる。 身体ごと吹き飛ばそうと荒れ狂う圧力。それでも、篭められた闘気の量はさほどではなかったのか、彼は注がれた力をかろうじて後方へと受け流した。 「何故、自分の知らない誰かを殺したいんだ」 「知れたことよ」 年嵩の大男、見るからにパワーファイターであるフィクサードは鼻で笑った。 つまらんではないか、と。 「何だと?」 「つまらんと言ったのだ。儂の死んだ後にまだ面白いことがあるかもしれんというのはな。バジューリのように世界平和などとは言わん。どうせ死ぬなら何もかもを道連れにしたいというだけよ」 瞬間。 握り締めた得物が眩く輝き、破邪の光を放つ。一転の曇りをも許さぬ正義の刃と化したのがあの因縁のナイフであったのは、或いは皮肉な意味を帯びていた。 全てを護る。 それは理想と言う名の死神。護るべきモノさえ定まらぬ、果てしなきユメの泥沼。 それでも。 「P12a、お前達は明確に、俺の敵だ」 「あーもー、これが世に言う厨二病って奴ね」 見慣れぬ形状の鉈を構える暗殺者を前に、へらりと和人は笑みを浮かべた。 やるべきことはただ一つ、身を投げだしてアーティファクトを護ること。攻撃を仕掛けることで大男の注意を惹かねばならなかった快と違い、彼は――彼が護る白磁は四方から狙われているのだ。 「脳内や画面の中で済ませときゃ良いもんを」 だが、狙撃者と暗む殺者に同時に狙われ、快も大男に足止めされている今、彼は盾というよりもサンドバッグに近い。毒づいてみせたとて、反撃の糸口すら掴めないのが実情だ。 (ざまぁねーな) それでも、円陣を組んでいる仲間達を呼ぶのは躊躇われた。ならば耐えるしかなかろうと覚悟を決めた、その時。 「和人ぉ! かすったらごめんなぁ!」 「なっ……うおっ!」 名を呼ぶ声に瞬時視線を向ければ、突っ込んでくる赤い人影。思わずカードを固めた彼を、渦を捲くが如き圧力が直撃する。 「何のつもりだ霧島!」 「ぶっ飛ぶようなタマじゃないだろあんた!」 円陣から抜けてきた俊介の『思考』を変換した『力』の激流が、ガードを固めていた和人を巻き添えにしてフィクサードの暗殺者を押し流す。 そこに割り込んだ俊介が、新たな盾となるかのように姿勢を立て直す暗殺者の前に立ちはだかったのだ。 「こっちとら命かけて世界護ってんだ。てめえらに負けるつもりなんざ、これっぽちもねーよ」 任せとけ、とは胸の内だけで。殴りホリメの看板は伊達じゃないとばかりに敵を睨みつける俊介に、サンキュ、と和人は礼を言った。 「私も護るよ。和人さんも俊介さんも精一杯支えるし、いざとなったら今度は私が盾になる」 左手に魔力を編んだ盾を構え、決意を示すアリステア。だがもちろん、ありがとさん、と返した和人も、そして俊介も、彼女を矢面に立たせるつもりなどない。 「とりあえずぶん殴ってくるから、あと回復よろしくな!」 「……うん!」 ホーリーメイガスの職責をぶん投げて裾をまくる俊介につい噴き出しながら、祈りを捧げるアリステア。彼女の祈りに導かれて吹き抜けた清浄なる気の流れが、身を盾にして戦う仲間達の傷を癒すのだ。 (――両の手に教義を、この胸に信仰を) 押し付けられた教えではなく自ら選び掴んだものだからこそ、リリの信仰は鉄のように硬く、そして揺らがない。 両の手の教義は剣であり盾。そして、この身も同様に剣であれ、盾であれ――。自らの内に育んだ価値観のままに、彼女は銃声を響かせる。 「ですが、これではきりがありませんね」 上空から飛来する火矢の雨は、幾度もフィクサード達に降り注いだ。だが、その傷は敵陣のホーリーメイガス達によってたちどころに癒されるのだ。敵将たるバジューリを討つのは困難でも、せめてあの後衛陣をどうにかしなければ――。 「一点突破しかないわね。時間をかけても不利になるだけよ」 答えたアンナの顔にも疲労がありありと浮かんでいた。ただ守備を固めオフェンスチームの帰りを待てばいい、というわけではないのだ。何と言っても、突入した仲間達は『いつ帰ってくるか判らない』のだから。 「私も乗るわよ」 翼をはためかせ、僅かに身体を浮かせた氷璃も同意する。交わされる視線。周囲の喧騒が一瞬遠くなり、次の瞬間――。 「運命にすら抗いましょう。より多くを、全てを救う為に」 差し上げられた銀の天蓋。氷璃を中心としてあふれ出す黒の鉄鎖が、瞬く間に屋上を埋め尽くし、瘴気の中にフィクサード達を飲み込んだ。 「そうでなければ、何も手に入れられるはずがない」 「ええ、希望のひとつも残らぬパンドラの箱を開けさせてはなりません」 拠り所たる二つの教義、聖別の銃を撃ち鳴らすリリ。天を穿つ銀の弾丸は、浄化の聖火となってゴモラの街ならぬ彼女の敵を焼き尽くす。 「正しき終末、御使いがラッパを鳴らすその日の為に」 たかがカルトグループごときに、終末の日を現出させるわけにはいかないのだ。 「私はそんな難しいことなんて、考えてないけど」 アンナの美しい金髪が、光芒の中に舞い上がり、白く溶けていく。彼女を中心に広がるのは、目も眩むほどに輝く捌きの光。 「こないだの楽団でカタストロフは一生分味わったわよ!」 あるいは日本という国の存亡すら、P12aの願いには小さすぎるのかもしれない。そして、あれほど多くの人が死んだ戦いを『その程度』にしてしまうことにすら、彼女は怒りを隠せなかった。 「そんなに破滅が見たいなら、バロックナイツのトコでも行ってなさいこのぽんこつ!」 神光は屋上を薙ぎ払い、フィクサード達を灼く。アンナ達の狙い通り、タイミングを合わせて放った怒涛の連続攻撃は、フィクサードに――特に、体力には秀でていないであろう後衛に深刻なダメージを与えていた。 だが、しかし。 「……しぶといわね……!」 いかなるときも冷静さを忘れない氷璃すら、呻き声を漏らしていた。たった今吹き荒れた嵐は、掛け値なしに彼女らの全力。無事ではないにせよ、その只中に叩き込まれてなお、ファンタスマゴリアのフィクサードは立ち続けている。 だが、その時。 「きゃ……あっ!」 突如リベリスタの陣より閃いた光線が、熱波に縮れた髪を気にしていた風情の女性術士を射抜く。白い衣を羽織った彼女の胸に赤い華を咲かせたのは、小さな光の矢。 「私もこれぐらいはできますよ」 白い手袋。すらりと伸べた人差し指に、幽かなマナの火花が散る。いつのまにか展開していた魔方陣は、凛子の魔力を練り上げ、敵を撃つに足るレベルへとその質を高めていた。 「厄災の卵、ですか。それが何であれ、一つの都市が消えるような事態を引き起こす訳には参りません」 崩れ落ちる敵の癒し手に凛子が向ける視線は、ある種酷薄であり、また苦いものを孕んでいた。純粋なる治療者たる白衣の女医。だが、彼女は――彼女の持つ記憶は、躊躇うべきではない瞬間があるのだと知っている。 「全力を尽くします、護り抜くために」 今がその時だと、誰に教わるでもなく『彼女』は知っていたのだ。 「マジメなときこそ不真面目に、ってな」 にぃ、と口角を吊り上げる竜一。彼が纏いし破壊のオーラは、生半可な拘束や牽制などものともしない力強いもの。対峙する紅い衣の男は、P12aの中でも高位の力を持ってはいたのだが――。 「来いよ。全部踏み潰してやる」 「……ちっ」 男の正体は、気糸を操り敵手の動きを妨げることを得手とするプロアデプト。あらゆる小細工を振り払い力で貫く竜一には分が悪く、故にこの勝負は彼が優位を握っていた。 反撃に転じようとする竜一。そのとき、彼の背を、ぞくりと寒気が走った。 強烈な、しかし熱量を感じさせない気配を感じて目を向ければ、派手に目立つ色彩を振りまくバジューリが黄色いグラス越しに彼を見つめている。 「ははっ、苦労してるね?」 彼の溢るる闘志はその殺意にすら負けることは無い。しかし、『質量のある視線』によって彼の身体にかけられた負荷は、知らずダメージを累積させていくのだ。そして、同時に動いた赤衣の戦士がリーダーすら囮として、竜一の死角へと潜り込み、鋭い短刀を突き立てる。 「……く、それがどうした! うおおおおおっ!」 その鮮やかな一撃に、沸きあがっていた闘気が霧散していく。だが、彼は怯まない。闘神じみた雄叫びをあげ、竜一は二刀を構えるのだ。 「派手にやっているな」 戦場の反対側で二人の剣士を相手取っていた拓真が、その咆哮に苦笑を漏らした。中二病めいたところのある僚友だが、その実力に不安は無い。戦意を失っていないとなれば尚更だ。 「むしろ、心配されるのはこっちか……!」 突き入れられた切っ先をガンブレードで払いのけ、反撃とばかりに左の広刃で薙ぎ払う。だが、少女の胸に走った傷は浅かった。 無理な体勢から反撃に転じたことだけが理由ではない。スピードで上回る二人は、徹底した連携で拓真を翻弄していた。アリステアや凛子の支援を得ていたとはいえ、隙を狙われプレッシャーをかけられ続ける彼のパフォーマンスは十全ではない。 「……ふ、それがどうした、か」 だが、竜一の咆哮を耳にした彼は、喉を小さく鳴らしてみせる。それがどうした。仲間を、そして世界を護るために、俺は新たな力を身につけたのではなかったか。 「討伐班は、俺達を信じて向かった。ならば、俺達はその意思に応えてみせよう」 怒り狂う二人を惹き付けられるなら、それで十分だ。どれほどに傷を負おうとも、正義と理想(ふたふりのけん)は折れはしない――! 「いいか皆。何としても、この場は護り切るぞ!」 ● 「激戦ゆえの膠着、かぁ」 戦場を俯瞰する指揮官、バジューリは困ったように肩を竦め、溜息をついた。眩いピンクのスーツと浅黒い肌、そして黄色いサングラス。銃さえ持っていなければ、大仰に手を広げるその姿は、リゾート地のナンパ男さながらである。。 世界の破滅を望み、この死闘に足を踏み入れた狂者とは見えそうにない。 「参ったねぇ、これは」 台詞こそ軽い調子だったが、それは彼の本心だったろう。 十人程度の集団同士の戦いでは、ひとつの鉄則がある。すなわち、集中攻撃で敵の数を減らし、数的優位を確保したほうが勝つ、ということだ。 早くP12aを排除し『蟲』に当たるチームの応援に向かいたいアークも、当然その戦術を踏襲するだろう。その予測を基にバジューリが下した指示は、徹底した霍乱だった。 翼の加護を失うことを前提にした敵陣降下。背後からの伏兵。前衛の戦闘力を削ぐことを優先した攻撃の組み立ても、その一つだ。 だから、アークが円陣を組み徹底した防御戦術に出たのは、彼にとっては意外もいいところだったのだ。しかも、和人を壷の防御に貼り付けてまで。 「彼がうまく動けなかったのは、勿体なかったけどね」 プロアデプトを圧倒した竜一の実力。円陣内に大男が降下した際にすら慌てない堅牢さ。男一人を巻き添えに炸裂させるつもりだった閃光弾は、タイミングを逸して彼の腰にぶら下がったままだ。 「こうも思い切ってくるとは、相当信頼してなきゃできないね」 蟲の討伐の応援は必要ない、仲間は必ず勝って戻ってくる――その確固たる信頼がなければ、この戦術は成立しないのだから。 「当たり前のことよ。それが、仲間というものだから」 「ははっ、これは僕としたことが。つい声が大きくなっちゃったね」 その名の通り、人形と揶揄されるほどの冴えた美しさを湛える氷璃。だが、バジューリを睨みつける彼女が言い切った台詞は、酷く『熱い』。 数奇なる来歴を辿った運命論者。 宵咲の一族を名乗りながらもその血を引かぬ異端者、死せる少女の名を受け継いだ銀の瞳の天使は、だが運命を認めながらも、運命を受け入れることを良しとしなかった。 「この壷に集められた災厄が、私達に降りかかる『運命』に足るのか――いいえ、そんなことはないわね。こんな、つまらないもので」 「そんな大それた願いは持っていないさ。運命なんか知らなくたって、人は死ねる!」 芝居じみたやりとりに篭められた殺意の応酬。同時に、氷璃が輝く指先で宙に描いた立体魔方陣が発動し、またも血の濁流でフィクサードを押し流した。 「あがくのも人のサガかい? いいじゃないか、終末のダンスを楽しもうよ!」 「結構よ。この素晴らしき世界と、熱いベーゼでも交わして来なさい」 仮初の翼でふわり浮き上がり、黒鎖より逃れるバジューリ。だがそれを、氷璃の放った二の矢――全てを凍てつかせる暗殺の矢が穿つ。 「くっ……!」 「逃がしません」 次いで、降り注ぐ炎の矢。この場に灼熱地獄を齎すは、信仰に殉じた同胞の法衣と信念とを受け継いだリリだ。 人を殺し化け物を殺す。それがかつては『道具』であった彼女の全てであった。その苛烈なる戦いぶりは、今も当時と変わるまい。いや、アークに身を寄せるに至り、なお激しさを増した感さえあるのだ。 だが、決定的に違う点がある。 ――Dies irae, dies illa, solvet saeclum in favilla―― 蒼き魔弾の射手が射た劫火の銃弾は、単に魔力だけを食らって燃え盛るのではない。弾雨の全てに宿るのは、自ら信仰を掴み取ったリリの意思。 大切なものを護るため、敢えて道具となって祈りの魔弾を放つことを決めた少女の、強靭で美しい覚悟の有無が、P12aの射手を、過去の自分を凌駕する決め手なのだ。 「『怒りの日は来たれり。全ての邪悪は等しく裁かれん』!」 聖句を唱えるリリは、しかし肩で息をするほどに疲れ果てていた。天から火を降らせるなどという大技は、放つごとに術者の精神を痛めつける。ましてや、開戦より休むことなくそれを繰り返した彼女の気力は、もはや限界に近い。 その時、誰かの掌がリリの肩に触れた。次に、じわり、と暖かい感覚。次いで、熱く火照った波動が彼女の身体を駆け巡る。 「もう少し頑張って。きっと、もうすぐ連中も帰ってくるから」 アンナの柔らかい手から伝わる力が、いまや気絶寸前だったリリの意識をクリアに保ち、疲弊した精神を癒していく。その劇的な効果は、ただアンナの能力の高さだけによって齎されたものではない。 仲間を信じる。世界を護る。 普段の物言いからは想像し難いが、神秘を知らぬ一般人の意識から抜けきれない彼女は意外に情が深い。仲間だけではなく敵をも生かす。そのためにアンナは、忌み嫌う神秘の神秘を手にして敵を討つという二重矛盾に囚われているのだ。 それでも。 それでも、自らの意思で彼女は行く道を決めた。この掌に救えるもの全てを救おうと決めた。執着かもしれない。無謀かもしれない。それでも、だ。 アンナの意思そして覚悟が、リリのそれと同調して大きなうねりへと変わっていく。 「もっと手助けが必要なら、鼻血が出るまで癒してあげるわよ」 「……ありがとうございます」 そして、表情を緩めた少女に頷き返し、アンナは一転して声を張り上げるのだ。 「ほら、男ども! ぼさっとしてないで、いい加減格好いいところ、見せてやりなさい!」 「クロストンちゃんも、相変わらず無茶言うよなぁ」 一方、少女の檄に思わず苦笑いの和人。アーティファクトを庇い、火矢や鎌鼬を文字通り『身体を張って』受け止め続けた彼は、当然ながら無数に傷を負っている。 「んじゃ、気を入れ直してしっかりと邪魔させて貰いますかね」 防御に比類なき声望を誇る快と違い、実のところ、和人の本質は護りではない。 彼は攻撃の人である。硬さを恃みとして、重戦車のように怯むことなく攻め上がる。いわば生粋のフォワードこそが、彼の得意とするポジションだ。 「こんな玩具を奴らの好きにさせりゃ、とんでもねーことになるのも仕方ねーしな」 だが、護り手の立ち居地を軽視するわけでもない。それを、仲間達もよく知っていた。 全ての攻撃を受け止める高い実力と、攻守に対応した類稀な視野を持つ彼が居るからこそ、他の九人が後背を必要以上に気にせずに闘えるのだから。 「しかしまー、あの野郎、何か俺といろいろ被ってねー?」 「服のセンスとかな!」 そう言い放った俊介に、服の趣味とか全然ちげぇ、と真顔で言い返す和人である。 一体何をもって『被っている』と感じたのか。彼自身にすら、その理由は漠としていた。緩い雰囲気か。顔立ちか。いや、或いは『演じている』匂いか――。 「てか、そんな服何処で買うの?」 「俺かよ! 心斎橋のブティックだよ!」 どこかパンキッシュな衣装は、暗殺者の刃によって大きく引き裂かれていた。破れた裾からは炎のタトゥーが覗いている。ローカルな情報を喚きながらも必死に掻い潜る俊介には、その態度ほどの余裕は残されていない。 「ちっ!」 その時、ぎちり、と。 一瞬の隙を見逃さないクックリの暗殺者の放った気糸が、彼を縛り上げる。覆面の向こうに伺える表情が、嗜虐的に歪んでいる。 「……舐めんなよ」 睨みつける俊介。先ほどまで彼を眩しく彩っていた快活さは姿を消し、代わりに腹の底からの怒りが顔を出す。 「アークを舐めんなよ!」 ぎち、ぎち、と不可視の糸が鳴る。直接触れた肌が、ぷつりと切れて血を流した。それでも、俊介は力を篭めるのを止めはしない。胸を焦がす熱情のままに、力任せに腕を開こうとする。 そして。 「勝手に世界を滅ぼすな! やりたいなら全世界のリベリスタ倒してから言えや!」 彼の腕が、何かを弾き飛ばすかのように勢いよく開かれる。飛び散った鮮血に色づけられ、張力を失った気糸が力なく舞うのが見えた。 「今回ばかりは優しい事は言わねえ。もういい、消え失せろ!」 突き出した掌、血に濡れた五指から眩い光が迸る。それは全てを断罪する光。殆ど全身を包むほどに膨れ上がったそれが、一際輝いて。 「くそったれな神様、世界を救ってやるから力を貸せや!」 ホワイトアウト。仲間達の視界すら奪いかねないほどの光線が乱舞し、四方の敵を薙ぎ払った。 攻防は終劇に向け加速する。だが、双方の厚い回復もあり、P12aの一人が倒れた以外は未だに双方の全員が戦場に立っていた。 オフェンスの十人を食らった『蟲』が刺激を受けて孵化すると予測するバジューリ達。突入した仲間の凱旋を待つリベリスタ。どちらにとっても長期戦は望むところではあったが――。 「いやいや、本当に参ったね。世界が滅びるまで、僕達は寂しく死にたくはないのに」 敵陣の後方、依然として鮮やかなピンクをひけらかすバジューリは軽い調子で謳う。 「だから、皆思い出そうよ。終わりだよ。ジ・エンドだよ。僕らの理想だよ!」 「……貴方の目に映る世界は、きっと歪んでいるのでしょうね」 流石に眉をひそめた氷璃に、狂気の指揮者はノンノンノン、と指を振る。 「この世界はとってもキレイだよ。僕らが死んじゃいたくなるくらい、きれいでキレイで綺麗な宝物なんだ」 だけど、と彼は言った。 世界には悲しいことに満ちているよね。 でも一人で死んだところで世界は変わらない。 それに、一人はとっても寂しいんだ。 だからいっそ、世界の終わりを作ろうよ。 世界の終わりを皆で見よう。 世界中で心中しよう。 皆で一つになろう。 「それなら、きっと寂しくないはずさ。滅ぼしちゃおうよ、世界!」 度のずれたグラスの向こうで、黄色く濁った瞳を見開いて。 芝居じみた身振りで高らかに宣ったバジューリを、可笑しげな笑い声が包む。最初は小さく、そして心底噴き出すかのように。 「ははっ、ああそうだな、俺達は楽しく死にたいんだ」 魔道書を抱えた術士が。 「はっ! それでこそだ。儂らがこの世を楽しむ最後の存在よ!」 快と対峙する大槌の戦士が。 「いいねぇ。痺れるよ。惚れちゃいそうじゃないか」 俊介に灼かれながらも、内反り刃を手放さぬ暗殺者が。 火箭を雨霰と降らせた射手が、高速機動で拓真を追い詰める剣士が、術杖を掲げ歪に祈る聖女が、竜一に喰らいつく紅衣の軽戦士が。 笑っていた。 笑っていた。 笑っていた。 「狂ってる……」 杖を握り締めるアリステア。皆で一緒に帰る――もう二度と悲しい思いをしないために枷を解いた彼女にとって、P12aの在り様は、ただ快楽のために虐殺を楽しむ異常者よりもなお理解し難いものであった。 「私たちが何もしなくても、いつか世界は終わる。みんな、いつかは消える」 だから戦うのだ。全力で戦うのだ。愛する者を護るために。平穏な暮らしを護るために。もう誰にも、悲しい思いをさせないために。 「けれど、それは今じゃない。ひと時ひと時を大切にして、精一杯生きているんだよ」 聖別の印を結ぶ。小さく唱えた聖句。右手の杖を掲げ、身体と大気よりマナを引き出して。未だ『傷つける』ことは苦手でも、気持ちだけは決して迷わない。 「楽しい事ばかりじゃない。辛い事の方が多くて、泣きたい時もある。でも――」 ふと左手で頭を撫でる。指先に触れた感触は、本物が咲くよりも少しだけ早く贈られた紅水晶の桜。 ――どうか。どうか、私に力を貸して――。 目を閉じて、深く息を吐く。再び開かれたアメジストの瞳が、バジューリを射抜く。 「自分がそうだからといって、他の人を巻き込むのは許せない!」 掲げた杖から放たれるのは、先に俊介が戦場を薙ぎ払ったのと同じ、あまねく罪を裁く神気の閃光。憤りのままに迸るそれが、バジューリの『演説』で意気揚がるフィクサード達を嘗め尽くす。 だが。 「えっ……!?」 乱舞する光線を軽やかに避けるフィクサード達。もちろん全てではなく、後方の術士や射手が逃げ切れずに捉えられてはいたものの、その効果は期待からは程遠い。それは、単にアリステアが不慣れな攻撃に転じたからというだけではなく。 「どうしたんだ……、っ!」 戸惑うアリステアに意識を向けた快も、衝撃と共にすぐにその理由を知ることとなった。流石に動揺はしないものの、その目には不審と疑念が渦巻いている。 (おかしい。明らかに動きが良くなっている) 真剣勝負で幾度か得物を合わせれば、おおよそ相手の実力は推し量ることが出来る。眼前の戦士は剛力なれども鈍重だ。今、快の肩を砕いた一撃は、つい先ほどまでならば、せいぜいかすった程度の当たりで済んでいたはず。 「……、カリスマの演説で戦意が上がってパフォーマンスが上がるとか、いまどき学生向けの戦記物でも無いシチュエーションなんだけどな」 茶化しながらも、彼は経験から何が起こったかを見抜いていた。リベリスタには理解できぬものなれど、狂人には狂人の理想があり、だからこそ、死にたくないと言いながらも命を賭けて戦うのだ。 「――理想、か」 なれど、快に彼らの理想を受け入れてやる理由は無い。むしろ、二つの理想はぶつかり合う定めなのだから。 P12aよ、お前達は明確に、俺の敵だ。そう、繰り返す。 理想という名の死神は、並び立たぬ理想を狩る処刑者となろう。 「例え身体が砕けようと、この繭を砕かせはしない!」 「そのか弱いナイフで語ってみせろ、小僧!」 かの雄敵から奪ったナイフ。今は快の想いを貫くための刃が、破邪の力を纏い煌いた。ぶん、と空を薙ぐ槌を掻い潜って懐に入り、彼は一息にそれを突き入れる。 「覚えておけ。俺はアークの『守護神』、新田快だ!」 普段は不遜とまで思うその称号を、今は誇らしく名乗ることが出来る気がした。 「これで、止め!」 一方、二人の剣士を相手取っていた拓真は、かろうじて保っていた均衡を崩されていた。幻惑の剣技に翻弄された隙を、狙い澄ました少女剣士の一撃が貫く。 「ぐ、はっ……」 「お疲れ様っ、死ぬまでゆっくり休んでねー!」 はしゃぐ少女の声を聞きながら崩れ落ちる拓真。意識が翳む。全身が痛む。もういいじゃないか、そんな言葉が朦朧とした思考の片隅に浮かぶ。 「……生憎だが」 しかし、彼の気高き精神はそれを許さない。思い出せ。この程度のピンチなど、何度でもあったのだ。 力を貸せ。 力を貸せ、運命よ。 「まだまだ、この世界には未練が有るのでな……。思い通りにはさせんよ」 痛む身体に鞭をくれて、彼は立ち上がる。土埃もそのままに、二本の相棒を大きく振り上げて。 「世界の終りなど、碌なものではなかろうよ!」 ぶん、と振り下ろした。 その勢いは、瀕死の域にまで叩き落されていたとは思えぬほどの速さと重さ。とっさに受け止めた男を、拓真はその得物ごと斬り下ろしていた。 「な、何っ……」 「この程度で萎えたか。そんなもの、理想と呼ぶには程遠い!」 そう啖呵を切る拓真を柔らかく包む淡い光。断罪の閃光ほど激しくはなく、癒しの息吹ほどに広がりもしないそれは、だが彼の身体に刻まれた深い傷のことごとくを瞬く間に消していった。 「私が傷つけ、私が癒やす。私の手が届かぬ者は、この場に一人もいません」 それは凛子が齎した、掛け値なしの神の奇跡。 アークにすら殆ど使い手の居ない最高位の回復神術。それをこともなげに操った白衣の女は、ふ、と唇を緩ませる。 「持久戦は望むところですよ、バジューリさん。焦っているのはあなたの方でしょう」 赤いフレームの眼鏡。その奥の蒼い瞳が、表情の見えない敵を映していた。 「命あるものはいずれ消えるさだめです。ならばこそ、命に対して真摯に接しなければなりません」 騒々しい戦場を圧するように、アルトの声が奇妙に響いた。凛子は落ち着いた風情ではあったが、発した台詞は紛れも無く糾弾である。それが、各々の理想を語る誰よりも強い力を抱いたのは、数多の生と死を見続けてきた軍医としての経験が言わせたからだろうか。 「支え続けまてみせましょう。この命ある限り」 「かっけぇなぁ、おい」 口笛を鳴らす竜一。年上趣味は無かったが、例え血は流さずとも、背後の女医が自分と共に戦ってくれているという事実は彼の胸を熱くさせていた。 「それだけ言われちゃ、俺がいつまでもぐずぐずしてるのはみっともないな」 ニッ、と笑って、左手の指輪にそっと触れ。 「破滅したきゃ、勝手にお前らで死んでろって話だよ」 対峙する紅衣の男へと、一息に斬り込んだ。 もちろん、小回りの利くナイフ使い相手に距離を詰めるのはご法度だ。それは判っている。飛び込んできた獲物をどう料理しようか、アイツが舌舐めずりする息遣いまで聞こえてきそうだ。 だからどうした。 後ろには頼もしい仲間が居るだろう! 「そんなに終わりたいなら、命をジ・エンドさせてやる!」 怖れを知らぬ戦鬼が、自らの身を捨てる勢いで二刀を振るう。裂帛の気合。右手の打刀が防がれようとも竜一の勢いは止まることなく、むしろ力を増した左手の剣が敵の脇腹を芯で捉えて。 「決着をつけようぜ、P12a!」 彼の声を契機に、双方が激突の構えをみせた、まさにその時――。 「……っ! アラストールさん! な、中は、どうなったの?」 アンナの声が響く。一瞬の――永劫にも感じられる沈黙。 そして。 「勝ちました! 壺を壊してください!」 大きく頷いた『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)の絶叫に、リベリスタ達は大きく沸いた。 (……いや) ぐっ、と拳を掲げながらも、最も間近に彼女を見た和人は察する。勝つには勝ったのだろう。だが、このまま参戦するほどの余力も残ってはいまい、と。 「お前達の計画は此処までだ。これ以上の交戦はお互いの為にもならないと思うが」 目配せを受けた拓真が、悶えるプロアデプトから離れ、バジューリへと呼びかける。 或いは、堂々としたその様は、彼にとって一世一代の大芝居だったのかもしれないが――蟲を討伐できた以上、二十人の命を天秤の片方に乗せ、のるかそるかの大勝負に出る意味は薄い。 空気を読んだアラストールが口を閉ざしたために彼は知らなかったが、この時点で突入班のうち実に六人が戦闘不能に陥っており、彼女自身を含めた残り二人も戦力足り得ないほどに消耗している。結果論として、彼らの判断は正しかったのだ。 「お前達の願いは、命を捨てる事ではあるまいよ」 「いやはや、まったくそうだねぇ。僕達は別に、ただ死にたい訳じゃないからね」 大げさに手を広げたバジューリが指を鳴らす。既に仮初の翼を与えられていたフィクサード達が、倒れた二人を抱えて飛び上がった。 「『災厄の繭』なんて出物、なかなかお目にかかることはないから残念だけどね。また貰えたら、今度は邪魔しないでよ。世界平和のためにね!」 そう言い残して、P12aは消えていった。抜けるような青空の彼方へと。 見送るリベリスタに、討ち果たせなかった悔しさが無かったとは言えない。 だが、彼らは誰一人命を落とすことなく、この福山を護ったのだ。 誇るがいい。二十万に及ぶ福山市街区の住民、その命こそが、この戦いで得た戦果なのだから――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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