● 「おい響希」 「響希ちゃん。……何?」 「狩生さんも暇だったら聞いて下さい。手伝って欲しい事があるんで」 「ええ、構いませんよ。どうぞ」 「えっ何あたしにもそれくらい丁寧な対応しなさいよ」 「…………ちょっとイベントがやりたいんですけど、案が無くて。子供が喜びそうなもので何か」 「子供、ですか……」 「……マジあんた後で覚えておきなさいよね。安直でよければ一つ、案があるけど」 「悪いなもう忘れたわ。で、何?」 「3歩歩かない内に忘れるなんて鶏以下ね? ……まぁ、子供が好きなもの、って事で。あたしの知り合いにね――」 ● 「お疲れ様です。……もしお暇な方がいらっしゃいましたら、お付き合い頂きたいイベントがあるのですが」 少しお時間宜しいでしょうか、と。はブリーフィングルームに集うリベリスタを見回し問いかけた。 ぱらぱらと集まる顔ぶれに僅かに表情を緩めて。甘いものはお好きですか、と続いた問い。 「以前面識のある方もいるかもしれませんね。佐倉さん、と言うパティシエさん……響希君の知人だそうですが、彼がまた、皆さんに会いたいそうです。 今度は試作品では無く、皆さんに食べて貰う為のものを用意したいそうで。本来ならばそれのお誘いだけなのですが……」 今回はもう一つ、お願いしたい事があるのだと青年は告げる。 「向坂君と、そのご友人、神崎君が立て直している孤児院があります。革醒者の子供達を集めた場所なんだそうですが……この時期はどうしても、入園入学進級と環境の変化が大きい。 子供達も如何も、不安がって元気が無いようで。……そんな彼らを喜ばせたい、という向坂君の希望で、今回のイベントはその孤児院で行いたいのです。 ……勿論自由に楽しんでくださって構いませんし、子供達と遊んでくださるならそれも非常に嬉しく思います。アークについても、リベリスタについても彼らは幼いながらに理解があります。 憧れて居る子供も居るようですから、君達の来訪は子供達にとってとても喜ばしいものになるだろう、と私は考えて居ます」 如何ですか、と問う青年の横。資料を揃えていた響希はあたしも行くわ、と告げながら、僅かに声を潜めてあのね、と言葉を続ける。 「実は、あいつ……伊月、誕生日だったのよ。教えてくれなくて知らなかったんだけどね。子供達と神崎サンにも伝えてはあるんで、まぁ気が向いたら祝いの言葉でもかけてあげて。喜ぶだろうし。 で、ええと。一応当日出来る事はこっちに纏めてあるんで。まぁもし良かったら、羽根休めついでに一緒に遊びましょ」 それじゃああとで、と予見者は手をひらつかせた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月04日(土)22:37 |
||
|
||||
|
||||
| ||||
|
● サンルームは楽しげな子供の笑い声に満ちていた。肩には子供、背中には子供。ついでにもう一人抱き上げてみたりして。頬ずりとかもしちゃって。とにかく全身で子供と戯れる竜一の周りはまさに笑い声が絶えなかった。 アークのお兄ちゃん的存在筆頭と言う自称に相応しい面倒見の良さは、まさに頼れるお兄ちゃん。もっと遊んで、と伸びる手に笑ってやって、今度は2人一緒に抱え上げた。 いざとなれば、自分がいる。それは些細な事の様で、けれど子供達にとってはとても大きな支えになるかもしれない事だった。無邪気な笑みが曇らないように。伸びる手は何処までも優しい。 「ほら、次は誰だ! お兄ちゃん頑張っちゃうぞー!」 新環境云々だなんて話は、もっと大きくなってからで良い事だ。幼い子供が得るべきは、安心感と愛情。与えられる限りの其れを惜しみなく与えた後、爽やかな笑顔と共に伊月へと渡されたプレゼント(シマパン)がどうなったのかは因みにまだ不明である。 男の子達とたっぷり遊んでから。リーツェは子供を見守る剣人の隣へと歩み寄った。軽い会釈と自己紹介。男の子は武器が好きだ、何て笑い合ってから、その視線を合わせなおした。 「フリーの時は戦闘にしか目が行きませんでしたがこんな戦い方もあるのですね」 誰かの為に、なんて。素敵な事だと思った。素直に告げれば、剣人は緩やかに首を振って。奪ったものの方が多いだろうと、その唇が小さく囁く。悔恨は、きっと誰もが持っているのだろう。護ったり、護れなかったり。そんな経験を続けたリーツェも、その痛みを知っている。 「でも、だからまだまだこれから経験を積んでいきますよ」 「そうだな、……自分を大事に、頑張ればいい。応援している」 宜しく頼む、と言う声に頷いて。また来てもいいか、と尋ねれば薄い笑みと了承の声。寄って来た子供の頭を撫でながら、もう少しだけ話に花を咲かせた。 お菓子作りにも惹かれるけれど、今回は羽根休めにサンルーム。そんな瑞樹の誘いに乗った優希は、並んで長椅子に腰かける少女を見遣って僅かに目を細めた。春の日差しは麗らかで、彼女には、暖かな光が良く似合う。 「縁側もいいけれど、こういう場所も素敵だね」 「ああ、サンルームに来ると、太陽の恩恵を改めて感じるものだな」 戦場と言う闇に浸かり続けている気分だけれど。日の光は其れでも優しくて。そんな彼にサンルームも作ろうか、何て笑った瑞樹は、硝子と、緑のカーテンの向こうから零れる光を見上げて目を細めた。 柔らかな陽の光と隣にある体温が、なんだか心地良くて。あったかいね、と自然に囁いた。音は遠くて、空気は穏やかで。暖かさと安心が誘うのは、優しい眠気。 「ねぇ、優希さん。少し、肩を貸して貰ってもいいかな?」 「ん?……ああ、勿論構わんぞ」 二つの声が孕む音は、同じ緊張。そうっと乗せられた頭の軽さに驚く優希の体温は優しくて。この人の前でなら、少しだけ気を抜ける気がした。緩々と、眠りに落ちる面差しを見詰めて。優希が覚えたのは感嘆にも似た感情だった。 こんなに小さな体躯で熾烈な戦場を渡り歩く姿は凛としていて。けれど日常を愛す姿はどこにでも居る少女そのもので。その身が秘める強さは、きっと何処までもしなやかなものなのだろう。 緩やかに、目を伏せた。隣の体温は頼もしくも、愛らしいもので。そんな彼女と一緒に、麗らかな春日に身を委ねるのは悪くない。ふわり、と落ちかかる緑の影の向こうで、優しいきらめきは揺れていた。 季節のフルーツたっぷりの誕生日ケーキにお菓子。パティシエが教えてくれた鳥や兎の飴細工も添えて。盛大な誕生日兼お茶会をやりたい、と亘が告げれば、子供達が半ば引きずるように伊月と剣人を連れて来てくれた。 「遅れてしまいましたが……誕生日おめでとうございます向坂さん!」 「……どーも、別に、一つ年取っただけだけどな」 周りの面々にも感謝を告げて。丁寧に皿を並べた。自分が作った分と、パティシエの作った分。とにかくたくさん用意したから食べて欲しい、と告げれば嬉しそうにフォークを取る手。美味しい、と頬張る姿には表情が緩んだ。 皆で楽しく話して、お腹いっぱい美味しいものを食べて。不安も全て吹き飛ばすくらいの、笑顔あふれる一日を過ごして欲しい。そんな亘の願いは、ばっちり叶ったのかもしれなかった。 苺とラズベリーたっぷりのタルトに、生クリームとシロップたっぷりのパンケーキ。少し前から食べたくて仕方なかったそれを目の前にして、ひよりは嬉しそうに表情を緩めた。 実は他にも興味津々。おいしいと言うのだからもっといろいろ食べたいと思っていたら、一緒に食べに来た雪佳は違うものを食べているのだ。緩々と、首を傾げた。 「よければ食べさせあいっこしましょうなの」 「そ、それは流石に……恥ずかしくないか? だが、拒否する物でもないから……」 実は言い間違い、なんてもう言えない。可愛らしい反応が面白かったけれど、返ったのはまさかの了承。どうして、なんて想いを悟られないように、緑のカーテンに隠れてそっと、クリームをたっぷり乗せたパンケーキをあーん。 「あーん、おいしい?」 「……ああ……その、とても美味しい」 躊躇いは恥ずかしさ故。けれど、ぱくりと食べれば口いっぱいに広がる甘さにふわっと表情が緩んだ。飲み込んで、次はこっちの番。そっと、切り分けたタルトをフォークで刺して。 「さ、さあ。次はひよりの番だぞ……ど、どうだ。美味しいか?」 「お、おいしいの」 雪佳が震える手を必死に隠すのと同じ様に。覚えた恥ずかしさごと、飲み込んだタルトの味はひよりには良く分からなくて。其れでも消えない恥ずかしさを誤魔化す様に、切り分けたパンケーキをもう一口差し出す。甘いのは、ケーキだけでは無い様な気がした。 ● 「教えて貰ったパウンドケーキ、活用してるぜ。サンキューな」 「それは良かった。今日もどうですか」 去年も此処で菓子を覚えた。そんなプレインフェザーに差し出されたボウルの中で前より慣れた手つきで作られた生地はオーブンでふっくらと焼き上げられる。手のひらサイズの其れに、柔らかな色合いのアイシングをかけて。 煌めくアラザンを零したら、添えるのは色鮮やかな砂糖の髑髏。少し派手かもしれない、と首を捻って、けれど子供にあげるものならとそっと手を離した。 「リベリスタに憧れる子供 か……」 小さく呟く。少し前までは自分も似たようなものだったのだろうか。いざなって見れば自分の思い描くかっこいい姿と自分は遠くて。悔しい思いも沢山していた。けれど、だからこそ。この手を伸ばそうと思うのだ。 いつか、自信をもってこの子供達に憧れて貰えるリベリスタになる為に。抱いた憧れの形は変わったけれど。未だ、それは終わりを見せなかった。 「どんどん作るぞ雪待、妾は腹が減っておる!」 「はい、楽しく作りましょうね」 二人並んで、丁寧に伸ばしたクッキー生地の前に立つシェリーと辜月はそれぞれ異なる面持ちでクッキー型を握っていた。彼女が満足するほどは出来ないかもしれないけれど、丁寧に型を抜いて行く彼の横で、興味を示したらしいシェリーもそうっとその型を押し当てる。 複雑な形も綺麗に仕上げていく辜月に対して、自分のはどうしても思うようにはいかない。もう一回、やっぱりもう一回。繰り返してけれど上手くいかず、遂にその型を放り出す。 「……つまらぬぞ!」 「ぇと、張り切って複雑な形にしなくても大丈夫ですから……」 焼くと形は変わってしまう。そう言いながらオーブンに入れて、少し待って。出来上がったクッキーにはアイシングでデコレーション。途端にやる気を取り戻したシェリーの指先がささっと何かを仕上げて。 「ほれ、見てみろ雪待、おぬしそっくりじゃ」 一発で仕上げた、可愛らしい辜月の顔。それを見ながら、何とか上手く行ったシェリーの絵のクッキーを見せれば嬉しそうに表情が緩んで。そっと、端に寄せておいたそれの代わりに、可愛らしくデコレーションされたクッキーを一枚彼の口へ。 二人で仕上げたクッキーは、他の何より甘かった。子供達を笑顔にしたい、ならば一緒にお菓子を作ったり食べたりしよう。そんなロアンの提案で集められた子供達と共にやってきた響希は、何するの、と緩やかに首を傾けた。 「響希さんも一緒にどう? 勿論食べるだけでも」 レシピは子供や初心者でも大丈夫な、プリンパフェにブラウニーとクッキー。それなら出来るだろう、と輪に入った響希も一緒に。まずはプリンから。よく混ぜて、気泡を潰して。蒸している間に泡立てるクリームはとにかく根気良く。 カラメルソースも作って、出来立てのプリンを少し冷まして可愛く盛り付け。フルーツの色鮮やかさが食欲をそそるそれの横には、好きな型で抜いたクッキーと、おいしそうなブラウニー。 「可愛く出来たかな? 沢山作ったよ、お腹空いた子もおいで」 嬉しそうに自分の作った物を見せて来る子供の頭を撫でて。たっぷり作ったそれを机に並べた。自分で作って、出来立てを食べる。これ以上に美味しいものはきっと何処にもないのだ。 「面倒見良いのね、ちょっと勉強になったわ」 「それは良かった。……楽しんで貰えてたら嬉しいな」 小さなささやきの答えは、沢山の笑顔が物語っているようだった。 新しい環境に対する不安。それは、きっと今此処では枯花が一番良く分かる自信があった。初対面の相手とは上手くしゃべれないし息は出来ないし動悸はすごいし。けれど、今日は少しだけ頑張ったのだ。 この間、友達になった乱を、誘ったのだ。了承も貰った。自分はやればできる子だったのだ。だから、きっと子供達の不安も取り除ける。そんな決意を固める彼女の前で、乱が取り出したのは自作のクッキー型。 「烏揚羽を模したクッキー型だ。美しいだろう。……オリジナルも作れるぞ」 アルミ板に接着剤、カッターマット。準備はばっちり。工作が得意なら一緒に作るし、苦手なら絵を書けば自分が作る。そんな提案に嬉しそうな子供達と同じくらい、興味津々の枯花は慌てて視線を逸らして子供達の背を押す。 「私は私で子供達とクッキーを作るわね」 丁寧に生地を練ってはちらり。広げてはちらり。気になって仕方ないのだろう、乱に視線を投げる回数は減るどころか増えてばかりで。気付けば、微かに感じる焦げ臭さ。 「……これはココアクッキーか?」 「あ!やだ焦げてるっ。う、うるさいわねこのてふてふフェチ!」 本当は乱とも親睦を深めたかったのに、なんでそんなにマイペースなのか。不服と言わんばかりに視線を逸らした彼女の前で、次々と。焦げたクッキーが消えていく。勿論それはみんな乱の口の中。 「それ失敗だから! 持って帰るから! な、なして全部食べるんちゃ……もう」 「何故って友人の作品だろう。……食べたかったのか?」 きょとん、と此方を見る目に首を振る。やっぱり、相手はとってもマイペースらしかった。 ● 晴天、風は程良く、絶好のスポーツ日和。広い孤児院の庭には子供達と、快、そしてツァインが立っていた。 「サッカーでもドッチボールでも缶蹴りでもおままごとでも、お兄さん何でもやっちゃうよ!」 リベリスタごっこなんかもやろう。強引に連れて来た伊月と自分がフィクサード、そして剣人がリベリスタ。そんな言葉に楽しそうな笑い声を立てる子供達の前に、差し出されたのはサッカーボール。 世界に愛されてしまっては、満足にスポーツだって教えては貰えないだろうから、と提案すれば、途端に群がる子供達。広い庭に散らばって、白黒のそれが転がり始める。ゴールキーパーは勿論快。ばちん、と叩き合わせた両手を広げて見せた。 「さあ、アークの守護神が文字通りゴールキーパーだ! ばんばんシュート撃って来い!」 転がるボールと笑い声。それに混じりながら、ツァインは感心した様に孤児院を見渡した。フィクサードがリベリスタとなり孤児院を立て直す。もしかしたら自分よりずっと、誰かを救っているのだろうか。そんな考えを巡らせて、その在り様を変えたのであろう仲間を想う。 輪から外れそうな子供の手を取って。身体を温めたら、次はこれだと取り出されるラグビーボール。野球やサッカーに比べればマイナーだけれど、やってみれば面白いから、と快が告げれば興味津々の子供達がおずおずとルールを尋ねて。習うより慣れろ、と始まるゲーム。 楕円形のボールは想像しない方向に跳ねて転がって。抱えられたならフェイントとステップで相手を翻弄し、そのまま泥臭くゴールラインへ飛び込む。手本を見せてやれば子供達は嬉々として真似をして。強くなりたい、と呟く子供の頭を撫でたツァインは少しだけ、困った様に笑った。 本当は。生きていくだけでいいのなら、戦う力なんていらないのだ。自分も物語の英雄に憧れてリベリスタをやっているのだから、偉そうな事は言えないけれど。此方を見上げる大きな瞳に笑ってやって、室内を示した。 「おー、おやつできたってよー! 食べに行くぞ~! あ、コラあんま慌てんな転ぶぞ、ちゃんと手洗ってからな~!」 ぞろぞろと続く子供達。それを見送りながら、モヨタとナユタはまた違う子供達と一緒に楽しげにお菓子を囲んでいた。マカロンに、モンブラン。マロングラッセ。栗が好きだと笑うナユタに子供達がこれもあれもと差し出すのを眺めて。 「傷だらけになっても、オイラは諦めず立ち向かったぜ。そして最後の一撃、デッドオアアライブで一刀両断!」 ちょっと尾鰭がついている気がするけれど。楽しげに武勇伝を語るモヨタに集まる賞賛の眼差し。そんな彼を見遣るナユタもまた、子供達の様にあこがれと、決意を固めていた。まだまだ新米だけれど何時かはきっと、格好良く戦えるようになって見せる。きっと夢のお告げもそう言っていた筈だから。 よく覚えていないそれに思いを馳せるナユタを気遣う様に、モヨタの視線は彼に流れる。彼も、子供達も、まだ知らないけれど。リベリスタとは恰好良いだけの存在ではないのだ。むごく悲しい結末を見て。救えず零す物も多くて。それをすべて、受け止め呑み込む覚悟が必要だった。 自分にも、それは足りていないけれど、僅かに、視線を下げる。本当なら弟には普通に生きて欲しかったけれど。どうしても戦うと聞かなかった彼にも、覚悟はあるのだろうから。 「あのねー兄ちゃんはちゅーにびょうになったり、ゴキまみれになったり、0点のテスト街中に晒されたりもしたんだよ。ぷぷっ、おマヌケだよねー!」 不意に、楽しげにナユタが紡ぐ兄の失敗談。報告書はチェック済みなのだ。くすくすと楽しそうに笑う少年を慌てて捕まえようにも後の祭り。ふわりと飛び上がった弟を追い掛け回す兄に、子供達も楽しげに笑った。 青年二人を前にして。自己紹介を終えた霧音は小さく、話したい事があるのだと、二人を見上げた。 「あの時は話さなかったけれど、私にはある少女の記憶がある。……覚えてるかしら。絢堂霧香の事」 ぴくり、と揺れる肩。思う所があるのだろう、続きを、と小さく告げた声に従って、霧音はそっと胸に手を当てる。きっと、彼女は喜んでいるのだ。この二人の姿を見れた事で。 あの日の言葉は届いていた。助ける事が出来た。勿論、他の人の言葉もあったのだけれど。願いは、想いは確かにつながったのだ。緩やかに、伏せ気味だった視線を上げた。 「彼女の代わりに……と言うのもなんだけど改めて、聞かせて貰えない?」 あの時の、誘いの答え。僅かに、沈黙が落ちる。重い話をしてごめんなさい、と告げた彼女に首を振ったのは、伊月だった。 「俺は、……ああ言う真っ直ぐな奴が嫌いだ。諦めが悪くて、自分を捨ててでも他を望む奴が。でも、……感謝はしてる」 もう一度があったなら。その願いは今確かに叶えられたのだ。此処で共に戦おうと、剣人の声が告げる。それに、少しだけ笑って。誕生日おめでとう、と霧音は告げた、来年は必ずきちんと祝うと告げれば生きてたらな、と言う低い笑い声。 剣人は、と問えば、もう少し先だと柔らかな声が返る。少しだけ、蟠った感情が溶けた気がした。 誕生日だった、なんて大事な事を教えてくれなかった。それは随分酷い事だとルナは思っていた。偶然聞いたから良い様なものを、何て思いながら。折角だからとケーキの用意を整えたルナが小さな声で響希を呼べば、不思議そうに傾げられる首。 「響希ちゃん、伊月ちゃんを呼んできてもらってもいいかな? ねっ、お願い」 任せて、と消えた彼女はものの数分で銀色を捕まえて戻ってくる。いきなりなんだと不機嫌そうな彼の目の前で。そっと、オルガンに乗せられたルナの指が奏でる誕生日の歌。 誕生日を祝う優しい歌声が、幾つも聞こえるのだ。練習してきた音色は軽やかで優しくて。面食らった彼の目の前。演奏を終えたルナは笑顔で、取り分けたケーキを差し出す。 「お誕生日おめでとう! ふふー、伊月ちゃん吃驚した?」 「あ、ああ、……その、どうも。普通に、驚いた」 お手伝い有難う、と子供達にケーキを勧める姿を眺めて、ほんの少しだけ表情を緩めた伊月がケーキの皿を受け取る。悪くない日だ、と小さく呟いた声はルナにだけ聞こえていた。 ● Happy birthdayのカードと一緒に、ふんわり包んださくほろクッキー。そうっと子供の話を聞く伊月の後ろに寄った那雪の指先が、やはり細心の注意を払ってそれを彼のポケットへと滑り込ませる。 怪訝そうに振り向く瞳。気付かれたか、と首を傾げれば、何か用かと短く返る声。何でも無いわ、と首を振って、誤魔化す様に近くの少女達の輪に入った。可愛らしい恋の話に耳を傾けて、クッキーを広げる。 「うーん、お姉ちゃんみたいにお菓子作りで頑張ればいーかなあ?」 如何したら好きな人の気を引けるのか。そんな可愛らしい相談に目を細めながら、ふと。視界の端を掠めた長身に目が留まる。何故だか、あの姿を見ると安心した。少しだけ表情を緩めて、近くの子供の耳に唇を寄せる。 「あそこのお兄さんにも、クッキー分けてあげたいから……どーんてして、つれてきて、くれる?」 内緒のお願いの返事は勿論了承。駆け出した子供が何人か、勢い良く狩生に纏わりつくのが見えた。微笑ましげに表情を緩めた彼に手招きして、お茶会は仕切り直し。那雪のクッキーがあっと言う間に無くなったのは言うまでも無い事である。 「この季節だと美味しいのはいちごのお菓子ね」 バイクに乗って格好良くぴゅーっ。このバイクに乗る為に、フツがくれたヘルメットをそっと外して、あひるは集まってきた子供達に手を振った。 「ウヒヒ、いいだろ。彼女と一緒に乗るんだぜ! 「うひひ! あ、でもでも、バイクに乗るの危ないから……こういうヘルメット被るのよ?」 フツが自慢げにバイクを見せてやれば、あひるがそっと、興味ありげな子供の手を取って膝の上へと掬い上げる。一緒に跨って、こういうのを運転してみたいね、何て笑い合って。バイクを降りたら、今度は皆で遊べる自転車。 一輪車もあるね、と楽しげに子供達と遊ぶあひるを視界の端に収めながら。フツの手は丁寧に、孤児院所有の自転車や三輪車の調整を行っていた。 「ン、これハンドルが緩んでんな。ちょっち貸してみろ」 工具セットはばっちり。丁寧に、くるくるとねじを回した。昔の状態を辿りながら、丁寧に丁寧に。自分でも出来る範囲の修理を施すフツの周りには子供達が集まっていて。す、と彼が差し出した手に即座に重なるタオル越しの手。 真っ黒に汚れた、自分より大きな手。日曜大工のお父さんのようで、そんな姿も本当に愛おしくて。嬉しそうに笑ったあひるの手が、丁寧に黒い汚れを拭っていく。 「一段落したら、皆でおやつ食べに行きましょっ!」 美味しそうなのが沢山あったから。子供の手を確り握って、楽しげに室内へと向かう足取りは軽かった。子供は人類の宝と言うけれど、やはり放って置けない存在だと琥珀は思う。笑顔ならやはり和むし、悲しい顔は見たくない。 こんな形なら、自分も力になれるだろうか。そんな思いでやってきた彼の事も子供達は容赦なく囲み、遊ぼう遊ぼうとその手を引く。 「遊ばれる側でも構わねーぜ、かかってこーい!」 笑い声と共に遊具を飛び回って鬼ごっこをして。捕まえた子供は抱え上げてくるくる回った。楽しげな笑い声と、子供の顔。そんな視界の端に、微笑ましげに此方を眺める姿を見つけて琥珀はそのまま駆け寄る。 「向坂氏や神崎氏も、初めまして! 新参リベリスタの浅葱です、宜しくお願いします」 礼儀正しいあいさつにも、それぞれの挨拶を返す青年二人の片方。伊月の表情の硬さに琥珀は首を傾ける。笑顔が苦手なのだろうか。もしそうであるならば。 「このお兄ちゃん、ツンデレっていうんだぜー?」 「なっ、……お前いい根性してるね、何、喧嘩なら買うけど?」 一気に動揺を露わにした表情に、子供達は嬉しそうに笑う。それに毒気を抜かれたのだろうか、脱力した様に屈んだ伊月は、ぎこちなく、子供へと笑みを向けてその頭を撫でた。そんな様子に琥珀の表情も緩む。 やっぱり、笑顔の方が子供だって嬉しいだろうから。そんな彼の優しさは、見事に上手く行ったようだった。 「この季節だと美味しいのはいちごのお菓子ね」 「そうですね、……此処は無難にアールグレイでしょうか。夜ならシャンパンも素敵ですが」 甘いものも、子供も好き。素敵な誘いだと笑ったエレオノーラとついた机にそっと紅茶のポットを乗せて。狩生はその表情を緩めた。甘酸っぱい苺タルトに、ひんやりパフェ。サクサクミルフィーユも良いし、プリンアラモードも悪くない。 迷う様な視線に、狩生は驚いた様に幾度か瞳を瞬かせて。全て食べれば良い、と不思議そうに首を傾けた。 「あんまり食べるとその、体重とか流石に気になるから選ばないと」 お洋服が着られなくなると困るもの。まさに少女と言うべき台詞に、思わず笑い声を漏らした狩生は己の皿にミルフィーユを取り分けて。鮮やかに色付いた紅茶を静かにカップへと注いだ。 「なら折角だ、分けましょう。私も実は決めかねて居まして」 お嫌じゃなければ、と告げられる言葉に少し笑った。まぁ少し食べ過ぎたって、子供達と遊べばきっとカロリーは消費されてしまう。問題は、あの永久機関について行けるかどうか、だ。若干不安げな声に、面白そうに笑う青年。 勿論狩生も一緒だと告げれば、余裕ぶった表情が僅かに固まったのは気のせいだろうか。頂きます、と告げて口に運んだ苺はやはり、爽やかに甘かった。 ● 一つしか歳の変わらぬ伊月へと、誕生日の祝辞を告げてから。狩生を誘って庭に出たよもぎは、シートを引いてそっと其処に腰を下ろした。並んで座る青年に良い雰囲気の庭だね、と告げて。よもぎが思うのは先日開いたばかりの店の事。 「こういう皆が寛いだり楽しめる場所を目指したいな。む……美味しい」 子供達を眺める目は優しい。店を始めたことは、とても新鮮で良い変化だった。頑張って下さいね、と微笑んだ狩生を見上げて、よもぎは小さく、前に、と囁いた。 「変化のない事に苦痛を覚える事があると言っていたね」 「ええ。……まあ、今となってはもう慣れてしまった事なのですが」 表情を変えぬままに紡がれる言葉。良くも悪くも揺らがぬその姿が、よもぎは好きだけれど。もしも、彼も変わっていくのだとしたら。それはとてもうれしい事だと思ったのだ。一人で変わるより、二人で変わっていく方が楽しいだろうから。 照れを誤魔化す様に咳払いをした姿に、少しだけ笑って。紅茶のカップに口を付けた狩生は僅かに、その視線を流す。 「変化は、ありました。私は友人を得た。仲間を得た。……きっと、君の様に先への希望で輝く様な変化はもう得られない」 だから、見ているだけで十分なのだ、と。囁く声はやはり平坦で。ソーサーに触れたカップが小さく音を立てた。こんにちは、とかかった声に振り向く銀色。焼きたてのマフィンを詰めた籠を抱えたヘンリエッタに、伊月の表情が僅かに柔らかさを帯びる。 「甘いのは平気? これ、あっちで作り方を教えて貰ったんだ。『ふれっしゅいちごいりのみるくまふぃん』と言うらしい」 自分にも出来たのだ、と告げる声は少しだけ明るい響きを帯びて居る様で。籠を覗いた伊月はへえ、と興味深げにその瞳を瞬かせる。甘く、けれど爽やかな苺の香り。春らしさを感じさせるそれに、感心した様に頷いた。 「暖かいうちに食べて貰いたいと思って、急いで持ってきたんだ。……この間のお礼」 「別に、感謝される事してないけどな。……お前器用なんだね、美味そう」 渡されたそれを素直に受け取る伊月に、ヘンリエッタが向けるのはとても素直な賞賛だった。自分には見えないものがきっと、その瞳には沢山見えているのだろうから。気恥ずかしげに逸らされた視線を追って、もう一つ。未だ暖かいマフィンをその手に乗せる。 「誕生日おめでとう。そうと知っていたら、何か用意したんだけど……慌てて用意するのもと思って、今回は即席」 来年を楽しみにしていて、と笑いながら、籠に詰めておいたマフィンを渡していく。その様子をひどく驚いた顔で見つめていた伊月は、我に返ったようにおい、とその背に声をかける。 「…………どーも。この歳じゃ誕生日なんて浮かれる様なもんじゃねぇと思ってたんだけど」 悪くないな、と。呟いた唇には僅かな笑みが乗っていた。 「こんにちわ。向坂さん――そして神崎さん」 「神崎は初めましてだな。……新城・拓真だ、宜しく」 挨拶と共に差し出される拓真の手を握り返して。続く様に自己紹介を述べた悠月に、嗚呼、と表情を緩めた剣人は、何時も世話になっているようで、と苦笑交じりに肩を竦めた。複雑そうな伊月は置いておいて。 拓真は実は、と少しだけ困った様に目を細める。 「この間向坂にフラれてしまってな。なら、神崎と手合せでも願いたいと思ったのだが──」 聞こえてくる子供の声に、それも失せてしまった。ひどく幸せそうなそれに笑みを浮かべて、何処までも真摯な瞳は二人を見詰める。頼みがあるのだと、その唇は零した。 「……二人とも、決して死なぬ事だ。子供達に好かれているのは良く分かった」 どれ程の窮地に立とうとも。生を諦めないで欲しい。追いかける背が失われる事は辛い事だから。その痛みを知るからこそ、拓真は真っ直ぐに言葉を投げて。其の儘子供達の中へと消えていく。 その背を、見送りながら。響希から聞いた、と前置いた悠月は、今更だけれど、と誕生日の祝辞を告げる。ぴくり、と跳ねる肩。銀色の瞳は彷徨って。 「何言ってんだあいつ、……まぁ、どーも」 「お前、祝って貰ったんだからもうちょっと素直になれないのか」 苦笑交じりの声。ある意味予想通りの反応に僅かに表情を緩めて、悠月は緩やかにその首を傾けた。 「――お2人は、もしかして此処の?」 質問は短く。けれどそれだけで通じたのだろう。その通りだと頷く彼らの視線の先、楽しげに過ごす子供達にとって彼らは『兄』なのだろう。彼らの戦い続ける理由を垣間見た気がして、悠月は緩々と、その瞳を瞬かせた。 「……無理はなさらぬよう。他ならぬ、あの子達を護る為に」 勿論だ、と。返った声は酷く優しい響きを持っていた。 ● 革醒は決して子供達に優しいものでは無かったのだろう。子供達と共にクッキーを作る為エプロンを付けた糾華は、その思考を巡らせる様に視線を下げた。きっと、色々な事があって。色々な事が、あるのだろう。 深く考えれば頭痛を呼ぶばかりのそれに、首を振る。そんな彼女の様子を眺めながら、氷璃は僅かに溜息を漏らした。親を失ったのか、捨てられたのか。そんな事はとても口には出来なかった。 他人ごとでは無かったのだと、ミリィもまた思う。今はこうして皆のお陰で笑える自分が、もし一つだけ言えるのなら。昔は昔で、今は今なのだ。それはきっと、糾華だって分かっている。そっと、隣に立つリンシードを見遣った。大丈夫。 自分は、今こうして幸せになれたのだから。表情を緩めて手を洗い始める彼女の傍ら、リンシードはそっと、少し前の自分を見ているようだとその瞳を瞬かせた。こんな子供達が居ないのが一番だけれど、今出来るのは彼らに幸せを与える事だけ。 きっと。幸せになれる筈なのだ。自分が、そして隣の存在が幸せになれた様に。だからどうか、子供達が世の中に絶望しないように。祈る様な気持ちを込める少女に、寄ってくる小さな子供。 「皆で仲良く頑張って美味しいクッキーを作りましょう!」 はーい、と楽しそうな声。その中に混じったフランシスカは、目の前に並ぶ調理器具に何とも言えない顔で首を傾けた。お菓子作り。お菓子。実は、こう見えて!! なんて展開は無いらしい。 「……全然作れないんだぜ! つ、作り方教えて……」 そんな声に、私も私もと伸びる子供の手。簡単なクッキーだ、と説明する糾華の声を聞きながら、どうしても輪に混じれない子供を見つけた氷璃の指先が、手近なくまのぬいぐるみを招き寄せる。愛らしいそれが、そっと子供に寄り添った。 「その子、貴方とお菓子を作りたいんですって」 一緒に行きましょう、と屈んで差し出す手に重なる小さな手。この手が持つのは、可能性だった。どんな色にも染まれる、まっさらな原石。そんな彼らはきっと大丈夫だろう、と旭は思うのだ。ここには、優しさが満ちていた。 こんなに楽しい事が出来る場所だから。愛されて、満たされて。きっとしあわせになれる。行き場の無い子供達がみんなこんな風に愛される場所尾あげられたら、と願いながら。旭は楽しそうに子供の手を取った。 本当は、あそこで動いている氷璃のぬいぐるみがものすごく気になるのだ。ぎゅっとした。でも。 「が、がまん。子供たちのための子たちだもん……!」 健気な彼女の前で、仕上げられる生地。どうも上手く行かず、辛うじて一枚に広げ切ったリンシードは珍しく難しい顔でその手元と見つめ合っていた。不器用な自覚はあるけれど、見よう見まねで同じ様に作った筈なのに。 この差は何なのか。いったいどうして上手く行かないのだろう、と首を捻りたくなるのはフランシスカも同じだ。 「ははは、お姉ちゃんもみんなと同じだー」 どうせどんくさいですよー、なんて。少し拗ねた声に笑って、一人になっていた子供の手を引いて来た旭が取り出したのはねこの型。フランさんも一緒に、と言う声に頷いて、丁寧に型を抜いた。 「あ、アルパカもあるのよ?」 「あ、アルパカ……その、後で一つ欲しいかもです」 パカーと鳴き声が聞こえそうな型を見遣って。型抜きをしたがる子供を抱え上げたミリィは、そっと、一緒に手を添えて兎のクッキーを作る。綺麗に剥がれたそれに表情を緩めて。下ろしてあげた子供の頭を優しく撫でる。 型を抜けば、後は焼くだけだ。良い香りが漂うオーブンを覗いて、小さく響いたタイマーの音。熱々をクーラーに広げて、お茶の用意を整えた。少しだけ不格好なものもあるけれど、まずは手を合わせて頂きます。 「なんか、形が不器用で……なんだか味も……」 思わず漏れる小さな声。リンシード作のクッキーは何故だか少しばかり出来が良く無くて。自分で頑張って食べる、と取り分けようとしたお皿から、それを取ったのはミリィと旭。 「リンシードさん。その……今度は一緒に作りましょうか?」 「リンシードさんの、わたしも一緒に食べるよう」 皆で食べれば、どんなものだって素敵な想い出に変わる筈なのだ。そして、次の時はもっと上手に出来るようになる。そんな優しい日常に、フランシスカも表情を緩める。お菓子を作って食べる、だなんて。きっと本当に何気ない日常なのだけれど。 きっとこういうものが、大切なのだ。クッキーを一枚齧る。上出来なアルパカを口に運んだ糾華は、手近な子供の頭を撫でて優しく、表情を緩めた。 「お疲れ様。楽しかった?」 そんな問いには、幾つも返る肯定の声。誰も彼もが嬉しそうで、少しだけ安心した。この時間が少しでも明日の糧になれば良い。そう思うのは、氷璃も同じだ。孤独は、子供の心を蝕んでゆく。未来を翳らせていく。 先は何も見えなくて、誰にもわからなくて。けれど、もし、彼らが道を踏み外さないように出来るのだとしたら。それはきっと、想い出を作る事なのだ。護るべき日常を、知る事なのだ。 大人になった彼らが、どんな未来を歩くのか。その先に少しだけ思いを馳せながら、氷璃は静かに、カップに揺れる紅茶を飲み干した。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|