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花唇アベイユ


 言葉を浪費しているのかもしれなかった。
 けれど、それで良かったのだ。感情に嘘はつけないのだから、正しいのだと思う。
 スキとかアイシテルだとかは重たい感情である筈なのに、自然と口をついて出るのだから呆れてしまう。
 子供の様な行動理論だった。好きだから何でもしたいと思えたのだから。
 伝わればいいな、とそう思った。届けばいいな、とそう思った。
 好きで居ていいですか、と聞けば、呆れるかしら。困るかしら。
 笑って欲しかっただけだったの。ただ、怒ってばかりだから。
 恋心ってきっと言葉で言い表せなくて、言葉に詰まることだって沢山あった。
 ――私はあなたが好きだよ。

 神様が居るならきっと私は恨むでしょう。ノーフェイス、嗚呼、聞いて呆れる。
「だいじょうぶだよ、私、がんばるから」
 その言葉に嘘なんてなかった、想いを偽ることができるほど利口では無かったから。


「こんにちは、未だ寒さも残るけど、如何お過ごしかしら? 私からお願いしたい事があるのだけど」
 にこりと笑った『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は首を傾げてリベリスタを見回した。
「討伐対象はノーフェイスの少年。それから……殺してほしい訳じゃないけど、戦闘対象として彼の幼馴染」
 討伐対象のノーフェイスの少年は首からアーティファクトを掛けているという。花と蜂をモチーフに作られたペンダントが与える力が厄介だと世恋は唇を尖らせた。
「アーティファクトの名前は『アベイユ』。日本語で言えば、みつばちね。
 周囲の対象を覚醒させ少年に力を与えていく。アベイユと少年は同じ存在の様に力を同期させているの」
 厄介でしょ、とまたも首を傾げる。一言一言、切りながら問いかける彼女に聊か違和感を感じ始めたリベリスタが先を促した所で小さく苦笑を漏らした。
「面倒だけども、少年が死なない限りアーティファクトは壊れない。……ここまで、大丈夫?」
 世恋の言葉に頷いて。ふと、幼馴染が戦闘対象だという言葉に引っ掛かりを感じた一人のリベリスタが世恋へと問いかける。一体この事件の何処に幼馴染みが絡むのだろうか。
「ノーフェイスの少年を庇い続けている女の子が居るわ。それが幼馴染みの女の子。
 彼女は革醒者で、神秘について全て知っている。彼がノーフェイスなのも判っている」
 崩界を進行させる要因になると知っていても、其れでも喪いたくないと彼女は思うのだと言う。
 それが一般的な幼馴染への感情であれば良かった。
 戸惑う様に息を吐き、何故庇うかと言うとね、と囁く様に紡いでいく。
「すき、って言えばどう?」
 幼馴染の少女が少年に抱いた淡い恋心。彼がどの様になっても彼女は彼を好きだと言った。
 世恋は「言葉は魔法ね」と小さく笑みを漏らす。誰かが与える言葉が誰かの毒にも薬にもなる。優しい魔法の様に少女は彼に言ったのだろう。
「『大丈夫、わたしは君が好きだから。君の傍に、ずっと居るから』――なんて言われたらしあわせね」
 緩く浮かぶ笑みは直ぐに翳っていく。
 幼馴染の彼女を助け、ノーフェイスの少年を殺す。違わせなければいけない彼女らの運命に優しい終わりが与えられれば良いのにと唇を噛み締めた。
「……辛いことだと思う。彼女から彼を奪うんですものね。けれど、それでも私達はリベリスタだから」
 やらねばならない事が其処にはあると、そっと告げて。
「雪が溶けたらどうなる、とは良く言うけれど私は『春』と進んで答えたいわ。
 何故って、水は花を咲かす為に土に沁みて往くのでしょ? 暖かく、しあわせが訪れたら、って思うの」
 戯言かしらと小さく笑ってフォーチュナは行ってらっしゃいと手を振った。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:椿しいな  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年04月18日(木)22:56
こんにちは、椿です。春ですもの。

●成功条件
 ノーフェイスの撃破

●場所情報
 時刻は夜。自然公園の湖。周辺は背の低い野草に囲まれ花などが咲いている。見晴らしは非常に良く、障害物はちらほらとある木々程度となります。

●ノーフェイスの少年
 フェーズ2。アーティファクト『アベイユ』(後述)を使用して戦闘能力が高くなった少年。クリミナルスタアに酷似した技を使用します。死ぬ事を恐れ護ると宣言した春花の背に隠された状態であるために積極的に戦いませんが危機が訪れると戦闘に参加するでしょう。耐久力が非常に高くなっています。

●アーティファクト『アベイユ』
 花と蜂をモチーフに作られたペンダントでありノーフェイスの少年の首に掛けられたアーティファクト。ノーフェイスの少年の能力値を其々やや上昇させ、同期させます。
 少年が死亡した場合アベイユは壊れます(少年が死なない限りアベイユは破壊できません)。アベイユの耐久力は少年と同じ。アベイユを部位狙い等で破壊を狙った場合はアベイユに入るダメージが少年に蓄積します。また、周囲の草木などを覚醒させ、使役可。

●周囲の草木×初期4
 周辺に存在する草木が『アベイユ』の効果を経て覚醒したもの。戦闘能力は低いですが、非常にすばしっこく、ターン経過ごとに少しずつその数を増やしていきます。ブロック不可。

●革醒者『榎城春花』
 ジーニアス×スターサジタリー。ノーフェイスの少年の幼馴染であり、神秘界隈には非常に詳しい少女。
 ノーフェイスが世界に与える影響等は把握しているものの、彼の事が好きである為に彼の厭う死から護ろうと身を張って彼を庇い続けます。
 ・精神無効 ・水上歩行 所有。Rank2まで使用可。

どうぞよろしくお願いいたします。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
スターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
ナイトクリーク
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
ナイトクリーク
黒部 幸成(BNE002032)
スターサジタリー
雑賀 木蓮(BNE002229)
クロスイージス
有馬 守羅(BNE002974)
クロスイージス
浅雛・淑子(BNE004204)
インヤンマスター
赤司・侠治(BNE004282)
デュランダル
渡辺 佳奈(BNE004470)


 ぽちゃりと何かが湖に落ちる音がした。それは小石を投げ入れるかのようにほんの些細なものであっただろうが、『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)にとってはソレだけでは済まないものだ。
「俺様も龍治が……愛してる人がノーフェイスになったら」
 それこそ彼女が此処に赴いた理由を考えての言葉だろう。革醒者である木蓮の恋人もまた革醒者。成るべくしてなった恋人同士とも言えよう。だが、もしも彼が運命に見放され、異端に為り下がったならば、彼女はその愛故に全てを掛けてでも護ろうとするだろう。
 Muemosyune Breakを仲間に向ける事だって厭わないかもしれない。それほどに愛しくて。
「一分一秒でも長く居たいんだ。有り得ない形で生きて居ても、それは自分が大好きで仕方ない人なんだ」
「ええ、けれど、榎城様も革醒者。本当は判っておいでなのではないでしょうか……」
 そう、ソレはある意味では『常識』であったのだろう。
 失ったものは決して戻らない。盆から零れた水が返らない事等、『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は今までの戦いで知っていた。初めて友人を殺した時、世界が残酷だと知った。痛みが胸を劈くことだってあった。
 瞳を伏せて想い人の優しい笑みを想い浮かべる。自分は如何だろうか。愛する人と離れたくないとそう思うだろうか。愛しいと、そう願う思いは余りに強く、如何する事も出来ない想いであるというのに。
「……お気持ちは察するに余ります」
 紡ぐ言葉は続かない。シューターとして研ぎ澄ませた感覚は心眼を有する様に真っ直ぐに目標を捉えては離さない。両の手に握りしめる矜持が、己が『何をすべき』かを示す様に黒く光る。
「春花さん……?」
『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)が小さく呼んだ声に振り仰ぐ少女が目を開く。榎城春花。革醒者である少女は愛しい人を『喪った』ばかりであった。否、その愛しい人が生きている事をアンジェリカは知っている。
 世界で一番愛した人をその手で守ろうとしている事を知っている。世界が、弾きだした存在であっても。
(……想いを、壊すの?)
 胸をよぎる思いを呑みこんで、たん、と地面を蹴り上げた。La regina infernaleの切っ先が緩やかに光を返す。少女達の心境はやはり不安その物だ。だが、その中でも人一番冷静であったのは『影なる刃』黒部 幸成(BNE002032)であった。影を纏い、影に潜む様に近付く彼の目は己の『忍務』に忠実だ。じろりと見詰める瞳が少女に向けられて、逸らされた。
「――貴方達がアーク? 殺しに来たの?」
 両手を広げる彼女の背に守られた少年の瞳が『研修中』渡辺 佳奈(BNE004470)を捉える。伸びあがる草に消火器 (粗悪品)を振り下ろす。
「この渡辺、学生時代には誰よりも草むしりが上手だったと自負しています。雑用ならお任せ下さい」
 新入りだと己を称する佳奈に続き『定めず黙さず』有馬 守羅(BNE002974)は踏み込んで、大業物を振り下ろす。草木が邪魔で進めない事に気付いた彼女が己へ与える支援は彼女を鼓舞し、戦うに相応しいステータスを整えた。
「私達の邪魔をしに来たの……ッ」
「貴女は、間違っている」
 運命を突き付けて、守羅は誰よりも冷酷に言い放つ。前提条件が違う、状況が違う、何より彼女には力があった。『だけど』無慈悲だから、『だから』無慈悲にならなくちゃ。
 はっきりと告げた言葉は付きつけるナイフよりも尖り、少女の心を突き刺した。


 守りたい物がたくさんあった。喪った者が戻らないと知っていた。『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)が両親の仇を討ち祖父母を守りたい気持ちは何物にも代えがたい。
 恋愛には未だ理解が乏しくて、それでも大切な家族が居る淑子にとって、榎城春花の状況を恋人から家族へと置き換えた時、合点がいった。
「わたしね、あなたと同じ様な事にすると思う。好きって何よりも強い気持ちだものね」
 紡いで、斧を振り被る。往く手を遮る草木を切り裂いて、真っ直ぐに近寄った。彼女の肩口を狙う春花の射撃にも少女は怯まない。
 大きな瞳を細めて、淑子は小さく――何処か悲哀を込めた瞳で『笑った』。
「ねえ、でも。御免なさい、わたしも譲れないの」
 此処で譲れば淑子の大切な祖父母を失う可能性もある、其れだけは避け難い。
 喪う事が怖い事と、喪った後に何も残らない事に気付いたこと。どちらが辛いのかと『凡夫』赤司・侠治(BNE004282)は多くを語らない。周辺に張り巡らせた淑子の結界に重ねられた強結界。仲間を想い、さらに重なった守護の結界が仲間を支援する。
 散華に込められた魔力。鳳仙花を嵌めた手を前にかざし、春花の背後を狙い、符を放つ。
 春花の体が滑り込み、彼女の意識が侠治へと向けられた。視線を受けて、その目が真剣である事に気付いた時に侠治は唇を噛む事しかできない。
 昔、家族を、大切な人を失った事がある。それは何物にも耐え難い喪失であったというのに。
「……言い訳は、できないな」
 その喪失はどの様な痛みであるか。其れを解っていたというのに、目の前の少女に同じ気持ちを味あわせなければならないのだ。未だ年若い少女。活かす為に戦うと決めても、誓っても、彼女の心を傷つけることを避けられない事は解っているのだ。
 伸びあがる草木を避けながら、前方に進む木蓮の銃弾が真っ直ぐに貫き通す。少年が動き、少女を支援している事はその目で見て判った。
 守ることだって、致し方ない辛勝なのだから。
「俺様は、お前の事嫌いになれないよ……」
 救ってやれたらとも思う。救いたいとも思う。ソレが認められないと知っていて起こした行動である以上、覚悟が彼女にはあるのだろう。木蓮の歯が軋む。
 身体を逸らし、打ち出された弾丸が草木を縫って少年の肩を貫いた。
「俺様は撃つ。リベリスタとして二人を撃つぜ」
「殺すなら、私を! やめて、邪魔をしないで!」
「……榎城様。此れから私は世界、そして守りたいものの為、貴女と愛する人を引き裂きます。
 よろしいですか? 全力で止めて下さい。全力で、押し通ります」
 ソレは脅しでは無く、本音だった。気持ちは解る、だからこそ真っ直ぐに向き合おうと思った。
 同情は幾らでも出来る。けれど、その情を見せて戦うほどに残酷なものはないのだ。
 唇の中で呟く常の言葉。教義と信仰、そして胸に抱き続けるのは神からの使命に他ならない。
「――私は神の魔弾。蒼き使命をこの胸に抱き、其れを果たすのみ!」
「その神様は随分と残酷なのね!?」
 吐く息と共に両の銃から飛び出す蒼い炎。火が温度をあげて草木を燃やし尽くす。残酷な神様を知っていた。どれだけ、神様が残酷かリリは身を以って知っていた。兄が、泣き出しそうな顔で抱きしめてくれた事を覚えていたのだから。
「神様は、想うよりずっと理不尽ですよ」

 この祈りよ、高く、天まで燃え上れ――

 蒼い炎が草木を燃え尽くす。その合間をついて飛びだしたアンジェリカが春花の体を縛り付けた。水上を歩むことができる彼女が抵抗を行おうとするそれにもアンジェリカは絶対のバランス感覚で耐え凌ぐ。 
 好きな人が居た。それは、誰よりも大切な神父様だった。世界で一番愛してる人は、彼だろう。アンジェリカにとって、世界を敵に回しても護りたい人が居たのだ。もしも護る事ができるなら自分だって。
「ボクだって、護りたい、よ……」
 囁く言葉に、応える声はない。死神の名を得たアンジェリカの鎌の切っ先が少女を捉えた。
 心の悲鳴に、嗚咽をあげる己自身にアンジェリカは迷わない。この場に赴くと決めたのは何より自分自身なのだから。此処で迷うことが、彼女を傷つけることになると、そう、知っているのだから。
「今、だよ!」
「任されたで御座る!」
 瞬時に、間へと滑りこむ幸成が凶鳥の切っ先を少女へ向ける。水上を歩むことができる忍びの技は彼女を抑える事に一番向いていたのだろう。
「リベリスタは本来何をすべきか、その職務が何であるか、頭では分かっているので御座ろう」
「ッ――判ってたら、何よっ」
「想いを自分にぶつけるがいい。己が心に従い生きる事が榎城殿にできる最善で御座る」
 春花の弾丸が幸成の頬を掠める。彼女にも何を為すべきか判っていたのだ。何よりも、どれよりも、大切な人を守りたい事。それが忍びとして心を殺し生き続ける自分であったとしても否定する事も攻める事も出来ないのだ。唯、為すべき事を彼女の代わりに為す。代弁する訳ではない。ただ、リベリスタとして――『忍の道』を往くのみだ。
「貴女、如何考えても『庇う』事は得意じゃないでしょ? 判断力、鈍ってるわよ」
 だん、と踏み込んで、少女の目の前を通り過ぎる真空の刃が少年の体を切り裂いた。少年が怯えを浮かべ、木々を動かし続ける。少女がもたつき、己の体を苛むものを取り払おうと尽力する中、守羅が浮かべたのは嘲笑であった。
「……ここまでやって守られているだけだったら本気で斬るわ」
 春花の体に隠された少年。たとえ春花が惚れた側であったとしても、彼女が身を挺しても見ているだけと言うならば、それは最早愛では無い。唯の『都合のいい玩具』でしかないのだから。
 傷つきながら、唇を噛み締めて、応えなさいよ、と声を張り上げる。恋に準じるだけなら最期まで満足であるかもしれないけれど、これは自己満足でしかない。榎城春花の自己満足を守羅は是としないのだ。
「ねえ、あなた、お名前は? 一つ、聞かせてくれるかしら」
 前線で、光る斧を振り翳し、じっと見つめた淑子の眼は少年から離れない。援護する様に鴉を飛ばした侠治の眼もまた、少年に向いている。
 一言、紡ぐたびに心が震える気がした。嗚呼、淑子にとっては本当に『疑問』であったのだろう。
「――あなた、榎城さんは貴女が好きだからって守っているの。あなたはどうして守られてるの?
 死ぬのが、怖いから……? それとも、他に理由があるの? それを教えてほしいの」
「ぼく、は」
 小さく囁く声に『死ぬのが怖い』と肯定されれば何の罪悪感も何も思うことなく殺す事とができると言うのに。それ以上に淑子は少女だった。少女は、一つ、願いを込めて問うたのだ。
「――彼女が望むから」
 守りたい、とそう望むから。彼女がそうしてくれる事が嬉しかった。愛されているという実感を身を以って味わえたのだから。
 報われて欲しいと淑子は思っていた。怖いからだけではなく、其処に意味を持っていてくれれば徒、そう願った。
 前線で回復を与える侠治の目は何も語らない。多くを語らないものの彼の影がゆっくりと周囲を侵食していくようだった。
 サポートする様に佳奈が処理し続ける草木の数も減り続ける。汗を拭い、そっと作った草結び。
 誰かが引っ掛かるかしら、と小さく笑った。佳奈はまだリベリスタになって間もない。だからこそ、己は裏方で居れば良い、とそう考えている節があったのだ。
 例えば、惣菜をよそってお客様をディナーに招く際、メインとなるお客様ではなく給仕し尽くす側に為りたい。それが佳奈という女の持ち前の性質であったのだろう。
「草木は此方にお任せ下さい」
「ああ、任せよう。榎城。君が何を想うか私は判らない。だが、私達は全力で殺すだけだ」
 侠治が静かに呟く言葉に春花が目を剥いた。
 少年へと集まる一斉攻撃に否だとばかりに弾きだす矢がリリの肩口を血に濡れさせる。焦点のずれた銃弾が木々を抉り、少年から逸らせた場所へ、飛びこむ符が彼女の視線を釘付けにした。
「私は全力で君の妨害をし、彼を……殺す」 
 唯、ソレだけだと言う様に言葉を切った。鴉に誘われる様に弾丸が侠治を襲っても彼は動じないままに春花を見据える。
 鋭く切り裂く幸成の刃が己の意思を悟られぬ様に目を伏せた。忍びは己の心をも殺すものだとそう、彼は自負していたのだから。彼女の代わりに、彼を殺すのみ。
 踏み込んだステップで、全てを切り裂いていく刃。忍びの極胃をぶつける様に、言葉少なに幸成は切り裂き続ける。
「これが忍務。これが為すべき物で御座る」
 己の不覚が彼を成長させていく。一人前の忍びにはまだ遠いのかもしれないが、それでも、幸成は全て切り裂き、この場を『最善』へと齎す事を願い続けた。ソレに尽力する事を厭わない。
 アンジェリカの瞳がブレる。浮かぶ涙を堪えては辛いと胸を抑えつけた。疎らに残る草木を切り裂き、彼女の赤い瞳が光りを灯して少年を見据える。
「負けるわけにはいかないのよ」
 暴れつづける大蛇が少年の体に巻き付いた。守羅の眼がじ、と彼を見据えて、睨みつける様に細められる。正しくあればいいと思っていた。正しくあることを願っていた。
 彼女だって血の繋がらない弟が一人居た。亡くなった彼の隣で運命を得た時に『正義』とは何かと自問自答を繰り返す。
 この場の正義は『少年を討つ』事で他ならないというのに、何故か刃を握る手が震える気がして仕方がない。
「――あたしは、正しくあれっ!」
 名前を、と伸ばす指先に少年は首を振った。名前を言ってしまえばきっと君達が傷つくよ、と名も無いまま死ねば唯のエリューションで済むから、と優しく笑ったのだ。
「俺様は、嫌だよ。でも、やらなくちゃいけないんだ」
 木蓮の弾丸が真っ直ぐに少年の腹を撃ち抜いた。続け様にリリの弾丸が少年の腕を撃ち抜く。
 下ろされた腕に、リリが祈る中、だん、と地面を踏みしめたアンジェリカが木々を蹴り月を背負って大鎌を振り下ろす。少年の腕が湖へと吸い込まれる。
 視線を寄せた春花の嫌だと叫ぶ声の中、リリが祈る様に「迷いでこの手が震えぬ様に」と手を組みあわせる。
 愛しい人が此処で死ぬならば、この戦いで自分も死にたいと思うだろう。
 愛しい人との別れが辛いと今なら分かるから。出来るだけ、想う二人を引き裂く事を厭わぬ様にと神が彼女に囁く『使命』であると思いこみ。震える指先が引き金を引いた。
「イヤアアアアッ!?」
「これが、リベリスタで、此れが運命なのです……ですから、私は為すべき事を」
 シスター服のスカートが捲くれ上がる。地面を蹴りあげて、構えた銃が弾丸を吐き出した。苦しげに呟いた言葉を乗せる弾丸は、迷うことなく真っ直ぐに少年へと向けられる。
 飛び出していく弾丸に重なる様に木蓮の弾丸が想いを乗せて撃ちだされる。
 同時、彼の目の前まで迫った淑子が優しくまるで放課後にクラスメイトに語りかけるように微笑んだ。何処にも可笑しなことはない。何ら変哲のない優しい笑顔。今から人を殺すのだと少女の胸に刻みつけられるように記憶されるソレに淑子は瞬いた。
「あと一つ聞かせてくれるかしら。――あなたは彼女の事どう思ってるの?」
 ゆっくりと動く唇に、そう、と囁いてから斧を振り下ろす。断罪する様に振り下ろされたソレは少年の生命を静かに終えさせた。


 しん、と静まりこんだ湖は普段通り静謐を湛えている。荒れた木々だけは元の公園の佇まいからかけ離れているように思えるが、それ以外は何ら変わりも無い。
 膝をついてへたり込んだ少女の傍に寄って木蓮は視線を合わせる。頬を伝い茫然と眼を開いたままの少女の頬にあてた指先から伝わるのは外気で冷え切ってしまった体温だった。
「お前の愛し方、好きだぜ。間違った事はしてないと思う。……ただ、運が悪かった」
「運が、悪かった――ッ!?」
「……本当に、悪かったな」
 ぎ、と睨みつける瞳に彼女は怯まない。それでも生きて欲しい、と取った指先がかたりと揺れた。
 最期の最期に何故あんなにやさしい事を言うのだろうか。同じ言葉を、囁いてくれたのだろうか。
 痛くて、たまらないという風に胸を抑えて春花は蹲る。彼女の傍に侠治が静かに影を落とした。
「どんなふうでも良い、上手くは言えないが……君には生きて欲しい」
 昔の自分を見ている様だった。護る事も出来ないまま、その心が抱えた闇を未だに捨て去れないまま。
 彼女にはどうしても生きて欲しい。その想いに応える事が出来ないまま、少女は口元を覆った。
 生きて欲しい、もう、彼は居ないのに――?
「……私がどんなに正しくとも、貴女にとっては同じ人殺し。恨んで下さい、憎んで下さい」
「……けど」
「それで、貴女が哀しみに沈み切らないのであれば、ずっと、ずっといいのです」
 だから、と紡いで言葉を呑みこんだ。リリはそれ以上は紡げない。何かを為す時、犠牲が付き物であると知るたびに心が揺れ動くのだ。己が未だ、全てを寛容な姿勢で受け入れられないのは判っている。
 揺れるロザリオを両手で握りしめ、嗚呼と小さく声を漏らす。願わくば不幸な子羊が惑わぬ様に――
「ね、ねえ……」
 大鎌を降ろし、伸ばし掛けた指先をぎゅ、と握りしめ拳を下ろす。アンジェリカの口が小さく小さく、言葉を紡いだ。
 ごめんなさい。ごめんなさい。胸に残す痛みが、貴女をどうしようもなくさせたとしても。
「……ごめん、なさい」
 ぽつり、と水滴が土へと呑みこまれる。何処か辛い水が頬をゆっくりと伝っていた。
 木蓮が少女の手を握りしめて一緒に泣こう、と囁いた。漏れた謝罪に少女は小さく漏れる嗚咽を堪える事も出来ないまま。
 ぽちゃり。
 生じた波紋は広がって、何時しか大きな波を起こすのかもしれなかった。
 湖は誰かの心の様だと侠治はぼんやりと思った。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れさまで御座いました。春ですね、恋なのです。
 切ない心情でした。春花に対してとても素敵な言葉をかけて頂き有難うございます。
 皆さまのお陰で、この先、彼女はゆっくりと生きていき、有り触れた幸せを得れる事だと思います。

 ご参加有難うございました。また、別のお話しでお会いできます事をお祈りして。