●宣告 「落ち着いて聞いてください。……誠に残念ですが、奥様の余命は幾ばくもありません。 癌が全身に転移しているのです」 医者が沈痛な面持ちを浮かべ、そう言い放った。 その言葉を受け止めているはずの光太郎は、呆然としたままピクリとも動けずにいた。 「どうか、お気を確かにお持ちください。我々としても手を尽くしたのですが、こればかりはどうしても……。 奥様へはまだお知らせしていませんが……」 「……あ、あぁ、大丈夫です。妻には僕から伝えますので……」 医者の言葉を遮るように光太郎は立ち上がり、出口へと向かう。まるで幽鬼のような覚束無い足取りだ。見ている医者も心配そうに見送る。 (……何故だ? 何故妻は、雪は死ななければならない……? 何故雪なんだ? 雪が何をしたというのだ……!) 悲しみは徐々に怒りへと変わる。しかし、何に対しての怒りなのか、光太郎本人も判らない。ただ、世界の全てが憎かった。 あどけなく笑う子供が憎かった。子供の手を取り笑う親が憎かった。そんな様子を見て微笑んでいる周囲が、微笑を許されている世界が憎かった。 気付くと彼は、妻の病室の前に立っていた。 「……あなた?」 気配を察したのか、中から弱々しい、しかし優しげな声がかけられる。聞き間違うことなどない。雪の声だ。 「あ、あぁ。起こしてしまったかな?」 病室に入る光太郎。雪はその身を起こし、夫を迎えた。 「ううん。眠ってばかりで、退屈していました。お見舞いありがとうございます」 「……今日は、調子が良さそうだね」 痩せこけた雪は、以前の元気だった頃の雪とはまるで別人のようだった。 「ええ、お陰様で。ごめんなさいね、お仕事も大変なのに、入院なんてしてしまって……」 「い、いいんだ! そんなこと気にしないで、治療に専念なさい」 「……はい。ありがとう、あなた」 雪は、このまま病に蝕まれ、苦しみながら逝くだけなのか。俺は何もしてやれないのか。 光太郎の頭にぐるぐると考えが巡る。そして、ひとつの考えが浮かぶ。 「……雪。実は、主治医の先生から、自宅療養の許可が出たんだよ。近々、僕達の家に帰ろう」 「え? そうなんですか?」 「ああ。それまで、ゆっくりしているんだよ? 僕も用意があるから、今日はもう帰るよ」 「判りました。でも家に帰れるなんて、嬉しいですね」 「楽しみにしておいで。じゃぁ、用意が終わったら迎えに来るから」 病に侵された顔を綻ばせ、雪は身を横たえた。 病室を出る光太郎の顔は険しく、思いつめたものだった。 ●フィクサード 平時よりもさらに緊迫した空気が、ブリーフィングルームに満ちていた。緊急事態ということで集められた面々の顔も引き締まっている。 「急な召集なのに集まってくれてありがとう。さっそくだけど、今回発生した事件について説明するわ」 一同を見回し、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が口を開く。その口調がいつもより厳しいのは、気のせいではないだろう。 「アークの任務でアーティファクト回収にあたっていたリベリスタが、そのアーティファクトを持ったまま行方をくらませてしまったの。これの回収が任務になるわ」 「思い切ったことをするヤツですね……。犯人とアーティファクトの詳細は?」 「アーティファクトは『エリザヴェートの杯』と呼ばれるもので、他者の命を奪うことで生命力を得るというもの。杯を血で満たすと、その血が凝縮して生命力の塊と言える小さな結晶を作り出す」 他者を犠牲にして糧を得る。間違いなく危険なアーティファクトだ。 「犯人はリベリスタとしての実力も高い『鳴鍔 光太郎』。歳は40半ばで、温厚な性格だった」 「リベリスタが何故そんなことを……?」 「光太郎の奥さん、『鳴鍔 雪』が末期の癌に侵されていて余命僅かだったみたい。光太郎は、『杯』の能力で奥さんを助けようとしているけど……アークとして見逃すわけにはいかない」 瞳に僅かな悲しみを映し、イヴがきっぱりと言い放つ。 「光太郎はかなりの実力者だから、十分注意して。それから、彼は盗んだ『杯』とは別に幾つかのアーティファクトを所持している。資料には目を通しておいて」 イヴの手から紙束が渡される。万華鏡を用いて知りえた、確実な情報だ。 「繰り返すけど、本件の最重要事項は『エリザヴェートの杯』の奪還。もちろん……フィクサードとなった光太郎は見逃せないけど、『杯』を持った彼を倒すのは、ほぼ不可能だから。 もちろん可能であるなら、彼の撃破も視野に入れて。でも決して無理はしないで」 その言葉に、リベリスタ達は神妙な面持ちで頷いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:恵 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月30日(火)23:23 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●血の代価 空には薄気味悪い程赤い月が昇っていた。光太郎の立つ路地は、雨が降っているわけでもないのに濡れている。 春の雨よりも温かく、そして雨にはない彩りで、紅く地を染める液体。 『お疲れ様ですわ、光太郎様。これで世は更に安全になり、また奥様は救われますのね』 人影は光太郎一人だった。しかし、甘く絡みつくような女性の声が響く。だが光太郎は、その声と仲良く言葉を交わすつもりがないようだった。 「黙れ。これが間違っていることくらい、僕にだって判っている。余計な事を言わないでくれ」 『間違ってなどいませんわ。この若者は、利己のみを追及し、他者に害を及ぼす存在でしたもの。光太郎様の行いは、世界を守っているのです。 さぁ、こちらをお取りください』 ころころと笑う声。手にした杯から赤黒い結晶が光太郎の手に転がり込む。その時だった。 「今なら君は戻ってこれる」 不釣合いな程優しい声音で、少女が光太郎に声をかけた。 「……朱鷺島君か」 声に背を向けたまま、光太郎が呟く。 「ボク達が来た意味は、君も理解しているだろう。杯を返してくれたら此方も君に危害を加えることはない。……違う、加えさせないでくれ。 杯にこれ以上唆されないでくれ」 光太郎を気遣う、懸命な『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の説得。 「……唆される? 違うよ、朱鷺島君。杯が言葉を繰るだけで、僕は僕の意思で杯を使っているんだ」 しかし光太郎は聞く耳を持たない。雷音は彼を見て、僅かに驚く。 以前の光太郎とは比べ物にならない程憔悴している。優しげな雰囲気は消え去り、鬼気迫る面持ちだ。 「――そこまでになさい、鳴鍔さん」 そんな光太郎にピシャリと『星の銀輪』風宮 悠月(BNE001450)は言い放つ。 「鳴鍔さん……あなたの願い、解らなくはないのです。私個人としてはそれそのものを否定しません。 ――ですが『それ』はいけない。もう気付いているのでしょう? 黄金の杯――大淫婦バビロン。『それ』は何人にも決して救いを齎さない。齎すのは……甘い夢と絶望の最期だけ、という事を」 「それでも雪は永らえられる。それとも君達は、何も手を尽くさず、今すぐにでも雪に逝けと言うのか?」 静かに言う光太郎。そんな彼を『骸』黄桜 魅零(BNE003845)はケラケラと笑い飛ばした。 「この世のゴミから血を吸ってるようだけど、本当にその人たちてゴミだった? あんたみたいに、大切な人がその殺した人にもいたンじゃない? 犠牲の上に成り立つ救い、それって彼女、喜ぶのかしらね? 聞いてみたら? 言える?」 「果て無き代価を求む其れは何処まで渇望するのじゃ。限界はあるじゃろう。 魅零の言う通りじゃ。本当の意味で血で汚れた手で奥方に触れられるのか? お主は本当に彼女の前で笑顔をむけれるのか? 抱きしめれるのか? 語れるのか?」 『ガンスリングフュリエ』ミストラル・リム・セルフィーナ(BNE004328)もまた、真摯に光太郎の瞳を見つめる。 その真っ直ぐな瞳を、光太郎は見つめ返せなかった。 「……僕には僕の、譲れない事がある。君達が正しい事を言っている事は、今の僕でも判るよ。 でも、だからといってむざむざやられるわけにはいかないんだ。すまないね」 さっと手を振ると、光太郎の背後で置物のように静かだった三体の異形の獣が動き出す。 「残念ではありますが、その選択を糾弾はいたしません。 ただ、我が『正義』に拠りて、ここで留めさせていただきます」 凛と言い、『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は戦場を駆けた。 ●袂を分かつ 雷音達の持ってきた懐中電灯のお陰で、辺りの闇は払われている。片隅には胴を深く薙がれ無残に殺された青年の遺体が捨て置かれていた。その光景にファルティナ・エルトーラ(BNE004398)は心を痛める。 「……光太郎さんの気持ちは、あたしにはよく分からない。愛情……って、言うのかな? どんなことをしてでも、だいじなひとを助けたいって気持ち?」 「理解はしない方がいい。君は、いや誰もが、こんな道を進むべきではないよ」 ノエルの鋭い槍をいなし、光太郎が自嘲気味に呟く。その背後から、残像を残すような速度で黒い獣が駆け抜けた。 「朱鷺島君、すまない。空間を閉鎖させるわけにはいかないんだ」 獣の鋭い爪が、雷音に迫る。 しかしその爪は、雷音に届く事はなかった。鉄壁を誇る少女がそれを受け止める。 「ヘクスは、アナタが強いとは思えません。他人じゃなくて自分を守る力っていうのはあんまり強くは感じませんよ。 だってそうでしょう? 他人を傷つけてまで自分の失くしたくないものを延命させて、少しでも自分が安心したいだけなんでしょう?」 手厳しい『絶対鉄壁のヘクス』ヘクス・ピヨン(BNE002689)の指摘に、光太郎の顔が歪む。 「……確かにその通りかもしれない。だけど、妻を守り、妻と生きる事が僕の全てなんだ」 続く獣の猛攻。ヘクスの身体に少なからず傷が入る。 「自分を救うためとはいえ、愛する人が悪に堕ちてしまっては奥様も喜ぶまいよ。……いや、自分を救うためなら尚更、か」 諭すような静かな口調で、真っ直ぐから光太郎を捉え『刹那たる護人』ラシャ・セシリア・アーノルド(BNE000576)も言う。その手に握られた剣が光を帯び、ヘクスを襲う獣を吹き飛ばした。 他の面々も同じように、光太郎の前に立つ獣を殲滅せんと得物を振るう。 しかし、光太郎から暖かな光が届き、獣たちの傷は癒された。 「厄介じゃのぉ……!」 「でも、ここで頑張らないと!」 周囲の冷気を集約し、氷の舞を踊っていたミストラルが苦々しげに呟く。光球を操るファルティナが皆を鼓舞した。 「ま、やるっきゃないしね、いひひ」 「その通りですね。彼を、止めねばなりません」 魅零の昏い闇が、悠月の蒼雷がそれぞれ獣を飲み込み、焼き、さらに 「貴方の行いが貴方の『正義』だとしても、わたくしはそれを見過ごす事ができません」 信念の槍が光太郎を貫く。己が『正義』を揺らぐことなく貫かんとするノエルの、苛烈な一撃。 そして、雷音の統べる空間が形成される。 「これでもう逃げられない。大人しく杯を返してくれないか?」 「……まだ判らないよ。僕もリベリスタの端くれだったから」 再び獣の爪が閃く。爪の獣への攻撃は、甲羅の獣が受け止め、弾かれてしまう。 「んぐ! こンの!」 魅零の華奢な身体に爪が食い込む。舞い散る鮮血。 『あらぁ、勿体無いですわね。あたくしが飲み込んで差し上げれば、また奥様へのお薬になっていましたのに』 「だ、黙れ、この屑廃品!」 新たに流れた血で、再び路面が濡れる。ギッと杯を睨む魅零。 「お前だけは壊してやる、覚悟しておけ!」 『あらあら、怖いですわ。さ、光太郎様、あんな小娘、パパッと殺してしまいましょう?』 「黙れ。彼女達も何一つ間違った事はしていない、お前が口を挟むことじゃない」 『なッ……!』 まだ何か言おうとしている杯を、光太郎は完全に無視する。 自分が自分の信じる道を進んでいるとしたら、彼女達もまた、そうなのだろう。 再び閃く雷光と光球、鋭い剣戟。光太郎も、引き連れている獣も傷を負う。しかしリベリスタ達もまた、光太郎から放たれる光の槍と獣の爪で満身創痍だ。 傷を癒す光太郎と、ミストラル。お互いが同じ光を放つが、光太郎の周囲にいるのは異形の獣だけだった。 「光太郎さん、寂しくないの……? 大事な人が死んじゃうのも悲しいけど、あたしは、フュリエのみんなと一緒にいられないのもとっても悲しいよ?」 荒く息をつき、ファルティナの言葉に答えない光太郎。ふと、雷音の視線に気付く。まるで何かを見透かすような瞳だ。 「この薄衣かい? やはり、これもアーティファクトだとばれているんだね」 「……全てが見えるわけじゃないけど。皆、気をつけて。衣を裂いた時に何か能力がありそうだ」 雷音の言葉に皆が頷く。光太郎は、実にやりにくそうに苦笑した。 ●誰が為に どしゃ! 血で濡れた路面に、甲羅の獣が倒れる。悠月の雷を受けた獣は、もう動く事はなかった。 「……観念なさい。もう手駒も一体だけです」 静かに、優しげに言う悠月。返答は想像できたが、告げずにはいられなかった。 「優しい方だね。すまない」 立っているのは、光太郎と爪の獣だけだ。だがリベリスタ達もやはり、大小さまざまな傷を負っている。癒し手としてフュリエの二人が奮闘しているが、手が足りないのだろう。 だが手駒が減った今、光太郎への接近は難しい事ではない。ラシャとノエルが既に光太郎に近づき、その手の武器を振るう。 「くっ!」 ラシャの剣が、背広の上から羽織っていた光太郎の薄い外套を僅かに切り裂く。 「手応えあり、だ」 キッとラシャを睨み、そのまま光太郎は己の外套を切り裂く。千切れ飛ぶ、淡く薄い外套。 次の瞬間、一同の前には爪の獣が一体いるだけだった。光太郎の姿はない。 「これが先ほど少しだけ見えた、薄衣の力……?」 「き、消えたんですか?」 雷音と、傍らで彼女を護衛していたヘクスが声を上げる。他の仲間もまた、きょろきょろと辺りを見渡した。 しかし爪の獣は当然攻撃の手を緩めはしない。その鋭い爪を受け止めるラシャ。 「今はお前に構っている暇はないんだ、大人しくしてて」 爪を受け止めたまま剣を振るい弾き飛ばす。 「光太郎さんは何処に……!」 獣を睨んだままちらりと視線を巡らせる。だが突然背後から、強い衝撃が走った。鋭く身を焼く痛みに、ラシャは声にならない悲鳴を上げた。深紅の飛沫が舞う。 「ラシャさん!!」 そこには消えたはずの光太郎が、剣を携え立っていた。剣を濡らす、真新しい血。 「……申し訳ない。あの衣は、使用者である僕の姿を皆の意識から消す力があったんだ。一回限りの、隠し玉だったんだけどね」 恐らく、逃走用の手段だったのだろう。宙を舞っていた薄衣は、そのまま空気に溶けた。 「僕は妻の元へ帰らなければならない。何があっても。 こうなってしまっては、君達を全員倒してでも、通らせてもらうよ」 鬼気迫る顔で、光太郎は剣を構えなおした。 「く……! 今倒れては困るんだっ!」 ラシャもまた、剣を光太郎に向ける。自分を律し、自分の信ずる道を歩む。大切な姉に恥じないように。その為には、こんなところで倒れるわけにはいかないのだろう。 光太郎の決意は固かったが、爪の獣もファルティナと魅零の攻撃に散ってしまう。 正真正銘、一人になってしまう光太郎。しかし、その瞳は揺らぐ事がない。 傷だらけの身体だったが、背広のポケットから赤黒い結晶を取り出し、飲み込む。途端に彼に刻まれていた数多の傷は消え、顔にも覇気が戻った。 「……雪、すまないね。 さぁ、ここを切り抜けさせてもらおう」 「君を止めてみせるよ。それがボク達の役目だから」 悠月の雷が打ち、ラシャの剣が閃く。魅零の操る闇が食み、ファルティナの光弾が穿つ。 先ほど癒えた身体も、すぐにまた傷だらけとなった。それでもまだ立っている光太郎。 『こ、光太郎様! お逃げください、あたくしもお供します!』 慌てふためき、杯が光太郎の手の中で暴れたとき。 「……ふっ!」 小さな気合と共にノエルの槍が光太郎の手を、手の中の杯を狙う。 「!!」 なんとか身を捻り、その一撃をかわすがしかし 「……ソレが与える恩恵が仮初で、彼女の癌の苦しみを永らえさせるのには気づいているのだろう」 雷音の、静かな、悲しみを帯びた呟き。 刹那、杯が真っ二つに割れた。彼女の齎した、杯への不吉な影が、それを成したのだ。 『ひぃぃぃぃ!! こ、このボンクラ! しっかり守れってんだよ、ウスノロ!!』 これまでの淑やかな話し方は消え去り、口汚く光太郎を罵る杯。その二つの破片を、魅零が拾い上げる。 「ほォら、魅零の言った通り。ブッ壊してあげるよ!」 『ひっ! やめ……!!』 魅零の柔らかな手が、杯を握る。曲がり、ひしゃげた杯が甘言を繰ることは、もうない。 「あ……あぁ……!」 その光景に、呆然と膝をつく光太郎。妻を救う手立ては、妻を生き永らえさせる手立ては、もう……! 「遅かれ早かれ、こうなることはお主にも判っていたはずじゃ。お主の願いだけで生きている……生きさせられている奥方にやるべきことは、お主がこんな道を歩む事ではないはずじゃろう」 「ミストラルの言う通りだよ。あたしもね、永遠なんて無かった、別れはいつか来るものだって学んだ。だから、一緒にいるときに後悔しないように頑張るんだよ」 二人の声に、光太郎が身体を震わせる。地面が、流れ落ちる涙で濡れた。 妻は助からない。しかしそれは、決して集まったリベリスタ達のせいではない。妻は元々助からなかったのだ。 妻を永らえさせたのは、彼のエゴだ。その為に妻がどれほど苦しんだか。その為に散らされた命は、妻の命とどれほどの差があったのか。 「……ヘクスは、もういいと思うんですけどね。もう、戦う理由もありませんし」 「そうだね……。光太郎さんも、気付いてくれたみたいだ」 雷音の言葉の通り、顔を上げた光太郎の瞳には、僅かながら光が戻っているように見えた。 しかし、無辜の民を傷つけ、屠ったという事実は消えはしない。それでも、悠月は光太郎に声をかけた。 「鳴鍔さんは……奥様の許に帰ってあげなさい。彼女の最期を看取る事が夫としての義務であり、してあげられる最後の事であり……しでかした事への最大の罰、です」 それは優しさや同情からくる言葉ではなかった。厳しく、辛らつな言葉。 「光太郎さんが死んだら困る人もいるだろうし。やり方はまずかったけど、姉に何かあったらと思うと私も判らなくもないし、さ」 「残り僅かなのかもしれませんが、奥さんと時を過ごすことが、正真正銘の彼女を守る力だとヘクスは思いますよ。盾に正義も悪もないですから」 「……しかし、僕は……自分の都合で人を……」 「いずれにせよ、選択の結果は受け止めるしかないでしょう。 それが己の信じた選択ならば、結果はともあれ行いを悔いるべきではないと思いますがね」 自らの信じる正義の元で生きるノエルの、厳しい一言。呆然としていた光太郎だったが、その一言で自らを取り戻す。 「……申し訳ない。過ちを止めてもらったばかりでなく、時間まで貰って。 妻を看取ったら、必ずアークへ戻るよ」 「ま、本来ならバサッと殺すとこだけど。光太郎さんの想い人のために生かしてあげる」 きしし、と笑い、魅零が光太郎の肩を叩いた。 頭を下げ、光太郎は去った。 杯を盗み、逃走したという罪は消えない。残り僅かだという妻の寿命も永らえる事はない。己の都合で殺した命も帰ってはこない。 過酷な事実だ。しかし、残り僅かとはいえ妻と時を過ごすことを許されたのだ。 「……光太郎さん、大丈夫かな」 「大丈夫じゃろう。 最期をしっかり看取らせてやりたいしの。純粋なまでに愛しておる人間なのじゃから。 辛くても悲しくても、傍にあやつがおらぬまま逝ってしまったら彼女の方が永遠に寂しいままになってしまうのじゃ。 これもアークの仕事の一つ、と思っておくとしようかの」 ファルティナの言葉に、力強くミストラルが答える。 その横で、雷音が父にメールを送っていた。 『……悲しい事が多い事件でしたが、それでも世界が優しいといいと思います』 送信ボタンを押してから、雷音は思った。 誰しもが笑って過ごせる、優しい世界。その為に、もう少しだけ頑張ろう、と。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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