●恵みの雨がもたらした物 ざあざあと、雨が降る。 桜を落とし、藤を潤す雨が降る。 辺り一面に平等に、母なる自然の想いのままに。 雨は、静かに降り注いだ。 そこには枯れた大きな湖があった。 過去に公園として開拓され、しかし管理される事なく放棄された場所。 先日の雨はここにも等しく降り注ぎ、常ならば微かな水溜をそこかしこに生み出しほんの一時の慰みとなっているはずだった。 しかし、その日は違っていた。 大きな湖には澄みきった水が満ち満ちていて、荒れ野とは思えぬ景観を生み出している。 水が跳ねた。 とうの昔に姿を消えてしまったはずの命の営みの音がした。 水面にうっすらと色づいた魚影が移り込む。 それは澄んだ水の中に虚ろで、赤く輝く瞳を持っていた。 ●要請 「……エリューションエレメント。今回みたいな水や、火、風等がエリューション化した現象の総称」 自らが視た風景を伝えた後、真白イブはそう締めくくる。 アーク本部、ブリーフィングルームに集められたリベリスタ達に与えられたのは、新たな戦いの依頼だった。 「湖に出現したそれは雨の力を借りて湖を復活、そこに潜伏してる。じっと息を潜めているみたいだから、こちらから手を出すまでは相手も黙っていると思う」 エリューションは世界の異物であり、己の生存本能に従いその特性を変える。戦いを避け潜伏する事を好むのは、フェーズがまだ進行していない場合によく見られる兆候だった。 「場所も限定的で、すぐにどうこう何かが起こる様な所じゃないけれど、だからこそ何かが起こる前に対処しなければならない、でしょう?」 イヴの訴えかける様な視線が、リベリスタ達に向けられる。 エリューションはそのフェーズを進行させればさせるほど、力を増し、また世界に与える影響も強くなる。 それが最後に何を引き起こすのか、リベリスタ達に知らぬ者はいない。 「すぐにでも倒してきて、と言いたいのだけど……今回はちょっとだけ考えて欲しい事があるの」 何事か、とリベリスタ達が聞く姿勢を取ったのを確認し、イヴが改めて口を開く。 「このまま正直に貴方達が向かった場合、しばらくしてから戦場に雨が降る。それは間違いなく相手に利する出来事になるわ。力を増した敵はより強く皆を傷つけるだろうし、最悪、その場から逃走する恐れもある」 勿論そうなる前に倒してしまえるならそれでいいのだけれど、とイヴは言う。 「時間を遅らせて、雨が止むのを待ってから向かえば、敵は強化されているけれど、逃げる事はない。強化されて、手に負えなくなっているかもしれないけれどね」 つまり、どちらにしてもリスクがあるというのは確かな様だった。 「このまま向かったとして、雨が降るまでの時間はどうなるんだ?」 「そうね、大体――」 イヴが自分の視た物を辿り、その時間を伝えた。 「選択するのは、貴方達に任せるわ」 一筋縄ではいかない問題に、イヴはリベリスタ達の答えを待っていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:みちびきいなり | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月24日(水)23:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●湖を裂く 曇天の空の下、さらさらと水の流れる音がする。 清水の如く湧き出る湖から発せられるそれは、人の手の及ばなくなって久しい世界に涼やかな息吹を与えていた。 「湖の怪物め、隠れてないで出て来い!」 高らかに響く少女然とした声と共に、それら自然の美は引き裂かれる。 「ナイトが使う暗黒は闇とか光とか色々まざって強力!」 次いで叫ばれた凛とした声の後、響いたのは炸裂音。 湖面には数多の水柱が立ち、爆ぜた水の霧に混じって闇色の霞が泳いだ。 「きゃー♪」 降りかかる飛沫を開いた傘に浴びながら『◆』×『★』ヘーベル・バックハウス(BNE004424)は歓喜の声を上げた。 『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)の魔力弾と『白銀の鉄の塊』ティエ・アルギュロス(BNE004380)の暗黒。先陣を切った二撃とその撃ち様は、彼女達の戦装束と相まって幻想的に映える。 先程までの長閑な気配は一瞬の内に打ち消され、荒々しい力の奔流が世界を満たし始めていた。 「さあ、姿を晒してもらおうか?」 式符を構えた『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が、ダメ押しの一打を水底へと叩き込む。放たれた符は鴉の姿を取り、そこに隠れていた者の額に確かに打ち込まれた。 「KIYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」 それはおよそ声と呼べる音ではない、しかし確かな叫びを上げて彼女達の前に現れる。 枯れた湖を蘇らせた張本人。そしていつかそれを滅ぼすだろう、エリューションという名の世界の敵。 「対象を捕捉。お掃除を開始しましょう」 身の丈にあまりにも不釣り合いな重火器を構えた『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)がモノクル越しに言い放つ。 「雨乞いでもしてみます? その前に貴方の命運は尽きますが」 世界の敵に立ち向かう、世界の守護者、リベリスタがいる事を。 ●水を穿つ 水面に姿を現した怪異を待っていたのは、妖精達による氷結の舞いだった。 「お願い、ディアナ。力を貸して!」 「シシィ、赤い瞳を目印に!」 「キィ、カチンコチンに凍らせちゃえっ!」 三人のフュリエ達の声に従い、刹那に顕現し舞い踊るフィアキィ達。その力で集められた強大な冷気が、水のエリューション・エレメントである怪異を凍らせた。 「ヘーベルちゃん。お姉ちゃんの言う事聞いてあとちょ~っとだけ後ろに!」 ポニーテールを揺らしながら、『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)がうっかり情景に惹かれ湖に近づこうとしていたヘーベルに力強く笑いかける。 「バックアップはオレ達に任せて貰おう!」 「ヘンリエッタさんがユーヌさんなら、ボクはティエさんに!」 『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)と『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノインの二人は、即座に次の支援行動へと移る。 「うっかりうっかり。マイヒーローの邪魔はしちゃいけないからね」 ルナに言われて持ち位置に戻ったヘーベルが、自らの役目を果たすべく敵に狙いを向けた。 (ピンポイント……じゃダメだね。スペシャルで行こう!) 照準を定めようと彼女が敵を見据えた時、それを補助するように一発の弾丸が怪異に打ち込まれた。 「鉛玉の味はいかがですか? ああ、口ないんでしたっけ」 飄々としたモニカの言葉の直後、ヘーベルの放つ気糸が水を貫く音をさせた。 奇襲を受ける形となった水の怪異が、この時になってようやく事態を理解したらしい。 氷結していた湖面を易々と砕き、生み出した水の力で小規模の津波を引き起こす。 世の理を外れた水流は、自然を越えた力でリベリスタ達を飲み込み、容赦なく体力を奪っていく。 ただ一人、足場を蹴って攻撃を躱したユーヌが隙をつき影人をけしかけるも、僅かにその身を掠るだけに留まった。 初手を大きく奪われた敵は、それ故にここからしぶとく動き始める。 ●敵の名は『自然』 激しい攻撃を受けたそれは、己が生存本能に従い行動を開始する。 「強い恐怖を感じたよ」 湖面に潜る時の感情の変化を敏感に感じ取ったルナは、その旨を仲間達に伝えた。 彼女によれば、敵は怯えた気持ちのままに湖底へと沈んで行ったらしい。 その言葉を聞いてまず動いたのはティエだった。 「援護を頼む」 短くそれだけ言うと、愛剣を手に素早く湖へと駆け出す。 その間にユーヌの影人は湖中へと飛び込み、敵の明確な位置を探る囮となる。 そして、湖底の最も深い所で影人が爆ぜた。 「ティエ!」 「っ! ……Hai!」 その強い言葉とは裏腹に、弱気な彼女の内心はいか程の物だっただろう。しかし白銀の戦士は、間に合わせたエフェメラの支援を受けて迷わず水中へと飛び込んだ。 その様を見ながら、一人。モニカは己の失態に歯を強く噛みしめていた。 (時間が惜しいこの時にこれは、中々の痛手になりますか……!) モニカは敵とギリギリの距離を保って戦っていた。回復の手を煩わせず、かつ一方的に敵を狙える位置取りは、平素であれば盤石の手だったかもしれない。 だが敵が水中、それも深い所に潜ってしまった今、それは大きなデメリットを生んでしまっていた。 射線である。 如何なイーグルアイを持つ彼女であっても、視線の先に敵が居ないのでは意味がない。 今敵と己を繋ぐ直線を引いたならば、大地を貫く事を求められるだろう。 己が火力と敵の逃亡を見越しての配置だっただけに、この一手は悔やまれた。 「この位置からなら何とか狙えるか、シシィ!」 澄んだ水は敵を包んでも澱まないらしい。それこそが怪異か、敵の能力か。湖岸に立ったヘンリエッタの視界に、湖は透き通っていた。 結ばれた氷結の力と共に、支援攻撃を続行していた光の魔力弾が重ねられる。 だが敵は、水中を全力で逃げ回り、そのどれもの直撃を避けていた。 「……そうだ。待ってるんだ」 感情探査の後、攻撃の手を増やすべく彼女達に並んでいたルナは、敵の動きの真の意味を理解した。 「この子、雨が来るのが分かってるんだ!」 瞬間。湖中のティエを、湖岸のルナを、そして駆け込んできたモニカを巻き込んで、怒涛の水流が奔った。 「がんばって、マイヒーロー!」 ヘーベルの奏でる天使の歌が奪われた体力をすかさず癒し、紡がれる祝詞が彼女達の心を温める。 敵の真意が雨が降るその時を待つ事であるならば、反撃の手が緩もうとその地の利を捨てる事はないだろう。 射線を防ぐ大地。深さを持った湖。そしてそこに満ち満ちた清き水。 そのどれもが、敵対する怪異の味方をしている事実が、リベリスタ達に突き付けられる。 感情探査の効果が切れるその瞬間にルナが感じた感情。それは期待だった。 湖岸に立つ彼女達の耳に、そう遠くない空が鳴る音がした。 ●恵雨の怪 水中に潜ったティエは、閉じたくなる瞳を無理やりに開いて敵を見た。正しく怪異は彼女を狙って突き進んで来ていた。 生存本能に従って動く相手にとって、ティエは棲家に踏み込んだ外敵である。 大きく、模した元である魚に倣うのなら口と呼ばれる器官から、強い波が起こったのを理解する。 (ガードを固めたナイトに隙はにぃ!) とっさに身構え、その攻撃を受け止める。痛みと共に体が吹き飛びそうになるのを必死で堪えた。 彼女の信じる騎士道は、この程度でへこたれる事を許さない。 仲間達の援護が次々と敵目掛けて降りてくる。それと同じくして、ティエの心に暖かな力が満ちていくのを感じる。気付けば水に染みていた傷口が塞がれていた。 誰もが全力を尽くしているのが分かる。故に、その誰にも傷を付けさせる訳にはいかなかった。 (積極的に水から出る気がないとか、汚いなさすがフェーズ2きたない) リスクを背負う必要がある。そう覚悟したティエは己の武器を構えた。 ドボン、と。何かが沈む音がした。 そうして現れたそれは、すぐさま怪異を視界に捉えトリガーを引く。 自然を越えた力を込めたその武器は、水中であってもその勢いを殺す事なく放たれ、避ける余裕を与えず怪異を撃ち抜いた。 多少狙いが付けられなくても、彼女の技量はそれを上回っていた。 ――口、あったんですか。では遠慮なく鉛玉をご馳走して差し上げましょう。 口を開く事が出来たならそんな皮肉の一つも言っただろうか。 (モニカ!) 自然そのものが敵。だったら、自然ごとねじ伏せてしまえばいい。 大御堂のメイドは、己が失態を己が拘りに賭けて覆そうとしていた。 この位置ならば、もうお前を逃さない、と。 「聞こえるか!? もう雨が近い。持ちうる限りの最大火力を打ち込んでくれ!」 ありったけの声を張り上げているのだろう、ヘンリエッタの声は水中にも微かに届いた。 フィアキィ達の助力を受けて、水中が次々に凍結していく。生息域を侵す害意を、怪異は神経質に破壊していった。 「今なら狙える!」 敵の動きが読みやすくなったその瞬間、エフェメラが動いた。 「打ち上がれー!」 彼女の呼び声に応え召喚された無数の火炎弾が、湖へと降り注ぎ刹那の瞬間水中から怪異を引きずり出した。 「ここだあああっ!」 光が跳んだ。全身全霊の力を相棒に注ぎ、闘気の塊と化したそれで無防備を晒した敵を両断する。 その身が二つに引き裂かれたのを確かに見た。 直後、水は自然摂理に則り落ちる光を、切り裂かれた怪物を飲み込んだ。 曇天の空は、今にもその涙を零そうとしていた。 (やった、か?) ユーヌが油断なく水中を探る。最後の最後まで、気を抜く事は出来ない。 ぽたり、と。ヘンリエッタの頬に遂にその時が来た事を知らせる雫が落ちる。 降り始めた雨が水面に数多の波紋を浮かべ、中と外とを分かつ。 気配が動いた。 それと同時に、再び感情探査を行っていたルナが叫ぶ。 「この『歓喜』は……私達の物じゃない!」 気配が水面から飛び上がる。 先程よりも幾分小さな、しかしより禍々しい姿をしたそれは、先程までリベリスタ達が追い詰めていた怪異の姿だった。 赤い双眸が齎された雨に打たれ見開かれる。 「KIYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」 体全体を通して発せられる叫びが、恵雨の怪が成った証であるかのように響き渡った。 ●最後の抵抗 それは空を泳いでいた。……正確には、雨の中を泳いでいた。 己の殻を破り水中という鎖から解き放たれたそれは、最早今までの物とは違う、別の何かであった。 タイムリミットは来てしまった。相手が雨を泳げるのなら、空に羽ばたく力の無い彼女達にそれを止める術は無い。 それでも最後の抵抗はする。しなければならない。 そんな悲壮な覚悟を地上に立つリベリスタ達がしたその時である。怪異の背から、彼女達に聞き慣れた声がした。 「逃がす訳にはいかないのは、確定的に明らか!」 ティエが、怪異の背中に刃を突き立て食い下がっていた。そしてそれを怪異が即座に振り解けずにいるという事は…… 「!」 即応したのはユーヌだ。首の皮一枚で繋がっている希望を、絶対に逃せない。 印を切り、陣を敷き、生まれ出でた新しい物の不運を占う。 背に絡む異物を引き剥がす事に躍起になっていた相手に、それを避ける余裕はなかった。 モニカの弾丸が、光の魔導弾が、次々と空にのたうつ怪異に突き刺さる。 新生したはずのそれは、まるで断末魔の様な叫びをあげた。 「不運だな? 涸れた水は戻らない。痕跡全て流れて消えろ」 呪詛とも言える言葉には、ユーヌの強い願いが込められていただろう。 この段にもう誰一人として、諦めの心など微塵にも持っていない。 必死の覚悟で、祈りにも似た思いを抱き、己が死力を尽くす。 暴れる怪異がところ構わず巻き起こす津波を受けても、攻める手を止めない。 ティエは突き立てた剣から手を離さず、ヘーベルの歌は止む事が無かった。ルナもティエの為、その力を癒す事に費やした。僅かな可能性を信じて、エフェメラの攻撃にヘンリエッタも加わった火炎球の雨が降る。 文字通り、決死の戦いぶりでリベリスタ達は戦った。 だから、誰が責められようか。 溺撃を受けた戦士が、力尽きて尚その手に剣を持ったまま地に堕ちても。 雨を遡る怪異に、追い縋る鴉が、火球が、撃ち落とされても。 ほんの僅か、残り数度の攻撃を、リベリスタ達は与えきれなかった事実を。 最期の抵抗である外内を隔てる陣を突き破り、怪異は空へと舞い上がり、そして見えなくなった。 戦いの中に積み重なった、それぞれ僅かずつのミスとも呼べぬミス。 あと少し守備が攻撃に寄っていれば。 間合いを間違っていなければ。 リスクを負うべき場面で仲間と共に飛び込む勇気があれば。 それぞれは確かに利する動きだった。もっと時間を掛ける事の出来る戦いであれば、彼女達の戦術はより効果を発揮しただろう。 紙一重。 リベリスタ達は雨に打たれながら、越えられなかった壁を見上げていた。 雨天の雲は、逃げた怪異を隠す様に厚く暗かった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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