●過去 ちっとも知らなかったよ。 あの時まで……トモちゃんがフィクサードだったなんて。 そう、僕が愛した人はフィクサードだった。 いまはもういない。 リベリスタたちにトモちゃんが殺されたのは夏のある日。 蝉の声が降り落ちる木陰で彼女は息絶えた。僕のすぐとなりで。腕を切り落とされ、腹を穿れ、顔を半分吹き飛ばされて。残った顔は無残にも黒く、黒く焼け焦げていた。 『一ノ瀬くんだね。大丈夫かい?』 僕に向かって笑顔とともに差し出された血まみれの手。ぐにゃり、と歪んで滲んでぼけて―― 忘れたくても忘れられない酷い記憶。 あれから10年。 やっと見つけたよ。 あともう少し……もうすこしだけ待っていておくれ。 ●現在 「一ノ瀬が見つけたのはトモちゃんこと西塔友子に似た少女。彼が必要としているのはフィクサードの死体につける“顔”」 そこまでいって、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は愛らしい顔をしかめた。 10年前に医学生だった一ノ瀬有也は警察病院の安置所から西塔友子の死体を盗み出し、自宅の地下室に保存。時間をかけてリベリスタたちとの戦闘で欠けた友子の体のパーツを揃えていったらしい。 「あとは顔面を移植するだけ。フランケンシュタインの恋人の完成」 ちなみにその当時はまだアークはなかった、とイヴは不機嫌な声でいった。 「……適合者をさらって殺し、体の一部を切り取って別の死体につなげる。ただ、それだけなら連続猟奇殺人事件。一ノ瀬有也を捕まえるのは警察のお仕事、あなたたちの出る幕じゃない」 では? 「うん。一ノ瀬の最後の犠牲者、顔を剥ぎ取られた女の子、南野桃花が死の直前にノーフェイスとして覚醒する」 すぐさま、事前に桃花を保護できないのか、と言う声がリベリスタたちの中からあがった。 「桃花が覚醒して初めて、万華鏡は未来を写し取ることができた。だから残念だけど、事前に桃花を保護することは出来ない」 うつむくイヴ。 南野桃花のフェーズは1。とくに手間取る仕事ではない。なんとも後味の悪そうな依頼だが、いままでにも似たようなことはあったし、これからもあるだろう。自分たちが桃花にしてやれるのは、せいぜい速やかな終わりと剥ぎ取られた顔の返還ぐらいか。 リベリスタたちは静かに資料を閉じた。 椅子を引いて立ち上がり―― 「まって。まだ話は終わっていないわ」 顔をあげたイヴに視線が集まる。 「桃花が一ノ瀬有也を殺したすぐあと、フランケンシュタインの恋人が目覚める。傍にいた3体の試作体とともに。そう、貴方たちに本当に倒してもらいたいのは元フィクサード、西塔友子とそのしもべたち――」 ●そして過去 「ええっと、僕はどっちに殺されなきゃならなかったっけ?」 「どっちでも」 顔を影に隠した男は、一ノ瀬有也に向かってひらひらと手をふった。 「どっちでもいいですよ、そんなのは。大切なのは教授が彼女の目の前でむごたらしく殺されること」 男が返した答えに一ノ瀬有也は頬を引きつらせた。やや間があってから、ははは、と乾いた笑い声をあげる。 「あとのことは、た、頼んだよ。その……ほんとうに……」 「ええ。どうぞ、つぎはぎの恋人同士なかよく暮らしてください」 影の中で、男の左手にはまった牛のパペットが口を開いて閉じる。 ――あの世でね。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月27日(土)23:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 当たりを告げる電子音が響く。 缶の落ちる音を待って、『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)は自販機の取り出し口に手を入れた青年へ声をかけた。 「おひとりですかな?」 「やあ、こんばんは」 仮面をつけた怪しげな男に声をかけられたというのに警戒するでもなく、青年は気さくに挨拶をすると、九十九に炭酸の缶ジュースをひとつ投げて寄越した。 「どうぞ。コーヒーがよかった?」 「これでけっこう。いただきます」 青年は微笑を作ると、タブを起こした。コーヒー缶を右手に持ちかえてから、牛柄パーカーの前ポケットに左手を入れて牛のマペットを取り出す。 「さっきの質問だけどね」 「『オレもいるぜ、お面!』」 お前、ちょっと前に廃テーマパークに来てたよな、とマペットの口がぱかぱかと開く。 「あの時はお互い挨拶なしでしたな。や、私は百舌鳥 九十九と申します」 「『オレはモーモーさんだ。こいつは高原流。よろしくなー』」 青年はずっと缶コーヒーを飲んでいる。上手く人形の声を出すものだ、と妙なところで感心した。 覚醒者は覚醒者を知る。その姿を認めたときから、九十九にはそれが死を弄ぶあのフィクサードだと解った。だからこそ危険を犯して声をかけたのだが、こうして話をしている限りはごく普通の―― 「キミたちがここに来た、ということはあの子の覚醒と更に友美の復活にも成功した、とみなしていいのかな?」 「まあ……、そうようですのう」 「『おー♪ やったね。これで確率が少しあがったな、流!』」 流は飲み終えたものを空き缶BOXに入れた。と、同時に黒塗りの車がしずしずと闇の中からすべり出てきて流の後ろで止った。 ――2人、いや3人か。 高原流を入れると能力のわからない覚醒者が4人。さすがにひとりで仕掛けるのは無謀だろう。機を逃した。いや、端からなかったのかも知れない。 「『またなー、お面。さっさと仲間んとこへ行け。友子はやばいぜ。ギャハハハ』」 ● 油の浮いた水溜りに映るおぼろ月を踏んで、『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)は廃工場の曇ったガラス窓に顔を寄せた。古くなった機械油の、一種独特なにおいが鼻につく。 がらんどうになった巨大な工場の中、その一画に白く光るテントを見つけた。テントといっても大きい。半透明の白いビニールに機械の類とみられる影と、ナイフを振りかざす人の影が映りこんでいる。 (もう少し到着が早ければ――) 到着と同時に聞いた悲鳴から数えてこれが3度目。最初と比べてずいぶんと弱々しくなったが、一ノ瀬有也はまだ生きているようだ。外道を働いたとはいえ、有也は一般人である。助けてから警察に突き出すのが筋なのだろう。だが……。 キリエはガラス窓を離れた。 廃工場の外壁をまだ新しい導線が幾つも這っていた。錆びたドラム缶の上に置かれていた電波受信機を見つけて無効化したのはつい先ほどのことだ。正義感だけで工場内に飛び込んでいたら、その瞬間に吹き飛ばされていたかもしれない。 ≪―片付けたぜ。そっちは?≫ 『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)の低く抑えた声がAFから聞こえてきた。ランディには廃工場の反対側で同じような仕掛けを、こちらの指示に従って無効化してもらっていた。 「いま終わったところだ」 ≪―よし。正面から全員で入る。こっちへ戻ってきてくれ≫ 「九十九は?」 ≪―まだだ。だが、もう待てない≫ キリエは帽子のツバに指をかけて顔に深く被せた。いやな予感がする。九十九のことではない。何らかの事情で出遅れているとは思うが無事であろう。 (仕掛けが解りやすすぎる) そう。あまりにも見え透いた罠だ。時間がなかったのか、それともまだ何か仕掛けているのか。 4度目の悲鳴が上がった。 「……桃花と友美たちは、工場の中央奥に張られた工業用テントの中だ。入り口からテントまでやや距離はあるが障害物はない。すぐに戻る」 ≪―了解≫ ● 「死んじゃった人に戻ってきてほしいって気持ちは、まー普通にわかるけどね」 『デイブレイカー』閑古鳥 比翼子(BNE000587)は、首からさげた懐中電灯を胸の下で揺らした。 「それにしても馬鹿馬鹿しい話だぜ」 まったくだ、と比翼子の言葉を受け継いだのは『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)だ。いつもは優しい眼差しを今夜は硬く尖らせている。 「憎まれ役でも構わない。終わらせるよ、こんな事は」 「うん、でも……」 小指の先でフィアキィを遊ばせて、『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)はため息をついた。 「やっぱりボクには、わかんないな。継ぎ接ぎにしてまで蘇らせたいとか、おかしいよ」 楽団といい、有也といい、ヨミガツジ(?)といい、どうかしている。ラ・ル・カーナと比べてみても、ボトム世界にはいいところがたくさんある。なのにどうして、こんなにも闇が深いのか? 顔を曇らせた姉妹の肩に、『エクスィスの魔』シャルティア・メディスクス(BNE004378)はそっと手をかけた。 「エフェメラの言うとおり。欠けたパーツを集めたところで、死者はもどってこないんだと思います。きっと、蘇った彼女もべつのものへと変わっているはずです」 死は永遠だからこそ、と語尾を濁してまぶたを伏せる。 「せめて、楽に終わらせてあげたいですね」 「この剣に祈りを込めて。悪恨憎悪怨嗟の全て―――断つ」 青と緑のオッドアイに強い光を宿らせて、『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が凛とした顔を廃工場の入り口へ向けた。 目に見えぬ闘衣を身にまとい、鞘からロングソードを抜き放つ。 シャルティアが剣を下段に構える横で、エフェメラが弓に矢を番える。 比翼子は翼をはためかせつつ、身体能力を最大限に活性させた。 廃工場の右側からキリコが、左側からランディがパーティーに合流した。 「よし、行こう!」 幾多の戦いで受けた傷をその表紙に刻むハイ・グリモアール。片手で掲げたそれのページを開き、琥珀が全身から光りを溢れさせた。 ● 巨大な戦斧の一振りしてランディが廃工場の鉄扉を叩き壊した。扉が倒れ、砂埃が舞いあがる。 「――うおっ!」 光りの中に浮かび上がったのは血まみれの男性、一ノ瀬裕也の姿だった。両手を前に突き出したままランディの腕の中へ倒れこむ。 とっさに武器を持たぬ手で有也を抱きかかえたランディの体が重みで僅かに傾く。 「危ない!」 シャルティアの警告にランディはすぐ反応した。倒した首の横を何か硬いものが猛スピードで飛んでいった。生暖かい血が流れ出て、首の上を這う。 ――痛顔顔顔顔、イ、かえ、顔顔顔顔痛顔痛痛痛! 「モモカさん!?」 顔面の皮を剥かれ、赤い筋組織をむき出しにした桃花がチェーンソーを片手に立っていた。それぞれ違う方向へ高速でぶれる左右の眼球が狂気を感じさせる。ブレザーの下のカッターシャツは桃花自身の血で真っ赤に染まっていた。 エフェメラがランディの肩の上から矢を射た。チェーンソーを構えて足を踏み出した桃花を牽制する。 「おい! 一ノ瀬、しっかりしろ!」 無駄だと知りつつ、ランディは腕の中の男に声をかけた。 「来ます! 右と左から一体ずつ。おくに2……いえ、1体! 友子さん、かくにんできません!」 「シャルティア、友子を探して!」 剣を構えたアラストールとキリエがランディの背を出て左右に展開、テントの弱い光りを背に駆けてくる実験体の迎撃に向かった。 琥珀が前に出て強く体を光らせる。 「……と、とも……こ」 有也はランディの腕の中で息絶えた。 比翼子が飛んだ。 ビーストハーフは視界に飛び込んできたものにほんの一瞬だけ目を点にしたが、すぐに下へ意識を向けた。 「悪いね、できるだけ速く終わらせてやるから!」 高みからきりもみ降下しつつ、足で掴んだフェザーナイフで桃花を切りつける。 絶叫とともに桃花が大振りしたチェーンソーの下をかいくぐり、琥珀が不幸な犠牲者の心臓へ死の一枚を突き立てた。 こぷり、と唇のなくなった口から血を吐き出して桃花が倒れる。 「ごめん」 琥珀は両の腕で崩れ落ちた桃花をやさしく抱きとめた。そのまま抱えあげて外に運び出そうとしたところへ、ランディが「俺が運ぶ」と腕を差し出してきた。 「すぐに戻る」 琥珀の後ろで比翼子が黄色い翼を天に向けて叫んだ。 「ちょ! みんな、やばいよ。上、気をつけて!」 仲間の警告に思わず気を引かれ、キリエは顔を上げた。No.1とNo.2から絶妙の距離に身を置きつつ、硬質化させた気糸を飛ばす攻撃は2体をまったく近寄らせず、ここまではほぼパーフェクトだったのだが……。 「くそ!」 廃工場の天井のそこかしこに鉄骨が吊り下げられていた。とくに両サイド、ドラム缶の上辺りに本数が集中している。細いワイヤーのようなもので吊り下げられた鉄骨はいまにも落ちそうだ。ドラム缶に気をとられ、下ばかりに注意を払っていたためにこの仕掛けを見落とすとは! 「う、ぐっ!」 キリエの右わき腹にNo.2の蹴りが入った。横倒れしたところへ頭を狙って足が振り下ろされる。右へ転がって避けたところへNo.1が飛び掛ってきた。 エフェメラが矢をNo.1へ集中させた。No.1が倒れたところで、優れた判断力を発揮して攻撃をNo.2へ素早く切り替える。 「いまのうちに! キィ、行ってあげてっ。キリエさんの手当てを!」 「すまん、助かった」 癒しを受けたキリエは、気糸を体内で練りながら転がり起きた。落ちた帽子を拾い上げて浅くかぶると、No.2に狙いを定める。 突如として吹いた烈風がキリエの上着をはためかせた。 「キリエ、後ろだ!」 斧を振り下ろしたランディの叫び声に、ぞっとするものを感じて体ごと振り向く。牙をむいた赤い目の女がすぐ目の前に迫ってきていた。とっさに両腕を上げて頭をガードする。 水の詰まった何かが破裂したような音に続いて、ひどく錆びついて固くなくなったペダルを無理やり回したような耳障りな悲鳴が腕の隙間から聞こえてきた。 腕を下ろすと影に逃げ込む友子の姿が見えた。 「遅くなって申し訳ない。みな、無事ですかいのう」 廃工場の入り口に、紫煙たなびく銃口を掲げて九十九が立っていた。 「遅い! 後で全員にカレーのおごりだ」 ランディが怒鳴る。 「チーズとウィンナートッピング追加」と琥珀が叫べば、「あたし、カラあげトッピング」と比翼子が注文を被せた。 「「共食い!?」」 声をそろえたフュリエのふたりに対し、比翼子は頬をふくらませて「ちがうもーん」と言った。 「あ、その、ほかにちょっとしたお土産話があるからカレーのおごりは勘弁してもらえんかのぅ」 それより、といって九十九は顔を奥へ向けた。ひとりで相性の悪いNo.3マグメイガスと戦っていたアラストールへ「さがって」と声をかける。 アラストールは果敢に切り攻めながらも、歪な音の魔曲・四重奏をうけて体中に傷を負っていた。 「死してなお己の技を忘れぬ、か。貴殿はすばらしい戦士だな。こんな出会い方はしたくなかったぞ」 腹を押さえてうずくまったアラストールにシャルティアが駆け寄る。フュリエの神秘で傷を癒してもらいつつ、九十九の援護射撃に助けられて後ろへ下がった。 ランディが斧を構えた。 「まずNo.3を片付ける。琥珀、援護しろ! みんな、友子を探してくれ」 「任せて!」 「全員、琥珀を背にして集まれ。自分の後ろに影を作るなよ」 全体攻撃には目をつぶるしかない。友子に個別撃破されて数を減らすほうがよほど恐ろしい。 多少のダメージは覚悟の上。琥珀が道化師を飛ばして相手の隙を作ると、ランディは雄叫びをあげて単身No.3に切りかかっていった。左肩から胸へ刃を深く食い込ませ、そのまま斧の重みで膝を折らせる。胸を足蹴りにして、つぎはぎだらけの体から斧を抜いた。 直後、No.3から放たれた一条の雷が地に落ちて拡散した。 「ぐぉおぉぉぉっ!!」 幾多の稲妻がランディの長身を包み、絡め取った。強い電気が体中で弾ける。ランディは腹の奥底から怒声を発すると、体を縛る痺れの鎖を断ち切った。グレイヴディガー・ツヴァイを頭上高く掲げ、気合とともに振り下ろす。 こんどこそ、斧はNo.3の体をまっぷたつに切り裂いた。 「誰か、そいつを止めて!」 飛び上がって戦場を見下ろしていた比翼子が叫んだ。超ひよこデイブレイク(EX)を見舞って仕留めようにも距離がある。 No.2の覇界闘士はドラム缶を上へ放り投げた。 「鉄骨にあてる気か!?」とキリエ。 「違います! おちてきたドラム缶を更にけって――」 猛烈なスピードで飛んできたドラム缶に直撃されてシャルティアとキリエが吹き飛んだ。 落ちたドラム缶のフタが開き、刺激のある臭いの液体が流れ出る。 ピン、とワイヤーの切れた音とともに天井から鉄骨が一本落下した。ドラム缶の上に落ちて刺さり、爆発してあたりに破片と炎を飛び散らせた。リベリスタたちのすぐ傍にも火の粉が落ち、流れ出た液体に引火してドラム缶がはじけた。 「「きゃぁー!!」」 No.2が再びドラム缶を持ち上げる。 「させるかぁ!」 蹴り飛ばされたドラム缶を、比翼子がハイジャンプからの急降下アタックで落とす。 そこへ―― 中心となった琥珀のまさに頭上、極小のD・ホールが開いた。 白と黒。 世界が反転して、深遠なる穴から邪悪が零れ落ちてきた。 苦痛にその端正な顔をゆがめながらアラストールが立ち上がった。身にまとった聖骸闘衣のおかげでただひとり、致死性の猛毒を受けずにすんだのだ。 アラストールは機に乗じて向かってきたNo.2のこぶしをかわすと、すれ違いざまにNo.2の体へ鮮烈な輝きを放つロングソードを振るった。 「いずれ、また」 長いまつげを伏せると同時に、切り刻まれた体が地に崩れ落ちた。 敵を一体屠って気が途切れたのか、アラストールは体をふらつかせた。ロングソードを地にさして体を支える。そこへ背後から不吉な影が忍び寄ってきた。 動く影に気づいた琥珀が警告を出す前に、友子はもう騎士の首に牙を立てていた。 じゅうじゅる、と音を立てて血が吸い上げられていく。アラストールが顔色を失っていくにつれて友子、いや桃花の顔に色艶が戻り、九十九に開けられた側頭部の穴がふさがっていった。 エフェメラが光の弾を、キリエが気糸を放とうとするが、アラストールを盾に取られて友子を攻撃できない。 残る力の全てを翼に込めて、比翼子が飛びあがった。友子の真上で刃の舞いを演ずる。 せっかく癒えた頭部を傷つけられた友子は、まだ血の残るリベリスタの首から乱暴に牙を抜くと再び闇の中へ逃げ込んだ。 「くっくっく。残念ながら例え影に潜んでいようと、私の勘からは逃げられませんぞ」 九十九は有也の死体の横へ銃口を向けると、これが最後と魔力を高めた弾を銃に込めて打ち出した。 ぎゃっ、と声があがる。 「手ごたえあり! ……と、また逃げましたな」 どこへと問う声に九十九は「わかりません」と正直に答えた。 「だ、ダメ。次またアレをやられたら……」 全滅する。 残酷な言葉が場に漂う。 「キリエ、エフェメラ、シャルティア。俺を回復してくれ」 斧にすがったまま、ランディは頼んだ。 3人はその意図をあえて問わず、墓掘人の体を回復させた。 ランディが斧を水平に構える。 「琥珀、もう一度光ってなおかつ攻撃する余裕はあるか?」 「あ、ああ」 顎を天井に向けてしゃくる。 「飛べ。……俺ごと西塔を打ち抜け」 意図を正しく察した琥珀は体を光らせると斧の刃を踏んだ。 ランディが力いっぱい斧を振り上げて琥珀を天高く飛ばす。 頭上より強い光が降り注ぎ、あたりの影を打ち消した。友子が闇の中から姿を現す。 「そこっ!」 比翼子が友子を見つけて黄色い翼を振る。 友子は暗黒のD・ホールを開こうとしていた。 ランディは長い脚をフル回転させて一気に友子との距離を詰めると、タックルをかけた。開いた首の傷口に牙が立てられるにも構わず、友子の背に両腕を回して死の抱擁を完成させた。 「やれっ!」 自由落下に入った琥珀が、風にマントと魔道書のページをはためかせつつ片腕を上げた。 天井を突破り、開きかけていたD・ホールをかき消して、赤き月の魔光がランディと友子の上に降り注いだ。 ● 「すまない。顔を取り返してやれなかった」 アラストールの合図とともに、覚醒者の死体を入れる袋のファスナーが引き上げられ、桃花の顔が隠された。 その後ろを一ノ瀬有也の死体と西塔友子の死体を乗せたストレッチャーが通り過ぎていく。ナンバリングされた実験体はいずれも損傷が激しく、回収不可能だった。 「死しても尚……って物語は嫌いじゃねぇがよ」 誰も幸せにならない物語は好きじゃない、とアークの特殊救急車の白い車体に背を預けたランディが項垂れた。 その頭に九十九が炭酸ジュースの缶を置く。 「おっ、サンキュー」 頭の上に手を伸ばして缶ジュースを取った。タブを起こしたとたん、口から炭酸が勢いよく噴出した。 「わっ、なんだこりゃ?」 「あるフィクサードからのもらいものです。ずっと懐に入れていましたからなぁ」 ははは、と笑う九十九の周りにリベリスタたちが集まってきた。 「カレー、食べに行きますか。朝食にカレーは元気が出るそうですぞ」 搬送を断って、淡く輝く朝靄の中をリベリスタたちは歩き出した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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