●死は二人を別たない 確かに死んだはずだった。だが、あの程度では足りなかったのか。 女は血塗れの身体を引き摺り、先に逝った愛しい人の傍へと歩み寄った。 痛みはない。普通だったならば折れているはずの四肢も何ともなかった。自分と同じように、一刻程前に飛び降りた彼は死んでいるというのに――。 何故、自分だけが生きているのか。どうして死ねなかったのか。独り残されても何も意味がないではないか。混乱の中、横たわる彼を抱いた彼女は、屋上からもう一度飛び降りてやろうかと廃墟を見上げた。 しかし、そこで彼女にとっての奇跡が訪れる。 死んだと思っていた彼の身体が動き、ゆっくりと目を開けたのだ。 「アキフミ……? 助かったの? 私達、生きていたの?」 かの女――リンネは虚ろな目をした彼を揺さぶり、問いかける。答えが返って来ることはなく、男は濁った瞳を虚空に向け続けるだけだった。 だが、それでも良かった。 女は自分達が生きていたという事実を噛み締め、それまで信じてもいなかったものの力を感じた。 「ああ、神様――!」 周囲がどうであろうともう何も関係ない。ただ彼と居られれば、それ以上は何も望まない。女は男を抱き締め、この世界のすべてに感謝を抱いた。 風が騒ぐ真夜中。周囲にはまるで、その奇跡を示すかのように白い花が一面に咲き乱れていた。 ●白い花と死人達 ある晩、郊外にぽつんと建つ廃墟から飛び降りた男女がいた。 借金を苦にして自殺した男を、恋人である女が後追いをしたのだという。しかし、女は奇跡的に助かり、死んだと思った男も目を覚ました――ように思えた。 「彼女は気付いていない。自分が死んだ事に。そして、彼もまた死んでいる、という事に――」 アーク内の一室にて、『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)は淡々と告げる。 二人は助かったのではなく、E・アンデッドとして甦ったのだ。 正確には女――リンネが先に革醒し、アキフミを配下として目覚めさせたという方が正しい。女には生前の意志が残り、男はただ其処にあるだけの人形のようなもの。 「男は喋らないし、自分から何かをすることもない。けれどリンネはそれで良いと思っているみたいだね。生きてさえいれば、と……」 意志があるとはいえ、思考力は生前よりも衰えているのだろう。 リンネは自分達の鼓動が止まっていることにも気付かず、生きていないことを認知できない。ただ“二人で居られるだけで良い”という考えだけを強く持ち、自殺を図った廃墟でアキフミと過ごしている。 「彼女の思考は単純。自分達以外はすべて敵だということ」 それゆえに廃墟に誰かが近付けば排除しようと動く。タスクが未来視で見たのは、数日後に解体業者が下見に来たところを二人が襲い掛かるというものだった。そのため事件が起こる前に彼女達を始末しなければならない。 頼むよ、と告げたタスクはリベリスタ達に地図と敵の詳細資料を渡した。 そして少年はふと思い出し、口を開く。 「例の廃墟の傍だけど、ハルジオンが咲いていたのが印象的だったよ」 あの白い花が持つ花言葉はなんだったか。暫し思案を巡らせたタスクだったが、どうしても思い浮かばなかったらしく、それ以上考えることを諦めた。 「兎に角、このままで居て良いわけがない。だから……二人に終幕を下ろしてやって欲しい」 死を迎えた彼女達を本来の在るべき形に戻す為に――。 そうして少年はリベリスタ達を送り出し、彼等の無事を静かに願った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月24日(水)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 空は晴れやかだというのに、郊外に佇む廃墟内は暗澹としていた。 幽かに漂う匂いはおそらく腐臭だろう。外に咲いていたハルジオンの花と薄暗い廃墟の対比を思い、『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)はヴェールごと髪をかきあげる。 廃墟の愛の巣でモラトリアムを気取るのも悪くない。だが、死が二人を分かたないのは幸せなのか。 ――ねえ、カミサマ、こんな出来の悪い奇跡なんてナンセンスだと思いませんか? 思いは言葉にせず、海依音は仲間達と共に廃墟の上階へ向かった。 当なら窓から突入できれば良かったのだが、小さな窓は人が入るには適していない。それゆえにリベリスタは一階からの侵入を試みた。仲間の後に続く『破壊の魔女』シェリー・D・モーガン(BNE003862)もまた、この上に潜む二人に起きた奇跡を思って双眸を静かに伏せる。 「……確かに奇跡ではある。だが、不幸な奇跡」 死も恐れぬ一途な想いがそれを成したと思うと、暖かな痛みが胸を打った。 できることならばそっとしておいてやりたい。されど、世界を崩壊へと導く存在は滅するのみ。その言葉を聞いていた『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)も小さく呟き、奇跡について口にする。 「奇跡なんて言葉は所詮幻に過ぎん。在るのは何時だってその名を借りた、最低最悪の猛毒だ」 碌な結果にならない事なんて、最初から目に見えている。 運命に翻弄されたとでも表すのが相応しいか。『攻勢ジェネラル』アンドレイ・ポポフキン(BNE004296)も二人のことを思いながら、廃墟の奥を見据える。 「それでも、“カワイソウ”とは決して言いますまい」 幾ら言葉を並べてもリンネとアキフミ達は決して救われない。小生は同情し涙を流し憐れみに来たのではアリマセヌ、と言い切ったアンドレイは三階の隅で何かが動いている事に気付く。それがアンデッド達だと察し、彼は仲間達に目配せをした。 未だ此方に気付いていないらしき女は、男に寄り添っているようだ。 血に濡れた服。不自然に曲がった四肢。その様相は明らかに彼女達が生きてはいない事を示している。しかし、本人達はそれすら気付かない。その哀れな姿に、『下剋嬢』式乃谷・バッドコック・雅(BNE003754)は素直な感想と想いを零す。 「後追い自殺ね。それが意志ならそこは好きにすればって感じだけど」 「死が二人を分かつまで、だっけ? 死んでおしまいにする心算が下手に拗らせて面倒な事になった、と」 『尽きせぬ祈り』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)も、やれやれと肩を竦めて武器を手にした。そこで漸く女がリベリスタ達に気付き、振り返る。 その際に海依音が翼の加護を仲間に授け、戦闘中の足場の懸念を取り払った。『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)は身体に力が満ちるのを感じつつ、リンネ達を見つめる。 大切な人と共にありたい。後追いの死を選んでも。人外と成り果てても、危うい。でも――。 「その気持ちは尊いことでもあるんじゃないかって、思います」 光介は胸の裡から溢れる思いを言の葉へと変え、戦いの覚悟を決めた。ただならぬ気配を感じた女は立ち上がり、こちらを強く睨み付けて問いかける。 「貴方達、何者よ。私達の邪魔をしないでくれるかしら」 「申し訳ありませんが、僕達はまさにその邪魔をしに来た者です」 『一般的な少年』テュルク・プロメース(BNE004356)はさらりと答え、それ以上の説明を控えた。思考の衰えた相手に何故に自殺したのかと問うても無為。そもそも、自分が詳細な事情を知らずとも構わないし、彼女達もまた世界の真実など知らずとも良い。 意思のある内に送るのが慈悲、或いは情け。否、御為ごかしもいいところだとテュルクは独り言ちる。 今回の任務は、動いて死体袋に入りたがらない我侭者を片付ける。要はただそれだけなのだから。 ● 廃墟に生ぬるい風が吹きぬけ、リベリスタ達は身構える。 「さぁ、戦争でゴザイマス。大胆不敵痛快素敵超常識的且つ超衝撃的に勝利シマショウ」 いつもの台詞と共に、アンドレイは自身の持つ防御機能を仲間達へと瞬時に共有させた。皆の戦闘防御力が大幅に上昇する最中、リンネはアキフミを守るべく立ち塞がる。 その姿は悲劇、と呼ぶべきものなのだろう。二人はただ一緒に居たかっただけだというのに。 「この世界は無常でゴザイマスネ」 片目でアンデッド達を映したアンドレイの呟きは物音に紛れて消えてゆく。そして、仲間の施した守りの力が身体に満ちる事を感じた雅は一気に敵の方へと駆け出した。 「仲睦まじいところワリイが邪魔させてもらうぜ!」 狙いはリンネを怒らせ、男と引き剥がすこと。寄り添うように立っていた二人の位置関係を掻き乱した雅はそこに大きな隙を生じさせた。怒りのままに前に出た女は闇色の煙を生み出し、雅達に衝撃を与えた。 鈍い痛みが櫻霞や光介にまで襲い掛かる。 だが、それで良い。元より、リベリスタ達が先に倒すと決めたのはリンネの方だ。動体視力を強化した櫻霞は金翼の銃を差し向け、狙いを付けて弾丸を討ち放った。 「大人しく眠っておけば良かったものを……世界を壊す害毒には早々に退場願おう」 最早、彼女達の存在こそがこの世にあってはならないモノなのだ。櫻霞は左右の瞳を薄く細めると、更なる射撃を打ち込んでいった。 シュスタイナも魔陣を展開させ、戦いへの意志を固める。 シェリーもまた、詠唱で周囲に高位の魔方陣を具現化し、竜の術杖を標的に向けた。 主格である女を先に倒すというのは苦でもある。だが、そうするのはリンネに二度も恋人を失うという思いをさせぬため。シェリーは其方に狙いを定め、魔術師の弾丸を一気に解き放った。 「おぬしは、既に死んでいる。薄らと気づいているのではないのか?」 「そうね、社会的には死んだも同然よ。でもね、神様が命だけは助けてくれたのよ!」 シェリーが問いかけると、リンネはずれた回答をする。元の家に戻れば借金取りが戻ってくるから、自分達は此処で暮らすことを決めた。そう語る女の言葉は既に色々な面で破綻していたが、彼女の中ではそれが正しい選択に思えているのだろう。 「二人の愛の巣といったところですか。その割にはロマンチックには程遠い場所ですね」 海依音は壊れた壁が崩落する可能性も考え、辺りを見渡す。紡いだ破邪の詠唱は聖なる呪言を刻み、周囲に浄化の炎を具現化させた。杖先を向けた海依音が力を放てば、焔がリンネの身を包み込む。 それに合わせるようにしてテュルクが双鉄扇を振り上げた。 巻き起こった業炎がリンネを穿ち、更なる炎が辺りを彩る。だが、その合間にテュルクへとアキフミが距離を詰めて襲い掛かった。その一撃は毒を宿し、彼の身に痺れにも似た感覚が駆け巡る。 「まだ、この程度でしたら」 耐えられる、と口にしたテュルクは痛みを堪える。そこへ雅が割って入り、アキフミの前に立ち塞がった。更に怒りを脱したリンネによる魔眼の眼差しがアンドレイを捉えて衝撃を与える。せめて力の弱い男の方だけでも先に倒してしまえば楽なのだが、そうは出来なかった。 「術式、迷える羊の博愛!」 激しい攻防に気付いた光介は詠唱を始め、清らかなる存在に呼びかける。一瞬後、癒しの風が生み出され、仲間の傷を癒していった。癒しを担い、支える。それが自分の役割だと己を律した光介は戦いをしかと見据え、仲間と敵の動向に気を配った。 シュスタイナは四色の魔光を組み上げ、リンネの身を狙う。 一応女性ゆえに、その狙いは顔以外へと。相手は元より血濡れの身なのだが、それがシュスタイナの精一杯の気遣いでもあった。そして、彼女は魔術を解き放ちながら女に問い掛ける。 「ねぇ……アナタの大事にしている『それ』。ただのお人形さんみたいだけれど? それが自分から動かず、アナタに笑いかけることがなくても、幸せ?」 男をそれ、と表したシュスタイナに、リンネは鋭い眼差しを返した。 「ええ、幸せよ。アキフミはこんなになってしまったけど良いの。私が一生面倒を見てあげるんだもの」 愛ゆえか。薄ら笑いを浮かべた女の思考はただ、歪んでいた。 一生などという言葉は彼女達には最早無いというのに――。シュスタイナは戦慄めいた感慨を覚え、更なる魔術を組み上げ、続く戦いに備えた。 ● 相手はたった二人。だが、戦いは拮抗している。 意思のない男からの体当たりを受け、雅は自分の体が揺らぐのを感じていた。攻防を繰り広げ、雅は漸く幾重にも展開させた呪印でアキフミを束縛する。しかし、それと同様に光介を庇おうと動く雅はリンネからの攻撃でかなりの衝撃を受け、一度は倒れかけた。 運命をその手に引き寄せ、立ち上がった雅はふらつきながらも女に問うてみる。 「なあ、あんたはそいつの何を愛したんだ。意志もねえ、返事もしねえ、それでも一緒にいられるだけでいい。そこまで想えるのは確かに凄ぇがよ」 「傷を負っても、喋れなくなっても彼は私の大切な人よ!」 リンネは叫び、それでも男を愛していると断言する。 荒い息を吐く雅をすかさず光介が癒し、体勢は何とか持ち直すことが出来た。海依音が神聖なる裁きの閃光を放ち、シュスタイナが魔曲の術式を再び解き放つ。その機に合わせたシェリーも魔力弾を舞い飛ばし、仲間の言葉に続く。 「その男の面影が本当に、そこの骸にあるのか? 姿形ではなく、その生き様があるのか?」 だが、リンネは雅達の問いが不可解だというように首を傾げ、更なる闇の衝撃を解き放とうと身構える。 「意志がない? あるじゃない、ちゃんと」 「成る程な。おぬしにはそう見えているのか」 男を示すリンネの様子を見遣り、シェリーは嘆息した。自分達と彼女では感じる世界が違うのだ。シェリー達にとっては男が異様の存在に思えても、リンネにとってはそれが普通。せめて本来の彼女の心を取り戻して欲しいと願うシェリーだが、それも詮無いことなのかもしれない。 巡る戦いの中、アキフミの方は動くことが出来ずにいる。 縛りを脱される前に片をつけるのが何よりの好機だと感じ、アンドレイは巨大な斧を一気に振り上げた。 「皮肉なことデスガ、ダカラトイッテこの刃は曇りませぬ。覚悟は宜しうゴザイマスネ?」 相手が何であれ、全身全霊を以て臨み勝利する。それが小生の流儀なのだと告げ、女の胸元を狙ったアンドレイは斬撃を見舞った。断頭台の刃がリンネを切り裂き、かなりのダメージを与える。 「……っくぅ、どうして私達の邪魔をするのよ」 「それが仕事ですから」 女が苦しむ中、テュルクは容赦なく連続攻撃を畳み掛けてゆく。天を突くような前蹴りがリンネを壁に叩き付け、その身から血が滲んだ。じわじわと新たな血痕が彼女の服に広がっていく様を冷静に見つめ、テュルクは再度の攻撃を見舞っていった。敵からの闇撃を鉄扇で振り払い、テュルクは相手の力が間もなく尽きるだろうと予想する。櫻霞も勝機を掴めそうなことを感じ、攻勢に打って出た。 「詳しい理由を伝えても理解出来まい、聞くだけ無駄だ」 先程のリンネからの問いに素気なく答え、櫻霞は前へと駆け参じる。削られた力を奪い返すように吸血の力を揮った櫻霞は女に多大な衝撃を与えた。死者が起き上がってくるなんてことは神秘世界では珍しくもない。それを安易に奇跡と考えるのもどうかと思ったが、何も知らぬ者からすれば当然の帰結だっただろう。 憎しみの混ざった鋭い視線がリンネから向けられる。 だが――真正面からそれを受け止めた光介は麻痺を物ともせずに凛と告げた。 「ボクはあなたを否定しません」 大切な人のいない世界で生きるより、共に死ぬことを選んだ。それは選択と意思。だからこそ否定や批判などは絶対にしたくなかった。光介はこれ以上は誰も仲間が倒れることのないように癒しの力を施し続け、戦線を支えていく。 後一歩だと感じたシュスタイナは、己の力が切れそうなことを感じながらも魔力を紡いだ。 この一撃で戦局を決めるのだと覚悟を決め、指先を突き付ける。死ぬ気があるならその分だけ頑張れ、だなんてことは言わない。言えない。 「二人が死を選び、そう決めたのなら、それが最良なのでしょう」 魔力が弾け飛ぶ中、シュスタイナはふと思う。ただ、二人が死んだことで悲しむ人はいなかったのだろうか。それだけが気掛かりだと零す彼女の魔法は、リンネの身体を縛り付けた。 「いや、アキフミ……アキ……」 動けないながらもリンネは男の名を呼んで手を伸ばそうとする。 しかし、男の方は動きを縛られたまま微動だにしない。言葉を介さないその関係に愛はあるのか。カミサマの悪戯にはバカバカしさしか感じません、とそっと独り言ちた海依音は浄化の炎を宿す。 「使い古された言葉で申し訳ありませんが貴方はもう塵になったんですよ」 ――奇跡は、起こらないから奇跡と呼ぶ。 そして、差し向けられた魔力はリンネを焼き尽くし、その身体を灰燼へと帰すが如く焼き払う。 掠れた断末魔はよく聞き取れなかった。だが、きっと男の名を呼んだのだろう。海依音は一瞬だけ眼を伏せ、残る“敵”へと視線を向けた。 ● 女が倒れた後、タイミングを計ったように男が呪縛を振り払う。 しかし、此方は八人全員が揃っている状態。ただの配下的存在である男が敵うはずがなかった。テュルクは淡々と攻撃を重ね、双鉄扇から炎を解き放った。シェリーもまた、アキフミに訪れる二度目の死を直感して魔力を集中させる。 「呪われた命に終りを。今度こそ、死なせてやろう。共に葬ってやる」 シェリーの魔術弾が打ち放たれる中、雅はもう動かぬリンネをちらと見遣った。 「……あたしは心まで傷付けたいわけじゃねえ。ただ、想いがねじ曲がったままなのは嫌なだけだ」 もう届かぬと分かっていても彼女への言葉を投げ掛け、雅は男に向けて不吉な影を放つ。敵を覆った一撃はひといきにアキフミを揺らがせた。相手も攻撃に転じようと足掻くが、最早その動きさえ滅茶苦茶だ。 「死者は死者らしく、土に還っていれば良いんだ」 櫻霞は冷淡とも取れる言葉を紡ぎ、銃口を向けた。夜に舞う気高き鷹の如く、弾丸は敵を撃ち貫く。 次が最後だと感じ、アンドレイも一撃を見舞いに駆けた。 確かに悲劇だ。悲劇だった。――だが、悲劇のままにするものか。 もう二度と彼等が離れぬように、もう二度と運命の気紛れに二人の愛が穢されぬように。 「ドウカご安心を。貴方達が離れる事はモウ、ないのでゴザイマス」 コレは全て嫌な夢。さぁ目を閉じて、目を開けたらきっと幸せだから。先に倒れた女にも呼び掛けるようにしてアンドレイは斧を横薙ぎに振るった。そして、刃は生と死の狭間を斬り離す。 ――Спокойной ночи. おやすみなさい、という意味を持つ言葉が落とされた後、亡骸は本当の亡骸へと戻った。 廃墟の壁に寄り掛かる骸は二体。 何処からか隙間風が吹き、光介の髪を緩やかに揺らした。訪れた戦いの終わりに目を伏せ、少年は思う。 自分だって家族を失った時、後追いを考えなかったといえば嘘になる。でも、できなかった。言い訳をしながら今も生きている。彼女はそれが出来、死した今も彼と共にある。 「少し、あなたが羨ましかったです」 危うい敬意を覚えた光介は静かな黙祷を捧げ、海依音も動かぬ亡骸達を見下ろした。 「エイメン、かくあれかし」 恋物語には今、終止符が打たれた。来る前に摘んで来たハルジオンの花を彼らの元へ供え、海依音は貴方達にピッタリの花じゃないですか、と言葉をかける。雅もその花が持つ言葉を思い出して口にする。 「『追想の愛』。ハルジオンの花言葉だってな」 「ドウカ安らかに」 アンドレイも最後の言葉を告げた後、黙して敬礼を捧げた。周囲の幻想的な風景と共に彼等の事を忘れぬよう、彼はしかと今日という日の事を己の胸に刻み込む。 「……ああ、花が綺麗ね」 シュスタイナは心に浮かんだ思いをそのまま言葉にし、感慨に浸った。あの世だとか生まれ変わりだとかは信じていない。けれど、そういうものがあるのだとしたら、其処では幸せに。 女の名はリンネ。その名のように輪廻があるならば――。 煙草を咥えた櫻霞も煙を吐き出し、最後にぽつりとふとした一言を零す。 「せめて良い眠りを、次はエリューションになるなよ」 「おぬしの想いが届くよう祈っている……」 シェリーはリンネに持ち寄ったハナミズキを手向け、光介も捧げられた花の中にそっと摘んできたヒメジョオンを忍ばせた。その花言葉のように、来世では『追想の愛』でなく『素朴』で平穏な愛があるように。 そして、仲間達は廃墟を後にする。 去り際の視界に入ったのは咲き乱れるハルジオンの花々。 春の風が吹き抜けて一片の花をさらってゆく。舞い上がった花弁は風に乗り、澄んだ空に舞い上がった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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